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2013年 07月 31日

アウシュビッツへの険しい道

アウシュビッツ訪問に関しては、イ課長は用意周到に日本にいるうちに日帰りツアーを申し込んだ。
「アウシュビッツ日帰り、ホテル送迎つき」っていうやつだ。もっとも、イ課長の宿泊ホテルはマイナーな
安ホテルだったので、ツアーバスは迎えに来てくれない。で、ここで待てと指定されたピックアップ地点が
Hotel Andels(ホテル・アンデルス)。ピックアップ指定時刻は朝の8:35だ。

少し早めに、8:20頃からそのホテルの前で待った。周囲にはイ課長一人しかいない。
このピックアップ場所で待ってるのが一人だとしたら、大きなバスじゃなく、小さな車で迎えに来て、
バスのいるところまで連れてってくれるのかなぁ?なんて思いながら待っていた。

ほどなく、道をはさんで反対側のホテルの前に大型バスが停まり、ゾロゾロと観光客が乗り込むのが見えた。
位置関係としてはこうなる。イ課長が待ってろと言われたHotel Andelsが左の建物で、通りの向こうにある
3つの建物の真ん中、白い外壁のHotel Warszawskiの前に大型バスが停まったというわけだ。
「まさかあれじゃないよな?」と思った。あれはどう見てもHotel Warszawskiに泊まってる客のためのバスだ。
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こういう時、一人旅は不便だ。
もし誰か一緒だったら、一人を待たせてもう一人が道を渡ってそのバスのところまで行って、
「ボクの乗るバスはこれじゃないですよね?」と確認することもできただろう。しかし一人しかいないんだから、
向こうに行ってる間に迎えの車が来たら困る。Hotel Andelsがピックアップ場所である以上、
道の反対の、違うホテルの前にいるバスを気にしてもしょうがないのだ。待とう。

ところが、やっぱりそのバスが実はイ課長の乗るべきバスだったということなのだよ。とんでもねぇ話だろ?
あとで日本側のツアー申込窓口に文句言ったら「行き違いがあったようで申し訳なかった」って返事があったけど、
行き違いもナニも、最初からHotel Warszawskiで待てと指定すべきところを、反対側の、違うホテルを
ピックアップ場所として指定したのは(おそらく)現地ツアー催行会社側のミス。それ以外の何物でもない。

反対側に停まっていたバスが8:35ピッタリに動き出したのを見て、イ課長は急速に悪い予感がした。
8:35に出発したということは・・やっぱアレに乗らなきゃいけなかったのか?そんなバカな。確認しなくちゃ。

バウチャーに書いてあった現地のツアー会社に急いで電話をした。
イ課長の乗るべきバスはアレだったのか?それとも、これから来るのか?確認は急を要する。

電話口に女性が出た。
イ課長は必死になって、英語で「私はホテル・アンデルスの前で待っている。しかしバスが来ない」と伝える。
これで、電話口の女性がポーランド語しか理解しない人だったら、アウトだ。

別の女性が電話口に出てきた。ここでちょっとした奇跡が起きた。
その女性がなぜか日本語の上手な人だったんよ。日本語を話せるポーランド人なんて、ものっすごく
少ないはずなのに、その超低確率に当たったわけだ。日本語の上手なその彼女は言った。

「あー でも まだ そのツアーに ごうりゅうできる かのうせいが ございます。タクシーにのって
 くじまでにヒルトンまでいってください」
「9時ですか?それまでにヒルトンですね?(その時の時刻が8時40分頃だったと思う)」
「はいそうです。そこが さいごの しゅうごうばしょです」
「わ、わかりました」

幸い、Hotel Andelsの前にタクシーがいたから、すぐ飛び乗って「ヒルトン!」と告げる。
クラクフのヒルトンがどこにあるのか、こっちは全然知らない。しかし残された時間は20分弱。
ドライバーに「トゥエンティミニッツで着くだろうか?」と聞いたら、自信あり気に「大丈夫」と言うけど、
ポーランド最優先訪問地だったアウシュビッツに行けなくなるという恐怖でこっちは気が気じゃない。

ヒルトンは街のやや南西、ビスワ川に面したところにあった。そこに着いたのが8時58分頃。
ヒルトンの駐車場前に、何台かバスが停まってる。よし、あれだ。間に合いそうだ。早く行かなきゃ。
正確なタクシー料金は忘れたけど、たぶん15ズロチくらい(400円程度)だったはずで、イ課長は
20ズロチ札を渡し、「お釣りはいいよ」と言ってタクシーを急いで降りた、いや、降りようとした。

ところがそのドライバー氏、イ課長が言ったことが聞こえなかったのか、お釣りの小銭をキチンと
勘定して渡そうとする。こういうところも「ポーランド人みんなイイ人だった」というイ課長の印象形成に
寄与してる。しかし今はとにかく時間がない。お釣りをもらい「ジンクェ!」と礼を言って、バスまで走る。

バスの入口にいた女性係員にバウチャーを見せたら、「こっちのバスに乗れ」というから乗る。
このヒルトン前の駐車場、あちこちのホテルからひろってきた旅行者を最終的にここに集めて
改めて各ツアー別のバスに振り分ける場所みたいだ(下の写真が、その係員の女性)。
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バスに乗ると、中は欧米人観光客(年寄りが多かった)でけっこう埋まっている。
イ課長は一番前の座席に座ったけど、しばらくの間は置いてけぼりを食らったショックと、
何とかそれをリカバーできたようだという安堵感で、ほとんど放心状態だったね(笑)。

なぜか日本語が上手な女性がポーランドのツアー会社にいて、その人が的確な指示をくれたこと。
道路がさほど渋滞しておらず、タクシーでバスに追いつけたこと。特に前者は異常な幸運というべきで、
もしこんな幸運にめぐまれていなければ・・・

あーもう、今こうして書いていても恐ろしい。
みなさん、海外オプショナルツアー大手のAlan 1 netでアウシュビッツ見学ツアーを申し込む場合、
ピックアップ場所に関してはよーーーく注意してください。アナタが指定されたピックアップ場所は
バスの停まる場所とは違うかもしれない。もしイ課長がバカ正直に、指定されたHotel Andelsの前で
あの後も迎えを待ち続けていたら、とうとうアウシュビッツに行けなかったことになる。冗談じゃねぇぜホント。
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まぁとにかくバスはアウシュビッツに向かって走り始めた。やれやれ。
ツアー出発の時点で、すでに精神的にはドッと疲れちまったけど、この後、アウシュビッツに行けば
もっとハゲしい精神的疲労を味わうのは間違いない。うーむ、イ課長、耐えられるだろか。


