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2011年 03月 31日

ハンプトン・コートに行く -その1-

ロンドンからハンプトン・コートに行くには鉄道が便利。30分弱ってとこかな。
ただし直行は少なくて、途中で一度乗り換える場合が多いからご注意下さい。
この辺についてはいずれ、ロンドン鉄道ネタを書く時、詳細にご紹介しよう。

曇り空の2010年11月20日土曜日の朝、イ課長はハンプトン・コートに向かった。
目指す駅の名前はそのものズバリ「Hampton Court」。終点駅なのである。
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おお、駅にはちゃんと日本語の看板まで出ているではないか。助かるね。
駅前から橋をわたると(川幅は広くないけど、ここ、一応テムズ川の上流らしい)、なるほど、
向こう岸に重々しいコゲ茶のレンガで造られたハンプトン・コートが見えてくる。
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これが正面入口。建築様式としては「チューダー様式」っていうらしい。
大法官トマス・モアを描いた名作映画「わが命尽きるとも」でもこのあたりが出てきてたよなぁ。

さて、ここでハンプトン・コートにまつわるゴースト伝説を整理しておきたい。
前回「ここにはゴースト伝説の2つや3つあってもおかしくない」って書いて、
キャサリン・ハワードの幽霊の例を挙げたけど、実際問題としてハンプトン・コートには
一体どのくらいのゴースト伝説があるのか?…いや、あると言われているのか?

とにかくすごいんだコレが。さすがは英国随一のゴースト・スポット。出演者?も多彩で、
イ課長がちょっと確認しただけでもこれだけのゴースト伝説がある。

①キャサリン・ハワード:
前回書いたお妃5号。彼女が叫びながら走っていくというホーンテッド・ギャラリーこそ
今回のハンプトン・コート探検の最重要地点なのである。

②ジェーン・シーモア:
使い捨て男子出産マシンとして死んだお妃3号。大時計で有名な中庭クロック・コートで
彼女の幽霊を見た、いや私は階段で見たといった報告が多い(…らしい)。 

③アン・ブーリン:
お妃2号。このヒトは「1000日のアン」っていう映画にもなってるほど有名な王妃で、
ハンプトン・コートばかりじゃなく、斬首されたロンドン塔でも自分の生首を持った姿で
出没するだの、子供時代を過ごしたナントカ城にも出るだの、あちこちでゴースト伝説になってる。
多忙な出演スケジュールをこなすゴースト界のスーパー・セレブといえる。

④トマス・ウルジー枢機卿:
ヘンリーの重臣だったけど、お妃1号離婚工作に失敗して地位を追われ、このハンプトン・コートも
横取りされた(形の上では献上した)。恨んでるだろうなーそりゃ。

⑤ヘンリー8世:
上記①〜④の幽霊が出る原因を作った張本人まで幽霊になって出てくるっていうんだから
なんだかもうワケがわかりません。

⑥シビル・ペン:
ヘンリー8世の息子エドワードの乳母。ハンプトン・コート内に埋葬されたけど、19世紀に
その墓が掘り返され、移設されたのがキッカケでゴーストになって復活したんだとか。

王と王妃、さらに重臣から乳母まで。華麗なチューダー王朝人脈…いやゴースト脈に彩られた
ハンプトン・コートのゴースト伝説というわけなのだよ。アナタも行きたくなった?(笑)

え?しょせん伝説だろうって?
ふふ…ふふふ…ではアナタはこのゴーストを見ても平静でいられるかな?

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これは伝説や伝聞じゃないのだ。2003年にこうして監視カメラにまで幽霊っぽい人影が
写ってたっつうんだからワクワクするじゃないか。ハンプトン・コートはそんじょそこらの
「…という言い伝えがある」程度の、ヘボ心霊スポットとは格が違うのだよ。カクが。

さて、入場券を買おう。14£だ。
14£っつうと、1£130円として…約1800円?たけぇ!!…格が違うから仕方ないか(チクショウ)。
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10時の開館には少し時間があった。外は寒いからチケット売場近くのショップを覗く。
予想されたことだが、店内は「ヘンリー8世と6人の妻」関連グッズの品揃えが充実してる。
しかしこんなマグカップでコーヒー飲んで、美味しいかね?
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そんなヒマつぶしをしてるうちに10時になった。いよいよ行くぞハンプトン・コート。
まだ観光客もまばらで、やけに静かだ。しかも薄暗い曇り空。
昨夜出現したゴーストたちの“残り香”くらいはまだ中に漂っていそうな雰囲気ではないか。
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…うう、また長くなってしまった。ひっぱって申し訳ないが、続きはまた次回。



