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2012年 10月 31日

パリ・決定的夕景写真 その1

まず下のCDジャケットを見てほしい。

世界的チェリスト、ヨーヨー・マがフォーレやフランクなんかのバイオリン・ソナタを
チェロで弾いたっていうアルバムのジャケットなのである。
図書館で見て、ちょっと良さげだったから、iPodに入れて聞こうかなと思って借りた。
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しかしこのCDジャケット、明らかにパリで撮られた写真だけど、えらくロマンチックではないか。
夕焼けを背景にしたエッフェル塔、手前の天使ちゃんがタムロする街灯と合わさって
「これぞパリのロマンチックな夕暮れざますわよ」と言わんばかりの美しさだ。

これ、パリのドコから撮ったんだろう?
2009年、イ課長がコンコルド広場から撮った写真がこれと近いような気がするから、
おそらくコンコルド広場から遠くない場所で撮影したと推測されるけど、どこだ?

Google MapやStreet Viewを駆使して探索しまくり(仕事しろって)、この写真が
アレクサンドル3世橋から撮られたと突き止めるまでにさほどの時間はかからなかった。

アレクサンドル3世橋から見たパリの夜景の美しさ。これはトホ妻も以前に賞賛していた。
なーるほど。エッフェル塔の見え方は他の場所からでも同じようなものだろうけど、
何といっても手前にある豪華絢爛な欄干の灯りがロマンチックなムードをもり立てる。
今度パリに行くことがあったら、ここで写真を撮ってみたいなぁ…と思った。

この願いは異常にたやすくかなえられた(笑)。

このヨーヨー・マのアルバムをiPodに入れたのが2011年9月10日(いま確認した)。
その2ヶ月半後の11月下旬、イ課長は欧州に出張することになり、しかもパリで
自由な土日を過ごすことになったからだ。よし!この機会にCDジャケットにも使われた
「パリ決定的夕景写真」をイ課長も撮ってみようぢゃないかよ。

ルーアンからパリに戻ってきたイ課長はメトロでアレクサンドル3世橋へと向かった。

時刻はまだ5時前…4時半頃だったかなぁ?
11月下旬とはいえ、まだあの「決定的夕景写真」にはちょっと早い。
しかし場所はここで間違いない。いろいろアングルを研究してみる。
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アレクサンドル3世橋のたもとはすでにロマンチックなムードが高まって、
行き交う観光客も多い。いや~パリだよ…土日だよ…イ課長は自由だよ…うふうふ。
海外出張中の土曜。仕事からは一時的に解放されてるけど、かといって観光客ってわけでもなく、
中途半端な立場なんだけど、その中途半端さが逆にくすぐったいように嬉しいんだよ。うふふ。
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シャンゼリゼのX'masマーケットを見物したりしながら暗くなるのを待つ。
やっぱ「決定的夕景」のためには、天使がたわむれる欄干の灯りが点灯されないといかん。
もうちょっとかかるかな…と思いながら、ヒマつぶしに橋の下に降りてみた。

ふーむ…アレクサンドル3世橋ってのはセーヌ川にかかる多くの橋の中でも
破格に豪華絢爛なことで知られている。これ、欄干の灯りがぜんぶズラッと点灯したら、
さぞかしキレイに違いない。
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うお!てなこと言ってる間にいきなり点灯されたよ。
カメラがオートで露出を調整してくれるおかげで、空の明るさが違って見えるけど、
実際には上の写真と下の写真の時間的な差は10分くらいしかないのだ。
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よっしゃ。欄干の灯りが点灯されたからには、いよいよ「パリ決定的夕景写真」の撮影だ。
橋の上に戻って、例のアングルから撮りまくってくれようじゃねぇか。

というわけで、その撮影成果は次回にご披露しまっす。
 
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by tohoiwanya | 2012-10-31 00:03 | 2011.11欧州出張 | Comments(0)
2012年 10月 28日

イ課長が選ぶビール天国大賞

前回書いたように、ビール愛好者にとってインドは地獄…う…まぁ地獄まではいかないが(笑)
いろいろ不便というか、不都合の多い国だった。

本日は逆に、イ課長がこれまで滞在した海外の国、もしくは街の中で
「最もビール天国だったのはドコか?」という視点で論じてみたい。

ビールといえばドイツ。ドイツ出張に何度も行ったイ課長としてはやっぱドイツか?
ベルギーもビールは有名だし、アメリカはだって有力候補のはずだ。一体どこか?
実はイ課長には明確に「ビール天国ならあそこだな」と言える国があるのだ。

まずワシントンDCとヘルシンキという2都市は真っ先に脱落する(もちろんインドもだが)。
「ガイジンにとってビールの入手が困難」っていうんじゃ話にならん。ワシントンDCなんて
イスラム圏のトルコ・イスタンブールより缶ビール購入に苦労したもんな。まったく…。

