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2013年 04月 30日

チャンドニー・チョークに行ってみよう -その1-

さて、世の中は黄金週間。皆様いかがお過ごしでございましょうか。
野に山に、そして海外にと、お出かけの方々も多いことかと存じます。

イ課長の会社は4月30日と5月1日は出勤なんだけど、5月2日は年休奨励日とやらでお休み。
従って、あさってからは5連休が待ってるわけで、今日・明日の出社日だって、のんびりしたもんだ。
せっかくだから、こういうチャンスに連続ネタを短期集中連載で書きまくろうか。

というわけで、久しぶりのインドネタ。デリーの、チャンドニー・チョークだ(唐突すぎないか)。

すでに何度も書いたように、インドでは自由行動の時間がほとんどないってことは行く前からわかってた。
かろうじて、そのチャンスがありそうなのはいつか、というのも行く前からわかっていた。
そのチャンスとは到着日の午後、土曜、日曜、この3つしかない。

しかし、土曜はタージ・マハル日帰り観光ツアーを申し込んであるから、車での移動が長いし、
ガイドさんも一緒である以上、「一人で勝手にぷらぷら」というわけにはいかないはず。土曜はムリだ。
日曜はデリーからムンバイへの移動日だから、空港行ったり飛行機乗ったり新しいホテルに
チェックインしたりで、これまた完全フリータイムが多いとは思えない。日曜も厳しい。

となると、だ・・・。
たとえ短時間といえども「完全にフリー・単独ぶらぶら歩き」ができそうなのは到着日の午後だけじゃん。
このチャンスを逃すと「インド気ままな一人歩き」なんて、永久に出来ないかもしれぬ。
(結果的には、実際ほぼその通りだった)

前日深夜に羽田を発ち、明け方のバンコクで乗り換え、ようやくデリーのホテルに着いたばかり。
冷房の効いたホテルで休息したいという気持ちはヤマヤマだったが、毎度のことながら、こういう時
イ課長は「どくとるマンボウの教え」を優先する。到着早々で、まだインドに全く慣れていないけど、
ここは何としてでも「インドの混沌一人歩き」に出撃しようではないか。

そこでイ課長がターゲットにしたのがチャンドニー・チョークだ。
現地語で「月光通り」というロマンチックな名前がついてるけど、ここ、東京でいえばアメ横と浅草を
足したような場所らしくて、オールド・デリーの下町的な、混沌ムードあふれるところっぽい。

ただ、このあたりは安全とはいえない場所だ、なんて情報もあった。インド初心者が到着初日にいきなり行く
スポットとしては難易度が高そうだ。「大冒険」というほどじゃないが、「小冒険」くらいのリスクはありそう。
スリやカッパライが多いかもしれないし、イヌに噛まれて狂犬病、なんて可能性もあるし・・・ううう。
しかしイ課長はそういうゴミゴミしたところに一度は行きたいんだよ!行けるチャンスは今日しかないの!
フライト疲れ+時差ボケの体にムチ打って、インド初心者は行くぞ、チャンドニー・チョークへ!

熱い決意表明も終り、ホテルを出たイ課長がまず向かったのがニューデリー・メトロの駅だ。
地下鉄のMalviya Nagarという駅まではホテルから歩いて行ける。といっても20分歩く必要があるが・・(笑)。
とにかくまだ到着直後。インドに身体をなじませるためにも、駅までぶらぶら歩いて行ってみよう。
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駅までの道には陶器の壷やら人形やらを売る店が多い。うーむ、早くもインド的雰囲気が濃厚に感じられるぞ。
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しかし、イ課長としてはこうやってズラリと並んだセトモノそれ自体よりも、けだるい感じで店のワキにタムロする
インド女性のたたずまいを見て、自分はホントにインドに来てしまったようだ、という認識がだんだん固まっていく。
少しずつ、自分とインドがなじんでいくというか、インドが「しみこんでくる」感じ。しかしまだまだ足りぬ。
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ようやくMalviya Nagar駅に着く。有人切符窓口に行って「チャンドニ・チョーク」と言ったらキップ代わりの
トークンをくれる。これを改札機にピッと当てて通る・・・んだったと思う。詳細に記録を残しておきたかったけど、
インドの地下鉄駅構内で写真をバチバチ撮ると捕まる、なんてコワい情報もあったので、写真は少し控えた。
しかしホームで列車の写真くらいならいいだろう。1枚パチリ。ホームも車両もわりと新しくて立派な地下鉄だ。
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Malviya Nagar からChandni Chowk まで、いま勘定したら14駅。14駅ってけっこうあるよ?
しかも駅の間の距離がけっこう長い。軽く30分くらいは乗ってたと思う。デリーは広いのだ。

ちなみに、車内はこんな感じ。これを撮るときもけっこうキンチョウした。
車内の感じは東京の地下鉄と特に違うところはない。しかし車内にはターバンを巻いたりサリーを着た
インド人が満ちている(当たり前だが)。ここはまぎれもないインドだ。ホントにインドに来ちゃったんだよ~。
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ずいぶん長いあいだ乗って(緊張してるから、よけい長く感じる)、ようやく着いたぞチャンドニー・チョーク駅。
とりあえずここまでは何とかなった。いよいよ地上に出てチャンドニー・チョーク探検だ。さぁいくぞ。ドキドキ・・

おんや?
地上に出てみると、ダダッ広い通りがあって、人と車とサイクルリクシャーがぱらぱらいる、という程度。
雑然としたインドの混沌というイメージからはほど遠い、いささか殺風景な景色だが・・・??
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しかしこれはあくまでも駅の出口近辺だけの話。
ここからちょいと歩けば、そこには期待?通り、未知なるインドがミチミチに満ち満ちている。
G.W.集中連載「イ課長のチャンドニー・チョーク小冒険シリーズ」。当然、次回に続くのである(笑)。

 
 
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by tohoiwanya | 2013-04-30 16:24 | 2012.10 インド出張 | Comments(6)
2013年 04月 29日

