カテゴリ:2016.06 英国銀婚旅行( 43 )


2017年 03月 13日

謎ではなくなったミステリー・サークルの謎

何十年前だったかなぁ?(いま調べたら1980年代だと)
ミステリー・サークルっていうのが騒がれたことがある。畑ン中に忽然と出現した
ミョーに幾何学的な跡。まるでナスカの地上絵。たとえばこんなの(写真はWikipediaから拝借)。
f0189467_14131451.jpg
 
「あれは宇宙人が仲間の宇宙船に向けた送った信号だ」「空飛ぶ円盤の発着跡」その他モロモロ
様々に荒唐無稽な解釈がなされたけど、何年かあとに「あれはボクたちがふざけて作った」と告白する
者が出た。その話はけっこうニュースになってイ課長も昔読んだ記憶がある。

なんでこんな話を始めたのか?
実はイ課長は当時からずーーっと、ミステリーサークルってのは米国の農村地帯で起きたことだと
思ってたんだよ。宇宙人だのUFOだのって話ってほとんどはアメリカから来るじゃん?だから当然
ミステリーサークルも「アメリカもの」なんだと思ってた。ところがこれって英国発祥なんだってね。

英国の田舎をバスや鉄道に乗ってると、畑(牧草地?)をトラクターで突っ切った跡、つまりワダチが
ずーーーっと並んでる風景をものすごく頻繁に見る。空からじゃなくて列車の窓から見てもほんとに
クッキリはっきり目立って見えるんだよ。
f0189467_21051407.jpg
 
あんなにクッキリ轍が残るんだったら、あれで絵を描こうと思うヤツも出てくるよなぁきっと。
そういや昔ミステリー・サークルなんてのもあったっけなぁ・・でもあれはアメリカか・・。
てなことをずっとボンヤリ考えてたわけ。列車の窓から轍を見ながらね(笑)。

今やミステリー・サークルは宇宙人が作ったなんて言うヤツは1人もいない。謎なんてない。
しかし英国の車窓風景で散々あのワダチを見てるうちにイ課長は徐々に不思議に思い始めた。
だもんで列車の窓から何枚かワダチの写真まで撮ったのである。高速で走る車窓から狙い通りの
写真を撮るのは難しい。
f0189467_21051410.jpg
 
謎その1:なぜ畑の中にあんなワダチを作る必要があるのか?
あのワダチついてる畑は麦畑っぽく見える。
もしそうなら、あのワダチはトラクターでせっかく育った麦を踏んづけて通った跡ってことになる。
もし田んぼの稲をトラクターで踏んづけてワダチをつけたら「うわあ何てもったいないことを」と思う。
これはイ課長でなくたって、アジアの稲作民族ならおそらくみんなそう思うはずだ。その作物が何であれ、
ソレがせっかく育っている畑になんであんなワダチをつける必要がある?

仮説① あれは畑の中を移動したり、向こう側に行ったりするためにいわば作業用の“通路”で、
    トラクターは同じワダチの上を通って何度も行ったり来たりしている
仮説② 理由なんてない。一面の畑に跡をつけてみたいだけである。

Wikipediaの写真をもそうだけど、ワダチは一定の間隔をおいて規則的に形成されてるように見える。
何本も作物を踏んづけて通路を作るとなるとる仮説①はちょっと根拠が弱くなる。ってことは
②か?でも他にコレといった理由が思いつかないのだ。
f0189467_21054608.jpg
 
謎その2:あのワダチはなぜ英国にだけあるのか?

イ課長は過去に欧州のいろんな国で鉄道に乗り、その国の田園風景も散々眺めた。
しかし畑のワダチをこんなに頻繁に見たのはたぶん英国だけだと思うんだよ。もし他の国に
同様にたくさんあれば「あれ何だろうなぁ?」と絶対に思ったはずだ。なぜ英国だけに?

仮説① 英国で栽培されるある作物はああやってワダチでスキマをつくるとよく育つ。ないしそれに類した
    作物を育てる上での何らかの必要性によるものである。
仮説② 英国人は一面の畑に轍をつけたがる衝動を抑えることができない変わった人種なのである。

①はどうにも信じ難い。となるとやっぱ②か?英国の農業従事者は畑の作物を一部ムダにしてでも
ワダチをつけたいのか?あるいはそういうのが流行ってる?あるいは古来からの英国農業独特の習慣?
うーむ・・どれにしても信じ難いが。
f0189467_21054723.jpg
 
ただ、ミステリー・サークルが英国で生まれた理由は何となく理解できたよ。
理由は不明だが、英国の農民はトラクターで畑によくスジを描く。中にはスジだけで飽き足らず
世間をアッといわせる絵を描きたいと思ったヤツも出て、それがミステリー・サークルになった
・・・と考えればね。

最後の仮説はロジックとしては一応スジが通っている。しかしホントにそうなのなぁ?
英国の畑についてるワダチについて知見をお持ちの方がいたら(そんな人いるのだろうか)
ぜひその形成理由をご教示いただきたいのである。

  

[PR]

by tohoiwanya | 2017-03-13 00:22 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)
2017年 03月 10日

トラファルガー広場というところ

ロンドン行ったことない人でもトラファルガー広場の名前は知っている。

太古の昔、新婚旅行でイ課長とトホ妻がロンドンで別行動をとった時(とるか?普通)
合流したのもトラファルガー広場のライオン像の前だった。イ課長は早めに来て、待ち合わせまで
ナショナル・ギャラリーの一部を駆け足でザーッと見たっけなぁ。
f0189467_14201879.jpg
 
