2013年 11月 17日
ひょっとすると多少“血筋”なのかもしれないけど、イ課長のオヤジは海外旅行が好きなのだ。 彼が若い頃は日本人が気軽に海外に行ける時代じゃなかったけど、50代になった頃から やたら行きだした。オフクロと二人でも行ってるけど、一人でツアーに参加することも多かった。 タージ・マハルが見たいからってインドにも行ったし、サハラ砂漠が見たいからってモロッコにも行った。 9.11テロのすぐ後、イ課長の制止も振り切ってオフクロと一緒にナイアガラを観に行ったりもした。 ハワイには2〜3回行ってるはずだし、豪州にも行ったはず。アジアはそこらじゅう行ってるよ。 もちろん欧州だって行ってるし、イ課長が把握してないその他アチコチにも行ってる(笑)。 金婚式のとき、温泉にでも連れて行こうと思って「どこか行きたいところは?」と聞いたら 「イスタンブールに行きたい」というから、必死コイてオヤジ夫婦をイスタンブールに連れてった。 (下の写真はその時のオヤジ) そのオヤジが死んでしまった。 人生何が起きるかわからない。 前回記事を書いたのが11月12日(実質的には11日の深夜だったが)。 その11月12日がなんとオヤジの命日になってしまったのだ。12日の午前中、彼は死んだ。 トシもトシだし、今年5月にかなり具合が悪くなって、イ課長の東南アジア旅行もキャンセルしようかと 思ったくらいだから、家族はみんなその日が遠いことではないと覚悟はしていた。 しかし最後はやけに急に逝っちゃって、オフクロ以外は誰も間に合わないという始末。 しかもトホ妻が浜松に入院中という時だったもんだから、さすがにちょっとアタフタしたよ。 木曜に通夜、金曜に告別式、疲れた身体にムチ打って土曜は日帰りで浜松に見舞い。いやはや。 葬儀の段取りをつけた後、通夜当日にオフクロがオヤジの「エンディングノート」というのを発見した。 そこには自分の葬儀をこういう風にやってくれ、というオヤジの注文も書かれてたんだけど、これがまた うまくしたもんで、ノートの存在を知らずにこちらで段取りした葬儀は見事に彼の注文通りになっていた。 (小規模に、無宗教で、クラシックの音楽を流せ etc・・ すべてその通り。BGMはイ課長がCDを作った)。 「ノートを知らなくても、ちゃんと故人の思った通りの葬儀にした」っていうんでオフクロは鼻高々。 ところがそのノートに一つだけギョッとすることが書かれていた。 「自分の埋葬にはサハラ砂漠の砂も一緒に入れてほしい(戸棚にある)」 サハラ砂漠の砂ぁ!? そんなの、一体ドコにあんのさ?戸棚ってどこの戸棚? 年配者夫婦の家だから、長年堆積したガラクタが山のようにある。サハラ砂漠の砂なんて、どこにあるのか 見当もつかないよ。オフクロも「捨てちゃったかもね〜」なんて言うくらいで、探す前からすでに諦めムード。 うーむ、オヤジ、すまぬ。あるのかもしれないけど、見つかる可能性は限りなく低い・・・と思っていた。 ところが、告別式の翌日、浜松にトホ妻の見舞いに行ってる時にオフクロからメールが届いた。 「お勝手のガラクタの中からサハラ砂漠の砂発見!ラクダの絵がついたビンだから間違いない」 何とまぁ、あのガラクタの山からよく発掘したもんだ。オフクロまたもや鼻高々(笑)。 というわけで、海外旅行好きのオヤジはいずれサハラ砂漠の砂と一緒にお墓の中に入る。 よっぽどモロッコツアーに参加してサハラ砂漠を見てきたのが嬉しかったんだろうなぁ。 彼の希望をかなえることができて、遺族一同ホッとしているところなのである。 (下の画像はWikipediaから拝借しました) あ、ちなみに、トホ妻の方は手術後の経過もリハビリも順調で、おそらく22日金曜日に退院します。 「最低1ヶ月は独身生活が続くだろう」なんて書いたけど、医者もフィジカル・セラピストもそんな悠長な ことはハナから考えていなかったようで、あとは自宅で生活しながら慣らしていくことになる。 (もう杖なしでゆっくり歩ける段階までは来ている) 前回「家事が忙しくて更新間隔が空き気味になるかも」なんて書いたけど、上記のような事情で ほぼ一週間ブログの放置プレイが続き、コメントへのレスも書かずに大変失礼いたしました。 月曜からはイ課長も会社に通常出社するし、ブログも通常モードに戻る予定。 でも今日だけは、海外旅行好きだったオヤジを偲んで、彼の話を書かせていただきました。
by tohoiwanya
| 2013-11-17 22:14
| 日本での私生活
|
Comments(30)
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あくの
at 2013-11-17 22:25
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お父様の件、ご愁傷さまです。
充実した人生を送られたようですね。 ばたばた大変でしょうけど、あまり無理なさらずに。 トホ妻さまのご帰宅も近いようでよかったですね。 どんだけ気楽でも病院はめんどくさいから。 しばらくは移動もお辛いでしょうが、徐々によくなっていくと いいかと。
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シトリン
at 2013-11-17 22:44
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tohoiwanya at 2013-11-17 23:01
>充実した人生を送られたようですね
あくのさん: いやまぁ内実をよく知ってるだけに「その通りです」とも言いづらいんだけど(笑)、 海外をあちこち見たがり、実際に一人でホイホイとツアーに参加しちゃうという、 その身の軽さは大したもんだった。 トホ妻の入院中に逝っちゃったけど、やせ衰えた自分の死顔をムスコの嫁に 見せたくなかったのかなぁ?なんて考えた。
