カテゴリ:2017.08 ミャンマー・タイ旅行( 21 )


2017年 09月 22日

ヤンゴンは実に不思議な町だった2

ヤンゴン最初の訪問スポット、スーレー・パゴダで早くもオトモダチができたイ課長。
いい気分でパゴダを後にし、また例の歩道橋を渡って向こう側に渡った。
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すると今度はヘンなニイちゃんが英語で話しかけてきた。
「どっから来た?日本?日本のどこ?トーキョー?」って感じでイ課長の後にくっついてくる。
こういうテアイはちょっと注意を要する。外人観光客を狙うタカリやサギという可能性もある。

「ドコに行く?オレは今日ホリデーだ。問題ない。一緒に行こう」なんて言い出す。
うーむ・・限りなくタカリ系っぽい(笑)。こういうのはうるさいから早々に別れるに限る。
人物写真ゲットを兼ねて写真+握手作戦で素早く別れよう。

「キミの写真を撮らせて。パシャッ。ほらこんな風に撮れた。ありがとう。ではバイバイ」と言って
サッと写真を撮り、サッとモニターを見せ、サッと握手して足早に立ち去ろうとした。すると
後ろから「レディーは?レディーいらないか?」なんて声かけてくる。なんだヲイ、ポン引きか?
いずれにしろ用はない。「ノーサンキュー、グッバイ」と言ってサッサと別れた・・・はずだった。
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しかしここは「再会する町・ヤンゴン」なのである。
この後・・たぶん1時間後くらいかなぁ?スーレー・パゴダとは離れたところにある
ボージョー・アウンサンマーケットに向かう歩道橋を渡ろうとしたら、ヘンなヤツが声をかけてきた。

うわ!またさっきのチンピラ兄ちゃんじゃん。何で今度はココにいるんだ?!
「ヘイ、マイフレンド オレはホリデーだ。問題ない。一緒に行く」またくっついて来ようとする。
来んでいいってヴァ。「またアナタと会って私は驚いた。しかし私は一人で行く、グッバイ」
ついて来ようとするのを何とか振り切る。いやはや。しかしさっきとはけっこう離れた場所を
歩いてるのに同じチンピラに出くわすって、どうなってんだ?ヤンゴンってトコは。

信じ難いことに、このチンピラ兄ちゃんとはこの日の夜、またまた再会したのだ。今日3回目。
シュエダゴン・パゴダの夜間見学からタクシーでホテル近くに戻ったら、誰かが声をかけてくる。
うっそーー!またオマエかよ!呆れた偶然だ。ヤンゴン再会パワー、スゴすぎる。

こんどは「日本のコインくれ」なんて言い出す。ヤンゴン歩くのに日本の硬貨持ってるわけねぇだろ。
昼間と同じ手でいくかと思って「よしもう一枚記念写真を撮ってあげよう」と言ってカメラを出すと、
「写真はもう撮った。写真はいい」とイヤがる。ふーむ・・写真イヤがるところを見ると、おめぇ、
なにか後ろ暗いことしてねぇか?まぁいい。とにかくこの場はサッサと別れねば。

「私はホテルに帰らんとしている、さらばである」
「ホテルはどこだ?」
「う・・それは秘密である(教えたらますますくっついて来かねない)」
「オレたちは友達だ。なぜ教えてくれない?」 調子いいヤロウだなー。苦笑するしかない。

まぁこれだけ再会するのも何かの縁か・・ということでこの時は1000チャット(約90円)だけ
ヤツにおこずかいあげることにした。これも一つの功徳。んじゃね、バイバイ・・・あーおどれぇた。
同じチンピラと3回とは・・こんな連続再会事件があれば、「ヤンゴンは再会する町である」という
岩よりも固い印象がイ課長の中に形成されるのは当然なのだ。
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しかしヤンゴンの恐ろしさはこんなモンじゃないの。
この翌日、イ課長はまたまたこの兄ちゃんに再会したっつうんだから、もはや笑うしかない。
「ヘイ、ヘイ、マイフレンド」って肩たたかれた時は思わず「うぁ!」って叫んじまったぜ。
偶然と呼ぶには偶然すぎる偶然。コイツとはよほど縁が深いのか。そういうご縁はできることなら
オマエとではなく、ミャンマーの美しいご婦人との間に作りたかった。

また日本のコインの催促。ないってば。「キミとは何度も会った。お金は昨日あげた。じゃあね」と言って
サッサと別れたけど、この後「5度目」があるんじゃないかと町を歩くのが少しこわかった(笑)。

ちなみに彼と会ったポイント4カ所を会った順に地図に落とし込むと以下の通り。
そうバカ広くない範囲なのは確かだが、あれだけ人がワンサカいるヤンゴンで同じチンピラと
4回も会うというその偶然パワーはもはや異常。ヤンゴン恐るべし。
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ちなみに、4回目の時も彼は記念写真をイヤがった。
やっぱオマエ、あまり世間に顔を知られたくない事情がありそうだな。ま、外人観光客に
「レディーいらないか?」なんて言ってるわけだからなぁ・・・。というわけで、一応彼の
後ろ暗い事情?に配慮して上の写真には目線を入れたというわけ。

そうはいってもこの兄ちゃん、別に強引ってわけじゃない。
フランスあたりのタカリやクソチンピラどもに比べれば格段に「控えめ」だったけどね。

とにかくこの兄ちゃんにはヤンゴンの「再会パワー」のすごさを思い知らされた。
ホテル関係者以外ではこの兄ちゃんはヤンゴン滞在中最も頻繁に接したミャンマー人なのは
間違いないだろう。今となっては懐かしいよ。

え?イ課長とこの兄ちゃんとの間にも電波があった? そ、それはない。断じてない。
少なくともイ課長ガワからは一切コイツに何も発信してない。してないってヴァ!

