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2014年 03月 31日

インドから届いた手紙

インドからイ課長あてに短い手紙が届いた。
本日の記事はちょいと前段の説明が長くなるが、ガマンしてザッとお読みいただきたい。

まず話は去年の11月にオヤジが死んだところから始まる。
すでに書いたように、海外旅行の好きなオヤジで、常に海外への感心は高かった。

そのオヤジが死んだのが11月12日。
おそらく海外旅行好きの血を彼から与えられ、こんなブログも書いているイ課長としては、
何か彼の遺志(というほどゴタイソウなものじゃないが)を継いで、海外に何かイイことをしたかった。

まぁ要するに海外の恵まれない子を助けるとか、難民を支援するとか、そういうことをね。

ずっとそのことを考え続け、12月24日の聖夜にとうとうそれをネットで申し込んだ。
海外の貧しい子供の、特定の誰かのスポンサーという形で継続的に支援して、その間に文通とかして
チャイルドとの交流もはかれるっていうやつ。イ課長が申し込んだのはワールドビジョンっていうところだ。
なにせCATVで「カンボジアのティーダちゃん」を何度も見ちゃったからねぇ(笑)。





この団体の場合、スポンサーになりたい子の国や性別に関して希望を出せる。
ここはやっぱりイ課長とオヤジの両方が行ったことある国の子を支援したいところだ。

二人とも行ったことがあって、しかもワールドビジョンが支援対象にしている国としては
フィリピン、インドネシア、インドあたりがある(他にも重複国はあるかもしれないんだけど、
ムスコの方が彼の訪問国を把握しきれていない(笑))。

それだったら、インドの女子だな。
あまり迷うことなく、そう思った。

発展途上国の女子の置かれた状況は多かれ少なかれ不遇だが、なかんずくインドの女子は不遇だ。
出張中に見聞きしたことからも、様々なニュースや記事から考えてもやっぱりそう思う。
ここはひとつインドの女子を支援してあげたい。オヤジもこの選択には異論をはさまんだろう。

「インド」「女子」と希望を書いてネットで申し込んだ。繰り返すが、それが聖夜の話。
イ課長が年末のバンコク旅行から戻ったら、もう対象の女の子のプロフィールが届いていた。
南インド、アーンドラ・プラデシュ州というところに住むリディアという8歳の女の子。

さっそく下手な英語で手紙を書いた。「頑張って勉強を続けてネ。私は今日からアナタの友人で、
アナタのことをサポートするからね」みたいな内容。それを投函したが今年の正月明け、
ちょうど仕事始めの日だったはずだ。

手紙のやり取りには片道2~3ヶ月はかかるって書いてあったから、返事が届くのは5月か6月くらいかなぁと
思っていたら、昨日リディアから返事が来たというわけだ。意外に早かったね。

ここからが今日の記事の本題。前置きが長くてすまんかった(笑)。

普通なら死ぬまで知り合いになど絶対になり得なかったインドの8歳の少女と日本のオッサンとが、
こうしてペンフレンドになる。ワールドビジョンのスタッフがリストか何かを元にサッと決めた
組み合わせなんだろうけど、なんか不思議なウンメイを感じるよ。

彼女の返事は直筆で書かれていた。彼女自身が書いたか、あるいは大人が口述筆記してくれたのかな?
とにかくまず驚いたのはその文字だ。ここここりゃぁナニ語なんだ?。
多言語国家のインド、文字もいろいろあるのは知ってたけどこれはまたすごい。
シンガポール出張のときに見たタミル語のグニュグニュ文字に似てるけど、あれよりさらに
グニュグニュしてるようにみえるぞ。
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そこでいろいろ調べてみた。

彼女が住むアーンドラ・プラデシュ州というところではテルグ語っていうのが使われるらしい。
テルグ語・・・初めて聞いたよ。こないだ載せたロンドン地下鉄の切符自販機にもテルグ語なんてないから
マイナー言語かというとそうでもなくて、アーンドラ・プラデシュ州じゃ立派な公用語なのだ。
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うーむ、いろいろ勉強になるのう。
しかしどんなに勉強しても、イ課長が死ぬまでにこのテルグ文字を解読できるとは思えない。
もちろん、手紙はワールドビジョンのボランティアの人がテルグ語からちゃんと翻訳してくれてるから
解読しなくてもイ課長は読むことができるのである。

リディアのご両親は食料品店を営んでいるようで、彼女は縄跳びで遊ぶのが好きらしい。
彼女の担当家事は「家にある壷をきれいにすること」で将来は学校の先生になりたいんだって。

さっそく返事を書こう。
ちょうど季節だから、明日あたりどこかで桜の写真を撮って送ってあげようか。
まだ書いてないけど、そのうち「私はアナタの国に一度だけ行ったことがあるんだよ」って書いて、
タージ・マハルの借景写真でも見せれば面白がってくれるかもしれん。

ワールドビジョンはスポンサーによる支援地域訪問ツアーなんてのも時々やってる。
もし将来リディアのいる地域への訪問ツアーがあれば、ぜひ行きたいよなぁ。
 
というわけで、イ課長の「インターナショナルあしながおじさん」が始まった。
申し込んだのはイ課長だが、半分「オヤジ基金」のつもりで、これからも支援していこうと思うのである。

オヤジは今ごろ天国で「クソ息子にしちゃ上出来の思いつきだ」と考えてるであろう(笑)。


 

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by tohoiwanya | 2014-03-31 00:02 | 日本での私生活 | Comments(10)
2014年 03月 27日

インド人は借景がお好き?