あれから25年、くたびれ初老夫婦になった我々はカンタベリーの帰り、懐かしきこの広場に来た。
この日はコヴェント・ガーデンでオペラを見る予定だったんだけど、夜の開演まではまだたっぷり
時間があったから、絵でも観ようかと思ってここを通りかかったのだ。

いやぁ~・・トラファルガー広場にいると本当に「あー自分はいまロンドンにいるなぁ」という
気分になるね。時間はたっぷりあるんだから少しここで休んでいこうぜ。
f0189467_14242024.jpg
 
この日は快晴というわけじゃなかったけど、気温も暑くも寒くもなく比較的快適で、
広場もいろんな人たちで賑わってた。見てると楽しい。

地面に絵を描いてる。欧米の広場っていうとよくこういう路上画家がいるよね。
f0189467_14201838.jpg
 
しかしこの日トラファルガー広場で目立ってたのは絵描きではなく宙に浮くパフォーマンス。
棒に何か仕掛けがあって体重を支えるようになってるんだろうけど、うまく出来てる。
f0189467_14203340.jpg
 
だが(おそらく)毎日やってるせいだろうなぁ、あまり注目を集めてない。お賽銭も少なそう。
向こうでやってるハシゴを使ったパフォーマンスの方が圧倒的に集客力が高い。
宙に浮いてる本人も向こうのパフォーマンスに見とれてるようじゃあかんな(笑)。
f0189467_14202553.jpg
 
由緒ある広場だけあって、こっちには立派な騎馬像。誰かと思ったらジョージ4世。
このジョージ4世って人がねぇ~・・父ちゃんのジョージ3世はマジメな人柄だったようなんだけど
コドモはみんな問題児ぞろい。ジョージ4世自身も皇太子時代は超放蕩借金バカ息子。息子たちの
相次ぐスキャンダルのせいか、父ちゃんのジョージ3世は最後に精神障害で頭おかしくなった(マジ)。
f0189467_14203388.jpg
  
自分が即位してジョージ4世になっても相変わらず問題王。今度はなぜか正妻キャロラインを
異常なほど嫌い、自分の戴冠式にも出席させないという仕打ち。何なんだろうか。キャロラインと
離婚したい王とそれを認めない議会で散々モメたらしい。そんなお騒がせ問題王でも一応は王様だから
こうしてトラファルガー広場に騎馬像作ってもらえるんだなぁ。

・・と思って調べてみたら、何と、元々は王室の厩があったこの場所の再開発を命じたのが実は
ジョージ4世だったんだと。その再開発がやがて現在の広場につながったってことらしい。いわば
トラファルガー広場成立の大功労者。一応マトモなこともやったんですね(笑)、ジョージ4世。

このジョージ4世銅像がナショナルギャラリーに向かって右側にある。
こういうのは大体左右対称に置かれるもんだ。向かって左には誰の銅像があるんだろうかと思って
行ってみたら驚いた。げぇッ?!何だい?こりゃあ。
f0189467_14203348.jpg
  
位置的にはさっき見たジョージ4世騎馬像のちょうど反対側に置かれているから「セット」のはずだ。
それが何でガイコツ?ブラックジョークか?イギリスじん~~お前らの考えることはわかんねぇよ。

その後調べたところ、このガイコツ馬の像はつい最近、2015年に設置されたもののようで、
設置時に「来年まで展示される」って書かれてたから、2016年の訪英当時はあったけど、今は
ないのかもしれん。要するに一時的に置かれた現代芸術ということらしいが、ガイジン旅行者が
そんなこと知るわけない。てっきり昔からここにあったガイコツだと思ってブッたまげたぜ。

ま、トラファルガー広場とは要するにこんな感じのトコなわけですよ(笑)。
それでも、さっきも言ったようにこの広場は「ああロンドンに来たんだなぁ」という旅情に
ぼんやりと浸るにはすごくいいスポットだと思う。
f0189467_14202527.jpg
 
歩き疲れてトラファルガー広場で一休み。さて、次はどこに行こうかとなった時、ビッグ・ベンでも
ウエストミンスター寺院でもコヴェントガーデンでも、ロンドン名所の多くに歩いて行けるしね。

もちろん広場の真後ろにある巨大美術館ナショナル・ギャラリーを見るのもいい(タダだし)
そのまた裏にはナショナル・ポートレート・ギャラリーもある(これもタダ)。イ課長とトホ妻は
結局この後ポートレート・ギャラリーの方に行くわけだが、その話はまた後日。


 

[PR]

by tohoiwanya | 2017-03-10 00:15 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 03月 08日

聖オーガスティン修道院の廃墟

カンタベリーといやぁ大聖堂がとにかく有名で、もちろん世界遺産に指定されている。

しかしこの町には大聖堂といわば“抱き合わせ”で世界遺産になってる所がある。その一つが
聖オーガスティン修道院っていうところで、どうやら“廃墟系”らしい。トホ妻が好きそうだ。
場所は大聖堂から歩いてせいぜい5~6分ってところかな。近い。

行くとまずビジター・センターみたいな建物があり、そこを出ると修道院の廃墟がある。位置的には
下の写真を参照してほしい。アナタはいまMUSEUMと書かれたビジターセンターを出たところだ。
これを見ると修道院が元は「上から見て十字架」の形状だったことがよくわかる。さぁ行ってみよう。
f0189467_00442996.jpg
 
いざ行ってみると、これが想像以上に風化・崩壊してて、今見ているものがかつて修道院の
ドコだったのかなんて全然わかんない。英国中の修道院を解体したヘンリー8世の頃、つまり
16世紀頃まではチャンと建ってたはずなのに、古代ローマ遺跡より古そうに見える。
f0189467_00445444.jpg
  
