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2012年 04月 05日

イ課長が驚いたニュース

本日もちょっと「緊急企画」なのだ。
いや、ビール・オンザロックの話ではなくて…もうちょっとマジメな話(笑)。

イ課長はこれまで海外出張に行った話をこのブログで散々書き散らしてきたけど、
現地で何という会社に行き、どんな話をしたのか、なんて話はまず書かない。
仕事の話なんてつまらないに決まってるわけだから、書いてもしょうがないわけだ。

だが過去に一度だけ、訪問先企業のことを書いたことがある。
2008年のドイツ出張のとき、ドイツのQ-Cells(キューセルズ)って太陽電池メーカーに
行ったって話だ。

Q-Cellsって会社、設立して10年くらいでアッという間に信じられないくらい急成長し、
イ課長訪問の前年には日本のシャープを抜いて太陽電池生産シェア世界No.1に躍進した。
だからイ課長が行った時はまさに世界中の注目を集めていた企業だったんだよね。
それくらい(業界では)有名な企業に行ったって話を、珍しくこのブログに書いたわけだ。

2008年9月にイ課長が訪問した時は、Q-Cellsはまさに世界一の太陽電池メーカーとして
自信満々だったし、「ドイツに行ってQ-Cellsの担当者に会った」っていうだけで、
モットモらしい出張をしてきたんだぞって顔をしていられたもんだったよ(笑)。
 
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その後、ご存知のように太陽電池マーケットは世界的に拡大し、新興メーカーも続々登場、
Q-Cellsも世界シェアトップの座を中国メーカーに譲って3位くらいになったって話は
知っていた。


知っていたのだが…





そのQ-Cellsが、先日経営破綻した



このニュースにはさすがにショックをうけた。えええ?!まさかあのQ-Cellsが…と思ったさ。

Q-Cellsが立地する場所は旧東ドイツの化学工業地帯だったところ。深刻な公害問題で
ほとんど「一度死んだ街」だったんだけど、そこに連邦政府や州政府のキモ入りで
Q-Cellsが工場を建て、雇用創出と地域再生を果たすと共に、世界の太陽電池ビジネスを
リードする…という予定だったはずなのだが…。

今にして思えば、イ課長がQ-Cellsを訪問した2008年9月は、まさにあの会社にとって
絶頂期だったといえる。あの出張中にリーマン・ショックが発生したわけで、
その後は世界景気の低迷、さらに中国等の新興国メーカーとの価格競争…

栄枯盛衰は世の常とはいえ、イ課長が訪問したQ-Cellsの絶頂期から経営破綻まで、
たった3年半しかかからなかったってことだよなぁ…いやぁ…まさかこんなことに…。
この短期間でこの落差は激しすぎるってもんだ。

何せ行ったことがある会社だけに、いろいろ考えちゃう。
忙しい中、イ課長の面談依頼に親切に対応してくれて、屋上で写真まで撮らせてくれた
ディートリッヒさんはどうしてるんだろうか?そしてあのWolfenの街は…?
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とにかくスゴい街だったよ、あのWolfenって街は。
荒涼たる土地のあちこちにドス黒い廃墟みたいなビルだの倉庫だのが残ってた。
ある意味、非常に思い出深い訪問だったことは確かで、イ課長はあの街のことを、そして
あの駅のことをこのブログの初期に一度書き、その後もう一度書いた
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「この街もずっとサビレてたけどねぇ、Q-Cellsのおかげで客が増えたよ」って
タクシーの運転手さんは話してくれたもんだったが…。

サビレ果てた「公害の街」から再生の光が見えたはずだったのに、それもかなわぬまま
Wolfenの街はさらに荒廃し、文字通り「廃市」になっちゃうんだろうか…。
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Q-Cells経営破綻のニュースにさすがに驚いたので、
本日はこんな思い出話を書いてみました。



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by tohoiwanya | 2012-04-05 22:42 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(4)
2009年 08月 10日

ペルガモン美術館

パリのペルガモン美術館?そんなのあったっけ?
…と思ったアナタ。アナタは正しい(笑)。

ペリガモン美術館はベルリンにある。
さよう、今日はトツジョとして2008.09ドイツ出張ネタなのである。

何でまた急に?  理由は二つある。

5月のパリ旅行記はまだまだ続く。書いてないネタはワンサとある。
大体、肝心のシェルブール訪問記すらまだ書いてないではないか(笑)。
この調子だとパリ旅行記はまだまだ続く。読む方も飽きるだろうからタマには気分を変えて、
別の国のことでも…というのが理由その1。

