2017年 07月 24日

グリニッジ天文台【子午線編】

ちょいと箸休めを挟んで、グリニッジ天文台に戻りましょう。
「子午線編」っつうからには、別の編もあるみたいですねー、続くんですねー、こわいですねー。

さてだ。現在は博物館として公開されているグリニッジ天文台。
展示内容も普通の天文台とは違って、子午線とか標準時とか、そういうものに関するものが多い。
「ここならではの展示」ってことだよな。本日はその中でも子午線の話をしたい。
 
まずはいきなりで恐縮だがイ課長のアホ面写真から。
下の写真でイ課長がまたいでいるのがグリニッジ子午線で、このときイ課長は地球の
東半球と西半球の両方に足を置いたことになる。グリニッジ天文台に来た観光客が必ず撮る
記念写真の定番ポーズ。
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とーころがですよ。
この記事を書くためにちょっと調べてみたけど、子午線の世界も深いんだねー。
上の写真でイ課長がまたいでいるのは正確には「エアリー子午線」と呼ばれるものなんだけど
しかし子午線はこれだけじゃないのだ。

初代グリニッジ天文台長だったハレー(ハレー彗星のヒト)とか、第3代天文台長だった
ブラッドレー(この人も科学史では有名)とか、いろんな人が子午線決定には力を尽くしてて、
エアリー子午線とは43m離れた別の子午線とか、6m(!)離れた別の子午線とか、いろいろあるのだ。
下は6mしか離れてない子午線の位置表示で、エアリー子午線のすぐそばにある。
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それだけならまだいい。20世紀になってさらに科学的な子午線基準が定められた。
IERS基準子午線っていうらしいんだけど、それはグリニッジ子午線から西に102.478m離れてるんだと。
科学的厳密さに即して言えば上の写真でイ課長がまたいでいる線には何の意味もないわけだ。

でも一般人が学校で習う子午線といえばやっぱグリニッジのココだよな。いや勉強になった。
訪問前にこういうことを予習しておけばもっと有意義な訪問になっただろうに(笑)。

緯度には南極・北極っていう基準があるけど、経度には地球上で基準とすべきところがない。
しかしどっか基準を作らなきゃっていうんで、グリニッジにしようってことになったのは1884年の
ことなんだと。その時点ですでにグリニッジを基準にしたイギリス式の海図が世界中でかなり
普及してたから、ここが良かろうということだったようだ(フランスだけは抵抗したらしいが)。

建物の中はエアリーさんが子午線を観測した時の機器が保存されている。
下の写真の下の方、木の床に細い銅板みたいなのでラインがあるじゃん?これが子午線。
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そのまま目を転じると子午線のラインはこんな風に窓の真ん中を通って外に続いている。
エアリーさんは上の写真の巨大な黒い歯車みたいな装置(たぶん子午環っていうんだと思う)で
窓の中心を基準に観測したようで、その窓の中心がそのままグリニッジ子午線になったわけだ。
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お、エアリーの前に子午線を観測したブラッドレーさんがいる。こういう顔してたのか。
たぶん多くの業績を残した人なんだろうけど、科学史においてブラッドレーといえば
光速度測定の歴史でガリレオ、レーマーに次いで必ず取り上げられる人だ。彼が発見した
光行差を用いた光の速度計算は約30万km/秒で、ほぼ合ってた。
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実はイ課長、文学部出身のくせに科学史の本を読むのがけっこう好きなもんで、
グリニッジ天文台の展示で名前を聞いたことある人を見つけると、やっぱちょっと嬉しくなる。
イ課長ですら知ってる人がいるくらいだから、天文史マニアなんかにとっちゃここはもう
たまんないと思うよ。

グリニッジ天文台は17世紀に設立されたらしいけど、その頃の観測機器なんかも残ってる。
現在に比べりゃオモチャみたいな性能なんだろうけど、それでも18世紀に光速度がほぼ正確に
計算できちゃったんだからすごい。
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子午線について調べたらいろいろ勉強になったので、ついその成果をいろいろと書き連ねて
しまいました。次回更新はグリニッジ天文台ならではのテーマその2として、計時技術と
経度測定法についてご紹介しますです。いつから科学ブログになったんだ?ここは(笑)