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by tohoiwanya | 2011-03-31 00:16 | 2010.11 欧州出張 | Comments(2)
2011年 03月 28日

ハンプトン・コートに行く -序章-

さて、烏來に続いて、こんどはハンプトン・コートの話をしたい。
(ようやく、普通のイ課長ブログを書く気になったらしい)
これも1回では終わらない。まず、イ課長がなぜハンプトン・コートに行こうと思ったか、
その背景を説明しておく必要がある。まぁいうなれば“序章”とでもいうか…。

【背景その1:ヘンリー8世と6人の妻】
ハンプトン・コートに住んだ王様として有名なのはヘンリー8世という人だ。
このヘンリー8世、有名な理由はいろいろあるけど、何と言っても「6人のお妃様と結婚した
とんでもないエロ王」というのが最大の理由であることは間違いない。
ご存知の人も多いだろうけど、ザッとおさらいしてみよう。

お妃1号:(キャサリン・オブ・アラゴン)
若死にした自分の兄の嫁サンだった女と結婚。女の子しか産まれず(後のメアリ1世)、ヘンリーが
他の女と交尾したくなったんで強引に離婚され、幽閉同然の生活を強いられたあげくに寂しく死ぬ。

お妃2号:(アン・ブーリン)
どうしてもこの女と交尾したくて1号を離婚したのに、前妻同様、女の子しか産まず(後の
エリザベス1世)、待望の男の子を産んだと思ったらこんどは死産。夫ヘンリーはまた他の女と
交尾したくなり、邪魔になった2号は姦通のヌレギヌを着せたあげくにロンドン塔で斬首刑。

お妃3号:(ジェーン・シーモア)
2号の斬首直後に結婚。というか、その前からとっくにデキてた。待望の男の子を産むも、
難産で本人は死亡したっつうんだから、3号は事実上、使い捨ての男子出産マシン。

お妃4号:(アン・オブ・クレーブズ)
ドイツの貴族の娘と結婚。肖像画を見て美人だと思い込んでたヘンリーだけど、実物を見て
あまりの落差に初対面で離婚を決意(笑)。1〜3号の末路を知ってた4号は素直に離婚を承諾し、
ぶじに天寿を全うした。

お妃5号:(キャサリン・ハワード)
4号の侍女だった、年の離れたコギャルと結婚。性的にだらしないパプー女で、男スキャンダルが
噴出し、大騒ぎになったあげく2号と同様に姦通の罪で斬首刑。

お妃6号:(キャサリン・パー)
この人の場合、幸いにもヘンリーの方が先に死んでくれた。良かったねぇ。

…という、スサマジい結婚遍歴。エリザベス・テーラーどころじゃないのだ。

このヘンリー8世っていう人、6人中2人の妻を斬首刑にしたっていうだけでも相当なもんだけど、
他にも、お妃1号との身勝手な離婚を法的に認めなかった人格高潔な大法官トマス・モアを斬首刑。
醜女のお妃4号を世話した腹心の部下も腹立ちまぎれに斬首刑。
もちろん、2号の姦通の相手にデッチあげられた5人の男(5人?!)も当然、全員斬首刑。
やることがもうメチャクチャなのだ。

そもそも、このハンプトン・コート宮殿も元はウルジー卿っていう重臣の家だったのを
横取りしちゃったんだよね。その身勝手さにかけては英国王室史の中でも傑出した王様といえる。
(下がトマス・ウルジー卿の肖像画。子供の身体に大人の頭みたいで気持ちワルイ絵だ)
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【背景その2:ゴースト伝説】
英国では幽霊、つまりゴースト伝説がものすごく多い。いや、多いというよりも
ゴースト伝説が“珍重される”と言った方がいいのかもしれない。