ここはいろいろヘンリー8世に縁のある場所みたいで、例の「初対面で離婚を決意」したお妃4号を
迎えた時は宮殿に改造されたらしい。それも当然16世紀の話だ。それが今やこんな廃墟。
調べたところでは18世紀に大嵐で激しく損壊し、そのままこんな廃墟になっちまったんだとか。

しかしここはイイよ。草原の中にひっそり残る石造建造物の残骸。これぞまさに廃墟って感じだ。
廃墟の極北。ザ・廃墟。廃墟マニアのトホ妻は恍惚としてあたりをさまよってた(笑)。
f0189467_00444440.jpg
 
一応世界遺産ではあるけど、カンタベリー大聖堂と違って観光客からもほとんど無視されてる。
だもんで、人が全然いなくてロマンチックだったねぇ。こういう廃墟を観光する時は人がワンサカいたり
猿がワンサカいたりすると(笑)ムードが出ない。その点、ここは静かで良かったよ~。
f0189467_00500537.jpg
f0189467_00444313.jpg
 
気候の悪いイギリスだけど、それでもやがて廃墟はこうして植物たちのものになっていく。
もっとも、ここは遺跡として公的に管理されてるから、草ボウボウになることはないんだろうけど、
だんだん植物の中に埋もれていく廃墟というのは気分出るねぇ。
このピンクの花をあちこちで見かけた。なんだろうか?(←植物には信じられないくらい無知)
f0189467_00445497.jpg
 
あっちの方には廃墟じゃない、マトモな建物がある。あれは現在でも使われてるっぽい。
何に使われてるんだろ?学校に見えるけどなぁ・・中には入れないようだ。
まぁ廃墟さえ見れば我々は・・特にトホ妻は満足なわけだが(笑)。
f0189467_00445557.jpg
訪れる人も少ない聖オーガスティン修道院の遺跡・・というか廃墟。
大聖堂から近いし、何せ人が少なくて静かだし、カンタベリー観光するなら行くなら大聖堂から
ちょっと足を伸ばしてみることをお勧めしたいのである。廃墟系物件がお好きな人は特に。

 

[PR]

by tohoiwanya | 2017-03-08 00:24 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 03月 06日

カンタベリー大聖堂 その③

さて、ゴシック大聖堂は内部だけじゃなく、外もいろいろ観察すべき点が多い。
カンタベリー大聖堂の外側もしっかり見てくれようじゃないの。

まず大きな特徴はゴシック教会建築につきもののフライングバットレスがないってことだ。
ええ?ないの?あれはゴシック建築をゴシック建築たらしめる決定的重要要素なんじゃ・・?
f0189467_00470924.jpg
 
しかし実際ないんだよ。その後調べたところではこういうことらしい。

木と違って石材は梁として水平にわたすことが出来ない(仮にすご~く細長い石材を使っても
自重で真ん中で折れやすい)。だから天井をアーチ型に組む。しかしアーチ型って
「左右に広がろうとする力」があるから、それを外側から支える必要がある。

そういう壁を外から、しかも高い位置で支えるためにフライングバットレスという
画期的&曲芸的な建築アイディアが生まれ、天井の高いゴシック大聖堂の建築を可能にした
・・と、そういうことだった(はずだ)。

「その①」でも書いたようにカンタベリーは天井に凝り、それをよく見せたい目的もあって
天井高はホドホドでとどめた。だから壁を支えるのも高めの控え壁で何とかなるらしい。
フライングバットレス(飛び梁)なんてアクロバティックな技法を使わなくても良かったんだと。
f0189467_00482524.jpg
 
なーるほど。つまり「華麗な天井装飾を見てもらいたい」⇒「それゆえに天井高はほどほどに抑える」
⇒「それゆえにフライングバットレスなしでもOK」ってことか。デコラティブな天井があることと
フライングバットレスがないことはちゃんと関係してるわけだ。勉強になるのぅ。

もう一つゴシック聖堂につきものといえばガーゴイル様。
これはちゃんとカンタベリーにもあった。そう多くはなかったけどね。
f0189467_00484250.jpg
 
こちらにも、猛烈にすり減ったガーゴイル様が。これなんておそらくこの大聖堂が出来た
当初からまったく取り替えられずに残ってるんじゃないかと想像される。すごい磨滅ぶり。
f0189467_00484277.jpg
 
お?こんな低い位置にもガー・・・・ゴイル・・・じゃないよな、これは。
単に柱を頭で支える人面の飾りということらしい。
f0189467_00463648.jpg
 
しかしこれまたひどい役目だこと。
むかーし書いた女人柱もかなりひどいが、これは首の力だけで柱を支えてるんだからその苦痛は
察するに余りある。首が痛い。背筋疲れる。こういう彫像のモデルにはなりたくない(笑)。
f0189467_00463727.jpg
 
外側の少し高いところにはもう少し格調高く作られた聖人の像がずらり。
まぁこういうのはどこの教会でもよくあるよね。
f0189467_00455558.jpg
 
中に混じって、まだ真新しい白い石で作られた聖人がいらっしゃった。当然目立つ。
あれぇーーーーッ?!ここここれってもしかして・・・。
f0189467_00444735.jpg
 
間違いない。これは現女王エリザベスと夫君のエジンバラ公フィリップ殿下だ。
こりゃたまげた。エリザベス女王って聖人だったのかよ(笑)。よくバチカンがそんな
こと許可・・・なんて得なくてもいいんだ。いまカンタベリー大聖堂は英国国教会が所轄
するわけだから、国教会の長たる女王陛下を聖人に並べるくらいは朝飯前か。
f0189467_00444840.jpg
 
