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2011年 06月 30日

カフェ・モーツァルト

さて、今日はカフェ・モーツァルトの話。
もちろん台湾からまたウィーンの話に戻ったんです。ついてきて下さい。前にも書いたけど、
こういうの、読む方は大変かもしれないけど、書く方だって大変なのだ(笑)。

ウィーンはパリと並んで「カフェ文化」がものすごく発達した街といえる。
カフェはそこかしこにあり、「この店はかつて有名な誰ソレが常連だった」なんていう
歴史と由緒ある名店もいっぱいある。

その中でまずはカフェ・モーツァルト。
非常に有名なカフェだから、名前は聞いたことがあるっていう人も多いかもしれない。
バブル期に日本の三越が買収したことがあったはずだ。

この店の場合「あの誰ソレが常連で…」という意味で有名ってのとはちょっと違う。
何といってもここは映画史に残る名作「第三の男」に名前が使われたことで知られる。

実際にこの店で「第三の男」のロケが行われたわけではなく、別の場所にテラス形式の
カフェのセットを作り、カフェ・モーツァルトの場面はそこで撮影された。
だから純粋な意味での「ロケ地探訪」とは言えないんだけど、映画ヲタク・イ課長としては
とりあえず行ってみたじゃんよー、あのカフェ・モーツァルトに。

映画「第三の男」では主人公の三文小説家ホリー・マーチンスが戦後まもないウィーンに行き、
そこで「明日の○時、カフェ・モーツァルトでお会いしましょう。私は目印にあなたの本を持ってます…」と
ナゾの伝言をうけとり、翌日、そこでナゾの男・クルツ男爵と会う。

監督のキャロル・リードがこの場面をカフェ・モーツァルトにしたことに、おそらく
それほど深い意味はなかったんだと思う。とにかく店の名前としてこれ以上「ウィーンらしさ」を
感じさせるカフェはないもんね。モーツァルト。

実際には、この映画撮影当時(たぶん1948年か1949年頃)のカフェ・モーツァルトは
第二次大戦で破壊された状態だったっていうから、ロケどころじゃなかったんだろうな。
映画撮影用のカフェのセットは旧市街の、ノイアー・マルクトのあたりに作ったらしい。
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実際のカフェ・モーツァルトは国立歌劇場の裏、ホテル・ザッハーの横ッチョにある。
到着翌日の朝からウィーン旧市街を貪欲に歩き回って、ちょいと歩き疲れたイ課長&トホ妻、
せっかくだからこの店で一休みすることにしたのである。ちなみに、これまた有名な
ホテル・ザッハーのカフェはこんな感じで現在工事中(でも営業はしてるらしい)。
カフェ・モーツァルトはこのすぐ裏。
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この日は天気がよくて、客のほとんどは外のテラス席に座っていた。
でもイ課長とトホ妻は内装を見たかったから、あえて誰もいない室内席に座った。
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うーむ…華麗なシャンデリアに落ち着いた調度。実に居心地がよろしい。
イ課長はパリのカフェでは外のテラス席ばっかり、ウィーンでは室内席ばっかり利用したから
正確な比較は難しいけど、ウィーンのカフェの内装ってココに限らず、大体どこも
「洒落た感じ」というよりは「落ち着いて、重厚な高級感」みたいなものを追求してるように思う。
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この店でトホ妻はアイスクリームを、イ課長はビールを頼んだ。
ウィーンはすっかり初夏で、日差しは強いが湿度は低いからノドが乾く。
ビール(大)くらいはすぐ飲み干せてしまうのである。
明るい日差しと雑踏から逃れて、しばしの静けさとともにグラスを傾ける。
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ウィーンのカフェ・モーツァルト。
さっきも言ったように、実際に映画の撮影に使われた店舗そのものではない。
ウィーンの有名カフェ訪問という意味では重要な経験だけど、
「第三の男」に出てきたアソコに行ったんだよ!いう観点から見ると、だいぶ弱い。

もっとも、「第三の男」をめぐる旅としては、これは言うなれば序の口(笑)。
おいおい、もう少し本格的?なネタもご紹介していきます。



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by tohoiwanya | 2011-06-30 00:17 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(0)
2011年 06月 27日

暑い国のワンコに関する考察

話はトツゼン、6月のウィーンから昨年の台湾に飛ぶ。

ウィーン・ネタはこれからずーーっと続く。しかし去年の台湾旅行や欧州出張の話もまだ
書き尽くしたとはいえないから、合間を見ながらチマチマと書いていこうと思うのだ。
ウィーン分離派なんてゲーズツ的話題の後に、突然ワンコの話(笑)。