さて、インドに話を戻そう。
これまで書いたように、イ課長はアグラ城やタージ・マハルをガイドつきツアーで見学してきた。

そのいわば副産物として、ある風習・文化がインドで特に好まれるのではないか?という
疑問を抱くことになった。もし1人だけで行ってれば、こんな疑問を感じる機会はなかったはずで、
インド人のガイドさんと一緒だったからこそ発見できたことなんだよ。


借景:庭園外の山や樹木、竹林などの自然物等を庭園内の風景に背景として取り込むことで、
   前景の庭園と背景となる借景とを一体化させてダイナミックな景観を形成する手法
   (Wikipediaより引用)



これを広義で捉えれば、「バックの景色をうまく前景に取り込んで活用すること」といえるよな。
どうもインドでは観光地における記念撮影というありきたりなシチュエーションでこの「借景」が
非常に広く浸透しているのではないか、と推測されるのだ。

インドの借景文化について書く前にひとつ断っておかなければならないことがある。
本日の記事にはイ課長の見苦しいバカ面が複数連続して出てくる。まことに申し訳ないと思う。
ただ、これもインド借景文化を考える上での研究材料と思ってガマンしていただきたいのである。

そもそも記念撮影に際しての、インドの借景文化ってナンなのか?
アグラ城とタージ・マハルには専用ガイドという名の専属カメラマンがついたって書いたじゃん?
彼はイ課長のカメラを使って「ソコに立ってこういうポーズをとれ」だの「手をこうやれ」だの、
要求の多いカメラマンだったが、そういう要求こそインド借景文化の発露に他ならなかったのだ。
ま、とにかく写真をお目にかけよう。


イ課長が最初にアグラ城でやらされた典型的借景はこれ。


 
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・・・なんというバカバカしさ(笑)。
しかしガイドつきツアーでアグラ城に行った人なら、同じ借景で写真撮った人は多いと思うなぁ。

アグラ城でのもう一つの借景定番といえばこれ。


 
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ユーミンに「手のひらの東京タワー」という名曲があるけど、これは「手のひらのタージ・マハル」(笑)。
これまた、アグラ城で同じことやらされた人は多いと思う。インド人ガイドなら必ずこのショットを
撮ろうとするはずで、イ課長についたガイドだけが特殊だったとは考えられない。

アグラ城ではこんな借景ポーズを何度かとらされた。
繰り返すが、イ課長が「こういうポーズで撮って」と頼んだのではない。ガイドが撮りたがったのだ。
要するにインド人のガワに「ここでこういうポーズで写真を撮ってあげればガイジンは絶対喜ぶ」という
認識があるんだよな、明らかに。

こういうインド借景文化が最も炸裂する場所はやはり「世界の観光地タージ・マハル」なのである。
ここでもガイドという名の専属カメラマンがここに立てだの座れだの、いろいろ言ってくるんだけど、
最後に「ベンチに乗ってこういうポーズをとれ」という要求があった。どんなポーズかっていうと・・・



 
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アグラ城と同じじゃねぇか(笑)。インド人、よほどこの「つまみポーズ」が好きとみえる。
現地ガイドと一緒にタージ・マハル観光をした人なら、やはり極めて高い確率でこのポーズを
とらされたんじゃないかなぁ?

これに類した借景で有名なのはピサの斜塔だよな。行ったことないけど。
斜塔のカタムキを支えるようなポーズをしたり、反対に押して傾けてる格好をしてみせたりするアレ。
ああいう「バックの建物を使った借景ポーズ」がインドでは非常に発達?しているようなのだ。

イ課長は海外に一人で行くことが多い。観光でも一人旅するし、出張なら確実に一人だ。
観光地で誰かに写真を撮ってもらうという機会は非常に少ない。だからこんな借景ポーズを
要求されたことも初めてで、ちょっと驚いたんだよ。

だって、さっき言ったピサの斜塔を唯一の例外として、借景ポーズ写真なんて見たことないもん。
もちろんこういう「つまみポーズ」も知らなかった。他の国でこんな風習あるかい?

タージ・マハルみたいに先が尖ったドーム型の建物なんて欧米にいっぱいあるけど、たとえば
ローマのサン・ピエトロ大聖堂やワシントンの国会議事堂で観光客が「つまみポーズ」で写真撮らんだろう?
後者はイ課長も実際に見たことあるけど、そんなポーズで写真撮ってるヤツは一人もいなかったよ。

どうもインド人が特に「借景がお好き」なんじゃないかって気がするんだよなぁ~。
しかし、仮にインド人がことさら借景ポーズを好むとしても、それがなぜか?となると
これを解明するのは難しい。

巨大建造物をつまんだり手の平に載せるってことは、孫悟空に出てくるお釈迦様の手のひらみたいに、
掌それ自体を一つの小宇宙とする仏教観の影響なのだ、というコジツケも不可能ではないだろうが、
こうやって書いててもたぶん違うだろうな、と思う(笑)。

そもそも、インド人がなぜ借景ポーズが好きかという疑問以前に、まず本当にこれがインドで特に
顕著な傾向なのか、実は他の国でもみんなやってることなのかということを検証する必要がある。

イ課長のごく狭い経験では、こういうのをやらされたのはインドだけで、他の国で同じようなことを
やってる人や写真を見たことがない(除・ピサの斜塔)。しかしイ課長が知らないだけで、
実はありふれたことなのか?また、インドの他の観光地ではどうなのか?