しかし、それ以外の場所では「入手しやすさ」という点で大きな差はなかった。
ドイツもフランスもシンガポールもジャカルタもイスタンブールも、まぁ大体同じようなもの。
「入手しやすさ」で顕著な差がないとすれば、次の比較指標は「安さ」だ。

ここでダントツの国があるんだよ。6月に行ったポーランドだ。
ビール入手が容易で、しかも安いという点でポーランドに匹敵する国に行ったことがない。

ビール天国・ポーランド。
生まれて初めて行ったポーランドでは地下鉄のホームを間違えたり、アウシュビッツ行きバスに
置いていかれたり、ホテル予約でトラブったり、足の裏の皮がズル剥けたりと
様々な試練に遭遇したけど、ビールだけは常に簡単に入手でき、値段も安かった。
(下の写真はワルシャワ到着日に飲んだビール)
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どのくらい安いのか?
安さに感心のあまり、イ課長はビールの値段をメモに書いておいたから正確にわかる。
ロング缶3本で11.4ズロチ、つまり1本3.8ズロチ。

これ、ロング缶1本100円しないってことで、95円くらい。日本の第3のビールよりも安い。
ワルシャワでもクラクフでも、ビールの値段は大体こんなもんだった。
(下の写真はクラクフ到着日に飲んだビール)
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驚くべきことにポーランドでコカコーラZEROを買ったら5.9ズロチだった。
日本円だったら大体150円。つまりポーランドでは500mlのビールが、
350mlのコカコーラの2/3の値段で買えるのだ。

もちろん円高の影響って部分はあるだろうけど、他の国と相対的に比較しても安いよ。
ドイツとかフランスとか、他の国のビール代がいくらだったか正確に覚えてないけど、
少なくともロング缶が100円(1ユーロ程度)ってことは絶対になかった。
ポーランドはビールが安い。他国と比べて「少し」じゃなく、かなり安いと思う。
(下の写真はクラクフ滞在2日めに飲んだビール)
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しかも感心するのは、これだけビール天国でありながら、街に酔っ払いがいないこと。
スペインあたりに行きゃ、夜遅くに騒いだり、奇声をあげるなんていう連中がいるけど、
首都ワルシャワですら、夜は静かだよ~?ビール入手が困難だったヘルシンキにだって
酔っ払いがいたっていうのにさ。

安いビールをいっぱい飲むけど、ブザマに酔っ払わない。
ポーランド国民のビール愛好姿勢はまるでイ課長のようではないか(笑)。

クラクフじゃ2日目が雨で、靴も靴下もビショビショ。午後に一度ホテルに避難したんだけど、
そういう時も缶ビールを入手し、部屋で飲んだ(その時飲んだビールが下の写真)。
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そして夜は夜でまた別のビールを入手。下の写真がそう。
ご覧いただくとおわかりのように、ポーランドで買ったビール、全部銘柄が違う。
わざとそうしたんじゃなく、目についたのを買ったらこうなっちゃったのだ。
ウィーンの「オタクとゲス」、あるいはインドのキングフィッシャーみたいに
「ビールといえばこれ」っていう寡占ブランドがなくて、メーカーがたくさんあるみたいだ。
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ポーランドに行ったのは今年の6月、その4ヵ月後にインドに行ったことになる。
「ビール天国・ポーランド」の記憶がまだ鮮明だったっていうこともあって、
ビール生活が不遇だったインドでは、途中で何度も「ポーランドはよかったなぁ…」と
タメ息をついたもんだった(笑)。

というわけで、イ課長にとって「入手しやすさ」と「安さ」という二つの条件を兼ね備えた
ビール天国は断然ポーランドなのである。
ここに謹んで「輝け!ビール天国大賞」をポーランドに贈呈したいと思う。
ポーランド万歳。そのうちキミのことをいっぱいブログに書くから待っててね。
 
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by tohoiwanya | 2012-10-28 00:32 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(10)
2012年 10月 26日

インド出張・悲しきビール生活

イ課長の海外出張で欠かせないものといえば缶ビール。
だが、インド出張におけるビール生活は極めてストレスフルなものだった。

まず前半のデリー。ここがねぇ…
ホテルに隣接してショッピングモールがあるんだけど、コジャレたブランドショップは
いっぱいあっても、ビールを売ってるような普通の食料品店or酒屋は皆無。う~…。

このモールにはビール飲ませるバーがあるはずなんだけど、なんだこりゃ、改装中か?
「まもなく」だと?ざけんじゃねぇ。いま!今すぐ開店しろ!オープンライッナウ!
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しょうがないんで、チャイニーズレストランでメシ食うついでにビール飲もうとしたら
信じ難いことに、その店はビールを置いてないときた。にゃにをゥ~??