理由その2は今年の海外出張がいよいよ現実味を帯びて迫ってきたからだ。
イ課長は今年も90%の確率で海外出張がある。
イ課長は今年、75%の確率で海外出張がふたつある。
出張準備期間や「年末は避ける」っていう条件を考え合わせると、もう必然的に
海外出張その1は10月、その2は11月ということにならざるを得ない。

パリ旅行記を書き尽くさないうちに10月の海外出張…ということが十分あり得る。
そんなー、去年の出張ネタだってまだ書き尽くしたとは言えないのに。
…というわけで、せめて去年の出張ネタは書き尽くしてしまおうと思ったわけ。

さて、そういうわけで、ベルリンのペルガモン美術館だ。
この美術館は世界遺産にもなってるベルリンの博物館島にある。
ネフェルティティを見たアルテス・ミュージアムの裏にあるんだけど、
このペルガモン美術館、あるガイドブックに「博物館島で1つしか見る時間がなかったら
迷わずココを見るべし!」と書かれていたくらいの立派な博物館なのだ。

陳列品は主に古代ギリシャとか中近東とかの美術品やな。
イ課長の得意分野とは言い難い(笑)。しかし「迷わずココを見れ!」と書いてあった
くらいだからとりあえず見に行ったわけだ。

ココの何がスゴいって、その陳列物のスケールの大きさだ。
こんな感じで彫刻だけじゃなく建物そのものも持ってきちゃってる。
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しかしこういうのって何だかなー…。以前に大英博物館を見た時も思ったけど、
こういうのを見るとイ課長は「盗品陳列所」という言葉が必ず浮かんでくる。
しかも首飾りや彫刻をカッパラッてくるっていうレベルじゃないもんな。
すごい労力と時間とカネをかけて建物ごとカッパラッてくるというその執念には
毎度のことながら呆れる。

この博物館の最大の呼び物はコレだ。
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コレは…たぶんギリシャだかドッカにあった古代の神殿みたいなモンなんだろうな。
このミニチュア展示だけなら別にドウってことはない。
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しかし、それがこうしてドカーンと実物展示されるとさすがにスゴい。
コレが元はドコにあったものかよく知らない。しかしコレだけのものを元あった場所から
解体して船に積んでわざわざドイツまで運んでこようと思うかね?

まぁもちろん、一応は正当な手続きを踏んで持ってきたんだろうから(ここまでデカいと
ちょっとクスネるというわけにはいかない)盗掘と言ってはいけないんだろうが。

何だかなー…まぁいいけどさ。
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ペルガモン美術館にはこんな耳をポリポリ掻いてる犬の彫刻もある。
イ課長としてはコッチの方が好きだな。
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博物館島にはベルリンの山手線みたいなのが通ってて、ちょうどペルガモン美術館の
裏が線路になってる。線路側の展示室に行くと時々電車の音がガタガタ聞こえる。
このカラカラ帝の彫刻も、まさか自分が線路ワキの展示室に置かれるとは思わなかっただろうなぁ…。



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by tohoiwanya | 2009-08-10 01:51 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(0)
2009年 02月 23日

仕事のハナシ

現在、イ課長は疲れてます。
去年、海外出張を3回も強要されたシワヨセがいよいよ最高潮です。
3月末までこの最高潮は続くのです。

先々週までは「去年の10月出張」仕事の報告書作成。
先週からは突如アタマを切り替えて「去年の9月出張」仕事の報告書作成中。
これを来週いっぱい、つまり2月末までにやらないと…。
え?3月?3月は「去年の11月出張」の報告書作成が待ってんだよッ!


オカラのようなイ課長の脳は昨年9月出張の記憶復元のために疲労困憊ざます。
もうアタマきたから仕事の話を書いちゃうぞイ課長は。

昨年の9月のドイツ出張っていうのは太陽電池に関する仕事だった。
フランクフルトもベルリンもハンブルクも太陽電池のために行ったわけ。
飾り窓を見学するために行ったのではないのである(笑)。

さてだ。
世界で最も生産量の多い太陽電池メーカーがどこだか知ってる?

