カテゴリ:2017.08 ミャンマー・タイ旅行( 38 )


2017年 11月 20日

シュエダゴン・パゴダというところ

シュエダゴン・パゴダつうたら、誰もが認めるヤンゴン最大の観光スポット。
日本にいる時見た写真では夜でも参拝客がワンサカいた。

それがまぁ〜・・すいてること。
雨季でオフシーズンのミャンマーはホントすいてるね。外人観光客も少なくて、おそらく
参拝者の7割くらいは地元の人だったんじゃないかな?欧米人なんてほとんどいない。
みんなどうしちゃったの?ガイジンさんたちはみんなここは昼間見て、夜はさっきの
BBQストリートでビール飲んで騒いでんのか?
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すいてるのは大変結構だけど、雨季ならではの問題もやはりある。
ご覧のように夕方も雨が降ったからパゴダの床も雨で濡れてる。一応滑り止めマットが
敷いてあるけど、いい角度から写真撮りたい、などと思ってマットから離れて歩くと
濡れた床がけっこう滑る。こっちはハダシだからその辺はお風呂屋の濡れたタイルと同じだ。
雨のあとのシュエダゴン・パゴダは慎重に歩きましょう。
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しかし雨季であれ乾季であれ、ここは夜見に来るのがお勧めだと思うなぁ。
昼間見てないイ課長がそう言うのも不誠実な話だが(笑)、夜の方が涼しいのは確実だし、
ライトアップされた金の仏塔群はウットリの美しさ。ズラーッと続くロウソクの炎も
夜見ると一段と映える。
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シュエダゴン・パゴダといえば、何といっても真ん中にある金の仏塔がシンボルなんだけど、
周りに小さなお堂がたくさんあって、それぞれ参拝者がお参りしてる。お堂の集合体でもある。
こんなゴールデン・ブッダ軍団もいる。ま、東南アジアじゃよくあるやつだ。
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こっちは黄金系と美白系の混合集団。だんだんミャンマーっぽくなってきたぞ。
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おおぅ、大小さまざまな美白仏軍団。これだけ密集させてギッシリ置く意味があるのか?
しかも横向きに置かれた仏サマも混じってる。なぜ横向きに?
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こっちには寝釈迦もある。やはり黄金系ではなく美白系。寝釈迦の足元にいるのは
人形の参拝者で、写真左下にいるのが生きた人間の参拝者。まぎらわしい。
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これは・・生きた人間のお坊さんだよな?タイによくある超精巧蝋人形ってことは
ないよな?いろいろまぎらわしくて困るぜ。
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シュエダゴン・パゴダもやはり生まれた曜日別の参拝コーナーがある。
だいぶグルグル探しまわったけど、発見しました木曜コーナー。ワタクシこれから一週間
ミャンマーを旅しますので、旅の安全よろしくお願いしますです。
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ちなみに、この中心にある巨大仏塔のテッペンには卒倒するほどの量の宝石が
格納されているそうで、資料によると「76カラットのダイヤ、さらに5,451個のダイヤと
1,383個のルビーや翡翠」ということだそうで・・・スゴすぎる。
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シュエダゴン・パゴダ頂上の宝石群を狙うルパン三世、それを阻止せんとする銭形警部。
エキゾチックなヤンゴンの街を舞台に繰り広げられる痛快娯楽アクション巨編・・・

・・というのを誰か作ってくれんかなぁ・・・。

 

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by tohoiwanya | 2017-11-20 00:24 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 11月 17日

シュエダゴン・パゴダに行ってみよう

さて、BBQストリートで冷たいビールをひっかけ、上機嫌で訪れたシュダゴン・パゴダ。
このシュエダゴン・パゴダこそはまさにヤンゴン必見の観光スポット。ヤンゴン観光の王道。

ミャンマー最高の聖地で、最高に格式高いお寺。外国人旅行者にとっちゃ「観光スポット」でも
ミャンマー人にとっては死ぬまでに一度は参拝したい、有難い場所なのである。

イ課長はここを夜見に行こうと思っていた。昼間は暑いし、ライトアップされた夜のパゴダは
とてもキレイそうだったからね。ヤンゴンには1泊2日しかしないわけだから、夜行くとなれば
チャンスは到着当日の夜しかない。昨日の深夜東京を発って以来ほとんど寝てないわけだが
ここは無理のしどころ。BBQストリートからタクシー乗って行きましたですよ。