何しろ、「この屋敷には●●のゴーストが出るという伝説がある」っていうと、そのお屋敷の
不動産価格がグッとはね上がるっていうんだからスゴい。
古い建物で、今は女子校として使われてるなんていうところがあるんだけど、その女子校の
パンフレットにはちゃんと「我が校には○○のゴーストが出るという伝説がある」って
書かれてるらしい(笑)。日本で「ウチの学校には幽霊が出ます」なんて書いたら、生徒は
一人も集まらないだろうけど、イギリスにおいては「ソコにゴーストが出る」ということは
その場所の「歴史あるイワクインネン」を表す付加価値みたいに捉えられてるんだね。

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(上の写真はヘンリー8世とお妃3号と男の子。男の子の顔がこれまたキモチ悪い)


さてだ。
上に書いたように、ヘンリー8世の妻たちは夫の身勝手で大体ひどい目に遭わされた。
特に首をチョン切られた2号・5号なんかは現世に残した恨みもさぞや深かったはずだ。
英国人のゴースト好きと考え合わせれば、ハンプトン・コートに彼女たちのゴースト伝説の
2つや3つあっても全然おかしくないと思うでしょ?

で、実際のところどうかというと…
ハンプトン・コートにはゴーストが出る。少なくとも出るとされている。

おそらく英国のあらゆるゴースト伝説の中でもハンプトン・コートのソレは最も由緒正しい?
ロイヤル・ゴースト伝説と言えるだろう。

中でも、現在絵画展示ギャラリーになっている長い廊下に出る幽霊は有名だ。
ここは「髪をふりみだしたキャサリン・ハワード(お妃5号ね)が自分の無実を王に嘆願しようと
叫びながら走っていく幽霊が出る」というスバラしい場所なんだよね。
その廊下には「ホーンテッド・ギャラリー」という名称までついているんだから恐れ入る。


さぁ、これで大体おわかりになりましたね?
なぜイ課長が土曜の半日観光にイソイソとハンプトン・コートに行こうと思ったか。
ゴースト好きな英国、その中でも最も有名なゴースト・スポットだよ?
アン・ブーリンやキャサリン・ハワードのゴーストにぜひお目にかかりたいではないか。
さぁいざ行かん、ハンプトン・コート宮殿へ。

…と言いたいけど長くなったから続きは次回。本日は序章だけで終わっちまった(笑)。




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by tohoiwanya | 2011-03-28 00:03 | 2010.11 欧州出張 | Comments(2)
2011年 03月 22日

地震のハナシを聞きに行く

イ課長ブログ、ここんとこ更新ペースが落ちてすんません。

確かに震災の影響というのはある。旅先のおバカな話を楽しく書き散らすという気分には
なかなかなれないのは確かだし、計画停電みたいな物理的制約要因もある。

しかし、いま何よりイ課長を苦しめてるのは「年度末」なんだよ。
例年、イ課長は年度末になると極度に忙しくなるが、今年の年度末は格別に忙しい。
そのただでさえ忙しい年度末に震災、自宅待機、計画停電の追い打ち。

3月末までに仕上げねばならない報告書があと2冊ある。
1冊は大半は出来てる。あとちょっと。それをあさってくらいに終わらせねば。
もう一冊は半分くらいしか出来てない(笑)。それを残り1週間で仕上げるわけだ。

2冊目に関しては「内容充実の立派な報告書」を作ることは完全にあきらめてた。
「恥ずかしくない程度の報告書」を何とかデッチあげられればいいや、と思ってたんだが、
それが難しい。いや、正確には「急に難しくなった」というべきか。

実は、その2冊目の報告書っていうのが地震に関連したテーマなんだよね。
大地震みたいな予期せぬ事態に対するリスク管理とか、まぁそんな感じの報告書を
書かねばならなかったんだと思ってくれ、イ課長が、だよ(笑)。

こないだまでだったら「時間がないから適当に作っちゃえ」と開き直ることも出来た。
しかし、事態がこうなるとそうもいかん。イ課長の作る2冊目の報告書テーマは
極めてタイムリーで、コンニチ的で、注目度の高い報告書になっちまったわけだ。


たとえ急に重要性の高い報告書になったっつうても、締切りは今月末のままだ。
一体どうしたモンか…。


まぁいい。そんな仕事のグチを書くつもりはない(書いてるじゃん)。
今日は突然、こないだ行った柏崎出張のハナシを書くのだ。

柏崎って、日本海に面した新潟県の町なんだけど、なぜココに出張したかっていうと、
上に書いた2冊目の報告書の仕事がらみ。
実は柏崎っていうのは2004年の中越地震、2007年の中越沖地震という2度の地震で
大きな被害を受けたところなんだよね。その地震被害に関する話を聞きに行ったのだ。