 

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# by tohoiwanya | 2017-07-24 00:20 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)
2017年 07月 22日

東京ステーションホテル・最上階レストラン

本日あった夏の宴会の話を書きまっす。
グリニッジ天文台の続きは次回書きます。相変わらずの不実な書き手ですんまそん。

イ課長が勤務する会社は人数も少ないから宴会は全社規模でやる。しかも夏と冬に。
冬は忘年会みたいなもん。夏は・・何なんだろうねぇ?(笑)・・全社納涼会とでもいうか。
ちなみに、積立会費制ですよ。自分たちが払った会費で飲み食いするわけだから参加者は
遠慮する必要はない。飲んでやる食ってやる。

今年の夏の全社宴会が今夜あったのだ。
これ、幹事にとってはけっこう夏と冬の面倒な負担でねぇ・・。

そこらの居酒屋の座敷を借り切ってやる程度だと「工夫がない」「つまらん」と言われる。
イ課長が幹事やった時は夏は千葉のビール工場併設ビアガーデンでバーベキュー食い放題、
冬は東京湾クルーズ船貸切で船上パーティなんてやりましたよ。
(あの頃はまだオフィスが浦安だった)。
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本日は「本来宿泊客しか入れない東京ステーションホテルの豪華レストランでの豪華ディナー」
という趣向だった。ほぉ~・今年の幹事さんもいろいろ大変やのう。

このレストラン、東京駅赤レンガ駅舎の中央部の最上部、ちょうどココんところにある。
なかなか豪華な空間らしい。カメラ持参OKだったので、愛用のカシオを持参して参加。
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ほおお~~~~・・・・確かになかなか豪華。
こういう機会でもなければ、自分だけで来ることは生涯ないだろう。本来ステーションホテルの
宿泊客しか入れない場所っつうんだから尚更だ(朝食ブッフェの場所になるらしい)。
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「駅の建物にある豪華レストラン」というと、イ課長はすぐにパリ・リヨン駅のル・トラン・ブルーを
思い出す。あそこでディナーをごちそうになったのも、間違いなく今後二度とない経験。
ここはトラン・ブルーほどバロック的豪華デコラティブ空間じゃなくて、シックで落ち着いてる。
天井が寄棟になってるから、あの屋根の内側にいるんだってことがわかる。
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もちろん貸切ではない。店内には他のお客さんもいる。
だから騒々しいビンゴだの、クイズだのっていう余興はなし。ま、バタバタせず落ち着いて
会食できるのは好ましいことだ。料理はもちろんとても美味しかった。

メニューの紙をもらったから正確に料理名を記載できる。
これは「信州サーモンの自家製スモーク ライム風味」。海のない信州でサーモン?
聞いた話では信州サーモンって鱒のことなんだとか。
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これは「フッコのグリエ ピストゥーソース」。ところでフッコってどんな魚(笑)?
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メインは「黒毛和牛“二種の味わい”ローストとブレゼ」。美味しゅうございました。
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会食が済んだら後は帰るだけ。だがイ課長はいったん駅の外に出て夜の丸の内の景色を眺めた。
この辺、丸ビルその他昔ながらのビルは全部姿を消して高層ビルになっちゃったけど、その分
夜景は一段と美しくなったなぁと以前、やはり夜来た時に思った。
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東京ステーションホテル最上階レストランで過ごした、真夏の週末の夜のお話でございました。

 

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# by tohoiwanya | 2017-07-22 00:05 | 日本での私生活 | Comments(2)
2017年 07月 20日

