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2013年 10月 28日

ウォヴィッチ聖体祭 その1

さて、話はいきなりウォヴィッチの駅に着いたところから始まるぞ。
ワルシャワからここに来るまでの話はこっちを読んでちょ。イ課長が検札でちょいと問題が発生し、
そこからコンパートメントの雰囲気がガラリ変わったっていう、あの時だ。

とにかく駅には着いた。聖体祭が開催される町までたどり着くことには成功したのだ。
これで何とか祭りを見ることができそうだという気がしてきた。
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駅を降りると・・・駅前はあまりにぎわってない・・・どころか、ナンもない(笑)。
しかしこっちも別に駅前を見に来たわけじゃない。問題は聖体祭のパレードがある場所に行くことだが
実はそれがよくわかっていなかった。
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まぁフツーに考えれば聖体祭のパレードっつうからには教会が関与するはずだし、フツーに考えれば教会って
町の中心にあるはずだし、フツーに考えればあの緑色の2本のトンガリ屋根が教会っぽい。
だからあっちに行ってみようではないか。イ課長は常にフツーに考える男なのである。
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ちんたら歩いていると、教会前広場とおぼしきところに出ることが出来た。
しかしあまりと言えばあまりに人気が少ない。ホントに今日が聖体祭なのかい?不安になってきたぞ。
いくら何でもお祭り当日の教会前ならもうちょっとにぎわってていいんじゃないか?
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ちょっと不安になりながら広場の周りをグルグル歩いてたら、おお!民族衣装のおネエさん発見。
これを着た人がいるってことは、間違いなさそうだ。彼女に近づいて「写真を撮らせてもらっていい?」って
聞いたらニッコリ笑ってポーズをとってくれる。
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このお嬢さん、とてもサービス精神が旺盛な人で、「ホラ、とっても綺麗でしょ?この衣装」って言いながら
クルクル回ってくれる。おおお美しい。たちまちこのお嬢さんのことが好きになった(笑)。
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彼女に「何時から始まるのですか?」と聞いたら、たしか「11時」と教えてくれたはず。このトンガリ屋根が
思った通り教会で、この教会の裏からからパレードがスタートするらしい。よしよし。よく知らずにウォヴィッチに
来ちまったけど、必要な情報がどんどん入手できている。すばらしいぞイ課長(笑)。

とはいえ、この時まだ9時ちょい過ぎ。時間があるから少しウォヴィッチの町を見て歩くことにした。
普段は本当に静かな小さな町なんだろうけど、今日は聖体祭のパレードがあるっていうんで、
いろんな店が出店準備にいそしんでて、何となく町全体に「これから楽しい一日が始まるヨ」的な
ワクワク感がただよってるよね。しかし全体的には露店もものすごく素朴な感じだ。
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道のところどころに祭壇みたいなものがこしらえてある。
ふーむ・・・ってことは、このあたりの道をパレードが通るんだろうか。
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何せ小さな町だからヒマつぶしに適したカフェなんかもないし、そもそも開いた店がほとんどない。
しょうがねぇなーと思いながらぷらぷら歩いてたら、おお!現れました民族衣装軍団!
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これは「パレードに出る人たちが集合している」というだけで、まだ本番前なんだけど、
これを見たくて来たガイジン旅行者としては嬉しくなって写真を撮っちまう。
どういう構成単位なのかわかんないけど、パレード参加者はバラバラじゃなく、ある程度のチームとして
まとまってるようだ。日本のお祭りみたいに「ナントカ町内」でひとチームって感じなのかなぁ?
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どれ、まだだいぶ時間があるけど、いざパレードが始まればかなり沿道は込み合うことが予想される。
イ課長もそろそろ教会の方に移動するとするかね。
(当然ながら、その2に続くのである)


 
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by tohoiwanya | 2013-10-28 13:13 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(6)
2013年 10月 25日

ウォヴィッチ聖体祭を見に行こう

唐突だが、ここで簡単な「ポーランド語・発音教室」を・・(笑)。

ポーランドの通貨の名称。一般的には「ズロチ」って名称が普及してるはずで、イ課長もこのブログでは
いつも「ズロチ」と書いてきた。映画「戦場のピアニスト」の字幕でもズロチ表記だったはず。

ところが「地球の歩き方」では「ズウォチ」と書かれてる。Wikipediaも「ズウォチ」。しかも説明の中には
「日本ではズロチ、またはズオチとも呼ぶ」となってる。どれを採用すればいいのだ。

要するに「złoty」の英語のエルにチョンがついたようなこの文字の発音が微妙なんだな。
このエルチョンとオーの字の組み合わせ Ło は日本語の「ロ」と「ウォ」の中間の音なんだと思われる。
英語だとチョンのついたエルなんてないからzlotyって書かれるようで、普通の日本人が読もうとすれば
「ズロティ」って発音するだろうから、通貨名に関しては「ズロチ」が普及してるんじゃないのかな。
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さてだ。
2012年6月7日の木曜日、イ課長が聖体祭のパレードを見に行ったウォヴィッチというところ。
ここもポーランド語で書くとŁowiczで、最初の文字はエルにチョン、そしてオーだ。
ってことはだよ?złotyを「ズロチ」と書いてきたイ課長ブログではŁowiczも「ロヴィッチ」と書くのが
イッカン性のある表記ってことになるわけだよな?