もちろん、イ課長は初めて行くところだ、柏崎。
ルートは例によって上越新幹線MAXときで長岡まで行き、そこで特急「北越」っていうのに
乗り換えて行く。片道3時間ちょいといったところか。
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雪が相当深いかな?と思ってたんだけど、行ってみたら全然。
「北越」の車窓から見た途中の風景はかなり雪深かったけど、柏崎みたいに
海べりの街になると、それほどでもないのかもしれない。

アポまで多少時間があったから、柏崎のイトーヨーカ堂で昼飯を食った。
ヨーカ堂の窓から見る景色はキレイだったね。これはどこの山なんだろう?
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目を転じると、もう日本海が見える。好天に恵まれた日だった。
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この辺は2007年の中越沖地震のときに特に大きな被害があったところだ。
覚えてないかな?あの地震のとき、ある自動車部品メーカーが被災して生産がストップしたら
その影響で日本中の自動車メーカーの生産が止まっちゃったってニュース。
その自動車部品メーカーも、実はこの柏崎にあったんだよね。

「地震がらみ」の仕事で出張したわけだから、柏崎で訪問した企業の社長サンからも
2度の地震の話をたくさん聞いた。
企業にしてみれば、いくら事前に地震対策を準備万端したところで、停電しちゃったら
操業しようがないとか、「なるほどなー」と思う興味深い話をいっぱい聞いた。

面談の最後に、その社長サンがイ課長に言った。

「我々柏崎の企業はね、実はすごいリスクを抱えてるんですよ。何だかわかります?」
「(イ課長、見当もつかない)は…?…えーと…何でしょう?」
「それはね、原発ですよ」
「…あ!!そうか!」

中越沖地震のとき、柏崎刈羽原子力発電所が危なかったっていうのはニュースで見た。
そうだよ、ここはあの原発と近かったんだ。
話によると、その会社は原発から9kmくらいしか離れてないらしい。

「いやー地震の後、原発の方から黒い煙があがったのを見て“終わったな”と思いましたよ」
…と社長さんは笑って話してくれたもんだった。
(ちなみに、その黒い煙ってうのは別の工場の粉塵爆発だったらしい)

柏崎。
今は地震のツメ跡も感じられない、のどかな街だった。
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そんなのどかな街に出張して、地震や原発の話を聞いたのが3月8日の火曜日。
その3日後の11日金曜日にあんな大地震が発生し、福島原発があんな騒ぎになるとは
まさに「お釈迦様でも気がつくめぇ」ってやつだ。

あーーーー…どうしよう。
極めてタイムリーで、コンニチ的で、注目度が高いんだけど、
全然出来ていないあの報告書を…。

 

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by tohoiwanya | 2011-03-22 17:28 | 国内出張・旅行 | Comments(5)
2011年 03月 16日

S氏からのメール

ドイツからメールが届いた。S氏からだ。
このS氏、実はイ課長が4年連続でドイツ出張のたびに会っている人物なのだ。

以前、2007~2010年各年1回ずつ、計4回もフランクフルトの某業界団体職員食堂に
連れてってもらったって書いたことがあるけど、その業界団体の、ある部門の責任者が
このS氏なのである。

このS氏、たまたま若い頃にスポーツ少年交流事業みたいなヤツで日本に1ヶ月くらい
ホームステイした経験があって、日本にはすごく親近感を持ってたんだよね。
そのせいか、多忙な人なのにS氏は毎年イ課長のことをすごく歓迎してくれる。

こっちはその好意に甘え、欧州出張が決まるたびにS氏にメールを出して「またドイツに
行くことになっちゃったけど、今年も面談させてもらえる?」って、おそるおそる尋ねると、
そのたびに「その2日間は空けておく。イカチョウとの再会が楽しみだ」と快諾してくれる。
イ課長は業務上どんなに助けられたことか。

その彼からのメール。内容はこんな感じ。

この週末の間、日本で起きたニュースを見て本当に恐ろしい思いでいる。
質問がある。アナタは大丈夫なのか?OKなのか?
アナタから返事があれば私はホッとできる。短いメッセージでいいから返信を欲しい。