結局飲んだのはコーラ。ううう…「インドではビールはけっこう高い」って話は聞いてたが、
高いもナニも飲めねぇじゃねぇかよ。飲ませろビール!がう!(←禁断症状)
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結局、デリーでのビール生活はヒルトンのレストランに限定されたのである。
ホテルのレストランなんかで飲むと高いビールがさらに高くなるし、いちいち外出用の服に
着替えないといけないから面倒くさい。あーあ…部屋ン中で半裸でリラックスしながら
缶ビール飲めないってのは困ったもんだぜ。下の写真はデリーでの仕事が終わった金曜の夜、
レストランでビールを飲みながら、明日行くアグラの研究をした時のものなのである。
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ビール生活改善を期待して移動したムンバイ。ここがまたデリーに輪をかけて悲惨。
ホテル周囲は見事にナニもない。相変わらずホテル内レストランだけが頼みの綱だ。
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しかもイ課長はムンバイではよりによって偶然「あの日」に遭遇してしまったのだ。
10月8日月曜日は現地駐在日本人社員との会食が予定されてて、イ課長は何が食いたいか
リクエストを聞かれんだよね。

「うーん…まぁ私はナンだって…ビールさえ飲めりゃいいんですから」
「ムンバイはデリーと違って海が近いですからね、シーフード系インド料理とかは?」
「おお~それはいいですね♪」

などという話をしていたら、インド人社員が話に入ってきて、駐在日本人社員との間で
なにか言葉が交わされた。すると日本人駐在員の顔に暗い影がさす。

「ドライデー?今日が?こないだガンジーの誕生日がそうだったから今日は違うんじゃ…?」
「いや、でも彼がドライデーだって言ってるし…」ボソボソ…。

現地に通じてないイ課長には何の話だかサッパリわからない。そこで聞いてみた。

「今日、何かある日だったんですか?」
「いや、今日がドライデーじゃないかっていうんですけどね」
「ドライデーって?」
「お店がアルコールを出さない日のことですよ」
「えッ?!」
イ課長の顔にも急速に暗い影がさす(笑)。

ドライデーってナニよ?インドにはそんなのがあるの?
その後、ドライデーについて現地駐在とか通訳さんとか、いろんな人に取材したんだけど、
これがまた面白いんだ。

インドのドライデーとは、酒類一切の販売をしちゃいけない日のことで、酒屋はもちろん
レストラン等でのアルコール類提供もダメ。ただし自宅で飲む分にはオッケーだから
この日にビールを飲みたければ前日までに買いだめし、ウチで飲むしかないのだ。

このドライデー。基本は祝日がそうなるみたいだけど、州によってマチマチらしい。
主旨は「酔っ払って騒ぐ人が出ないように」っていうことのようで、宗教的な理由のほかに
「選挙のために、この日からこの日まではドライデー」なんて理由で指定されることも
あるんだと。インドでは選挙にドライデーがつきものらしいのだ。へぇ~~。

結局この夜の会食は、現地日本人駐在員&日本人出張者(つまりイ課長)という計3人が
わびしくライムジュースを飲みながら食うことになった。トホホ…。
ドライデーだと、ホテルに戻ってレストラン行ってもビールは出してくれないよな…。

いや待て、部屋のミニバーはどうだ?昨日見たときはビールあったよ。
いやいや、期待しすぎるな。ドライデーだけに部屋のミニバーからもビールが完全撤去
されているという可能性も・・・こういうときは疑心暗鬼に陥るものなのである(笑)。

幸いなことに部屋のミニバーにはハイネケンと、地元のキングフィッシャーの小瓶が
各2本ずつ冷えてた。普段、イ課長は泊まったホテルのミニバーの飲物を飲むことなんて
ほとんどないが(高いし)、この時ばかりはがぶがぶ飲みましたよ。げふ。
飲むことに必死で写真撮ることなんて忘れてましたよ(笑)。

かくのごとく不遇だったインド・ビール生活。
ムンバイでの仕事を終え、深夜の帰国便に乗るためにクタクタになってムンバイ空港へ。
飛行機を待ちながら飲むのはもちろん地元ビール、キングフィッシャーだべさ。
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「インド出張、終わったなぁ~」と思いながら飲んだこの時のビール。
悲惨なビール生活のあとだっただけに、実にしみじみと美味かった・・・。

 
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by tohoiwanya | 2012-10-26 00:01 | 2012.10 インド出張 | Comments(6)
2012年 10月 23日

インド結婚事情

インド出張では「ドコソコに行った」とか「アレを見た」っていうネタが少ない反面、
現地で見聞き、体験した異文化ショックネタは多い。

その中から本日はインドの結婚について。
インドの結婚事情ってのがまた「ほんま?」と言いたくなるような驚きに満ちているんだよ。
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結婚は親が決めるもので、結婚相手の顔は式の直前に知るなんてことも珍しくない
離婚は法律的には可能でもヒンズー教社会では極めて困難(不名誉)。離婚率は低い

まぁこの辺は「昔の日本みたい」と言えなくもない。インドでも都市部では恋愛結婚が
増えつつあるっていうけど、まだまだ結婚に関しては本人たちの自由度は低く、
親の権限が大きいようだ。