こちらがエジンバラ公フィリップ殿下。こっちの方が実物に似てるかな。
f0189467_00444894.jpg
 
このフィリップ殿下、若い頃は異常なほどの二枚目だったことで有名。
若きエリザベスがその異常なイケメンぶりにポーッとなって結婚に至ったのは間違いない(笑)。
しかし仲睦まじいままお二人ともご長寿であらせられるのはめでたいことだ。
f0189467_00412343.jpg
 
いやー最後の「聖エリザベス&聖フィリップ」にはちょっと驚いたぜ。
存命の女王夫妻もしっかり聖人の列に並ぶカンタベリー大聖堂というわけでした。

というわけで、「イ課長、初めて英国ゴシック大聖堂を見る」の一席、
これにて書き納めといたします。お長くなりました。

 
 

[PR]

by tohoiwanya | 2017-03-06 00:05 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 03月 03日

カンタベリー大聖堂 その②

さてだ。
前回は天井特集になっちまったが、別に天井だけがカンタベリー大聖堂の見どころじゃない。
他のところもちゃんとご紹介せんとな(・・と言いつつ、また天井の写真)。
f0189467_00351691.jpg
 
ここを舞台にした史実ではなんといっても「カンタベリー大司教トマス・ベケット殺害」が有名。
王様であるヘンリー2世と、大司教であるトマス・ベケットが激しく対立し、王の部下たちが
この大聖堂でトマス・ベケットをブッ殺してしまった。いわば王権による聖職者殺害テロ。
それも大聖堂の中でっていうんだから、こりゃもう英国史に残る大事件ですよ。

ここがそのトマス・ベケット殺害現場。
壁に飾られた剣の切っ先が集まったところでグサッとやられたってことなんだろうな。
何となく薄暗くてソレらしい演出になってる。こういう血なまぐさい歴史もここにはあるのだ。
f0189467_00351550.jpg
 
このトマス・ベケット殺害に怒ったローマ法王はわざとベケットを列聖。ベケットは聖トマスになった。
カンタベリー大聖堂は聖トマスのありがたい聖地として巡礼者が押しかけるようになるわけだが
そうなると殺害させたガワであるヘンリー2世は身の置き所がない。要するにベケットの列聖は
ローマ法王による巧妙ないやがらせだったんだな。で、ヘンリー2世は後にトマス・ベケットの墓に
ひざまづき許しを乞うハメになった・・らしい。ホントかどうかわからんが。

非業の死を遂げたトマス・ベケット、ゴースト好きのイギリス人となれば、この大聖堂にはトマス・ベケットの
ゴーストが出るという言い伝えもあるかもしれない、つうか、絶対あるに違いないはずだが、そこまでは
事前調査しなかった。出発前は切符トラブル処理でゴーストどころじゃなかったの(笑)。

カンタベリー大聖堂はステンドグラスもなかなか見事だった。
やはり建物同様、作られた時期はけっこう違いがあるようで、絵の感じを見るとその差が歴然。

たとえば下の写真なんかは最も古い時期に作られたものではないかと推定される。
人間の顔の描き方なんかが素朴でいかにも古そうだ。
f0189467_00354482.jpg
 
こっちは参事会会議室にあったステンドグラス。
これになると人物描写にもやや「モデルの個性」みたいなものが描写されてる感じがするよね。
上よりも新しいものではないかと推定される。
f0189467_00354366.jpg
 
こんなのもある。作成時期としては最も新しそうなステンドグラス。
色もたいへん鮮やかでハデだけど、とにかく注目すべきは人物の顔、特に目なんかの描き方だ。
右側の女性の表情がやけに漫画チックというか、アニメ画風。
f0189467_00354340.jpg
 
これもアニメ調ステンドグラス。カンタベリー大聖堂のステンドグラスがこんな
アニメ調キャラで埋まっていたとはなぁ。
f0189467_00355133.jpg
 
アップで見てみようか?ほら。上を見上げている女性の顔とか目の描き方がまるっきり
ディズニーアニメやん。「美女と野獣」かよって感じで、これには驚いた。
f0189467_00355112.jpg
 
大聖堂の内陣にはこんな感じの彫像もある。
これはおそらく「お墓」だと思われる。仏教では「お寺のお堂の中に死者の墓をつくる」って
ことはしないけど、キリスト教、特にカトリック聖堂にはけっこうある。
f0189467_00360115.jpg
 
イ課長推測では、後ろでお祈りしてるのが亡くなったご本人、前のお坊さんはその当時の
カンタベリー大司教をモデルにしてるんじゃないかと思うけど、違うかな?

ここにもお墓。大陸ヨーロッパもそうだけど、カトリック大聖堂はある意味死に満ちている。
横たわっているのは間違いなく亡くなったご本人だろう。
f0189467_00360176.jpg
 
てな具合に内部をいろいろ見て、さて、ヨーロッパの教会を見学した時のお約束行為。
ロウソク寄付をいたしましょうかね。たまる一方で財布を重くしていた少額コインたちを
こういう時に使ってしまおう。一番左寄りがイ課長ロウソクなのである。おなじみの光景だのう。
f0189467_00401433.jpg
 
カンタベリー大聖堂はこれで終わりだろうって?なんのなんの。
大聖堂外部についても書くべきことはあるのだ。フランスの時もそうだったけど、ゴシック大聖堂に
関しちゃ、イ課長は遠慮なしに書くのである(普段だって別に遠慮してないが)。
 

 

[PR]

by tohoiwanya | 2017-03-03 00:13 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 03月 01日

カンタベリー大聖堂 その①

何しろ「その①」だからね。続き物になることは約束されている。覚悟してお読みいただきたい(笑)。

久しぶりに入る欧州ゴシック大聖堂。うーんワクワクするぜ。
こういう大聖堂って入口は西向きで、上から見た場合十字架の根元の方から入る形になる。もっとも
カンタベリー大聖堂の場合、増築を繰り返したせいか、上から見てもキチンとした十字架型には
なってない。下の平面図でいうと右端が入り口ね。
f0189467_01031319.jpg
 