彼が掛け値なしにイイ人であることはすでに十分わかっている。
しかしこのメールを見た時はやっぱり嬉しかった。
彼の母語はもちろんドイツ語だけど、イ課長にわかるように英語で送ってくれた。

これまで海外出張で通訳を介してたくさんの現地の人と会ったけど、
そのほとんどは一度会うきりだから、こっちも全部顔や名前を覚えてないし、
向こうなんて、イ課長に会ったことも忘れてるだろう。

しかし何せS氏は毎年2日ずつ、4年連続で仕事してるからそりゃ友情も芽生える。
もしドイツに大災害があってフランクフルト周辺でも死者なんてニュースを見たら
イ課長もまた、S氏と通訳さんが無事かどうかを真っ先に考えるだろう。

すぐにS氏に返事を書いた。
仕事に影響はあるが、妻も両親も家も、そして私自身も無事であると知らせた。
「あーよかった」と思ってくれてるはずだ、きっと。


当然のことながら、テレビも新聞も報道はすべてツラい話ばっかりだ。
金曜の会社泊まり+月曜の大混乱出勤の反動が出たせいか、せっかく会社から
自宅作業用のファイルを持ち帰ったのに、イ課長、全然仕事する気になれない。

しかし、S氏のメールに少し励まされたよ。

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ドイツやワシントンやロンドンでお世話になった通訳のみなさん(読んでないか…)
海外出張・海外旅行で会ったすべての現地のみなさん(日本語読めないじゃん)

イ課長は無事です。大丈夫です。
おバカな旅行記という気分にはなかなかなれないけど、ボチボチ更新していきます。
(上の写真は会社近くの歩道。これ、一体どうやって平らに戻すんだろ…?)



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by tohoiwanya | 2011-03-16 00:25 | 出張・旅行あれこれ | Comments(2)
2011年 03月 11日

大地震・千葉県北部の状況

大変なことになりました。大地震が起きました。

オフィスにいる時に地震に遭遇した。
キャビネットは倒れるワ、壁にヒビは入るワで、どうなるかと思ったけど、
とりあえずイ課長は無事に生きております。
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会社の前にガクンと段差が出来てしまったよ。
しかしまぁ、この程度の被害で済んで良かったと考えるべきなんだろうな。
宮城や岩手はタイヘンなことになっている。

イ課長の勤め先があるところはカンペキな埋立地。
地震が起きれば液状化現象が起きるんだろな、とは思っていたが、
実際にそれが起きてみるとそのスゴさに驚く。
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こんな風に、地面がバキッと陥没して、その陥没箇所からドクドクと泥が噴出して、
もう地面はドロドロだよ。
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これも、地面が陥没して、自転車の前輪が落ちたところに
ドロが噴き出してこんなアリサマになってしまったんだろう。


電車も全て止まってしまったので、イ課長は本日、会社に泊まります。
しかし、とりあえず無事ですからご心配なく。
 



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by tohoiwanya | 2011-03-11 20:53 | 日本でのオシゴト | Comments(6)
2011年 03月 10日

統計をとってみる

さて。
今日は唐突にヘンな企画なのである(笑)。

ミクシその他でつきあいの長い人は、イ課長が自分の過去に関していろいろ集計したり、
ランキングつけたりするのが好きなヤツだということをご存知だろう。
実はこないだ道を歩いてて、こんなことを考えた。

①自分がこれまで行った海外で、合計して一番長く滞在したのはたぶんドイツだろう。
②ドイツに滞在した理由としては、たぶん旅行より出張の方がずっと多いに違いない。
③滞在日数をはかる尺度として「宿泊数」を用いるとそれぞれ何日くらいになるんだ?

…そこで、カウントしてみることにした(笑)。
こういうことはけっこう張り切ってやるヤツなのだ、イ課長は。

宿泊日数カウントに際して、以下のようなルールを定めた(そんな大げさな…)。

①半日観光しただけとか、訪問はしたけど宿泊はしなかった国はカウントしない。
②飛行機での機中泊はドコの国にも含めない。
③同一国内で夜行列車や夜行バスで移動した場合はその国で1泊したとカウント。
④夜行列車等で国境越えした場合は『発車駅のあった国』で1泊したとカウント。