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tohoiwanya at 2013-11-17 23:09
>イ課長様も急なことで大変だったでしょう
シトリンさん: それでも、最近は「自宅で葬儀」っていうのが急激に減ってて、みんな 葬祭ホールみたいなところを使う(ウチもそうだった)ようになったから、 昔よりは遺族の負担、周囲の負担もかなり減ったと思います。 葬儀も様変わりしましたねぇ。
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fiveyellow
at 2013-11-18 01:00
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会うは別れの始まり、親でもその日は急に来ますね。イ課長様お悔み申し上げます。暫くしてから疲れが出ます無理をしないでください。
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ダルマン
at 2013-11-18 03:50
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tohoiwanya at 2013-11-18 12:47
>親でもその日は急に来ますね
fiveyellowさん: いやまったく。かなり覚悟していたとはいえ、最後はやけに急で慌てました。 でも作りおきのカレーがまだ大量に残ってたから(笑)、栄養補給は十分だし、 会社を休んでいたから、通夜の日はいつもよりウンと寝坊したくらい。 体調は問題ありません。大丈夫です。
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tohoiwanya at 2013-11-18 13:03
>エンディングノート通りのお別れになったというのは素晴らしい!
ダルマンさん: 「まーあのオヤジならたぶんこうしてもらいたがったべ」と思ったことが 大体ハマッたよ。この辺は家族の強みってやつなんだろうなぁ。 唯一オヤジが意外性を狙ったと思われるのはサハラ砂漠の砂だが(笑)、 これも見つかってよかったよかった。
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kumakumatanco at 2013-11-18 16:15
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tohoiwanya at 2013-11-18 17:50
>いくつになっても好奇心を失わないでいられたら、と思います
くまきちさん: まぁその点、オヤジは金婚式イスタンブール旅行まではかなり頑張った。 たぶん78歳だったはずで、あれが彼の最後の海外旅行ってことかな? まぁ私も彼のようにトシ食ってからあちこち行きたいし、できればもうちょっと トシ食ってからもあちこち行きたい。そのためにも体力維持とボケ防止っす。 がんばりまっす。
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みみけ
at 2013-11-18 18:10
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ご尊父様のほうがフサフサ。
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カプメイ
at 2013-11-18 20:56
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tohoiwanya at 2013-11-19 00:04
>ご尊父様のほうがフサフサ
みみけさん: う、う、う、うるせぇな。 まったくなー、オヤジもサハラ砂漠の砂と一緒に埋葬しろ、の他に 「毛髪はすべてイスタンブールに連れてってくれた孝行息子に与える」とか、 ノートに書いてくれりゃよかったのに。焼いちまって、もったいない・・・。
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tohoiwanya at 2013-11-19 00:11
>お写真はガラタ橋かしら。素敵ですね
カプメイさん: おおよくご存知ですね。その通り、これ、夕闇せまるガラタ橋のレストランです。 2005年の写真で、この当時は多少足腰弱ってたとはいえ、オヤジもまだ 元気だった。この頃の元気を保っててくれれば・・・とも思うけど、 もしそういう状態で死なれたら、家族のショックも大きかったはずで、 「徐々に衰弱したところを見せて、覚悟させておいて、サッと逝く」という オヤジなりの美学だったと、そう考えておいてあげましょう(笑)。
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hanatomo31 at 2013-11-19 00:32
お父様のご冥福をお祈りします。
サハラ砂漠の砂のこと、エンディングノートの存在、お父さんはシャレた方だったのですね。 ノートを見つけて家族で「おおー、なんと!」と、どよめいたであろう、 その現場を目撃しても居ないのに、なんとなく想像してしまいました。 そして、ちゃんと読まずともお父さんの希望をしかと当てた家族。 いいコミュニケーションが取れていた証拠だわ!