巨大聖堂に入ったら、誰もが最初にやるのは「うわー・・・」とのけぞって天井を見上げることだ。
もちろんイ課長たちもまず上を見上げて、背中と首をそらせるエクササイズ(笑)。
f0189467_01020681.jpg
 
うーーむ・・・この天井が英国ゴシック大聖堂の非常に大きな特徴の一つなのだ。
とにかく装飾的なんだよ。一つの柱から9本ものアーチが分岐して天井で複雑にからまりあい、
さらに細かい模様がくっついてる。
f0189467_01020638.jpg
   
下の写真は2009年に行ったフランスのアミアン大聖堂の天井。横断アーチと交差アーチを
交互に組み合わせたリブ・ヴォールト。デコラティブなカンタベリー大聖堂の天井に比べると
シンプルで、その分力強い感じがする。
f0189467_021272.jpg
 
実はカンタベリー大聖堂のこの天井なんてマシな方で、英国にはもっともっと装飾過剰な
扇形ヴォールトの大聖堂がワンサカある。明らかに英国独特、ミョーな方向に異常発達を遂げた
建築技法といえるだろう(下はハリー・ポッターの映画ロケにも使われたグロスター大聖堂
回廊の天井。写真はWikipediaから拝借)。
f0189467_10573211.jpg
 
この「異様にデコラティブな天井」は英国ゴシックにもう一つの特徴を与えている。
それは天井高がフランスのものほど高くないってこと。フランスで見たアミアンランスなんかは
あからさまに身廊の天井高を競い合ってたけど、英国は「せっかくキレイに天井を飾ったんだから、
高すぎて見えないんじゃもったいない」ってんで、天井高もやや抑え気味なんだと。
こういう建築思想の違いって興味深くて面白いねぇ。
f0189467_01165204.jpg
 
ううむ、天井の話だけで長くなってしまった。先に進もう。
カンタベリー大聖堂、とにかくバカでかいから、身廊と交差廊との“交差点”に行くまで
けっこう歩く。とりあえずその“交差点”まで行ってみよう。いわば大聖堂のヘソ。

そこまで来て再び背中と首のエクササイズ(笑)。うっひゃーーー!こりゃすげぇ。
まさに扇形ヴォールトがひしめきあう華麗すぎる装飾。
f0189467_01021533.jpg
 
すごいねこりゃ・・。ちょうどここが大聖堂の真ん中にあたる部分で、この華麗な装飾天井の上に
一番高い塔がそびえたってるんだと。いやぁ英国ゴシック、すごいっすね。
f0189467_01021493.jpg
 
交差廊を越えると十字架のアタマの部分にあたる内陣。これがまた長いんだ。
興味深いのは、こっちの天井はさっき見た外陣よりシンプルで、フランス・ゴシック風の
横断リブ+交差リブ型に近い。なんで?
f0189467_01090025.jpg
 
思うに、建築年代の差によるんじゃないか?今いる交差廊よりコッチ側が先に建てられて、
後からアッチ側が建てられたと。大体こういうのは後に作られた方がより装飾に凝るはず。
そうじゃないかと思うんだがなぁ。
f0189467_01022419.jpg
 
いやー久しぶりのゴシック大聖堂。この時は正直言ってイ課長は軽く興奮してたよ。
このカンタベリー大聖堂、中庭に面した外の回廊の天井がまたスゴいんだよ。ほら。
f0189467_01022458.jpg
 
一本の柱から何本のリブが枝分かれしてるか数える気にもなれない(笑)。
この回廊みたいに、天井が低くてよく見える所ほど凝りに凝った装飾をほどこすというところが
英国ゴシックらしいと言うべきだろう。
f0189467_01022489.jpg
 
聖堂とくっついてる参事会会議場の天井がまたすさまじい。ほら。
f0189467_01023052.jpg
 
同じドーム型天井でもこれまで見たリブ・ヴォールトとは違う構造、しかしスゴい装飾は共通。
それにしてもこうやって室内で高い天井をズームで撮っても全く手ブレしないカシオのデジカメの
手ブレ補正機能にも感心しましたですよ。
f0189467_01023097.jpg
 
あああ・・・結局本日の記事は「天井特集」になっちまった(笑)。
まぁいいのだ。カンタベリー大聖堂の写真はまだいっぱいあるし、書くべきことも残ってる。
フランスの時は「ひとつの大聖堂で3記事」くらい書いてたけど、今回もそのくらいの勢いで
次回に続くのである。


 

[PR]

by tohoiwanya | 2017-03-01 00:14 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 02月 27日

カンタベリーに行ってみよう

だんだん英国ネタの出現頻度が高まってきた。タイのネタがあと少し残ってるけど、
それが終わればあとは全部英国ネタになるから、そろそろ英国の長編ネタに取りかかろう。
というわけで、カンタベリーの話なのである。

カンタベリー。地名だけはご存知の方が多いはずだ。まず有名な大聖堂がある。
英国国教会で一番格の高い、いわば総本山で、そこの一番エラい人がカンタベリー大司教。
有名な中世文学「カンタベリー物語」なんていうのもあった。

・・と、イ課長がカンタベリーについて知ってることといえばこの程度(笑)。とにかく中世から
大聖堂を中心に栄えたいわば門前町で、今も中世の面影を残す町らしい。一応「マイルドな
ゴシック建築オタク」のイ課長だから、何はともあれカンタベリー大聖堂は見たかった。
カンタベリー訪問はトホ妻も異論なしだったから二人で行ったのである。