台湾のワンコ…というより「アジアの暑い国のワンコ」には共通点がある。
同じようなことをかつてバンコクやマニラでも感じたことがあるんだよ。

ここでいう「暑い国のイヌの共通点」っていうのはたとえば、短毛種のイヌが多くて
長毛種が少ないなんて当たり前のことではなく、日本のイヌにはあまり見られない特性で、
日本人から見るとやや不思議に思える点なのだ。たとえば…


不思議1.暑い国のイヌたちよ、キミらは飼い犬なのか?野良犬なのか?

なぜこれが不思議かっていうと、要するに首輪したイヌがいないからだ。
日本人の多くは「首輪があり、ヒモでつながれてる=飼い犬」「首輪・ヒモなし=野良犬」という
判別指標を持っている。そういう指標を台湾や東南アジアの犬にあてはめれば、彼らは
すべからく野良犬ということになる。みんな首輪してないんだから(下は烏來で見たイヌ)。
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しかし、台北や十分や烏來で見かけたイヌがすべて野良犬だったとは考えづらいんだよなぁ。
飼い犬だって絶対いるはずだ。むしろ問題は「なぜ飼い犬に首輪をしないのか?」なんじゃないか?

これに対するイ課長の仮説は「そもそもイヌに首輪をはめ、つないでおくという習慣自体がない」
というものだ。つながなくて大丈夫なの?と思っちゃうけど、たぶん問題ないんだよ。なぜなら…


不思議2.暑い国のイヌはなぜ無気力っぽいのか?

そう思わない?
少なくともイ課長が見た台湾やフィリピンやタイのイヌはみんなダラッとしてた。

この疑問に対する答えは結局「暑いから」ってことになるんだろう。
イヌだって暑けりゃダラッとする(はずだ)。ワンワン吼えたり、飼い主から逃走したり、
人に噛み付いたり、そんなエネルギー多消費型の、暑苦しい行動を起こす料簡にはならないんだろう。
吼えも走りもせずダラッとしてるイヌども。これは見方を変えれば「おとなしいワンコたち」なわけで、
おとなしいんだったら、つないでおく必要もないってわけだ(下は十分で見たイヌ)。
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不思議1&2に関連する傍証として、イヌを散歩させる光景もついぞ見なかった。
これもまたイヌを散歩させる習慣そのものが存在しないのではないか?とイ課長には思える。
あの暑さの中、イヌの散歩となれば飼い主は大変だろうが、イヌだって大変なんだよきっと(笑)。
「さんぽぉ?この暑いのに?勘弁してくんねぇかな~」とヒトもイヌも思ってる。
散歩させないんだから、首輪もヒモも特に必要ない…ってことじゃないかな?


不思議3.寝たり伏せたりした姿が、なぜダラシなく見えるのか?

そうなんだよ。寝姿とか伏せた姿がミョーにダラシない。
もっとも、イヌの行儀のいい寝姿ってナンだと言われると困るんだけど…(笑)。

これは例の魯肉飯の店にいたイヌだけど、台湾のイヌはよくこうやって後ろ足を
ドタッと投げ出すような感じで寝たり伏せたりしてた。
後ろ足をきちんと折り畳んで座る、そんな行儀のいい?イヌは少ないようだ。
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さらにこれ。
瑞芳の駅で見かけたイヌで、一瞬死んでるのかと思ったが、単に寝てるだけ。
ここはオマエの犬小屋じゃないぞ?飼い主の家でもないぞ?人がザワザワといる駅だぞ?
そんな場所で、よくそこまで警戒心なくダラシなく眠れるな。
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この不思議3についても、おそらく「暑いから」が理由なんだと思う。
熱中症や夏バテ防止のために、イヌだって昼寝して体を休めたい(んだと思う)。
ましてイヌには汗腺がないから、冷房で冷えた床にぺったり密着して体を冷やしたい。
そうなれば足を投げ出したり床にベッタリ寝る方が、床との接触面積が増えるってわけだ。
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この魯肉飯屋のイヌ。どう見たってこの店で「飼われてる」としか思えない。
だとすれば、やはり飼い犬に首輪をつける習慣が台湾ではない…んじゃないかなぁ?