この巨大なパゴダは東西南北それぞれ入口があるらしい。
タクシーがとまったのは南側の入り口で、ここがたぶんメインの入口・・なのか?よくわからん。
入口の門からしてドえらく立派で、奥に見える本体の仏塔がライアップされてて美しい。
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外国人の入場料は8,000チャット(約700円強)だったはずで、参道途中にキップ売り場がある。
キップ買うと服にシール貼ってくれるんだけど、汗でぬれたシャツに貼ったシールなんてすぐに
はがれる。イ課長も結局はがれちまった。カバンか何かに貼った方がいい。そのカバンも
途中でセキュリティチェックされるわけでございます。厳重でございます。
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参道の両側はお土産物屋や花屋が軒を連ねてるけど、こちらはのんびりムード。この時間じゃ
もうあんまり商売にならないんだろう。ちなみに、この時点ではもう入場者は全員ハダシになって
いなければならない。履物は参道入り口で脱ぐ。靴置き場もあったと思うけど、入場時とは
違う参道通って帰る可能性もあるから、履物は持って歩くといいと思う。
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この参道を歩いたのがたぶん7時半頃じゃなかったかな。
このパゴダ、22時までやってるけど(入場は21:45まで)、夜の8時前でこんなに人が少ないんだ。
シーンと静かな参道を階段⇒廊下⇒階段⇒廊下・・という感じでのぼっていくわけ。上の方で
振り返ってみるとこんな感じ。人気のないこの参道、ちょいと神秘的でステキだったよ。
オンシーズンだったらもっと観光客ワンワン状態で、とてもこんな具合にはいかなかっただろう。
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なんて言ってるうちに着きましたシュエダゴン・パゴダ。ヤンゴンの・・いやミャンマーの象徴。
真ん中にある高さ100mの黄金の仏塔と、それを取り囲む金の小塔が真っ暗な空をバックに映える。
いやーーこれは美しい。
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周囲をグルグル周りながら林立する黄金の塔を飽かず眺める。
同じような写真にしかならないとわかっていても、つい写真を撮ってしまうイ課長を許せ。
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今朝ヤンゴンに着き、「はじめてのおさんぽ」以来、ヤンゴンでは出会いや偶然やらがとにかく
楽しくてキモチも高揚していた。しかし今こうして夜のシュエダゴン・パゴダをぶらついて、
ようやく沈静化したというか、普通の観光客になった気がしたね。実際、これまでヤンゴンネタを
たくさん書いたけど、電波とか水色の疱瘡とかヒッチコック交差点とか、ミョーなネタばっかで、
こういう純粋観光ネタって初めてじゃない?(笑)
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いやーーシュエダゴン・パゴダは夜来ると本当にキレイだ。
クソ暑い昼間ではなく、涼しくなった夜、ライトアップされたココを見学なさることを
イ課長は強力にお勧めしたい。
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昼間行ったスーレー・パゴダも居心地良かったけど、参拝者が少ない夜のシュエダゴン・パゴダも
また静かで涼しくてとても居心地がいい。そんなシュエダゴン・パゴダネタ、
もう一回続けますです。

 

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by tohoiwanya | 2017-11-17 21:46 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 11月 13日

ヤンゴン・BBQストリート

ヤンゴンにバーベキューストリートという路地があるのを知ったのはわりと出発間際だった。
ある通りにぎっしりBBQ屋台がひしめき、自分の好きな串焼きを焼いてもらい、ビールを飲む。
そういう所らしい。いわば露天串焼きビアガーデン。イ課長好みの場所っぽいではないか。
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ヤンゴンで過ごす唯一の夜。夕方降ってた雨はあがった。さて夜はどうしようか。
飛行機で飲んで以来まだビール飲んでないから(売ってる店がみつからないんだよぅ)、
まず夕方のBBQストリート行って串焼き食いつつ軽くビールをひっかけ、暗くなったところで
シュエダゴン・パゴダの夜間見学ってのはどうだ?ヤンゴン唯一の夜を効率的に使う、
完全無欠なプランではないか。

BBQストリートって場所的にいうと19th Street。ホテルから15ブロックくらい歩かなきゃいかん。 
暑い。疲れた。しかしビールにありつくには歩くしかない。完全無欠なプランとか何とか言って、
要するにビールが飲みたいだけのイ課長。

で、着きましたBBQストリート。
時刻はまだ6時頃だったはずで、ここが外人観光客で混みあうのはたぶんもっと後なんだろう。
もっともシーズンオフで外国人少なかったから、いつまでたってもすいてるのかもしれんが。
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イ課長が注文した串焼きは4本。最初に運ばれたのはうずらの卵。
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さらにスパイシーポーク、イカ、エノキ肉巻きみたいなもの。どれも美味しい。
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そしてもちろん最も重要なのはコレですよ。冷えたミャンマービア。
ミャンマー到着以来初めて口にするビール。この瞬間を待っていたのだ。はぁはぁ、ごくごく。
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イ課長はミャンマーのビールっつうたらミャンマービアしか知らないから何も考えずにソレを
注文したんだけど、このBBQストリートはちょっと変わったシステムみたいで、ビールの配膳は
串焼き屋の店員ではなく客が注文した銘柄ごとに専属のお姉ちゃんが持ってきてくれるっぽい。
要するに各ビール会社専属の配膳ガールがいるみたいなんだよ。