アントワープという街

短い滞在だったけど、アントワープってなかなかイイ感じの街だった。

ノートルダム大聖堂とか市庁舎前広場があるあたりは完全なアントワープ旧市街。
大きな市庁舎とギルドハウスに囲まれた広場って、ブリュッセルのグラン・プラスと似てるね。
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旧市街をふらふら歩いていくと、すぐに大きな川にぶつかる。
この先の方に巨大な港があるはずで、アントワープって、ドイツのハンブルクなんかと同様、
直接海に面した港というより、「河川港」なんだよね。
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川は風が強くて寒い。腹も減ってきた。
考えてみたら、今日は朝の6時前にドイツ・フランクフルトのホテルで朝メシくって、そのあとは
何も食わないままフランクフルト→ブリュッセル→アントワープと電車乗ってきて、もう午後だもんな。
そりゃ腹も減るわ。身体が暖まるような、何かあったかいものが食いたい。

こういう時、日本だったら迷わずラーメンか立ち食いそばを食うところだが、ここはベルギーだ。
味噌ラーメン食ってあったまるというわけにはいかない。そういや、2008年に初めてベルギーに来たときも
寒くて、温かいものが食いたいのに見つからなくて、結局、公園のベンチでサンドイッチと缶ビール
済ませたことがあったっけなぁ・・・しかし今日はそれは避けたい。

結局、駅に戻る途中にあったカフェレストランみたいなところに入ることにした。
トレーで好きなものをとって、最後に精算するタイプの店だ。こういうところなら温かいスープか何か
あるだろうと思ったら予想通り。あとはマカロニサラダとパン。ま、こんなもんだろ。
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食い終わったあと、トイレを借りることにした。何しろ冷えたし(笑)。
ところが、店の男性用トイレに入って、イ課長はちょっとギョッとしたのだ。
写真じゃわかりづらくて残念なんだけど、この男性用トイレの“標的”がさ、ものすごく位置が高いんだよ。
ギョッとしたついでに写真を撮らせていただいた。
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てやんでい。はばかりながらイ課長だって日本じゃ「タンパク質でできた巨大ロボット」と言われるお兄ぃさんだ。
このくらい高い“標的”でも何とかならぁ。でも170cmくらいの平均的日本人男性だったらつま先立ちでも
しないと無理じゃないか?という以前に、つま先立ちで用を足すこと自体がおそろしく難しそうだが(笑)。

考えてみりゃ、アントワープってオランダに近い。言語的にもフランス語が主に話されるブリュッセルに対して
オランダ語圏に属する街なんだと思う。オランダといやぁ世界でも名だたる「巨人族の国」として有名だ。
トイレの男性用便器にもそういった「巨人族の国・オランダ仕様」の影響が現れているのであろうか?

カフェを出て、ぶらぶらと歩いて中央駅の方に戻る。
お?!来たときは気がつかなかったけど、中央駅のすぐそばには立派な中華街があるんじゃないか!
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ちぇー。そうと知ってりゃ、スープとマカロニサラダなんかじゃなく、ここで温かいワンタンメンでも食ったのになー。
事前情報収集がズサンだとこういうことになる。しかし通りの真ん中をトラムが走る中華街って、変わってるねぇ。
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さて、そろそろブリュッセルに戻るか。
何しろ荷物を北駅のコインロッカーにぶち込んで、まだホテルにチェックインすらしてない身だからね。
ベルギー第二の都市アントワープ。滞在時間はせいぜい3時間くらいの短い観光だった。
結局、この街には「ネロとパトラッシュごっこ」をしに行ったようなもんだな(笑)。


  
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by tohoiwanya | 2013-04-29 00:18 | 2012.03 欧州出張 | Comments(8)
2013年 04月 26日

アントワープ決めゼリフ

なんと二日連続更新ときた。素晴らしいではないか。
続きものだとね、続編プレッシャーかけてくるヤカラもいてね、なかなか大変なのヨ(笑)。

さて、とにかく前回の続きだ。アントワープに来て「絶対にすべきこと」をする。するったらする。
アントワープを訪れた日本人なら必ず成し遂げなければならない、神聖なるミッション。
「あの教会」の「あの絵」の前で、「あのセリフ」を言わねば(・・・あ、もうバレバレ(笑))。

まず「あの教会」。それはアントワープにあるノートルダム大聖堂(聖母大聖堂)に他ならない。
市の中心部にあって、高い塔があるから、これは初めての旅行者でも見つけやすい。
ブラボー像のある市庁舎前広場からだとすぐ近くだよ。
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次に「あの絵」。「あの絵」とは、ノートルダム大聖堂が所蔵する、ルーベンス作「十字架降架」だ。
さっそく大聖堂の中に入って探す。どこだ?おそらく祭壇に近い奥の方だと思うんだが・・・

ぎく!おお、あれは「十字架昇架」だ。
この大聖堂にはルーベンスの「十字架昇架」と「十字架降架」がセットで置かれているのである。
ドキッとするじゃねぇか。
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うーむ、しかしこの「十字架昇架」もなかなか見事な絵だよなぁ。
ルーブルじゃ相当ひどいこと言ったけど、この「昇架」「降架」の2枚セットはルーベンスらしい
ドラマティックな構図がうまくハマッてて、彼の作品の中では傑作の部類だと思うんだよ。
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だがとりあえず、いまは「昇架」じゃなく、「降架」の方を探さねば。どこだ?
見学者の少ない大聖堂の中をうろうろ歩きまわるイ課長。

うおおおおお。あったありました十字架降架。ついにこの目で見られたか。
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よし。では「あのセリフ」を言う態勢を整えよう。
絵を前にして・・・この辺りに座って・・・位置的にこんなもんかな。少し見上げる感じで・・
それではみなさん、「イ課長」のところをご自分の名前にして、一緒に「あの決めゼリフ」をご唱和ください。









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今さらご説明するまでもないが、「フランダースの犬」のラスト、ネロ少年が息をひきとるのは
ここ、ノートルダム大聖堂に飾られた、ルーベンスの「十字架降架」の絵の前なのである。
ひとえに「フランダースの犬」のせいで、ここに来る日本人観光客はものすごく多い。