ついでに…と言ってはナンだが、これは台北の双連駅近くにいたネコ。
これもまた当然のごとく首輪なんてしてなくて、飼い猫だか野良猫だか判然としない。
わりと痩せてて、栄養状態はあまり良くなさそうに見えるが…。
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つまりこういうコトだな。
イヌであれネコであれ、台湾やアジアの暑い国のペットたちは「飼われてる」か「野良」かの
境目がボヤケてるってことだよ。というより、台湾のイヌネコたちは「飼育」と「野良」の
グレーゾーンにいると言うべきか(笑)。これを端的に表す言葉としては、やはり
放牧”という言葉しか思いつかないのである。

まぁそれはそれでイヌネコたちにとっちゃけっこうシアワセじゃないかって気がする。
イ課長がイヌに生まれ変わったら台湾で、おいしい台湾料理の残飯でも食いながら
のんびり“放牧”されるのも悪くないなと思うよ。暑いのには閉口だが…(笑)。



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by tohoiwanya | 2011-06-27 20:51 | 2010.08台湾旅行 | Comments(8)
2011年 06月 22日

分離派館(ゼセッション) :その2

さて、それでは分離派館の続きということで、近寄って細部を見てみよう。

まず真っ先に目につくのは正面入口上部にある3人の……ナニかと思うよねぇ、コレ。
一応、3人のメデューサということらしい。髪の毛がヘビで、その姿をジカに見た者は
石になっちまうっていう、ギリシャ神話に出てくるあのメデューサね。
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ちょっと調べたら、もともとメデューサってゴルゴン三姉妹の一番下の妹の名前なんだと。
女神アテナの怒りにふれたメデユーサは髪の毛がヘビでできた醜い姿に変えられ、トバッチリで
二人の姉も含めて3人姉妹全員「ヘビ髪女」に変えられちまったということらしい。

三姉妹は上からそれぞれステンノー、エウリュアレ、メデューサっていう名前だったっていうから
入口のこの3人を「3人のメデューサ」と書くのは正確じゃないんだな。あくまでも
「ゴルゴン三姉妹」と書くべきで、メデューサはこの3人のうちの1人にすぎないことになる。
うーむ、勉強になるのう。しかしこの3人のドレがメデューサかときかれると…(笑)

ゴルゴン三姉妹の下には茶色い扉がある。扉自体にも凝った装飾がなされているけど、
扉の両側にくっついてる、さかさまになったトカゲが生々しくてやけに目立つ。
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さらに入口の左右に置かれた巨大な植木鉢(…なのかな?)。
この植木鉢も4匹のカメが支えてる。重くて大変だろうなぁ。
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建物の側面をみると…ほほー、こっちでは三匹のフクロウさんたちがヒソヒソ話。
正面のゴルゴン三姉妹や逆さトカゲ、カメなんかがリアルな造形だったのに対し、
このフクロウはかなり様式化・デザイン化された意匠になってるね。
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フクロウだけじゃなく、建物側面は非常に多様な装飾がなされている。
曲線のなぐり書きみたいのから、幾何学模様風、植物模様風など、いろいろ混じってて、
この辺を見てると、意図的にいろんなタイプの装飾を混在させてるように思える。
植物模様も何の花だかわからないようなデザインで、アップで見ると花っていうより
「5人の宇宙人」みたいに見える(笑)。
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といった具合に、分離派館ってよく見ると非常に多種多様な装飾がそこかしこにある。
ただ、イ課長が一番感心するのは、これだけいろんな装飾がくっついていながら、
分離派館の全体的イメージは例の「金のキャベツ」以外は「白い、シンプルな建物」という
印象を(錯覚を、と言っていいのかもしれんが)与えるところなんだよね。

分離派館って、遠目からみるとほぼ真っ白の、単純な方形の組み合わせで構成された建物だ。
建物自体は色も形もごくシンプルにして、てっぺんの「金のキャベツ」を目立たせている
…と、いう風に見えるわけ。建物は「金のキャベツを置く台」といわんばかり。

ところがこの“キャベツ台”を近くから見ると凝った装飾がなされて、むしろ金のキャベツより
建物の方が面白いくらいだ。しかも近くに立てば位置的に金のキャベツは視界には入りづらいから
見る人は白い壁面に施されたいろんな装飾をじっくりと眺めることになる。
見る距離によって見えるものが違い、印象も違う。設計者オルブリッヒの計算だろうか。
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ウィーン分離派館。周囲のビルに比べるとグッと小さい建物だ。
しかしその存在感は抜群で、今や完全にウィーン名所のひとつ。
地下鉄のカールスプラッツ駅からもこんな風に「ゼセッション方面出口」がある。
毎日何度もこの階段を昇ったり降りたりしたことが、今となっては懐かしいね。