元々ゴシック教会建築って、極めて特化した目的のために発達した一種の“異常建築”だけど
写真なんかで見ると英国ゴシックってその“異常度”がフランスなんかより一段と高そうなんだよね。
中世の香り残す町・カンタベリーで英国随一と言われる大聖堂を拝ませてもらおうじゃないの。

というわけで、イ課長&トホ妻はビクトリア駅から8:34発のカンタベリー行き列車に乗った。
カンタベリー西駅着予定は10:19だから、ロンドンから1時間45分の英国・鉄道の旅。
切符予約ではホトホト苦労したけど乗ってる分には快適(笑)。
f0189467_14212169.jpg
 
で、着きました西駅。カンタベリーには東駅と西駅とがあって、どっちも町の中心から少し離れてる。
ロンドンからカンタベリーに行く列車は東西どっちの駅に行くのも同じくらい本数があり、
ロンドンに戻る列車もやはり同じくらい本数がある。要するにどっちでもいいのだ。
f0189467_14212177.jpg
 
西駅を出てしばらく歩くと、おおおっ、早くも中世ムードたっぷりの門が旅行者を迎えてくれる。
門の中は現在は道路になってるけど、この狭さだから1車線分しか幅がなくて、反対車線は門を
ウネッと迂回してる。昔は人間と、せいぜい馬車くらいしか通らなかった門だろうからねぇ。
f0189467_14212806.jpg
f0189467_14212838.jpg
 
町の中心、すなわち大聖堂がある方向に歩くにつれ、人通りも増えて賑やかになる。
観光客だらけというわけではなく、地元の人たちもくり出すショッピング街って感じだ。
f0189467_14213490.jpg
 
うおーーいい感じの風景。
フランスのノルマンディー地方なんかと同じく、英国南部にもこういう木組みの家が多いんだね。
窓からシェイクスピアがひょいと顔をのぞかせてもおかしくない中世ムード。
f0189467_14214184.jpg
 
これは1575年からある家みたいで(小さくて読みづらいが)エリザベスさんのGUEST CHAMBERSって
書いてあるから、当時はおそらく巡礼者用の旅籠だったに違いない。こういう旅籠に同宿した巡礼者が
お互いに持ち寄った話を集めたものって設定で「カンタベリー物語」は書かれてる(読んでないが)。
f0189467_14214182.jpg
 
おっとー見えてきました。路地の向こうに見えるツンツン尖り建造物。
あれこそ名高きカンタベリー大聖堂に違いない。ホントに町の中心にあるんだね。
f0189467_14214292.jpg
 
うーーーむ・・・何ともご立派かつ壮大なお姿。
ここに来るまでは古い木組みの家が並ぶ狭い道で、いかにも中世風の面影があったけど、
この大聖堂の周りはかなり広い敷地が整備されているようだ。
f0189467_14215806.jpg
f0189467_14215855.jpg
 
さて、それではいよいよカンタベリー大聖堂の中に入ってみましょうかね。
ここんとこ東南アジア旅行が続いたから、久しぶりの欧州ゴシック大聖堂見学だ。
というわけで、当然のごとく次回につづくのである。

 
 

[PR]

by tohoiwanya | 2017-02-27 00:02 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(4)
2017年 02月 20日

ロンドンでニンジャさせられる夫婦

ロイヤルフェスティバルホールに関連してもう一つ書き残しておきたいことがある。
極めてバカバカしい内容の記事であることは初めにお断わりしておく(笑)。

このホールでベートーヴェンを聞いたのは前回書いたように2016年6月23日木曜日。
例の国民投票のあったこの日、ロンドンは朝から雨だった。

ベイズウォーターの地下鉄が2路線とも停まってて、雨の中クィーンズ・ゲート駅まで歩いたりして
あまり素敵じゃない一日の幕開けだ。この「雨だった」ということが重要な伏線。
f0189467_17055200.jpg
 
幸い、バスツアーでストーンヘンジを見に行く頃には雨もあがった。しかしその間ロンドンじゃ
けっこう雨が降り続いてたのかもしれない。しかしいずれにしてもイ課長たちがロンドンに
戻った頃には雨はあがってたんだよ。

いったんホテルに戻って一休み、夕方再び地下鉄に乗ってロイヤル・フェスティバルホールに
向かったわけだ。地下鉄を降りたのはおなじみウォータールー駅。
 
この写真を見るとわかるように、ウォータールー駅からロイヤル・フェスティバルホールまでは
線路の下をもぐったり広い道路を渡ったりしなきゃいけないようで、わかりやすくはない。
でも距離的には近いから問題あるまい。
f0189467_00525904.jpg
 
地下鉄を降りて地上に出て、方向的にはコッチだという方向に歩き始めた。
で、上の写真だと線路の下か、どこかの高架道路の下か、とにかく地下道みたいな
場所を歩いて明るい向こう側に出た。もうホールは近いはずだ。

だが、そこでイ課長とトホ妻は立ちすくんだ。
低い所に雨水がたまってて、まるで池だ。どうやって向こう側に行けというのか。
下の写真は実はこの池を“越えたあと”に撮った写真なので、実際には我々はこの巨大水たまりの
向こう側で途方に暮れたんだと思ってほしい。何なんだこれわーーー!!拙劣な設計のせいで
あたりの雨水が全部ここに貯まってるんだよな。雨のたびに毎回こうなってるんだと思われる。
何でこんなひでぇ冠水する地下道作るかなぁーイギリスじん!!
f0189467_17055202.jpg
 
別に大してオシャレしてたわけじゃないけど、下半身ビショ濡れで音楽会行くのはイヤだ。
しょうがないからバックして他の道を探すか?めんどくせぇなぁ・・・そう思ってたら、
イギリス人兄ちゃんがイ課長たちと同じように地下道から歩いてきて、同じように池に直面し、
同じように立ちすくんだ。

すると彼はどうしたか?一瞬迷った彼は意を決したように金網に取りついた。
上の写真だと左側に見える金網だ。これにつかまってブロック塀伝いにカニ歩きして
池を越えようということらしい。

すると、あろうことかトホ妻も「よし」と言い残し、先行するお兄ちゃんを追うように
金網にしがみつくではないか。オレたちも金網カニ歩きやるのぉ?!