結婚相手は同じカーストからが大前提

この辺から日本じゃ想像し難い部分になってくる。仮にどんなに愛し合った男女でも
かけ離れたカースト同士の結婚はトンデモない話。「多少差がある」程度でも大きな問題らしい。

イ課長がデリーで聞いた話。
あるインド人男女が結婚を約束した。だが男の方が若干「上位」カーストだったらしいんだな。
女性の親は「ヨメにやったら、娘が嫁ぎ先でいじめられる」っていうんで結婚に猛反対だ。
娘や彼氏の説得にも耳を貸さず、最後は「彼氏の父親」が「彼女の父親」と直接会って、
どうにか納得してもらい、何とかハッピーエンドに至ったんだって。

これもデリーという都市部だからハッピーエンドになったけど、地方だったら同じ結果を
迎えたかどうかはわからない。依然として結婚は同じカースト内っていう思想は根強いみたいで、
そういう意味じゃ、インドじゃ結婚相手探しの範囲は最初から狭いことになる。
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ヨメ側がムコ側にすさまじい結納(ダヘーズ)を贈る

ぶったまげたのはこの話だ。ヒンズー社会では結婚に際して、嫁ガワが婿ガワに対して
大変な量の贈り物をする。「娘が何人もいたら破産」っていう話が冗談になってない。

このダヘーズという習慣。とにかくその内容がスゴい。
まずヨメの父は、ムコの父・母はもちろん兄弟、親戚に至るまで服をプレゼントする。
もちろん普段着じゃなくて、立派なスーツとか、サリー用の高級布地とかを、だ。

この話を通訳さんから聞き、イ課長は通訳さんに素朴な質問をした。
「おムコさんの両親・兄弟・親戚までとなると、服も相当な枚数になりますよね?」
「おおいよー。さいてい11ちゃくあげる」
「ええッ?!」
「あと21ちゃく、31ちゃくとか。ひとつあまるのがエンギいいの、インドでは」
「ひーーーッ」

服だけじゃない。家具や家電、バイク、車、貴金属、現金等々も贈ったりするって・・
いやたまげた。これじゃホント、娘が何人もいたら父親は破産だよね。

名古屋あたりでは娘のヨメ入りに際してすごいトラックを仕立てて派手に嫁入り道具を運ぶって
聞いたことがあるけど、あれ、もし離婚したらヨメのものとして持ち帰れるんでしょ?
しかし離婚が難しいヒンズー社会じゃ、ダヘーズは事実上完全に「夫のモノ」だ。

ムコ側の一族郎党もダヘーズをあてにするっていう風潮があるそうだし、嫁が持参した
ダヘーズの内容に不満だからって妻が夫に殺される「ダヘーズ殺人」なんてモノまで
あるっていうんだから驚く。それじゃ誰も娘を持ちたがらんよなぁ。

デリーでイ課長と一緒に行動した現地のインド人社員。
彼はまだ20代半ば。興味があったからイ課長はヘタな英語で彼に聞いてみた。

イ「あー、アナタは結婚してますか?独身ですか?」
彼「独身です。でも2年後に結婚する予定です」
イ「おお、2年後に。すると2年後に、彼女の父親は、えー…アナタの父親や母親や兄弟などなどに
  多くの服を贈るのですか?」

サラリと答えた彼の返答はある意味で衝撃的、ある意味で当然のものだった。

彼「Of Course(もちろん)」
 
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「百人の娘も息子一人にはかなわない」なんて言葉もあるらしいインド。
こんな状況だから、女児中絶っていうケースが増えちゃって、男女の人口比もいまや
10:9に近いくらい男が多くなってるんだとさ。インド政府もこれはヤバいってんで
だいぶ前に「ダヘーズ禁止令」を出しりしたんだけど、長年の風習はなくならないようだ。

しかし女が少なくなりゃ「男余り社会」なわけで、女の売り手市場ってことじゃん?
そうなっても、なお女のガワが膨大なダヘーズをムコ側に贈るという習慣が残り続けるなら
それこそクレージーな話だ。むしろ男の方が贈り物でもナンでもして、数少ない女性を
何とか獲得しようと競争するのが市場原理ってもんだろ。

女の売り手市場になってもなお、ダヘーズは残るのか、それともなくなるのか?
やや大げさにいえば、インドの未来はそこにかかってるって気がするよ、イ課長は。

 

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by tohoiwanya | 2012-10-23 23:29 | 2012.10 インド出張 | Comments(4)
2012年 10月 20日

インド人の風貌について考える

 
インド人はみんな哲学者のような風貌をしている

誰かそんなことを言った人がいなかったっけ?