グリニッジに行ってみよう その2

エレベーターを待ってると自転車ニイチャンだの、乳母車ママだの、だんだん人が増えてきた。
下から上がってきたエレベーターにもけっこう人が乗ってるから、人の通行はけっこう多いトンネルみたいだ。
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ぐぃーん・・と下に降りる。
別にダイヤモンド鉱山に降りるワケじゃないから、階段でも十分なくらいの深さだけど、それでもちょいと
ワクワクするってもんだ。
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どぉーん。これがトンネル。ただし名称は知らない。
地図で見るとグリニッジあたりのテムズ川って川幅はせいぜい400mくらいに見えるから、トンネルの長さも
500mはないんじゃないかなぁ?でも川の下のせいか、すげー空気がひんやりしてて涼しい。
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もし今この瞬間、地震が起きてこのトンネルの天井にピキッとヒビが入ったら、その瞬間にテムズ川の水が
どしゃーーーっとトンネルに流れ込んできてオレたちはたちまち溺れ・・ずに、どっちかの出口に流されて
意外に助かるのかな?なんて考えたりもしたけど、もちろんそういうことはなかった。

ほどなく対岸、つまりサウスバンク側に到着。ここにもエレベーターがあったけど、今度は階段で
地上に出ることにした。ビルでいえば3階分くらい段数じゃなかったかと思う。やっぱそれなりに深い。
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・・え?トンネルの写真は1枚だけかって?
いや実はもっとあるんだけど、イ課長やトホ妻のツラが写ってるやつが多いもんだから
掲載可能なのは1枚だけなんス、すんません。
 
明るい外に出てみるとすぐ目の前に帆船カティ・サーク号が見える。おおおお。
そういえばカティ・サークっていうウィスキー(だっけ?)もあったよねぇ。たぶんこの船の
名前からとったんだろうな。昔は紅茶を運ぶ船だったらしい。
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なかなか気分のいいグリニッジ到着じゃん。「カティ・サーク」っていうDRLの駅もあるから
そこまで乗るのが早いんだろうけど、イ課長としては一つ手前で降り、トンネルで川をわたり、
地上に出たところで帆船を目にして驚くというルートもお勧めしたい。

このグリニッジは天文台をはじめとした一帯が海事都市として世界遺産になってる。
確かに歴史ある町並みという感じだ。天文台があるくらいだから昔は田舎だったんだろうけど
今はDLRも通ってるし、赤い二階建てのバスがあるから、ロンドン交通局の管轄内なんだろう。
ロンドン郊外っていうより、完全にロンドンの一部だね。
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川べりに近いところにあるカティサーク号から南、つまり川から遠ざかる方向に歩いて行くとすぐに
広大な公園になる。ケンジントン公園みたいにところどころに建物があったり池があったりする
わけじゃなく、芝生が生えたなだらかな斜面と木がいっぱいあるだけ。もしかするとここは
特にナントカ公園っていうような名称もないのかもしれない。
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しかしここはすごくキレイなところだったよ。
造園されたって感じがなくて、昔からずっとこんな感じの斜面だったんだろうって気がする。
学校の生徒たちが揃って(おそらく天文台の)見学に来てたり、かと思うとイヌが走り回ってたり、
天気がよかったこともあって、ゆるやかな斜面を歩くのが全然苦にならない。
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丘を登って後ろを見ると、おおーー何と良い景色。
遠くに見える二つのドームのある建物は旧王立海軍大学ってとこだそうで、この建物の設計者である
クリストファー・レンはセントポール寺院の設計者として知られている。うーむ・・来る前はさほど
期待してたわけじゃないけど、グリニッジ、いいトコじゃん。
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まぁここまで来たらコトのついでに有名なグリニッジ天文台を見学していくか。
別に天文台見学が目的で来たわけでもないんだけど、せっかく地球の経度0地点に来たんだから
子午線が通る場所、世界標準時の基準地点グリニッジ天文台を見ずに帰るわけにもいかんだろ。

というわけで、次回はいよいよグリニッジ天文台だ。
ここはけっこう面白かったし、写真もいっぱいあるからジックリご紹介するぞ。

 

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# by tohoiwanya | 2017-07-20 00:11 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)
2017年 07月 18日

グリニッジに行ってみよう

土曜の夕方にロンドンに到着し、
 日曜はコッツウォルズの日
  月曜は大廃墟観光の日(まだ書いてない)
   火曜はカンタベリーの日+ロイヤル・オペラ
    水曜は大聖堂の日
     木曜はストーン・ヘンジの日+ロイヤル・フェスティバルホール