ロンドンの地下道設計技術にも呆れるが、トホ妻にもちょっと呆れる(笑)。
普通なら亭主が「よし金網につかまって行くべ」って提案してもオクサンが「えー?やだー」って
言うケースが多いのでは?それを自分から率先して行くとは。イ課長のようなバカ男の妻を
25年間務めた稀有な女ならではと言うべきか。

しょうがない。オレも行こう。だがその前にこの記念?すべき現場写真を撮っておかねば、と
考える程度にはイ課長は冷静だった(笑)。先で金網カニ歩きしてるのが例の地元兄ちゃんね。
f0189467_17055214.jpg
 
この“金網忍者方式”はそれほど体力も技術も必要としないから、いいアイディアであるのは
間違いない。イ課長もカニ歩きでほどなく向こう側に渡ることが出来た。

しかし地元民の誰もがこの方法をとるのかというと、違うんだねぇ。
イ課長が金網忍者してるころ、反対から来た作業着っぽいもの着たオッサンはヤケクソのように
水たまりにバシャバシャ入って行った。ズボンも靴も靴下も全てズブ濡れになったのは間違いない。
しかし「金網忍者・カニ歩きの術」より濡れる方を選択したわけだ、彼は。

こうして無事水たまりを越えたトホ妻&イ課長は、たった今自分たちが征服?した
巨大水たまりの記念写真(上の写真ネ)を撮り、勝利の達成感に浸りながら(笑)、
ロイヤル・フェスティバルホールに向かったというわけ。地面がけっこう濡れてるから
この辺はついさっきまで雨降ってたのかも。
f0189467_17104688.jpg
 
しかしこの時雨がやんでたのはこの上ない幸運だった。
もし降ってる最中だったら、片手で傘を持ったまま金網忍者なんて不可能だから、
バックして別のルートを捜すか、濡れて行くしかなかった。まったく冗談じゃねぇぜ。

ロンドンで雨が降った日にロイヤル・フェスティバルホールに行く時はですね、
テムズ川対岸のチャリング・クロス駅で降り、橋を渡るルートをお勧めしたい。
ウォータール駅から歩こうとすると、巨大池があなたを待っている可能性が高い。
ロンドン行ってニンジャなんてやりたくないでしょう?(笑)


 

[PR]

by tohoiwanya | 2017-02-20 00:29 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 02月 18日

ロイヤル・フェスティバルホールに行く

時々はさまるロンドンネタ。今日はクラシック音楽ネタだ。久しぶりだなぁ・・

欧州の大都市に行けば、夜はやっぱ音楽・シアター系の娯楽を楽しみたい。
ロンドンなら限られた旅行日程の間でもオペラや音楽会に行くチャンスは多いわけで、
ちょうど滞在中にフィルハーモニア管弦楽団の演奏会があった。イイネ。

チケットは日本からネット予約した。予約に成功するとこんな感じのPDFが送られてくるから
印刷して持参すればいい。ちなみに、鉄道と違って英国の音楽会チケットのネット予約では
大きなトラブルがなかったことは一応書いておく必要があるだろう(笑)。
f0189467_15510103.jpg
 
チケット代は27£。当時のレートだと4,500円弱ってとこかな。チケットのファイルが
残ってるといろいろ確認できて便利だね。交通博物館のチケット代はバカ高いと思ったけど、
このチケット代は(LEVEL6って書いてあるくらいで、かなり上階の席ではあったが)
まぁリーズナブルじゃないか?

ロンドンでは過去にロイヤル・アルバートとか、ナショナル・オペラとかには行ったけど
ロイヤル・フェスティバルホールに行くのは初めてだ。有名なこのホールはテムズ川の
川っぺりに建てられているのである。
f0189467_15554328.jpg
 
地上階に足を踏み入れると、こんな感じで人がワイワイいて、ドコがナニやらさっぱりわからん。
チケットに「Blue Side」って書いてあるから、青い表示のある方に行くしかない。
この後エレベーターで何フロアか昇って正しい入場口にたどりついた。
f0189467_15554424.jpg
 
さて客席を見てみよう。おおおーーーさすがに立派だねー。
ロイヤル・フェスティバルホールって舞台の向こうにも客席があるタイプだったんだ。
f0189467_15565781.jpg
f0189467_15565717.jpg
 
昔風のオペラ劇場なんかだと間仕切りをはさんでボックス席がぐるーーッと並んでるけど
ここはこうやってボックス席が壁から飛び出した形になってる。わりとモダンな客席だ。
f0189467_15575793.jpg
 
当然ロイヤル・ボックスもある。
この日は王族は誰も来てなかったけどね。どうせならキャサリンとか見たかった(笑)。
f0189467_15565703.jpg
 
この日の演目は最初・・何だったかな?その後ベートーヴェンのP協奏曲4番、最後は
やはりベートーヴェンの「田園」という構成。客席はやはりご年配の方々が多かった。
f0189467_16003147.jpg
 
実はこのコンサートに行った日は、例のEU離脱国民投票の、まさに投票日だったんだよ。
あのオジさん・オバさんたち、ちゃんと投票済ませてたんだろうか?この時点では
まさか離脱になるたぁ、この人たちですら思ってなかっただろう。

