2017年 10月 13日

コーフ城への道のり その2

さて、雨がそぼ降るプールの駅に降り立ったら、次にすべきことはバス発着場の確認だ。
駅の近くに大きなショッピングモールがあって、その一番奥の方にバスターミナルがあることを
イ課長は事前に地図で確認していた。抜かりはないのである。

ははーここがそうね。バスだらけ。
行き先ごとにABC・・・という順に乗り場があり、コーフ城行きのバスはGという乗り場から出ることも
イ課長は事前に確認していた。抜かりはないのである。
f0189467_15502784.jpg
 
ほほうこれか。G。
40って数字の下にBreezerって書いてあって、Cofe Castleという文字も見える。間違いない。
この路線だけ、ブリーザー・バスという名称がなぜかついている。観光路線だからかな。
f0189467_15502661.jpg
 
しかしバスがくるまでまだ50分くらい時間がある。
実はこの日って雨が降ってやけに寒い日だったんだよ。Gジャンだけじゃ寒くてしょうがない。
そこでショッピングモールの中をウロつき、防寒用にネズミ色のパーカーを調達した。
なかなか有意義な50分間の過ご方であった(笑)。

やがてブリーザー・バスが来た。2階建てバスである。せっかくなら景色のいい2階の一番前に座ろう。
水滴でよく見えんが。
f0189467_15504595.jpg
 
バスは海っぺりの道をずーっと進み、やがて内陸部に入って行く。
大部分は田園風景だけど、時にはこんな小さな町を通過することもある。相変わらず水滴だらけ。
f0189467_15504523.jpg
 
さて、ここまではおおむね順調だが、問題は降りるバス停を間違えないことだ。
「つぎは甲府城 甲府城 イ課長歯科クリニックにおこしの方はこちらが便利です」なんて
親切なアナウンスはない。もう近いはずだが、どこで降りればいいのやら・・・。

バスドライバーの後ろで一生懸命前方の景色を確認する外人観光客であるワタス。
するとドライバーが「ナントカカントカ コーフキャッスル?」とイ課長に聞いてきた。
コーフ城で降りるのか?って感じの質問に聞こえたからイエスと答えると次で降りろという。

で、次で降りた。
バス停から丘の上をみると確かに廃墟らしきものが見える。しかしあそこまでどうやって行くのだ?
・・・もしかしたら降りるトコ間違えた?
f0189467_15541838.jpg
 
あとでわかったことだが、ドライバーはあの時たぶん「コーフ城の裏口から登るか?」みたいなことを
質問したんだと思う。で、ウンっていうから普通の観光客が降りる「表っかわ」のバス停ではなく、
一つ手前の「裏口登り口」で降ろしてくれたと思われる。

前回記事でも写真を載せた石碑。ここから斜面をずーーっとケモノ道が続いてる。
ははぁ、これを登っていけばいいんだな。だんだんわかってきたぞ。
f0189467_15541828.jpg
 
この裏登り口、途中なーーんにもないけど、静かで、誰もいなくて、実にイイ感じの道だった。
何もない斜面のケモノ道みたいなとこを、風の音だけを聞きながら廃墟を見に行く銀婚夫婦。
f0189467_15542484.jpg
 
振り返るとこんな感じ。写真右側に見える道路がバスが走ってきた幹線道路なのである。
f0189467_15540886.jpg
 
やがてこんな門が。
一瞬アセッたけど大丈夫。押せば開く(笑)。どんどん歩いていきましょう。
f0189467_15534146.jpg
 
じゃーん。着きました。入口です。
おそらくほとんどの観光客は一つ先の停留所で降り、町の中を通ってここに来るはず。
しかし誰もいない斜面の道を登るのもいいよーー?もしこれからコーフ城に行かれる方がいたら、
往路は裏道を使ってみることもぜひご検討いただきたい。
f0189467_23514377.jpg
  
上の写真、手前の方に橋が見える。
入場チケット売り場は確か橋のコッチ側にあり、橋を渡った先のトンネルのところが
チケットもぎり場所だった・・んじゃなかったかな?入場料がいくらか覚えてないけど
安くはなかったよ。たぶん10£くらいはしたと思う。

しかしさすがはキング・オブ・廃墟。廃墟の極北。廃墟の中の廃墟。
コーフ城は素晴らしいところだったよ。写真もたっぷり撮ってきた。
次回更新でじっくりご紹介いたしましょう。

 

[PR]

by tohoiwanya | 2017-10-13 00:08 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
Commented by Bきゅう at 2017-10-15 20:36 x
思へば、甲府城開城の後、江戸城明け渡しまで、間もないことでござったな。
Commented by tohoiwanya at 2017-10-16 01:12
>江戸城明け渡しまで、間もないことでござったな

Bきゅう殿
いやまことに。あの時拙者が籠城・徹底抗戦を主張したにもかかわらず
薩長の田舎侍どもに・・・実に断腸の思いでござった。


<< 廃墟の中の廃墟・コーフ城をめぐる      コーフ城への道のり その1 >>