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2011年 07月 28日

世界で最も美しい図書館

「世界で最も美しい図書館」…

…という、このキャッチフレーズはけっこう人を魅惑するらしい。
実際、ヤタラ美しい世界の図書館の写真を集めたサイトなんかもある(海外サイトに多い)。
「英知の殿堂」っぽいイメージ、図書館としての機能美、その上に建物や内装の美しさが加わると
「世界で最も美しい図書館番付」に顔を出すようだ。

イ課長がプラハ出張の時に見られなかったストラホフ修道院の図書館なんかは
世界的に有名で「最も美しい図書館番付」の小結か関脇くらいの存在らしい。
ま、見られなかったわけだけどさ…(笑)。

今回のウィーン旅行で、イ課長とトホ妻は「世界で最も美しい図書館番付」で
これまた間違いなく三役クラスの(こういうタトエもどうかと思うが)2つの図書館を
この目で見ることが出来た。本日はその1つめをご紹介しよう。

世界に美しい図書館は数あれど、なぜか日本では「世界で最も美しい図書館」っていうと
必ずウィーンの国立図書館、別名プルンクザール(輝きの広間とでも言うか)が挙がる。

ここは今回、特にトホ妻が行きたがった場所なのだ。
イ課長はほとんど予備知識がなかったんだけど、まぁハプスブルグ家王宮の中にある
図書館なんだから、さぞかし豪華絢爛なんだろうと想像はしていた。

入口はちょっとわかりづらい。
ホフブルク王宮見学用のメインエントランスとはちょっと離れたところに入口があって、
こんな階段を上っていく。少なくとも階段まではどうってことはない。
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この階段を上りつめると図書館の入口があるのだ。
ちなみに、内部は「ストロボ焚かなきゃ写真撮影OK」だから、イ課長も張り切って
内部に入っていった。すると…

ひーーーーーーーーー。
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いやはや…豪華絢爛だろうとは思っていたがここまで豪華絢爛だったとは!
あまりにデカすぎて、カメラを広角にしても図書館の全容を全く捉えられん(笑)。
天井画にしたって、一体どうやって撮ればいいんだか…。
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…とまぁ、最初のうちはとにかくひーーひーー言いながら見てたんだけど、
ほどなくイ課長も冷静になって細部を観察し始めた。
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この図書館が見物人をして「すげーー」と思わしめる要素はいろいろあるんだけど、
とにかく天井が高く、本棚もやたら高く、上の方まで本がミッチリ詰まってるから、
その威容、重量感にまず圧倒される。
高いところの本はこうやって専用の階段を使うわけなんだな、なーるほど。
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よく見ると本も不思議だ。背表紙を見ると明らかに似たような装丁の本ばっかなんだよね。
つまり最初にあったオリジナルの本そのものの姿じゃなく、この図書館に収蔵する際に
「国立図書館専用仕様」の、この茶色の装丁をハメ直したとしか思えない。
保存性という点ではその方がいいんだろう。しかしこれじゃ背表紙を見てもドレが何の本か
わかんないよねぇ?
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当然のことながら本を探すときに背表紙を見て探すとは考えられない。
何番目の本棚の上から何段目の左から何番目にコレコレの本が所蔵されてるっていう超精密な
所蔵目録がみたいなのが別にあるんだろうな。棚にもこうやってローマ数字の番号がついてるし。
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観光客は見学して写真を撮るだけで、本そのものに触れることはできない(んだと思う)。
しかしまぁここは確かに見るだけでも十分価値がある場所と言っていいだろう。
ウィーン旅行の機会があれば、一度ご覧になってみてはいかが?

最初の方に、今回の旅行で「世界で最も美しい図書館番付」上位の二つを見た、と書いた。
今日ご紹介したオーストリア国立図書館、このプルンクザールがそのうちの一つ。
もう一つはいずれご紹介するけど、実際の旅行スケジュール上では二つめを見るのは
プルンクザール見学の、ほぼ24時間後だったのである(笑)。



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by tohoiwanya | 2011-07-28 00:14 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(2)
2011年 07月 26日

「英国美人」は存在するか?

ロンドンのホテル評価を書いたら、連鎖的に英国の話を書きたくなったので、書く。
書き手の気まぐれでドコの話になるかわからないイ課長ブログなのである(笑)。
本日はやや刺激的?なテーマかもしれないなぁ。

「プロテスタントの国には美人と美味い食い物がない」という定説がある。
もっとハッキリ言えば「プロテスタントの国はメシが不味くてブ○ばっか」というこの定説。
(その逆に「カトリックの国は食い物美味くて美人が多い」とも言われるわけだが)

英国国教会をプロテスタントと言っていいかどうかやや微妙なとこだが、とりあえず
カトリックでないことは確かだ(もちろん、北アイルランドとかは除いてね)。
この定説を世界に流布させる上で、英国はどの程度寄与しているのではあろうか?

食い物に関しては明白だ。英国が加われば「美味さ」で圧倒的不利、不味さで有利になる(笑)。
当然、英国のいるプロテスタント・グループが不味いと言われるのは仕方あるまい。

しかし美人の多い少ないとなると…?そもそも「英国美人」っているのか?
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確かに英国美人ってイメージが湧かない。映画女優で考えても「男がみんなウットリ」型の
典型的美人女優っつうたら…ビビアン・リーくらいかなぁ(古すぎ?)。
新婚旅行の時に3日間ロンドンに滞在した時の印象からいっても、英国女性の美人度は
おおむね「食い物と大差ないレベル」なんだと思っていた。

ところがだ。実は今回のロンドン出張でイ課長はちょっと印象に残る経験をしたのだ。
ロンドンの仕事初日、最初の訪問先でのことだった。

応対してくれたのは、当初から面談のアポをとってた若手男性職員。
端正な顔立ちにメガネをかけて頭良さそうで、スラリとした体格。なかなかイケメンだ。
その彼と、通訳さんを交えて3人で話をしているうちに、ちょっと特殊な話題に話が進んだ。

するとその彼が「それに関して詳しい同僚がいるから、呼んできましょう」と言って
応接室からいったん出て「詳しい人」をわざわざ連れてきてくれた。
その、彼が連れてきた人を見てイ課長はビックリしたのだ。

目のさめるようなというか、水のしたたるようなというか、すごい金髪美人だったんだよ。
年頃はおそらく20代後半かなぁ。スラッとしたスタイルでスーツをピシッと着こなしてて
お化粧なんかもビシーッと一分のスキもなくキメてた(化粧が濃いというのとはちょっと違う)。
まさに美人キャリアウーマンそのもので、実にキレイで、カッコよくて、モデルさんみたいだ。
「英国でこんな美人にお会いできるとはなぁ…」と思いながら話をした。

彼女だけじゃなく、ロンドンのビジネス街を歩いてるとカッコいいファッションに身を包み、
スラリとした姿で歩く美女がけっこう目につくんだよ。うーーむ…これはもしかすると
「英国に美人は不在」というのは誤解に基づく偏見で、実は英国女性のレベルは高いのか?