 
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by tohoiwanya | 2013-07-31 00:03 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(8)
2013年 07月 29日

アウシュビッツに行くということ

アホなトイレの話題を続けて油断?させたところで、いきなりポーランド旅行の最もダークなネタに突入。
初めに断っておくが、アウシュビッツ訪問の話は当然のことながら「読んで面白い」ものでは全然ない。
しかも間違いなく続きものになる。2回や3回では終らない。しばらくの間、このブログは暗くなる(笑)。

イ課長のポーランド旅行後、周囲のヒトとの会話はほとんどが以下のようなパターンになった。

「ポーランドいったんだ〜。ドコ見てきたの?」
「(どうせ言っても知らんよな、と思いながら)うーん・・たとえばその・・・ワルシャワの旧ゲシュタポ本部・・」
「なにそれ?」
「(これも反応ないだろうな、と思いながら)あと、たとえば、クラクフの旧市街とか・・」
「ふーん、知らない」
「(結局コレを言うしかないか、と思いながら)まぁ一番有名な場所だとアウシュビッツに行ったけどね」
「ええ?アウシュビッツ見てきたの?」

相手がポーランドについて何も知らなくても、アウシュビッツと言いさえすれば、必ず知っている。
実際、アウシュビッツっていまやポーランドで最も外人旅行者が集まる場所だと思うよ、大げさじゃなく。
イ課長にしても、ポーランドに行ったらここだけは絶対に見なければ、と思っていた。

ここで、イ課長がなぜアウシュビッツ強制収容所に行きたかったか、その理由を書いておきたい。
いうなればアウシュビッツ訪問にあたってのイ課長の基本スタンスとでもいうか。マジメな話である。
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戦争の悲惨かつ残酷な歴史を伝える施設っていうのは世界中にいっぱいある。
日本だと広島や長崎の原爆資料館なんかが挙げられるし、韓国や中国に行けば抗日戦争の歴史を
伝える施設が当然あるし、ベトナムにも戦争証跡博物館なんてものがあった(行かなかったが)。
もちろんアジアだけじゃなく他の国にもある。前に書いたワルシャワ蜂起博物館なんかもまさにそれだ。
何もアウシュビッツ強制収容所跡だけが「戦争の悲惨さを今に伝える」ものではない。

「日本は過去の侵略戦争に対する反省が足りん」と思っている中国や韓国の人がこのブログを読めば、
「イ課長はアウシュビッツなんか行くよりも、(たとえば)中国の抗日戦争記念館みたいな施設を見学して、
まず自らの歴史認識を改めて反省しろ」と言いたい人もいるかもしれない。

ただね、少なくともイ課長にとってはアウシュビッツ強制収容所という場所は、いろんな国にある、
いろんな戦争記念館のたぐいとは根本的に違う、ものすごく特殊な場所なのだ。

世界中にある「悲惨な戦争の記憶を忘れないための施設」のほとんどは、まぁ一言で言えば
「その国の人々が戦争で戦い、殺された歴史を伝えるために、後からその国が作った施設」のはずだ。
これは当たり前の話で、原爆資料館は日本が作り、ワルシャワ蜂起博物館はポーランドが作った。
どれもみんな「その国が作った施設」だ。

アウシュビッツはそういう点で、あまりにも特殊だ。なぜならあそこは
自国民(だけではなかったが)を殺すために、他国が作った施設そのもの」だから。
戦争の記憶を後世に伝えるために作られたっていうものとは根本的に違う。

「戦争の記憶を忘れないために」的な施設なら、当然、建物は戦後に建てられたものであり、
そこに置かれたものは“展示物”で、それを見る行為は“見学”という言葉が適当だろう。
広島や長崎の原爆資料館も、中国や韓国やベトナムやポーランド等々のいろんな施設も、世界中の
戦争メモリアル施設はほぼ全部この分類に含まれると考えていいだろう。

しかしアウシュビッツやビルケナウは違う。
(まぁそういう意味では、ポーランド国内に多く残る旧強制収容所跡地はぜんぶ違うわけだが)

それは悲惨な歴史を伝えるためにあるのではなく、悪しき記憶そのものとしてそこにあり続けている。
そこにある建物は後から記念館としてではなく、“そのとき”絶滅収容所として建てられたものなのだ。
人々はそこで殺され、そこで焼かれ、そこに埋められた。居住棟もユダヤ人たちが寝泊まりしたもので、
そこに窓枠があれば、それは70年前にユダヤ人たちが触った窓枠だ。展示物ではないのだ。
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もちろん、アウシュビッツは現在は博物館としてちゃんと整備されてて、完全に当時のままではない。
(そういう点ではビルケナウの方が当時のまま、後世の手が入っていない)
博物館だから、いろんな展示物や写真があり、見学できる。それはそれでもちろん重要だ。
でも、イ課長にとってアウシュビッツに行くことは“観光”ではもちろんないし、“見学”っていうのとも
またちょっと違うものだったんだよね。

イ課長としては、とにかく「その場所に行く」ことが重要だった。
行って、そこに触れ、そこの空気を吸い、そこの土を踏む。考えてみ?その土の下には、間違いなく
埋まったまま忘れられた亡骸もあるはずなんだよ。そういうところを歩く。
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イ課長はこれまでの人生でそんな場所に行ったことはない。
アウシュビッツに行って、そんな経験をすることに自分が耐えられるかどうかもわからなかった。
でもとにかく行きたかったんだよ。

うーん、どうも上手にまとまらないが、イ課長の「アウシュビッツに対する思い」っていうのは
こういうことなのだ。

というわけで、次回からアウシュビッツ訪問の話を順を追って書いていこうと思う。
まだ行きもしないのに、こんなにいっぱい書いてるんだから、この話は長く続くだろうなぁ〜。
とにかくアウシュビッツへの道は厳しかったのだ。次回、まず「ツアーバスに置いてけぼりを食う」という
悲惨なシチュエーションからスタートするわけだからね(笑)。

 
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by tohoiwanya | 2013-07-29 00:06 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(6)
2013年 07月 26日

バンコク・ウォシュレット事情

もうここまできたんだ、トイレネタをとことん続けてくれようじゃねぇか(笑)。
今日は別に壮大な実験を伴うようなものではなく、小ネタだが。

前回前々回、高圧放水シャワーが“可動式ウォシュレット”なのかどうかについて書いた。
さて、では皆様はこれまで海外で日本と同じような“定置式”ウォシュレットを見たことがある?