だからもしイ課長がタイガー・ビアを注文してれば、揃いのキャップ+揃いのTシャツ姿の
こんな「タイガービア・ガール」がビールを運んできてくれたはず。
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別のナントカ銘柄を注文すれば、緑のユニフォームのナントカビア・ガールが・・というわけ。
もしアナタが「あのお姉ちゃん、かわいいな」と思ったら、彼女が所属するビールを注文すれば、
持ってきてくれる可能性がある。そうしない限り彼女は永久にアナタを無視し続ける(んだと思う)。
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こういうのも「キャンペーンガール」というのだろうか?販促+配膳が彼女たちの役目だから
両方の役割を合体させて「キャンペーン・ウェイトレス」と呼ぶべきかもしれぬ。
BBQストリートにおけるビールシェア獲得競争は彼女たちの魅力度に大きく左右されるはずだから
当然、各ビール会社は年齢やルックス、接客態度の良さなんかを重視して採用してるに違いない。
若くてかわいくて気立ての良さそうなミャンマー美人がいっぱい。眼福である。
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え?肝心のミャンマービア・ガールの写真はないのかって?
ご安心あれ。ミャンマー・ビアを注文した顧客の特権を濫用し、ショートカットのかわいい
ミャンマービア・ガール写真は抜かりなくゲットしておる。
来年の美女図鑑を楽しみに待たれるがよい。
 
串焼き4本+ビールで腹はだいぶ落ち着いた。勘定はぜんぶで8,200チャット(750円くらい)。
日本に比べれば激安だがミャンマーの屋台メシとしては高めなんだろうな。
ビールお代わりしたっけかなぁ?

さてビール補給も済んだ。それでは今夜の完全無欠プラン遂行に向け、タクシーつかまえて
ミャンマー最高の聖地・シュエダゴン・パゴダに移動するとしますか。

 

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by tohoiwanya | 2017-11-13 00:06 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 11月 10日

ヤンゴン国際空港から市街へ

さて、話はまたミャンマーに戻る。出入国の話を書いたら、これも書いておかないとな。
イ課長ブログおなじみの実用記事、「ホニャララ空港から市街へ」シリーズ。
今回はヤンゴン国際空港から、ダウンタウンまでの移動方法についてご紹介いたします。

この空港の場合、移動方法の選択肢ってそんなにない。ほぼタクシーだけと言っていい。
あとはそのタクシーをどこでつかまえ、いくらかかるかという程度の違い。
イ課長は空港のタクシー手配所に頼むという最も安直な方法を採用した。

空港タクシー手配所は到着客が到着ロビーに出るその扉の近く・・というか、扉にくっついてる。
あまりにくっつきすぎてて、誰もが一度は通り過ぎてしまう。イ課長も例外ではない(笑)。
空港内ATMで現地通貨チャットのキャッシングを済ませてから再び戻ったわけですよ。

カウンターに近づいて「タクシー・・」というと、すぐ目的地を聞かれる。
「ダウンタウンの、これこれホテルである」といってホテル予約確認書を見せる。
女性係員はその住所を確認し、「8000チャット」と言ってきた。おそらく多少ホテルの位置が
違っても、空港からヤンゴン・ダウンタウンのホテルまでは一律8000チャットなんだと思う。

日本円にすると約720円くらいか。サラサラとこんな感じで伝票を書いてくれる。ちなみに、
料金はここで払うのではなく降車時にドライバーに払うという普通の方式。
ミャンマー文字がああだからか、ミャンマー人が手で書くアルファベットや数字も丸っこくてかわいい。
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建物外のタクシー乗り場に案内され、そこに停まってたタクシーに乗ることが決定。
ドライバーはサッソウとヤンゴン・ダウンタウンに向けて走り出す。こうやって初めての国に来て、
初めての空港から初タクシーで初めての街に向かう時って、いつも軽くドキドキするよね。
ちなみに、このタクシーは左ハンドルだったから日本の中古車ではあるまい。
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空港からダウンタウンまではけっこう距離がある。タクシーでどのくらい時間がかかるかは
時間帯や渋滞状況によって全然違って、混んでると1.5時間くらい、すいてりゃ30分くらいで
行ける時もあるらしい。差が大きいのだ。この時は土曜の朝9時半か10時頃だったはずだけど、
思ったほど道路は混んでなくて、ホテルまで45分くらいだったんじゃないかな。
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ドライバーは一方通行の路地をわざわざ遠回りして逆から入り、ゆっくり徐行しながら
ホテルの看板を捜してくれた。荷物を持ったイ課長がホテル真ん前で降りられるように
気を使ってくれたに違いない。親切なドライバーだ。降りる時1000チャット札2枚のお釣りのうち
1枚チップとして渡したら大変喜んで「ドモ アリガト」と挨拶してくれた。よかったよかった。

もしあなたがもっと安く行きたいと考えるなら、紹介カウンターを介さず、直接外の
タクシーだまりに行ってドライバーと交渉することになる・・・んだと思う。
ヤンゴンのタクシーはメーターがなく、事前料金交渉制。昔はバンコクもそうだった。

交渉次第&相手次第では7000チャット(約630円)まで下がるという情報もあるけど、
最初は1万チャットくらいからふっかけてくるらしい。それを7,000まで下げさせるなんていう
困難な英語の交渉を、到着早々のイ課長に求めないでほしい。大体、その差約90円やん。
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どうせタクシー運ちゃんとの料金交渉はこの後ヤンゴンで何度もやることになる。
しかも深夜便+寝不足でイ課長は疲れてた。というわけで、とりあえず最初の空港⇒市内移動は
最も安直なタクシー手配所という方法を使わせていただいたのでございました。

