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2009年 05月 30日

パリのホットサンドイッチ

おカタいゴシック聖堂の話ばっかり続けるのもナンだし、ということで、
小休止?としてパリで食った最初のメシのことを書こう。

成田の離陸が1時間遅れたために、ド・ゴール空港着も当然1時間遅れ。
ホテルにチェックインしたのはたぶん8時近かったんじゃなかったかなぁ。
機内ではウトウトした程度(これはいつもそう)で体内時計としちゃすでに真夜中3時すぎ。
さすがにクタクタでそれほど腹も減ってなかったけど、まぁ軽くサンドイッチでも買って、
部屋で缶ビールと一緒に食ってバッタリ寝ちまいたいぜ、って感じの気分だった。

幸い、缶ビール調達ではワシントンDCの時みたいに苦労することはなかった。
イ課長が泊まったのはオペラ座から地下鉄で2駅、歩いても行けるっていうくらいの場所で、
非常に繁華なところだった。カフェやレストラン、サンドイッチ屋、食料品店なんかが
ワサワサあったのは非常に助かった。
(まぁパリの場合、飲食店、特にカフェはどこ行っても大体ワサワサあるんだが)
これがホテル近くの通りで、時刻はたぶん9時近く。この時期のパリは暗くなるのがすっごく遅い。
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小さなスーパーみたいなトコで缶ビール、水、ポテトチップを買い、さらに
大衆食堂兼サンドイッチ屋みたいな小さな店でツナサンドイッチを買った。
…と思ったら、ははぁ〜、普通のサンドイッチと違ってパンが白いなぁと思ったんだけど、
これって注文したあと焼くんだな。ホットサンドイッチっつうわけだ。
巨大タイ焼き機みたいなのにサンドイッチをはさんでしばらく焼いてくれる。
それを待ってる間に客は会計を済ませとくっつう手順のようだ。
これはフランス風サンドイッチというよりは…ドコ風なんだろ?ギリシャかな?
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ホットサンドイッチがたしか3€前後、缶ビールは1本1.5€くらいだったはずだ。
1€=100円なら感覚的に「こんなもんだろ」って感じの値段だよね。
(実際のトコロは1€=135円くらいであるってのは腹立たしいが)

ホテルの部屋でホットサンドをワシワシと食い、缶ビールをゴブゴブと飲み、その後は
気絶するようにベッドに倒れ込んで寝た。

イ課長の「パリ最初の夜」はこうして優雅に過ぎていったのであった(笑)。

  
 

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by tohoiwanya | 2009-05-30 22:44 | 2009.05パリ旅行 | Comments(0)
2009年 05月 28日

パリ・ノートルダム大聖堂 -その1-

ノートル・ダムってフランス語では「我らの聖母」っていう意味らしい。
へーー… ってことは英語だったらさしずめ「アワ・マリア大聖堂」かい?

シャルトルとかアミアンとかにある大聖堂も基本的には全部「アワ・マリア大聖堂」
なんだけど、ノートルダムといえば通常はパリのシテ島にあるこの大聖堂のことを指す。
首都だからっていうのもあるけど、建築時期も主要ゴシック教会の中では早い方に属する。
ゴシック建築って、ある意味「パリ・ノートルダム大聖堂を規範にする」ことで発展したと
言ってもいい(…んだと思うヨ)。
イ課長が出張先で見たケルンやプラハの大聖堂なんかにとっちゃ超大先輩ってわけだ。
新宿の東京都庁の建物が明らかにパリのノートルダムをイメージしてるのも有名な話だよね。
しかしノートルダム大聖堂の前になぜテントなんて建てるかなー?フランス人のバカ!
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巨大ゴシック聖堂の中に足を踏み入れると、みんな大体最初にスルことは同じだ。
視線を正面からぐうーーーっと天井まで見上げて「うわー…」と思う(時には言う)。毎回そう。
有名なゴシック聖堂なんだから、天井が高いなんてことぁ入る前からわかってる。わかってるが、
中に入るとやっぱり最初は「うわー…」だ(笑)。この日はちょうど日曜のミサをやってたね。
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12世紀だか13世紀だか、この大聖堂が建てられた頃、初めてコレを見た中世の善男善女たちもまた
「うわー…」とやったに違いない。
さすがは天下のパリ・ノートルダム大聖堂。ゴシックの規範。
21世紀のイ課長もまたほげーっと口を開けて天井を飽かず眺める。高窓のステンドグラスも素晴らしいね。
 
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ゴシック教会って上から見ると基本は十字架の形をしてて、仮に巨大なキリスト様が
その屋根十字架に対して仰向けにハリツケになったとすると、正面入り口は必ずその
足の部分(つまり一番長いトコの端っこ)にあり、原則としてその入り口は西向きになる。
ってことはだ、左右の手の部分は必然的に南と北の方を向くわけだよな?