そんな話を通訳さん(現地在住日本人)としてたら、彼女はこんなことを言った。
「さっきの美人も、最初に応対してくれたイケメンも、両方とも見るからに上流の出で、
 いい大学出たエリートですね」
「ビジネス街には上流・高学歴の人が多いから相対的に美人が多く見えるんでしょうね」
「明日行くリーズはだいぶ感じが違うと思いますよ」 

へへぇ~~? 

確かに、翌日行ったリーズで見かけた「女性の風景」はロンドン中心街とはだいぶ違ってた。
顔の造作の差っていうのは主観的な部分もあるから一概にどっちがドウとは言えないし
ビジネス街のキャリアウーマンと田舎のねえちゃんの服装も単純には比較できん。

でもそういったことじゃなく、わりと顕著に違いがわかる部分があって、それは
リーズでは太った若い女性をしばしば見かけたということ。
昨日、ロンドンのビジネス街じゃ太った女性ってあんまり見かけなかった。

でもリーズにはドスンとした体型のネエチャンがけっこういる。そういうのが何人かで
ギャハギャハ笑いながら連れ立って歩く姿は外見的にも十分「こらあかん」なんだけど、
育ちという点でも、上流階級の出身には見えんよなーー確かに。

後に読んだ本によると、イギリスの労働者階級には「ヤセっぽちなんてダメ」っていう
価値観が根強く残ってるらしくて、子供が太ることを親はむしろ歓迎する気風があるらしい。
ふーーーむ…上流階級はスラリ、労働者階級はオデブっていう傾向があるわけか?

イギリスが今でもけっこう階級社会を引きづってるっていう話は聞く。
貴族か平民か、平民の中でもアッパークラスか労働者階級かっていう違いは依然として
消えていないんだろう。しかしその差が体型にも反映されるとしたら本当にすごい差だ。

日本だと、美人かブスか、スラリかデブかっていうのはおおむね「個体差」として捉えられる。
「貧民だけど美人の娘」や「裕福な家のデブブス女」がいたって全然おかしくはない。
でも英国では日本人の想像以上に、美醜の差に「階級差」って要素が絡んでくるのかも。
「階級差」からさらに「学歴差」「収入差」「結婚相手差」となると…うーむ…これは深い。

英国に入る三日くらい前、ウィリアム王子がケイト・ミドルトン嬢との婚約を発表した。
彼女は一応「平民出身」ということらしい。もちろん平民の中ではウンと上流なんだろうけど。
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ドイツのホテルのテレビで彼女を見た時、イ課長は「ややケバめ美人」だと思った。
しかし通訳さんの話だと、あのくらいキメた女性が英国では「気品ある上流の美人」と評価
されるらしい。そういやイ課長が会った金髪美人もキチーッとお化粧してたもんなぁ。
平民でもアッパークラスの美人になると、服装や化粧に手抜きなんて許されないんだろう。

冒頭に話を戻す。

プロテスタントの国に美人と美味い食い物はない、という例の定説。
「食い物」に関しては定説の形成に英国が大きく貢献しているのは間違いない。
だが「美人」の方に関してはちょっと判断を保留したい。

英国美人はいるかもしれないんだよ。ある階層以上になると特に。
普通の旅行者は「そういう階級の女性」と接することがまずないから知らないってだけで、
実はけっこういるのかもしれん、英国美人。イ課長が実際に見たのは一人だけだが…。
(本日は適した写真がなかったので拾い物写真だけでスンマセン)


 

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by tohoiwanya | 2011-07-26 00:08 | 2010.11欧州出張 | Comments(8)
2011年 07月 22日

イ課長ミシュラン・ホテル評価 No.13

ウィーンネタの間隙をぬって昨年の欧州出張ネタも地道に展開し続けるのである。
ロンドンで泊まったホテルの評価をまだやってなかったから、今日はソレをやろう。

今回から、☆印による評価制度を導入してみた(笑)。大体の目安はこんな感じか。

★★★★★  サイコウ
★★★★☆  ケッコウイイ
★★★☆☆  マァマァ
★★☆☆☆  イマイチ
★☆☆☆☆  ダメダメ
☆☆☆☆☆  ウンコ

まぁイ課長だって、アホはアホなりに「なるべく安くていいホテルを」と思いながら
探すわけだから、下二列のような評価にブチあたることはないと思うんだが…(笑)。


The Darington Hyde Park

ロンドンのホテル探しはかなり苦労した。
いつものホテル予約サイトで探したんだけど、フランクフルトに比べて相場が高くて
マトモそうなホテルは平気で1泊2.5万円くらいする。
もっと安いホテルはっつうと、どこもすこぶるユーザー・レビューが悪い(笑)。

いわく「狭い」「不潔」「うるさい」「二度と泊まらん」云々…
ロンドンには三ツ星程度で、なかなかいいホテルってもんがないのかよ?
いくら高級ホテルを除外して探してるとはいえ、やけに評価が低い。
評価が高いところはっつうと、値段もやけに高い。ったくもう…ロンドンときたら…。

ロケーション的に泊まりたい場所はある程度ハッキリしていた。
金曜のリーズ行きではキングス・クロス駅周辺が、最後の帰国時にヒースロー・エクスプレスに
乗るんだったらパディントン駅周辺が便利。この二つの駅のドッチかだろう。
だが、聞いた話ではキングス・クロス駅周辺ってのは治安がイマイチらしい。だもんで、
パディントン駅周辺を中心に探し、探し、探し疲れた頃に、あるホテルのユーザー・レビューに
こう書かれてるのを発見した(日本人が書いてた)。