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by tohoiwanya | 2011-06-22 23:43 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(2)
2011年 06月 20日

分離派館(ゼセッション)

ひと昔前だったら、ウィーン必見の観光名所といえば、

「バロック」「ハプスブルグ家」

…といったあたりのキーワードで括ることが出来ただろう。
王宮、シェーンブルン宮殿等々で豪華絢爛バロック建築、豪華絢爛バロック内部装飾、
豪華絢爛バロック家具調度をたっぷり見て、美術史美術館でも豪華絢爛バロック絵画をたっぷり…と、
まぁそういう感じがウィーン観光の王道なわけで、それは今も基本的には変わってないだろうと思う。
要するに建物ならこんな感じというわけだ(笑)。これは王宮ね。
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しかし最近10~15年くらいかなぁ。ウィーンの、特に建築に関しての関心の集まり方には
ちょっと変化がみられるような気がする。豪華絢爛なバロック建築っていうだけじゃなく

「世紀末」
「ユーゲント・シュティール」
「ウィーン分離派」

といったあたりのキーワードに関係するモノの人気が急速に高まってるように思える。

19世紀末から20世紀初頭にかけて、アール・ヌーボーの流れを汲んだ新しい美術潮流が
ドイツやウィーンでは「ユーゲント・シュティール(青春様式)」として花開き、
そういう志向を持った芸術家たちは、従来の古典主義美術とは違うという意味をこめて
自分たちを「分離派」と呼んだり、呼ばれたりした。

有名なところだと画家・クリムトがウィーン分離派の重要メンバーだ。しかし最近は
ウィーン世紀末芸術っていうと絵画より建築に注目が集まってる(んじゃないかなぁ?)。

20年前のガイドブックでウィーンの分離派の建築に触れたものなんて少なかったんじゃない?
(トホ妻が30年前に初めてヨーロッパに来た頃のガイドブックには分離派のブの字もなかったんだと)
しかし、今じゃウィーンのガイドブックでオットー・ワーグナーのカールス・プラッツ駅舎とか
マジョリカ・ハウスに言及してないものなんて、まずないだろう。

20年前、新婚旅行で初めてウィーンを訪れた当時のイ課長はまだ愚かな若僧で(笑)、
ユーゲント・シュティールや分離派なんて全然知らなかった(トホ妻は当時から知ってたが)。

しかし20年の歳月の間にイ課長も少しは成長し、人々の好みも(たぶん)変わった。
ウィーン分離派の建築物を紹介した書籍なんかも近年はずいぶん増えたと思うよ。
ウィーン世紀末芸術や分離派といった芸術潮流についての、イ課長の知識も20年前よりは増えた。
前回はロクに見なかった、ユーゲント・シュティールの建築物。こんどウィーンに行く機会があれば
じっくり見たいなぁ、と思う程度にはなっていたわけだ。

実際、ユーゲント・シュティールの建物を見るためにウィーンに行くって人は今や珍しくないはずだ。
分離派の建築家として代表的なオットー・ワーグナーやなんかが設計した建物の数々は
今やウィーンの重要な観光スポットといっていいし、そういうところで熱心に写真を撮ってる人も
よく見かけた。建築科の学生っぽい、若い人が多かったね。
まぁイ課長の場合、若くないし建築の知識もゼロだが、ミーハー的にではあっても
ウィーン分離派のいろんな建物は見たい。

というわけで(なんて長い前置きだ!)、今回の旅行ではウィーン分離派にゆかりの
建築物をイ課長はいくつか実際に見てくることが出来た。順々にご紹介していこう。

とりあえずナニからいこうか。
その名もずばりゼセッション(分離、という意味)という名称をもった建物、分離派館から
いってみるか。この有名な建物は泊まったホテルから徒歩2分くらいの近さで、ウィーン滞在中、
毎日何度もこの建物の前を通ってカールス・プラッツの駅まで通ったもんだった。
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大御所オットー・ワーグナーの弟子、オルブリッヒっていう人が設計した建物で、
規模は小さいけど、その特異な外観や装飾が与えるインパクトは今も色あせていない。
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何といっても特徴的なのは建物上にある黄金の半球で、これ、実は月桂樹の葉っぱを模した
ものなんだって。ウィーン市民たちからは「金のキャベツ」という愛称を与えられており、
イ課長の目には金の脳、もしくはモンブラン(ケーキのね)に見えるが。
夜はこんな感じでライトアップされる。光り輝く巨大モンブラン。食べたい?(笑)
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しかし、この分離派館。単に金の脳が乗っかってるっつうだけじゃなく、
細部の意匠がまた凝りに凝ってて非常に見ものなのだ… が…。