え?そんなバカなことするのはイ課長くらいだって?ふふふ、そんなこと言っちゃっていいのかな?
少なくとも、このノートルダム大聖堂に来る観光客の中で日本人比率が異常に高いことをイ課長は
容易に証明できるのだ。ほら、この主要国語別パンフレットの量を見てみ?
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地元のオランダ語版ですら3列だよ?フランス語版なんてたった2列しかない。ところがドウよ、
日本語版だけ4列も置かれてる!これにはイ課長もブッたまげた。日本人、よ~っぽど多いとみえる。

「フランダースの犬」の原作は地元じゃほとんど知られてないらしいけど、日本では局所的に人気が高い。
特に「カルピスまんが劇場」で放映されたアニメ版が、その悲しいエンディングによって当時の少年少女に
深刻な悲劇体験の記憶を植えつけたのは有名な話だ。
ちなみに、上のセリフ。アニメ版最終回のセリフとしてあまりにも有名だけど、正確には
「もう疲れたよ」っていうのとはちょっと違うらしい。ま、どうでもいい話だが(笑)。

あの最終回に涙した当時の小学生くらいの少年少女が、今や40・50のオジサン・オバサンになり、
遠い日本から続々とこのアントワープの大聖堂に押し寄せ、この絵の前で、あのアニメを思い出して、
目をウルウルさせてるのは間違いないんだよ。あのパンフレットの量が雄弁にそれを物語っておる。

アニメ放映当時、イ課長はもう中学か高校生くらいだったはずで、カルピスまんが劇場を見るトシではなかった。
そのイ課長でもアントワープに行ったら、ぜひルーベンスの絵の前で「パトラッシュ・・・」と言わなくちゃ、って気に
なるくらいだから、日本のアニメ史上最も有名なセリフの一つといってもいいんだろうな。

しかし、ここに来てアニメの話ばかりするのもまた日本人だけに違いない(笑)。
一応、絵のことにも触れよう。さっきも言ったように、この絵はルーベンスの作品では傑作の部類だと思う。
祭壇をはさんで左側に「昇架」、右側に「降架」が置かれてるんだけど、昇架では光の当たったキリストの体が
右下→左上に、降架では右上→左下というナナメ構図に置かれてて、祭壇をはさむと「逆ハの字」を構成する。
さすが巨匠ルーベンス。この辺の視覚効果をしっかり計算しているのだ。
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もし、この絵が修復中か何かで、「ネロとパトラッシュごっこ」が出来なければ大変な失望を味わっただろうが、
ちゃんと見られてよかったよかった。お礼がわりに、毎度おなじみ、寄付ロウソクをともすことにしよう。
(一番奥の、高くなってる列の右端がイ課長ロウソク)。
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「アントワープで絶対にすべき」ミッションは無事終了した。
いやぁ〜、心が洗われたようにすがすがしい気分だ(笑)。
さて、まだ時間はあるし、もうちょっとアントワープという街をのんびり探検してみっか。
(アントワープネタ、まだ続くようだ)

 

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by tohoiwanya | 2013-04-26 00:08 | 2012.03 欧州出張 | Comments(12)
2013年 04月 25日

アントワープに行ってみた

書き手の気分次第であちこちに話が飛ぶイ課長ブログ。
ミラノの話からポーランドの話に移ったと思ったら、今日はいきなりベルギーの話かよ。
ちったぁジックリ落ち着いて、ヒトところのことを書き続けたらどうなのだ?というご批判はごもっともだが
大丈夫。このアントワープネタはどうしても続きものになるから、最低でも2回は続く(笑)。

ベルギー第二の都市・アントワープ。オランダ語だとアントウェルペン。最近ではこの言い方が主流?
しかしまぁ、このブログではイ課長が言い慣れた「アントワープ」という表記で統一させていただこう。

アントワープといえば欧州屈指の港町。若い頃の北杜夫もどくとるマンボウ航海でこの街に来た。
若くないイ課長も2012年3月の欧州出張で、ベルギーでの日程に空きが出来たんで日帰りで行ってみた。
アントワープってブリュッセルから近いんだよね。電車で1時間もかからない(約50分くらい)。
そんなに近いんだけど行くチャンスはなかなかなくて、4回目のベルギー出張で初めて実現したことになる。

行ったのは2012年3月6日、朝の9:35にドイツからブリュッセル北駅に到着。そのまま駅を出ずに、荷物は
駅のコインロッカーに預け、アントワープ行きの列車に乗った。ほら、アントワープ行きって書いてあるでしょ?
例の「窓から見える飾り窓」にびっくらコイたのがこの時だ。
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アントワープ到着は10時50分だった。何でそんなにキチンと覚えてるかっていうと、列車を降りて
地上に出る途中、時計の写真を撮ったからだ(笑)。やたらに豪華な時計なんで、へぇと思って撮ったんだよ。
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実は時計だけじゃなく、このアントワープ中央駅自体が、チョー絢爛豪華な建築物として知られている。
どんな駅なのか、行く前からちょっと興味があったんだけど、地上フロアに出てみて驚いたよ。
うっひゃーーーー。
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うっひゃーーーー。すげぇ~、これで駅かよ。どこの宮殿かと見まごうばかり。こりゃ確かに豪華だ。
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外から見るとこんな感じの駅。テッペンに十字架があれば、どこかの大聖堂かと思っちまう。
もっとも、駅前から続く大通りは工事中で非常に歩きづらく、見た目も悪いが。
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ただ、面白かったのは、工事現場を覆う塀に、昔のアントワープの写真が貼ってあったことだ。
これ、1920年とか、30年代あたりかなぁ?当時も今も駅の姿は全く変わってないのがわかる。
もっとも、この駅が第二次大戦で一度破壊され、復元されたっていう可能性は十分あるけどね。
(いま発見。写真の左上に1940と書かれているではないか!どこまでバカなんだイ課長!!)
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中央駅から、市庁舎のある旧市街の方に歩く。
欧州でも有数の港湾都市だけあって、なかなか活気があるね、アントワープって。
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ところで、アントワープという地名の由来。有名だから、ご存知の方も多いと思うけど、オランダ語だと
「hant(手)+werpen(投げる)」、つまり「手を投げる」だ。昔この地に悪い巨人がいたんだけど
ブラボーって名前のローマ兵がその巨人を退治、手を切り落として投げたという伝説に基づいている。
アントワープ市庁舎前広場には巨人のデッカい手を、今まさに投げんとしているブラボー氏の銅像がある。
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なかなか勇壮な投擲ポーズだ。それはいいけど、手をチョン切られた巨人の方は?
この銅像には巨人は描かれていないのか?