・・・と、主なスケジュールではこんな具合だった英国銀婚旅行。
土曜の昼には帰国便に乗るわけだから、金曜は実質的にロンドン滞在最終日ってことになる。
その金曜日が一体「何の日」だったのかというと、「夜の観劇以外は何も決まってない日」だったのである。

さすがにねぇ、全部の日のスケジュールをびっしり事前に決めちゃうと息苦しい気がするじゃん?
長距離移動が必要ならともかく、ロンドン市内観光なら何も予約しなくても大丈夫だろうというわけで、
金曜日は一種の予備日として空白スケジュールになってた。

とはいえ、イ課長には腹案があった。
金曜はグリニッジに行こうかな、と思ってたのだ。
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グリニッジといえばグリニッジ天文台であり、子午線であり、東経と西経の境い目なわけだけど、
それだけじゃなく、なかなか風光明媚な公園やら、古い建物やら、巨大帆船やら、それなりに
いろいろ見るべきものはありそうだった。それにグリニッジ往復で乗る交通機関や徒歩経路も
ちょっと面白そうだったんだよね。

で、イ課長は金曜は「グリニッジの日」ということにした。
トホ妻は「ビクトリア・アルバート博物館の日」にすることも考えてたみたいなんだけど、前に書いたように
視力が衰えて盲導犬・イ課長と別行動は不安があったのか(笑)、一緒についてきた。

グリニッジまで、往路はドックランズ・ライト・レイルウェイというのに乗ることにした。
愚かなるイ課長は最初「犬が走る」=Dog Runs って変な路線名だなぁと思ったけど、
造船所なんかにあるDockのことなんだな。人間ドックのドックと同じ。

通常はDLRと略される。ライト・レイルウェイってくらいだから普通の鉄道じゃなくて、
東京でいうと「ゆりかもめ」や日暮里舎人ライナーに近い。もちろん初めて乗る。

このDLR、「●●と○○を結ぶ」みたいな単純な路線じゃなくて、やたらあちこち広がってる。
とりあえず路線図の左端っこにあるBANKってとこまで普通の地下鉄で行き、そこでDLRに乗り換え、
グリニッジに行こうってわけだけど、ある理由があって降りるのは川の手前の駅と決めていた。
(グリニッジはテムズ川の向こう岸、サウス・バンクにある)
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で、まずBANK駅だ。DLRは地下鉄よりさらに深いところにあるようで、けっこう下に降りたと思う。
やがてDLRがやってきたけど、見た目はゆりかもめっつうより普通の地下鉄と同じに見える。
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BANKを出た時は地下だったけど、やがて地上の高架路線を走る。
さっきまでいた金融街シティのガーキンだとかウォーキー・トーキー・ビルが見える。
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車内はこんな感じ。確かに普通の地下鉄に比べると少~し車幅がせまいか?
でも東京のゆりかもめとか日暮里舎人ライナーなんかよりは大型車両に思えるけどなぁ。
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で、着きました。グリニッジを川向うに望むIsland Gardens 駅。さっきまで高架だったけど
ここでDLRはテムズ川の下をくぐって渡るためにまた地下鉄になり、地上には駅舎しかない。
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川向こうには例の「子午線上の発電所」が見える(この時はそんなこと気づいてなかったが)。
さて、我々もテムズ川を超えて向こう岸に行くわけだが、その手段は徒歩なのである。
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橋を渡る?ノンノン。なぜかここにはトンネルが川の下を通ってるのである。
テムズ川の下をくぐる歩行者専用トンネルだよ?これは通ってみたいじゃん?(←モノズキ)
地図を見てトンネルを発見した瞬間、手前の駅で降りてトンネルを徒歩横断しようと決めた。

さすがテムズ川の下をくぐるだけあって、けっこう深いトンネルのようだ。エレベーターがある。
階段もあるけど、ひとつこの自転車ニイチャンと一緒にエレベータでトンネルに降りてみるか。
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これからトンネルをじっくりご覧に入れたいところだが、長くなったから
無慈悲に次回に続くのである。別にもったいぶるほどのトンネルじゃないんだが(笑)。

 

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# by tohoiwanya | 2017-07-18 00:05 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 07月 16日