 

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by tohoiwanya | 2017-11-10 00:12 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 11月 06日

ミャンマー・その入国審査と出国審査

さて、それでは2025年までにLDCを卒業できそうなミャンマーネタに戻りましょう。
本日の記事は以前書いたネットによるビザ申請編の、いわば続篇みたいなもんだな。

ヤンゴン、ミンガラドン空港に着いた外国人観光客のほとんどはネットでビザを事前申請してた。
何人かアライバル・ビザ申請ブースに向かう人もいたようだけどここは読み手も「ネット申請済み」
であるという前提で話を進めさせていただく。

オフシーズンだったせいか、入国審査の列はさほど長くない。この後行くバンコク・ドンムアン空港の
イミグレに比べたら10分の1以下。すぐ自分の番になるから、外国人旅行者たちは早めにカバンから
例の承認レターを取り出してる。みんな準備がよろしい。

一人にかかる審査時間はけっこう長い。
承認レターとパスポートをセットで出すと、あれこれ眺めたりパスポートの電子情報を確認したりして
バン、バン、といくつかハンコを押してハイ入国。口頭質問は特になかった。

いくつか押したハンコの一つがこれ。
承認レターそのものに押されたスタンプ。「確認・ビザ発行済み」の印ってことだろうな。
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パスポートには同じ青のスタンプと何やら手書きの書き込みが。
これが「パスポートに押された正式のビザ」ということになるはずで、ホテルチェックイン時の
パスポート確認の際、ホテルマンはこのページを見てビザ番号とかを書きとめていた。
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とりあえずこれでミャンマー入国はできたわけだし、パスポートに正式のビザも押印されたから
もうあの承認レターはいらないようなもんだ。しかし一応念のためとっておきましょう。

なぜなら、コトによると出国審査の時に提出を求められるかもしれないからだ。
バンコクに移動するマンダレー国際空港出国審査の様子を見ていたら、外国人の何割かが
承認レターをごそごそ取り出して係員に見せてた。

「あ、やっぱあの紙、いるんだ」と思ってイ課長も列に並んでるうちに用意した。
しかしイ課長はなぜか「見せろ」とは言われず、出国カードとパスポートだけで審査は済んだ。
でも「見せろ」と言われてる外国人もいたから、やはりこの紙は用意しといた方が安全。
預け荷物の中にしまっちゃった!なんてことのないよう、ここは用心深くパッと出せる場所に
しまっておきましょう。

あとね、ミャンマー出国では上述した出国カードってのを書かないといけない。
記憶が定かじゃないんだけど、入国の時に書いたカードの半キレがパスポートに
はさまってたような気もする。しかし出国の時そんなもの挟まってなかったから
やっぱ最初からなかったのかも(ヲイヲイ)。
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だーが心配ご無用。
空港に白紙の出国カードがどさっと置いてあるから、その場で書けばいいのだ。
外国人旅行者はみんなこの柱の端っこ?を台にして記入してた。ってことはやっぱ
最初っからそんなものはパスポートにはさまってなかった・・のかな?
・・ああ思い出せない。でもとにかく出国ン時に空港で書けば大丈夫ですから。
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ミャンマーって、ちょっと前までは国際的に経済制裁うけてた国だし(去年やっと米国が解除)、
昔は外国人の入国・出国もタイヘンだった。特に悪名高かったのが入国時の“強制両替”で、
空港で300$分、ウムをいわさず現地通貨チャットに両替させられたのだ。10年前くらいは
まだそんな感じだったんだよねぇミャンマーは。

当時、約300$分のチャットを滞在中に使い切るって、そりゃもう大変だったらしい。
しかも、余っても出国時に再両替してくれないっつうんだからメチャクチャな話。
仕方なく、欲しくもない土産物とか買った人も多かったに違いない。今回イ課長が一週間滞在して
メシ、交通費、缶ビール、入域料等々合計しても、現金では300$も使ってないもんね。
(ホテル代はカード払いしてたからね)

その当時を考えればミャンマーもずいぶん旅しやすい国になったといえる。
現在はもちろん強制両替なんてありません。もっとも現地通貨チャットの入手に関しては
前に書いたように空港で日本円からは両替できないので、ご注意下さい。

  

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by tohoiwanya | 2017-11-06 00:17 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 10月 30日

おーい水島、一緒に日本に帰ろう

ミャンマー旅行以来、一度観たいと思ってたんだよね、「ビルマの竪琴」。
初公開版、カラーのリメイク版ともにまだ観たことがなかったのだ。

府中の図書館にDVDがあったから借りた。中井貴一が出たリメイク版じゃなく、1956年公開の
白黒版。ただし再編集バージョンだと思われる(初公開版には人食い土人とかが登場したらしい)。
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ある意味、「あの当時」だからこそ観る者の心の琴線に触れた映画といえるかもしれない。
昭和31年つうたら捕虜になってた日本兵が戻ってきてから10年たらず。「復員せず、そのまま
ビルマに残る日本兵」という設定はけっこう胸に迫るものがあったんだろうと思う。