…長くなったから、分離派館、次回に続きます。すんません。




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by tohoiwanya | 2011-06-20 22:29 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(0)
2011年 06月 16日

20年の時差

まだ時差ボケをひきづってるイ課長です。
しかも帰国したトタン会社の方もいろいろ面倒ゴト発生で、ややぐったり状態。

まぁいい。チンタラと更新していこうではないか。
行ってきたばかりなんだから、今日はやっぱウィーンネタでいこう。

まず建築物の話から。
パリという街を象徴する建築物といえば何?
…と言われれば、エッフェル塔か凱旋門という回答に異論のある人はいないだろう。
ニューヨークならエンパイアステートビル、ロンドンならビッグ・ベンあたりか。
さて、それでは、ウィーンを象徴する建築物といえばナニ?

まぁ凱旋門やビッグ・ベンほどの強烈な知名度はないかもしれないけど、やっぱり
聖シュテファン大聖堂(ザンクト・シュテファン)の名を挙げる人が多いはずだ。
ウィーンの街のド真ん中、最も賑やかな中心にあるから、ウィーン観光しようと思えば
イヤでも目に入る。イ課長も今回の旅行中何度も見たり、前を通ったりした。

6月4日、ウィーンのホテルにチェックインしたイ課長&トホ妻。
12時間フライトで疲れてたけど、現地はまだ夕方だし、とりあえず散歩でも、というわけで
20年ぶりに分離派館やオペラハウスを眺めつつ、賑やかなケルントナー通りを抜けて
聖シュテファン大聖堂の方までぶらぶら歩いた。

遠くに白い尖塔が見えるけど、あれじゃないよな?聖シュテファン大聖堂の塔は黒い。
…と思いながら徐々に聖堂に近づくにつれてイ課長の中のオドロキも徐々に大きくなり始めた。
うぞ。やっぱあの塔がザンクト・シュテファンだったの?!あれがぁ??えええ?
シュテファン教会の塔ってあんなに白かったっけ?!
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こりゃまた何としたことか。
ウィーンにいりゃどこからでも眺められる聖シュテファン大聖堂の尖塔(137mあるらしい)。
イ課長の記憶にあるのはいかにも「時代を経た」って感じの、黒ずんだ塔だったぜ?
やけにキレイに“漂白”されてるから、別の教会の塔かと思っちまったじゃないか。

まぁ経緯は大体想像がつく。
「黒い塔」っていうのは煤や排気ガスで汚れただけで、シュテファン教会も元々は
白っぽい石造建物だったはずだ。つまり“漂白”された状態が本来の姿に近いことになる。
塔が近年クリーニングされたのは間違いなくて、幕で覆われる部分は今まさに洗浄中なんだろう。
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しかし、教会の横の部分はまだ全くクリーニングされてないみたいで、上の写真のとおりの黒さ。
そう、イ課長の記憶にあるシュテファン教会の塔はまさに全身がこんな感じの色だったよ。
20年前に(もちろん普通のフィルムカメラで)撮ったシュテファンの塔の写真が1枚あるから
携帯デジカメで撮り直してご覧にいれるけど、ほら、黒いでしょ?
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修復であれ洗浄であれ、建物の色が黒から白に変われば見た目の印象も、そりゃもう劇的に変わる。
イ課長の中では「黒いザンクト・シュテファン」の、あの“時代感”みたいなものが
そのままウィーンという街の激動の歴史を凝縮し、象徴してるって印象に結びついている。
それが白くなると、うーん…いや確かにキレイだけどさ、あの“時代感”まで一緒に洗われちゃって、
やや「お軽い教会」っぽくなったのは否定できんなぁ…うーーーむ…。

やっぱ建物のイメージって「初めて見た時の印象」に支配されるね。
パリ旅行のときに見たアミアン大聖堂なんかも相当白かった。比較的最近クリーニング
したのかもしれない。しかしアミアン大聖堂はコッチも最初から「白い」と思っていたから
時代感がドウコウなんて思わなかったし、逆に黒いアミアン大聖堂なんて想像もつかない。