 
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by tohoiwanya | 2017-09-22 00:08 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 09月 20日

ヤンゴンは実に不思議な町だった

初めてのミャンマーに到着し、はじめてのおさんぽに出たイ課長。
傍からみれば、まだヤンゴンに不慣れなガイジンがオドオド、キョロキョロしながら歩いてるように
見えたはずだが、この「ガイジンである」ということが重要なファクターだったんだと思う。
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すでに書いたようにヤンゴンの外人観光客の数は意外なほど少なかった。
だから外人は珍しくて目立つ。そういう珍しくて目立つモノに対してミャンマーの人たちは
非常にフレンドリーで、しかも好奇心いっぱい。そうすると以下のような状況が起きるわけよ。

①ヤンゴンは“電波が行き交う”町である
町中でフッと目が合った人とイ課長とがやたら意識し合うってことがよくあった。
向こうにしてみれば「あ、ガイジンだ(しかも巨大だ)」という珍しさがあるから見る。
こっちはコッチで「あ、あの人オレのこと見てる」と思って見る。そんな状態が続くと
イ課長とその人との間に一種の“トモダチ電波”とでも言うべきナニカが通いはじめる。

電波を感じ合った両者が仮に両方から歩いてくれば、すれ違う頃にはどうしたってお互い
「うふ、うふふ」状態になってるわけよ(笑)。どっちかが話しかけるな、という予感がある。
そのまま黙ってスレ違ってしまうことの方が不自然な状況になってるのだ。

スーレー・パゴダに行く途中に発生した最初の“電波事例”で具体的にご説明しよう。
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前にも書いたようにここは周囲の道路がロータリーになってるから歩道橋をわたる必要がある。
歩道橋の階段をのぼると橋の向こうでキレイな民族衣装?を来たお嬢さんが二人でセルフィを撮ってた。

「わぁキレイ、あれ民族衣装かな?」とイ課長は思わず注目する。すると向こうは
「あ、ガイジンさんがあたしたちのこと見てる」とイ課長に注目する。ここで電波が通い始める。

彼女たちは歩道橋の橋の向こうにたたずみ、イ課長は橋を渡るためにそっちの方に向かって歩く。
「きっとあたしたちの衣装に見とれてるんだわ・・」と向こうは笑いながら相変わらずこっちを見る。
「あのコたち、オレのことずっと見てるな・・」と思いながらイ課長はそっちに向かって歩く。
互いに笑顔で視線を合わせたまま両者の距離は接近。そうなればもう話しかけますよ、あっしは。

「とてもビューティフルなドレス。あなたたちの写真を撮ってもいいですか?」

もちろんすぐOKしてくれた。“電波”を感じた間柄だから近づいた時点で何となく仲良し。
ヤンゴン到着早々、民族衣装のかわいいお嬢さんの人物写真をゲット。すばらしい。
しかしトモダチ電波だけで済まないのがヤンゴンのさらに面白いところ。

②ヤンゴンは“再会する町”である
写真を撮らせてもらって御礼を言って別れ、イ課長はスーレー・パゴダ境内に入った。
仏塔の周りをブラブラ歩いてると、ありゃ?さっき写真を撮らせてもらったお嬢さんたちがいるじゃん。
ははぁ~・・彼女たちもスーレー・パゴダ参拝に来たんだ。参拝用にちょっとオシャレしてたのかな。
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そう広くもない円形の境内だから、歩いてると彼女たちとは何度も再会することになる。
再会すれば「あ、さっきのガイジンさんとまた会った」って感じでお嬢さんたちは嬉しそうに笑う。
あ、いかん忘れてた。あの写真を彼女たちに送ってあげなきゃ。

何度目かに会ったとき「写真を送ります。Facebookのアカウントをお持ちですか?」と聞いてみた。
すると彼女たち(もしくはどちらか?)の兄という青年が登場し、「私がFacebookやってます。
私のアカウントに送ってくれれば彼女たちに渡します。ついでに一緒の写真をお撮りましょう」と
言い出すではないか。あ、いやそんな・・きょ、恐縮です。
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ミャンマー美人×2の写真のはずが、真ん中にヘンな巨大ロボットが・・しかしご安心あれ。
歩道橋で撮った彼女たちだけのアップの写真がちゃんとある。来年の美女図鑑をお楽しみに(笑)。
もちろん、これらの写真はお兄さんの方に送ってあげたから、彼女たちも見ただろう。

初めて来たヤンゴンで、はじめての散歩を開始したばかり。
まだ「その町の空気」になじんでもいないのに、オトモダチができてしまうこの展開。不思議だ。
過去、東南アジアで友人ができたケースって「その人のトゥクトゥクに乗ったから」とか
「その人のお土産物屋さんで買い物したから」とか、知り合う必然性みたいなものが多少はあった。
しかしこういう“電波系”の友人ってあんまり経験ないと思うんだよなぁ。

不思議な町・ヤンゴン。だがこのあとイ課長はヤンゴンの「電波」と「再会」パワーのスゴさに
ますます驚き、呆れ、面白がることになるのである。

 

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by tohoiwanya | 2017-09-20 00:12 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 09月 18日

はじめての おさんぽ

ヤンゴン空港に着いたところから、話はいきなりホテル到着後に飛ぶ。
途中の入国審査とか、ホテルまでの移動手段はいずれ別の記事で書くっす。
「順を追って書く」なんて言ってもしょせんこの程度の、不実な書き手なのである(笑)。

ところで皆さまは生まれて初めての国に到着した直後って、軽~い緊張状態にならない?
もう慣れたからそんなことないよって人もいるだろうけど、イ課長は何度経験しても
初めての国に入るとそうなるね。

ちゃんと入国できるか?空港からホテルまでの移動がうまくいくか?タクシー代を
ボッタクられねぇか?初めての国ではホテルに着くまでの間だけでもいろいろ
不安要素は尽きない。イ課長は本質的に心配性で気が小さいヤロウだからさ。