ロンドンのベスト・バリューホテルの一つとして現地の雑誌で取り上げられてた

…ふぅ~~む。ここなら、そうメチャクチャひどくはないんじゃないか?
3泊324£だから1泊100£ちょい。安くはない(1泊1.4~1.5万円ってとこか)。
フランクフルトのあのナイスなホテルでも、1泊90€(1.1万円くらい)だったんだから
全然安くはない…が、バカ高くもないし、他の人の評価もまぁまぁだし、もう探すのに疲れたし(笑)、
面倒臭くなってここにしたのだ。さて、実際はどうだったのかというと…。


寝室:★★★☆☆ 
まぁ★3.5くらいあげてもいいんだが…。
イ課長が泊まったのは最上階の4階の部屋で、部屋はけっこう広かった。

特に、このデスクがすごく広かったっていうのは非常に使いやすかったね。
PCを置き、書類を広げ、なおかつ缶ビールとツマミを置いてもまだスペースに余裕がある。
外も静かだったし、全体としては悪くない部屋だったといえる。
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ただ、この部屋には問題が一つあって、それは床鳴りがヒドいってことだ。
配線類を通しやすくするためにジュウタンの下を二重床にしてたんだろうが、これがもう…
部屋ン中を歩くたびに「ギィーッ」「ギシッ」「ミシーッ」「ギシーッ」って音が
1歩につき1回鳴る。同階の隣の部屋が床鳴りしてるのもよく聞こえた(笑)。
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これ、イ課長は最上階の4階だったからまだマシだったといえる。階下の人はかなり
うるさかったと思うなぁ。下の人ごめんなさい。しかしイ課長だって生きている以上は
部屋の中をあちこち動くわけだからさ、しょうがなかったんだよ。


バスルーム:★★★★☆
これはまぁ特に優れているわけじゃないけど、一応バスタブらしきものが付いてたし
お湯の出も悪くなかったし、バスルームは床鳴りしなかったから(笑)、一応★4つ。
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朝食:★★★☆☆
おそらくロンドン中級ホテルの朝食としては「かなりいい」レベルだったと思うんだが、
その直前まで泊まってた、ドイツ・フランクフルトのあの朝食の直後じゃねぇ…。

ちなみに、最初の日によく知らぬまま「オカズ全部盛り」を食うハメになったイ課長。
最後の土曜は(金曜は早朝出発で朝飯食う時間がなかった)、オカズのオーダー量を減らし、
代わりに生グレープフルーツ(これは美味しかった)を大量にむさぼり食ったのである。
身体がビタミンを欲してたのかもね。
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利便性:★★★★☆
これは★4つあげていいだろ。
パディントン駅からは徒歩5~6分程度で、地下鉄に乗ればロンドンのドコに行くにも便利。
駅の周辺にはレストラン、パブ、土産物屋、缶ビールの買える店等々、いっぱいあって
生活にはまず困らない。
最後の帰国時に重いスーツケース運ぶのも、このホテルから駅までだったら問題ないよ。
しかもパディントン駅からならヒースロー空港まで約15分。これは助かる。
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従業員の態度:★★☆☆☆
これがねー…
いや、サービスや接客内容が悪いわけじゃないんだよ。必要な対応はしてくれた。
ただね、イ課長がよく会ったメガネの男性スタッフ、彼には全く「笑顔」ってものがない。
常に冷静に、事務的に、キチンと仕事をこなすけど、ニコリとも笑わず、英語の不自由な
イ課長に対して少し分かりやすくしゃべってあげよう的な心遣いもない。

何度も言うが、仕事自体はチャンとしてる。荷物も預かってくれたし、前の宿泊客の
忘れ物とおぼしき封書(未使用のクレジットカード入り!)を持ってってあげた時も
「ありがとうございます。おお、ミスター●●ですね、存じてます、連絡します」って感じで
的確に対応はしてくれた。ただ、その対応の間にマッタク笑顔はない…
何だかロボットのフロントマンと話してるみたいでさぁ…ブツブツ。

他の中級ホテル(おおむね良くないらしい)に泊まってないから比較できないけど、
ロンドンの三ツ星B&Bとしては、確かになかなかイイ方なんだと思う。
高級ホテルは無理だけど、そうヒドいところでも困る、っていう、イ課長みたいな
ごくフツーの旅行者or出張者にはお勧めできると思う。
ゴージャスなホテルで思い出に残るロンドンの夜を楽しみたいって人には論外(笑)。



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by tohoiwanya | 2011-07-22 00:23 | 2010.11欧州出張 | Comments(5)
2011年 07月 20日

ガイジン・アンケートに答える

これもトホ妻と別れて行動している時の話。
先日書いたエンゲル薬局に行こうとする途中の出来事だったんだけど、
本筋に入る前に、例によってちょっと前置きを。

外国で、外国人を対象にしたアンケートやヒアリングの対象にされるっていう経験。
イ課長はこれまでに何度かある。

ブリュッセル空港では外国人空港利用者実態調査みたいな感じで、英語で
ヒアリングされたし、ミュンヘンでは何かの街頭インタビュー?をされそうになったけど、
あれはドイツ語でイ課長と話そうとした彼らが悪い(笑)。この話は前に書いたね。

パリのド・ゴール空港でも帰国前やられたな、そういえば。これはヒアリングじゃなく、
記入式アンケートで、フランスに何日滞在し、何ユーロくらいお金を使ったか、みたいな
質問に回答した。

実は今回のウィーン旅行でもヤラれたんだよ。
しかしウィーンでヤラレたのは、これまでとはちょっと意味合いの違うヒアリングだった。

ちょうど床屋で髪を切り終わって、エンゲル薬局にでも見に行こうかなぁと考えながら
観光客で賑わうザンクト・シュテファンのあたりをブラついてた時のことだ。
こんな18世紀風のスタイルで観光客にコンサートのチケットを売ろうとする連中の
写真なんかをのんびり撮っていたら…
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突然話しかけられた。見ると4人の男の子だ。小学校の4〜5年生ってあたりかな?

子「あのすみません、ちょっとアンケートに答えてもらっていいですか?
  (…というような意味のドイツ語だったんだろうな、と推測される)」

ミュンヘンのインタビューのことを思い出した。
ドイツ語しゃべれそうにないガイジンにドイツ語で聞かれても困るんだってば~。
しかし相手は子供だ。心やさしいイ課長は慈父のようにやさしい、と同時に
ちょっと困った笑顔をうかべながら、英語でこう答えた。

イ「あー…ソーリー、私はドイツ語を話せません」

するとどうよ。事態は意外な展開を見せた。

子「(突然英語に切り替えて)英語でしゃべります。いくつか質問していいですか?