だが、この町を日本語で「ロヴィッチ」と書いた例には(ま、日本語でこの地名が書かれること自体
ほとんどないわけだが)ついぞお目にかかったことがない。みーんな「ウォヴィッチ」。
そこで、この町の名に関してだけは、このブログでも「ウォヴィッチ」表記を採用させていただきます。

このウォヴィッチの聖体祭、日本ではほとんど・・つうか、ほぼマッタク知られていない。たまたま旅行先を
検討してた時期に、ポーランド観光局か何かの日本語サイトで聖体祭の祝日にウォヴィッチという町で
鮮やかな民族衣装のお祭りがある・・みたいな紹介記事を見たんだよ。写真を見ると、たしかに東欧風の
民族衣装がすごくキレイで、ああこんなお祭り見られたらいいなー、と素朴に思った。
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しかし実際にこの祭りを見ようと思えば、確認事項はヤマのようにある。

そもそも聖体祭って、いつなんだい?
これが厄介で、イースターなんかと同じ移動祝祭日ってやつだ。年によって5月になったり6月になったりする。
たまたまイ課長がポーランドに行こうかなと思った2012年の聖体祭は6月7日の木曜だったのである。ふーむ。
(ちなみに、2014年は6月19日、2015年は6月4日)

ところでウォヴィッチでどこなんだい?
地図で確認すると、ワルシャワの西方だ。そうバカ遠くない。電車で1時間くらいの距離みたいだ。
ただし電車の本数は非常に少ない。しかもやたら小さな町っぽい。うーむ・・。

聖体祭って何時から始まるの?ウォヴィッチに前泊するとして、ホテルなんてあるの?
聖体祭は午前中から始まるようなことが上述の日本語サイトにはチラリと書いてあった。しかしウォヴィッチに
ホテルなんて全然ない。電車のダイヤを確認すると、早起きすりゃワルシャワから日帰りできそうだが・・
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イ課長はこれまでの海外旅行で、行った先でたまたま何かのイベントに遭遇したってことはあるけど、
特定イベント目指して「その日にその場所に行く」なんて、あんまりやったことがない。
初めて行くポーランド。イ課長は文盲&失語症。ワルシャワ市内のお祭りとかなら楽勝だろうけど
行き先は聞いたこともない、列車本数も少ない田舎町。ホントに見に行けるのかね?
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まぁ結果的には見られたからこうして写真を載せてるんだけどさ(笑)。
実際のところは現地に行くまで、そして着いてからも、わかんないことだらけだったんだよね。

というわけで、ポーランド旅行における最後の大ネタ、ウォヴィッチ聖体祭について次回から書くぞ。
読み手をして「あらステキ、アタシも行ってみたくなったわ」という気にさせることを目標に(笑)、
たっぷりの写真と共にご紹介しようと思うのである。


 
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by tohoiwanya | 2013-10-25 09:25 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(2)
2013年 10月 22日

旅のコンセプト・チェンジ

さて、ワルシャワの話に戻ろう。
といっても、もうダークなネタは出てこないから安心しちくりたまい。

ところで皆様はワルシャワ=Warszawaという地名の由来をご存知だろうか?
童話みたいな話だから、ご存知の人もいるかもしれない。

むかーし、ビスワ川沿いに貧しい漁師と、その女房が二人で住んでおったとさ。
ある日、漁師が川に仕掛けた網をあげると、なんと、中に人魚がかかっておったのじゃよ。
漁師はたいそうびっくりして、その人魚を家に持ち帰ったんじゃ。しかし人魚は悲しそうに
「どうか私を川に帰してください」と頼むので、不憫に思った漁師と女房は相談して、
人魚をまたビスワ川に戻してやったのじゃ。

さぁそれからじゃよ。漁師が川に漁に出ると、いつもいつも網は魚でいっぱいの大漁。
やがてその漁師の家には遠くからも多くの人が魚を買いに集まるようになり、人が住みはじめ、
あたりはだんだん大きな町になって、その漁師もずいぶんとお金持ちになったそうな。
実はこの漁師の名前がな?亭主がワルス=Wars、女房がサワ=Zawaといってな・・・



はい、おわかりになりましたね?(笑)
なんと、ポーランドの首都・ワルシャワは漁師夫妻の名前をくっつけたものだったんですねー。
ホントだってば。これはワルシャワっ子なら一人残らず知ってる、由緒正しい伝説なのだ。

その証拠に、ほれ、伝統あるワルシャワ市の紋章にも人魚がモチーフとして使われている。
ワルシャワといやぁ人魚。これはもうベルリンの熊と同じで、切っても切れない関係なのである。
(市章の画像はWikipediaからいただきました)
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ワルシャワ旧市街の中央広場、そのまた中央にワルシャワの象徴・人魚像がある。

けっこう大きい銅像だ。世界三大がっかりの一つとして有名なコペンハーゲンの人魚像よりは
(そっちは見たことないけど)ずっと立派なんじゃないか?
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後ろを見ると・・・おおッ、なんとなくそのヒップラインはデンジャラスじゃないスか?人魚さん。
イ課長が持つイメージでは人魚って、大体ヘソ下あたりから魚になってたはずで、こんなに風に丸々と
お尻が見えてるとハッとする。この人魚はヘソよりだいぶ下・・ほとんどマタのあたりから「魚化」してるね。
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この人魚像があるワルシャワ旧市街広場。戦争で廃墟と化したのを、記憶と資料を頼りに執念で復元して
いまや世界遺産。周囲の飲食店がびっしりとテラス席を作ってる。夜はにぎわうんだろう。
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しかしこの時はまだ夕方。レストランが込み合うにはちと早い。
しょうがないからシェフ自ら広場に乗り出して呼び込みだ。しかし客は一人も引っ掛からない(笑)。
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「あーヒマだ・・・なぁ、今夜店じまいしたら、オレと一緒にディスコにでも行かねぇか?」
「やーよ、あたしこんなペッタンコの靴はいてきちゃったし。また今度ね」・・てな感じかな?
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なんだかね、こうやってワルシャワ旧市街広場をのんびりを眺めてたらね、やっと「いつもの調子」に
戻りつつあるって感じがしてきたんだよ、イ課長は。

クラクフからワルシャワに戻り、なおも旧ゲシュタポ本部やらワルシャワ蜂起記念碑やら、ダーク観光を
続けたんだけど、事前に見たいと思ってた第二次大戦ガラミの施設も大体見たかなぁという気になって、
のんびりとベンチに座ってたら、ようやく「いつもの旅行者気分」が少しずつ戻ってきた。