海外で使うトイレつうたら、まず筆頭にあがるのは「ホテルのトイレ」なわけだけど
定置式ウォシュレット導入ホテルなんて、少なくともイ課長が泊まる程度グレードのホテルじゃ
絶無にして皆無。まっっっったく見たことがない。
ホテル以外で、レストランとか、美術館とか、デパートとかのトイレを使うことだってもちろんある。
でも、海外のそんな施設でもウォシュレット設置例なんて、これまた絶無にして皆無だ。

イ課長の場合、出張にいけば「訪問先の会社のトイレ」を借りることも時々あるわけだけど、それでも
ウォシュレットが置かれたトイレなんて一度も経験がない。オフィスでも普及してないのだ。
ちなみに、イ課長の勤務先のトイレにはウォシュレットがある。

要するに、ウォシュレットってまだまだ「日本だけのもの」なんだよね。
未だに「日本でウォシュレットを初体験したガイジンの反応」っていうのがネタになるくらいだから、
海外でウォシュレットなんて、現地在住日本人宅とかでもない限り、ほぼ「ない」と考えるべきだろう。

・・・と、イ課長は思っていた。
しかし、そんなイ課長もついに「定置式ウォシュレット海外進出」の現実を目の当たりにする日がきた。

発見した場所はタイのバンコク。ついこないだの話。
最終日にホテルをチェックアウトし、バンコクの街を観光してたらトイレに行きたくなった。

ううう・・・どこかそこら辺でトイレを借りなきゃいかんが、ホレ、やっぱ惰弱なる日本人としては
なるべく安全でキレイそうなトイレを探したくなるのが人情じゃん?

ファーストフード店のトイレならまぁ大丈夫かな、と思いながら歩いてたら、目の前に
すっごくデカくて、キレイなショッピングモールがあった。よし、ここで借りるか。

入口で制服を着たドアマンがちゃんとドアをあけてくれる。すごい高級モールだよ。
こういう施設にとって日本人観光客は上客なんだろう。そういう所に、ただトイレを借りたいという
理由だけで入店するのはちょっと気がひけるが、そんなことも言っておれん。
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ほどなくトイレを発見した。コンパートメントに入ると、普段あまりにもよく見慣れた便器があるから、
最初は気に留めなかったんだけど、その表示がタイ語であるのに気づいてハッとした。

おお何と。イ課長にとって、海外で初めてウォシュレットに遭遇した記念すべき瞬間だ。
うーむ、いまやバンコクの高級ショッピングモールじゃ、ウォシュレットが導入されているのか。
前回記事で、タイのホテルには高圧洗浄シャワーがなかったって書いたけど、その代わり?に
こうして日本と全く同じ定置式ウォシュレットが、一部とはいえ普及し始めてるわけだ。
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便器のワキにある洗浄ボタンとか、水を止めるボタンの表示も当然のことながら全部タイ語。
面白いんだけど、表示が小さいから写真が撮りづらいなぁと思っていたら・・・

目の前のドアに「ウォシュレットの使い方」がタイ語でデカデカと説明されているではないか。
タイの人にとっちゃ、定置式ウォシュレットってものすごく珍しいはずで、どうやって使用するのかを
大きく説明するのは親切だよな。しかしタイ語って、一文字も読めないけど、ビジュアル的には
つくづく面白い文字だ。
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おかげさまで、自宅にいる時のようにスッキリ、トイレを水びたしにすることもなく(笑)洗浄できました。
バンコクの高級ショッピングモール・TERMINAL 21、どうもありがとう。
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日本でウォシュレット慣れした人は、海外のトイレで「イマイチ感」を味わうことが少なくない。
イ課長だって、けっこうウォシュレット慣れしてるから、海外ではどうしてもイマイチ感が拭えない。
その挙げ句、5〜6年前頃から、イ課長は海外のホテルのトイレでは、横にある流しに水を細く流して
先にトイレットペーパーをちょっと濡らしておくという秘法を編みだすに至った(笑)。

しかし、バンコクのスクンビットだったらもう大丈夫ですよ。スカイトレインのAsok駅から直結した
高級ショッピングモール、TERMINAL 21なら日本と同じようなウォシュレットがあります。
スクンビット通りをショッピング中などに急を要する事態になったら、ここに駆け込みましょう(笑)。


常に旅行者に役立つ情報をご提供し続ける、イ課長ブログなのである。


 
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by tohoiwanya | 2013-07-26 11:19 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(8)
2013年 07月 24日

海外トイレのナゾ その2

続きものにしちまったから、また二日連続で粛々と更新するのである。

とにかくだ。まず「ホイアンの実験」を始めよう。
イ課長は全裸でトイレに入り、用を済ませ、ウォシュレットとは若干順序が異なるが、
まずトイレットペーパーで拭き、その後の“仕上げ”として放水シャワーを試してみることにした。
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放水を開始してから自分の尻に持っていこうとすれば、その間に大量の水が飛び散る。
先に狙いを定めておいて、よしと思ったところでノズルを押し、いきなり尻で水を受け止めるしかない。
しかし自分の尻は見えないわけだから、位置決めがラフなのは致し方ないところ。
まぁいい。この辺だろ。えいやっとノズルを押して放水開始。

ぎゃーーーーー。予想通り、高圧放水は激しく跳ね返り飛び散り、アッという間に周囲はビショビショ。
狙いを“補正”しても、何しろ尻は球形。ちょっとズラしただけで水の跳ね返り角度も変わって始末におえん。
この高圧放水シャワーを使って、水の飛散を防ぎつつ、尻を洗浄するなんて到底不可能だろー。
「トイレを水びたしにする」という実験結果が出るのは確実、というか、今まさに結果が出てる最中だ(笑)。