うおお!!さすが国際都市ウィーン。小学生にして外国語をあやつれるのかよ?!
4人いるキッズのうち、特に一人が英語が上手なようで、主に彼がイ課長に質問してくる。
こうなるとイ課長も引き下がれない。何でも答えてあげることにした。

子「あなたは、どこから来たのですか?
イ「日本からです」
4人はボソボソいいながら、手元の紙に何やら書き込んでいる。滑り出しはイイ感じだぞ。

子「ウィーンは初めてですか?
イ「いえ、2回目です」
子「お仕事ですか?観光ですか?
イ「観光です」
子「あなたはどのくらい長く…えーと…How long…How long will you …えーと…
イ「(質問内容を察して)…stay?」
子「Yes! How long will you stay in Vienna?(何日くらいウィーンに滞在しますか?)
イ「One week(一週間です)」

イ課長の英会話レベルとウィーンの小学生のソレとが見事に釣り合ってるから(笑)
意思疎通が非常にスムーズで友好的雰囲気の中、ヒアリングが進んで行く。
4人のキッズの、礼儀正しくはあるけど、物怖じしない話し方も非常に好感が持てる。

子「ウィーンはきれいですか?
イ「とーーーっても美しいです」

ガイジンを対象にした、コドモのこういう街頭ヒアリング活動。最近は日本でもやるらしい。
ヒアリングっつうても、集める情報自体にそれほど大きな意味があるわけじゃなく、要するに
子供のうちから外国人に話しかけさせて、ガイジンとコミュニケーションすることに
慣れさせようっていう、一種の社会科実地教育っていう側面が強いんだろうね。
ウィーンでも同じようなことやってるんだな~と思いながら質問に答えた。

質問が終わったようだった。4人のウィーン・キッズがイ課長に礼を言う。
そこで、今度はイ課長が彼らに頼むことにした(途中からそのつもりだったのだが)。

イ「アナタたちの写真を撮らせてもらっていいですか?」

カメラを出すと、4人のウィーン・キッズが並んでポーズをとってくれた。
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4人中2人が顔からズリ落ちそうなくらい大きなメガネかけてるけど、ウィーン・キッズの間では
こういうのがはやってるのかね?(笑)
でもヘアスタイルなんか見てもわかるように、基本的にみんなすごくオシャレだ。
左から二人目の巨大メガネクンが特に英語が上手な“質問担当官”ね。

これはまぁ、ウィーン・キッズからヒアリングされた…というより、どちらかと言うと
「ガイジンに話しかけてみよう」っていう社会科授業の“教材”の“標的”になったというべきか。
トホ妻とイ課長が二人で話しながら歩いてたら彼らも声をかけづらかっただろうけど
一人でボーッと写真撮ってる、やさしそうな(ここ重要)東洋人のオジサンなら声かけやすい
相手だったんだろう。トホ妻と別れて単独行動してると、こういうコトもあるわけだ。

イ課長の方もウィーン・キッズとの束の間の交流を十分楽しませてもらったし、
こうしてブログのネタにもさせてもらったんだから、この場を借りて彼らにお礼を言おう。
ダンケ シェーン ボーイズ  (ドイツ語と英語が混じってるし…)



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by tohoiwanya | 2011-07-20 00:17 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(4)
2011年 07月 18日

ウィーンで別れる夫婦

ヘンな表題で申し訳ないが、ウソではないのだ(笑)。

夫婦であれ、彼氏&彼女であれ、カップルで海外旅行すれば、普通だったら現地で
ずっと連れ立って行動するはずだ。イ課長&トホ妻だって基本的にはそうするし、
これまで書いたハイリゲンシュタット観光でも実際、ずーーーっと一緒だった。

しかしだ。
時には夫婦間の観光的興味・関心が全くズレるという局面もあるわけだよ。
たとえばトホ妻はウィーンの有名な食料品店ユリウス・マインルで日本への土産物を
買うことに燃えていた。ヤツは好きなんだよ、そういう買い物が。

しかし女房の買い物につきあう亭主というのは洋の東西を問わず、おおむね忍耐を強いられる(笑)。
ジャムやママレードの買い物につきあわされるより、ウィーンの素敵な路地裏を散歩して
写真でも撮ってる方がずっといい、と亭主が考えたくなるのは無理からぬ話でしょ?

一方イ課長はといえば、例のごとく、現地の床屋に行って髪を切りたいと騒いでいた。
しかし、亭主のそんな変態趣味につきあわされる女房はたまったもんじゃない(笑)。
床屋なんて亭主一人で行かせ、その間自分はもっと有意義な観光活動しようと思うわけだ。
であれば、イ課長は散髪に、トホ妻は買い物に、と別れて行動した方が合理的じゃん?

「海外旅行先で別行動」というのは、ウチではさほど珍しいことではなく(他はどうなの?)
最初に二人で行った海外旅行、すなわち新婚旅行のときから別れて行動することがママあった。
結婚した当初からすれ違い夫婦だったのである(笑)。

そんな夫婦だから、今回の旅行でも半日ほど別れて単独行動というケースが二度あった。
ウィーン市内なら二人とも多少は土地カンもあるし、生き別れになる心配なんてないし、
それぞれやりたいコト、行きたいトコがあるんだから、ドンドン別れて行動しましょー。
ウィーンは治安がいいから女性一人歩きでも全然心配ないしね。

というわけで(例によって長い前置きですまんのう)、ウィーンでトホ妻と別れ、
単独行動をとった最初の日のことを書こう。別れたのは6月8日の昼だった。

一人になったイ課長は真っ先に床屋を捜し(これについての詳細は後日)、散髪が済むと
賑やかなグラーベンを抜け、地図を見ながらナーグラー小路という路地を探した。
ちょっと行きたい場所があったんだよ。

ナーグラー小路の目印はこのクリーム色の女人柱。異様にけだる~い表情の流し目のお嬢さん二人が
イ課長をけだる~く迎えてくれた(笑)。
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ウィーン旧市街(つまりザンクト・シュテファンを中心とした一帯)の路地裏って
どこもかしこもやたらに情緒があって素敵なんだけど、ここも実に素敵な一角だった。
思わず写真を撮らずにいられないような、風情あるたたずまいに満ちている。
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しかし、イ課長の最大のお目当てはここではない。ナーグラー小路からボーグナー小路に出て、
さっきとは逆の方向に歩き始めるとソレはすぐに見つかった。