これらに関して知見をお持ちの方はぜひご教示いただきたいのである。
 

 
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by tohoiwanya | 2014-03-27 00:22 | 2012.10 インド出張 | Comments(12)
2014年 03月 25日

一応ロンドン地下鉄の名誉のために

せっかくだからロンドンの話をもう一つ続けるか。

イ課長は2010年の出張ですごく久しぶり(新婚旅行以来)にロンドンに行った。
その時のことはこのブログでいろいろ書いたけど、 中でロンドン地下鉄の切符自販機の言語対応性能を
激しく賞賛し、一方で地下鉄の運行やメンテナンスのクソヘボさ加減は激しく罵った

イ課長にとってロンドンの地下鉄というのは「すごくヨイところ」と「超ヘボなところ」が同居した地下鉄、
たとえて言うなら顔は美女だけど首から下は超バーサマのご婦人・・たとえがヘンか。
ま、いずれにしても「気を許しちゃならねぇ相手」として強く記憶されたわけよ、2010年の出張でね。

で、そのロンドンに2013年にまた出張した。出張すればまたロンドン地下鉄に何度も乗る。
「気を許しちゃならねぇ相手」と、また数日間つきあわなきゃいけないわけだ。

まず賞賛の方からいこう。地下鉄の切符自販機。
前回記事では日本語対応能力まであることを褒めてるけど、カンジンの写真がなかった。
今回はバッチリ写真を撮ってきたから、世界に冠たる切符自販機をお目にかけよう。

最初見たときはこんな風に英語表示画面になってるはずだ。しかし画面下の青いオビの部分に
「日本語」と書かれてるでしょ?タッチパネルだから、その辺を指でチョンとつついてみる。
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するとこういう画面になる。これこそ2010年にイ課長が見て、心底感心した言語選択画面だ。
これだけ多彩な言語に対応した地下鉄の切符自販機なんてよその国じゃまったく見たことがない。
言語選択っつうてもせいぜい3~4ヶ国語から選べりゃいい方だけど、ここは17言語から選べる。
(前回記事じゃ20カ国語くらいあったって書いたけど、それよりはちょっと少なかった(笑))
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いやーしかしこれは何度見ても感心するよ。インド系住民が多いことに配慮してだろうけど、ベンガル語とか
タミル語だとか、特にインド系言語の充実ぶりが素晴らしいね。

しかし我々としては「日本語」のところをポチッとするわけだ。するとこんな感じの画面になる。
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おお、わかりやすい。イ課長がほしいのは普通の切符じゃなくトラベルカード(一日乗車券)なんだけど
ちゃんと表示されとる。さっそくトラベルカードのところをまたポチッ。すると今度はこんな画面に。
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仕事で使うなら中心街のゾーン1~2で十分だよ。ポチッとやればアッという間に一日乗車券が買える。
いやもう実に素晴らしい。前にも書いたけど、「日本人が最も容易に切符を買える外国の自販機」という点で
ロンドンの右に出る街がこの地球上にあるとは思えないのである。

さて、ではヘボな方、つまり地下鉄の運行状況はどうか。
これに関しちゃ2010年に撮った「いかにヒドいかの証拠写真」まであるから、イ課長も最初から警戒していた。

どころがどうよ。ロンドン仕事の初日、地下鉄に乗ろうとしてフとディスプレイの表示を見たイ課長は
ものすごく驚いた。驚きのあまり、その場でゴソゴソとカメラを出して撮った。
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なんとまぁ、全線で平常運転とは。ロンドン地下鉄にもこんな日があるのかよ(笑)。
2010年に見たときは半分近くが閉鎖だナンだで青くなってたのを知ってる身にすれば、こんな風に
Good Serviceがズラリと並んだ表示を見りゃ驚きたくもなるぜ。

翌日、ロンドン仕事の二日目に地下鉄に乗ったときもイ課長はこういう表示を目にした。
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うひょーー今日も全線平常運転ときやがった。二日連続パーフェクトかよ。
(1路線だけ、ちょっとした遅れがあるようだが、そんなもん、東京の地下鉄にもしょっちゅうある)
こりゃひょっとすると本物か?数年前には全路線の半分が閉鎖だナンだとドヘボぶりを露呈していた
あのロンドン地下鉄がついに本気で改心したのか??

2010年に行ったときは「オリンピックまでにシャキッとするんだろうか?」って書いたけど、あの当時の
大ガタガタ工事のおかげでオリンピック後のロンドン地下鉄は性根が入れ替わったのかもしれない。
確証は持てないが、その可能性はある。
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ま、前回はヒドいこと書いたからね。
2013年出張では一応チャンとした地下鉄だったっていう事実も書いて公平を期すと共に、
ロンドン地下鉄の名誉を少しは回復させてやろうと思ったわけだよ。

しかしなぁ、オマエに関しちゃどうしても「ホントに気を許して大丈夫か?」っていう疑いが残るんだよなぁ。
信じていいのか?ロンドン地下鉄。いまはお行儀よくしてるけど、しばらくすると“本性”が出て、
元の怠惰なアバズレ女に戻るんじゃねぇか?ヲイ(しかしなぜ地下鉄を女にたとえたがるのだ?)