この④のルールは微妙なところだけど、まぁ夜行列車での国境越えなんて今までに
2回だけだから、大きな影響はあるまい。

80年代に行った初めてのニューヨーク旅行から去年まで。記憶力を限界まで振り絞って、
「あの時ドコで何泊したか」を数え、国別に整理した上で多い順に並べるとこうなった。

ドイツ     30泊(旅行7泊、出張23泊)
スペイン    21泊(旅行21泊)
アメリカ    21泊(旅行14泊、出張7泊)
インドネシア  10泊(旅行4泊、出張6泊)
タイ       7泊(出張7泊)
中国       7泊(出張7泊)
フランス     7泊(旅行7泊)
フィリピン    6泊(出張6泊)
台湾       6泊(旅行6泊)
英国       6泊(旅行3泊、出張3泊)
トルコ      6泊(旅行6泊)
シンガポール   5泊(出張5泊)
イタリア     5泊(旅行5泊)
ベルギー     4泊(出張4泊)
オーストリア   4泊(旅行4泊)
スイス      3泊(旅行3泊)
韓国       2泊(旅行2泊)
サイパン     2泊(旅行2泊)
チェコ      2泊(出張2泊)


たぶんこれで漏れはないはずなのだが…

いろいろ気づくことはある。
イ課長のこれまでの海外渡航人生で「1泊しかしなかった国」ってないんだねぇ。
2008年終了時点ならベルギーが「1泊しかしなかった国」だったんだけど、2009年出張で
さらに3泊したから、合計4泊。立派なもんじゃん。

これ、ぜんぶ合計すると154泊。これまでのジンセイで、ガイコクで過ごした夜は
まだ半年にも満たないわけか。まぁこんなもんだろう。大したことはないのだ。

せっかくだから、これをエクセルに入力していろいろ加工してみた。
とりあえず、旅行・出張それぞれの合計宿泊日数比率をみるとどうなるか?
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おおこれは意外。旅行の方が多かったんだ。
最近4年くらいに限っていえば圧倒的に出張の方が多くなるはずだから、どうしても
出張ばっかりっていう印象が強いんだが、通算すると旅行の方が多かったんだな。

せっかくだ。旅行での海外宿泊の国別シェアも見てみよう。こうなる。
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スペインの21泊というのが断トツ。これは最初から予想されたことだが。
スペインには1週間1回、2週間1回行ってるからねぇ。スペインは素晴らしいんだよ。
やっぱ行けるチャンスがある時に行っておいて良かったなぁとつくづく思う。
今じゃ2週間ブッ通しの休みをとるのは難しいもんなぁ。
アメリカにも1週間の旅行で2度行ったからけっこう多いね(2度ともニューヨーク)。

あとはまぁこんなもんかなという感じだ。
韓国(ソウル)とサイパンはともに昔いた会社のクソ社長やその愛人オバサン社員なんかと
一緒に行かさせられたサイアクな社員旅行で、純粋な旅行に含めるにはやや「業務」的な
色彩が残るけど、まぁ出張に含めるわけにもいかんから旅行としておこう。
心情的にはあんな連中といった海外宿泊はカウントから除外したいところだが(笑)。

さて、同じように出張の国別シェアも見てみよう。
まぁこれもどこが断トツで多いかは最初からわかっているのだが。
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…と思ったら、ドイツは3分の1くらいだったんだ。もっと多いかと思った。
確かに最近4年に関して言えばドイツが圧倒的に多いんだけど、1996年に生まれて初めて
海外出張したアジア4カ国(インドネシア・タイ・中国・フィリピン)の存在が大きい。
この4カ国に出張してなきゃ、ドイツのシェアが5割を超えちゃうもんね。

ふーーーーむ…なるほどねぇ。
別に、びっくりするような意外な結果というわけでは全然ないけど、
こうして改めて集計してみると、なるほどなーーーと改めて感じることも多い。
せっかくだから、出張・旅行合算の国別宿泊数ランキングを作るとどうなるか、やってみた。
まぁドイツがトップになるのは当然すぎる結果なのだが。
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ふーむ…「旅行でも、出張でも行ったことのある国」って、世界で4カ国だけだったんだぁ…。

しかしこうして集計・整理みると、意外に「昔行った国」の方が印象に残ってたりするもんだね。
特にイ課長の生まれて初めての海外出張だったアジア4カ国の印象は未だに強い。