新世界通りの方に歩いていくと、ポカポカのお日様の下でワルシャワっ子たちもボーッとしてる。
よし、ひとつイ課長もボーッとするか。
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昼間の長い6月とはいえ、さすがに少し日が傾いて影が長くなりはじめた夕方のワルシャワ旧市街。
イ課長にとっちゃ、おそらくこの旅行で初めて「特に行くべきところ、するべきことがない」時間だったかも。

この日は水曜日で、翌日木曜は聖体祭でポーランドは祝日。だからみんなものんびりしてるのかな?
明日の聖体祭にはイ課長もウォヴィッチの聖体祭パレードを見学に行くというお楽しみが待っている。
それならもうここから先は楽しいことだけ追求してさ、ダーク観光は終わりってことにしねぇか?
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冷たい雨が降るクラクフでのダークな観光はけっこうツラかった(←よほどコタエたらしい)。
こっから先はダークなものは一切見ないでさ、のんびりとポーランドを楽しもうウンそうしよう。
スケジュール上、「前半暗く、後半明るい」というのは想定されたことだったけど、この際それを徹底させよう。
本日ただ今から暗い観光ナシ。もしたまたまそういう場所に遭遇したら目をつぶって通り過ぎる(笑)。

「ここまではひたすらダーク志向、ここから先はひたすら楽しく明るく」

旅の志向性がガチャリと音をたてて変わった、ワルシャワ旧市街、初夏の夕暮れなのでありました。

 

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by tohoiwanya | 2013-10-22 00:44 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(6)
2013年 10月 20日

イ課長ミシュラン・ホテル評価 24

さて、ポーランドネタに戻るにあたって、久しぶりにホテル評価を一つやっておこう。
ポーランド・フィンランド旅行で泊まった3つのホテルの中から、今日はクラクフのホテルだ。
いつものようにこの採点方式で評価させていただきます。

★★★★★  サイコウ
★★★★☆  ケッコウイイ
★★★☆☆  マァマァ
★★☆☆☆  イマイチ
★☆☆☆☆  ダメダメ
☆☆☆☆☆  ウンコ


Hotel Europejski

例によってホテル名の読み方がわからない(笑)。ホテル エウロペスキでいいのかな?

ここはイ課長がクラクフで3泊した思い出深いホテルなのである。
いま確認したら宿泊費が付加価値税含めて3泊で1,047ズロチ。日本円で大体25,000円。
1泊あたり8,300円くらいってことか。
イ課長が行ったときはサッカー欧州選手権開幕直前で、おそらくポーランドのホテル相場も全体的に
少〜し高めだったと思うんだけど(開幕後はさらにガバッと高くなった)、その中では安いホテルだった。
レベルとしては中級ホテルと言っていいんだと思う。


利便性★★★★☆
ホテルの窓からクラクフ中央駅が見え、中央駅から望遠でこんなに近くホテルが見える。
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だからワルシャワへの長距離列車移動はもちろんのこと、ホテルの真ん前にトラムの駅もあるから、
移動の利便性はすごく高い。ただし観光の中心・旧市街からは徒歩10分くらいかな、ちょっと離れてる。

まぁイ課長の場合、クラクフではダークな場所ばっかり行って旧市街観光ってほとんどしなかったから
特に問題はないんだけどね。それに重い荷物をころがして中央駅〜ホテルの移動が近いっていうのは
やっぱり助かるよ。ここは迷わず★4つ。

部屋★★★☆☆
部屋は特に広くはなかったけど、やけに長っ細くて奥行きのある部屋だった。
入口側からみるとこんな感じ。部屋の幅はないけど、奥行きはあるのだ。
写真にはテレビが写ってないけど、カーテンの陰に薄型テレビもある(全然見なかったが)。
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駅が近いわりに静かだったし、無線ネットも通じたし、居心地はよかった。
何かすごくイイ部分があるわけじゃないけど、悪い部分もない。じゅうぶん及第点ですね。

バスルーム★★★☆☆
バスルームはこんな感じ。バスタブなしシャワーのみ。まぁこの値段ならこんなもんだと思うなぁ。
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トイレ脇の窓ガラスに安っぽい模様が入ってるんだけど、これが日のあたり具合によっては
非常にイイ感じで柔らかい光を投げかけてくれた。投げかける先は便器のフタだが・・(笑)。
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設備・備品★★★☆☆
この部屋で印象に残ったのは設備の古さだ。たとえば扇風機。日本じゃもう見かけないデザインだし、
そもそも扇風機があること自体珍しい。冷房がないってことなのかな?
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さらにこのラジオだよ。イ課長がガキの頃は日本の一般家庭にもこういうラジオはけっこうあったけど、
今となっちゃ懐かしいよねー。思わず写真に撮っちまった。
てな具合に、やたら古めかしい備品が目につくホテルで、おそらく建物自体も古いんだと思われる。
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朝食★★★★☆
朝食はかなりよかったと思う。こんな感じのシックなレストランで食うんだけど、イ課長は観光の都合で
早めに食うことが多かったから、あまりほかに客がいなくて、一人だけっていうことが多かった。
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ここの朝飯の特徴は好きな卵料理を注文して作ってくれることで、この日はスクランブルエッグ。
ハム入りで、なかなか美味しい。
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次の日はオムレツにした。やけに時間がかかった挙句、超巨大オムレツが出てきてたまげた(笑)。
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全体としてはなかなか良かったホテルといえる。不満要素は特にないし、「この値段ならこれで十分」と
いえるホテルだと思う。特にワルシャワ~クラクフ往復移動を鉄道にした人には(これはけっこう多いと思う)
中央駅が目の前で、それでいながら静かっていうのは有り難い。