  
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by tohoiwanya | 2014-03-25 00:33 | 2013.02 欧州出張 | Comments(6)
2014年 03月 23日

ベーカー街221Bを歩く

インドの話が続いたから、例によってちょっと別の話を。

唐突だが、あなたはシャーロック・ホームズの生年月日をご存知だろうか?
実在しない架空の人物の生年月日を質問するというのもヘンな話なのだが。

彼の誕生日は1854年1月6日という説が一般に(というよりシャーロッキアンの間で?)認められてるそうで、
今年は彼の生誕160年ということになる・・・らしいんだよ。
CATV(主にミステリーチャンネルとか)で、シャーロック・ホームズ特集の予告編をやけに見たから
今年はコナン・ドイル生誕ホニャ年or没後ホニャ年とかなのか?と思ってたんだが、そういうことだったんだな。

イ課長は少年の頃にホームズものを夢中になって読んだなんて経験なくて、大人になってから短編を
多少読んだ程度。だからシャーロック・マニア(俗にいうシャーロッキアン)では全然ない。それでも
「世界で最も有名な住所」といわれるベーカー街221Bのことは知っていた。
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  ベーカー街 221B    221B Baker Street


世界中のホームズ・ファンにとって、この住所はまさに侵すべからざる神聖なものなんだろう、たぶん。
ロンドンの、ベーカー街に面した、ハドソン夫人の居宅の2階にある名探偵の住所。
特にファンってわけじゃないイ課長でも知ってるくらいなんだから、本当に有名なんだよ。

Baker Streetはロンドンに実在する通りで、同名の地下鉄駅もある。
イ課長はこれまで2度、出張でロンドンに行ってて、2度ともパディントン駅近くにホテルをとった。
パディントンとベーカー街ってわりと近いから、地下鉄に乗るとBaker Street駅を通ったり
そこで乗り換えたりすることが何度もあった。でもこの駅で降りたことはなかったのだ。

2013年出張の時、ちょっと時間があったから初めて降りてみた。
せっかくロンドンに来たんだし、ベーカー街っていうのがどういうトコか見てみようと思ったわけだ。

通り自体は特にスゴいものではない。
古くからある、ロンドンの典型的な街並み、都心に近いけど中心街ほど賑やかではなくて、ちょっと
下町風テイストもある。東京でいえば・・そうだなぁ・・・大塚・巣鴨・駒込あたりの感じになるかなぁ?

各建物ごとに住所表記があるから、順々にたどっていってみる。
お?ここにベーカー街220と222が並んでる。こっち側は偶数ばっかり並んでるってことやな。
ってことは221Bは道の反対側にあるはず・・・
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・・・といっても、十分予想された通り、現在221Bという建物は存在していない。
このビルがそのあたりになるはずなんだけど、221番ではないのだ。
昔は本当に221番があったのかもしれないけど、再開発か何かで複数番号にわたるスペースを
このビルが占めちゃったんじゃないかな?
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このビル自体はベーカー街219ということになるらしい。でもこのビルの隣が221かっていうと、
そうもなってなくて、223だか225だかに飛んでた。何度も言うがベーカー街221は現在残っていない。
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たぶん小説では「ベーカー街221」が家主ハドソン夫人の住所で、その2階の「221B」に
ホームズたちが住むという設定なんだよな?建物の感じとしてはこの新しいビルより、むしろさっき見た
「偶数列」のたたずまいの方が「ホームズがいた頃のベーカー街」の雰囲気を残してる感じがする。
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ちなみに、このすぐ先にはシャーロック・ホームズ博物館というのがあるそうで、確かに鳥打帽をかぶった
呼び込み?のオッサンらしき人が立ってたけど、イ課長はそっちには行かなかった。
住所が極めて近いことをウリに博物館にしたんだろうけど、実在しなかった人物に関して一体ナニを展示するのさ?
「シャーロック・ホームズが使ったパイプ」とか陳列してるんじゃねぇだろうな?(笑)

地下鉄に乗ってホテルに戻ることにした。ベイカーストリートからパディントンまでは複数の路線があって、
イ課長がよく使ったのはベイカールー線(Bakerloo Line)なのである。

うお!駅にこんなものがある。
来たときは気がつかなかったが、壁一面ホームズ柄のタイルときやがった。うーむ、ロンドン交通局としても、
やはりベイカーストリート駅のセールスポイントはホームズであるということをよくわかってるようだ。
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シャーロッキアンを自称できるくらいのマニアがベーカー街を歩こうモンなら、たちまち
いくらでも書きたいことが湧いてくるんだろうけど、なにせこの方面に関しては
「少し読んだ」程度のイ課長だ。ベーカー街訪問記事もサラリと1回で終るのでした(笑)。
 

 

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by tohoiwanya | 2014-03-23 01:44 | 2013.02 欧州出張 | Comments(15)
2014年 03月 20日

タージ・マハルというところ その4

さて、タージ・マハルの裏のテラス。

ここは日陰で涼しいし、何より眼前にヤムナー川の広大な流れが広がってて、見晴らしがいい。
暗くて暑くて人ゴミだらけだった内部からここに出てくるとみんなホッとするようで、インド人の多くは
ここに座り込んで休憩してた(ただし飲み食いしてる人たちはいなかった。おそらく飲食禁止)。
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イ課長もここでちょっと休むことにした。
水牛がヤムナー川で水飲んでるよ。なんか「悠久のインド」って感じの風景だよねぇ。
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反対側を見るとさっきまでいたアグラ城が見える。うーん・・つい1時間前は
あそこからタージ・マハルを見てたんだよなぁ。
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さて、このタージ・マハルの裏のテラスに出ると、ある重要な発見ができる。
それは前回記事の末尾に書いた「シャー・ジャハーンが思い描いた理想」に関わるものだ。

いま彼は愛妻ムムターズ・マハルと並んで永遠の眠りについている。
だがスーパー建築道楽皇帝シャー・ジャハーンが望んでいたのはそんなみみっちいことではなかった。

彼の構想としては、ヤムナー川の対岸にもう一つ同じ形の霊廟を黒大理石で作りたかったといわれている。
つまり白いタージ・マハルの川向こうに、今度は「自分用」に「黒いタージ・マハル」を作り、
その二つを橋で結ぼうと思ってたらしいんだよ。