・・・と思いつつ、銅像の裏の方にまわったら、いたよ。手をチョン切られ、苦しみノタウチまわってる巨人が。
うううう、けっこう凄惨だなぁ。こうなると、何となく巨人がかわいそうに思えてくる。
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まぁいい。イ課長はブラボー氏を見るためのアントワープに来たわけではないのだ。
由緒あるこの港町に来たら、「絶対にすべきこと」があるのだ。その目標となる場所はブラボー像からも近い。

とにかくそこに行って「絶対にすべきこと」を達成しようではないか。それをしなくちゃアントワープに来た甲斐がない。
というわけで、イ課長のアントワープ紀行。当然、次回に続くのである。


  
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by tohoiwanya | 2013-04-25 00:06 | 2012.03 欧州出張 | Comments(0)
2013年 04月 23日

ポーランド国鉄(PKP)切符購入ガイド

ミラノネタが続いたところで、またポーランドネタに戻る。

イ課長ブログでは数少ない、実用お役立ちコンテンツ「海外切符購入ガイド」シリーズ。
過去にドイツフランスベルギーオーストリア等々をご紹介してきたけど、今回はポーランドだ。
ポーランドの鉄道の切符は、他の国と同じように自分でネット予約でき、自分でプリントアウトできる。
イ課長に出来たんだから、アナタにもできる。さぁ、それでは「日本語で書かれた最も詳細な
ポーランド国鉄切符購入ガイド」にするべく、性根を入れてノウハウをご紹介するぞ。

まずナニに戸惑うって、ポーランド国鉄の切符予約サイトって複数あるみたいなんだよ。
イ課長が主に利用したのは ①ここ だけど、 ②ココ とか ③ここ とかもあるみたいなんだよね。
③は、おそらく主要都市間の幹線に乗るときに使えるんだと思うけど、田舎駅なんかに行く場合は
①か②を使うことになるんじゃないかと思う。
本日はとりあえずイ課長が切符ゲットに成功した実績のあるを使うという前提で、話を進める。

観光客がいちばん使いそうな(イ課長も使った)ワルシャワからクラクフまでを例にするのがいいな。
日にちは仮に5月の10日として、正午より後にワルシャワを出る列車っていう条件にしておこう。

他の国の予約サイトと同じように、まず乗りたい駅・降りたい駅を入力するわけだけど、ポーランド語の
駅名スベルを全部調べる必要はない。たとえばワルシャワ中央駅なら「War」あたりまで入力すれば、
候補駅が表示される。クラクフも同様で、Kra あたりまで入力すれば候補が表示されるから、その中から
Kraków Głównyを選べばいい(Główny=中央(駅))。ダイダイ色の「Search」をえいやっとクリックだ。
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ふーむ、そんなに本数はないね。ワルシャワからクラクフまで特急で大体3時間強かかるみたいだ。
では3行目、15:50発、18:58着の列車ってことにして、またもダイダイ色の「Buy a Ticket」をクリック。
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お?!さっきは15:50発だったのに、次の画面では15:45発になってるぞ?(笑)
しかしこの程度の障害でメゲてはいけない。とにかくクラクフに18:58に着く列車はコレなんだろうから
ひたすらこれを追求しよう。容赦なく「Continue」をクリックだぜ、くぬやろう。
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ぬぬっ、何か出てきやがった。ディスカウントがどうこういってる。
ガイジン旅行者の場合、割引を使えるケースは少ないだろうから、normal fare 人数1のままでいいよね。
最後の欄に名前を入れるのを忘れないように(今は仮の名前を入れてある)。また「Continue」だ。こなくそ!
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おおよしよし。
5月10日、15:45発・18:58着、「イ課長アホ」さんが乗る切符。間違いないね。
値段は114.3ズロチ。イ課長が行ってた頃のレートなら約3000円弱ってところか。安い。
よっしゃ。またまたダイダイ色の「Continue」をクリックだ!いいかげんに観念しろ!
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ここで突然、ログイン画面になる。
初めての人は下の方のRegisterから入って、自分のアカウントを作らないといけないのだ。
ここがちょっと面倒臭い。めげそうになる。でも登録だけなら別に金はかからないから、住所とか名前とか
メールアドレスなんかを入力して、しゃにむにアカウントを作ってログインするのだ。もう少しだ、がんばれ。
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さて、ログインが出来たとする。
するとこういう画面になる。さっきと同じに見えるけど、下にあるオレンジ色のボタンが4つに増えてるぞ。
たぶんこのonlineナントカって書いてあるやつをクリックするんだよな(急にポーランド語になってるし・・)。
ええいもうクリックしてやる!どうだ!まだくたばらねぇか!
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やったーーー。やっとクレジットカード決済画面になりました。はぁはぁ。ここまで来ればもう安心。
左の欄からVISAとかMasterとか、自分の使いたいカードを選択して、NEXTをクリックすれば、
カード番号入力画面になる。いやー長い道のりだったね。おめでとう、アナタ。
これでポーランド鉄道の旅はアナタのものだ。決済を終ると、PDFをダウンロードする画面が
でてきたはずだ(いま実際に買うわけにいかないので、そこまでは進めないのだ、すまぬ)。
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昨年このサイトで予約したワルシャワ→クラクフのPDFチケットはこれ。
上の方だけお見せしてるけど、下の方には二次元バーコードとかも印刷されてる。この時のイ課長の席は
13号車の座席66だったわけだ。ちなみに、OKNOっていうのはポーランド語で「窓」という意味。
窓側の席だったのである。
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クラクフみたいに大きな町じゃなく、田舎の小さな駅までの切符も(全てではないが)ここで買える。
これはウォヴィッチっていう駅からワルシャワまでのチケットを同じようにこのサイトで予約したもの。
ただし、この時は往路のワルシャワ→ウォヴィッチの切符はネット予約できなくて、しょうがないから
現地で窓口で買ったんだよね。臨時列車みたいなヤツだと予約できないことがあるみたい。
(いま気がついたけど、この時も13号車の66窓側だったんだねぇ。偶然・・だよなぁ?)
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しかし、普通の旅行者ならウォヴィッチなんてローカル駅に行くことはまずないだろうし
(聖体節のお祭りがなければイ課長だって絶対に行くことはなかった)
上にも書いたように、ワルシャワとかクラクフみたいな主要駅間移動の切符だったらまず大丈夫のはず。
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アカウント登録とか、途中ハードルはあるけど、ぜひ頑張って切符をゲットしてください。
ポーランド鉄道の旅、非常に快適だったし、景色はのどかだし、何より地元の人たちに混じって
同じコンパートメントで旅するのはなかなか楽しかった。いずれ、詳しくご紹介しまっす。