一方、ケルン大聖堂なんかはイ課長の中で「黒い建物」というイメージで完全に規定されている。
あれがクリーニングされて真っ白になったら完全に別の建物に思えちゃうだろうなぁ。

現在、ウィーンの聖シュテファン大聖堂はこんな感じで「洗って白くなったところ」、
「まだ黒いところ」、そして「クリーニング中?で幕で覆われたところ」の3つの状態が
並存した形になっている。
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新婚旅行以来の、20年ぶりのウィーン。
ザンクト・シュテファンに限らず、あの時の記憶とはだいぶ変わったなぁって場所は多かった。
その一方で、ああ昔のままじゃんっていうところも多くて、いろいろ感慨深かったよ。
これからたぁ~っぷり、ご紹介していきます。



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by tohoiwanya | 2011-06-16 23:52 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(2)
2011年 06月 13日

帰国しました

欧州出張ではいつも「現地を夜出発、翌日夕方に日本着」っていうフライトだけど、
今回、オーストリア航空の帰国便は「現地を昼過ぎ出発、翌日朝に日本着」というもの。
飛行機の中ではほとんど眠れぬまま成田に朝の7:30に着き、10時には自宅に戻って来た。

それから「眠らずにガマンする」苦行が始まった。明日からは会社だからね。
何とか夜の8時まで必死に持ちこたえ、バッタリと寝て、そのまま朝まで泥のように…


…のはずだったんだけど、やっぱり夜中に目が覚めてしまった。
というわけで、真夜中の帰国報告(笑)。


まぁとにかく、けっこう濃密な旅行でしたですよ。

ウィーン国立歌劇場でオペラを見てきましたですよ。
ウィーンフォルクスオパーでオペレッタも見てきましたですよ。
ニューイヤーコンサートで有名なウィーン楽友協会ホールでコンサートも見てきましたですよ。
日帰りで、ハンガリーのブダペストなんてトコにも行ってきたですよ。
映画ヲタクの旅もちょっとやってきたですよ。
美術史美術館でマルガリータ三部作もチャンと今回は見て来ましたですよ。
ウィナー・シュニッツェルも食ってきましたですよ。
ヴァッハウ渓谷を抜けるドナウ河・船の旅もしてきたですよ。
海外床屋フェチとして、ウィーンの床屋も制覇してきましたですよ。

ナンだカンだで、撮った写真も気がついたら1000枚以上。
しばらくはウィーンネタでイ課長ブログも存続させられそうなのである。
時差ボケを回復させつつ、仕事をサボリつつ、徐々に書いていきたいと思います。


去年の台湾ネタや欧州出張ネタもまだ残っているのだが…。
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留守中、コメントをいただきありがとうございました。
レスは明日、会社で書きます(笑)。




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by tohoiwanya | 2011-06-13 03:54 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(2)
2011年 06月 08日

ウィーンから

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イ課長です。
無事ウィーンに到着し、遊びまわってます。
旅行の半分を消化して、現在水曜日の午後2時前。
あともう3日、遊んでから帰ります(笑)。
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by tohoiwanya | 2011-06-08 20:57 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(2)
2011年 06月 03日

リムジンバス乗り遅れの悪夢

明日の早朝出発を前にして、なんと不吉な題名の記事であろうか(笑)。
いやしかし、ウィーン出発前の厄落としの意味でもあの恐ろしい経験をここに書き残しておこう。

2010年11月欧州出張は、イ課長の寝過ごしによってその幕が切って落とされたのである。

乗ろうとしたのは6:40新宿西口発の成田行きリムジンバスだった。
バス発車ギリギリの新宿着は避けたい。となると最寄駅5:34発という早い電車しかない。
新宿で20分くらい待つことになるけど仕方ない。休日早朝は電車本数が少ないしね。

重いゴロゴロを引きずって駅まで歩いて、5:34の電車に乗るなきゃならんとすると
5時起床じゃちょっと余裕がないから4時45分に目覚ましと携帯アラームをセットした。
まぁコーヒーの一杯くらい飲んでから出かけたいし…


ところが、目が覚めたらすでに5:45ではないか。1時間もの寝過ごし。
(目覚ましと携帯が鳴らなかった理由は長くなるからここでは省略)
予定起床時間より1時間も後だ。乗ろうと思ってた電車も駅を発車しちゃった後だ。