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tohoiwanya at 2013-11-19 15:06
>お父様のご冥福をお祈りします
ハナトモさん: ムスコのネットの友人たちからこんなにお悔やみの言葉を頂戴して、 本人、あの世で恐縮してるかも(オヤジはこのブログのことは知らなかったんです)。 私が作ったBGM用のクラシックのCD(モーツァルトから抜粋)は会場じゃ好評だったけど、 後で見るとエンディングノートには流すべきクラシック曲の例として、 「たとえばシューベルトのアヴェ・マリアなど」って書いてあった(笑)。 でも無宗教の葬式にアヴェ・マリアって、少し矛盾してないスかねぇ?オヤジよ。 悪いけどモーツァルトのピアノ協奏曲あたりから抜粋させてもらったよ。
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beijaflorspbr at 2013-11-19 16:58
お久しぶりです。
お父さまが旅立たれ、寂しくなられたと思います。 謹んでご冥福をお祈りいたします。 そう言えば、私の父も海外旅行が好きでした。 ブラジルに5回、兄の住むパリにも1回、その他の国にも母と共に何度か旅行をしました。 10年ほど、国際線に乗って何度も看病に帰国しましたが、 最期は一人であっけなく逝ってしまいました。 今月の29日が命日です。あっという間の9年間でした。
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tohoiwanya at 2013-11-20 00:04
>その他の国にも母と共に何度か旅行をしました
ハチドリさん: 年とった両親が二人で元気にあちこち海外旅行してくれるっていうのは 若干心配なところもあるけど、コドモとしては嬉しいですよね。 私なんかも、両親そろって行った海外がドコとドコなのか、把握できないくらい 二人であちこち行ってる。ましてやオヤジ一人でどこに行ったかなんて、 もう全然わからないアリサマ。 彼も昔は一時インターネットを始めたことがあったんだけど、あまり長続きしなかった。 私みたいに海外渡航ブログでも書かせておけば記録になったんだろうけど・・。
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権左衛門
at 2013-11-20 00:11
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お父様が旅立たれたとのこと、なんとも言葉が見つかりませんが、エピソードを伺うにつれ、イ課長さんはお父様の息子さんなんだなあとしみじみしました。
奥様のおけがもご心配でしょうが、かっこいいお父様の息子として、 これからも私たちにかっこいい生き方を示してくださいませ。
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May
at 2013-11-20 00:40
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いろいろとお疲れ様でした。
万が一 砂漠の砂が足りない時はいつでもお申し付け下さい。隣国に行って採ってくるから。 お父さんきっと今まで行きたかったところ全部に風のように飛んで行ってますよ(そんな歌ありましたよね)
お悔やみ申し上げます。そうなるかもしれないと思っていても、なかなか受け入れにくいことだと思います。お母様はかなり気を落とされたのではないでしょうか。こーゆーときに、息子さんがいるって、いいですねえ。イワさんも奥様のお世話もあって、大変だろうと思われますが、頑張ってくらさい。
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RIKACO
at 2013-11-20 10:34
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お悔やみ申し上げます。
私も夏に身内が亡くなりました。 四十九日を過ぎた頃にふと寂しさが込み上げてきました。 忙しい年末と重なり体調崩されませんように。 ブログ楽しみにしていますがくれぐれも無理なさいませんよう。 どうかご自愛ください。
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piki
at 2013-11-20 12:54
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お父様のこと、大変残念でした。
しかしながら、楽しいい人生を送られた様子。 イスタンブールまで、連れて行かれることができて、 イ課長さんも、よかったですね。 写真をみると、とても満足そうです。 私の父も、突然道で倒れて即死でしたので、 だれも、間に合いませんでした。 私は、スペインにいて、 帰国時の飛行機のトイレの中で泣きました。