水圧がすごいから、シャワーを持ってる手にも圧力の反動が伝わってくる。すごいな。
うっかりシャワーの狙いが尻からはずれると、高圧放水は壁の高いところまでビシャーッと濡らしちまう。
手元が狂えば天井まで届くだろう。いくらトイレびしょびしょとはいえこれはひどい。実験中止、中止。

はぁはぁ・・・まさにトイレで水遊びをした後のような状況ではないか。
棚の上の予備トイレットペーパーにも放水がかかって濡れちまった(下の写真は濡れる前のもの)。
いやしかしこれでハッキリした。不慣れな者が衣服を着たまま、この高圧洗浄シャワーを使おうものなら、
衣服もトイレも、ビショビショになることは絶対に間違いない。全裸で実験したのは正解だったのである(笑)。
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さてだ。話はこれで終りではない。

ベトナムで泊まった3つのホテルには全部、この尻洗浄用高圧シャワーがついていた。
ところがバンコクのホテルにはなかったんだよ(下写真参照)。「ありゃ?タイにはシャワー、ないんだ」と思った。
まぁなくても不満はない。よほど慣れない限り、あの高圧シャワーを尻洗浄に使えないことは「ホイアンの実験」からも
明らかだし、そもそもイ課長にとっちゃ「高圧シャワーなんて存在しないトイレ」の方が普通なんだし。
しかし、国によって高圧シャワーの普及度って差が大きいんだなぁ。インドとベトナムは明らかに普及率が高い。
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あの高圧放水シャワー、「尻洗浄用」ではなく「トイレの汚れ落とし用」なのかも?っていうのは確かに考えた。
要するに、日本のトイレの横によくあるブラシの代わりに、高圧水で汚れを落とすためのモノ。

それなら跳ね返りで水びたしという大惨事も起きないし、水があれだけ超高圧である理由にもなる。
それに、ベトナムやインドじゃ高圧放水シャワーはよく見かけたけど、トイレブラシなんてものは全く見なかった。
あれがトイレブラシ代わりだとすれば、バカ丸出しのイ課長はトイレ汚れ落とし用の高圧水を自分の尻にあてて
ヒャーヒャー大騒ぎするという愚かな茶番劇を演じたことになる。

いやしかし、「ベトナムのトイレ」や「インドのトイレ」で検索してみると、高圧放水シャワーの話は出て来る。
「ピストル式ウォシュレット」なんて言い方もあるくらいだから、やはりアレは尻洗浄用なんだろう。
インド人やベトナム人はホントにみんなアレ使ってるの?洋服着たままじゃ使えないと思うんだけどなぁ。
彼らはあの高圧放水シャワーを、水を飛び散らすことなく使う秘法を持っているのか?たとえば便座に座ったまま、
前側からヤレば、少なくともトイレ中びしょびしょという事態は避けられるはずだ。そうなのか?

疑問は続く。イ課長がこのトイレシャワーを最初に見たのはヘルシンキのバンター空港だ。
まさかフィンランドのトイレがインドやベトナムと同じように「以前は手桶水+手洗浄」だったとは思えない。
イ課長が近年使った海外のトイレっていうと、出張先の関係上、ヨーロッパのホテルのトイレが圧倒的に多いけど、
ドイツやフランスあたりのホテルで、日本と同じトイレブラシを見かけた記憶がある。だからフィンランドの場合も
あのシャワーは「トイレブラシの代わり説」が妥当な推測だと思うんだよね。

一方、インドやベトナムの場合は、総合的に考えても、前回記事に寄せられたコメントから推測しても
「尻洗浄用+トイレ掃除用」というあたりがこれまた妥当な結論だろうと思うのだ。

しかしこの高圧洗浄シャワー。
日本にはほとんどないよね。シンガポールにもなかったと思う。しかしインドやベトナムでは普通。
それがタイでは(少なくともイ課長の投宿先では)やっぱり見ない。東〜東南アジアの中でも普及状況は
国によってかなり差があると思われる。

トイレ高圧洗浄シャワーの国別設置率は世界レベルで比較するとどういう感じなのか?
さらに、「尻洗浄」と「トイレ汚れ落とし」という二つの設置目的のウェイトは各国ごとにどう違うのか?

もし、このテーマを自分の論文のテーマにしたいという研究者の方がいたら(どんな研究者だ?)
イ課長は喜んで、このテーマを進呈したいと思うのである。
 

  
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by tohoiwanya | 2013-07-24 00:09 | 出張・旅行あれこれ | Comments(12)
2013年 07月 23日

海外トイレのナゾ

唐突だが、ポーランドネタの合間にトイレの話を書かせていただく。
いや実はさ、トイレのあるモノに関して、1年がかりで考え続けている疑問がイ課長にはあるのだ。

コトの起こりは去年の6月、乗り継ぎで降り立ったヘルシンキ、バンター空港のトイレだ。
このトイレでイ課長は見慣れないモノを見つけた。洗面台のワキにある小型シャワーみたいな、コレだ。
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何だろうなぁ?と思った。でもわからなかった。
まさか空港のトイレで裸になってシャワーを浴びたり、髪を洗ったりするヤツがいるとは考えられないから、
トイレや床を掃除するためのシャワーかなぁ?しかし、この時点ではよくわからなかったというのが正直なところで、
こんなトイレ併設のシャワーなんて、欧州の他の国のトイレでも見た記憶ないんだよ。
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さて、この発見から4ヶ月後、イ課長は思ってもみなかったインド出張というものに行くハメになった。
ご存知のようにインドのトイレには紙というものがなく、“不浄の手”左手で、桶とかに汲んだ水を使って洗う。
もちろんホテルのトイレには紙があったけど、ホテル以外のトイレにもあるとは限らない。
実際、デリーのある会社で借りたトイレはトイレットペーパーホルダーがなかった。

窓のところに一応トイレットペーパーが置かれてるから、紙を使おうと思えば使えないことはないんだろうが。
しかしそれ以上に問題なのは、このトイレが「インド式手動水洗い」を前提にしているとしても、水をためる桶もなきゃ
桶に水をそそぐ蛇口もないってことだ。紙を使わないインド式なら、そういうものがあるんじゃないの?
ここでイ課長の関心は横にあるシャワーの方に向けられた。
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うーむ、これは4ヶ月前にヘルシンキの空港で見かけた、あのシャワーと同じものと見受けられる。
インド式“手動ウォシュレット”に必要なはずの手桶水がなく、その代わりにシャワーがあるということは・・だよ?