その南北に伸びる交差廊の先端にある二つのバラ窓は、華麗なことで有名だ。
バラ窓って、要するに丸いステンドグラスやな。ホントに絢爛豪華、まさに打ち上げ花火のようだ。
これが北(南だったかもしれない)のバラ窓。
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下が南(北だったかも…)のバラ窓だ。暗い聖堂内でズームを効かせると
手ブレ補正機能カメラといえどもシャープに撮るのはタイヘン(下のは少し手ブレしてるね)。
ちなみにこの数日後、イ課長は下のバラ窓をカラー印刷した黒のTシャツを自分用に買った(笑)。
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イ課長は初めて行くガイコクで、最初に一人で歩き回る時っていつも軽い緊張状態にある。
要するにまだその街とカラダとが馴染んでないんだよね。プラハでも、ブリュッセルでも、
初めて行く国ではドコでもそうだった。今回のフランスもそうだった。

しかし到着翌朝の最初にこのノートルダム大聖堂を観光して、してるうちに
何とな〜く、だんだん、少しずつ、落ち着いてきたよ。
少しずつパリがイ課長の身体の中にしみこんでくるのがわかった、とでも言えばいいか。

ノートルダム大聖堂シリーズはまだ続くんだよん。写真もふんだんにあるし(笑)。
  
  


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by tohoiwanya | 2009-05-28 03:10 | 2009.05パリ旅行 | Comments(0)
2009年 05月 26日

シテ島のなんでもない道たち

とりあえず最初はシテ島の話にしよう。

16日土曜の夜にホテルにチェックインしたイ課長は日曜の朝になって、ホテルの
簡素な朝食を食いながら「さて、今日はドコに行こっかな〜?」という思索にふけった。
ああー!出張じゃ考えられないこのノンビリ感!これを味わいたかったんだクヌヤロー!
(↑滞在初日朝からすでにややサクラン状態)

とりあえず「マイルドなゴシック教会建築オタク」として、ノートルダム寺院だけは
お参り?しておくべきであろうと思ったからメトロに乗ってシテ島に行った。
実はこのときは天気が良くなかったんだよね。雨は降るし。風も冷たかったなぁ。

シテ島といえばノートルダム寺院、サント・シャペル、コンシェルジェリーという3つが
定番観光スポットだけど、イ課長が見たかったのはノートルダム寺院だけ。
従ってあとの二つは行かなかった。今回のパリ旅行は「ルーブル美術館に行かなかった」に
代表されるように、有名ドコロでも興味が薄ければ無慈悲に観光対象からはずすというのが
大きな特徴だったのだ(笑)。

それよりシテ島でイ課長が見たかったのはノートルダムの裏の古い町並みなんだよね。
普通我々がイメージするパリの街並みって主に19世紀の都市改造で作られたもので、
意外に新しい。逆に言うとこの都市改造によって、それ以前のパリは相当失われたとも
いえるわけだ。

その中で、このシテ島の一角には「中世のかほりを残す」町並みが残っているらしい。
要するに“再開発”を免れたエリアっつうわけやな。雨に濡れながら散歩してみた。
おお、なんか風情のある路地がたくさんあるぞ。たちまち撮影意欲を刺激される。

これなんてメチャクチャいい感じの路地だった。
これが舗装道路じゃなく、石畳だったらたちまち「パリの素敵な路地大賞」にノミネート
したいところだ。このカーブの奥を覗いて見ずにはいられないでしょ?
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カーブの奥を覗きに行くとこれがまた…ちょうどノートルダム大聖堂の尖塔が見える路地が
ずーっと続いている。ううう…何て魅力的な路地なんだ。撮影枚数がどんどん増える。
デジカメじゃなく、フィルムカメラだったらと思うとゾッとするよ(笑)。
犬を散歩するオッサンが歩いてたところをちょうどイタダキ。
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これもシテ島の一角。石畳のウネウネした坂、向こうにはセーヌ川が流れてる。
うーむ…ここも「パリの素敵な路地大賞」有力候補かも。石畳だし。もっとも、パリにはこの程度の
路地は星の数ほどあるからイチイチ騒いでいられないんだけど、何せ到着翌日だから
内心でヒャアヒャア言いながら写真を撮るイ課長なのであった。
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え?肝心のノートルダム大聖堂はどうしたのかって?
もちろん、ジックリ見学しましたですよ。
後日、たーーーっぷりと写真つきで紹介します。たーーーっぷりと。
 