  
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by tohoiwanya | 2013-04-23 00:04 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(54)
2013年 04月 21日

ドゥオモの屋根にのぼってみよう

さて、ドゥオモ様の屋根だ。登ってくれようじゃねぇか。

まぁね、イ課長だってバカではない(バカだけど)。自分に高所恐怖症のケがあることはよーく知ってるし、
それがどういう条件で発症しやすいかも経験上わかっている。一番コワいのは、手すりが低くて通路も狭い
塔の上とかなんだよね。身を乗り出しただけで落ちそうな恐怖がある。イ課長は背が大きいから
他の人より手すりが相対的に低くなるわけで、よけい落ちそうな気がしてコワい。

しかしドゥオモの場合、登る先は塔じゃない。屋根だ。屋根っつうからには、かなり広いんだろ?
広々した屋根の上なら、キワじゃなく真ん中辺を歩いてりゃ大丈夫じゃん・・・・・と思ってたわけヨ。

ドゥオモ様、内部の見学は無料だが、屋根に登るにはカネをとられる。
いま調べたらエレベーターが10ユーロ、階段が5ユーロっていう記事を見た。イ課長の時もそのくらいだったはず。
もちろん、イ課長は階段を選ぶ。エレベーター代に1000円も払えっかい!今のレートなら1300円だぜ?
「バカ」「高所恐怖症」等々、様々な欠陥を持つイ課長だが、幸い足腰は丈夫なのだ。階段に決まってんだろ。
階段用チケットを買い、テクテクと上り始めた。
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このブログに書いただけでも、プラハの聖ヴィータ大聖堂の塔や、パリ郊外シャルトル大聖堂の塔、もっと昔は
コルドバのメスキータの塔とか、あちこちの塔をこの2本足だけで征服してきたお兄ぃさんだ。
屋根なら、塔より低いことになるわけだし、どれほどのことがあろうか。

はい着きましたー。ドゥオモ様の屋根でーーす。ふっ、楽勝だね。
いやしかしスゴいね。ツンツンと尖ったピナクルが林立するこの光景こそ、ミラノ大聖堂ならではだ。
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ご覧になるとわかるように、全てのピナクルのテッペンには聖人が立っている。
あんな高い、しかもあんな細い柱の上にジッと立つなんてことはイ課長には到底不可能だが、
イタリアの聖人たるもの、高所恐怖なんて感じないとみえる(笑)。
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イ課長としては、ピナクルももちろんだけど、この華麗な装飾を施されたフライング・バットレスが
どこまでも続いているあたりにちょいと興奮する。うーむ、真横から見るとこんな風なのか。
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屋根の上にはこんな感じで“歩行者用通路”みたいなものが作られている。
この聖堂を建築した時、当時の石工たちもここを通ったのかと思うと、感慨深いものがあるねぇ。
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なかなか気分爽快だ。高所恐怖症も感じないし、たっぷりミラノの眺望を楽しもうではないか。
あの辺の高層ビルがあるあたりが、ミラノの新市街なのかな?
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通路をずっと歩いて行くと、本当に教会の屋根の上に出る。予想通り、けっこう広い。
ふーむ、さっき下から見上げたあの高いアーチ型の天井が、今や足の下にあるわけか・・・・・
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・・・・このあたりから急激にイ課長は怖くなりだした(笑)。高所恐怖症が発症したのだ。
なぜここで急になったかって?だってさ、この石造りの屋根、揺れるんだよ。

あ、キミはいま笑ったね?人が歩いたくらいで天井が揺れるわけがない、そんなのは
高所恐怖にとりつかれたイ課長の幻想だと思ったね?違うんだって!ホントに(たぶん)揺れるの!!

すごく高い建築物の上にいて、それが揺れるという恐怖。
ちょっとブダペストのくさり橋の時のような感じになってきたぞ。

あ・・・ダメ。もうダメ、怖い。たちまちイ課長の手の平は恐怖による発汗作用でジトーッと湿り気を帯びる。
なんでみんな平気なのだ?屋根が(たぶん)揺れてんだぜ?昨日までは大丈夫だったかもしれないけど、
今日がまさにミラノ大聖堂の屋根が崩落して、観光客が何十人も死ぬ、その日かもしれないのだぞ?