これを使って洗え」ということだよな?コレを後ろ手に持って、自分の尻に向けて放水して洗う。
手桶水も、桶に水をためるための蛇口もない以上、このシャワーを「尻洗浄用」に使うのだと考えざるを得ん。

この時、イ課長はかなり感心した。
なるほど。経済発展著しいインドでは「手で洗う」といっても、もう昔みたいに手桶の水で洗うなんてプリミティヴな
方法はスタれ、放水シャワーが普及しているわけだ。これなら手も汚れないしね。

しかしだ。シャワーを尻に向けて放水するって技術的にはものすごく難しくないか?
何しろ放水目標は自分の尻だ。見えない。ちょっと目標精度が狂えば背中に放水して服を濡らしちゃったり、
尻から跳ね返った水が飛び散って足元のズボンを濡らしたり、床をビショビショにしたりといった惨事をひきおこすのは
間違いない。いくら「インド飲み」が出来るインド人とはいえ、この放水シャワーを使って、衣服も壁も床も濡らさずに
自らの尻を洗うなんて芸当ができるのか??

しかしインドではこの放水シャワーをけっこうあちこちで見かけたのも事実なのだ。
デリーで泊まったヒルトンにもトイレットペーパーに加えて、こんなシャワーがあったからね、ほら。
トイレわきの放水シャワーは、いわば“可動式”ウォシュレットなのだろうという推測がますます強固なものになる。
しかし一度も使わなかった。さっき言ったように、初心者がこれ使えばトイレはビショビショだろかうから。
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このナゾは続くのだ。インド出張から8ヵ月後。イ課長は先日のベトナム・タイ旅行に行った。
すると、ベトナムのトイレにもあの見慣れた放水シャワーが置かれているではないか。ベトナムにもあったの?!

調べてみると、ベトナムも地方なんかだと「手桶水による手洗浄」という方式がけっこうあるようで、それを
近代技術で近代化すると放水シャワーになるんだと考えられる。なーるほど、ベトナムにもあったとは。
ホーチミンのホテルにあったのはこれ。インドと同じような感じだよね。
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ためしに“放水”してみた。うおーーー!すげー高圧放水。予想以上の水圧だ。洗浄効果はさぞ高いだろう。
だがこれだけ高圧だと、的をはずした時の水の飛散もまたスゴいはず・・つうか、的に当たろうが当たるまいが
狭いトイレでこんな高圧放水を使えばそこらじゅう水が飛び散るのは避けられないんじゃないのか?
トイレをびしょびしょにするわけにいかないから、この高圧シャワーはホーチミンでも使うことはなかった。
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ホーチミンの次に泊まったホイアンのホテル。ここでも当然のように高圧シャワーが置かれている。
ところが、ここの場合、トイレとシャワー室が兼用だったんだよね。こういうの、スペインの安ホテルで経験あるよ。
(右の銀色が身体用シャワー、写真左端の白いやつが尻用シャワー)
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トイレ自体がシャワー室なわけだから、シャワーを浴びれば必然的にトイレの床はビショビショ。こういう所なら
高圧放水シャワーによるウォシュレット実験ができそうだ。もし床が水びたしになっても、そのまま身体用の
シャワーを浴びれば同じことだもんな。

で、ホイアンを出発するという日の朝、その実験に着手した。やりそこなっても服を濡らさないように、また、
そのまま身体のシャワーに移行できるように、実験は全裸で行う必要があったわけだが・・・(笑)。

うううむ、しかしまた長くなってしまったな。
こんなネタを続き物にするつもりは毛頭なかったが、書くべきことはまだけっこう残っている。
すまん。許せ。続きは次回だ。ホイアンのホテルでの実験結果もその時にご報告するっす。
 
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by tohoiwanya | 2013-07-23 00:10 | 出張・旅行あれこれ | Comments(6)
2013年 07月 21日

ポーランド三大偉人

どこをとってもひたすらダークなクラクフ移動後のネタに着手する勇気がまだ湧いてこないので(笑)、
とりあえず本日もワルシャワ・小ネタ系でいこう。

ポーランドの偉人といえば、誰が思い浮かぶ?
本日はイ課長が勝手に決めた「ポーランド三大偉人」について書こうと思うのである。
たまたま、ワルシャワでこの三人に関連した場所に行く機会があったんだよ。

さてポーランド三大偉人。まず最初は誰か?
真っ先にあがるのは、やはりショパン様でございます。彼はパリ生活も長かったけどポーランドの出身。
首都ワルシャワの空港を「フレデリク・ショパン空港」なんて名称にするくらいだから、
ポーランド当局も「オレらの国で世界的に一番有名な偉人つうたらショパンだ」と思ってるフシがある。

しかし今回のダークなポーランド旅行ではショパンに関する観光は全く考慮されてなかった。
ナントカ公園のショパン像も見なかったし、音楽ファン必見らしいショパン博物館にも行かず。
ただ、ショパンの心臓があるっていう場所にだけは行く機会があった。心臓だよ?心臓

ショパンはパリで亡くなったんだけど、遺言に従って心臓だけは取り出され、愛する祖国に運ばれた。
現在それはワルシャワの聖十字架教会というところに安置されているのである。
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ここは街の中心部、新世界通りに面してるから行きやすい。
祭壇に向かって左側の柱のところにショパンを記念したプレートみたいなのがあって、
この柱の下に彼の心臓が安置されてるらしい。
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イ課長もショパンは好きだ。ポーランド旅行中、列車の中なんかではiPodでよくショパンを聞いた。
彼の作品にはマズルカ何番とか、ポロネーズ何番っていうのがたくさんあるけど、このどちらも
ポーランドの民族舞曲のリズムや旋律を取り入れた作品群で、ショパンにとって祖国ポーランドは
単に心情的な部分だけじゃなく、創作面でも大きな影響を与えているわけだ。

さて、ショパンに続いて、ポーランド三大偉人の二人目は誰か?
ぐっと古くなるけど、地動説を唱えて天文学史上に永久不滅の名を残すコペルニクスなのである。
彼はポーランドの古都・トルンという町で生まれた。