旅に持っていくクスリ

あとほぼ3週間。8月の旅行がだんだん近づいてまいりました。
ホテルや現地移動の手配は無事終了。昨年の英国旅行の時のように予約トラブルで
悩まされるようなことがなかったのは助かる。

イ課長が海外旅行や海外出張する時の荷造りパターンって大体決まってて、
ゴロゴロスーツケースの中には必ず二つの重要な小バッグが入る。この二つの小バッグのうちの一つは
「電器・機械関係」の小物を全て突っ込んでおくもので、最も重要な海外用コンセントアダプタはじめ
携帯充電コード、iPod充電コード、カメラ用予備バッテリーやバッテリー充電器その他モロモロ、
電気屋さんで買うような旅行関連グッズを片っ端から入れる。

もう一つの小バッグは「トイレタリー・メディカル関係」のグッズを全て突っ込んでおくためのもので、
歯磨き歯ブラシ、他のホテルから持ち帰った石鹸やシャンプー等のグッズ、小瓶にわけたシーブリーズ、
リップクリームからバンドエイド、果ては耳カキや爪切りに至るまですべからくこのバッグに突っ込む。
(下の写真はロンドンのホテルのアメニティグッズ。こういうのを次回旅行用に持ち帰るわけ)
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この小バッグには当然クスリも入れる。
しかし海外旅行にどんなクスリをどの程度持っていくかってけっこう悩ましいよね。

イ課長は幸いなことに、日常的にクスリの服用を必要とするような持病って今のところないから、
風邪薬と胃腸薬くらいで済んでるけど、量には悩む。晩秋の欧州出張で風邪ひいた時は風邪薬を
飲み尽くしちまって非常に困った。寒いところ行く時は風邪薬を多めに持っていきましょう。

逆に、暑い東南アジアあたりなら風邪より腹をコワすリスクの方が高そうだから胃腸薬を多めに
持っていきたいところだが、現実には冷房効きすぎで風邪ひくリスクもある。インド出張じゃ冷房と
外気温の温度差で風邪ひいた。帰国後に会社で「インド風邪で・・ゲホゲホッ!」なんて言うと
みんな逃げるように遠ざかっていった(笑)。

「旅に持っていくクスリ」ってリスクヘッジのためのものだから、保険の掛け金と同じで
「どの程度持ってくと安心か?」って決めづらい。結局テキトウに持ってくしかないんだが。

イ課長はビタミンCサプリメントもよく持ってく。これ、もう10年近く前に買ったヤツなのだ。
賞味期限?はトックに切れてるんだろうが、早くカラにしたくて持ってく(笑)。でもビタミンCは一応
風邪の予防にもなるし、冬の欧米出張ン時なんか、けっこうまじめに摂取したよ(ビールでね)。

行き先の特性上、特にコレを持っていくというケースもある。
インド出張の時は「粉末ポカリ」みたいなヤツを持ってって、現地で水に混ぜてセッセと飲んだ。
行き先がインドで、しかも仕事だったからね。アソビだったらあそこまで用心しなかっただろうが。

あと、旅行の前に病気になると、その時医者からもらった薬をとっといて持ってくことが多い。
何年か前にジンマシンになったことがあった。その次の旅行で「旅先でジンマシン再発」という
恐怖が拭いきれなかったので、医者からもらった薬の残ったヤツを持ってった。

今回は先日のハイパーゲーリの時にもらった整腸剤なんかがまだ残ってる。あれ持っていこう。
身体はすっかり回復して食欲もあるけど、あの大衰弱の記憶はナマナマしいものがある。
旅先でああなったらジゴク。念のため持っていきましょう。
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出発まであと3週間。
こないだもらった整腸剤が通勤カバンの中にまだ残ってるのを見て
「あ、これ、旅行に持ってくか」と思い、ついでにこんな記事を書いてしまいました(笑)。

 

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# by tohoiwanya | 2017-07-16 00:14 | 2017.08 ○○旅行 | Comments(4)
2017年 07月 13日

