2013年 01月 07日

インドのドライバーの思い出

ご存知のように、イ課長は外国語がしゃべれない。
かろうじて「トラベル英会話」程度なら何とかなるかもしれないけど、これが
「ビジネス英会話」になるとまるでダメ。
従って、英語圏であろうがナニ語圏であろうが、海外出張には通訳さんをつけることになる。

当然、通訳さんナシの状態で現地の人と話をする機会は少ない。
話すとしても、せいぜい駅員とか、店員とか、ホテル従業員とかになるわけで、
そんな相手と「生きるとは何か?」なんて深遠な話にはならない(笑)。

だが去年のインド出張でイ課長は通訳ナシで、インド人と、なぜかしみじみと人生について
考えたくなるような話をしたんだよね。あれは今考えても不思議な体験だった。
今日はその話を書こう。

話した相手はデリーで移動のために3日間チャーターした車のドライバーなのである。
年齢は軽く50歳は過ぎてた。普段は寡黙な人だったけど、仕事が終わって最後にイ課長を
ホテルまで送る時は、二人だけになった気楽さで多少は話をした。

2012年10月5日金曜の夜。仕事が終わり、通訳さんたちと別れ、いつものように車は
イ課長だけを乗せてホテルに向かっていた。こうして彼にホテルまで送ってもらうのも今夜が最後だ。
デリーでの仕事が終わってイ課長はホッとしてたし、彼としても「この日本人を乗せる仕事は
今日で終わり」というわけで、インドリッシュ(彼)とトラベル英会話(イ課長)による気楽な感じの
会話が始まった。(以下、イ=イ課長、ド=ドライバー氏)
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ド「お前さん、週末はデリーにいるのかい?」
イ「えー…、私は土曜はアグラに行ってタージ・マハルを訪問するでしょう。
  そして日曜は、私はムンバイに移動するでしょう」
ド「タージ・マハルには車でか?ツアー料金はいくら取られた?」
イ「イエス。車です。ツアー料金はアバウト10,000ルピーくらいです(これは本当にそうだった)」
ド「オレならもっと安くアグラまで連れてってあげられるけどなぁ。どうだい?」
イ「あー…あはは、しかし私はもうツアーに申し込んでしまいました」

最初のうちはドライバー氏による、週末アルバイトの売込みって感じだった(笑)。
でも、なぜか二人の会話は徐々にジンセイについての話になってったんだよ。

ド「お前さん、女房は?結婚してるのか?」
イ「イエス。私は結婚しています」
ド「コドモは?」
イ「あー…私はコドモを持ちません。妻と、私だけです」
ド「そうか…オレには娘が二人いるんだよ。二人とももう結婚したけどね」
イ「おお。娘さんがふたり」

そのうち、彼はこちらがドキリとするような話を聞いてきた。

ド「お前さん、子供がいなくて、オクサンが死んだらどうするんだ?」

ひぃ。日本語だって答えに窮する質問なのに、それを英語で答えろってか?

イ「うーん・・もし私の妻が・・・天国に行ったら・・・」
ド「・・・・・・」
イ「うー・・私は・・(実は「老人ホーム」を英語で何て言うのかわからなかった)・・」

こっちの乏しい英語力を見透かしたようにドライバー氏が聞いてきた。

ド「Old House?」
イ「(おお、老人ホームってオールド・ハウスっていうの?)…イエス、たぶん」
ド「日本はソーシャル・セキュリティがしっかりしてるからいいよな。インドは
  そういうのがないから、みんな老後に備えてガンガン子供を作るんだよ(笑)」
イ「おお、なるほど…」

深い話になってきた。ヘタクソな英語で、なんでドライバーさんとこんな話してるんだろう?
我ながら不思議な気分だった。

ここでイ課長は、以前に書いた「インドじゃ娘を嫁にやる父親は大変」という話について
彼に聞いてみることにした。

イ「あー・・・インドでは娘が結婚する時、父親は多くの贈り物をすると私は聞きました」
ド「その通り。ダヘーズね。娘を持つインドの父親は大変なのさ」
イ「あなたは娘さんを二人持つ。彼女たちの結婚のときあなたは大変だったろうと私は考える」
ド「まったくさ。娘が二人もいるとねぇ」
イ「うーむ・・・」
ド「でもね、生まれてくるコドモが息子か娘かなんて、神様が決めることだからね」
イ「・・・・そうですね・・」
ド「神様が決めてさ、オレには二人の娘ができたわけさ」
イ「・・・・・」
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ライトアップされたクトゥブ・ミナールが窓から見えてきた。ヒルトンも近い。
そろそろこのドライバー氏との別れの時が近づいてきた。