聖十字架教会からそんなに遠くないところにコペルニクスの大きな銅像がある。こんな感じ。
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彼の著書「天体の回転について」が、その後の科学に与えた影響は今さら説明するまでもない。
革命のことをレボリューション(revolution)っていうのは、この時の本の題名に含まれた
「回転」っていう言葉のラテン語に由来してるって知ってた?革命という言葉と回転という言葉が
英語で(たぶん他の言語でも)同じなのは、コペルニクスのせいなのだ。

その革命的な著書はコペルニクスがまさに死の床にある時ようやく出版された。彼が生きて自分の著書を
手にすることが出来たかどうか、きわどいところらしい(一説には手に取ったところで死んだ、とも)。
もっともこれは、出版後の宗教的弾圧を恐れたコペルニクスが、自分の死期ギリギリになってようやく
出版する気になったという側面もあるんじゃないかと思う。

このコペルニクス像で面白いのは、像そのものよりも、地面だ。
こんな風に、像を中心にして地動説を象徴する各惑星の軌道が丸く描かれている。
ま、科学に文字通りの革命をおこした大天文学者。銅像だけじゃなくこうやって太陽系全部を使って
「コペルニクス広場」まで作っちゃったとしても、文句を言うヤツはいないだろう。
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さて、ポーランド三大偉人の最後は?そりゃアータ、生涯に2度のノーベル賞を受賞した大物理学者
キュリー夫人以外にはいないでしょう。彼女はワルシャワ生まれで、結婚前の名前をマリ・スクロドフスカ。

彼女の生家はワルシャワ旧市街の広場からも近い。最後の日にちょっと歩いて行ってみた。
現在はキュリー夫人の功績を称える資料館みたいになってるらしい。見学してみてもいいよな。
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ほう、これか。立派な家だ。立派なのはいいんだけど、この家を見てイ課長はここに入るのをやめた。
なぜかっていうと、この家の外壁に描かれたものを見て、入ろうという気がイッキに失せたからだ。
上の写真じゃ何も描かれてないように見えるけど、写真の右端に何かペンキ絵みたいなものの片鱗が
写ってるのがわかるでしょ?これがね、実際にはこういう絵なんだよ。
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なんだい?!こりゃあ。
この絵、明らかに後年描かれてるけど、一体何の意図でこんな壁画?を描いたのかサッパリわからん。

キュリー夫人の生家を保存するなら、歴史的意義という点からも、観光価値という点からも、なるべく
「元通りに保存しよう」と考えるのが普通だろー?こんな絵描いちまったらブチ壊しじゃねぇか。
しかもこの絵がまた上手くないよねー。ひょっとするとソ連支配の社会主義時代に描かれちゃって、
消しようがなくて、そのままになってるのかな?
この壁画を見たら、たちまち中に入る気が失せたイ課長なのである。

というわけで、本日はイ課長が見てきたポーランド三大偉人にまつわるスポットのご紹介でした。
途中までは、何かのミニ番組風のいい流れできてたんだけど、最後のキュリー夫人がなぁ~・・・(笑)。
 
ちなみに、このポーランド三大偉人、去年載せたサッカー欧州選手権・EURO2012のポスターにも
ちゃんと出演しているのである。やっぱ、この三人ははずせないのである。

 
  
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by tohoiwanya | 2013-07-21 00:01 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(7)
2013年 07月 18日

意外なポーランド土産

ご存知のように、イ課長は海外に行って「ドコソコを観る」とか、「アレをやってみる」ということには
けっこう情熱を傾けるし、「アレを食おう」「コレを飲みたい」といったことに関してもそれなりに頑張る。
特に「コレを飲む」の「コレ」がビールである場合は、どんな労も惜しまずに努力する(笑)。

ただ、「アレをぜひ買いたい」という情熱、要するに「買い物欲」は限りなく低い。
自分のためであれ、ほかの誰のためであれ、「あのお土産だけは絶対買わなくちゃ」なんてケースは
極めて少ない。土産なんて、大体最後に空港でヤッツケ仕事で買うのがほとんどだ。

・・・と、ここまでが前フリ。
この後に「ところがポーランドでは・・」という書き出しで、ポーランドでヘンな物を買うのにウツツを
ぬかしたという記述が続くと思うでしょ?その予想は完全に正しい(笑)。


ところがポーランドでは、行く前から「これはぜひ現地で買いたい」と思ってたモノがあったんだよ。
モノ自体は日本人にとってはちっとも珍しいモノではない。しかし、それがポーランドで一般的に売られてると知ると
その意外性にちょっとびっくりするモノ。それは何かというと・・・









袋入りのインスタントラーメンなのだ。




サッポロ一番とか出前一丁みたいな感じで、ポーランドではポーランド人向けの袋入りラーメンが売られてるらしい。
ほら、アナタはいま「ホントなの?」と思ったでしょ?イ課長だって最初は同じように驚いた。
ポーランド人が乾いたラーメンを茹で、粉スープを溶かし、ハシで(あるいはフォークで?)
フゥフゥ言いながらラーメンをすすってる姿・・・想像できましぇん。

これもポーランドに行く前の「必死の情報収集作業」の中で知った話なんだけど、とにかくあまりにも意外なので
ポーランドに行ったらぜひ袋入りインスタントラーメンを買って、食ってみたかった。どうせ安いんだろうし。

クラクフでも、ワルシャワでもイ課長は毎日のように食料品店で缶ビールを買った。
そういう店でほかの売場を探してみると・・・おおおお、確かにあるよラーメンが。造作もなく発見できた。
本当にごくありふれた、どこでも売ってるモノなんだ、ポーランドのインスタントラーメンって。

まずクラクフの食料品屋で二つ買ってみた。
値段は忘れたけど、とにかくごくごく安い値段であったことは間違いない。
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この、右のヤツはなぜか袋にデカデカと漢字が印刷されてる。ポーランド人には読めんだろうに。
どんな漢字かっていうと・・・
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即食麺。インスタントラーメンを中国語で漢字表記すると即食麺になるらしい。
ポーランドのインスタントラーメンって、昔、ポーランドと中国が同じ社会主義国同士ってことで仲良かった頃に
ポーランドに多くいた中国人が持ち込んだものから始まったというのをどこかでチラリと読んだ。

面白いから、ワルシャワでも異なる種類のラーメンを買ってみた。何しろいっぱいあるんだよ。
左の方は「ピリ辛トマト味」ではないかと想像される。
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買うだけではあかん。もちろん日本に戻ってから食ってみた(写真がなくてスマヌ)。
最初に食ったのはクラクフで買った方の、左側のヤツ。これ、実は「マッシュルーム味」なんだよ。

マッシュルーム味のラーメン。実に不思議だけど、食ってみると全然問題なくイケる。
思ったより粉スープの味が濃厚で、なかなか美味しかったよ。
もう一つ、確かワルシャワで買った方の右側のヤツも食ったんじゃなかったかなぁ?
これは野菜スープ風のラーメンで、これまたなかなか美味しかった記憶がある。

それでもまだ二つ。残り二つはどうしたのか、とアナタは聞きたいかい?