インドにいた時、突然その言葉を思い出した。なぜかというと理由は単純で、
イ課長自身が「インド人の風貌って、なんか独特だなぁ」と思ったからだ。

現地の面談で、インド人と間近に会って話をしてる時はそんな風に思わなかった。
ところが、移動の車窓から外のインド人たちの顔を眺めていたら、冒頭に挙げた言葉を
思い出したんだよ。
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そこにはバイクに乗り、サイクルリクシャーをこぎ、荷車をひき、バスを待ち、ボーッと店番をし、
渋滞の道路を強引に横断し、バイクを修理し、しゃがみ、立ち、歩き、しゃべる etc…
様々な生を生きる膨大な数のインド人がいる。そういう連中の顔を見てたらそう思ったのだ。

外国に行けば、どうしたって膨大な数の「その国の人」の顔を見るわけだけど、どうして
インドでだけ「哲学者のよう」なんてことを思い出したんだろうか?
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車窓から見るインド人たちは道に面したバラックみたいな商店にタムロってたり、重い荷物を
運んでたり、おんぼろリクシャーに乗ってたりする連中が多いわけで、おおむね中流以下、
多くは貧しい人たちと言っていいんだろう。お金持ちはそこらをノコノコ歩いてないのだ。
イ課長が面談で会った、企業のエラい人とか大学教授なんかとは、その暮らしぶりが
相当に違う人々だろうってことは、一目見ればわかる。

イ課長が乗った車が渋滞で停車したとする(そういうことはしょっちゅうある)。
周りには他の車だのバイクだの自転車だのに乗ったインド人たちがうごめいていて、
さらにそれらの間をすり抜けるようにたくさんのインド人たちが歩いている。
そういう彼らがフッとイ課長の車を見る。あるいは車の中のイ課長と目があう。
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彼らから見ればイ課長は「運転手付き&冷房付きの車に乗ってる外国人」なわけで、
「住む世界の違うヒト」に見えるだろう。ハッキリ言ってそこにはすごい貧富の差があるはずだ。
彼らの表情の中にある種の羨望とか、欲みたいなものが読み取れたとしても不思議はない。

ところがだよ。
イ課長の方を見てる貧しいインド人たちの顔にはそういったものが全然感じられないんだよ。
彼らは確かにこっちを見てる。しかし「金持ちの恵まれた外国人」という現実対象を越えて、
何かもっと遠くのものを見ている、もっと深いことを考えてるような、そんな印象をうける。
だから哲学者、なんてことを連想するんだろうな。
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貧しい人たちは世界にたくさんいる。むかし東南アジアでもたくさん見た。
でも「哲学者のよう」なんて感じることはなかったな。お金を持った外国人に向けられる目は
嫉妬や羨望、「オレもああなりてぇ」って欲望、「うらやんでもしょうがねぇ」っていう
あきらめの思い等々が入り混じった、まぁある意味“十分想定されるたぐい”の視線だった。
しかしインドはどうも様子が違う。はるか遠くを眺めているようなインド人の目がミョーに気になる。

あの顔つきはナンなんだろう?車の中でイ課長はなおも考察を続けた。

現実的なヒガミや羨望なんてトウに使い果たして、あきらめの境地…ってことは確かにあるだろう。
でもそれはインドだけの話じゃない。貧しい今の自分に対するあきらめの気持ちなんてどの国の
貧しい人々も多かれ少なかれ持ってるはず・・と、ここまで考えてイ課長はハッと気付いた。


 


         カースト?



ご存知のようにインドは未だにカースト制度が残ってて、生まれついた身分は生涯変わらない。
どんなに努力しても、才能があっても、運が強くても、自分のカーストは変えられないのだ。
結婚も原則として同じカースト内だし、職業選択もカーストと密接に結びついてる。
「トイレ掃除を生業とする家に生まれたから自分もトイレ掃除」って世界がまだ残ってるんだよ。
ヒンズー教徒のインド人が背負った「業」ともいえる。日本人には想像がつかないところだ。

インドの貧しい人々、たぶん下層カースト出身者が多いんだろう。
現実的な貧富の差とかより「もっと遠く」を見ているような彼らの風貌。その「遠く」とは、
どんなに運が良くても、自分が死ぬまで越えられないカーストという壁の向こう側・・なのか?
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それこそ日本人には想像もできない「遠さ」だ。
普通の意味でのあきらめっていうより、もっと暗い深淵がそこにあるのかもしれない。
彼らはその深淵を見ながら日々生きている・・・それが哲学者みたいな風貌につながるのか?