つい数年前までは日本のシャープがダントツだった。
だが、今はドイツにあるQ-Cells(キューセルズ)という聞いたこともない会社が
世界No.1の座を占めているのである(シャープがまた抜き返す可能性はあるが)。

Q-Cells訪問は9月出張の中でも重要な課題だった。
世界No.1メーカーに行くか行かないかで報告書のモットモらしさは大違いだもんね。
イ課長の的確な判断と有能な通訳さんの尽力と、単なる幸運とが重なって訪問アポがとれた。

Q-Cellsには、イ課長ブログの一番最初の記事に書いた、旧東独地区のヤバい駅から
タクシーに乗って行った。車窓風景としては原っぱと廃墟が多かったな(笑)。
ただ社屋や工場は新築ピカピカ。Q-Cellsをはじめとする太陽電池産業は、いまや
旧東独地区の雇用創出の柱。工場建設費用の4割が公的補助っていうんだからすごい。

Q-Cellsの広報担当ディートリッヒさんは、忙しいにもかかわらず親切に対応してくれた。
「Q.」っていうロゴを太陽電池で作った壁面を写真撮っていいかって最後に聞いたら、
「ここがよく撮れますよ」ってわざわざエレベーターで屋上に案内してくれたっけ。
  
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Q-Cellsなんて、5~6年前は誰も知らない会社だったのに今や世界No.1企業。
その秘密はドイツ政府が太陽電池の需要を“強制的に”広げるためにとったスゴい政策
なんだよね。それはフィードイン・タリフっていう制度で、どういう制度か簡単に説明
するとだね…  ああ…   報告書…    かかなきゃ… 。

 

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by tohoiwanya | 2009-02-23 00:31 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(0)
2008年 10月 10日

レンガゴシック

あーあーあー… あさってからイ課長はまたドイツ出張です。

前回の出張に関して、もっといろいろ書きたいコトはあるんだけど
それを消化しきる前にまた新たな出張ネタがたまることになるのか…。
海外出張ネタ便秘状態(笑)。ま、だからこそこのブログを作ったわけだが。

まぁいい。とりあえず今日のところは9月出張のときのネタを粛々と
書こうではないか。前に触れた、リューベックのレンガ造りゴシック教会特集。

リューベックのレンガゴシック教会の最高峰といえばこのマリエン教会。
ドイツで三番目に大きいだったか、三番目に天井が高いだったか、とにかく
そういう立派な教会(笑)。レンガだけど形式としては典型的ゴシック教会だ。
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内部も全部レンガで作ってあるんだろうけど、天井なんかはおそらく漆喰を塗って
そこに華麗な装飾画が書かれてる。レンガの質朴な感じが強いのかと思ってたら
意外なほどデコラティヴだ。これは身廊の天井。
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ゴシック教会は石でできた針葉樹林である…って何かに書いてあったけど、
こうしてみるとホントにレンガでできた森みたいだ。素晴らしいねぇ。ちなみに、この
パイプオルガンは欧州屈指の名器で、バッハも昔ここに聞きにきたんだって。
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しかしイ課長が最も衝撃を受けたのはコレだよ。
この教会、よーく見るとホレ、柱がグニャッとタワんでるのがわかるでしょ?
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この柱だけじゃないんだよ。けっこうあちこちでタワんでるもんだから驚いた。
どうしてこんなコトになったんだ?ワザとそうする必要があったのか??

あるいはレンガ職人が下からレンガを積んでいく途中で自然に少し曲がった…とか?
それとも、最初まっすぐだったんだけど、ホルステン門みたいに地盤のせいで
タワんだ…?いや、建物全体が傾いてるっていうならそれで説明がつくけど、
こういう風に柱がグニャッとなる理由にはならんよなぁ。ナニにせよびっくりした。

レンガって、石に比べるとたぶん建材としては多少軽いはずだけど
マリエン教会くらい天井を高くするとやっぱ「横に広がろうとする力」が働くんだな。
石造ゴシック教会と同じように、こうやってフライング・バットレスが壁を支えてる。
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こっちはペトリ教会(…だったかな?)。
これもたぶんレンガなんだろけど、白いからパッと見には石のように見える。
ちょうどナナメから日が差し込んでキレイだったなぁ…。
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神の光が汝を照らす。悔い改めよ。