その名もエンゲル薬局。
何でも創業は16世紀からっていうウィーン最古の薬屋さんらしいんだけど、今世紀初頭に
大幅に改装し、改装に際してはウィーン世紀末様式を大幅に取り入れた。つまり、ここも
ウィーンに数ある「ユーゲント・シュティール建築」の重要な一例というわけなのだ。
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何といっても入口の両脇にいる天使と蛇という組み合わせのタイル絵が目をひく。
保存状態もすごくいいし、胸のところにハメられた石は周囲のタイルとは違って
ひときわ光を反射する(ガラスかな?)素材になってるから、宝石をハメたみたい。
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ここも今やすっかりウィーン観光名所になっちゃったから、自分の店の前で観光客が
写真を撮るなんていうコトにはすっかり慣れちゃったんだろう。しかし実際にココで
薬屋としての商売が成り立つのかねぇ?ちょっと心配になったりして(笑)。

二人で歩いてると、たとえばイ課長が写真1枚撮るときでも「ちょっと待って」って言って
いちいちトホ妻を待たせないといけないし、トホ妻が何かのショウーウィンドウに吸い寄せられれば
今度はイ課長が待たされる。これがたび重なると、時にはケンカの火種にもなる(笑)。

単独行動はその点、街をさまようにしても一ヶ所にジッと腰を据えるにしても
気ままにできるから、実に気楽。くだらない写真もいっぱい撮ることができる。

カップルで海外に行って現地で一時的に別行動とる人ってあまり多くないみたいだけど
(こないだこの話をしたら、周囲の人たちにかなり驚かれた)、一度試してみてはいかが?
どこかのカフェにでも集合して、それぞれ自分が一人でドコに行ったか報告しあうのも
なかなか楽しいもんっすよ?



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by tohoiwanya | 2011-07-18 00:31 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(0)
2011年 07月 13日

ホイリゲでワインを飲もう

話はまたウィーンに戻る。

ベートーヴェンの遺書の家を見て、クタクタ&カラカラになってグリンツィングの街に
戻ってきた我々。さぁホイリゲで晩飯だ。ホイリゲホイリゲ。

さて、ホイリゲって何なのか?
イ課長だってそう詳しいわけじゃないから、この際Wikipediaの助けを借りよう。

ホイリゲ(heurige)とは、オーストリア東部に見られるワイン酒場。
ワインの作り酒屋が自家製ワインを売る、というのが建前なのでビールなどはなく、
料理も簡単な家庭料理をセルフ・サービス方式で頼むところが多い。
ワインは主に白ワインで、ジョッキ型のグラスに入っている。

なお、ホイリゲという名称は商標登録されていないことから、近年では自家製ワインを出さない
ホイリゲ風レストランがホイリゲと名乗って観光客目当てに営業を行うケースが増加している。
自家製ワインを出し、簡単な料理しか出さない居酒屋をブッシェンシャンクという。観光地として
有名なグリンツィングにはブッシェンシャンクはもうほとんど残っていない

(以上、Wikipediaより引用)

…というわけ。いやぁーイ課長自身、大変勉強になりました。

どのガイドブックにも「ハイリゲンシュタット~グリンツィング周辺にはホイリゲがいっぱい」って
書いてあるけど、今や厳密な意味で「自家製ワインを醸造し、料理と共に飲ませる店」なんて
ほとんどなくなってたんだねぇ。ふーーーむ。

でも、この周辺でワイン醸造が盛んであるって言うのは間違いないみたいで、実際に
「田園の小道」を歩いてると向こうの斜面にはこんな(たぶん)ブドウ畑が広がってる。
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歩いてるとこんなものも見かけたな。
これ、松の枝をタマにしたもので、これを店の軒先に吊るしておくっていうのは
「新酒ありますよ」のサインということらしい。するとこの店は本当の造り酒屋なのかな?
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20011年6月5日、グダグダに疲れてグリンツィングに戻ってきたイ課長とトホ妻が入ったのは
今考えれば明らかに造り酒屋ではなく「観光客向けホイリゲ風レストラン」の方だった。
パッサウアー・ホフっていう店で、室内テーブルもあるけど、せっかく天気もいいんだし、
ここはやはり屋外テーブルで飲みたいじゃん?壁を這うツタに窓枠の花、キブンだね~。
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さっそく標準的なハウスワインを頼む。Wikipediaにもあったようにジョッキについである。
当然のごとく白ワインだ。けっこうな量だけどノドが乾いてるからグビグビ飲んでしまう。
あっさりと軽めの飲み口で、いくらでも飲めちゃいそうだぞ。
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食ったツマミはこんな感じ。純粋ホイリゲは簡単な料理(基本的に冷たい料理)を
セルフサービスで出すのが普通だとすれば、やっぱここは「ホイリゲ風レストラン」なんだな。
普通に温かい料理があって、ウィナー・シュニッツェルとか食ってる客もいた。
強い日差しの下を歩きまわって汗かいたから、ザウアー・クラウトの塩っ気がおいしいぜ。
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ホイリゲといえば忘れちゃいけないのはコレ。シュランメルと呼ばれる…まぁ何というか、
一種の楽団と言うべきか。二人コンビで楽団っつうのも変だが。
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バイオリンとアコーディオンだけというチープな編成だけど、この二人がチープに奏でる
ウィーン民謡だのシュトラウスのワルツだのを聞きながら、徐々に暮れていく空の下で
さっぱりした白ワインの新酒のジョッキを傾ける…これが「ホイリゲ気分」というわけだ。
上の写真のオッサン、自分がリクエストした曲を演奏してくれたんでご満悦の表情だね。

いやーーーーーしかし長い一日だった。白ワインが五臓六腑にしみわたるぜ。
この日にしたことといえば、ハイリゲンシュタット観光と、カフェ・モーツァルトしか
まだ書いてないけど、実際にはこの日の午前中~昼にかけても散々ウィーン中心部を
歩きまくり、見学しまくり、写真を撮りまくったからねぇ…。

この後は例の38Aのバスに乗って地下鉄U4のハイリゲンシュタット駅に戻った。
たぶん8時頃だったと思うけど、6月初めだからまだまだ西日が明るいね。
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しかしこの日はもうドコにも寄り道もせず、まっすぐホテルに帰ったよ、さすがに。
体力も尽きたし、明日はあしたで早起きしハードスケジュールが待ってるし…