この映画に特定のモデルはいない。日本に復員後、僧侶になった人がモデルとか言われてるけど、
そもそもミャンマーで出家者が音楽を奏でるなんてことは戒律上あり得ないことだそうで、
そういう意味でも「ビルマの竪琴」は完全なフィクション。
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悲惨な戦争を描いた映画ではあるんだけど、出て来る日本兵やビルマ人、さらに英軍までもが、
おおむねヒューマンな心を持つ者として描かれてるのはこの映画の格調を高くしていると思う。
水島がビルマに残ろうと思ったキッカケも、死んだ日本兵の墓で賛美歌を唄う英国人たちの姿を
見たことで、ワルモノって出てこない。現地ビルマ人(塀の外)と日本軍捕虜(塀の中)の関係も
素朴かつ友好的に描かれてる。

前にも書いたけどミャンマーは対日感情が極めて良い国と言われる。
「対日感情がメッチャいい国が世界に二つ、それはトルコとミャンマーだ」なんて話も読んだ。
対日感情がイイというのは大変有り難いけど、第二次大戦中、日本軍はビルマを実質統治した。
戦争中は相当メイワクもかけたはずなのに、中国や韓国と違ってなぜ対日感情がイイのか?

歴史的には「日本統治→日本の敗戦が独立の契機になった」ってことがあるかもしれない。
これはミャンマーに限らず、東南アジアの国にけっこう共通するブブンなのだが。

イ課長が漠然と思ってたのは「ビルマの人にとっての日本兵って“みじめで悲惨な敗残兵”という
イメージが強いからではないか?」ということ。この映画も敗色濃厚となった日本兵の部隊が
タイに逃げようとしてビルマを敗走するシーンから始まる。
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おそらく当時のビルマ人にとって日本軍って、長く支配者だった(120年以上)英国軍を追っ払い、
英軍に代わってミャンマーを統治した・・と思ったらアッという間(約3年)に「腹をすかした
哀れな敗残兵」になった兵隊さんたち、というイメージが強いんじゃないかなぁ?幸いなことに
虐殺者とか侵略者という記憶が強く残るほど長く居座ることがなかった。

映画の中で三國連太郎隊長率いる部隊が捕虜になるのはミャンマー南部のムボンって町で、
これは実在の町だ。それなのになぜか劇中にヤンゴンのシュエダゴン・パゴダが出て来たり
するけど、実際に市川崑はこの時一週間だけビルマ・ロケしたんだと。しかしたった一週間じゃ、
ヤンゴン以外の街に移動して撮影するヒマなんてなかったんだろう。
 
しかしだね、映画を見てイ課長がギョッとした箇所がある。ある寝釈迦が写った時だ。
非常にヘンな姿の寝釈迦で、容貌魁偉と言ってもいいんだけど、それに見覚えがあったんだよ。
DVD画面からキャプチャーできないようになってるから、画面をお見せできないのだが

いやしかし、この容貌魁偉な寝釈迦は明らかに見覚えが・・あ、アレか?
ヤンゴンのチャウッターヂー・パゴダに展示されてた写真(をイ課長が撮った写真)と比較した。
コレだよコレ。間違いない。ヤンゴン市内にあったはずだから(今はないが)、市川崑が
現地ロケした時も、この寝釈迦は撮影可能だったわけで、映画に写ってて不思議はない。
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何ともすごい姿カタチの寝釈迦だ。っていうか、これだけみるとお釈迦様に見えない(笑)。
上の写真下にある「Wingaba Rangoon(Yangon)」で検索するとこの写真が出てくる。
さらに調べると、Wingabaっていうのはおそらくチャウッターヂー・パゴダがあるあたりの
地名じゃないかと推測される。
 
この顔のアップが映画の中でも出てきたよ。市川崑もインパクトある姿に驚いたんだろう。
だがこの衝撃的な見た目を持つ寝釈迦像は現在なくなってて、今はコレとは180度正反対の、
妖艶美白仏がある。それについてはいずれ詳しく書きます。あれも別の意味でインパクト十分。
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ミャンマー行ったあと見ると、考えるところ、思い出すところの多い映画でした「ビルマの竪琴」。
ちなみに中井貴一主演の1985年版は見てない。あちらは石坂浩二はじめ主要キャストはみなさん
ご健在だ。しかし1956年版となると、安井昌二も三國連太郎も西村晃も北林谷栄も、もちろん
監督の市川崑も、みなさん天国に行ってしまわれた・・・。

 

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by tohoiwanya | 2017-10-30 00:07 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 10月 27日

ヤンゴンのヒッチコック交差点

電波が走ったりヤタラと再会したり、現地の人たちとの接触がやけに面白かったヤンゴンだが
「うは何だこりゃ」という異様な風景もまたあちこちにある。以前に書いた「水色の疱瘡」も
そうだったけど、本日のヒッチコック交差点もその一つ。