白と黒の二つのタージ・マハルがヤムナー川をはさんで建つ・・・あまりにも壮大すぎる彼の建築構想は
結局実現することはなかった。何せ白いタージ・マハルだけで国庫は傾いたといわれるんだから。

そんな話を聞いたことがあったから、「あの辺に黒いタージ・マハルを建てようとしてたのかなぁ?」などと
思いながらイ課長は川の対岸を眺めた。するとだ・・・

これは何だ?これは白いタージ・マハルのほぼ左右中心線上から撮った写真だけど、
対岸にあるこの平らなところも正確に同じ中心線から左右対称に広がっているように見える。
f0189467_01281632.jpg
これは明らかに「黒いタージ・マハル」の基礎工事の後だ。そうに違いない。
でなきゃ川の対岸、同じ中心線上に左右対称の土地造成がなされるなんて考えられない。

黒いタージ・マハル構想は本当だったんだ。これにはけっこう驚いたね。
この話を初めてテレビで知ったときは「そんな言い伝えもあるんだ」程度にしか思ってなかったけど
実際にプロジェクトは動き始めてたんだ。基礎工事だけとはいえチャンとその名残りがあるんだもん。
いやーすごいよシャー・ジャハーン。キミは本当に「黒いタージ・マハル」を作ろうとしてたのか。

それにしても、シャー・ジャハーンが帝位にあったのは1600年代半ば、日本でいえば江戸時代初期か。
その頃の基礎工事の跡がそのまま残ってるっていうのもすごい話だ。
周囲に広がるダダッ広い原野を見る限り意図的に保存したとは考えづらい。単純に残ってるんだろう。

あの造成工事の跡はまさに「シャー・ジャハーンの夢の跡」なんだなぁ・・・
彼がいま白いタージ・マハルに妻の棺と共に眠ることが理想ではなかっただろうと思う理由はここにある。

しかし、もう一つ黒いタージ・マハルまで作ろうってのは、さすがに建築道楽が過ぎるよキミ(笑)。
“白い方”を建てたというだけで歴史に名を残したシャー・ジャハーン。黒いタージ・マハル構想が頓挫して
「女房の墓」に一緒に葬られたのは意に反してたかもしれないけど、愛妻の隣で眠るのも悪くないと思うよ?
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てな具合に、シャー・ジャハーンやムムターズ・マハルのことをホンのちょっと知っておくと
タージ・マハル観光はいっそう感慨深いものになる。
中でもこの「黒いタージ・マハルの造成工事跡」が残ってたのには驚いたねぇ。

さて、タージ・マハルの表から裏までたっぷり拝見させていただいたし、そろそろ戻るか。
表側にまわり、行きに通った真ん中の通路ではなく、外側の通路を歩いて帰ることにした。
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ずーーーっと出口の方に向かって歩き、「ここを曲がったらもうタージ・マハルが見えない」という地点で
最後にもう一度振り返ってタージ・マハルを見た(写真がナナメってるが)。
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いやー堪能させていただきました。インドに来たかいがありました。
さすがは「世界の観光地タージ・マハル」だと思ったよ。実物の持つチカラに圧倒されたましたですよ。
おそらくもう見ることはないだろうが、これからもその輝きを失わないでくれ、タージ・マハル。

かくして、インド出張における「ついで観光」の唯一最大のクライマックスは無事終ったのでありました。
タージ・マハルだけで「その4」まで書いちまったぜ。毎度話が長くてすまんのう。


 

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by tohoiwanya | 2014-03-20 12:12 | 2012.10 インド出張 | Comments(4)
2014年 03月 18日

タージ・マハルというところ その3

タージ・マハルの“本堂”の真ん中には門と同じように凹んだ半球ドーム天井の入口がある。
あの門の半球ドームもデカかったが、この本堂の入口ドームは輪をかけてデカい(と思う)。
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遠くから見るとそのデカさがよくわかる。入場の列を作ってる人間がほとんどアリンコの
行列みたいに見えるでしょ?圧倒的にデカいんだよ。
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タージ・マハルは内部も見学できるんだけど、唯一の入口がここ。
イ課長もシンさんと一緒に入ることにした。アリンコの列に加わったというわけだ。

その前に準備。内部に入るのにクツを脱ぐ必要はないけど、渡される袋を靴にかぶせる必要がある。
この日、イ課長はサンダル履いてたんだけど、やはりかぶせる。
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ガイドのシンさんも同様に靴に袋をかぶせた。
中に入る前にシンさんが壁の紋様の前でポーズをとってくれたので1枚。
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それにしても近くから見るとタージ・マハルってびっくりするほど華麗な装飾に満ちてて、
その凝りかたがスゴい。これも描いたんじゃなく、色のついた何かを欲しい形に切っていちいち
大理石に貼ってるよね。こういうの象嵌細工っていうのか?
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さらにたまげたのは入り口の格子戸?だ。
編み目模様みたいになってるから、日本人的感覚だと木で組んで格子にしたんだろうと思ってしまう。
しかし、これ、明らかに石だよ!!こういう格子戸まで白大理石でトータル・コーディネートされてる。
大きな大理石の板に1個1個、ハチの巣型の穴を開けた(というか彫った)ってことだ。ひーーー。
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観光客たちはタージ・マハルの中を早く見たくて、あんまり入り口の格子戸なんて見てないけど、
大昔にインドの石工たち(当然一人ではあるまい)がひたすら石をコチコチ彫ってこの石の格子戸を
作ったかと思うと、イ課長は目眩いがしそうだったぜ。
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さて、いよいよタージ・マハルの中に入るわけだが、内部は撮影禁止なので写真はない。
一応イ課長が簡単に説明しよう。