・・と、まぁ、そんなことをインドで考えてみたりしたわけですよ。
イ課長もちょっと哲学的になってるでしょ?(笑)

インドは深く、そして濃かった。
そんなインドを車から眺めてるだけでも、いろいろ考えるタネが多くて面白かったよ。
本日はそんな「車中インド考察」の中から、インド人の哲学的風貌という印象について
考えたことを書いてみました。

 

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by tohoiwanya | 2012-10-20 23:47 | 2012.10 インド出張 | Comments(6)
2012年 10月 17日

インド・首振りの法則

海外出張で、外国人と会って話をする。

話の最後にイ課長が「つまり、貴殿としてはコレコレこうすべきだ、ということですね?」と
日本語で聞いたとする。これは話の趣旨を再確認するための質問だから、こちらとしては
「その通りです」という答えが返ってくるはず、と思いながら尋ねてるわけだ。

通訳さんがイ課長の言った日本語をその国の言葉で通訳する。
相手は通訳さんの話の途中で、すでに「そうそう、その通りです」というニュアンスを込めて
ウンウンとうなづいている。言葉がわからなくてもイ課長はそのしぐさを見るだけで
「要するに彼はコレコレこうすべき、と言いたいんだ」ということを確認できるわけだ。

こんなことは当たり前の話だと思うだろうけど、恐るべきことにインドにおいては
それが当たり前の話ではないのである。

一部では有名な話だけど、インドでは「その通り」「Yes」っていう時に首を横に振る。
にわかには信じ難いけどホントなのだ。

上述の例でいえば、通訳さんが「コレコレこうすべきだ、ということですね?」と話してる間、
インド人たちはかすかな微笑みを浮かべながらゆっくりと首を左右に振るんだよ、なんと。
彼らにすれば「キミのいう通りだよ」っていうジェスチャーなんだろうけど、確認同意を求めた
イ課長としては「ええッ?!違うの?そうじゃないの?」と動揺することになる。

この独特の「インド・首振りの法則」に気づくまでには数日間を必要とした。
出張も後半になって、ようやく愚かなるイ課長も「どうやらインド人は相手の話を聞きながら
“そうそう”と思うときは首をゆっくり横に振るらしい」ということがわかってきた。
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これは面白すぎる発見だったので、日本に戻ってからさらに検索していろいろ調べてみた。
「インドではYesで首を横にふる」っていう話はけっこういくつも出てくる。
しかし詳細に研究?していくと、もう少しコトは深いようだ。

Yesのとき首を横に振るって、もう少し正確に言うと…なんて言ったらいいのか…
フラフラとペコちゃん人形風に振るような感じなんだよね。それが基本のようだ。

「アナタは日本人ですか?」「Yes」「目的は出張ですか?」「Yes」みたいに短く
Yesと返答するときは全部ペコちゃん方式。振り方も早くて1~2回振るだけ。

ただ、イ課長の面談のときみたいに、相手の話を聞きながら「うんうん、そうそう」みたいな
同意を示すところでは、日本の「No」の時と同じように左右に、ゆっくり振るんだと思われる。
つまり日本だったら「話を聞きながらゆっくり何度もうなづく」となるべきところで、
彼らはゆっくり首を左右に何度も振るのだ。

「Yes」っていう返答のときはペコちゃん方式で短く。
話を聞きながら「そう~、まったくその通り」っていうときはゆっくり左右に。
これこそが「インド・首振りの法則」・・・と推測される。

この話をトホ妻にした時、ヤツは驚きながらこう聞いてきた。
「じゃ、インド人は“No”っていうとき、どういう首の振り方するのよ?」
これは確かに重要な質問だが、答えるのは難しい。

たとえばこういう動画がある。これによるとYesもNoも同じ振り方であるといってる。



こっちの動画では自分で説明しながらインド首振りの法則を説明してくれてるみたいなんだけど
肝心の説明内容がよくわからぬ(笑)。振り方にも年代差があるようなこと言ってない?
 

 
イ課長の乏しい経験だと、「ううん」っていう感じの軽い否定のときはペコちゃん方式
だったって気がするけど、強い否定のときどうだったかと言われると…うーん、あんまり
そういう局面がなかったからなぁ。正直言ってよくわからない。
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しかしまぁ、インドって国はいちいち面白いよなぁ。

インドでは常に「へぇ~」「ははぁ~」って思いながら過ごしてたような気がする。
首の振り方ひとつでブログ記事1回分書けちゃうんだから(笑)、面白い国だぜホント。
 
 

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by tohoiwanya | 2012-10-17 23:04 | 2012.10 インド出張 | Comments(10)
2012年 10月 14日

インド帰還報告

インド出張から無事帰国したイ課長ですこんにちは。
とりあえず戻ったら帰国報告くらいはすぐ書こうと思ってたんだけど、風邪ひいたこともあって
ひたすらウチでゴロゴロしておりました。

今回のインド出張の全貌、ここで改めて整理しておこう。
こんな感じだったのである。

10/2火 0:20に羽田を発ち、バンコク経由でデリーに午前中到着。午後オールド・デリーを一人で探検。
10/3水 デリー周辺で2カ所訪問面談。夜は現地駐在日本人と会食。
10/4木 デリー周辺で3カ所訪問面談。夜ホテルに戻ったらもうクタクタ。
10/5金 この日も3カ所訪問面談。デリーでの仕事終了。今日もツカレタ。
10/6土 しかし早起きして現地ツアーでアグラ観光へ。タージ・マハル等見学
10/7日 デリーから飛行機でムンバイに移動。夕立もあってホテルから出ず。
10/8月 ムンバイ周辺で2カ所訪問面談。夜は現地駐在日本人と会食。
10/9火 ムンバイ周辺で2カ所訪問面談。夜は現地在住インド人と会食。この頃からやや風邪気味。
10/10水 この日もムンバイで2カ所訪問面談。そのまま23:35発の飛行機に乗る。風邪だよ〜。
10/11木 早朝バンコク経由で16時前に成田空港到着。風邪の症状進行。ゲホゲホ!