時計の文字盤を見て、これは夢ではないか?と思ったよ。
しかし信じたくないがこれは現実だ。大変なことになったという思いが全身を貫く。

悪夢の中にいるような気分で大急ぎで着替え、スーツケースのフタを閉めてベルトで巻き、
荷物の最終チェックなんてする間もなく家を飛び出した。
今にして思えば、おそらくそれが5時55分前後、6時ちょっと前だったはずだ。

11月の早朝、まだ真っ暗な道を疾風のようにゴロゴロをひきづって歩く。
善後策なんて考える気持の余裕はない。とにかく駅まで早く…早く…

駅に着いたのがたぶん6:10頃だったと思う。
すごく重い荷物をひきずりながら、超スピードで歩いたことになる。

確認すると、次の新宿行き急行は6時13分。
もちろん予約した6:40のリムジンバスには間に合わない。予約した3000円の切符はパーだ。
しかしあの時の心理状態は切符代の心配どころじゃなかった。
海外出張出発日に寝過ごしたというショックで、悪夢に中にいるような気分は
電車が新宿に着くまでずっと続いた。

新宿に着いたのがたぶん6:43分頃だったはず。
京王の新宿駅からリムジンバスの新宿西口乗り場は、階段を上ればすぐだ。
超重い荷物を持って疾風のように階段を上り、疾風のようにチケット売場に駆け寄る。

「えーと…次の成田行きは…7時ですか?」
「ああ、6時50分発のバスにまだ間に合いますよ」

見ると、確かに目の前にはアイドリングしてるリムジンバスが停まっとる。

「じゃ、その6時50分発、1枚…」

切符を買い、イ課長の荷物を積み込み、バスは発車した。
混乱した心理状態のまま、リムジンバスの座席でイ課長は状況を反芻・確認してみた。

寝過ごして乗れなかったリムジンバスは6:40新宿発だった。
今乗り込んだこのバスが6:50新宿発だった。


あ?…もしかして10分遅れで済んでる?


徐々に自分の状況が冷静に飲み込めてきた。
目が覚めたのが1時間遅れだったから地獄に落ちた気分になったけど、
行動計画に余裕を持たせてたから実際には10分の遅れで済んだわけだ。

10分なら大丈夫だろう。ああ…大丈夫ダイジョウブ。問題ないモンダイナイ…
この辺からようやく、自分がマトモな心理状態に戻っていくのがわかった。

休日の早朝だから渋滞もなく、バスは問題なく成田空港に着き、
空港での行動計画にも余裕を持たせていたイ課長は問題なくチェックインし、
出張先で読む文庫本を買い、第1ターミナルから出発するとき恒例のラーメンも食べた(笑)。

あの朝のことは今思い出してもゾッとするけど、
寝過ごしの実際的なダメージとしては、実はすごく小さかったんだよね。

言い古されたことだけど「海外に行く時は(まぁ海外に限らずドコに行く時も、だが)
移動には余裕を持たせろ」という鉄則がイ課長を救ったともいえる。

しかし海外出発当日の寝過ごしっていうのは、精神衛生上はものすごく悪い。
あの日の寝過ごしショックで、イ課長の頭にはシラガが数十本は増えたはずだ。
そんなこともあって、あの日無駄にしたリムジンバスのチケットをイ課長は今も保存し、
過ちを繰り返さぬための教訓にしているのである。
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明日(というか、もうそろそろ今日だが)は6時頃家を出る。
同じように新宿西口からリムジンバスに乗る予定だけど、今回は便を予約せず、
着いたら直近の、乗れるバスの切符を買って乗ることにしたのである。
どうせ新宿西口からは10分おきに出てるんだし、満員で乗れないなんてことはまずないし。

この辺のプランニングにも、あの遅刻の教訓が生きてるといえそうだ(笑)。

さてそれでは行ってきます、ウィーンへ。予定通りなら12日に帰国します。
現地で余裕があれば、携帯から短信だけでもお伝えします。




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by tohoiwanya | 2011-06-03 23:50 | 2010.11欧州出張 | Comments(4)
2011年 06月 01日