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by tohoiwanya | 2009-05-26 02:51 | 2009.05パリ旅行 | Comments(0)
2009年 05月 25日

パリにやられた

パリという街に対する思いのタケを書いた文章はヤマのようにあるけど、中でも
戦争写真家ロバート・キャパの名著「ちょっとピンぼけ」のパリ解放の朝の情景は
とりわけ感動的で忘れ難いものだ。



私はパリへ、私が飯を食うことを、酒を飲むことを、そして女を恋することを
始めて知ったあの美しい町、パリへ帰って行くのだった。
私のカメラのファインダーのなかの数千の顔、顔、顔はだんだんぼやけていって、
そのファインダーは私の涙で濡れ放題になった。
タンクは私が六年間を過ごした地区を抜け、ダンフェルロシュオール広場のベルフォールの
ライオンに近く、私の昔の家の前を過ぎていった。私のアパートの門番がハンカチを振っている。
私は進みゆくタンクの上から、彼女に声の限り叫んだ。
-------セ・モワ! 俺だよ! 俺だよ!
(文春文庫:川添浩史/井上清一訳)



いやしかしね、生まれて初めてパリに行って、キャパの気持ちは何となくわかった。
パリが持つ街としての魅力ないし誘惑性みたいなものって大したモンだよ。
以前に書いたように、イ課長にとってはニューヨークって特別な街なんだけど、
パリもまた同じような“引力”がある。

もし、イ課長が将来またパリに行くことがあれば、ニューヨーク出張の時のように
「ああ僕はまたパリと再会できたんだ!」と思うに違いない。そう、再訪ではなく
敢えて“再会”という言葉を使いたくなる街かもしれない、パリは。
その時はイ課長もキャパにならって、パリに向かって心の中で「セ・モワ!」と叫ぼう。

キャパの文章の中に書かれたダンフェルロシュロー広場のライオンの銅像って、いわゆる
セーヌ「左岸」の、やや南の方にある。わざわざそのために行ってみるほどの場所でもないけど(笑)、
木曜日の夕方にモンパルナス墓地を訪問した後、近くにあったメトロの駅がちょうど
ダンフェル・ロシュローだったんでぶらぶら歩いて行ってみた。
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…まぁ特にドウっていうことのない、パリのあちこちにありそうな広場だよね。
高級住宅街という感じじゃなくて、比較的庶民的なエリアっていう感じだった。
道が広いから、連合軍の戦車も通りやすかったんだろうなぁ…。

とにかくね、大した街ですよパリは。パリのどのエリアに行っても、それぞれ実に魅力的。
今回、イ課長はルーブルにもオルセーにも行かず、ベルサイユ宮殿にも行かなかった。
こういう人気スポットは観光客でメチャ混みって聞いたから避けたんだけど、今にして考えれば
せっかくパリにいながら「行列に並ぶことで時間を費やす」なんてヤダよ。

それほど魅力あふれる街だったと思うよ、パリは。
認めるのはシャクだが、やられたね、パリには。

イ課長ブログ、パリ旅行記書くことはたっぷりあるし、紹介する写真もタンマリある。
何しろ1週間で撮った写真が約800枚(笑)。

今日はその、ほんの皮切りということで、ロバート・キャパゆかりの
ダンフェル・ロシュロー広場のライオンのご紹介でした。
 
 

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by tohoiwanya | 2009-05-25 00:11 | 2009.05パリ旅行 | Comments(2)
2009年 05月 16日

行ってきまッス

昨年の3回の出張は全部ANAだった。

今日のパリ行きもANA。ヨーロッパ行きは大体11時台くらいに出る。

イ課長は、空港には「早めに着く」を常に心がけてる。特に成田は遠いし、
交通トラブルで乗り遅れなんてイヤだし、何より出発前の空港のあの雰囲気が
好きなので、3時間くらい前に到着するようにしてる。