中に入ると中央にシャー・ジャハーンとムムターズ・マハルの棺が見えるようになってる。
(もっとも、本物はもっと地下?にあるらしくて、見られるのはレプリカみたいだが)
立派なお墓を作ってくださいねと言って死んだ女房と、その遺言のレベルをはるかに超えて
世界に二つとない墓を作っちまった亭主の棺が並んでいるというわけだ。

外が明るいわりにタージ・マハルの内部はコレといった照明もなく、わりと暗い。
おそらく中も巨大な空間に華麗な装飾がワンサとあるんだろうけど、ハッキリ言ってよく見えない。
それにとにかく中は風もなくて暑いうえに観光客がワンワンいてますます暑い。
二人の棺以外に特に見るべきものもない(と思う)し、ここはサッサと外に出て涼もうよ。

というわけで外に出た。
入る時は全員正面側の入り口から入るけど、出口は裏側、つまりヤムナー川に面したガワから出る。
ここは日陰になってて涼しいし、見晴らしもよくて、中にいるよりココにいる方がずっと気持ちいい。
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ここでイ課長は一つの結論に達したことになる。
タージ・マハルは中から見るより外から見るに限るという結論だ(笑)。

この裏側のテラスから間近に見るタージ・マハルの装飾には改めて驚かされるよ。
出口のワクがこうやってビッシリと(おそらくコーランの文句が)アラビア文字?で飾られてるのは
まぁ予想の範囲だとしても、だね・・・。
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またまたぶったまげたのはこの天井の半球アーチだよ。
よく見てごらん?この半球天井、ただキレイに白大理石を貼りあわせたっていうだけじゃなく、
ちゃんと1個1個浮き彫りの模様があって、それがキチンと組み合わされて全体の模様を構成している。
f0189467_02143895.jpg
いやもうなんという凝りかた。
さっきの石の格子戸といい、このドーム天井の浮き彫りといい、スゴすぎる。
こういうのはタージ・マハルを正面から撮った典型的観光写真だけじゃわからない部分で、
間近から実物を見てこその驚きだ。やっぱり実物のチカラというのはすごいのだ。

内部は暗くてよく見えないけど、外観については驚きが尽きないタージ・マハル。
さっき、その内部にムムターズ・マハルとシャー・ジャハーンの棺が並んで安置されてる、と書いた。
そう聞くと何となくこの夫婦は「あるべきところにある」「二人も喜んでいるだろう」と思うよね?
だがシャー・ジャハーンにとってはタージ・マハルの中に愛妻ムムターズ・マハルと並んで眠ることが
本当の理想の姿ではなかったと思われる。

何せタージ・マハルにはけっこう感動しちまったイ課長だからね。
シャー・ジャハーンの理想については次回説明しようと思うのである(まだ続くのかい!)。


 

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by tohoiwanya | 2014-03-18 00:03 | 2012.10 インド出張 | Comments(4)
2014年 03月 15日

タージ・マハルというところ その2 sanpo

「世界で最も美しい建造物10選」みたいな企画をやると、タージ・マハルは必ず入る。
その時使われるタージ・マハルの写真のほとんどはこんな風に真正面から撮ったもののはずだ。
そんな、タージ・マハルといえばこれ、というような写真をドンとのせよう。

f0189467_16580792.jpg
このタージ・マハルっていう建物、トコトン左右対称性を追求して作られてる。
だから建物の左右中心線上に立って眺めた時、最も美しく見えるんだよ。

いやーーーしかしスゴいね。たしかに美しいよ、タージ・マハルの実物は。
f0189467_16580728.jpg
実際には例の巨大な門をくぐってからタージ・マハルに近づくまでにはけっこう距離がある。
正面に長く続く池のワキを歩いていくわけだけど、その途中で何度も何度も建物正面にまわり、
同じような写真にしかならないとわかっているのに、やっぱり写真を撮らずにいられない。
f0189467_16580856.jpg
率直に言って、この時イ課長はけっこう感動していた。
写真ではイヤッてほど見た建物だけど、確かに実物を見られるというのは得がたい経験だね。

タージ・マハルって建物としてそのフォルムは素晴らしく美しい。それは間違いない。
もっとも、建物の見た目の素晴らしさっていう点だけでいえば、世界にはすばらしい建造物が他にもある。
でも実際にその前に立つと、タージ・マハルだけが持つある決定的な要素が存在していることに気づくんだよ。
その決定的要素って何かっつうと、



タージ・マハルの背景が完全に空だけである、ということだ。
f0189467_00041818.jpg
世界中にあるお城であれ大聖堂であれナンであれ、有名な史跡建築物の多くは後ろに山とか、他の建物とか、
森とか、とにかく何かあるもんだ。見るガワも建物と後ろの風景とを“合算”して捉えて、
それが調和してると美しく感じる(んじゃないか?)。

しかしタージ・マハルの後ろには空間しかない。要するにタージ・マハルしかないのだ。
そんな感じであることは写真でも知ってたけど、実際に行ってみると、この「それしかない」という視覚効果はすごい。
f0189467_16580850.jpg
タージ・マハルを評して「遠くから見ると近く見え、近づくにつれて小さく見える」とか何とか、
そんなような言葉を聞いたことがあるけど、そういう効果って「後ろに空しかない」という、稀有な条件が
あってこそ、と思うんだよね。実物のタージ・マハルってかなり大きい。その大きさに驚嘆しつつ、一方で
広大な空を背景に「それだけがポツン存在する」という印象とが混ざって、そんな風に思えるんだろう。