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tohoiwanya at 2013-11-20 14:51
>イ課長さんはお父様の息子さんなんだなあと
権左衛門さん: いやいや、なんというか、悪い意味で「この父にしてこの息子あり」って感じの、 バカなお調子者親子でしたから(笑)。 でもまぁ、今となってはイスタンブールに連れてってホントによかった。 あれがオヤジと一緒に海外に行った唯一の機会でしたから・・。
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tohoiwanya at 2013-11-20 14:57
>砂漠の砂が足りない時はいつでもお申し付け下さい
Mayさん: オフクロが再度なくさない限り、大丈夫だと思います(笑)。 世界のいろんなところからお悔やみの言葉を頂戴して、本人喜んでるはず。 サハラ砂漠って、写真で見ると美しいが、やっぱ実際に見るともっと美しいのかなぁ? オレも一度行ってみようかなぁ? おお、そういえば、ガーナ、W杯出場おめでとう。
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tohoiwanya at 2013-11-20 15:04
>お母様はかなり気を落とされたのではないでしょう
Bきゅうさん: オフクロはオヤジの弱りっぷりを私なんかよりずっとよく見てたから、 意外なくらい冷静というか、元気というか、とにかく大丈夫そうで、喪主もつとめた。 私がかけつけた後は、喪主のことは全然聞かれなかったので、たぶん 私が行く前に葬儀屋の人と「あ、アタシがやります」ってサッサと決めちゃったんでしょう。 息子は役立たずだとよく知ってるだけある(笑)。
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tohoiwanya at 2013-11-20 15:09
>四十九日を過ぎた頃にふと寂しさが込み上げてきました
RIKACOさん: あーそれ、いろんな人から言われました。私なんかまだわからないんですが、 ひょっとするとそうなるのかなぁ? ただ、オヤジの命日が11月12日というのが微妙。そこから数えて49日目っていうと 大晦日か元旦あたりになる。さすがにその日に埋葬というのはあり得ないので 少しズラすことになるでしょう。ま、ウチは無宗教でやったわけだし、 あまり仏教の習慣に準拠する必要もないんですけどね。
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tohoiwanya at 2013-11-20 15:17
>だれも、間に合いませんでした
pikiさん: なんと、それはご本人はもちろんですが、家族にとってもショック。 父上の訃報を聞いて、飛行機に飛び乗っても欧州からだと飛行時間だけで 軽く12時間くらい、乗り換えを入れたらもっとかかる。それはつらいご経験でしたね。 その点、ウチのオヤジはそれでも家族に十分気持ちの準備をさせておいて イザとなると私が駆けつける間も与えずサッと逝っちゃった。実家に行く 電車の中ではボンヤリと「ああ、ついにこの日がきたんだ・・」なんて考えてました。
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マダムKenwan
at 2013-11-25 04:25
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遅くなりましたが、お父様の事、ご愁傷様です。
ご冥福を心よりお祈りいたします。 なかなか金婚式を迎えるのも難しいと思いますが、 ご夫婦お揃いでお元気で、息子さんの案内で イスタンブールへ旅行されたなんて、羨ましいお話です。 よい思い出ですね。イ課長さんも親孝行でご立派! 亡くなっても親の事は、いつまでも折りに触れて思い出します。
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tohoiwanya at 2013-11-25 11:59
>イスタンブールへ旅行されたなんて、羨ましいお話です
マダムKenwanさん: あの時は「えれぇこと引き受けちゃったなぁ」と思ってたんですが 今となってみればあの時連れてってあげて本当に良かったと思います。 私としてもあれだけが唯一の親孝行アピールポイントだし(笑)。 でも、オヤジが死んで思い出したことって、なぜかコドモの頃の思い出ばかり。 小さな子供にとって親って絶対的存在ですからねぇ・・・。 |
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