だが、ペトリ教会では「写真を撮る」と「トイレを借りる」以外のことは
何もしてこなかったバチ当たりのイ課長なのであった。
 
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by tohoiwanya | 2008-10-10 10:32 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(0)
2008年 10月 09日

ベルリンという街-その3-

ハナシは突然ベルリンに戻る。
別に日程順・時系列に書いてるわけじゃないし、いいのいいの。

東西分裂してたってこと自体、まさに第二次大戦→冷戦ゆえなんだけど、
統合した今でもベルリンには何とな~く、ソコハカとなく「第二次大戦のニホヒ」が
残ってるように思う。広島なんかとちょっと似てるのかなぁ?

これは街の中心にあるカイザー・ヴィルヘルム教会。
大戦でブッ壊れたのをそのまま残して、脇に新しい教会を作ったわけ。
イ課長が小学生のとき、当時のジャポニカ百科事典のベルリンの記述のトコに
この写真が載ってて、非常に印象に残ったもんだ。
イ課長にとって「ベルリン」という街の最初のイメージがここだったと言える。
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ちなみに、隣の新しい方の教会は現代的な建築。
青いステンドグラスの中に浮かぶ金のキリスト像がキレイなんでびっくり。
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これはブランデンブルグ門の近くにある「ユダヤ人慰霊碑」。
ドイツ人はベルリンの真ん中にこういうの作っちゃう。
墓標のような黒く四角いキューブが並んでて非常に象徴的なデザインだわな。
中に踏みこむと迷路みたいな感じだった。
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これなんてスゴいだろー?今でも爆撃でボコボコにされたままの荒涼たる風景が
こうして保存されてる…というのはウソで、ここはたぶん何かの建設現場(笑)。
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まぁこれが他の街なら、これ見て爆撃の後だなんて思うことはないだろうけど
ベルリンだと、「ひょっとして…?」と思いたくなるムードがあるんだよ、何となく。
半世紀前の戦争のニホヒ。それが街のところどころに、かすかに、ニホッてる。


ベルリンはなかなか底の深そうな、知れば知るほど面白そうな街だったよ、実に。
 
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by tohoiwanya | 2008-10-09 15:36 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(0)
2008年 10月 07日

リューベックという街

出張最後の半日観光はリューベックに行った。

「ハンザの女王」と言われた街・リューベック。
旧市街全体が世界遺産に指定されてるリューベック。
ドイツ文学ファンならリューベックと言えばトーマス・マンの生地。
イ課長にとってはトーマス・マンよりどくとるマンボウ北杜夫が半世紀前に
胸ときめかせて訪れた街についに自分も来たか…と思っちゃうリューベック。

街のシンボル・ホルステン門どかーん。天気いいねー。
ちなみに、このホルステン門は昔、まだユーロじゃなくてマルクだった頃は
50マルク札の図柄になってたんだってね。リューベックは海に近くて地盤が
ユルいために建設当時から傾いちゃったことでも知られる巨大門だ。
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トーマス・マンの生家で「ブッデンブローク家の人々」のモデルにもなった家がこれ。
ドイツ文学ファンなら失禁ものだろうけど、イ課長はまぁサラリと…(笑)。
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リューベックの名物といえばニーダーエッガーのマルチパン(マジパン)。
普通のチョコ菓子よりちょいとクセのある大人の味だけど、会社で配布したら
非常に好評であった。ニーダーエッガーは店の中もオトギの国チック。
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ニーダーエッガーの店の近くの路上にいた「カボチャ売りの少年」。
なぜ彼がここでこういうビジネスを営んでいるのか、まったく不明なんだけど、
けっこう売れてた。かわいい少年だからオバサン客に人気がありそうだ。
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この街はレンガ造りの建築物に見るべきものが多い。
ホルステン門自体も重厚なレンガ造りだけど、この市庁舎も有名でよく写真に出てる。
華麗な黒いレンガ壁面が素晴らしい。
  
