2017年 07月 26日

ジョン・ハリソンという人

計時技術編の前にやはりこの人のことを書いておかねばならぬと気付いた。

英国ってわりと階級意識が強い国のはずで、偉大な学者や政治家になった人には立派な家柄の
出身者が多い。そういう家柄じゃないと高等教育を受けられなかったからね。出自がモノをいう。
昔はその傾向がさらに強かったはずだ。

しかしそんな英国でも時として低い身分出身の、輝ける才能の持ち主が歴史に名を残す。
ニュートンなんかはわりとそうで、ケンブリッジ大学に入った時は教授の小間使いをして
その代わり授業料や食費は免除されるという身分。つまり自費じゃ授業料を払えなかったわけだ。
以前に書いたファラデーも平民出身で、後年大物理学者として尊敬を集めるようになっても
高等数学はできなかったらしい。

本日の標題であるジョン・ハリソンという人も平民出身でありながらその才能と技術で
科学史に名を残した英国人の代表的存在といえるだろう。

ハリソンの唯一最大の業績、それはクロノメーター、つまり船の航海で使用できる極めて高精度な
機械式時計を発明したことによる。これこそ経度測定法のキーテクノロジーで、この発明がなければ
英国が後に世界一の海運国になれたとは思えない。

大航海時代以来、広大な海で自分の船の位置を知る必要性は極めて高かった。
原理的には太陽が24時間で一周360度回るわけだから、基準地(たとえばグリニッジ)から
南中時刻が1時間ズレてれば経度にして15度、2時間なら30度違ってることがわかる。
要するに正確な時刻さえわかれば自分のいる経度もわかるわけだ。
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1714年、英国政府は海上での正確な経度測定技術を発明した者に2万ポンドの賞金を与えると
宣言した。経度を正確に知ることはそのくらい切実なニーズがあったわけだ。
高等教育を受けた学者様たちは天文学的なアプローチ(月距法)で経度を知るという方法を
研究したけど、これには膨大な観測データ整備や計算を必要とするというネックがあった。

もう一つは精密機械工学的アプローチで、要するにどエラく正確で船上でも狂わない機械式時計を
作るという方法だ。それさえありゃ「あ、グリニッジと2時間ズレてるから30度違うんだ」ってことが
すぐわかる。しかし振り子時計しかないご時世にそんなの夢のような話。だが一介の時計職人だった
ジョン・ハリソンは自らの才能を生かし、この賞金獲得にチャレンジした。その時ハリソン21才。
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彼は長い年月をかけて正確な時計を造り、それをさらに改良し、さらに改良を繰り返した。
しまいにはほとんど懐中時計程度の大きさで、5ヶ月船の上で測定しても誤差15秒という
驚異的に正確な機械式時計を作るに至った。

だが上流階級ぞろいの英国議会の紳士がたは平民出身のハリソンに賞金を出すことを快く思わず、
難癖をつけてはチビチビ払い、何度も改良と試作を要求し続ける。で、疲れ果てたハリソンは
とうとう国王に訴えたんだな。

ハリソンに同情した国王は自ら臨席する時計の精度実験を命じた。もちろんそこでも彼の時計は
申し分ない実験結果を示したから(一日に1/14秒の誤差だったとか)国王は激怒したらしいねー。
約束通り賞金払えテメエら!と議会にカミナリを落とした。

その国王ってのが例のトラファルガー広場に騎馬像があった放蕩バカ王ジョージ4世・・・の
お父ちゃんだったジョージ3世(笑)。病気で頭がおかしくなる前のジョージ3世は好人物の
王様だったらしいけど、このエピソードにもその人柄があわられている。

で、ようやく賞金の残り全額がハリソンに与えられた。その時ハリソン80才。
クロノメーター発明者としての名誉を生きてるうちに得られたのは幸いだったといえる。
21世紀の今日でもハリソンは経度測定法確立の最大の功労者とされている(と思う)。
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以前、シャクルトンの記事でエレファント島からサウス・ジョージア島までの奇跡の航海の話を
書いたけど、あの時彼らが目的の島まで辿り着けたのも結局は海の上で自分たちのいる位置を
どうにか把握できたからで、彼らもクロノメーターと六分儀だけは持ってたのだ。

グリニッジ天文台にはそんなハリソンに関する展示もある。
科学史の本でハリソンの名前や業績を知ってたイ課長としては、やはり興味あるところだ。
しかしハリソンの業績説明で長くなっちまったので展示の詳細は次回。すみませぬ。
シャクルトンとかハリソンとか、英国人には業績紹介だけで長引く人が散見されて困る(笑)。

 

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by tohoiwanya | 2017-07-26 00:03 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
Commented by Bきゅう at 2017-07-26 20:15 x
そんな人がいたのね。それにしても80歳でも頑張ったとは。現在だったら、当時としては、とても長生き。
Commented by tohoiwanya at 2017-07-27 00:22
>当時としては、とても長生き

Bきゅうさん:
それはホントにそう思う。おそらく当時の中流階級の英国人の平均寿命でも
50歳程度だったんじゃないですかねぇ。自分の作った時計を認めてもらうまでは
死ねないという気持ちだっただろうけど、生きてるうちに認められてホントに良かった。
ジョージ3世はいい人だったんだなぁ。息子はバカだったけど・・。


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