一応、必死にヤセ我慢して大聖堂前の広場の写真を撮る。
しかしもうダメ。すでにイ課長の恐怖心は「早く地上に降りろ」と命じている。も、も、戻ろうか・・・。
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帰り際に、なおも頑張って写真を撮る。
とにかく、フライング・バットレスの華麗な装飾と、林立する尖塔がもたらす視覚上の効果は大したもんだ。
大したもんだけど、と、とにかく降りよう、もう降りよう、早く降りよう。
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長い階段を降りる足の疲れなんて、まったく感じない。つうか、コッチはそれどころじゃないの。
とにかく、いつ崩れるかわからない、この揺れる屋根から早く地上に降りたいという、その一心。
みなさん、高所恐怖症を抱える者の切実な恐怖というものが少しはおわかりになりましたか?(笑)

ようやく地上に降りてきた。はぁはぁはぁ。
いやいや。ドゥオモの屋根の上、非常に良かったです。ミラノの眺望も、屋根から見るゴシック建築の意匠も
十分堪能させていただきました。でも、イ課長はもうあんな揺れる屋根に登りたくはありません。
ホントに揺れてたんだってば!ウソじゃないの!誰かイ課長を信じろ!


  
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by tohoiwanya | 2013-04-21 00:10 | 2012.03 欧州出張 | Comments(8)
2013年 04月 19日

ミラノのドゥオモに入ってみよう

2012年3月出張については、最後に行ったミラノネタが先行してしまっているけど、
前回からの成り行き上、本日もまたミラノの話になる。

床屋の近くの駅からトラムに乗ることにした、と、そこまで書いた。
イタリアばあちゃんたちに混じってしばらく待ってたら、向こうからミカン色のトラムがやってきた。
切符はすでに一日乗車券を持っているから、この辺は気楽なのである。
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ミラノのトラムの中ってこんな感じ。他の街のトラムに比べると細い・・・つまり車幅が狭いような
気がするけど、同じようなもんかな?
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ミラノ市内ってトラムの路線が多くて、路線図を見ただけじゃガイジンにはさっぱりわかんないけど、
とにかく極めて多くの路線が街の中心部、すなわちドゥオモを終点にするか、通過するかしてる。
いま乗ってるこの路線もドゥオモの近くを通る。だから、初めてミラノの市電に乗ったイ課長も
「ドゥオモが見えたら降りりゃいいよな」って感じで、この辺も意外と気楽だったのだ。
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教会は見えなかったけど、ミラノ中心街とおぼしきあたりの停留所で、みんながドッと降りたから
イ課長も一緒に降りてみた。もうドゥオモ近くであることは間違いない。

ちょいと歩いたらすぐにどーーーんとミラノ大聖堂・ドゥオモ様登場。
写真では何度も見たことがあるが、実物を見るのはもちろん初めてだ。
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イタリアのゴシック教会建築としては最も有名なドゥオモ様
でも、外見的にはゴシック教会の典型的ないし正統なスタイルとはちょっと違ってて、
むしろ“ゴシック派生型”ないし“発展型”と言っていいんじゃないかと個人的には思う。

とにかくミラノのドゥオモの最大の特徴は、三角ケーキの断面みたいな、白い正面ファサードと、
尖ったピナクル(尖塔)の林だ。まるで鉛筆立てみたいに林立してる。
パリのノートルダム大聖堂みたいに、西側入口に高い2本の塔があるのが「正統ゴシック」だと考えれば、ずいぶん
変わった形だと思うでしょ?これに似た教会っていうのも他に思い浮かばない。非常に特徴的だ。

どれ、さっそく中に入ってみようではないか。ドゥオモ様って、中を見学するのは無料(だったと思う)。

あっらーーー、これは意外。
西側ファサードが「正統ゴシック教会建築」とはかなり違ったスタイルだから、内部もそんな感じかと思ってたら、
中は比較的オーソドックスなゴシック・カテドラルだ。へぇ〜、そうだったんスか。
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ステンドグラスもなかなか凝ってる。
窓全体に何かの構図が広がってるっていうんじゃなく、それぞれの窓格子ごとにひとつの絵になってるね。
タロットカードか何かを並べたみたいに見える。ちょっと変わってるねぇ。
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バチカンのサン・ピエトロ大聖堂を除外して考えれば、大カトリック国・イタリアを代表する巨大教会建築。
さぞかし中は豪華絢爛キンキラキンかと思ったら、意外に暗くて、それなりに宗教的神秘も感じさせてくれる。
この暗さが「意外に普通のゴシックに近いな」と思わせた理由のひとつだろうな。
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これが教会の一番どん詰まり。祭壇からその向こうの周歩廊を望むアングル。
さっき「タロットカードを並べたようだ」って言ったステンドグラスが奥のセンターに置かれているのがわかる。
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ふーむ、ドゥオモ様、内部は悪くないじゃん。しかし中を見ただけで満足してはいけない。
ココ、実は屋根の上に登れることで有名なのだ。屋根にのぼらなきゃ、ドゥオモ様を征服したとは言えねぇぜ。
せっかくミラノまで来て、ドゥオモ様を観光するとなりゃぁ、屋根に登らずにオメオメ日本に帰れようか。

だがご存知のように、イ課長にはマイルドな高所恐怖症のケがある(笑)。
高所恐怖症のくせに高いところに登りたがるという、大バカのみがなし得る愚行が、ここミラノでもまた
繰り返されようとしているわけだが、その愚行のテンマツは次回にまわす(笑)。
 
  
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by tohoiwanya | 2013-04-19 00:16 | 2012.03 欧州出張 | Comments(2)
2013年 04月 17日

ミラノの床屋で髪を刈る

えー・・・ワルシャワ蜂起に関するダ~~クなネタがみっつ続きましたので、
本日は毎度ばかばかしいところで一席おつきあいを願っておきます(落語家調)。

どこの話かっつうと・・・またミラノだ。
今日は盗賊の話じゃなく、のどかな話だから安心してくれたまえ(笑)。

ミラノには2泊したけど、1日めは夜到着、3日めは朝出発(帰国)だったから、実質的には
真ん中の一日しか滞在しなかったようなもんなんだよね。

午前中の面談が終わり、社員食堂でお昼をご馳走になって、訪問先を出たのが、たぶん午後2時頃。
そこからは夜の会食までフリータイムだ。ドゥオモ見学くらいはしようと思ってたんだけど、その前に
イ課長にはミラノでやっておくべき重要なタスクがあった。それは散髪だ(笑)。