そういった諸々の不安を乗り越えてホテルの部屋に入り、ホッと一息ついて一休みして、
さて、そんじゃちょいと町を散歩してみっか。これも初めての国に来た時の定型パターンで、
散歩してその国の雰囲気に身体をなじませると、緊張状態がほぐれていくんだよね。
この「はじめてのおさんぽ」が後々まで深く記憶に残ることはけっこう多い。

2007年欧州出張、生まれて初めての東欧・チェコのプラハでの最初の散歩は今も忘れ難い。
外は寒く、身体は疲れてたけど、夜のプラハの美しさは本当に感動的だったし、あの散歩で
「この町は夜一人で歩いても大丈夫そうだな」という雰囲気を身体で感じられた。
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2012年のインド出張のデリー到着日、一人で行ったチャンドニー・チョーク小冒険もまた
極めて思い出深い。あの時チョー久しぶりにアジアの混沌に触れ、「あーオレこういうの
好きなんだよなぁ」と再認識したことが翌年以降の東南アジア行きにつながったとも言える。
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生まれて初めて来たミャンマーの、ヤンゴンでの最初の散歩も忘れ難いものになった。
あの散歩で「ヤンゴンって、なーんかおもしれぇ」という印象が形成されわけで、その後
ミャンマーを旅してる間、この印象が強まることはあっても弱まることはなかった。

「はじめてのおさんぽ」で最初に行ってみようと思ったのはスーレー・パゴダだ。
これはまぁ言うなればヤンゴンの中心、ダウンタウンのシンボル。宿泊ホテルからも近いし、
ミャンマー入国後の最初の観光スポットとしては妥当なところだろう。地図だとこんな感じ。
この丸いところがスーレー・パゴダ。東京で言えば銀座4丁目交差点と言っていいのかも。
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地図でもわかるように、スーレー・パゴダの周りはグルリとロータリーになっている。
そのロータリーを歩道橋で渡り、パゴダ入り口でサンダルを脱いでハダシになって境内へ。
中に入ると入場チケット買って、と言われる。チケット代は3,000チャット(約270円)。
入り口にチケットブースがあるんじゃなく、中に入ってからチケット買えと言われる。

ミャンマーのパゴダの写真は日本にいる間にいくつも見た。
スーレー・パゴダはヤンゴン最大の聖地、シュエダゴン・パゴダのミニ版みたいな感じか。
とにかく大都市のド真ん中で立地がいいから参拝者は多い。ただし外国人の姿は皆無。
地元の人ばっかりだ。
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日本ならお寺、西洋なら教会にあたる場所と言っていい。でもその雰囲気はかなり違う。
たとえばこんな風にカップルがデートしてたりする。宗教的行為の場というだけじゃない、
ユルい感じが漂う。公園みたいな性格も帯びたところ、と言っていいんじゃないか?
他のパゴダじゃ昼寝したり、スマホ見ながらゴロゴロしてる人もいっぱいいたもんね。
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ミャンマーのお寺はどこもそうなんだけど、参拝に際しては「生まれた曜日」が極めて重要。
自分が生まれた曜日のところに行ってお祈りしないといけない。間違った曜日にトコに行って
どんなにお賽銭をはずんで真剣にお祈りしてもアナタの願いはかなわない(んだと思う)。
イ課長は用意周到に自分の誕生曜日を調べておいた。イ課長は木曜生まれなのである。
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大都市・ヤンゴンのド真ん中にあるのに、地元の人が参拝するだけで観光客はゼロ。
やけに静かで、なんとなくイイ雰囲気じゃん?スーレー・パゴダ。
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・・・と、ここまで書いた内容を読む限りでは「そんなに面白いトコだったの?」と
アナタは思うだろう。確かにスーレー・パゴダ自体は金の仏塔がキレイな寺院だけど、別に
「ウワ何て面白いんだ!」と思うほどの観光スポットじゃない。

しかしねー、問題はヒトなんだよ。ヤンゴンの人たち。
ホテルを出て、スーレー・パゴダまではゆっくり歩いてもせいぜい徒歩7〜8分ってとこか。
その国に来て最初の散歩の、最初の7〜8分で、イ課長はたちまちおトモダチができ、しかも
パゴダの中でそのお友達と再会するという展開になったのだ。こっちはまだ初めての国に来た
緊張状態が解けてもいないっていうのに。

だもんで、散歩の初っ端から「ヤンゴンって不思議な町だなぁ〜」とイ課長は思い始めたわけだ。
しかも恐ろしいことにその印象は散歩を続けるにつれてどんどん強まっていくのだ。次回以降、
「不思議な町・ヤンゴン」でのエピソードをご紹介していきたいと思うのである。

 

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by tohoiwanya | 2017-09-18 00:23 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 09月 15日

バンコクからヤンゴンに飛ぶ

さて、お固い話からお気楽旅行記に再びモードチェンジ。

下の写真は行き先が読めない?文句いうんじゃありません。ここはタイの空港なのです(笑)。
この7:55タイ航空グニャグニャ行きっていうのがイ課長の乗るヤンゴン行きなのである。
(もちろん、ちゃんと英語でも表示されますからね)
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外はすっかり明るくなった。天気はまぁまぁってとこか。
D7ゲートでボンヤリと備え付けの大型テレビを眺めながら搭乗を待つ。
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タイ国王だ・・・あ、つまりこれは昨年亡くなったプミポン国王の追悼ビデオってことか。
彼が亡くなったのが昨年10月、今は8月。10ヶ月経ってもまだ追悼ビデオ流してるんだぁ。
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何せ人望ありすぎ、国民に慕われすぎの王様だったからなぁ。
国王が亡くなったあとの服喪期間は1年とされていたはずだから現在タイはまだ服喪期間中。
さすがにもう過去の話になってると思うけど、建前上は未だ服喪期間バンコクの様子、
戻ってきたらぜひ検証してみよう。

