2014年 01月 27日

タイとイ課長の間にあったこと その1

前回の記事を書いたら、タイの話を続けたくなった。
最初にことわっておくけど、この話は長い。だから続き物である。
これはバンコク旅行ネタをご紹介するにあたって、いずれは書こうと思っていた話なのだ。

さて。
イ課長がバカ丸出しの阿呆であることは誰でも知ってるが、ごくマレに良い事をする時もある。

昔、おバカでクダラナいHPを作っていたころ(その当時から進歩してないようだ)、
ネット友達の女性がNPO活動に従事するために、タイの北部に行ってたことがある。

タイって、バンコクだけは東南アジア屈指の大都会だけど、田舎の方はまだまだ貧しい。
そういう貧しい地域じゃ、子供たちは教育も十分じゃないし、成長後の働き口はさらに不十分だ。
結局バンコクに出稼ぎに行き、女の子は水商売や風俗業で働かざるを得ない、なんてケースは
ゴマンとある。その結果エイズに罹患するなんて例も後を絶たないらしい。

そういうタイの山岳部の貧しい村を支援しようというNPO活動。立派なことではないか。
支援項目はいろいろあって、たとえば現地特産品を製造・販売ビジネスとして育てる、なんて
メニューもあったけど、そのほかに「現地の子供たちに日本語を教える」というのもあった。

さっきも言ったようにタイの貧しい地域の子供たちは成長後、バンコク出稼ぎという可能性が高いし、
バンコクでの仕事がマットウなものとは言いがたいものである可能性も高い。特に女の子に関しては
結局「非マットウ系」の仕事に身を投じて稼ぐ、なんてことになりやすい。
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しかしだよ?もし、その子たちが日本語の読み書きが出来たらどうか?その能力を生かして
日系企業に就職という新たな可能性が生まれてくる。そうなれば、バンコクで売春とかするより
はるかに健全な人生を送れる。つまりタイの貧しい地域の子供たちに日本語を教えるっていうのは
単なる教養じゃなく、もっと切実なモンダイなのだということをその時初めて知ったんだよ。

その友人からそういう話を聞いてイ課長は非常に感心した。なるほど、そうかと思った。
自分もタイに行って現地での支援活動に手を染めるなんてことは到底出来そうもないけど、
なんとかして日本から彼女の活動に協力できないかと考えてみた。

日本語教育っつうたって、貧しいタイの山岳地帯じゃ教材なんてロクにないんだろう。
たとえば、日本の絵本を教材がわりに贈ったらどうだろう?少しは役に立つんじゃないか?
絵本であればタイの子供たちの興味もひきやすいはずだし、それがひらがなで書かれてれば
日本語を覚えるきっかけになるかもしれないではないか。絵本を集めて贈ってみようか?

その話を彼女にしてみたら、「それはもうぜひ」ということだったので、イ課長は立ち上がった。
バカ丸出しヤロウが、珍しく慈愛と正義に燃える戦士に変身したのである(笑)。

自分のHPで主旨を説明し、「お子さんが大きくなって不要になった絵本を送ってください」と呼びかけた。
自宅に送ってもらうのがいいんだろうが、ネットで自宅の住所・連絡先を公表するのはちとマズい。
会社に送ってもらおうにも、私的な活動だから会社には秘密。会社に送ってもらうこともできん。
(あんなおバカHPの存在を会社の連中に知られるなんて、あってはならないことだったのだ)
結局、会社の近所の郵便局留めということにして、いらない絵本の寄付を募ったわけ。

そこからがドえらく大変だったんだよ。

多くの人が主旨に賛同してくれて、いろんな絵本を送ってくれた。
絵本だけじゃなく、写真集や図鑑みたいな、子供の知的好奇心をかきたててくれそうな本を
送ってくれた人もたくさんいた。あの時のネット仲間の善意には本当に感謝してるよ。
作者はバカだったけど、読者は立派な人が多いHPだったのだ。

しかし、ご存知のように本って、重い(笑)。
これが段ボール箱単位で郵便局に次々と届く。昼休みにそれらを郵便局まで受け取りに行き、
近所の公園とかで“解体”し、本だけリュックに入れ、ひぃひぃ言いながらも何事もなかったような顔で
さりげなく会社に持ち帰るという苦闘の日々が続いた。