もちろん、ヒッチコック交差点というのはイ課長が勝手に命名したもので、最初に見つけたのは
スーレー・パゴダから東西に伸びるマハバンデュラ通りと、28thか、29thか、とにかくそのあたりの
路地との交差点だった。

東南アジアの大都市には大体どこもすごい数の電線がつながってるわけだけど、なぜかわからんが
この交差点だけ、電線の上におっそろしい数の鳥がとまってるんだよ。「ヒッチコック交差点」と
命名した理由はおわかりいただけただろう。
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この交差点だけ切り取ってみればホントに「ヒッチコックの鳥」状態。街路樹とかにはあまり
とまってる様子はなくて、電線が人気のようだ。電線は街中にあるのに「他ではなくこの交差点」の
電線にだけ鳥が大集合する理由がわからぬ。ここだけエサが豊富?ンなわけないよな。
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なぜこの交差点にのみ鳥が大集結しているのか、理由をいろいろ考えたけど、当然わからない。
ま、いいや。ガイコクにはこういう不思議もあるんだよ、時には。

その後しばらくあちこち歩いて、たぶんさっきのヒッチコック交差点より一つ北の通りを
うろついていた時だったと思う。イ課長はまたもや遭遇したのだ。

またここだけ鳥の大集会。さっき見たのは実は「第一ヒッチコック交差点」で、今いるのが
「第二ヒッチコック交差点」ということだったのか。ヤンゴンにはこういうのが幾つあるのだ?
電線はそこらじゅうにあるのに、ある特定箇所の電線にだけトリが集まる理由がカイモク不明。
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一度ならず二度までも、となると、その形成理由を再び考えざるを得ない。
第一ヒッチコック交差点と、この第二との間だけに共通するナニカがあるのだろうか。
写真を見るとある偶然に気付く。下の写真、トリたちの後方に写ってるものにご注目いただきたい。
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これ、ヒンズー寺院だよ。
仏教国ミャンマーの中にあっては珍しい宗教施設。あの辺もまだインド人街なんだろうな。

実はさっきの第一ヒッチコック交差点近くにはモスクがあったんだよ。
インド人街に限って言えばこういうモスクがあの近辺に軽く三つ四つはあったけど、
ミャンマー全体で考えればやはり珍しいだろう。
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ヤンゴンの他のところじゃ見かけないのにイスラム教とヒンズー教の寺院の近所にだけ
鳥が大集結するというこの偶然。ここに重要なカギがある。
もしかすると、ここに鳥が集まる理由とはだね・・・


ミャンマー人の大多数は仏教徒だが、ミャンマーの鳥はイスラム教徒やヒンズー教徒が多いから


という理由しか思いつかないのである。

  

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by tohoiwanya | 2017-10-27 00:14 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 10月 25日

ロンジーというもの

ミャンマーに着いた当初「おお珍しいなぁ」と思うけど、現地であまりにも目にするので
すぐに慣れ、しまいに当たり前に思えるようになるもの。一つはロンジー。一つはタナカ。
本日はそのロンジーについて話をしたい。
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ロンジーというのはミャンマーの民族衣装で、まぁ一種の腰巻きと言っていいだろう。
バリ島のサロンとか、ラオスのシンとか、東南アジアって服装的には腰巻き文化圏と言ってよくて
ロンジーもその一つ。ただ、ラオスのシンは女性だけが着用してたのに対し、ロンジーは
男も女も着る。男性の着用率はかなり高いよ。ズボンはいてる人の方が少ないんじゃないか?

最初は「おお男もみんな腰巻きはいてるワ」と思うけど、そういう驚きはミャンマーに着いて
せいぜい1時間で消滅する。あまりにもみんな着てるからイヤでも慣れる。
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このロンジー、腰巻きって書いたけど、実際には筒状に縫製された布。
男性と女性では着方がちょっと違って、男性が着ると結び目が正面に来る形になるのに対し、
女性は腰の横で結ぶ。女性の方は模様の入ったキレイな布を使うことが多いけど、男ものは
柄がシックでジミ。同じロンジーでも男女の違いはかなり明確にあるようだ。ジミなダークカラーで
大きな結び目が前にくるっていうのがロンジーの「粋なオトコの着こなし」っぽい。
  
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男のロンジー。やっぱズボンよりはずっと涼しいはずだ。
現地で寺社参拝する時はミャンマーでも半ズボンは基本タブーだけど、ロンジーなら当然OK。
観光に便利、しかも涼しいとあればちょっと買ってみたいけど、日本じゃ着ねぇもんなぁ・・。
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それにロンジーって着るのが難しいんだよ。元は巨大な布の筒。これをズリ落ちないように
うまく腰に巻きつけるわけで、パッ、パッと左右巻き込んで端をネジ込んで・・って感じなんだが、
どうもよくわからない。ミャンマー野郎たちはみんな道歩きながらでもサッと気軽にロンジーほどいて
巻き直す。それを見ると実に簡単そうに見えるけど実際やってみると難しいんだコレが。
 