新婚旅行以来のイタリア。この国は海外床屋フェチ・イ課長にとって“未制覇国”だったのだ。
この機会にミラノの床屋で髪を刈ってくれようじゃねぇか。
午前中タクシーでここに来たとき、チラリと床屋の看板が見えたから、歩いてソコ行ってみるか。

走る車の窓から、チラリと見ただけの看板がどうして床屋のものだと識別できたのか?
理由は簡単で、見えた看板がこういうものだったからだ。
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こりゃーアンタ、イタリア人にはわからんかもしれんが、日本人には一目でわかる(笑)。
東洋系、たぶん中国人経営の床屋ということだ。イタリアで中国系床屋に行くというのもヘンな話だが
明日には帰国する身、時間がない。この際、中国系だろうとジンバブエ系だろうとかまわん。

えいやっと中に入ってみると、あっらー・・女の客が多い。ここは美容院でもあるんだ。
中国系オバチャン店主に、若い中国系従業員が2~3人。空いたイスはひとつもなくて、
なかなか繁盛してる美容院兼床屋のようだ。

どうしようかな?と思ったけど、店主のオバチャンが「いいよ、待ってな」って顔をしたから
ここで刈ってもらうことにした。15分くらい待ってたらイ課長の番になった。担当はこのオバちゃん。

店主自らイ課長の髪を刈っていただけるとは、畏れ多いことだ。
「この辺とこの辺はベリーショート、この辺はショート」って感じで、海外床屋でいつもするようにオーダーし、
いつもされるようにバリカンでガリガリと髪が刈られていく。ああ~やっとさっぱりできた。
「この辺、もうちょっと短く」とか何とかいって最後の仕上げも済み、無事「イタリア散髪の儀」は終了した。

さて次は「散髪代支払いの儀」だ。いくらなのか?
洗髪もしてないんだし、そんなに高くないとは思うが・・・12〜13ユーロくらいかなぁ?
20ユーロなんて言われたら、ちょっとボられてる可能性があるが、えー、ハウマッチ?

おと。

え?

おと!

・・・お・・・おと? もしかしてイタリア語で言ってる?おとって、えー・・・8のことだっけか?
そんなさぁ、こっちはイタリア語完全バカなんだから、数詞くらい英語で言ってよ~~。
しょうがないから、確認のために英語で聞き返した。

「eight?」

おと!!

「えっ・・・eight?」

おと!!!

ひい。この中国系おばちゃん、イタリア人の女性客とペラペラ会話してたくらいだから、イタリア語が
堪能なのは間違いないけど、英語になると数詞もダメなの?
しかしイ課長は逆にイタリア語の数詞なんて、20数年前の新婚旅行のときにちょっと使った程度。
ううむ、こうなると、あの時のオボロな記憶を頼りに「おと」がいくらなのか、確認するしかない。
とりあえず、イタリア語の数詞の“出だし”のあたりは覚えてるから、そこを突破口にしよう。

「うーの どぅーえ とぅれ・・・」数え歌のように、イ課長は指を折って1から3まで数えてみせた。バカ丸出し。
オバちゃん、すぐにこちらの意図を理解し、同時にイ課長のあまりのバカさ加減に失笑しながら、
自分も指を折って早口で続けた。「クアトロ、チンクェ、セイ、セッテ、オト!おと!おとッ!!

「おと」ってやっぱ8でした(笑)。8ユーロ。当時のレートなら800円くらいってところか。これは安い。
相手がガイジンだからって、ふっかけてボろうとしている値段ではない。
盗賊の街・ミラノ、こういう良心的なオバちゃんだって、ちゃんといるのだ。

イタリア語パプーのガイジン客相手に「おと!」って何度も叫んだ上に、イタリア語数詞レッスンまでさせられ、
オバちゃんもさぞかし呆れただろうが、散髪代支払いが可能になる程度には心が通じ合った。
言語の厚い壁を突き破り、意思疎通を果たした快い達成感を互いに感じながら(笑)、支払いを済ませ、
最後はニコやかな笑顔で別れたイ課長とオバちゃんなのでありました。ぐらっつぃえ、オバちゃん。
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さーて。
海外床屋フェチとして未踏だったイタリアを征服し、頭もサッパリした。
朝は中央駅で盗賊団に遭遇し、不愉快この上なかったが、ちったぁマシな気分になったぜ。
店の前の通りにはトラムの線路が走ってるから、これに乗って、ドゥオモ見学にでも行ってみっか。
 

  
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by tohoiwanya | 2013-04-17 00:12 | 2012.03 欧州出張 | Comments(6)
2013年 04月 15日

ワルシャワ蜂起記念碑

この際だからワルシャワ蜂起つながりってことで、ワルシャワ蜂起記念碑もご紹介しよう。
前回まで書いたのが「博物館」、今日は「記念碑」。ワルシャワ蜂起でもいろいろあるのだ。
ポーランドのダークな旅。ワルシャワ蜂起だけでブログネタが3つ書けてしまうんだからスゴい(笑)。
暗めの話題が連続して、読者には申し訳ないが。

ワルシャワ蜂起記念碑ってね、実際、暗いんだよ。
一応ワルシャワ観光スポットの一つなんだろうけど、モニュメントの性格が性格だけに、
面白い観光物件とは言い難い。しかしダークネスを求めるイ課長としては見ておきたかったのだ。