夜になっても道路は渋滞が激しく、道端のバス停にはすさまじい数のインド人が
バスを待ってる。それを見てドライバー氏が言う。
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ド「あんなにたくさんの人がバスを待ってる。渋滞でバスが来ないのさ」
イ「おお、本当にたくさんの人が。彼らは家に帰るのが大変ですね」
ド「生きるのが大変な国だよ、インドは・・・・」
イ「・・・・・・」

車はヒルトンの玄関に着いた。
特にそう言われてたわけじゃないんだけど、イ課長はこの3日間の業務を長時間運転で
支えてくれた彼になにがしかのチップを渡し、握手をして別れたのであった。

彼と車の中で交わした最後の夜の会話は、今でも不思議な体験として記憶に残ってる。
あのドライバー氏はたぶん高等教育を受けたわけではあるまい。
さらにイ課長はヘナヘナのトラベル英会話。そんな二人の会話なのに、あたかも
インド人の深い人生観を垣間見るような、深遠な会話に思えたんだよね。

デリーの、深遠なるドライバー氏。たぶんもう二度と会うことはないだろう。
今日もデリーの渋滞した道路を巧みに運転してるのかなぁ?
 
 
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by tohoiwanya | 2013-01-07 00:13 | 2012.10 インド出張 | Comments(6)
Commented by Bきゅう at 2013-01-08 08:28 x
おお、しみじみっすね。知らない人(でも、アブナくないとわかっている人)の方が。周囲の人よりも、話しやすいってことありますよね。
Commented by tohoiwanya at 2013-01-09 11:24
>周囲の人よりも、話しやすいってことありますよね。

Bきゅうさん:
それ、ありますね。昔、奈良の東大寺で、たまたま一人で来てたアメリカ人の観光客と
偶然知り合って、そのあとずっと一緒に二月堂だの興福寺だの歩いて見てまわった。
その間、やっぱりヘナヘナ英会話で話をしてたってこと自体も不思議なんだけど、
お互いの仕事の話とか、けっこう突っ込んだ話をした記憶がある。
ヘタな英語で「どうせ正確にゃ伝わりっこない」と思って、かえって安心して
話せちゃうのかな?
 
Commented by beijaflorspbr at 2013-01-09 19:28
イ課長さま、初めまして!
ブラジル・サンパウロに住むハチドリと申します。

昨日ある方のために「ドイツフランクフルト空港から市内へのSバーンの乗り方」
の検索で課長さんのブログがヒットしました。FRAには何度もトランジットで通り、
市内へも行っているはずですのに、現地在住のお友達に頼り切ってしまい、切符の
買い方すら分からないという情けなさです。大変参考になりました。
ありがとうございます。

必要な記事を読んだ後、ついつい課長さんのブログ記事を(全部ではありませんが)
あちこち一気に読んでしまいました。これからも時々遊びに来させて頂きますね。
ご紹介が遅くなりましたが、当方サンパウロ在住37年の者で、同じエキサイトに
日々駄文を綴っております。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。
Commented by tohoiwanya at 2013-01-10 00:50
>サンパウロ在住37年の者で、同じエキサイトに日々駄文を綴っております

ハチドリさん:
初めまして。遠いサンパウロからこんな場末ブログにようこそ(笑)。

あのフランクフルト空港→中央駅の記事、出張が終わった直後くらいに
何の気なしに書いたんですけど、ウチのブログの記事別アクセス数では
毎月トップなんです。あんな記事でも多少でmお役に立てばうれしい。

ハチドリさんのブログにもちょっとお邪魔してみましたが、いやぁ、すごい更新頻度に
びっくりしました。数日に1回程度しか書かない私なんて、見習わないと。

お気軽にまたおこし下さい。
私の方も改めてご挨拶にお邪魔しますね。
 
Commented by マダムKenwan at 2013-01-12 05:34 x
行ったことないのに(笑)
「ああ、インド」って感じですね〜
生きるのに大変な国に生まれて
嫁に出すのにお金の掛かる娘を2人授かったけど
それも全部神様の決めた事なら
甘んじて受ける

己の人生を坦々と歩むというか
「諦念」という言葉が思い浮かんでしまいます。

でも、深いなぁ。
Commented by tohoiwanya at 2013-01-13 21:38
>「諦念」という言葉が思い浮かんでしまいます

マダムKenwanさん:
私も、彼と話をしてて「ああ、インド人のこういう考え方って、
諦念というのか、サトリというのか…」なんてことを考えた。
あのインド人の「哲学者的風貌」と重ね合わせて考えると、ほんとに深い(笑)。

ただ、インド人って意外なほど人なつこいのも事実で、このドライバー氏に限らず、
けっこうよく話しかけてきますね。ヒルトンの従業員なんてやたら話しかけてきて
落ち着いて朝飯が食えないくらい…。
 



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