従業員も特に愛想良くはないが悪くもない。何せホレ、ポーランド人はみんな素朴で照れ屋だから(笑)。
サービスはきちんとしてるし、値段も高くないんだから、クラクフで中級ホテルをお探しの方には
十分お勧めできるホテルでござんすよ。
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by tohoiwanya | 2013-10-20 00:08 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(6)
2013年 10月 18日

ベトナム女性博物館

偉大なるベトナム女性を讃えて、前回の続き。

ベトナムじゅうで元気にバリバリ働く女性たちを見てすっかり感心したイ課長、ベトナム滞在最後の日に
ハノイである博物館に足を運んでみた。
この旅行ではひたすら街歩き中心で過ごしたから、ミュージアム系施設ってほとんど行かなかったけど
その中で唯一足を運んだ博物館がココ。
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その名もズバリVietnamese Women's Museum=ベトナム女性博物館。
といっても、もちろんベトナム女性の人体標本やミイラを見せているところではない(笑)。
ベトナムの昔と今、そしてベトナムの文化を「女性」という切り口で構成した、ユニークな博物館なのだ。
入場料は3万ドン(約150円)なのである。

ベトナムのミュージアムが一般的にそうなのかどうか知らないけど、この博物館は写真撮影に関して
特に禁止表示がなかった。他の入場者もみんな撮ってたし、イ課長も安心して撮らせていただくことにした。

この博物館では人それぞれ興味のある展示コーナーが異なるだろうね。カップルで来ると面白いかも。
たとえば、こういうベトナム少数民族の女性用衣装なんて、ご婦人にとってはけっこう興味深いだろうし、
この博物館でも重要な展示品のはずだけど、こういう展示はイ課長はわりとサラリと済ませちゃう。
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逆に、ベトナム戦争当時の女性の活躍とか、プロパガンダポスターなんかはとても興味深い。
左のポスターなんてニクソンの顔が描かれてて面白い。ベトナム戦争当時のベトナム人民にとっちゃ、
ニクソンはまさに米帝国主義を象徴する悪の権化だったんだよなぁ。まぁ確かに悪人ヅラだったし。
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これはベトナム戦争当時、特に英雄的な活躍をした女性兵士の紹介じゃないかと思われる。
しかしこんな美人兵士がいたら、ヤロウどもはかえって戦闘に集中できなくなるんじゃないか、なんて
要らぬ心配をしたくなる。
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こちらも英雄的女性兵士と思われる。イ課長の好みでは、こちらはまた一段と美人に思える。こんな女性が
同じ部隊にいたら、敵を射つことより、この女性兵士といかに仲良くなるかに血道をあげるだろう(笑)。
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このポスターも面白かったな。これ、女性も健康診断をうけましょう、みたいな啓発ポスターなんだと思う。
こっちの作品は切り絵風のシンプルな図柄ですっきりとまとまってるじゃない?
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しかしその隣に展示されたポスターは、同じ健康診断(妊婦健診かな?)のススメでも異様に劇画調(笑)。
こういうのってホントに面白くて、見てて飽きないよ。
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写真や映像展示も多い。
働き、子供を育て、(このトシなら間違いなく)戦火をかいくぐって生き延びた、たくましいベトナムばあちゃんズ。
壮観だ。さっきの美人兵士も、戦死せずに生きていればこのくらいのばあちゃんズになってるはずだが・・・。
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こっちじゃベトナムのそこらじゅうにいる行商のオバさんのドキュメンタリーを映像で紹介してる。
ベトナムの女性は、たとえ自分の店を持ってなくても道端でガンガン商売してる。たくましい。
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てな具合に、ユニークでなかなか面白い博物館だったよ、ベトナム女性博物館。
ハノイに行く機会があったら、行ってみて損はない。ミュージアムショップもあるよ。

涼しかった博物館を出て、キョーレツな陽射しの中、また汗ダクダクになってホテルの方向に歩く。
目の前に、同じ方向に歩く行商のオバちゃんがいた。自転車に乗せた飲物か何かを売ってるっぽい。
さっき見たドキュメンリーそのものじゃん。
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歩く方向が同じだから、しばらくこのオバちゃんの後をついて歩く形になった。
ちょうどお昼時で一番暑い時間。歩道は人でにぎわってるけど、このオバちゃんから飲物を買う客は
一人もいない。それでもカンカン照りの中、「なんとかー」って売り声をあげながら歩き続ける。
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やがてイ課長は道を曲がり、この行商オバちゃんとも別れる形になった。
がんばれオバちゃん。心の中でエールを送った(買ってやれって)。

働き者のベトナムの女性たち。「けなげ」っていうのとはちょっと違って、強くて、タフで、したたか。
そんな彼女たちのすべてに幸あれと願うイ課長なのである。やっぱね、働く女性は常に美しいんだよ。
「ベトナムは美人が多い」とイ課長が感じた要因も、実はそんなところにあるのかも。
 

 
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by tohoiwanya | 2013-10-18 00:02 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(2)
2013年 10月 16日

ベトナムという国は女が支える

みなさん、台風は大丈夫でしたか?
電車が停まったから、イ課長は午前中のんびりして昼に出社してきたのである。

さて、今日はベトナムの話を書く。
「古いネタから先に消化する」というのを原則として書いてるけど、この調子だとベトナムネタに到達するのは
確実に来年だ(笑)。時々、少しずつベトナムネタをはさんでいこう。

ベトナムはとにかく楽しかったから、書きたいこともヤマのようにあるけど、今日はやはり偉大なるベトナムの
女性たちに敬意を表して、そのことについて書きたい。ベトナムの女性は偉大なのである。

近藤紘一さんという人をご存知だろうか?
元新聞記者で、「サイゴンから来た妻と娘」「サイゴンのいちばん長い日」とか、ベトナム関係の著作が多い。
最初に結婚した日本人の奥さんを亡くし、ベトナム戦争取材でサイゴン赴任中にベトナム人のバツイチ女性と
知り合って再婚した。近藤さんご自身は残念ながら40代の若さで亡くなられたんだけど、彼の著作は
未だにロングセラーになっててファンも多い。イ課長も読んだ。