ウィーンに残してきたもの

台湾や欧州出張のネタを書き尽くしたとは言えないんだが、そんなこと言ってるうちに
いよいよウィーン旅行の出発が3日後に迫ってきた(4日の土曜に出発なのである)。

今回のウィーン旅行に関しては、大きな前提条件があるので、現地での行動計画も
それによって影響をうけることが考えられる。その前提条件はナニかっていうと…

イ課長もトホ妻もウィーンには一度行ったことがある

ということだ。ロンドンと同じく20年前の新婚旅行の時に訪問し、3泊した。
3泊する間には当然、あちこち観光もしている。従って、我々の今回のウィーン旅行が

前回行ってないところを優先的にまわろう

という考え方に傾くのは自然なことだ。
ウィーン必見の名所だけど、今回はスルーするだろうって場所がいくつかある。

たとえばシェーンブルン宮殿。ウィーン観光といえばまずはココだが、前回行ってる我々としては
今回の旅行での観光優先順位はグッと下がるのはやむを得ない。
(今日使ってる写真は、全てウィーン観光局サイトより拝借しております)。
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あるいはプラター公園の観覧車。オールド映画ヲタク・イ課長としては「第三の男」に出てきた
あの大観覧車は最優先観光スポットだから、やはり前回旅行の時、真っ先に乗っている。
今回はやっぱ優先順位は低くなるだろうなぁ(時間があればまた行きたいけどさ)。
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一方、「20年前にウィーンで見逃して悔しい思いをした」っていうものあるわけで、
こういうのは今回の優先順位が極めて高くなる。20年ごしのリベンジってわけだ。

20年前にウィーンで悔しかった思い出の代表的なものといえば、美術史美術館だ。
若きイ課長はここで、ベラスケス作のマルガリータ王女三部作を見るのを楽しみにしていた。

ところがあの時、美術史美術館のスペイン絵画室だけがなぜか閉鎖されてたんだよ。
それを知ったイ課長は悲嘆のあまり、美術館の廊下で舌を噛んで死のうかと思った(やや大げさ)。
もちろんブリューゲルやフェルメールや、他にも名画はタンマリとあったけど、
マルガリータ三部作を見逃したという悔しさは癒せるものではない。
あーちきしょう今思い出してもくやしいぜ。よりによって一番見たかったトコだけ閉鎖なんて。
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だから、今回は美術史美術館にはふたたび行く。絶対行く。リベンジの時来たる。
そして今度こそベラスケス畢生の名画マルガリータ王女の肖像画三部作をこの目で見るのだ。
え?また閉鎖してるかもしれないだろうって?
その時は「日本人観光客、ウィーン美術史美術館に放火」というニュースが届くだろう(笑)。

あるいはウィーン国立歌劇場。イ課長とトホ妻は新婚旅行の時、ここでオペラを観るには観た。
天井桟敷の、ほとんど舞台が見えない席で「ファルスタッフ」を。しかも途中まで(笑)。

ちょうどウィーン南駅からベニス行きの夜行列車に乗らなきゃいけない最後の晩で、オペラを
終幕まで見るのは難しかったんだよね。しかも舞台はよく見えず、ファルスタッフっていう演目自体も
なじみがなくてイマイチ楽しめなかったんだよ。
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天井桟敷席のすぐ上、視線をあげると真っ暗な場内の真っ暗な天井に大きなシャンデリアが見えた。
その暗いシャンデリアを見ながらイ課長はだんだん切ない気分になったのを覚えてるよ。

「このシャンデリアが輝くところを死ぬまでにもう一度見ることあるかなぁ?…ないだろうなぁ…」
なんてね。あの新婚旅行が初欧州旅行でもあったイ課長にとって、もう一度ウィーンに
来るなんてことは、ほとんど夢のように思えたっけ。

それが見られるんだよ!もう一度ウィーン国立歌劇場に行けるんだよ。ううう…(←泣いてる)。

前回のリベンジ。今回は万難を排してウィーン国立歌劇場のチケットをネット予約した。
20年の時を超え、またあそこに行って、今度はゆっくりオペラを観られるかと思うと
心も弾むってもんだ。考えてみりゃ20年前には「チケットのネット予約」なんてこと自体、
夢物語だったよなぁ…。

もちろん今回の旅行はリベンジだけじゃなく、普通の観光もするんだけど(笑)、
やっぱり前回やり残したことでは「思いを遂げたい」って気持になるのは無理からぬ話。

「海外旅行に行ったら、少し心残りを残すくらいで戻ってくる方がいい」と誰かが言ったらしいが、
案外それは当たっているのかも。


2度目だからこそ、前回行った時の心残りがあるからこそ、楽しみなんだよ。ウィーン。




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by tohoiwanya | 2011-06-01 00:02 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(5)