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今や「マイルドな教会建築オタク」となりつつあるイ課長がリューベックで最も
見たかったのは一連の「レンガ作りのゴシック教会」で、もちろんそれは見た。
それについてはまた後日特集を組むのである。
 
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by tohoiwanya | 2008-10-07 06:01 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(0)
2008年 10月 06日

イ課長ミシュラン・ホテル評価

ホテルに泊まるとつい室内の写真を1枚残しておく、というクセがある。
後で見て「ああ、こういう部屋だったっけ、懐かしい〜」と思えるってのもあるが
こうしてブログのネタにもなるんだということを知ったイ課長であった。

まぁどうせイ課長が出張先で泊まるホテルなんてロクなとこじゃない。
さすがに「トイレ・シャワー共同」なんてトコは避けるけど、風呂はバスタブなしで
シャワーだけ、なんて例は多い。

今回はフランクフルト・ベルリン・ハンブルクと3つのホテルに2泊ずつした。
値段としてはフランクフルト>ハンブルク>ベルリンの順番だったけど
実際のホテルクォリティはその通りでは全然なかった。

というわけで、イ課長版のホテルミシュラン。宿泊順にいってみよう。


①フランクフルトのAtlantic Hotel
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ここはねぇ、やめときな。お勧めしない。
中央駅から近いっていうのだけが取り柄で、部屋はけっこう古いしけっこう狭い。
ビュッフェ式朝食はカリカリベーコンとかスクランブルドエッグとか、暖かい料理も
多少はあってまぁまぁだったけど、全体としては「何だかなぁ…」ってホテルだった。

これで料金が、たとえば80ユーロくらいであればそれでも評価はグッとあがる。
しかしイ課長が行ったとき、フランクフルトはモーターショーらしくて、ホテルはどこも
超高値。ここも一泊235ユーロなんて大フッカケ料金で実にけしからん。

おまけに「宿泊70日以内のキャンセルは宿泊費の80%いただきます」なんていう
ヒドい規定。日程変更のために3泊→2泊に変えざるを得なかったイ課長は
すごい額のキャンセル料金を請求された…
…はずだったんだけど、どうも向こうが忘れてたみたい(笑)。

それでも高い。このグレードのホテルで235ユーロなんてありえん。
安けりゃイイけど、高い料金払ったイ課長としては実に不満タラタラのホテルだ。


②ベルリンのExcelsior Hotel
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ここはイイ。お勧め。

新しい中央駅ができるまでの、事実上の中央駅だったツォー駅からも近いし、
設備もいい。朝食混み84ユーロでダブルの部屋でバスタブもあるっていうなら
まぁ文句はない。ネット接続も無線・有線両方できるしね(ただし両方とも有料)。

ホテルのグレードは「他に日本人客を見かけるかどうか」も一つの指標になるな。
フランクフルト・ハンブルクじゃ全く見かけなかった日本人客が、このホテルには
けっこういて、朝食ビュッフェでも出張族らしいのが相当いた。

またベルリンに行くことがあったらまた利用したいとイ課長は思う。良いホテル。


③ハンブルクのEden Hotel Hamburg
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良くないホテル。今度ハンブルクに行ってもココはよそうと思う。
写真じゃわかんないだろうけど、バスルームなんかもショボくてさぁ…。
もちろんバスタブなしのシャワーだけ。

まぁ例によって駅からは近い。空港行きバス乗り場も極めて近い。
利便性はいいけど、それだけじゃなぁ…ホテルの周りの雰囲気もさほど良くない。
イ課長は歩道にたたずむ、太ったおばさんから「ハロ〜」なんて声かけられたけど
あれ、ひょっとして売春婦かな?まぁ要するにそういう感じの立地なのだ(笑)。

朝食も暖かい料理全くナシでパン、ハム、チーズ類中心。
まぁコンチネンタルブレックファストならこんなもんなんだろうとは思うけど…。
もちろん、部屋でネットなんて全然できないし。

それでも一泊89ユーロ。ベルリンのホテルより高い。信じられん。
やめといた方がいいと思うなー、エデンホテルは。
 
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by tohoiwanya | 2008-10-06 05:53 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(0)
2008年 10月 05日