近藤さんの本を読むと、ベトナムにおいていかに女性が強いかということがよくわかる。
庶民レベルじゃ女が一家を養うなんていう状況は全然珍しくなくて、とにかく女が働く、稼ぐ、養う。
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というようなことは近藤さんの本で知識としては持っていた。しか、近藤さんがベトナム人の奥さんと再婚し、
暮らした時期はベトナム戦争末期からその後の混乱期。まぁ一種の「特殊な時期」であって、新興国として
経済発展著しい今のベトナムじゃ、さすがに事情も変わってるんじゃないかと思ってた。

しかし、実際にベトナムを見た印象としては全然変わってないだ、これが。
市場でも飲食店でも物販点でも露店でも行商でも、とにかく「商売してる」のはことごとく女性ばっかり。
これにはちょっと驚いた。どこ行っても働いているのは女性なのだ。

暑いベトナムで、天秤棒かついて行商するなんて大変な商売だと思うよ?しかも、こう言っちゃナンだが
一日の稼ぎなんてタカが知れてるだろう。そういうのも全部女性がやってる。頭が下がるよホント。
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じゃ一体ヤロウどもは何やってんのかっていうと、これがまたしょうもないんだよねぇ。
街中で最もよく目にする「男の労働姿」って、街中にバイクや足コギ人力車を停め、自分はそのシートに座って
ガイジン観光客なんかにダルそうに「乗らな~い?」て感じで声をかける姿だよ。何だかなぁ〜・・・。
落語に出て来る江戸時代の駕篭屋と大差ねぇじゃねぇか。カミさんが汗水たらして天秤棒かついて行商して
いるんだぞ?亭主ももうちょっと何とかしたらドウなのだ?

とにかく「店を持って商売してる」というような、腰の据わった、実のある商売はほとんど女性がやってる。
ヤロウどもは失礼ながら「引っ掛けシゴト」中心って感じで、ベトナム女性の偉大さばかりが目立つ。
少なくともベトナムの流通・サービス産業の大半は女性で支えられてると言っていいんじゃないか?
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まぁね、そりゃもちろんオフィスビルの中とかお役所の中なら忙しく働く男性もたくさんいるんだろう。
政治、行政、軍なんていう世界はやはり男性層が支配しているはずだ。
しかしガイジンが普通に街歩き&観光してれば、そんな人たちとは会わないわけで、接する相手は
どうしたってメシ屋や物販店等々の人たちだ。そういう“現場レベル”はことごとく女性が仕切ってる。
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イ課長がベトナムで最も驚いたのはゴミ収集作業だよ。なんとこれも女性がやってるのだ。
ホイアンでゴミ収集車(荷車だが)をオバさんがひいてるのを見た時はびっくりした。
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こういうのはホイアンという田舎だからであって、都市部じゃさすがに男がやってるだろうって?とんでもない。
ハノイでもゴミ収集は女性の仕事なのだ。やっぱり荷車をひいて、「ゴミ収集が来たよーー」っていう合図の
鐘を鳴らしながら夜のハノイを黙々とゴミ収集してる。

海外でゴミ収集の様子を目にしたことはあるけど、例外なく男がやってた。
しかしベトナムでは女性がやるのだ。女が働き、稼ぎ、養う。いやもう感動したよ、イ課長は。
本当に頭が下がる。ベトナム女性、偉大です。働くベトナム女性はみんな美しいです。
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ただし、これだけたくましいだけに、ベトナム女性は気も強い。一家を養う女性であれば、
彼女が「一家の長」として一番権力を持つのもまた当然のことだ。
たとえばダンナの浮気がバレた、なんて時のベトナム女性の怒りっぷり&容赦ない復讐もまた
ものすごく“偉大”なものらしいけど、残念?ながらそういう現場は見ることがなかった(笑)。

上で書いたハノイのゴミ収集オバさんが鳴らす鐘。
これ、正確には金属で出来たワッカ状の棒を片手に持って、別の金属製の棒で叩くというもので、
カンカンカンカン・・・というすごく目立つ(というか、耳立つ)音がする。この音を聞くと、ハノイの主婦たちは
「あ、ゴミ出さなきゃ」と思ってこんな風にポリ袋に入れてゴミを歩道に出すわけだ。これを集めて周る。
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ハノイのホテルにいる時、時々この音が外から聞こえて「何の音かなぁ?」と思ってたんだよね。
イ課長がガキの頃はよく焼き芋屋さんがカランカランと鐘を鳴らしながら町を歩いていたもんだったが、
今や東京じゃそんな姿はついぞ見なくなった。カンカンカン・・・と合図の音を鳴らしながらゴミ収集に
励むハノイの偉大なるおばちゃんたちの姿は将来も残るのかなぁ?あの音がちょっと懐かしい。
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とにかく、ベトナム女性がタフな働き者であるという点についてはイ課長、ホトホト感じ入った。
時に缶ビール代を高くボッタクラれたとしても、彼女たちが養ってる子供たちのこととか想像すれば、
まぁここはひとつ、気がつかなかったフリして払っちまおうじゃねぇかっていう気になったよ。
こう見えてイ課長もけっこう義理人情に弱いオッサンなのだ(笑)。

ベトナム女性の偉大さに関してはもうちょっと書きたいので、次回更新も関連ネタでいく予定ざます。


 
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by tohoiwanya | 2013-10-16 13:13 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(4)
2013年 10月 14日