やがて搭乗開始のアナウンスがあり、ちんたらと飛行機に乗る。
乗ってしばらくは特に何も感じるところはなかった。しかしいよいよドアを閉めて
機体が動き始めてイ課長はちょっと驚いた。あまりにスカスカにすいてるからだ。

バンコク経由でミャンマー観光する観光客がいっぱいいると思ってたのに、何コレ?
こんなに搭乗率の低い飛行機に乗ることもあまりないよ。どうなってんだ?
羽田〜バンコク間がほぼ満席に近かったのに比べるとあまりの落差。
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「何でこんなに外人観光客が少ないのだ?」というのはこの後ミャンマーをまわる間
何度も感じたことだったけど、この時が最初だったと言っていい。前に書いたように
雨季で観光オフシーズンだったというのが要因だと思うんだが、それにしても・・。

バンコクからヤンゴンまでは約1.5時間のフライト。
こういう短いフライトでは窓側の席を選ぶイ課長。やっぱ外を見るのは楽しいからね。
蛇行する川、びっしりと並ぶ建物。うーん・・バンコクは都会やのう。
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こんな短いフライトだけど一応機内食が出て来た。
細長いサモサみたいなヤツとデザートのマフィン。あと水ね。
この細長いサモサは正式にはなんていうんだ?中は挽肉みたいなものが入ってた。
むかしハノイからバンコクに行くカタール航空でも同じようなもの食ったなぁ・・。
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てなこと言ってるうちに飛行機は早くもヤンゴンに近づく(早すぎる)。
初めて来る国の国土を飛行機の上から見るのって常にワクワクするもんだ。つい窓に
顔くっつけて見てしまう。うっわーーーー何もない。なんもねぇよ。
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そろそろ空港も近いはずなのに、この「何もなさ加減」は大したもんだ。
さっき空から見たバンコクの風景との落差がこれまたすごい。うーむ・・ミャンマー、
なかなかキモの座った野郎みてぇだな。こっちも心して入国させてもらうぜ。
この時見たミャンマーの大地の「何もなさ」はけっこう印象的だったねぇ。

こうしてイ課長はヤンゴン国際空港、別名ミンガラドン空港に無事到着。
窓から外を見てると、1.5時間くらいのフライトはアッという間だね。
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さぁいよいよ本格的な旅の始まりだぜ。
右も左もわからない初めての国・初めての空港で入国審査、現地通貨両替、ホテルへの
交通手段確保といった様々なハードルが待っている。おー相手ンなってやろうじゃねぇか。
フンドシ締め直し(してないけど)、マナジリを決して飛行機を降りるイ課長なのであった。

 

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by tohoiwanya | 2017-09-15 00:25 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 09月 13日

ロヒンギャ問題に関する私見

順を追ってこんどはバンコクからヤンゴンへのフライトの話を書こうと思ったけど、予定変更。
楽しかるべき旅行記を書く筆もとまってしまうような、最近のミャンマー情勢のヤバさ。

例のロヒンギャ問題ですよ。
イ課長が帰国した直後、8月25日からロヒンギャ武装勢力とミャンマー治安部隊との間で
戦闘が始まったらしくて、そこからはもう状況は悪化の一方。ついに国連安保理が
ロヒンギャ問題で緊急会合っつうんだからいまや北朝鮮並みじゃん。

実際見たわけじゃないし、ロヒンギャや人権団体側の言い分と、ミャンマー政府側の言い分と
どっちが正しいかは正直わからん。でもねー・・。まぁ素朴な目で見てミャンマー政府の立場は
かなりヤバいと思うわけよ。

「過激派が悪いんだ」「いや政府軍が悪いんだ」的な責任のなすりつけ合いって時々あるけど、
こういうのって大体の場合政府側がテロリストのせいにしてることが多い(ような気がする)。
もし政府側がいうようにぜんぶロヒンギャ側がやってることだとしたら、ロヒンギャ過激派が
ロヒンギャの村を焼いてることになる。それはいささか信じ難いよ。

ただねぇ、ロヒンギャにイスラム教徒が多く、仏教国のミャンマー政府が軍のイスラム迫害を
容認してる的な、宗教対立的な捉え方もどうかと思うワケ。イスラム諸国による対ミャンマー
抗議にはどうもそういうブブンが感じられるんだけど・・。
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ミャンマー国民の圧倒的多数は仏教徒。それは確か。
一方ロヒンギャはどうも「欧州におけるロマ」みたいな位置付けなんじゃないかって気がする。
元々バングラデシュからミャンマーに流れてきた人たち(難民?)という見方もあって、たぶん
正式なミャンマー国籍持ったロヒンギャなんていないんだと想像される。

要するに普通のミャンマー人から見りゃロヒンギャは不法移民だ。
「彼らもミャンマー国民の一員だ」なんて思うミャンマー人も、これまたいないと想像される。
問題は宗教の違いより、ミャンマー国民としての正当性の方だと思うんだよね。

もしミャンマーで圧倒的多数を占める仏教徒がイスラム教徒を排撃してるなら、首都ヤンゴンに
あんなにモスクがあるはずないもん。ヤンゴン中心部にはモスクが意外なほどあったんだよ。
イ課長が泊まったホテルのすぐ近くにも複数あった。
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ヤンゴンにはインド系住民がけっこう多くて、インド人街もある。イ課長の宿泊ホテルも
インド人街の一角だったはずで、歩いてるとモスクでのお祈りも見たし、ヒンズー寺院も見たし
キリスト教の教会も見た。ヤンゴンじゃ異なる宗教がフツーに共存してた。
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夜になってスーレー・パゴダまでタクシーで戻ってきた時のこと。
ライトアップされたパゴダを見ながら歩いてたら、突然アザーン(皆さんイスラム教のお祈りの
時間ですよーー♪っていう、唄うような呼びかけアナウンス)が聞こえてきてギョッとした。