インターネットもない時代で、今考えれば出張自体の内容もかなりヒドかったし、
バンコクやジャカルタや北京の「都会化」ぶりも今よりはずっと遅れてたはずだ。
96年当時は北京はまだ朝の通勤時なんか「自転車の海」的な風景が見られたけど、
モータリゼーションが進んだ今、朝の通勤風景もだいぶサマ変わりしたんだろうなぁ。

…てな回想にひたっているわけだが…。

さて、何でトツゼンこんな集計をしてみようと思ったかというと、実は…


今年の6月に、出張で貯まりまくったマイルで海外旅行することにしたのである。

もう飛行機もホテルも予約した。もはや動かしようがない(笑)。
今回はトホ妻同行。期間は1週間。一つの街に7泊する勘定になる。

だから、上で作ったいろんな集計数値も今年6月にまた変動することになるのだ。

場所はどこかって?

まだ  ヒ ・ ミ ・ ツ  。

 

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by tohoiwanya | 2011-03-10 00:07 | 出張・旅行あれこれ | Comments(0)
2011年 03月 07日

金沢出張→名古屋観光

烏來旅行記を突如中断して、国内出張のハナシ。
国内外を行ったり来たりするイ課長ブログ。とにかくだね、いよいよ年度末も近づいて
イ課長の忙しさもクライマックスに差し掛かろうとしているのだよ。

先週末の金曜日、イ課長はまたまた北陸出張だった。行き先は金沢。
大宮から上越新幹線、越後湯沢から特急はくたか、というこのルートを通るのは
去年の夏以来、一体何回目だろうか。もう飽きたぞ。

しかし、越後湯沢の雪は今回が一番スゴかった。2月に行ったときよりスゴかった。
越後湯沢定点観測シリーズ、こないだ、2/22の出張の時の雪景色と一緒に並べると
かなりすごい雪だってことがわかるでしょ?
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とにかくホームの端っこに行って携帯で上の写真を撮る、たかだか数十秒の間に
イ課長の服が雪だらけになっちまったくらいで、かなりの降りだったよ。
電車がチャンと走ってくれるか心配だったが、無事着いてくれて助かった。

仕事上の事情で、金沢からは特急しらさぎに乗る必要があった。
それに乗れば米原乗り換えでその日のうちに東京に戻って来ることは出来る。

しかし、せっかく金曜の出張で日帰りで、夜遅く、クタクタになって戻るなんてイヤだ。
というわけで、イ課長は特急しらさぎの終点、名古屋まで行って一泊し、翌日観光することにした。
クソ忙しい時ほど、半ヤケクソ的にそういうコトをしたくなるもんなんだよ。

名古屋でナニを観光したかって?
まず到着した晩はホテルのそばにあった世界の山ちゃんで手羽先を食ってビール。
名古屋では有名な居酒屋チェーンだけど、イ課長は生まれて初めて入ったよ。
スパイシーな手羽先揚げが売り物で、これは確かにビールがすすむ。
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翌日は名古屋市農業センターの梅園を見に行った。
「ウメ観にいくなんて、イ課長、ジジイっぽーい」と今アナタは思ったね?
いやそれがね、ココのしだれ梅はとにかく本数がすごい。紅白の梅だらけなんだよ。
梅見客の多さもすごかったが、駐車場に入れない車の列もまたすごかった。
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あんなにしだれ梅が高密度に集積した梅園なんて、初めて見たよ。まさに隠れた名所。
しかも入場料無料。梅だけじゃなく、ブタや牛やニワトリも見学できる(笑)。
なかなかいいところだよ、名古屋市農業センターは。

その後はどうしたかっていうと、大須観音というところに行った。
ここも有名なところだけど、イ課長はやっぱり生まれて初めて行くところだ。
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大須の商店街をぐるぐる歩いて、万松寺っていうところで信長のお墓を観た。
信長の墓なんてあったのか?と思いたくなるけど、一応ここがそうである…らしい。
ちゃんと織田家のチョウチンがずらりと並んでるし。
(訂正:信長じゃなく、お父ちゃんの信秀のお墓であるとミクシで指摘いただきました。
 「織田信…」とあればロクに見もせず信長だと思い込むアホさ加減に我ながら呆れる)

