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2017年 06月 28日

ピーターバラ大聖堂というところ【その3】

それでは「ピーターバラ歴史散歩」とまいりましょう。
まずはヘンリー8世のお妃1号だったキャサリン・オブ・アラゴンのお墓。
キャサリンについてはもうかなり説明したからクダクダ書く必要はあるまい。

もとはスペインの王女様だったわけだから、気位は高かったんだろうなぁ。
どうせ亭主は好色デブのヘンリー8世。イ課長が彼女の立場だったら巨額の慰謝料もらって
サッサと離婚して安楽な余生を送るだろうけど、生まれた時から王族のキャサリンには
そういう発想はなかったんだと思われる。
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これがお墓。ヘンリーに強引ムリヤリ離婚されたとはいえ、お墓の称号はQueen of England 。
ガンとして離婚に応じないカタクナさを持つ反面、人柄は良かったようで幽閉先の城の周辺住民達からは
慕われてたらしい。ついこないだまで英国王妃、それが自分勝手な王様と悪女アン・ブーリンのせいで
こんな目に・・可哀想なキャサリン様・・というわけで世間の同情も強かった。
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彼女の墓の上に何か果物が・・最初はリンゴかと思ったけど、これ、たぶんザクロだ。
これはトホ妻の知識だけど、ザクロといえばグレナディン、グラナダの町のシンボルでもある。
スペインから嫁入りしてきたキャサリンの霊を慰めるお供えとしてはふさわしいんだろう。
悲劇の王妃・キャサリンを慕う人が今でもいるんだねぇ。何となくしんみり・・・。
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そんなキャサリンを追い出して王妃の後釜に座ったアン・ブーリンも結局3年ほどで姦通の罪を
着せられて処刑。アンの斬首刑が行われた時、キャサリンのお墓にあったロウソクがひとりでに
一斉点灯したと言われる。あたかも自分を追い出した憎い女の死に快哉を叫ぶかのように・・・
ま、言い伝えです。イ課長だって信じません(笑)。でもこういうウワサがやたら広まって
無視できなくなったヘンリーはピーターバラに調査団を差し向けたっていうから、彼の中には
キャサリンに対する負い目があったことは間違いない。

この大聖堂にはその後釜王妃アン・ブーリンの娘(エリザベス1世)の命で処刑されたスコットランド女王
メアリ・スチュアートのお墓だった場所もある。“だった場所”と書かなければならないだけあって、
この背景説明はキャサリンより一段と複雑だが、何とか短くまとめよう。

メアリ・スチュアートはスコットランド女王だったのにロクでもない男と再婚して廃位の憂き目に遭い、
イングランドにいわば亡命した。王族ではよくあることだけどメアリ・スチュアートとエリザベスは
遠縁にあたるらしいんだよね。そんなこともあってイングランドでも当初はそれなりに処遇されてた。

ところが彼女には陰謀好きなトコがあったようで、よせばいいのにカトリック勢力たちの
エリザベス暗殺計画なんかにのせられた。陰謀がバレて死刑。そしてピーターバラに葬られた。
だから昔はここにメアリ・スチュアートのお墓があったわけだ。しかしこの後も話は続く。
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エリザベスは生涯結婚しなかったから子供がいない。
で、自分が死んだ後のイングランド王にメアリ・スチュアートの息子ジェームズを指名した。
ジェームズはスコットランドとイングランド両方の王様になったわけだけど、まず母親のお墓を
ピーターバラからもっと格式高いウエストミンスターに移設。だもんでピーターバラにはこうして
メアリ・スチュアートの「お墓だった場所」だけが残ってるというわけ。

調べたら面白いことを知った。
エリザベスが生涯未婚で子供がいなかった以上、チューダー朝の血は彼女で途絶えたことになる。
ところがメアリ・スチュアートの血筋はジェームズ以降イングランドで連綿と続いてるんだと。
男を見る目はなかったが、繁殖力ではメアリ・スチュワートの圧勝というべきか(笑)。
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英国史の他の時代だったら特に感じるところもなかっただろうが、なぜかそこだけは詳しい
ヘンリー8世に関わる悲劇の女性二人のお墓がある(あった)というのはピーターバラ訪問の
大きな動機だった。建築的興味ではなく歴史的エピソードにちなんで大聖堂に行くなんてこと、
これまであまりなかったと思う。

ピーターバラ大聖堂で英国歴史散歩。なかなか有意義な訪問でございました。

 

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by tohoiwanya | 2017-06-28 00:22 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)