すると、逆算すると今日みたいにバカッ早く起きて、リムジンバスに乗って
行くことになる。毎回こんな感じだ。

ANAの出る第一ターミナル南の中にどんな店があるかもある程度覚えた。
チェックインして荷物を預けて、身軽になったところでモールに行く。
何か必要なものがあればそこで買う。機中で読む本とかね。

そして、毎回必ず同じ店でラーメンを食う(笑)。
で、屋上に出てしばらく滑走路をながめながら、知り合いや家族に
電話したりメールしたりする。

いつもそんなパターン。
今日もそうなる予定です。


それでは、行ってきます。
無事に帰国できたら、23日土曜日の夜にフタタビお会いしましょう。
 



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by tohoiwanya | 2009-05-16 05:25 | 2009.05パリ旅行 | Comments(0)
2009年 05月 14日

なんでもない道たち

海外、特にヨーロッパに行くとなぜか路地とか狭い道とかの写真を撮ることが多い。
そういうの見ると「おおッ」と撮影意欲をたちまち刺激されちゃうらしいんだよな。

ワシントンDCやニューヨークみたいにキチンと整備された街区だと路地なんて
そもそも存在しないけど、中世から続くヨーロッパの街の旧市街なんかだと、道も
グニャグニャに入り組んでて、しかも石畳だったりする。これがイイんだわ。

たとえばこれ。雨に濡れたブリュッセルの石畳の道。
石畳の道っていうだけでも中世ヨーロッパ的な香りがただようけど、敷石と敷石の間に
緑のコケが生えまくってるっていうところがますますキブンだ。
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これはリューベックで見かけたなだらかな坂道。
石畳の感じといい、両側の建物といい、ANTIKの看板といい、実によろしい。
こういう何でもない、しかしやけに雰囲気のある道を見ると写真を撮らずにいられない。
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これはプラハ。
このカーブの向こうからパカポコ、パカポコ、とヒズメの音をたてて
2頭立ての馬車が出てきても全く違和感がない。さすがプラハ。
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真ん中の薄緑色した建物にはHOTELって書いてある。窓の数から推定して部屋数は
6室くらいしかなさそうな超プチホテルだ。あーー!泊まりたかった!!

下はアウクスブルクのフッゲライ
なんだか、このアーチの向こうの道を、フェルメールの絵みたいな17世紀頃の
衣装を着たおばさんたちがおしゃべりしながら通り抜けそうに思えちゃうぜ。
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…ま、もちろんそれはイ課長の見る幻想であって、実際にあたりにいるのは
イ課長を含めた観光客と、ネコくらいだったんだけどね(笑)。
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パリにも魅力的な路地風景はいっぱいあるに違いない。
あさっての土曜日にはもう出発。
うふ、うふふ…楽しみで、すでに仕事なんて手につかないイ課長なのである(笑)。

 

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by tohoiwanya | 2009-05-14 15:16 | 出張・旅行あれこれ | Comments(0)
2009年 05月 12日

外貨両替

去年の出張のときに使い残したユーロの現金が多少あるけど、あれだけじゃさすがに
足りないと思って、パリ旅行用にユーロキャッシュを少し作った。

ドルとかユーロだと、外貨両替も気楽でいいよね。
換金できる場所が都内に多いし、旅先で余っても「またいずれ使うだろ」ってことで
イチイチ円に戻さず、そのまま持ち帰って引き出しの中にしまっておけばいいし。

しかしマイナー通貨となるとそういうわけにはいかない。

1996年、イ課長が生まれて初めての海外出張に行ったときはアジア4カ国が訪問先で、
通貨もインドネシア・ルピアとか、フィリピン・ペソとか、ややマイナーなのが多かった(笑)。
当時は出発前に日本で両替すること自体がムリだった。現地で余った場合も
日本じゃ円に戻せないから、必ず現地で再両替しておく必要があった。

特に出発前にあらかじめ現地通貨を用意できないってのは面倒だったなぁ。
しょうがないから空港で両替するか、チェックイン直後にホテルとかで両替するしかない。

ただ、何時間も飛行機乗ってやっと到着して、くたびれて、重い荷物を抱えた状態で
空港の両替所に並ぶのってオックウなんだよねぇ。
プラハに行ったときも空港でチェコ・コルナに両替しなきゃいけなかったんだけど、
タッタ1カ所の両替所が閉まってて、店が開くまでひたすら待つハメになった。