タージ・マハルの背後には広いヤムナー川が流れてる。だからこの建物のうしろに他の建物が建ったり、
高い木が生えたりすることはあり得ないのだ。そこまで計算して(たぶんしたんだろうなぁ)
建設地をここにしたのなら、さすがは建築道楽皇帝シャー・ジャハーンだ。もしタージ・マハルの後ろに
木だのビルだの煙突だのがニョキニョキあれば、とてもこんな幻想的な光景にはならないだろう。

さっきも言ったように門からタージ・マハルまではけっこう歩く。早足で歩けば5分くらいかなぁ?
でもここに来りゃ誰だって立ち止まり、建物に見とれ、写真を撮りながら歩くから時間がかかる。
イ課長も15分はかかったと思うけど、まさに陶酔の15分間。もっとゆっくり歩きたかったくらいだ。
f0189467_16580832.jpg
いよいよタージ・マハルに近づいて、建物が大きく見え始めると、こんどはその重量感みたいなものが
ずーんと伝わってくる。これがまたすごい。
f0189467_16580869.jpg
空だけを背景にした白亜のイスラム建築っていうだけで、何となく夢の中の光景のような
幻想的イメージがあるけど、近づけばそこにあるのは間違いなく重くて厚い白大理石で建てられた
重厚そのものの建造物に他ならない。うーーむ・・・スヴァらしい。
f0189467_16580838.jpg
いやー実際にタージ・マハルの実物を見たときはイ課長けっこう感動しちゃったからねぇ。
本日はやたらに感覚的な文章ばっかりで申し訳ないが、とにかくこういう状態だったわけよ、当日のワタクシは。

せっかく写真もいっぱいあるんだし、次回は引き続きタージ・マハルの細部や内部について
続けて書かせていただこうではないか。まだまだ続くで。タージ・マハル。


 

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by tohoiwanya | 2014-03-15 00:15 | 2012.10 インド出張 | Comments(4)
2014年 03月 13日

タージ・マハルというところ その1

さぁいよいよタージ・マハルに行くぞ。今日は本当に行くぞ(笑)。

ムガール帝国の年代記に「その偉容と美しさは天上の七つの楽園をも凌ぐ」と記され、
17世紀フランスの旅行家が「タージ・マハルに比べたらエジプトのピラミッドなんて石を積みあげただけの山」
なんて評した、あのタージ・マハルの実物を自分の目で見る時が来たのだ。

インド出張のスケジュールを組んだとき、先にデリー、土日をはさんでムンバイという順番にしたのも
デリーでの仕事を終え、土曜1日かけてタージ・マハルを観光し、日曜にデリーを後にするという
美しいスケジュールを思い描いていたことが少なからず影響している。

そのデリーで、駐在の人と会食した時に「土曜にタージ・マハルに行くつもりです」と言ったら、
「タージ・マハルは私も見ましたが・・あれは一度実物をご覧になるべきです」と
その美しさを褒め称えていた(出張中に観光するとはケシカランと怒られるかと心配してたんだが)。

写真や動画であればタージ・マハルを見たことない人ってまずいない。イ課長だってたくさん見てる。
しかし、やはり実物にまさるものはないはず。実物の力に期待しようではないか。

アグラ城から移動してきた車はタージ・マハルの駐車場みたいなところに止まった。
ここから先は車では行けない。こんなノリモノに乗り換える必要がある。これ、電動カーなのである。
実はタージ・マハルって、あの美しい白大理石が大気汚染で劣化してることが問題になってて、
ガソリン車は近づけないキマリになってるんだよね。
f0189467_01281150.jpg
しかしさぁ、この電動カーに乗る距離なんて大したことはないんだよ?歩いても行けるくらいの距離だ。
こんな狭い範囲をガソリン車乗り入れ禁止にして、大気汚染防止効果があるとは思えないんだけどなー。
f0189467_01281188.jpg
アグラ城同様、タージ・マハルの入場料や、この電動カーの切符代等については不明である。
シンさんがいたからイ課長は何もしなかったわけで、こういう点、ガイド付きツアーは非常に便利だけど、
イ課長のいつもの旅スタイルとはいささか違うことは否定できない。ちなみに、タージ・マハルの入場料は
インド人と外国人とじゃ入場料に相当の差があるらしくて、当然外国人の方が高い。

電動カーを降りると、そこから先は徒歩になる。
さぁいよいよタージ・マハルの間近に来た・・・はずだけど、よくわからないのである。
f0189467_01281137.jpg
おおっ、門だ。これは写真で見たことがある。タージ・マハルのいわば入口にあたる門のはずだ。
この門はアグラ城なんかと同じ色だから、たぶん赤砂岩で出来てるんだろうな。
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この門のあたりでも専属カメラマンが「ここに立て」だのナンだの、イ課長のデジカメを奪って
あれこれ言う。うるせぇぞ、落ち着いて観光させろテメエ。

タージ・マハルという、あまりに有名な建物の門だから、どうしても観光客は「この先にあるもの」の方に
気が向いちゃうけど、これ、すっごく巨大で立派な門だよ。圧倒されちゃう。
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こういう、内側に凹んだ半球型ドームってイスラム建築によくあるよね。イランのナントカモスクもこういう風に
凹んだドームがあったはずで、こういうところもペルシャ風なのだろうか。

内部もすごい。天井の部分、色が同じで見えづらいけど、赤い天井に赤い浮き彫りの模様が
一面に施されている。うーむ、なんだかゴシック教会の天井みたいではないか。
f0189467_01281138.jpg
しかし、しょせんイ課長も「普通の観光客」だ。
巨大な門に見とれていても、やっぱり「この先にあるもの」の方に気持ちが向いてしまうのは致し方ない。
もうタージ・マハルのすぐそばまで来てるはずなんだし・・・。


              おおおおおおおーーーっ!!