なんと、スーレー・パゴダのすぐ反対側にモスクがあったんだ。へええ!!
金の仏塔とイスラム教モスクとが道路一つ隔てて共存。けっこう珍しいんじゃないか?
イ課長は輝く仏塔を目にし、アザーンを耳にしながらけっこう感動してたよ。ヤンゴンじゃ
異なる宗教がこんなに自然に共存してるんだぁ・・と思った。
(写真左、塔の上に緑の照明の窓があるのがモスク)
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こういうモスクに集まるイスラム教徒のミャンマー人たちはみんなミャンマー国籍を持ち、
ミャンマーで生活してるミャンマー人たちだろう。だから異なる宗教でも対立なんてない。
ロヒンギャ問題も本質は宗教の違いじゃなく、ミャンマーに住む法的正当性にあると思うんだが。

むろん「不法移民なら迫害していい」わけではない。でも、もし不法移民の中に武装集団がいて
彼らが国内で破壊活動始めたら、そりゃ政府だってそれなりに断固たる措置をとるだろフツー。
それがナニ教徒であったとしても。

「それなら過激派を捜索して逮捕すりゃいい話だ。それを何だって女コドモまで迫害するのだ?
 明らかに非人道的だ、やりすぎだ」・・というなら全くその通りだと思う。イ課長も同感だ。
しかし「イスラム迫害だ、異教徒弾圧だ」という捉え方にはどうにも同調できないんだよなぁ。
もしそうならヤンゴンのあんな“異宗教混在”の光景、ミャンマーじゃあり得ねぇはずだろ?

ま、これはあくまでイ課長の個人的な私見。異論をお持ちの方もいるでしょう。しかしそんな
一個人の私見なんかとは別の次元でミャンマー政府を見る世界の目は刻々と厳しさを増している。
ただそれが「仏教徒によるイスラム弾圧への抗議」的な性格を帯びてるようで釈然としない。

一人のミャンマー旅行経験者レベルでそう感じるわけですよ、イ課長は。

  

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by tohoiwanya | 2017-09-13 00:10 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 09月 11日

明け方のスワンナプーム空港

タイ航空の機内で焼きそばを食い、やがて降り立ったバンコク・スワンナプーム空港。
イ課長はなぜかこの空港の早朝に縁がある。

飛行機がスワンナプーム空港に着いたのは現地の4:50。ヤンゴン行きの出発は7:55。
乗り換え3時間待ちだ。この時間じゃまだ外は夜。しかしまぁここまでは無事着いた。
記念に、窓に写る自分でも撮っておくか。
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深夜便で着くと毎回そうなるが、この時もイ課長はひどく眠かった。
金曜朝は荷物を東京駅に預けるために早起き。そのまま仕事して、会社から直接羽田行って、
飛行機ン中じゃほとんど眠れぬまま今バンコクなんだからそりゃー眠い。
どこかに眠れるところはないかと思って空港の中をさまよう。こんな時間でもそれなりに
利用者はいて、店も開いているところが多い。
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まぁせっかくここに来たんだ。やっぱアレを見ていくか。
眠い目をこすりながらイ課長が向かったのはスワンナプーム空港名物、以前にも書いた
立体版「乳海撹拌」だ。

これこれ。やっぱこの空港に来たらコレを拝んでおかないとな。
ほぼ2年ぶりのご対面。なつかしいぜ。
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2年前はヴィエンチャンへの乗り換えだった。今回はヤンゴンへの乗り換え。
しかも12連休というちょいと長めの旅だ。ヴィシュヌさんよ、インド出張以来オマエさんは
イ課長の旅の守り神ってことになってんだから、ひとつ今回もよろしくお願いしますよ。
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・・と、ヴィシュヌ神に旅の無事を頼み、再び眠れそうな場所を探して空港内をさまよう。
座れるイスはいっぱいある。しかしどうせ早朝ですいてるんだし、せっかくだったらゴロリと
完全に横になりたいなー。

多くの人がやってるように、イスを複数占拠して横になるというのをやってみた。
うーむ・・背中が平らじゃないからいまいち寝心地がよくない。

スワンナプーム空港は半円形に出っ張った窓が大きくとられてる。
しかも外はまだ暗い。寝っころがってフと上を見るとイ課長自身が窓に映ってるよ。
昨夜は会社終わったあと八重洲で一人ビール飲んでたサラリーマンが、いまこうして
明け方のバンコクの空港で寝っころがってる。運命とは不思議なものぢゃ。
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寝心地がどうもよくないので、より良いベッドを探してまた空港内を徘徊。
お、ロビーのすみっこの方にイスやソファがドサッと置かれてる。あのソファはいいんじゃないか?
イスをどこかに運ぶためにとりあえず仮置きしてるいっていう感じだ。誰も気づいていない。
よし早いもの勝ち。ここを占有してしまおう。

あーーー・・・やっと寝心地のいいベッドを確保できた。
6時間エコノミー席に座ったあとに長いソファを確保できたのは嬉しい。隅っこで少し
薄暗い場所だっていうのも嬉しい。さぁゆっくり寝なさいと言われている気分。
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結局このソファで1時間弱はウトウトしたんじゃないかな。
寝過ごして飛行機乗り遅れる恐怖があるから、熟睡はとてもできないけど、短時間でも
眠ったおかげで身体はややスッキリした。さて、それじゃそろそろヤンゴン行きの
ゲートに移動するとしますか。

2012年のインド出張、2015年のラオス旅行、そして今回のミャンマー旅行。なぜか全部
深夜便で東京を発ち、毎回スワンナプーム空港で早朝の乗り換え待ち。毎回眠い。
インド出張の時なんかは行きも帰りもこの空港に早朝到着だったもんなぁ。

まだ薄暗い明け方の空港での乗り換え待ち。
ヨーロッパや米国でこんなバカ早い時間に空港でゴロゴロしたことなんてない。
個人的には「明け方の空港といやぁいつもスワンナプーム」という、不思議な縁を感じる
旅のヒトコマでございました。

 