答えよう。
実はトホ妻が「これは珍しい」っていうんでイ課長の知らないうちに食っちまったのである(笑)。


 
 

  
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by tohoiwanya | 2013-07-18 00:10 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(4)
2013年 07月 16日

ポーランド旅行の前に知ったこと

国内出張報告も終わったから、再びポーランドネタに戻るぞ。
といっても、今日はイ課長がポーランドでこんなトコに行ったっていう話とはちょっと違う。

唐突で恐縮だが、トルコって世界の中でも特に対日感情のイイ国であると言われている。
トルコにとって脅威だったロシアを、日露戦争で負かした国への尊敬があるとか、
有名なエルトゥールル号難破事件の話をトルコの子供たちがみんな教科書で読んでるからとか、
いろいろ説はある。実際、トルコが親日的な国であるというのは実感としてもそう思うんだよ。

8年くらい前だったか、イ課長、トホ妻、およびイ課長両親という4人でイスタンブールを観光したことがある。
そこで有名なトルコ軍楽隊の生演奏を聞いた時、あろうことか「さくらさくら」を演奏し始めた時はぶったまげたさ。
他の国の観光客たちは全員「これもトルコの曲だ」と思って聞いてたんだろうけど、我々だけは激しく動揺した(笑)。
日本の古歌が、トルコで、軍楽として使われているたぁ、夢にも思わなかったぜ。
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さて、本題のポーランド。
ポーランドが親日的な国だっていう話、聞いたことある?イ課長はこれまで聞いたことがなかった。
もちろん、すでに何度も書いてるように、現地のポーランド人はとてもイイ人たちで、親切にされたり
助けられたりしたことも少なくなかったけど、そこに「日本人だから」という要素は特になかったはずだ。
困ってるガイジン旅行者に親切にしてあげた、ということだろうと思う。

だが、ポーランドと日本の間には、エルトゥールル号の話を上回るような美しいエピソードがあるのだ。
一部のポーランド人にとって、日本という国は自分たちの命を救ってくれた特別な国であり、そういう記憶が
いまでもポーランド人の「対日本観」に、ほんのちょびっとくらいは影響してるかもしれない。
逆に日本人も、このことを知った上でポーランドを旅行するのと、知らずに行くのとでは、ちょびっとだけ
ポーランドでのモノの感じ方が変わるんじゃないかと思うのだ。
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「ポーランド孤児救済」。聞いたことがある人もいると思う。
クダクダ書くと長くなるから、このあたりのサイトをザッとお読みいただくのがいいかな。
もうちょっと詳しい話だと、こことか。

イ課長はポーランド旅行前、関連文献を求めて図書館を漁ってて、たまたまこの本でこの話を知った。
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これねぇ、仮に陰に政治的な思惑があったにせよ、孤児救援事業自体は本当に感動的な話なんだよ。
悲惨なシベリア孤児という境遇から、聞いたこともない日本という国で保護され、やがて祖国に戻り、
年老いた晩年に「日本は天国のようなところだった」と回想するポーランド孤児たちの話は読むと泣ける。

このことで、ポーランドという国が(あるいは国民が)、日本に対して恩義を感じていることは確かなんだよ。
阪神大震災の折、こんどは逆にポーランドが日本の震災孤児たちを招待して慰めたなんていう実話は
「今こそあの時の恩義を返さなきゃ、ポーランドの名がスタるぜ!」っていう心意気、これに尽きると思う。

孤児救済の話をポーランドに行く前に知ったことは、イ課長の旅行中の思いにもに少なからぬ影響を与えた。

考えてみてほしい。ポーランド孤児の第一陣の受け入れが大正9年、1920年だ。
孤児たちの中に10歳の男子がいたとしよう(実際いただろうが)。その子はやがて祖国ポーランドの土を踏み・・・

その後、その男の子はどうなると思う?
ドイツのポーランド侵攻が1939年。日本で保護された時10歳だった少年は、もう29歳の立派な青年であり、
1945年に第二次大戦が終ったとき、彼は35歳になっていたことになる。もし彼が生き延びていれば、だが。
日本で助けられたポーランド孤児、彼らは第二次大戦のときにちょうど青年期を迎えたことになるんだよ。
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ワルシャワの市街戦に、あるいは強制収容所に、成長したポーランド孤児たちも混じっていた。
あの本ではそういう「その後の孤児たち」の話も紹介されてて、読むと胸が詰まる。しかし、実際に現地で、
ワルシャワ蜂起博物館みたいなところを見学してる時、この話を思い出すと、さらに胸が詰まるわけよ。
せっかく日本で保護された孤児たち。その後の戦争で若くして死んだ者がどれだけいるか・・。

兵役適齢期ということから考えて、その死亡率は“国民平均”より高かったと考えざるを得ないんだよね。
知らなかったら何でもなくても、この話を知ってるがゆえに、さらに悲痛な思いは増すのだ。ううう・・・。

もっとも、この話を知ったからって、ポーランドで悲しい思いばかり増えるわけじゃない。

ポーランドから帰国して、会社の連中と酒を飲んだ席で、ポーランド孤児の話を紹介した。
かつてのイ課長がそうだったように、彼らの中でポーランド孤児の話を知ってる者は一人もいなくて、
初めて聞くこの話に、みんないたく感心した様子だった。

