2016年 10月 27日

神はカドッコに宿る国・ラオス

「神は細部に宿る」という有名な言葉がある。

見過ごしがちなディテール(細部)こそ重要、あるいは真に重要なものは目につきづらい
という意味でよく使われる。昔から伝わる有名な言葉かと思ったら、実は20世紀の建築家、
ミース・ファン・デル・ローエが言ったとされている。へーそうだったの。

ルアンパバーンの托鉢の続きを書くはずの記事の冒頭にこんな話を書いたのは理由がある。
あの托鉢の後、観光客が誰も注目しないワット・マイで見た感動的な光景のことを書くための、
これはいわば前フリなのだ。あのコトについては托鉢記事の一部にせず、独立した記事にしたかった。

ワット・マイの前で托鉢が終わったのは、まだ6時半にもならない時間だったはずだ。
ワラワラとオバさんたちが解散するから「終わったんだな」ってことがわかる。
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さて・・さっき準備してた朝市がもう始まってるはずだから、それ見るか。
そう思いながら、何となく早朝のワット・マイの境内にふらふらと入っていった。

お?さっき托鉢してたオバさんたちがワット・マイでお祈りしてる。托鉢が終わったあと、
さらにこうやってお寺でジックリとお祈りするんだねぇ。托鉢は世界中の観光客がカメラを構えて
集まるけど、托鉢が済んだあと、静かなお寺の中でこうしてお祈りする人たちに注目する観光客は
誰もいない。地元の人たちだけの真摯かつ素朴な祈りの時間。
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不思議なことに彼女たちはご本尊の金ピカ大仏のいる本堂ではなく、境内に設置された
仏塔に対してお祈りしてる。ふーーむ・・なんとなくイイ感じではないか。絵になるねー。
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おおお?このおばあさん、仏塔のカドッコに水をあげながらお祈りしてる。
なんでカドッコに水を?
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イ課長の驚きはだんだん大きくなってきた。
このおばあさんだけじゃない。ほら、下の写真の手前のオバさんもやっぱり仏塔の土台のカドッコに
水をあげてる。ラオスでは地面にある何かのカドッコが祈る対象なのか?
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カドッコになぁ・・と思いながらワット・マイから歩道に出ると・・・おおお!
ここでは別のオバさんが歩道の並木が植わってるところにお線香立ててお祈りしてる!
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このオバさんもやはりカドッコに水をあげてるぞ。
お寺の施設でも仏塔でもない。もう一度言うが単に歩道の並木が植わった土のカドッコだよ?
不思議だけど、同時に感動的な光景だった。その理由や背景はわからないけど、地面にある
何かのカドこそが重要なのだ。そこが祈りの“的”であり、彼女たちにとってたぶん仏はそこにいる。
神はカドッコに宿ってるんだよ。
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この後行ったバンコクのマッサージ屋さんで、ある施術者のお姉さんとヘボ英語で話をしてたら
彼女がラオスのビエンチャンから来て働いてるということを知った。そこでイ課長はさっそく
デジカメを取り出し、上の写真を見せて「ラオスではコーナーに向かって祈るのですか?」と
質問してみた。この質問をされた時の彼女の表情がまた印象的だったねぇ。

その理由や背景を彼女の英語力(イ課長と同じくらい)で説明するのは難しかったんだろう。
口頭による説明はなかった(まぁ宗教的背景を流暢な英語で説明されてもわからなかっただろうが)。
でもその笑顔からは「そうよ?ラオスじゃあったり前なのよ~?」「よく気がついたわねアンタ」みたいな
ちょっとお国自慢的というか、ちょっと鼻高々の気持ちが伝わってきた。たぶん同じ仏教国でも
ラオス独特、タイにはない習慣なんじゃないかなぁ。

この旅行を通じてラオスやタイでいろんなお寺を見たり、参拝や托鉢の様子を見たりしたけど
ルアンパバーンのオバさんたちが地面にあるカドッコに向かって無心にお祈りしている姿は
イ課長が最も感動した宗教的光景だったと言っていい。

という理由もあって、イ課長としてはルアンパバーンで托鉢を見るならワット・マイの近くを
推奨したいのである。あそこで托鉢の一部始終、さらにそれが終わったあとの「カドッコへの祈り」の
様子を見れば、ラオスの人々の素朴で無心な祈りの思いを感じられるんじゃないかと思うのだ。
もちろん、見る時は祈りのジャマにならないように、静かにソッとご覧ください。

逆に、托鉢鑑賞スポットとしてガイドブック等が勧める小学校前は個人的にはお勧めしない。
なぜお勧めできないかは次回更新で書きたいと思う。


 
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by tohoiwanya | 2016-10-27 00:07 | 2015.09 東南アジア旅行 | Comments(4)
Commented by ふじっこ at 2016-10-28 08:04 x
おはようございます~
小学校前で見学したふじっこでございます。。。

カドッコ。。。全然気づきませんでした。。。
不思議な光景ですよね。。。(・o・)

お寺でも教会でも、観光じゃなくて純粋にお参りしている人々だけがいる光景って、なんかいいですよね。その場所の本来あるべき姿を見たって気がして。寺院建築も素晴らしいけれど、そこで祈る人もセットというか。(自分は異物なんだけども)今度、有名なお寺や教会に行くときは、早起きしてお参りしてみます!!
Commented by Bきゅう at 2016-10-29 20:40 x
正面玄関からでなく、脇の入り口から入る感じなのでしょうか。それとも、角に狛犬とか灯籠みたいのを立てているから? 道ばたのお線香は、そのほうが立ちやすい気もするとか、あああ、世俗的なことを考えてはいけないんだろうな。
Commented by tohoiwanya at 2016-10-30 00:03
>小学校前で見学したふじっこでございます。。。

ふじっこさん:
今日の更新にも書きましたけど、私が行った時は小学校前、托鉢体験ツアーだらけで
さすがにちょっと興ざめ。やっぱ托鉢は地元のオバちゃんがいいですねぇ。

二度目の托鉢のあとはこのまま渡し船乗りに行っちゃったんで、
他のお寺でもこうやってカドッコにお祈りしてるのか確認してないんです。
私も次回行く機会があったらワット・マイ以外のお寺に早朝行ってみたいなぁ。
Commented by tohoiwanya at 2016-10-30 00:07
>道ばたのお線香は、そのほうが立ちやすい気もするとか

Bきゅうさん:
お寺の境内ではお線香立ててる人がいなかった(つうか、土の面がない)から
わからないけど、私の印象ではキーはやっぱ「水」のような気がするんですよ。
日本のお墓参りでも石に水かけるけど、何となくアレに通じる部分が
するんですよねぇ、カドッコに水あげるのって。


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