ワルシャワの地下鉄に乗ってみる

ワルシャワでは市電には乗らなかったけど地下鉄には乗った。
最初に乗ったのはクラクフから戻ってきて、例の旧ゲシュタポ本部に行こうとした時だ。
ワルシャワの地下鉄って2012年は1路線しかなかったから、いかに愚かなるイ課長といえども
乗り間違える心配だけはない・・・はずだった(笑)。
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ちなみに、切符はバスなんかと共通の切符で、地上のキオスクで買う。
最低でも行き帰り、その他に今日はバスなんかも乗るだろうからっていうんで、一日乗車券にした。
値段を覚えてなくて申し訳ないが、クラクフの一日乗車券と同じくらいじゃなかったかな?
(つまり12ズロチ:約300円くらい)

さて、いきなり脅かすようだが、ワルシャワの地下鉄にはちょっとした落とし穴がある。
これはワルシャワ地下鉄全体に共通するモノじゃなくて、駅によって事情が違うようなんだけど、
少なくともイ課長が最初に乗ったCentrum駅にはご立派な落とし穴があった。
地元の人なら落ちる人はいないだろうけど、ガイジン旅行者の半分はこの穴に落ちるはずだ。

不慣れな外国で(ま、日本でもそうだが)地下鉄に乗る場合、普通はメトロの看板を探し、
そこから地下に降りるために階段あるいは下りエスカレーター等に乗る、という順序になる。
当然、ワルシャワでもイ課長はまず地上から下りエスカレーターに乗った。

さてホームに来たが(上述のように切符は買ってある)、ヤミクモに乗るわけにはいかない。
自分の行きたい南方向にいく電車はどっち側を走っているのか、確認しなきゃならん。
ん?こっちは北方向行き電車のホームみたいだぞ?ってことは南行きは反対側ホーム・・・

・・・と、この段階でイ課長はすでに落とし穴にずっぽしハマッていたのだ。
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東京の地下鉄だったら、対面式ホームの反対側に行くためには、いちど改札階まで移動して
移るとか、専用通路を渡るとかするわけだけど、なぜかCentrumの駅ではそれが不可能。
向こう側に行くための通路も階段も見当たらない。あれれ~?

あそこに向こうのホームへの通路というか、歩道橋みたいなのがあるじゃん?あれ違うの?
ところがダメ。どうウロウロ探し回ってみても、あの歩道橋にたどり着くための階段がないんだよ。
あの歩道橋は上の階専用であって、地下鉄利用者はどう頑張ってもたどり着けないっぽい。
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地上入口で何気なく乗った下りエスカレーター。どうもあれが天国と地獄の分かれ道だったようだ。
ワルシャワの地下鉄って、エスカレーターもアッチ側ホーム専用、コッチ側ホーム専用って具合に
分かれてるらしい。入口に左右二つの下りエスカレーターがあって、イ課長みたいに何も考えず
近い方のエスカレーターに乗っちゃうと、50%の確率で地獄落ち、つまり間違えることになる。

たぶんエスカレーター乗り口にドッチ方面行きはコッチとか書いてあったんだろう。しかしだよ?
初来日したガイジンが丸の内線で銀座から霞ヶ関まで行きたいとしてだよ?エスカレーター乗り口に
「池袋方面行き」「荻窪・方南町方面行き」なんて現地語で表示されてても、読めない&地名を知らない
ガイジンとっちゃナニも書かれてないのと同じこと。わかるわけねぇだろッ!!

時間かけていくら探しても向こうのホームに行く方法が見つからない。とうとう諦めて、ホームを歩いていた
係員に英語で「ワタシはドコソコ駅に行きたい。あっちのホームに行く必要がある。どうやったら行ける?」と
聞いてみた。するとエレベーターを指差し、あれに乗って一度地上まで戻れと言うではないか。

しょうがないから指示されたとおり、エレベーターで地上まで昇り、反対側のエレベーターで再び
地下にもぐって、やっと本来のホームに行くことができた。欧州に多い「改札なしシステム」だから
同じ切符のままでいいのは助かるといえば助かるが・・。

かくのごとく、ホームへのたどりつきやすさでは大きな問題をはらむワルシャワ地下鉄。
でも駅自体はキレイだよ。平日の昼間だったせいか利用者も多くてけっこう混んでる。
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海外の地下鉄に乗ったら必ず挑戦する車内撮り。
ワルシャワ地下鉄の車内はこんな感じで、車内もキレイだよね。
といった具合に、ホームを間違えさえしなけりゃワルシャワ地下鉄は快適な交通手段といえる。
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ちなみに、ワルシャワでは1920年代に地下鉄建設計画があったみたいなんだけど、
世界恐慌やら戦争やらで中止。今ある唯一の南北路線が開通したのはやっと1995年なんだと。
世界最初の地下鉄が売りのブダペストにちょっと差をつけられてるねー(笑)。

目的地の駅に着いてみたら・・・ありゃっ?ここはホームが対面式じゃなく、島式だぞ?
これなら反対行き電車に乗るのにオタオタすることもないわけで、どの駅もこうすりゃいいのになー。
ワルシャワ地下鉄における島式と対面式のホーム形状比率をぜひ知りたいところだ。
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今後ワルシャワ地下鉄をご利用になるアナタ。アナタが乗った下りエスカレーターの先にあるのが
島式ホームか、対面式ホームかでアナタの運命は大きく変わる。不幸にしてそれが対面式だったら、
さっきも言ったように、50%の確率で「おまえはすでに間違えている」んだよ(笑)。


  
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by tohoiwanya | 2013-10-14 00:00 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(6)
2013年 10月 11日

ワルシャワ・文化科学宮殿

「ワルシャワといやぁ、やっぱコレ」というタテモノとなると、そりゃもうコレしかないでしょう。
ワルシャワ中央駅のすぐとなりにある、ワルシャワのランドマーク、文化科学宮殿。
スターリン時代にソ連が“子分”のポーランドに寄贈したもので、完成は1955年なんだと。