その後、ポーランドすごくよくて、ポーランド人みんな親切だったよ、なんて話をすると、彼らの中には
「ポーランド人が日本人に親切で友好的なのは、孤児救済という歴史的事実を知ってるからでは?」と
指摘する連中もいた。たしかに日本人としてはそう考えたくなるよね。

最初に書いたように、ポーランド人が親切だったのは、別に「こいつが日本人だから」と思ってのことじゃ
ないはずで、困ってるガイジンを助けてやったっていうだけのことだろう。ただ、もしかして・・・ひょっとすると、
イ課長を日本人だと思ったから・・かなぁ〜?? なんて想像するとさ、ちょっと、嬉しくなるわけヨ。
そんな理由じゃないとわかってはいるんだけど。

ポーランド孤児救済の話を読んでからポーランドに行くと、その知識は旅行に影響を与える。
ダークな施設にいけばツラい思いが増すし、ポーランド人に助けられると嬉しさが増す。
どっちにしても、知ったことで「より感慨深いポーランド旅行」になるんじゃないかと思うのだ。
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さぁ、アナタも今やポーランド孤児救済の美しい歴史的事実を知ってしまった。



・・・・ほ〜ら、あなたはポーランドに行きたくな〜る・・・行きたくな〜〜る・・・
 

   
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by tohoiwanya | 2013-07-16 00:01 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(6)
2013年 07月 14日

寄り道だらけの帰路

イ課長、金沢出張から戻ってまいりました。

金沢での仕事が終わったのが金曜日の14:30。
この瞬間から、イ課長は仕事モードから週末遊びモードに突入した(笑)。

あたふたとパソコンを片付け、挨拶を済ませてタクシーに乗り金沢駅へ。
駅で会社用の土産だの、自分用の「ぶりとます寿司」と缶ビールだのを急いで買い込んで、
15:19発の特急サンダーバードに乗って向かった先はなぜか京都。
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いやー京都も暑かった(笑)。
すでに祇園祭の準備たけなわで、ホテルから飲み屋に行く間だけで何台も山鉾を見かける。
提灯の灯った山鉾から祭り囃子が聞こえてくる様子はすでに祭りムードいっぱいですなぁ。
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京都の友人と(ちなみに、美しい御婦人である)と夜中まで飲んだくれる(笑)。
先斗町なんてところにも連れてってもらったよ。先斗町を歩くのは初めてじゃないかなぁ?
もちろん、その夜は京都のホテルに一泊。
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さて、京都で迎えた土曜の朝。
京都見物しようかなぁとも思ったけど、何せ京都は暑い。
そこで、新幹線に乗って名古屋に向かうことにした。

名古屋港水族館の「いわしのトルネード」っていうのを一度見たかったんだよ。
名古屋港にはかつて南極砕氷船として活躍した「ふじ」が停泊してた。
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おお、見えたぞ。いわしのトルネード。
巨大ジンベエザメとか(沖縄)、マグロの回遊とか(葛西)、各水族館、いろいろ目玉スターを
用意してるけど、最も平凡な魚であるいわしを、巨大魚群で見せるというのは秀逸な着眼だと思う。
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水族館ってところはたまに来ると楽しいね。
水槽の中のお魚さんたちを見ると「美味そうだな」とか「これは食えなさそう」とか考えながら、
つい写真を撮りたくなる。
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のんびり名古屋駅に戻り、前回買いそこなった「名古屋どら」を、今回は慎重に購入。
(よほど口惜しかったらしい)
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その他にも名古屋じゃ手羽先だの、京都じゃ生八つ橋だの、いろいろ買ってきてしまった。

木曜の朝、早起きして東京の自宅を出てから埼玉→群馬→新潟→富山→石川→福井→京都→滋賀→
岐阜→愛知→静岡→神奈川→東京  と周回してきたことになる。
前半は仕事のため、後半は「飲み」と「いわし」と「地方銘菓購入」のためにあったような、
夏の国内出張だったのでありました。
 
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by tohoiwanya | 2013-07-14 00:27 | 国内出張・旅行 | Comments(0)
2013年 07月 11日

金沢出張で食ったもの

イ課長、久しぶりに国内出張しております。場所は金沢です。
2~3年前頃、北陸出張がやけに多い時期があって、金沢にも何度か出張で泊まった。
だから、いまや金沢はイ課長にとって「多少は知った街」なのである。
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しかし金沢も暑いね~。
おなじみの特急「はくたか」に乗って、ちょうど昼頃に到着したんだけど、カンカンの陽射し。
とても外を歩きまわる気になれず、駅構内の、魚が売り物らしい店で昼食。てんこ盛り海鮮丼。
やっぱ北陸とくりゃサカナでしょ、サカナ。
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午後の業務が済んで、まだお日様は高かったけど、やはり市内観光なんてする気にならない。
こんな日に兼六園なんて歩き回ったら熱中症で死ぬ。

早めにホテルに入って、冷房のきいたところでちょっと仕事して、ちょっと昼寝したらもう夜。
トワイライト・イン・金沢。夜になると、さすがに東京よりは涼しいんじゃないかなぁ?
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金沢出張での孤独な晩飯といえば、なぜかイ課長の中では回転寿司ということに決まってるのである。
本日行ったのは駅前ビル6階にある回転寿司屋。

まず「たたき3点盛り」と、大好きなシメサバで美しくスタート。
あーなんでサバってこんなに美味しい魚なんだろう。
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続いて真アジとアナゴで攻めてみようではないか。アナゴもうめぇ~。
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そのままブリ(だったかな?)、カジキマグロ、サーモン腹炙りという三連発で、あーお腹いっぱい。
昔だったらもっと食っただろうけど、トシをとると食費が安くすむのう(笑)。
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明日、午前中に1件面談、午後にメインの業務があって、それが終れば金沢出張業務終了。
3連休前の週末。もちろん、イ課長はまっすぐ東京に帰ろうなんて了見はこれっぱかしも持たない(笑)。
明日は金沢じゃないところに、アソビで1泊して、土曜日に帰京する予定なのである。

明日も暑いんだろうなぁ・・・。
金沢だけじゃなく、日本中猛暑が続きますが、みなさま熱中症にはお気をつけあれ。

金沢のホテルからでした。


 
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by tohoiwanya | 2013-07-11 23:13 | 国内出張・旅行 | Comments(4)