休憩時間にテラスに出てみた。日の長い6月だから8時まわってもまだ夕方のように明るい。
f0189467_15575613.jpg
 
音楽会が終わる頃になると、それでもさすがに暗くなった。
夜景がキレイだからテムズ川の橋を徒歩で渡って、向こう岸の駅から帰ることにした。
橋からビッグ・ベンがよく見えたよ。やっぱロンドンの夜景はええのう~。
f0189467_15582758.jpg
 
思わずまた「London by night~♪」と夜の名曲選の世界に浸りながら散歩したくなったけど
トホ妻も一緒だし、そういうことはしません(笑)。対岸のチャリング・クロス駅から
地下鉄に乗ってまじめにホテルに帰ったのでした。昼間ストーン・ヘンジ見て疲れてたし。
f0189467_15582649.jpg
 
・・そして翌早朝、ホテルでBBCの開票速報を見てぶったまげることになるわけだ。
そう考えると、ロイヤル・フェスティバルホールに行ったあの夜は、人々のキモチとしては
「EU加盟国である英国」としての最後の夜だったわけで、感慨深いのう・・。


 

[PR]

by tohoiwanya | 2017-02-18 01:11 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 01月 23日

ロンドンの火力発電所たち

この際だからビクトリア駅に続いてロンドンネタでいこう。
ビクトリア駅を出た線路がテムズ川を渡ると、線路ワキに非常に有名な廃墟がある。
その名をバタシー発電所。1930年代に建設された、レンガ造りとしては世界最大級の
建造物らしいけど1983年に閉鎖。その後はずっと放置されて巨大廃墟のままだった。

4本の煙突が極めて印象的な建物でピンク・フロイドのアルバムジャケットにも使われたことがある。
閉鎖後はずーーっと廃墟のまま残ってて、「世界で最も有名な都市型廃墟」なんて言われてた。
ロンドンに行ったらちょっと見てみたかった場所なんだよね。
(下がそのピンク・フロイドのアルバム「ANIMALS」)。
f0189467_22462214.jpg
 
その後調べてみたら、ここはとうとう買い手がついて再開発が決まったらしい。
再開発となると取り壊されるのかなぁ?さっきも言ったようにここはビクトリア駅に
出入りする電車からよく見える。カンタベリーから戻る時にシッカリ確認した。

おー見えた見えた・・あれがそう・・・あれ?あれれ?
f0189467_22490872.jpg
 
どんどん近づいてくるけど、明らかに煙突が1本しかねぇじゃん・・。
f0189467_22490855.jpg
 
周囲にクレーンが立ち並んでるから再開発中というのは間違いなさそうだ。
結局この発電所は壊しちゃうのかなぁ?世界的に有名な廃墟だったのに・・・
f0189467_22490894.jpg
 
その後調べたところでは、ここの再開発は「かつてあった有名な発電所」を部分的に
保存するというコンセプトで計画されてるようだ。こんな完成予想図もあったから
おそらく建物の一部と煙突1本だけは残すんじゃないかと考えられる。
f0189467_22462659.jpg
 
バタシー発電所の巨大4本煙突の勇姿を見たかったけど、ちょっと遅かったようだ。
ロンドンっ子にとっちゃあの4本煙突は懐かしい光景だったろうに。しかしこうして
部分的にでも保存してもらえるのは世界で最も有名な都市型廃墟だからこそ、といえるだろう。

もう一つロンドンで有名な火力発電所として旧バンクサイド火力発電所がある。
第二次大戦後の復興期に建てられた古い火力発電所で、1981年に閉鎖。その後は
変電所機能が残ったほかは放置プレイ。いずれ取り壊しは避けられなかったが・・

ご存知のようにここは現在テート・モダンという美術館に生まれ変わっている。
パリのオルセー美術館は元が駅舎だが、ロンドンのテート・モダンは元火力発電所。
何となく英仏両国のキャラクターの違いが出ているような・・・。

旧バンクサイド発電所、現テート・モダンもテムズ川のキワにある。内部は美術館用に
改修されたけど外観は昔のままだ。退役オンボロ火力発電所の幸せな余生といえる。
火力発電所につきものの巨大煙突も残ってる(写真は2010年欧州出張の時のもの)。
f0189467_081736.jpg
 
テムズ川沿いには意外なほど昔の火力発電所が残ってるようで、こんなのもあった。
これはグリニッジの丘から見えた建物で、煙突の様子からみて昔の火力発電所だろう。
バタシーより小型っぽいけど、この古さから見てまさか現役とは思えないから、
保存されてるのかもしれない。ちなみにこの発電所、見事に子午線上にあるのだ(笑)。
f0189467_22555674.jpg
 
元々、ロンドンって町は行政・金融・娯楽等々の機能はテムズ川の北に集まってて、
南側のいわゆるサウスバンクは発電所とか倉庫とかが多かったエリアらしい。
本日ご紹介した三つの発電所も全て川の南側にある。テート・モダンなんてホントに
街の中心部に近くて、川を渡ればすぐに金融街シティだ。

そういう意味でもロンドンっ子にとっちゃこれらのド古い火力発電所は川の向こうにある
毎日見慣れた建物であり煙突なわけで、壊さずに残せという声も多かったんだろうなぁ。
イ課長たちが見てきたのはこの三つだけど、他にも残ってるのかもしれない。

第二次大戦後のロンドン復興を支え、テムズ川の南側で余生を送る古き火力発電所たち。
本日は旅行中に見てきたそんな古い発電所特集という、まことに変わった企画でした(笑)。


 

[PR]

by tohoiwanya | 2017-01-23 00:03 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)