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by tohoiwanya | 2017-09-11 00:16 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 09月 08日

タイ国際航空の深夜便エコノミー

まんみゃあネタに戻ります。
ちったぁ旅行記らしく順を追って話を進めないとマズいかなと思い始めたワタス。

今回の旅行はタイ国際航空の羽田発深夜便からスタートした。羽田〜バンコク乗り換え〜ヤンゴン、
そして最後のバンコク〜成田はともにタイ航空を使ったのである。
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4月に予約した時点ではANAのヤンゴン直行便もそんなに高くなかったし、エア・アジアとか
バンコク・エアウィズとか、似たような値段でいろいろ選択肢はあった。その中でタイ航空を選んだ
最大の理由は一番早くヤンゴンに着くことができるからだ。

金曜は普通に仕事し、翌土曜の朝9時にはヤンゴンに着いてるって、たいした効率の良さだよ。
バンコク乗り換え3時間待ちをはさんでもこうなんだからね。身体にはキツいけど、早く着いて
その分現地を見る時間が増える魅力に抗うことはできぬ。

ANA直行便だと土曜の昼出発でヤンゴン到着は夜の18:30。その頃、イ課長はすでにヤンゴンを
たっぷり歩き回り、暮れゆくバーベキューストリートでミャンマー・ビア飲んで夜のシュエタゴン・
パゴダ観光に向かうところだった。それもこれも現地に早く到着してたからこそ出来たことだ。
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タイ航空の羽田発深夜便は2012年インド出張でも乗ったから何となく感じがわかってる。
出発は0時20分。もうみんな眠い時間。

水平飛行になるとドリンクとサンドイッチの軽食サービスがあった。ま、夜食ってやつですな。
頼めばビールももらえたんだろうけど、そのためにわざわざCAさんを取りに戻らせるのも
ナンなので、この時はコーラで我慢。
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一週間仕事した週末の夜で疲れてるにもかかわらず例によって飛行機ではあまり眠れない。
仕方なく映画を見ましたよ。エマ・ワトソン主演の実写版「美女と野獣」。他にコレといった
映画がなかったんだもーーーん。

ほとんど眠らぬまま、明け方バンコクに近づいたところで朝食。
タイ航空における朝メシ“鉄の定番”「オムレツとソーセージ」か「やきそば」。ぬ?焼きそばとな?
インド出張の時に散々食ったオムレツとソーセージはやめて焼きそばにした。
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帰国の時のバンコク〜成田も現地出発は23時50分だからやはり深夜便。
「初ミャンマー」の期待に胸ふくらませていた往路と違って、帰路は風邪で体調も悪い。
ま、そのおかげで往路よりはウトウトできたかもしれないが。

この時もやはり日本が近づいてから朝食が供された。
「オムレツ+ソーセージ」というタイ航空・鉄の定番メニューか「海鮮焼きうどん」かの
選択だったはずで、もちろんイ課長は海鮮焼きうどんに。
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これ、エビもふんだんに入ってなかなか美味しかったよ。
インド出張の時は「オムレツ+ソーセージ」の連発でさすがに最後は飽きたけど、
焼うどんなんぞが食えるとは思わなかったぜ。
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Skytrax社っていうエアライン格付け会社がある。
航空会社総合評価ランキングとか、部門別ランキングとか、空港のランキングとかいろいろ
出してる会社だ。似たようなランキングを発表しているところは多いけどね。

実はそのSkytrax社でタイ国際航空はある部門で1位を獲得している。
何かというと「ベスト・エコノミー部門ランキング」のトップなのだ。エコノミーにのみ
関して言えば、タイ航空は世界で最も評価が高いということになる。

まぁエコノミーだからやっぱり席は狭い。その点では他より広いとは思わなかった。
でもまぁエンタテイメントサービスも普通に充実してたし(見たい映画は少なかったが)
機内食も焼きそばや焼うどんみたいにフライドヌードル系メニューが充実したと思う。

世界一だと思うかと言われるとさすがに答えに詰まる。他社のエコノミー席より格段に
イイっていう決定的要素は思いつかない。しかしこれといった不満がなかったことは確かだ。
また乗る機会あるだろうから、今後ともイ課長をよろしくお願いしますですよ、タイ航空。

  

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by tohoiwanya | 2017-09-08 00:07 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(6)
2017年 09月 04日

ヤンゴンに一泊しかしなかった理由

「理由」シリーズが続きます(笑)。

ミャンマー7泊の内訳はヤンゴン1泊、車中1泊、バガン2泊、マンダレー3泊の順だった。
しかしどの町で何泊するかでは計画段階で相当迷った。
最初に到着するのがミャンマー最大の都市ヤンゴン。いろいろ行きたい所もある。
当初はここに2〜3泊するつもりで後の日程を考えた。
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しかしバガンでもマンダレーでも行きたいところはある。どれか削らないとムリか。
最後はバンコクで少し休みたかったし、半日仕事の予定もあるからネット環境のいいバンコク滞在を
何日かは残しておきたい。となるとミャンマーのスケジュールを調整する必要がある。
アレを削ろうかとか、アレとコレは無理すりゃ一日で出来ないかとか、いろいろシミュレーションしたが
なかなか決まらない。

ところでこの三つの町の8月の天気ってどんな感じなんだろうか?
まぁどこも暑いに決まってるが、8月のミャンマーは雨季のはずだから、雨があまり多いと
やっぱ困る。フと思い立って調べてみた。最初のヤンゴンはこんな感じ。
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我が目を疑ったのは7月・8月の降雨日数だ。31日のうち26日?ほとんど雨の日じゃんよ!!
いくら雨季だっつうたってこれはスゴすぎる。ちなみに、マンダレーはこんな感じ。
8月の降水日数8.7日。ヤンゴンより大幅に少ない。
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バガンはこう。降水日数データがないけど、8月の降水量がマンダレーより大幅に少ない以上、
降水日数もマンダレーよりさらに少ない可能性が高い。やっぱヤンゴンの雨の降りっぷりが
際立ってスゴいよ(お天気データは「旅行のとも、Zen Tech」のもの)。
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不安になって雨季のヤンゴンの様子について情報収集してみた。
どうもヤンゴンの雨季って「ダーッと降ってパッとやむ」というスコール的な感じじゃなくて
一日中雨なんて日もけっこうあるらしい。たまさか土砂降りになると道路はあちこち冠水。
とても観光どころじゃない・・って、おい勘弁してくれよヤンゴン。