最初にショパン空港から中央駅に来たとき。そしてクラクフからワルシャワに戻ってきたとき。
ナニはさておき、この建物を見上げて「ああワルシャワに来たなぁ」という気分になったもんだ。
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まったく、惚れ惚れするほどガチガチのスターリン・ゴシック。インパクトある外観だよなー。
日本ではもちろんだが、西ヨーロッパでもこんな建物にお目にかかることはないから
イ課長としてはぜひ実物を見てみたかった。

・・と思いながら、さきほどWikipediaを調べて初めて知ったんだけどさ・・・

「スターリン様式」と「スターリン・ゴシック」って、意味が異なる言葉だったんだ!知らんかった!
「スターリン様式」の中でも特に重厚な高層建築を「スターリンゴシック」っていうみたいで、
スターリン・ゴシックとされる建築物って、モスクワ市内の7箇所と、ワルシャワのコレと、
世界に8棟だけみたいなんだよ(スターリン様式ということなら、もっとたくさんある)。
すげー貴重な機会だったわけだ。いやーこんなブログでも書いてると勉強になるなぁ(笑)。
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もっともソ連から寄贈されたっていう経緯もあって、この建物、ワルシャワ市民には不評。
「スターリンの墓石」なんて芳しくないアダ名をつけられ、さらにこんなジョークまであるらしい。

「どこに行くんだい?」
「文化科学宮殿さ。あそこに行けばあの宮殿を見なくて済むからね」


まぁソ連支配のイヤな記憶を持つワルシャワ市民としては、そう言いたくなる気持ちもわかる。
しかしここまで特徴的で立派な建物。イ課長はけっこう好き・・というか、眺めずにはいられないよね。

近くに行って見ると、「社会主義でござんすよ!」という感じの意匠が今となってはちょっとレア。
こういう労働者の巨大石像なんかもその一つだ。左手に持つのは削岩機か?
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隣にあるこの女性労働者の像が特にスゴい。よくアール・デコ建築なんかにくっついてるような
フニャラけた妖精ちゃんなんかとは大違いのたくましさ。右手に持ってるものは何だろう?
いずれにせよ社会主義国家を支える女性労働者たるもの、このくらいじゃなきゃダメなのである。
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この文化科学宮殿の前の広場、開催直前だったサッカー欧州選手権のイベント広場みたいに
なってて、コンサートやら何やらで夜まで賑やかだった。ちょっとうるさかったけどね(笑)。
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それでも夕方から夜にかけての文化科学宮殿は夕焼けをバックにシルエットになったり、
ライトアップされたりで、いろんな表情が見えて美しかったなぁ。
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モスクワにある7棟(ちなみに、その7つのビルはセブン・シスターズと称されるんだとか)と、
ワルシャワ文化科学宮殿と、(Wikipediaによれば)世界に8つしかないスターリン・ゴシック。
モスクワ以外で見られる唯一のスターリン・ゴシックっていうことになる。
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ワルシャワ市民には不評かもしれないけど、この建物はぜひ残しておいて欲しいなぁと
深く願うイ課長なのである。

 
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by tohoiwanya | 2013-10-11 00:03 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(0)
2013年 10月 09日

ワルシャワという街

クラクフから乗った列車は真っ平らな田園地帯の中をひた走る。
そもそもポーランドっていう国の名前が「平原の国」っていうくらいで、山地が少ない国なんだよ。
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何もない平原ばかりだったのが、線路沿いに倉庫みたいな建物が目に入りだす。
少しずつ都市の外縁部に入ってきたな、っていう気がするね。
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だんだん集合住宅なんかも見え始める。もう都市近郊といえる風景になってきた。
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お、ワルシャワナントカって駅に停まった。
ってことはもうワルシャワ中央駅までもうあとひと駅か、せいぜいふた駅だろう。
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というわけで、2012年6月6日水曜日、イ課長はクラクフから懐かしいワルシャワに戻ってきた。
到着して最初の1泊しただけの街だけど、懐かしい。どうも外国ではちょっとでも滞在経験のある
街に戻ってきたり、再訪したりするとやけに懐かしがるのがイ課長の特徴みたいで、初の海外旅行で
行ったN.Y.からフィラデルフィア日帰り観光に行った時も、帰りの電車の窓から再びN.Y.を見て
異様に懐かしく感じたもんだった。その数日前に生まれて初めてN.Y.に来たくせに(笑)。

前にも書いたように、ワルシャワって街は第二次大戦でカンペキに破壊されつくしちゃったから、
クラクフみたいな「古都」という風情はない。社会主義時代の雰囲気を色濃く残すガッチリした建物と、
その後の経済発展による新しいピカピカの建物とが混じり合った大都市って感じかな。
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イ課長としては、どうしても「ピカピカ系」より昔の建物の方に興味をひかれる。
社会主義時代の建物だなっていうのは、すぐわかる。建物外観に柔らかさみたいな要素が皆無で、
ガチッとして重厚で、せいぜい6〜7階建てくらいの低層の建物が多い。
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これもそう。ソ連支配当時は何かの官庁があった重要な建物だったらしいけど、今はオフィスビルか?
四角形が強調された重厚なデザインで、面白みはないけど、イ課長としてはキライじゃない。
ヘンな言い方だけど、建物としての「キャラが立ってる」という感じで、これはこれで立派だと思うんだよ。
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イ課長がこれまで行ったことがある東欧の街っていうと、プラハとブダペストだ。
どちらも(特にプラハは)昔の建物がけっこう保存されてて、中世から続く東欧の街っていう歴史の香りが
濃厚に感じられるけど、戦争でペチャンコにされたワルシャワにはそういうのはない。