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by tohoiwanya | 2011-07-13 00:16 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(6)
2011年 07月 11日

ユーロスター切符のネット予約方法

えー…ウィーンネタの間にはさまりまして、ユーロスターのおうわさでございます(←落語風)。

欧州大陸と英国をドーバー海峡トンネルで結ぶユーロスター。
本日は、日本からネットでそのチケットを予約する方法のご紹介なのである。

ユーロスターの切符ってどうやって買うんだ?ってネットで検索して調べてる人だって
世の中にはいるんだよ。現にイ課長自身がそうだったわけだし。
そういう人(まぁ、そう多人数ではないだろうが)のお役に立つ、実用的なイ課長ブログ。
過去にドイツやベルギーやフランスの国鉄のチケット予約方法もご紹介したりして、
ちゃんとお役立ち情報をご提供しておるのだ。おバカ旅行記ばかりではないのだ(笑)。

さてユーロスター。イ課長は昨年11月の出張で初めて乗り、当然のことながら初めて
切符のネット予約なんてものをやった。

まずここにアクセスすることから始めよう。
こんな感じの画面が出てくるはずだ。
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ここで国と言語を選ぶようになってる。Japan/English にして GO をクリックすると
次はこんな画面になる。いよいよ切符の予約っぽくなってきた。
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この From と To のところに駅名を入れるわけだけど、手入力する必要はない。
From や To の入力欄にポインタを当てると、勝手にユーロスターの駅が出てくるから、
その中から選択すればいい。ユーロスターって駅が少ないからこの辺はラクだ。
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ここはイ課長の出張の時と同様に、ブリュッセルからロンドンへの片道切符を買うとしよう。
自分の乗りたい日ニチを選択し、one way をチェックして進むとこうなる。
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ふーむ。ブリュッセルからロンドンに行くユーロスターは一日9本しかないんだ。
それじゃまぁ、ここもイ課長が乗ったのと同じ時間帯で17:59ブリュッセル南駅発、
19:03ロンドン、セント・パンクラス駅着の列車にして、一番安い82€のチケットを
買いたいってことでポッチをクリックして、次の画面に進みましょうかね。
(ちなみに、ベルギーと英国には時差が1時間あって、実際の乗車時間は2時間4分)

このあと、ユーロスター・アカウントがどうたらって画面になるけど、もちろん
こっちはそんなアカウント持ってない。Continue as a guest をクリックして
先に進みましょう。そうするとこんな画面になる。チケット受け取り方法の確認だな。
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プリンタがあるんだったら、断然 Print-at-home がいい。
現地で切符引き換えの心配もなく、A4でプリントアウトしたものをそのまま切符として
使えるから非常に助かる。というわけで、躊躇なく Print-at-home を選択して次へ。
するとこんな感じで座席の確認が出てくる。18号車の53番座席っつうわけだ。
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ユーロスターのネット予約で優れているのはここで、どんな席か確認したいから、
View/change outward seat ってところをクリックすると、自分の座席が見られる。
こんな風に。
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さっきは53が指定されてたけど、やっぱ窓際がいいなぁと思ったら、窓際の席を
クリックして変更できるのだ(上の画面では71番に変更してみた)。

ここまでくれば、あとは大丈夫。
最後の確認でユーロスターどうとやらに同意するか?みたいな画面が出るから
I agree (同意します)をクリックすると、クレジットカード支払いの画面に進む。

個人情報を入力するときにメールアドレスも入れて、手続き後はそのアドレスに
確認メールが送られてきて、そこに切符のPDFファイルのURLが書かれてるってわけ。
これが会社のプリンタで出力したユーロスターの切符。広告だらけだ(笑)。
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ドイツやベルギーやフランスで同じように鉄道切符のネット予約の経験があったから、
多少はイ課長も慣れたというブブンはあったにせよ、このユーロスターのネット予約システムは
比較的わかりやすいと評価していいと思う。
駅の少なさを逆手にとって、イチイチ手入力しなくていいようにしてたり、好きな座席を
事前に選んでから予約できるのは(ANAなんかもそうだが)嬉しいシステムだと思う。

「ユーロスター 切符 ネット予約」で検索してきた方、お役に立ちましたか?(笑)
これを読めばもうユーロスターの切符購入はこわいものなーーし。
ロンドン、セント・パンクラス駅がアナタを待っていてくれるのである。
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by tohoiwanya | 2011-07-11 00:08 | 2010.11欧州出張 | Comments(0)
2011年 07月 08日

だめだめハイリゲンシュタット観光 -その2-

カーレンベルグの展望台から再び38Aのバスで麓に向かった我々。
今度は降りるべきバス停を慎重に研究し、正しいバス停で降り、遺書の家を発見できた。
ミスの多かった観光活動も復調してきた…ように思えた。

「遺書の家」の入口はこんな感じ。中に入るとすぐに中庭があり、その奥がベートーヴェンの
住居跡(なんだと思う)。現在は小さなミュージアムになっている。
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大きな家ではない。各部屋も狭くて、天井も低い。質素な家だ。
家が小さいから展示物も少ないんだけど、その中で「うわっ」と思うのは…

やっぱこれだ。ベートーヴェンのデスマスク。
実はイ課長はこれを見たとき「これ、本当にベートーヴェンのデスマスクぅ?」って
ちょっと疑ったんだよね。死んだ直後だから痩せて頬がコケ、顔もシボんで見えるのは
ある意味当然なんだろうけど、それにしてもシボみすぎでは?顔が小さすぎるだろ。
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この疑問は、この記事を書くためにネットを調べて解明された。
アレは確かにベートーヴェンのデスマスクみたいで、何であんなに顔が小さいかというと
ベートーヴェンが死んだとき、両耳部分の骨を取っちゃった(?!)からなんだと。

彼は自分の難聴の原因究明のため、死後、自分を解剖するように依頼してたらしいんだな。
で、1827年3月26日、彼が死んだ日に早くも解剖は実施され、頭蓋骨の両耳の部分を骨ごと
取っちゃったらしい。だから、このデスマスクも顔の両側が切れてるような感じで、
やけに小さく見えるわけだ。

そんな話全然知らなかったから驚いた。
ベートーヴェンにとって自分の難聴というのは文字通り「宿痾(しゅくあ)」であり、
自分の死後であっても、何とかやっつけてしまいたい“呪い”みたいなものだったんだろう。
カンシャク持ちの彼だから、「オレが死んだらこんなクソ耳、トットと分解しちまえ!」って
思いもあったのかも。だとすれば、自分を終生苦しめ続けた自分の耳に対する一種の復讐だ。