ヤンゴンで行きたいとこ、したいコトはあるけど、雨ばっかりじゃどうしようもないべさ。
それならいっそのこと・・・というわけで思い切ってヤンゴンは一泊だけにしたわけ。
深夜便で朝到着、次の日を夜行バスにすればそれでもほぼ1泊2日はヤンゴン見られるし。
よし、ヤンゴン予定大幅カット。その分バガンやマンダレーの宿泊日数を増やそう。

実際ヤンゴンに1泊2日してどうだったかっつうと、二日とも雨に降られた。やっぱ雨は多い。
幸い一日中降り続くようなことはなく、1時間程度のシトシト雨が一日数回って感じだったから
観光活動がダメになるというほどではなかったが、たぶんこれは幸運だったんだろう。
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ちなみに、その後行ったバガンとマンダレーでは雨に降られることは一度もなかった。
お天気データは正しかった。8月のヤンゴンは降雨日数がやたら多く、バガンやマンダレーは少ない。
身をもって体験させてもらったよ。雨季にミャンマー旅行を計画される方の参考になれば幸いです。

現地で話を聞くとミャンマー観光のオンシーズンは11~2月頃らしい。8月は完全なオフシーズンで
確かにヤンゴンはもちろんバガンやマンダレーでも外人観光客はやけに少なかった。

朝日・夕日鑑賞絶景ポイントとして知られるバガンのシュエサンドー・パゴダなんてオンシーズンは
カメラを持った世界中からの観光客で押し合いヘシ合いらしいけど、そんなこと全然なかったし、
それ以外の観光スポットもガラガラに空いてた。マトモなホテルが軒並み3,000円台で泊まれたのも
オフシーズンであるがゆえ、だったのかもしれない。

休みをとれる時期の関係でイ課長はラオスやカンボジアも雨季に訪問せざるを得なかった。
そういう意味じゃイ課長はいつも東南アジアで「雨季の、オフシーズンの、すいた観光地」を
まわってることになるけど、安くてすいてるという意味じゃ雨季の観光も悪くないよ?
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たださすがにヤンゴンの雨季は・・26/31の降雨日数というのはちょっと参る。
雨が多そうなヤンゴン滞在を思い切って短縮し、他を増やしたのはエイヤの決断だったけど
結果的には正解だったといえるだろう。

ただ、それだけにヤンゴンでは「本当はアレもしたかったなぁ・・」という心残りが多少ある。
いずれ定年になってから、今度は雨の少ないオンシーズンにヤンゴン行ってみようかなぁ。
「することのない町」という人もいるけど、イ課長にはやけに面白かったんだよ、ヤンゴン。

  

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by tohoiwanya | 2017-09-04 01:17 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 09月 02日

ミャンマーにいま行こうと思った理由

2013年にベトナム・タイを旅して以来、すっかり東南アジアが気に入ったイ課長。
あれ以来バンコクをベースキャンプにするような形でカンボジア・ラオスにも行った。
その流れからすれば未踏のミャンマーに行きたいと思うのは自然の成り行きだ。

カンレキ過ぎてからゆっくり行くことも出来た・・というか出来る予定だ(笑)。だが
イ課長の中に「今のうちに行っておいた方がいいかも・・」という気持ちがちょっとあった。
理由の一つは自分の体力、そして二つめがミャンマーの今後に対する一抹の不安だ。
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ミャンマーっつうたらご存知アウンサンスーチーさん。
「あなたが知ってるミャンマー人は?」と聞かれたら大半の日本人が「スーチーさん」と答えるはず。
2015年末の選挙でスーチーさん属するNLD(国民民主連盟)が大勝し、それまでの軍政から
正式にNLDに政権委譲されたのが2016年春。これでミャンマーはぐんぐん民主化が進み、
海外からの投資は増え、国は発展し、国民は幸せになり・・と誰もが期待した。

ただねー・・ミャンマーについていろいろ勉強していくとねー・・・少~し不安になってきた。

スーチーさんってミャンマー独立の父として今も神格化されているアウンサン将軍の娘なのだ。
つまり血統がメチャいいわけ。彼女の人気のかなりの部分は「ミャンマー独立の英雄の娘」という
その血統に負う部分が大きい。

では政治家としてのスーチーさんがどうかとなると、これがねー・・わかんないんだよねー。
彼女はもともと政治のプロではない。ただ上述のような「血統の良さ」を買われ、
反軍政・民主化のシンボルになったってブブンが大きい。彼女の政治手腕は未知数なのだ。
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軍政時代、スーチーさんに政治手腕なんて必要なかった。「軍政と戦うジャンヌ・ダルク」的に
自分を取り上げてくれる海外メディアに対し、ひたすら軍政を批判してれば良かったんだから。
世の中、他人を非難することが得意な人は多い。ただ、そういう人が「自分でやる立場」になると
どうなるかは全然別の話。これもまた世の常だ。

特にロヒンギャ問題じゃ現ミャンマー政府+スーチーさんを見る海外の目は厳しい。
あれは民族浄化だ、人道に対する罪だなんて、ナチスのユダヤ人虐殺や日本軍の南京大虐殺と
同じレベルの言われよう。実態はこれまたよくわからないんだけど・・。

ロヒンギャにはイスラム教徒が多いとされる。
だからASEANの中でもイスラム比率が高いマレーシアやインドネシアはスーチー批判の急先鋒ですよ。
「彼女は何のためにノーベル平和賞をもらったのだ?」などと言われ、平和賞取り消せの署名運動まで
あったらしい。彼女に対する国際的評価は政権委譲後むしろ下がったと言っていい。
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それでもロヒンギャ問題に関する非難はあくまでも国外からのもの。
国内では圧倒的国民が依然としてスーチーさんを支持し続けているように見える。
だがそのスーチーさんだって72歳だ。いずれ彼女がいなくなったら?