96年の出張で最初にジャカルタ空港に着いた時もイ課長はインドネシア・ルピアを
1ルピアも持ってなかった。空港のどこかで両替しようと思ったわけだが…

到着ロビーはワケわかんない、アヤシゲな現地人たちでやたら混雑してた。
暑いし、荷物は重いし、コレ持って両替所探すのもメンドウだなぁ…と思ってた。
フと見るとイ課長の泊まるホテルの看板を掲げた送迎サービスの人がいる。
助かった。先にホテルにチェックインして、落ち着いたところでホテルで両替すりゃいいや。

送迎担当者の運転でホテルまで送ってもらった。
車に乗るときの重い荷物の積み込みは彼がやってくれた。
降りるときも荷物は彼が運んでくれるのは間違いあるまい。

インドネシアでどのくらいチップの習慣があるのか知らないけど、
とりあえずここは彼にチップをあげなきゃマズいな…という気になってきた。
しまったー、インドネシア・ルピアの現金ぜんぜん持ってないやん。
車を降りたところで彼にチップを渡したい…けどない。どうしたらいいんだ。

ホテルに着いちゃった。もちろん彼はお客に荷物なんて運ばせない。
イ課長の荷物を車から出してえっちらおっちらホテルの中まで運んでくれる。
あーチップをあげないと悪いよなー…困ったなー。

窮余の一策。イ課長はポケットの中にあった日本の100円硬貨をとりだし、
「これは日本の金である。私はインドネシアの金をまだ持たない」とか何とか
英語で説明して、彼に渡した。

100円ありゃ、当時のインドネシア・ルピアに換算して安いランチくらいは食えたはず。
チップの額としては問題ない…どころか、もしかすると多かったかもしれない。
だがしかし、彼があの100円玉をインドネシア・ルピアに両替する方法があったとは思えない。
(普通、硬貨だけの両替なんてドコもまずやってくれない)

彼には申し訳ないことをしたなーと今でも思う。
現地で何か行動を起こす前にとにかく現地通貨の両替だけは真っ先に空港で
しておくべきであるという教訓を、この時イ課長は学んだわけで、だから
プラハの空港でも両替所が開くのをがんばって待ったのだ。


というわけで、今日のテーマは「失敗から学んで進化するイ課長」でした(笑)。
  


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by tohoiwanya | 2009-05-12 00:38 | 出張・旅行あれこれ | Comments(0)
2009年 05月 10日

百物語

実はこの記事がイ課長ブログの「100コめの記事」になる。だから標題も百物語。

100になったところでフと思った。
イ課長はこれまで4回の海外出張の中で、どの出張のことを一番たくさん書いて
いるんだろう? カテゴリ別記事数を確認してみたらこうなってた。

2007.10ドイツ・チェコ出張   12件
2008.09ドイツ出張       16件
2008.10ドイツ・ベルギー出張  19件
2008.11ワシントンDC出張   23件
海外出張(複数の出張にまたがる、多少クダラナい話題)16件
出張のついでに(複数出張にまたがる、全くクダラナい話題)7件
日本でのオシゴト(今日を入れて)4件

へぇ〜〜。
2007年出張ネタを“解禁”したのは今年に入ってからだから、記事数も少ないのは
当然として、去年9月のドイツ出張の記事がわりと少なかったのは意外だった。
飾り窓探検記?とかいろいろ書いたっていう印象があるんだけど、他の出張より少なかったとは。

しかし、こうして並べてみると記事数の多い少ないを決定している最大の理由は
「その出張ネタを書き尽くさないうちに次の出張があるかどうか」であるのは明らかだな。
ワシントンDC出張の話が一番多いのは、記事ネタが特に多かったわけじゃなく、
単に「次の海外出張でバタバタすることがなかったから」という影響が大きい。
9月ドイツ出張と10月ドイツ・ベルギー出張の間隔なんてタッタ3週間だったんだから
まぁよく過労死or時差ボケ死せずに昨年度を乗り切ったと思うヨ。


さて、今年度はどうなるか?
こないだの提案書が落ち、海外出張2件が消滅したことで、一部には失望した方々も
いらっしゃるようですが(笑)、それでもまだあと2つ、可能性がある。
レイの仕事と、アノ仕事

レイの仕事は、もし委託先としてウチが選定されたら、仕事内容にイ課長の意志が
反映される余地が少しだけあるんだけど、イ課長としては諸般の事情を考えると
「海外、行かざるを得ないだろうなぁ」という気分なんだよね。

アノ仕事の方はウチがやることになった場合、
海外出張は決定的。あとはアノ仕事をウチがやるかどうか、にかかっているわけだが…。
これについてはパリ旅行から帰った頃にはある程度ハッキリしてるかもしれない。

…と、まぁそんな状態のイ課長。
イ課長ブログはどこまで続くのか?「二百物語」という記事を書く日はあるのか?