金曜は通常出社したわけだけど、セキと鼻水がひどくて、マスクをしてた。
「あ、イ課長さんお帰りなさい、インドどうでしたぁ?」と聞いてくる人は多かったけど、
マスク姿でセキをしながら「インド風邪で…」と言うとみんな遠ざかっていった(笑)。

しかしまぁ予想したこととはいえ、行き慣れた欧州とは全然違う海外出張だったねぇ。
グループ会社全体の規定で、インドは海外出張先としては「ちょいヤバ地域」で、
出張するには事前許可が必要。インド内での仕事にも現地社員のアテンドが付くのが原則だし、
移動は全て運転手つきチャーター車だった。「駅で通訳さんと別れたあとは気ままな一人歩き」
なんていう、欧州出張ならよくあるシーンも今回は一度もなし。

混沌に満ちた魅惑的なインドの雑踏も、その多くはチャーター車の窓ごしに見るだけさ。
アグラ日帰り観光だって、その大半は車に乗ってる時間だったわけだからね。
当然、今回のインド出張で撮った写真は「車窓ごし」っていうのがものすごく多い。
そういう意味では欲求不満がたまったのも事実で、「仕事ヌキでまた来たいな」という気にも
なろうってもんだ。
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宿泊ホテルがイ課長にしてはやけに高級だったなんていうのも欧州出張とはだいぶ違う。
今回デリーでは4つ星、ムンバイでは何と5つ星ホテルに泊まったんだけど、5つ星ホテルに
泊まるなんて、出張・旅行通じて、生まれて初めてじゃないか?

デリーもムンバイも、泊まったホテルは中心部からは車で30分くらい離れた再開発エリアにあって、
周囲にはきれいなオフィスビルはあるけど、イ課長好みの「インドの雑踏」とはほど遠い雰囲気。
気軽にビールを買うこともできないし、何よりも適当な床屋がなくて、インドでの理髪体験が
できなかったのは海外床屋フェチのイ課長としては返す返すも残念だ。

しかしまぁしょうがない。仕事だからね。
あれほど恐れたゲーリー・カタストロフを回避して、最後までスケジュールを全うできたことに
とりあえず感謝するしかない(風邪はひいたけどさ)。ヴィシュヌ神さま、ありがとう。
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イ課長は現在の勤務先に移ってから、今回で10回目の海外出張になるわけだけど、その行き先を見ると
欧州が7回と断然多く、あとはシンガポールと米国が各1回。要するに先進国ばっか。
10回目の海外出張である今回のインドが初めての新興国出張だったってことになる。

だからってわけじゃないけど、インドでは目にする光景全て、ほんとに面白かったよ。
たとえば「インドでは街中をウシが普通に歩いてる」っていうのは知識として知っていたし、
写真や映像で見たこともある。しかし実際にウシがそこらを歩いてる光景を自分の目で見ると、
やっぱ「おおお」と驚くんだよ。インドはそういう驚きに満ちていた。
「話には聞いていたけど、インドは本当にインドだったんだ」とでもいうか…少し大げさな
言い方をすれば、「イ課長の狭い世界観の拡張」を強いる国だった、とも言える。

いまこうして枝豆をツマミに缶ビールを飲みつつ、自宅の使い慣れたMacでブログを更新してると
つい先日まで自分がインドにいたことが信じられないというか、「オレは単にインドに行ったっていう
長い夢をみていたんじゃないだろうか?」と思えてくる。
そのくらい、別世界的・異次元的にいろんな意味で“濃い”出張でしたよ、ええ。
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昨年11月の欧州出張ネタはまだたくさん在庫が残ってる。
今年3月の欧州出張ネタも在庫たんまり。
今年6月のポーランド・フィンランド旅行ネタも在庫ギッシリ。
そのうえ、インド出張ネタという新たな在庫のヤマを抱えたイ課長ブログ。

この後ドコにも行かないとしても、とりあえずあと1年くらいは存続できそうな気がする。

来年の2月頃、極寒の欧州出張の予定があることは、今は考えたくないのである・・・。
 
 

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by tohoiwanya | 2012-10-14 22:33 | 2012.10 インド出張 | Comments(12)
2012年 10月 10日