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まだ時間がけっこうあったから、ついでに名古屋市美術館でゴッホ展を観て、
最後は名古屋駅で手羽先だの、名古屋どらだの、イ課長好みの土産を買って帰ってきた。
実は「名古屋どら」を買うことが今回の名古屋寄り道の大きな動機でもあったのだが(笑)。

ま、そんな感じの、金沢出張の帰りに寄った名古屋観光でした。
いずれ、ブログ更新ネタが乏しくなったらもう少し詳しくご報告するとして、
今日のところはこんなところで。
(実はイ課長は8日の火曜にも新潟方面に出張なんだよ〜、何とかしてくれ)

 

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by tohoiwanya | 2011-03-07 00:10 | 国内出張・旅行 | Comments(0)
2011年 03月 03日

烏來に行く-その3-  烏來瀑布周辺

トロッコ列車を降りると、台湾最大・落差80m(らしい)の烏來瀑布はすぐ目の前だ。
滝好きジジイ」「観瀑ジジイ」といわれるイ課長としては、これは見たかった。
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華厳の滝が落差97mつうから、ちょっと低いけど、見た感じはむしろ華厳の滝より高く見える。
だがしかし…
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この水量の少なさは何なのだ(笑)。
強い風が吹くと途中で水が吹き飛ばされてなくなっちゃいそうな感じ。
まぁこれに関してはどうも行った時期が悪かったっぽい。
十分瀑布もやけに水量が少なかったし、夏の終わりで水の少ない時期だったんだろうな。

ちなみに、もうちょっと調子のいい時はこのくらいの滝になるらしい。
(もちろん、これはヨソで拾ってきた写真である)
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さてと、トロッコ駅の地図を見ると、この奥に「瀑布商店街」というのがあるらしい。
どんな所なのか、ブラリと行ってみた。
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商店街ってこんな感じ。
これはまた、いかにも田舎の観光地って感じのひなびた雰囲気が大変よろしい。
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この商店街の一角にタイヤル族のお土産物屋さんがある。
タイヤル族って台湾の少数民族のひとつで、日本では高砂族という名で知られてる。
そもそもこの烏來周辺は昔からタイヤル族の住むエリアだったらしい。

店の前にいる民族衣装のお姉さんが「もうすぐショーがあります」って勧めてくれたけど
まぁショーを見るかどうかは別として、衣装がキレイだから写真を撮らせてもらった。
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すごく日本語の上手な女性店員が「中にいろいろありますよ」と営業してくる。
民族衣装の写真を撮らせてもらった引け目?もあって、一応中に入ってみた。

「私たちはみんな高砂族です」
「いやしかし…日本語お上手ですねぇー(これは本心からそう思った。年齢的に言って
 彼女が日本語教育を受けた戦前世代ってことはあり得ない)」
「私たちの一族の親や、おじいさんおばあさんなどは日本語をみんな話すのです」
あーなるほど、年配の近親者に日本語教育世代が多いということか。

「彼女は高砂族の長の娘です」
見ると、キレイな民族衣装を着た女性が黙々と織物をしてる。へぇ〜。
織物の知識なんて全然ないイ課長だけど、柄にハデさはないけど、けっこう太めの糸で
しっかり織ってあるから、耐久性がありそうな織物という印象だ。

「あの…写真を撮らせていただいてよろしいですか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
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織りの技術としてはおそらく最もシンプルかつ普遍的なものなんだろうけど、
とにかく出来上がりの布がけっこうドッシリしてて、何度もいうように耐久性がありそうだ。
奥にいっぱいブラ下がってるけど、確かに女性向け手提げバッグなんかに向いてるね。

織物製造現場を見学?させていただいたことでもあるし、この布で出来たバッグを
トホ妻の土産に一つ購入することにした。例によって値段は忘れたけど(笑)、
そんなに高くはなかったよ。
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さて、トロッコ鉄道の駅に戻るとするか。
駅の看板の上にいる猫に見送られて下界(ってほどでもないが)に降りよう。
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短い滞在だったけど、この日はそんなに暑くなかったし、渓谷をわたる風も涼しくて
すごく気持ちがよかった。烏來瀑布、ひなびた小規模観光地だけどなかなかイイよ。
またまた、けっこう揺れるトロッコ列車の最後尾車両に乗り、
ガラス越しに烏來瀑布の最後の写真を撮ったのである。




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by tohoiwanya | 2011-03-03 00:17 | 2010.08 台湾旅行 | Comments(0)