さらにこれを府中の自宅まで背負って帰るという苦行が待っている。これが何日も何日も続くのだ。
ヒマラヤ登山隊の荷物を運ぶシェルパになったような気分だったよ。もうね、冗談抜きで最後の方は
足腰にかなりキてたし、精神的プレッシャーも大変なものがあった。

とりあえず集まった本は2階の部屋にためこんだ。下がその時の写真。
段ボール3~4箱くらい集まればいいなと思って始めたんだけど、なんだかすごいことになった。
冊数なんて数えるのはムリ。トータル重量だと170〜180kgくらいあったんじゃなかったかなぁ?
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これを再度、段ボールに詰めるのも大変だったが、その重い段ボールを2階から玄関までおろすのが
またジゴクだった。1箱15kgとして、十数箱ある。年老いた今だったら確実に腰が折れてた(笑)。

これだけ大量の本の海外送付。どうしていいかわからず郵便局に相談しに行った。
車がないイ課長家に同情した郵便局が、なんとわざわざウチまで車で集荷に来てくれて、大量の本を
何とかタイまで送ることが出来た。運賃が・・・いくらだったかなぁ?万円単位だったのは確かだけど、
もうここまで来るとカネの問題ではない。意地の問題なのだ。払いましたよ。送りましたよ。ぜいぜい。
何ヶ月かたって、タイの現地から「本、届きました!」という連絡があったときは嬉しかったなぁ。

ほら。アナタはいま「イ課長も、そんなイイことしたことがあったんだねぇ」と思ってるでしょ?
実際、あの絵本送付プロジェクトはイ課長の人生に数えるほどしかない「良い行い」といえる。
タイとイ課長の間にはかくのごとく美しいエピソードが実はあったのだ。

さて・・

・・・と、はりきって続きを書きたいところだが、すでにだいぶ長くなったので、「さて」以降の重要な後半は
次回更新にまわす。続きはすでにかなり書いてるから明日にでも更新するよ!するってば!


 

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by tohoiwanya | 2014-01-27 00:00 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(4)
Commented by hanatomo31 at 2014-01-27 04:19
続きが、早く読みたい。
その本を読んだ、日本語が話せるタイの子どもたち(今は大人)に出会ったとか?! ああ、わくわく。
Commented by tohoiwanya at 2014-01-27 13:30
>その本を読んだ、日本語が話せるタイの子どもたち(今は大人)に出会ったとか?!

ハナトモさん:
そこまでドラマチックじゃないけど、展開としては当然ソッチ方向になるわけですよ(笑)。

海外に行くのに「その国に知り合いとか友人がいる」というケースは過去にあったけど
「かつて自分が送った絵本を読んだ子供が、10年成長してこの国のどこかにいる」なんていうのは
初めてで(そりゃそうですよね)、つい「「ひょっとしたら・・・」って想像しちゃう。
あの気分を味わいにまたバンコクに行ってしまいそう(笑)。

Commented by げんまいちゃ at 2014-01-27 21:41 x
当時のやり取りをなんとなく覚えております。世の中には奇特なことをなさる方がいるのだなあ、私もよい大人にならねばと思ったものです。

その後の進学先は開発学関連で有名な先生がいらっしゃるところらしく、日本からも大変優秀かつ熱意にあふれた方がたくさんいらっしゃいました。世の中にはすごい人がいるもんだ、私も見習って立派な人にならねばと思ったものです。

さらに月日は流れましたが、やはり私はここで座ってイ課長さんのブログを拝見しながら世の中には偉い人がいるもんだ、私もがんばらねばと思っております。

だめですなあ、こんなことでは。
Commented by tohoiwanya at 2014-01-28 00:38
>当時のやり取りをなんとなく覚えております

げんまいちゃさん:
だめですなぁ、なんて慨嘆するオトナになった原因は、若い頃にあんなおバカな
HPを読んだせいではないかと・・・(笑)。
その後、そのNPO団体の小冊子みたいなヤツで、あの絵本送付も
「協力してくれた人」として書いてもらったんだけど、マトモな個人名や企業名が
並んだ中に、「(あのHPの標題)一同様」と書かれてて、すっげーー恥ずかしかった。


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