うーむ…このデスマスクには深い情念が内包されておるのだなぁ…。

遺書の家には、こんなものもある。これ、ベートーヴェンの遺髪だよね、たぶん。
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彼の死にまつわる陰気な話ばかりで申し訳ないけど、この遺髪にもいろんな秘密がある。
ベートーヴェンの遺髪を近年の最新医学で分析すると、かなり顕著な「鉛中毒」の症状が
認められるんだって。

当時、ワインに甘みを加える添加物が鉛の鍋で作られ、結果的に「鉛化合物」みたいな
状態になった甘味料がけっこうじゃんじゃんワインに加えられたらしい。
ベートーヴェンもワインが好きだったようで、鉛中毒はその甘味料が原因ではないか…
…とまぁ、そんな学説もあるんだってさ。いろいろ勉強になるのう。

まぁ人類史上でもマレにみる音楽的天才・ベートーヴェンだからね。
死してなお、いろんな噂や研究は後を絶たないということなんだろうな。
遺書の家の裏庭じゃ、こんな黒猫が日光浴してて、のんびりしたもんだったが。
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遺書の家を出た我々は「エロイカ通り」を通ってベートーヴェンガッセに向かった。
彼が「田園」の曲想を練りながら歩いた小川沿いの道っていう、例のアレだ。

小川っつうても、ほんとにチョロチョロレベルのごく小さな川の脇に、上り坂になった
細い道が続いているというもの。道はアスファルト舗装されて車とか停まってるし、
「大自然あふれる田園の小道」的な牧歌的風景を想像してると、ちょっとガッカリかも。

この時、イ課長とトホ妻はとにかく歩き疲れてた。ハイリゲンシュタットに来る前に
すでに約1万歩。この段階では1.4万歩くらいは歩いてたはずで…うう…はぁはぁ。

遺書の家から田園の小道を通り、ベートーヴェン・ルーエ(胸像のある広場)なんかを通って
グリンツィングまで。おそらく距離にして数km、のんびり歩いても1時間程度のはずで、
普通の状態だったらちょうどいいハイキングコースかもしれない。
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しかしキョーレツな日差しの中、すでに十分歩き疲れた足にこの道はキツかった。
すれ違う人もほとんどいない田園の小道。「脚が疲れたからタクシー乗ろう」なんて思っても、
そんなものはない。生きて帰りたければグリンツィングの街までとにかく歩くしかないのだ。

やっと目指すグリンツィングにたどり着いた頃にはイ課長もトホ妻もやけに無口だった。
体はクタクタ、脚はジンジン、ノドはカラカラ。しゃべる元気もあまり残ってない(笑)、。
昔、真夏の奈良を二人でひたすら歩き、甘樫丘で二人そろって脱水症状になった時も
やっぱり二人そろって無口になったっけなぁ…。進歩しねぇ夫婦だなぁ…。

まぁそんなことはいい。とにかくグリンツィングまでは戻ってきたのだ。
まだ明るいけど時間はもう6時過ぎてたはず。結局今日は2万歩くらい歩いたわけだ。

この一帯って実はワインの産地で、自家製ワインを飲ませる醸造所兼レストランの
ホイリゲと呼ばれる店がたくさんある。さぁホイリゲだ!晩飯だ!疲れたぞイ課長わ!



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by tohoiwanya | 2011-07-08 12:37 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(2)
2011年 07月 08日

だめだめハイリゲンシュタット観光

ウィーンに行ったらハイリゲンシュタットに行ってベートーヴェン関連史跡を訪ね、
ついでにホイリゲで美味しいワインと料理でも楽しもう、と思ってる人は多いはずだ。

そういう方々にまずに申し上げておきたいことは、ハイリゲンシュタットに行くなら
地下鉄U4で、その名もずばりハイリゲンシュタット駅まで行き、そこから38Aのバスで
行くのが正解ということだ。おそらく大多数の人はそうするはずで、我々だって
事前によく調べていたら、そうしていただろう。ところがだ…。

この日、我々は午前中~昼過ぎまでウィーン中心部を散々歩いて観光していた。
たぶんこの時点で1万歩近く歩いていたはずだ。けっこう歩き疲れていた。
そんな状態でショッテントーアという市電の駅を通りかかったら、トホ妻が言い出した。

ヌスドルフ行きの市電が走ってるじゃん。あれに乗ればいいはず。前回行ったときも確か
 ヌスドルフ行きの市電で行ったもん。アレに乗ろう

30年前の記憶に基づいたトホ妻の“危険なガイド”が始まったのである(笑)。

ヌスドルフ行き市電の停留所を確認すると、終点に「ベートーヴェンガング」っていうのがあるから
確かにソコに行けばよさそうに思えた。というわけで、次のヌスドルフ行き市電に乗り、
終点らしき駅まで行ってみたわけだよ。
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だが、この時点ですでに我々は失敗を犯していたのだ(ミス1)。
実際には市電終点駅のベートーヴェンガングは「遺書の家」や「田園の小道」からは
かなり北の方にあって、効率よく周るんであれば同じ市電の2つくらい前の停留所で
降りるべきだったんだよ。…すべて後になって知ったことだが(笑)。

市電でハイリゲンシュタットに行こうと思っている皆さん。終点まで乗るのはやめましょう。
二つくらい手前の、グリンツィンガー通りと交わるあたりの停留所で降りましょう。

ここからイ課長とトホ妻の迷走が始まった。
ガイドブックに小さ~い地図が載ってたんだけど、地図の範囲が狭すぎて、
自分たちが今いる場所は地図に入ってない。だもんだから、どっちにどの程度歩けば
ドコに出るのか見当のつけようもないのだ。

実際のベートーヴェンガング…つまり「交響曲第6番『田園』の想を練った小道」は
もっと南であろうと見当をつけ(これは正しかった)、歩き始めた。
20分くらいかなぁ?ふらふら歩いたらバスが通る、わりと広い道に突き当たった。
ここが38Aのバスが通るグリンツィンガー通りなのだ。

さっきも言ったように、すでにイ課長&トホ妻はかなり歩き疲れた状態にあった。
ここは計画を変更し、この38Aのバスでカーレンベルグという山の上の見晴台まで行き、
そこで少し休んでから麓に戻ってベートーヴェン史跡めぐりしようということになった。