 
いま「実際やってみると」と書いた。
さよう。イ課長は「日本じゃ着ねぇし・・」なんて思いつつ、結局ロンジーを一枚買ってしまったのだ。
ヤンゴンのある店で一番安いロンジーが3,800チャット(約350円くらい)というのを発見。
これなら現地で着るだけのために買っても惜しくないべさ。

しかし何度も言うように着るのは難しいんだよ。
ガイドブックには「現地でロンジーを買うと、店の人が喜んで着方を教えてくれる」と書いてあった。
実際、イ課長が買った店のお姉さんもイ課長自身をモデルにして喜んで教えてくれた。
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でもホテルでもう一度同じようにやろうとするとどうもウマくいかん。
男性ロンジーに不可欠の、ヘソ下のタルミみたいなヤツがどうにもうまく作れない。
イ課長がやるとタルミがそんなに大きくならないんだよ。ミャンマーの平均的男性に比べると
イ課長はデカくてウエストも太い。しかも安物ロンジーだから生地を節約して幅(つまり筒の直径)が
元々小さめだったのかも。だがせっかく買ったロンジー。ミャンマーにいるうちに着なきゃ意味がない。
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イ課長がロンジーを着用する「ミャンマー人偽装プロジェクト」はその後バガンとマンダレーで
実行に移されることになる。その時の様子はいずれ詳細にご紹介したい。

  
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by tohoiwanya | 2017-10-25 00:10 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(4)
2017年 10月 23日

ヤンゴンは実に不思議な町だった5

すでに何度も書いたように、外国人であるということだけでイ課長はヤンゴンで目立ったはず。
ヤンゴンで「トモダチ電波」が行き交うのも、結局は外国人の“希少性”が高く、現地の人が
イ課長を見て「あ、ガイジンだ」と注目することが大きな要因になっているのは間違いない。

しかし、だからってガイジンらしさを消すのはムリだ(笑)。
ヤンゴンの町は物珍しいし、ほう・・と思う風景があれば外人観光客丸出しで写真撮るさ。
すると突然そこにいたオッサンが「撮って!撮って!撮って!」と寄ってきた。

な、ナンですかアナタ。
手に新聞のカケラ?を貼り重ねたようなもの持ってるけど、新聞売りなのか?
インド人街だからか、顔立ちもインド風のおっちゃんだ。
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手に持った新聞?を指して「コレも一緒に写してくれ」って言ってたから、政治運動でもしてたのか?
撮ってモニターを見せると大喜び。で、握手して別れた。現地の人とのちょっとした触れ合いってやつ。
ヤンゴンはこの触れ合いがやけに多いから楽しい。
 
だがしかし・・・この後の展開はもう予想がつくよね?(笑)
何せ「再会する町・ヤンゴン」だから、このオッサンともこれっきりではなかったのだ。
しばらくブラブラしてたらまた「撮って!撮って!撮って!」と同じオジサンが寄って来た。
うわぁそうか、さっきと同じトコをまた通ってたんだ、オレ。

何で二度も写真に撮ってもらいたがるのかよくわからない。
撮った時は気がつかなかったけど、写真見るとさっきとは手に持つ新聞の紙面が違ってるね。
何やってる人なんだ?
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話はまだ終わらない。ホテルに戻ろうとして歩いてるとまた「撮って!撮って!撮って!」の声。
うわああまたさっきのオジサンだ。「再会する町・ヤンゴン」で、再会するたびに
写真を撮ってもらいたがるナゾのおじさん。その職業は永久にナゾだ。
 
いやそれにしても・・だよ。
ガイジンに写真を撮ってもらったとしてだよ?そのガイジンがまた自分の前を通りかかった時に
手を振って挨拶する・・程度ならイ課長もわかる。しかしそのたびに写真を撮ってほしがる
その熱意はどこから湧いてくるのだ。エネルギー消費量の多そうな生き様だ。
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外国人が少ない中での外国人。しかも巨大。イ課長ガワに目立つ要因は確かにある。
しかしそれだけではあるまい。ヤンゴンの再会パワーや電波パワーの背景には、明らかに
ミャンマー人ガワにも要因がある。それが何かと言われたら「異邦人に対するフレンドリーさ」
という言葉以外には思いつかないのだ。

ヤンゴンだけでなくミャンマーの他の町でもそういう感じをうけたことは多かった。
「あ、ガイジンだ」と思うと興味シンシン、視線が合えばニッコリ。イ課長が何か困ってそうに
見えたらどんどん話しかけ、教えようあげようとするその姿勢。要するに外国人に対する
仲良し&親切&好奇心オーラがやけに強いわけよ、ミャンマーの人は。対日感情の良さという要因が
そこに加わってたかどうかまではわからないが。

イ課長が知る範囲ではミャンマーを旅した人の多くが「ミャンマーすげー良かった」と言う。
見るものといえば仏教関連施設くらいしかないミャンマーをほめる人の多くが「とにかく
ミャンマーの人たちが良かったんだよ」と、特に人をほめる。それはイ課長もまったく同感で、
ヤンゴン滞在があんなにミョーに楽しかったのはヤンゴンの人たちのおかげ。