海外床屋フェチ

相変わらず「夜中の起き癖」が改善されない。
イ課長ブログが更新されることはイ課長の不健康の証しなのである(笑)。

さて、知ってる人は知ってる通り、イ課長はかなり重度の「海外床屋フェチ」だ。
9月の出張でも当然、ドイツのどこかで散髪しようと思ってた。

出張スケジュールから考えて、最初の3日間はとても散髪のヒマはない。
木曜のベルリンか、金曜のハンブルクあたりが散髪チャンスだろう。
どっちもイ課長が初めて行く街。どっちで刈ってもいいなぁ、と思ってた。

結果的にはベルリンの床屋に行った。
ドイツの床屋って、例の赤青白クルクルを掲げるトコはほとんどなくて、
床屋を見つけること自体がけっこう難しい。たぶん床屋は視界に入っては
いるんだろうけど、床屋と思えないような店構えなんだよな。

これがベルリンで行った床屋の写真。
店頭にはシャンプーなんかが陳列されてるから、外から何気なしに見てると
化粧品屋さんか何かと思って通り過ぎちゃうに決まってるよ。
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この時はベルリン中央駅の交番にわざわざ「この駅に床屋はないか?」と聞いて
上の階の奥にあると教えてもらったのだ。もし教えてもらってなかったら、
イ課長がこの店を床屋として発見できた可能性はゼロに等しい。

散髪自体は極めて順調に終わった。
ドイツなんだけど、床屋のニイちゃんは謎の国籍としか言いようのないルックスで
(イ課長はマレーシア人かな?と思った)、お互いに下手っぴな英語で意思疎通して
刈ってもらい、最後は鏡を見て「ココんとこ、もうちょっと短く」とか何とか注文して
その通りにしてもらった。拍子抜けするくらい危なげのない散髪であった。

たしか2500円くらいじゃなかったかなぁ?値段的にはこんなもんだと思うけど、
ヨーロッパの床屋はだいたい刈った後の洗髪をしてくれないから、その後に
ハンブルクのホテルでシャワー浴びるまで髪クズが気になった。

順調に散髪を済ませて、さてハンブルク行き特急が出るホームに行ってiPodでも
聞いてようか…しかしベルリン、今日はやけに寒いよなー…。

ハッ!しまった!コートをあの床屋に忘れてきてしまった!!
荷物をゴロゴロ引きずりながら慌てて床屋に戻る。
「コート忘れちゃった、ゴメンゴメン」って言ってハンガーにかかったコートをとる。

こうしてマレーシア人?の床屋兄ちゃんと日本人のヒゲおやじはベルリン中央駅の
床屋店頭でこの日二度目の、そしてたぶん最後の別れの挨拶を交わしたのであった。
 
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by tohoiwanya | 2008-10-05 06:00 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(0)
2008年 10月 02日

ハンブルクという街

ハンブルク。

メンデルスゾーンやブラームスの出身地、ハンブルク。

イ課長は「ハンブルグ」って書いてたけど、ドイツ語的には最後の「ク」は
ニゴらないのが正しいらしい、ハンブルク。

地図で見るとわかるけど、ハンブルクって町は実は海ベリにはない。
実際は「河川港」なのだ。ただ、面してるエルベ川がスサマジく川幅が広いから、
内陸なのに世界でも有数の巨大港町になっちまった、ハンブルク。

これらのコトを今回初めて知ったイ課長。もちろん生まれて初めて行く。
欧州情緒タップリって感じの街で、なかなか気に入ったよイ課長は。

この街の中心には大小二つの人造湖があって、噴水がある。
噴水にかかる虹がイ課長を歓迎してくれたのである。
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これは街の中心の市庁舎。この周辺がハンブルクでも一番にぎやかなエリアだな。
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港の方にはレンガ造りの倉庫街がある。ここがまた風情あるんだよなー。
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歓楽街レーパーバーンは港に近い。昼間はこんな感じの清楚?なたたずまい。
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でもよく見るとこういうおヒンのない商品が陳列されているのである(笑)。
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このレーパーバーン。
夜ともなるとそこらじゅうに夜の姫君やポン引きや麻薬の売人がうごめき
酒場では荒くれ船乗りたちのケンカが日常茶飯事…てなことは(たぶん)なくて
歓楽街の一角にはオペレッタ劇場もあって、それなりにフォーマルなお姿の
紳士・淑女たちも集まる。実はイ課長も金曜の夜にはその劇場に足を運んだのだ。