…なんて、先の心配はやめて、イ課長ブログ100記事め到達記念の写真企画(笑)。
それぞれの出張で撮った100枚目の写真をひっぱりだしてみた。

2007年のドイツ・チェコ出張の100枚目はこれ。観光客で賑わうプラハのカレル橋だから、
これを撮ったのはもう出張も終盤、金曜の昼頃だったはずだ…まぁこの時は前半は忙しくて
あんまり写真撮るヒマもなかったんだよなぁ。
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2008年9月ドイツ出張の100枚目はこれだった。ベルリンのノイエ・ヴァッヘ。
よく知らずに写真撮ったんだけど、これって一種の追悼施設らしい。
これを撮ったのは出張4日めの木曜の午前中だった。このときも前半3日は移動がキツくて
写真撮影機会が少なかった。木曜朝から急に撮影ピッチが上がった(笑)。
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10月のドイツ・ベルギー出張100枚目は出張5日め、金曜朝のミュンヘンの散歩の時に見かけて
「またかよ…」とウンザリした新古典主義建築だ。前に載せたね。
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11月ワシントン出張100枚目はジョージタウンのエクソシストの階段だった(笑)。
ってことは…これは水曜日の夜に撮ったんだ。これも前に載せたね。
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イ課長の海外出張は常に月曜〜金曜シゴトして土曜に帰国便に乗るってパターンで、その間に
200枚くらいは写真を撮る。つまり100枚ってのは写真撮影枚数上はほぼ中間地点ってことだけど、
出張日程上は必ず後半に突入してるな。
前半は一応マジメにシゴトし、後半は少し余裕がでて写真撮りまくりという
イ課長の海外出張パターンが顕著にみとめられる(笑)。

 

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by tohoiwanya | 2009-05-10 01:02 | 日本でのオシゴト | Comments(0)
2009年 05月 07日

画期的フランス語学習法

ご存知のようにイ課長は映画ヲタクであり、昔のフランス映画もいろいろ観てる。
イ課長にとって、映画こそがフランス文化に接する窓だったのだ。
その中でも、イ課長に深刻すぎる影響を与えた映画がある。
まぁほとんどの人は知らないだろうけど…「シェルブールの雨傘」という映画だ。
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この映画に関しては、イ課長はもうダメなの(笑)。
イ課長はこの映画を愛してる。初めて観た中学生の時から今に至るまで、そして今後も
死ぬまでこの映画を愛し続けるのは間違いない。

この映画は日常のセリフが全編歌になってる、ちょっと変わったミュージカルなんだよね。
あまりに何度も観ているから、イ課長は全てのシーンの旋律を唄えるし、日本語訳も
覚えてるし、フランス語の歌詞が「こんな風に聞こえる」っていうのもけっこう覚えてる。
もちろんイ課長のiPodにも全編入っているから、歌は聞きたい時にいつでも聞ける。

…ん?待てよ…

イ課長のフランス語能力は想像を絶して低いが、この映画のフランス語の歌詞に関しては
けっこう耳が覚えてるわけだ。しかもその日本語訳はほぼ完全に覚えてる。
「シェルブールの雨傘」をパリ旅行前の泥縄フランス語習得に使えるのではないか?

amazonで探してみたら、おお!!「シェルブールの雨傘」の対訳シナリオ本が
1890円で発売されているではないか!光の速度でクリックして買った。
「こういうシーンで、なんとなくこう聞こえた」フランス語の歌詞を、この対訳本で
照合しながら聞けば、すごく効果的なフランス語の練習になるんじゃないの?