「ヤンゴンは実に不思議な町だった」シリーズを5つ書いたわけだけど、この5つのできごと、
例の兄ちゃんとの3・4度めの再会以外は全て「はじめてのおさんぽ」で発生したことばかり。
予定より相当長くなった散歩を終えてホテルに戻ってきた頃には「今回の旅はなんだかやけに
面白くなりそうだぜ」っていう嬉しい予感がイ課長の中に形成されていたのである。

 

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by tohoiwanya | 2017-10-23 00:11 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 10月 20日

ヤンゴンは実に不思議な町だった4

さぁミャンマーの話に戻ろう。

ミャンマーでは女性の剃髪出家者(現地語ではティラシンというらしい)を見かける。
特にヤンゴンではものすごくよく見かけた。必ずピンクの僧衣をまとって托鉢して歩いてる。
平均年齢層は非常に若くて、コドモの女子僧も多い。
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仏教圏では女性の僧、尼僧というのは少なくない。日本にだっている。
でもヤンゴンに着いて最初の散歩で小さな女の子が頭丸めてゾロゾロ歩いてるのを見れば
やっぱ最初はちょっと驚く。日本じゃ小中学生の女子僧なんてまず見ないからねぇ。

大人の女性出家者に連れられて、お経の文句?を唄いながら行列して歩いてたりする。
かと思うと2~3人くらいの小グループでも托鉢。イ課長が昼飯食ってた屋台のカレー屋にも
小さな女子僧がオドオドっ・・とした感じで来てた。するとお店の人が少額紙幣をあげるわけ。
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若年女子出家者が多いのはミャンマーの特徴なのかもしれない。調べたところではこの女子僧たち、
守らなきゃいけない戒律の数は男性僧侶よりぐっと少ないそうで、男性僧侶のための料理みたいな
世俗的サポートもするし、お金を扱うこともできる(男性僧侶が金に触れるのは禁忌らしい)。 
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となると、ラオスの少年僧と同じような想像が湧いてくる。
ミャンマーにだって貧しくて娘を学校に行かせられない家はあるだろう。そういう親にとって
娘を出家させるのは衣食住と教育(普通の学校教育とはちょっと違うだろうが)を得る
保証という側面があるのかもしれない。
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でも、こういう小さな女の子の出家姿って、けなげでかわいいよね。
「まだホトケのことよくわかんないけど、一生懸命やってます」って感じにみえて
応援したくなる。しっかり勉強して立派なオトナになるんだよ。
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例のボージョー・アウンサンマーケットで二度目の日本語会話を終えて出てきた時のこと。
歩道橋を渡ろうとして階段をのぼったら灰皿があった。一服すっかと思ってタバコを吸い始めたら、
向こうから女子僧のグループが歩道橋をわたってきた。タバコ吸いながらぼんやり見てると
その中の一人の女の子がイ課長を珍しそう〜に何度もチラチラ見る。

「あのコ、ガイジンに興味シンシンなんだな」と思ってイ課長もその子を見る。
向こうは向こうで「あのガイジンさん、アタシのこと見てる」と思って、イ課長を見て笑う。

ヤンゴンにおける典型的な「トモダチ電波相互発信状態」といえる。
お互いに視線を合わせ、クスクス笑顔を交わし、その子はイ課長の前を通り過ぎていった。

しかしそこは「再会する町・ヤンゴン」。例によって話は続きがある。
まだタバコを吸い終わらないうちに、なぜかそのコだけが早足で戻ってきた。忘れ物でもした?
当然、彼女は一人でイ課長の前を再び通ることになる。

こっちに気づいて「あ、さっきのガイジンさん」って感じでキャハッと笑う顔がとてもかわいい。
こっちも「あ、あのコまた来た」と思って笑う。日本製巨大ロボットとミャンマー女子僧の間に
通いあうトモダチ電波。せっかく電波をトバしあった仲だ。この際記念写真を撮るか。
そのコのあとを追い、階段を下りたところで「一緒に写真撮らない?」と誘った。
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写真じゃキョトンとした顔でカメラ見てるけど、「ほらこんな風に撮れた」ってモニター見せると
またキャハッと声をあげて笑う。そういう笑顔が本当にかわいい。
  
「チェーズーティンバーデー(ありがとう)」と御礼を言って別れた。
別れた後もまたこっちを振り返り、バイバイッと元気に手を振ってイ課長に挨拶してくれる。
いやーーほんとイイ子だなー。日本でいえば小学校3~4年生くらいだろうか。
ガイジンに興味シンシンの、知的好奇心にあふれた子なんだろう。

「電波が行き交う町・ヤンゴン」、そして「再会する町・ヤンゴン」ならではの、
かわいいミャンマー女子出家者とのツーショット。すでに一度ご覧に入れたけど、
ミャンマーで撮った人物写真の中でもこれはイ課長お気に入りの一枚なのである。

年齢的にあの子がスマホを持ってるとは思えなかったので、メアド等は聞かなかった。
この写真を彼女に送ってあげられないのが残念だよ・・。

 

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by tohoiwanya | 2017-10-20 00:09 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)