しかも、古い建物の壁面にこんな巨大落書きがあったりするからね。
ハンマーと鎌のマークがあるから、社会主義体制を風刺した絵なんだろうな。
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こんな落書きもあった。
JEWISH PRIDE(ユダヤ人の誇り)なんて文字を見ると、かつて市内の中心に巨大ゲットーがあった
ワルシャワに来たんだなぁと実感したもんだった。
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新しい建物はモダンではあるけど「東欧ならでは」とか「ワルシャワらしさ」なんてものが皆無だから
キレイでも面白くはない。これはワルシャワ中央駅そばにあるショッピングモール。ここはなんといっても
入口のグネグネした曲面が目立つ。
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中はこんな感じ。実はこの写真を撮った直後、写真右下に写ってる警備員がイ課長のところに来て
「写真はあかんで」と言ったので、「さよか」と言って素直にカメラをしまった。
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ワルシャワに戻ってきた水曜日は、それでもまだ旧ゲシュタポ本部とかのダークスポットを
見学したんだけど、幸いなことにそれらはもう書き終わってるので(笑)、次回は
「ワルシャワといやぁ、やっぱコレだろ」という建築物について書こうと思う。


  
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by tohoiwanya | 2013-10-09 00:06 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(8)
2013年 10月 07日

ダークツーリズムについて

これまでポーランド旅行に関する記事を書くにあたっちゃ「ダーク」という言葉が頻出してきた。
訪問予定施設の性格上、旅の前半が暗いものになることはわかってたけど、実際行ってみると
予想通り暗かった、というわけだ。

しかし、こういうダークな旅行って世界的に増えてるらしい。
イ課長のダークな旅、実は流行の先端をイッてたんだよ(笑)。

その名もダーク・ツーリズム。Wikipediaによる説明にはこう書いてある(記述は一部省略している)。

ダークツーリズム(Dark tourism)とは、災害被災跡地、戦争跡地など、人類の死や悲しみを対象にした
観光のこと。ブラックツーリズム(Black tourism) または 悲しみのツーリズム(Grief tourism)とも
呼ばれる。観光とは一般に娯楽性のあるレジャーの1つだが、ダークツーリズムでは学びの手段として捉える。


・・・ということらしい。で、そういうダーク観光地の例として挙がっているのが

○スコットランドのカロデンやルーマニアのブラン城(古戦場や城跡)、
○日本の広島平和記念公園やウクライナのチェルノブイリ、ニューヨークのグラウンドゼロ、
 ポーランドのアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所(戦争やテロの跡地)
○ウェールズのビューマリス城(刑務所)、
○南京の南京大虐殺紀念館やカンボジアのトゥール・スレン虐殺博物館(虐殺の記録)などなど。
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ダーク・ツーリズムが増えてるって話は新聞なんかでも取り上げられてるみたいで、
近年の海外旅行トレンドの中でも新しい動きといえるんだろうな。しかし学びの手段とは・・・。

受け入れる側が「多くの人に見てもらいたい」と思っているのであれば、ダーク・ツーリズムっていうのは
結構なことだと思うし(迷惑がられてたり、無神経な態度での観光は論外だが)、みんなもどんどん
行ってみるべきだと思う。しかし、ダーク・ツーリズムって「ここは行ったから、次はぜひあそこへ」的な、
タノシい海外旅行とは違うから、考慮すべきポイントもあると思うんだよ。

①その場所のダークな歴史的背景に興味・関心・知識がある
これは当然で、単に「ここはスゴいらしいから行きたい」だけなら行っても感じるものは少ないだろう。
ナチの強制収容所については本や映画でもそれなりに知ってるし、個人的に非常に関心があった。
しかし何の知識もないスコットランドの古戦場に行ったって、何も感じないよねぇ。

②ダークな旅の後に明るい気分に戻れそうなモノがあること
これ、けっこう重要だと思う。せっかくの海外旅行で「最初から最後までひたすらダークな旅」って重すぎる。
イ課長の場合、旅の後半はウォヴィッチの聖体祭見学、さらにヘルシンキの「北欧効果」で救われた。
あれがなかったらと思うと・・(笑)。

広島が外人旅行者に人気なのも原爆関連施設を見たあと、世界遺産の宮島観光が出来るってことが
影響してると思うなぁ。やっぱね、ダークな旅の後には気分転換も必要だよ。
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③特定の思想やイデオロギーに染まっていないこと
いくらダーク・ツーリズムが学びの手段っつうたって、学びを押し付けられるのは好まない。
こういうところ、アウシュビッツ・ビルケナウは立派だったと思うんだよ。声高に自分たちを被害者として
強調したり、ドイツ軍を単純に悪者扱いするような、プロパガンダ的展示はない。
もっと“教育的”な展示にしようと思えばいくらでもできるんだろうけど、そういうところがない。

広島の原爆資料館を見た欧米人なんかも「客観的な展示」という印象を持つ人が多いらしい。
南京大虐殺紀念館とかトゥール・スレンなんかはどうなんだろうか?もし反日思想や反ポル・ポト思想が
強調された施設だったりすると、仮に見に行ったとしてもちょっとガッカリするんじゃないかと思う。

そこを見て、何を思うかは旅行者それぞれ。仮に将来、福島第一原発がダーク・ツーリズムで見学者を
集めるような施設になった時、そこを見て「放射能あぶない、原発やめよう」と感じる人がいる一方で、
「災害に強い原発を推進しよう」と感じる人がいたって全然構わないと思うんだよ。「ここに来た以上は
コレを学んで帰っていただきましょう」的な場所はゴメンこうむりたい。
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実際、ビルケナウやプワショフに行った時のイ課長なんてさ、その場の荒涼たる静けさと死の匂い、
そして、その場をいま自分が生きて歩いているという事実の重さを受け止めるのに精一杯で、
「二度と戦争を繰り返してはいけないと学びました」なんてとても言えないよ、率直に言って。
でも「何を学ぶか」じゃなく「何を思うか、感じるか」こそが重要なんじゃないか、とも思うんだよね。

ポーランドでのダークな旅。イ課長がそこで何を学んだかと聞かれたら、大した学習成果はない。
せいぜいポーランド語の「ごめんなさい」を覚えたくらいか(笑)。
しかし感じるものが多い旅だったことは確かなのである。

 

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by tohoiwanya | 2013-10-07 00:14 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(4)