昼間は飾り窓を見学し、夜は観劇。
イ課長がハンブルク滞在中に一番よく行ったところは結局
「世界で最も罪深い1マイル」、大歓楽街レーパーバーンだったのである(笑)。
 
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by tohoiwanya | 2008-10-02 03:23 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(0)
2008年 10月 01日

イイ人たち

イ課長ブログがどんどん真夜中に更新されている理由は
実はイ課長自身の時差ボケが全然治っていないことも影響しているのである。

さてだ。

ドイツ人というのは基本的に対日感情が割とイイ国民として知られている。
両方とも勤勉な国民性、第二次大戦じゃお互いに負けたけど、その後はむしろ
イタリアやフランスみたいなラテンのパプー野郎どもと違って(笑)、日本の方が
産業技術といった面では重要なライバルでありパートナーであるっていう意識は
ドイツ産業界の間にはけっこう強くて、それは日本人の一人として率直にウレチイ。

それに、純粋に「遠路はるばるようこそ」っていう意識も加わって、
出張先で訪問したドイツ企業も大体はイ課長のことを非常に歓迎してくれた。

16日の火曜日に、フランクフルトから電車で1時間半くらい揺られた先にある、
小都市の中堅企業に行った。ここはそもそも訪問のアポイントを打診した時点から
「わざわざ当社に興味を持ち、訪問を希望してくれて大変光栄である」ってう感じで
非常に好意的だったのだ。

この小都市は全然有名じゃないけど、「地球の歩き方」には一応小さく紹介されてて
まぁ要するに「やや田舎の、中世の香りを残すチャーミングな街」って感じのトコだ。
特にドイツ最古とされる木造の市庁舎は地元の人にとっては大変な自慢。

日本でいえば…そうだなー…小江戸と言われるほどの古い町並みがとっても自慢の
埼玉県川越市の地元企業を訪問した、といった感じだろうか。

会社は市街地からはちょっと離れたところにある。
駅に列車が着く時間に合わせて先方の会社の重役がわざわざ車で出迎えに
きてくれて、会社まで送り迎えしてくれる。大変な歓待だ。

応接室で話をしている間も「時間がなくて残念だ。中世の面影を残す旧市街を
ぜひ見ていって欲しいのに」とさんざん言われる。
この日は仕事のあと乗るべき電車、乗るべきヒコウキが決まっていたから
イ課長たちにはあんまり時間がなかったのだ。

1時間半くらいかな、応接室で通訳を交えていろいろ話をした。

「お話が済んだようでしたら、車で駅までお送りする前に旧市街の市庁舎を
 ご案内しようと思うのですが…」  ああ、なんてイイ人たちなんだろう。
街の御自慢「ドイツ最古の木造市庁舎」をはるばる来た外国人であるイ課長に
見せてあげたくて仕方がないんだよ(笑)。どうしてこれを断れようか。

社長さんの父上(推定80歳)が自らハンドルを握って案内してくれる。
旧市街地に入ると「ここはコウ、ほら、アソコはこう」といろいろ教えてくれる。

そしていよいよ観光の目玉。ドイツ最古の木造市庁舎。

「写真をお撮りになりますか」と車を停めてくれる。完全に観光ガイド状態(笑)。
こうまでして頂いたら撮るしかない。車を降りて写真を撮る。

「アナタたちも一緒にお撮りしましょう」と言ってシャッターを押してくれる。
一体この街に何しに来たんだ、イ課長(笑)。
通訳さんと一緒に、ドイツ最古の木造市庁舎をバックにした写真がこれである。
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あーあー…イ課長の顔、バレバレです(笑)。

しかしこの街はホントに素敵な街だったよ。
冬のクリスマス市なんて、それはもう素晴らしくてドイツ各地から観光客が来るらしい。
何しろ、あのドレスナー・バンクですら木造のこんな建物の街なんだからね。
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そのまま車で駅まで送ってくれて、握手をして分かれたのであった。
今回のドイツ出張で、仕事で会った人たちはみんなイイ人たちだったけど、
その中でも底抜けに純朴なMichelstadtの人たちなのであった。
 
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by tohoiwanya | 2008-10-01 02:02 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(0)