本が届いた。で、実際にiPodで歌詞を聞きながら対訳本を読んでみた。

うーむ…これはイイかもしれない。
文法なんかドウでもいいから、とにかくカタコトがしゃべれりゃいいんだっていう
イ課長にとってはまことにグッドな、画期的学習法だと思うよコレは。
たとえば映画の中で、主人公がカフェの支払いをする時にお札を出しながら

ぺいえぶー

と言う。少なくとも映画を観てるガワにはそう聞こえる歌詞で唄う。
実際にはこれは

Payez-vous

って言ってて、「(渡したお金から)代金をとって下さい」って意味になるらしい。
映画の場面と重ねると実にスンナリと理解できる。

どうせイ課長はフランス語の数詞なんて全然わからない。
大きいお札で支払いをする局面はパリ旅行の間に何度もあるはずだ。そういう時に
サラリとPayez-vous…おお、たちまちフランス語オッケー男に変身だぜ。

「お代わり」「ほら見て」「どうしたの?」「また明日」等々…
イ課長のフランス語の語彙はアッという間に急増した。
「もし良かったら私とおいでよ」なんて、ナンパに使えそうなセリフも言える。
「エリーゼが昨夜死んだの」なんて、旅行中に絶対使いっこないセリフまで言える(笑)。
「シェルブールの雨傘」で耳で覚えたフランス語という、アヤフヤな基礎を利用した
画期的フランス語習得法。映画の神はイ課長を救い給うた。


…ただ、この画期的な学習法には一つだけ問題がある。それは…






映画と同じフシで唄わないとしゃべれないということだ。


ゔぃあ〜ん あゔぇくもあ〜 すぃとゔ〜(もし良かったら私とおいでよ)

イ課長は確かにこのセリフをフランス語で言える…いや正確には“唄える”。
当然のことながら、その抑揚を支配しているのはミシェル・ルグラン作曲の旋律だ。
本来のアクセント・本来のイントネーションがどうなのかはわからないまま。

カタコトのフランス語を言おうとすると唄ってしまう外国人…ちょっと…いやかなり怪しい。

パリ旅行中は沈黙を保っていた方が無難かもしれない(笑)。

  

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by tohoiwanya | 2009-05-07 00:06 | 2009.05パリ旅行 | Comments(2)
2009年 05月 06日

プラハという街 -その5-

思えば2007年のドイツ・チェコ出張のとき。
仕事を委託してきたトコから「ドイツに行って欲しい」って言われ、打合せのときにイ課長は
内心じゃ「こりゃー大変なことになった」と思ってた。すると、そこのエラいおじいさんが
「旧東欧エリアの状況も知りたいですなぁ…チェコあたりに行っていただいて…」なんて
さらにムボウな要求をしてきた。

結局、そのせいでイ課長はプラハに行くことになったのだ。
あの時は「ええええ?!ンな…!無理っすよ!」と思ったけど、今になってみれば
プラハに行く機会を与えてくれたあのおじいさんに感謝しよう。
汲めども尽きぬ、美しきプラハの思い出。

前にも書いたけど、プラハを表すのに「百塔の街」っていう言葉がある。

これは確かに行ってみると感じる。
要するに先ッチョのとんがった塔がそこらじゅうにいっぱいあるんだよね。

ヨーロッパの古い建築で屋根の先端が尖ってるっていうのはそう珍しくはないけど、
プラハの場合、尖り方が鋭くて、しかもやたらにいっぱいある。

プラハ観光スポットとしては有名なカレル橋から旧市街を見るとそれを実感する。
ツンツンと尖った塔がいっぱいあるでしょ?まさに注射針を並べたみたいだ。
ヨーロッパの他の街でこういうチクチク尖った屋根がこんなにたくさんあるのって
あんまり記憶にないんだよなぁ。
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言わば「プラハ様式」みたいなもんなんだろうか?
お、この風景いいな、と思って写真を撮ると、必ずツンツン屋根が入ってくる。ほら。
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観光客でにぎわうヴァーツラフ広場の両側には瀟酒な建物がズラリと並んでるけど
ここもとんがり屋根がたくさんある。このチクチクした針刺しみたいなスカイラインを見ると
「ああ、プラハだなぁ…」という気分になる。
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イ課長にとっては忘れがたき、美しき街・プラハ。
ただ、先端恐怖症の人にとってはプラハは苦痛の多い街かもしれない(笑)。
  
 

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by tohoiwanya | 2009-05-06 02:29 | 2007.10ドイツ・チェコ出張 | Comments(0)