王立地理学会のシャクルトン

王立地理学会の場所を調べたら、ホテルから歩いても行ける場所だと判明した。
それが実は滞在最終日の朝、ケンジントン公園を横断して行った目的地だったのだ。
場所はロイヤル・アルバートホールのすぐ近く。

これが由緒ある王立地理学会、ロイヤル・ジオグラフィカル・ソサエティの建物なのである。
うーむ・・・確かに古色蒼然たるレンガ造りの建物が歴史を感じさせるぜ。
しかしイ課長の興味は学会そのものではない。シャクルトンの銅像なのである。
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しかし銅像ってシャクルトンだけなのだろうか?英国の有名な探検家は他にもいる。
あるとすればリヴィングストンかスコットか・・と思ってたけど、予想通りリヴィングストン博士発見。
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リヴィングストンについてはイ課長も詳しくは知らない。
アフリカ探検で大変な功績を残した人で、そのままアフリカで行方不明になった。
新聞記者スタンレーが彼を捜しに行き、アフリカの奥地でリヴィングストンを見つけたことは
英国では天下の大ニュースとして報じられたらしい。

リヴィングストン博士の下を通ってカドを曲がると・・・お!ありましたシャクルトン。
いかにも極地探検家らしいナリで銅像になっている。
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この人の人生はホント、波乱万丈だった。
前回書いた南極横断の失敗⇒2年近くにわたる漂流⇒奇跡の航海⇒奇跡の救出劇だけでも
十分波乱万丈だがこの後がまたスゴい。

植村直己さんなんかもたぶんそうだったんだろうけど、探検家ってどうも特殊な人種らしい。
雪山だの南極だので苦しい目にあってる時は「二度とこんなツラい探検するもんか」と思うけど
いざ平穏な日々に戻るとドウしようもなく危険な探検に再び行きたくなってウズくんだな。
シャクルトンもあれだけ大変な目に遭いながら、英国に戻ってしばらくするとウズいた。

で、1921年に再び南極に向かった。この時の目的は「亜南極の探検旅行」という、極めて
バクとしたもの。要するに目的ウンヌンより、とにかく何でもいいから理由をつけて、
もう一度南極に行きたかったんだと想像される。
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1922年1月、シャクルトンはあまりにも思い出深いサウスジョージア島に再び寄港。
例の「4人め」の存在を感じながら凍死寸前になりつつ山脈を横断した、あの島だ。
しかし体調が悪化し、船内で医師の診断を受けた。この時の医師は例の大漂流+奇跡の救出の時の
探検に同行した人で、あれほど生死の境を経験したにもかかわらず、前回探検隊の隊員の多くが
この時にも再び志願して参加したらしい。

医師はシャクルトンに「もうあまりムリすべきではないですよ、ボス」とか何とか忠告したらしい。
「君はいつも私に何かやめさせようとするな、今度は何をやめろっていうんだ?」
「まずは酒ですね、ボス」
この会話の直後、シャクルトンは深刻な心臓発作に襲われ、そのまま死んでしまった。
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6年前に奇跡の航海で辿り着いた絶海のサウスジョージア島で死ぬというウソみたいな本当の話。
結局彼の遺体はそのままサウスジョージア島に埋められた。まさに本望というべきだろう。

彼の死後しばらく、英国では「南極の英雄といえばスコット」という時代が続いたようなんだけど、
1960年代頃から徐々に世間の評価が変わり、今じゃシャクルトンの方がすっかり有名になっちまった。
「真のリーダーのあるべき姿」的なモデルとしてよく取り上げられて、ビジネス研修なんかでも
“教材”になることがあるんだと。
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しかしイ課長はビジネスリーダー論にシャクルトンを持ち出すのは個人的には好きではない。
彼は驚くほどの能力と体力とリーダーシップ、そして何より強運を持ったすげー探検隊長だった。
それでいいじゃん。

たまたま本を読んでいなければ決して来ることはなかったであろうロンドン王立地理学会。
しかしイ課長はシャクルトンの銅像と一緒に記念写真も撮ってたいへん満足なのでありました。
結局のところイ課長も単なるミーハーなのである(笑)。
 

 

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# by tohoiwanya | 2017-07-13 00:04 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)