記念碑は蜂起博物館とは全然違う場所、ヴィスワ川にほど近い旧市街のそばにある。
蜂起博物館に行った3日後、クラクフからワルシャワに戻ってきた日に見に行ってみた。

見えてきた見えてきた。記念碑はけっこう大きくて、いくつかに分散して置かれてるみたいだ。
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ほら、こんな感じで手前でも、奥の方でもレジスタンスたちが一斉に蜂起している。
複数配置されたモニュメントによって、ここはいわば「ワルシャワ蜂起記念広場」みたいになってるんだな。
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像(たぶん、彫像ではなく塑像?)としての出来が芸術的にどうなのかはわからない。
でもとにかく、かなり「あの時」の様子をリアルに再現して作られているのは間違いないようだ。
身をひそめていた場所から兵士たちが低い姿勢でバラバラと一斉に走り出している。
1944年8月1日の午後5時には市内各所でこんな光景が見られたに違いない。
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ただ、個々の兵士たちの顔は「勇壮」という感じにはほど遠い。悲壮感あふれるというか・・・
ちょっと極端にいうと、出撃の時点ですでに死者のような表情なってるようにも思える。
ワルシャワ蜂起の悲劇性が象徴された表情というべきなんだろう。
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マンホールからよいしょっと、今まさに地上に出てきた兵士もいる。
ワルシャワ地下下水道がレジスタンスたちの重要な移動ルートになってた史実に基づいてるね。
こういうところも、非常に生々しくて、リアルだ。
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実はこの数日前、ワルシャワ市内を歩いてた時、イ課長はこんなものも見かけたんだよ。
ワルシャワ蜂起当時、ここにあったマンホールを使って兵士たちが出入りしてたことを示す
モニュメントだと思われる。いわば「ミニ・ワルシャワ蜂起記念碑」とでも言うか・・・。
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こういうダークな存在感を放つモノがワルシャワにはいろいろある。
そういうモノがポーランドの悲惨な歴史を想起させ、イ課長のダークサイドを刺激する。

あ、念のために言っておくけど、ワルシャワには王宮とか、ショパン像のあるナントカ公園とか
美しくてキレイな観光名所もたくさんある(んだと思うよ)。ただ、イ課長はそういう所には
全く足を運ばなかった。ワルシャワとクラクフでは「ダークづくし」だったと言っていい。

当然、イ課長が今後書くポーランドネタの、おそらく7割くらいはこんな調子のダークな話になるだろう。
読んで楽しい、見てキレイっていうネタが少ないのは読者に対しても、また、ポーランドに対しても
ちょいとばかり申し訳ないとは思う。

でもね、書く方にとってはなかなか「書きがい」があるのも事実なんだよ。
これからもいっぱい書くから覚悟してね(笑)。


 
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by tohoiwanya | 2013-04-15 00:02 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(4)
2013年 04月 12日

ワルシャワ蜂起博物館 -その2-

ワルシャワ蜂起って、その名が示す通り、首都ワルシャワで勃発したものだから、その戦いは完全な市街戦で、
ポーランド側の戦闘形態はゲリラ戦に近い。ドイツに占領されてたポーランドに正規軍ってのはないわけだから
要するに民兵による武装蜂起だよね。これに対するドイツ軍の掃討作戦は苛烈を極めた。

この時、ワルシャワという街は完全に、メチャクチャに、コテンパンに、テッテイ的に、ブッ壊され、焼かれた。
今は復元されて世界遺産になってる旧市街の中心部もこんなアリサマだったのだ。映画「灰とダイヤモンド」にも
「美しかったワルシャワがあんな風になって、私の心の一部も死んでしまった」みたいなセリフがあったと思う。
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イ課長が行った他の東欧圏の首都、プラハとかブダペストとかと比べても、ワルシャワの街って明らかに
「歴史の面影」みたいな雰囲気が希薄なんだよ。第二次大戦以前から残ってる歴史的建造物なんて
ほとんどないはずで、あったとすれば、それは復元したものなんじゃないかなぁ?

展示物で胸がつまるのは当時の手紙だ。もちろん内容は判読不能なわけだが。
これを書いた人、受け取った人の中で、ワルシャワ蜂起を生き延びた人がどれだけいるだろうか?
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こういう「当時の資料」はもちろん、壁面や床を使った映像展示も豊富で、ワルシャワ蜂起に対する
ポーランド人の思い入れの深さが伝わる展示内容だ。場内が全体的に暗いっていうのも、この博物館の
目的に合わせたものなんだろう。
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イ課長の中ではポーランドって、第二次大戦の惨禍がことさらヒドかった国ってイメージがある。
そのイメージを裏付けるデータがないかと探したら、Wikipediaの英語版ですごい表を見つけた。
第二次大戦での戦没者数と、それが1939年の人口の何%にあたるかっていう数字の、国別の表だ。

日本の戦没者数は260万~310万人くらいとされてて、「戦没者比率」は1939年人口の3.6~4.3%。
中国の戦没者数はもっと多いけど、中国の場合、人口の母数も大きいから比率としては1.9~3.8%。
日本と同じ敗戦国・ドイツは比率がぐっと高くなって7.9~10%くらいっていう数字が載っている。

ポーランドは、と見れば、これが驚くなかれ16.1~16.7%。ドイツよりはるかに多い。
この表の中に載ってる国の中じゃポーランドの「戦没者比率」が一番多い。うーーん、やっぱり。
これはパーセンテージの比較だけど、死者数そのものでも、もちろんポーランドは日本よりはるかに多い。
100人中16人が死ぬってただごとじゃない。戦没者数が一番多いソ連よりも、この比率は高い。
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ポーランドにおける第二次大戦の記憶、ないし史観って、どんなものなんだろうか?
「悲惨な戦争を繰り返してはナラヌ」的な、普通の“教訓”とはちょっと違ってて当然という気がするんだよ。
その違いを知ること・・それが、イ課長のダークなポーランド旅行のテーマだったのだ・・・って、ウソだけど(笑)。

歩き疲れたから、中庭に出てちょっと休んだ。ここに大きな壁と鐘がある。「鎮魂の鐘」なんだな。
近づいてみると、この壁にはぎっしりとポーランド人の名前が刻まれている。この“名簿”が
何を意味するかは考えるまでもない。
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ワルシャワの女子高生(かな?)が中庭で写生をしていた。
ハデさのない、きれいなお嬢さんたちで、みんなマジメに絵を描いてる。
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博物館でいま見てきたばかりの悲惨なワルシャワの過去を思えば、いま、この同じワルシャワの土の上で
こうしてお嬢さんたちが平和に絵を描いていることがあり得べからざる奇跡にも思えてくる。

いかが?アナタも少〜しダークな気分になってきた?
しかし、ポーランドをめぐるイ課長のダークな旅はまだまだ始まったばかりなのである。


 
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by tohoiwanya | 2013-04-12 00:18 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(0)