インドで生存中 その4

長くて、長くて、長かったイ課長のインド出張もいよいよ最終日を迎えました。

はぁ~…いや疲れました。
ゲーリーの方は大丈夫ですが、ちょいとノドが痛くて昨日は風邪薬飲んで寝ました。

現在ムンバイは水曜日の朝。
今日2件訪問して、そのまま夜空港に行って、深夜発のタイ航空に乗って
明日の夕方くらいにナリータに着くのです。

しかしまぁ、インド、なかなか得がたい経験をさせていただきましたよ。
「次に仕事ヌキでまた来てもいいかな」という程度の気分にはなりましたよ。
今回とったビザはあと1年は有効だしなぁ…
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まぁいい。
とりあえず今日を無事乗り切ることを考えましょう。
風邪がひどくなったときのために、ホテルのティッシュを5枚ほど失敬して
インド最後の仕事にこれから出撃するのです。

インドからの生存報告はこれが最後。
無事に帰国できれば、木曜の夜か金曜あたりに「インド生還報告」を書きまっす。
 
 

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by tohoiwanya | 2012-10-10 12:27 | 2012.10 インド出張 | Comments(8)
2012年 10月 08日

インドで生存中 その3

ゲーリーや狂犬病におびえながら、イ課長は今日もインドで生きております。
すでにインド滞在6日目が終わろうとしており、残すところあと3日です。はぁはぁ。
あと3日、果たして無事に走りぬけられるでしょうか。

すでにイ課長はデリーを後にし、現在はムンバイのホテルでこれを書いております。
ムンバイですよ。
ボンベイですよ。
何でこんなところにいるんでしょうね?自分でも信じられません(笑)。

行き慣れた欧州出張とは大幅に勝手の違うインド出張。
ムンバイはデリー以上に「一人でフラフラ」という時間がありません。
到着後の日曜夕方が単独外出の唯一のチャンスだったんだけど、あろうことか
夕方にものすごい雨が降ってきて、近所の散歩すらできん。
メシ?もうホテルで食うしかありませんよ。

まぁ仕方ない。ここはインドだ。しかも仕事だ。
いろいろあきらめざるを得ないんですよ。今回は特にいろいろあきらめましたよ。
こんなもんですよ、海外出張なんて。

だがしかし、昨日は頑張った。
イ課長は出発前に日本から土曜日のオプショナルツアーを予約し、
疲れた体にムチ打って5時に起き、現地ガイドさんと共に4時間半かけてアグラという町に行き
ちゃんとタージ・マハル見てきましたですよ。

仕事以外に関していえば、昨日がインド出張のクライマックスだったね。
今日も日曜だし、ムンバイ到着後、夕方は何もなかったんだけど、
このホテルの周辺は見事にビジネス街で、何もない。
おまけに夕方は上述のようにすごい夕立で、散歩どころの騒ぎじゃない。

そんなムンバイでの日曜日。
帰国の飛行機に乗るのは水曜の深夜。
あと3日、果たしてイ課長はゲーリーの魔の手から逃れきることができるのかなぁ?
(下の写真は着陸前のムンバイの街)
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とりあえず寝よう・・・この街で、明日からまた仕事だし。
 
 

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by tohoiwanya | 2012-10-08 03:20 | 2012.10 インド出張 | Comments(2)
2012年 10月 06日

インドで生存中 その2

インド4日め、金曜日の夜を迎えております。
デリーでの仕事が終わりました。インド出張の、いわば前半戦が無事終了したわけです。

疲れてるけど、体調はまぁまぁです。
依然としてゲーリーは回避し続けております。
これはなかなか頑張ったと思います(笑)。なぜなら、なってもおかしくない局面を
この4日間で何度かくぐってきたからです。

①歯磨きやウガイにミネラルウォーターなんて使ってません。ホテルの蛇口の水です。
②リスキーな行為とされている氷入りのコーラなんかも、もう何度も飲んじゃいました。
 飲み始めてから「あっ」と気づいて、もう遅いと思って飲んじゃいました。
③生野菜?あー食いましたよ。だってインド人通訳さんなんかとのランチで「サラダどうぞ」って
 盛られれば「ゲーリーが怖いからいりません」なんて言えないよ、そりゃ。
④禁忌とされる生フルーツも食っちゃいましたよ。これだって現地某大学のインド人教授との
 ランチミーティングで、その教授本人から「どうぞ」って盛られれば断れないじゃんよー。
⑤昨日は極めて忙しくて、昼飯は移動の車中。食ったのはちょっと心配なマッシュルームサンド。
 ヤバそうで心配したんだけど、セーフでしたよセーフ。

①と②は明らかに本人の不注意ないし「ヒルトンなら大丈夫だべ」っていう甘い見通し。
③④⑤はもうしょうがない、神様許して、って状況に近かったわけだけど、
ヒンドゥー教のえらい神様・ヴィシュヌ神の特別のご加護のおかげで無事だったようです。
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とにかく半分は終わった。
そして明日あさっては土日だから仕事はない。

日曜はデリーからムンバイへの移動でほぼつぶれちゃうけど、
明日は行くぞ、観光に。行くったら行くんだ、このやろう。

 

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by tohoiwanya | 2012-10-06 02:54 | 2012.10 インド出張 | Comments(8)