「建国の英雄の娘」というカリスマ血統を持つ指導者がいるうちはまだいいよ。
しかし彼女がいなくいなった後のミャンマー大丈夫かなぁ?という一抹の不安は残る。

イ課長帰国後、8月下旬からロヒンギャ問題がまた一段とヤバくなってきたしねぇ。
ロヒンギャ武装勢力と国軍の戦いが激化、死者多数とか、ロヒンギャがバングラデシュに
何万人も逃げ出したなんてニュースが連日ネットに出てる。ううむ・・・。

覚えてる人もいるだろうけど、日本のカメラマン・長井さんがヤンゴンの反政府デモ取材中に
撃たれて亡くなったのが2007年。たかだか10年前のヤンゴンはそういう町だったのだ。
イ課長が嬉々として歩いたあのヤンゴンが10年後にどうなってるか・・・ヤバいことに
なってなきゃいいんだけどなぁ。

ミャンマー・・後にとっておかず、早めに行っておく方がいいかな・・。
そう考えたわけですよイ課長は。ま、将来どうなるかわからないという点においては
どの国だって似たようなもんなんだが。
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その代わり、今のミャンマーはホント面白かったよ。
観光といったら仏教施設・遺跡くらいしかないミャンマー。でも混沌と猥雑のアジアが好き、
現地の人とのちょっとした触れ合いが楽しい、なんて旅行者にとっていまのミャンマーは
旅して最高に楽しい国の一つであることはイ課長が請け合います。

注)ミャンマーには姓・名というのがない。だからアウンサンスーチーさんの名前を表記する時に
  アウンサン・スーチーと点を付けるのは本来間違いで、本記事のように「スーチーさん」と、
  それが姓であるかのように書くのも正しくない(はずだ)。だがイチイチ全部書くと
  長いので、本記事では便宜上「スーチーさん」という書き方をさせていただきました。

 
 

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by tohoiwanya | 2017-09-02 00:16 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 08月 31日

ミャンマー旅行超定番ネタ

前回記事で「田中さんがミャンマー行ったら・・」というのはミャンマー旅行の
定番ネタと書いた。実はもう一つ超定番ネタがあるから今日はそれを書こう。

ミャンマーを旅行したら目につくのはタナカを塗った女コドモとロンジー。
旅行者としてはやっぱりそういうものが珍しくて写真に撮り、帰国後にネタにするわけだが
ミャンマーに行った日本人が帰国後に必ずネタにするテーマがもう一つある。
それは町中を走る日本製中古車だ。
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ミャンマーの人、中古車の車体に書かれた日本語を消さないんだよ。そのまま残す。だもんで
ナントカ株式会社とか、カントカ産業なんて書かれた車がミャンマーを走り回ることになる。
ミャンマーで日本語が書かれた車体を見かければ、いくら中古とわかってても日本人としちゃ
そのミスマッチぶりがオカシいんだよね。
 
群馬県で使われてた車がいまミャンマーを走ってるのかぁ・・と思うと感慨もひとしおだ。
あまりに赤裸々に住所が載ってるから一部イ課長サイドで伏せ字にしました。
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ミャンマーにおける日本製品ニーズは大変強く、日本製中古車の人気も高い。
読んだ話だと、日本製中古車に乗ってる人はそれを“誇示”するために、車体に日本語が
書いてあると消すどころかワザと残すらしいんだな。ほら日本語だぞ、だからこれは
日本製の中古車なんだぜ、いいだろう、というわけだ。
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同種のネタは海外では時々聞くよね。
現地のすごい田舎でマイクロバスに乗ろうとしたら車体に「ひばり幼稚園」とか何とか
書かれててギョッとしたとかね。ある意味開発途上国定番ネタといえるのかもしれない。
でもミャンマーはとにかくその度合いが甚だしすぎ。青森山田高校ってアータ・・・。
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こういう日本語バッチリの日本製中古車がミャンマーで特によく目につくのは、やっぱ
お国柄なんだろう。実はミャンマーってアジアの中でも特に親日的な国として知られてて、
そんなことも影響してる可能性がある。

ピックアップトラックの“車掌”の写真を撮ろうと思ってひょいとシャッターを押し、
あとで確認したらこんなのが写り込んでる。練馬区の清掃車までリユースされてんのかよ。
第二の職場がミャンマーなんて、すごくナイスな清掃車人生だと思うなぁイ課長は。
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これなんてさぁ、意味わかってんのかな?当然わかってないんだよなぁ?
いくら何でも・・という気もするが、まぁ誰もわかんないんだからいいか(笑)。
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日本製中古車が非常に多いということに関して、もう一つ言うことがある。
日本の中古車であれば右ハンドルだ。日本は左側通行だから当然そういうことになる。

しかしミャンマーって道路は右側通行なんだよ。
右ハンドルの車で右側通行って何かと不便だ。特に対向車線にハミ出して前の車を
追い抜きたい時、右ハンドルの車は相当大きく左にハミ出して前方確認することになる。
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すいた道路ならいい。しかしけっこう対向車の多い道路で、右ハンドルのタクシーに乗って
コレをやられると若干コワい(笑)。なんとなく落ち着かなくて後部座席でゴソゴソ動いて
シートの右側、つまり運転手の真後ろになるように移動したイ課長なのでした。
ま、現地のドライバーにすりゃ右側通行で右ハンドルくらい、全然フツーなんだけどね。

 

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by tohoiwanya | 2017-08-31 00:02 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)