だが、バスの中で我々はまた過ちを犯した(ミス2)。
バスに乗ってたら途中に展望台があって、大勢の客が降りた停留所があったんだよ。

イ「ここで降りるんじゃないの?
ト「いや…終点だと思うけどな、カーレンベルグは

ところが、その展望台を過ぎると道は下り坂になるではないか。
ってことは、やっぱさっきの所がある目指す展望台だったんだよ!というわけで、
イ課長がトホ妻をせきたて、次のバス停で降りた…が…

それも間違いだった(ミス2)。カーレンベルグはトホ妻の言うとおり、やはり終点であって
さっきの展望台は別の展望台だったんだよ。ああああ…次々とミスを犯す我々。
38Aのバスでカーレンベルグに行こうと思っている皆さん、終点まで乗りましょう(笑)。
途中にまぎらわしい展望台があるけど、そこはカーレンベルグじゃありません。

幸い、38Aのバスは10分おきくらいに頻発してるから、次のバスに乗り、ようやく
山頂のカーレンベルグに到達することが出来た。ふう…。
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ここからの眺めるウィーンの街の遠望は確かにすばらしかった。
この日はピカピカに晴れてたから、ウィーン市内を貫くドナウ川はもちろん、望遠レンズで見ると
シュテファン大聖堂やヴォティーフ教会の高い尖塔までわかっちゃう。
遠く霞んで見えるのはもうオーストリアじゃなく、スロヴァキアかハンガリーじゃないか?
(下の写真、金色の球を串刺ししたヘンなものは、実は清掃工場の煙突なのである)
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何度も言うが、我々は市電に乗った段階ですでに1万歩くらいは歩いていた。
市電を降りて道に迷って、さらに無駄に歩いたわけで、かなーり歩き疲れたけど、
この展望台でソーセージパンを食いビールを飲み(昼飯ヌキで歩いてた)、やや回復した。
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時刻は4時過ぎだったかなぁ?6月初旬だからまだ完全に真昼間だ。
ベートーヴェンが遺書を書いた家に行く余裕は十分にある。というわけで、我々は再び
38Aのバスに乗り、麓のハイリゲンシュタットに戻ったのである。
この後また疲れた足にムチ打って、強い西日の下を延々歩くハメになるとも知らず…。



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by tohoiwanya | 2011-07-08 00:11 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(0)
2011年 07月 06日

ベートーヴェンの町へ

ベートーヴェンの話を続けよう。
ハイリゲンシュタット訪問のテンマツを書く前に、もう少し説明が必要なのだ。

今回のウィーン旅行は、とにかくベートーヴェンに縁があった。
前回書いたように「フィデリオ」が初演され、ベートーヴェン自身も一時住んでいた
アン・デア・ウィーン劇場はイ課長たちが泊まったホテルの真ん前。しかもそのホテルの名前が
「ホテル・ベートーヴェン」っつうんだから(ホテルについてはいずれ詳しく書く)。

そのホテルを出て、カールスプラッツを抜けてリング通りを反時計周りにぶらぶら歩くと、
写真では何度も見たことのある有名なベートーヴェンの銅像があった。
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ベートーヴェンの写真は残ってないが、肖像画や銅像はたくさん残ってる。
この銅像もそうだけど、我々のイメージにあるベートーヴェンって、大体やや長髪で、
口をヘの字型に曲げて、気難しそうな顔をしている。笑った顔なんて皆無だ。
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実際、彼は常に不機嫌で、カンシャク持ちで、服装・身なりに気を使わなかった人らしい。
こういう性格じゃ、円満な恋愛生活とは縁遠くなるのも仕方ない。惚れた女にフラれて
恋愛に絶望する。おまけに耳がどんどん聞こえなくなって作曲家人生にも絶望する。

生きるのがホトホトいやになったベートーヴェンは温泉療養に来ていたウィーン郊外・
ハイリゲンシュタットの町で(当時は田舎の村だったんだろう)1802年に遺書を書いた。
これが有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」なのだ。

内容は詳細には知らないけど、とにかく「何もかも絶望的でダメダメで死にたくなっちまった」けど
「自分の中の芸術的衝動は燃えてるんだぜ」とか何とか、そんな内容(間違ってたらゴメン)。
「遺書」っていうけど、実際には甥にあてた手紙だったらしい。

ハイリゲンシュタットの遺書はベートーヴェンの作曲家人生において大きな転機になったのは
確かで、その後彼はバリバリと名作を発表し始める。遺書を書いた翌年には前回書いた
アン・デア・ウィーン劇場に住んで「英雄」や「クロイツェル・ソナタ」を作曲したりしたわけだし。

ニンゲン、行き詰った時には死んだ気になって遺書を書いてみると気分的にカタルシスが得られ、
前向きになれるのかも。イ課長もこんなブログ書いてないで「浦安の遺書」でもしたため、
心を入れ替えて仕事に励むべきかもしれない。

…と、まぁそんな具合で、ハイリゲンシュタットという土地とベートーヴェンとは
切っても切れない深いつながりがある。
この町にベートーヴェンにまつわるアレやコレやが多いのも当然といえば当然で、
「遺書の家」や「第九を書いた家」、さらには交響曲第6番「田園」の構想を練りながら歩いた
小川沿いの小道なんてものまで残ってるらしい(下の写真は前回の再掲)。
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さて。
そういうわけで(あああ、例によって長い前置き)、ウィーン到着翌日の6月5日の日曜の午後、
我々夫婦はハイリゲンシュタットに行ってみたわけだよ。やっと冒頭部分に話が戻った(笑)。

今回の旅行でハイリゲンシュタットに行こうというのはトホ妻が希望していたことで、
ヤツは30年前(学生時代の夏季短期留学で)一度行ったことがあるらしいんだよね。
イ課長はもちろん初めてで、何の知識も土地カンもないし、この辺の詳細な地図もない。
つまりトホ妻の30年前の記憶を手がかりとして行ったんだけど、これほど頼りないことはない。

結局我々はこの日、最後の方ではモノを言う気力もなくなるほど歩きまくるハメになった。
いわばイ課長&トホ妻の「人サマにはお勧めできないハイリゲンシュタット観光コース」。
反面教師の意味を込めて、次回以降そのテンマツを書き記していきたいのである。
(次回からやっと本題かい!!)



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by tohoiwanya | 2011-07-06 06:42 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(0)