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門の向こうに、ついに見えた白く輝くタージ・マハル。

さぁついにイ課長はこの場所に来た。写真もいっぱい撮った。
次回、この極美の世界遺産をたっぷりとご覧に入れよう。


 
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by tohoiwanya | 2014-03-13 00:37 | 2012.10 インド出張 | Comments(0)
2014年 03月 11日

高度3万フィートの恐怖

三流の航空機サスペンス小説っぽい標題でスマヌ。
いやー、例のマレーシア航空行方不明の件が気になってさぁ。
「次回はタージ・マハルだぞー」と言っておきながら、今日は緊急ネタで違う話なのである。

飛行機の安全性って昔に比べればだいぶ向上したはずで、実際、イ課長の印象でも
飛行機事故のニュースって国内はもちろん、海外でも昔よりずいぶん減ったなぁと思うんだよ。
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イ課長が子供~青年の頃ってねぇ、飛行機事故のニュースがけっこうよくあった。
記憶に残る最も古い事故は全日空機の羽田沖墜落事故かなぁ?今調べたら1966年のことらしい。
国内線じゃ御巣鷹山のJALの事故以来、多数の死者が出るような大きな飛行機事故って起きてないけど
海外じゃその後も時々落っこちてた(おなじみの、乗客に日本人はいませんでした・・)。

しかし、昔に比べるとそういう海外での飛行機事故のニュースを聞くことも減ったと思うんだよ。

世界中で航空需要が拡大し、フライト数も増える一方で事故が減るってスゴいことだ。
機体や空港管制、気象予報その他モロモロの技術・システムの進歩がそれを支えてるってことなんだろう。
いまや航空機事故の確率って、たぶんウン万フライトどころか、ヘタすりゃウン十万フライトに1回くらいの
低確率じゃないかと思うんだよね。
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しかし、それでもやはり飛行機事故は起きる。
飛行機事故だと、いったん起きれば高い確率で「乗員・乗客全員死亡」というニュースがその後に続く。
マレーシア航空の件も、そうなりそうなイヤな感じになってきよねぇ。
ああいうニュースに接すると、忘れかけていた「空の恐怖」が思い出されてくる。

イ課長の通算飛行機搭乗回数って、ヘビーユーザーに比べればホント微々たるもんで、たぶん
過去の人生のフライト数全部足しても100フライトいかないんじゃないかなぁ?
そんな、フリークエントフライヤーとは程遠いイ課長でも、これまで数回ほど飛行機でコワい思いをした。

天候が悪くてキャンセルとか遅延、代替空港とかっていうのは、わりとよくあるケースだろう。
しかしこれが「機体トラブル」とか「不具合」となると、ちょっとイヤ感じするよね。しかもその不具合っていうのが
離陸した後に発覚となると、激しくイヤな感じになるけど、イ課長はそういう経験が1.5回ほどある。
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1回は忘れもしない、2005年にオヤジとオフクロをイスタンブールに連れていった時だ。使ったのはトルコ航空。
帰りのフライトはイスタンブールを夕方頃に離陸、成田に午前中到着というようなスケジュールだったと思う。

イスタンブールを発って4時間たった頃だったかなぁ?
映画を1本みて、さてまだ眠くないけどどうしよう・・という感じのところで、(たぶん)機長からアナウンスがあり
外国人乗客がザワザワしはじめた。しかしトルコ語なんてサッパリわからないイ課長一家はポカーン。
日本語でのアナウンス(東京行きのせいか、日本人CAが何人かいた)を聞いてやっとガクゼンとした。

「当機は機体に小さな不具合がございますため、ただいまからイスタンブールに引き返します」

当初は不具合ウンヌンより「ここまで来て引き返すの?」というショックの方が大きかった。
すでに半分近く、おそらく飛行ルートの4割程度は来てたはずなんだから。これからイスタンブールに戻るだけで
また4時間くらいかかるわけじゃん。うぇぇ~勘弁してくんねぇ?

しかし乗客は無力だ。そこからまた延々とイスタンブールに戻り、真夜中の空港に着陸することになった。

その時、はじめて恐怖感がわいてきた。
それがナニであるかは不明だが、この機体には引き返さなければならないほどの「不具合」があるのは確か。
相当ヤバい問題なのかもしれん。何か問題を抱えた、万全じゃない機体で夜中の空港に着陸。リスク高いよ。
イ課長も相当緊張してたけど、トホ妻の緊張ぶりはさらにスゴくて、血管切れそうになってた(笑)。

地面に激突すると、機体の前の方がまず破壊され、一瞬のうちにその破壊が自分たちのいる所まで
バリバリと伝わってくるのかな?それを見ることになるのかな?なんて思ったよ、本気で。

イ課長が現在生きている事実からわかるように、幸い飛行機は無事イスタンブール空港に着陸してくれた。
全員一度降ろされ、夜中の1時だか2時のターミナルでしばーらく待たされ、こりゃもう今日はダメかと思ったら
真夜中3時くらいに「ほらまた飛ぶぞ」となって、ゾロゾロと機内へ戻され、再び離陸した。

結局、今度は引き返すこともなくちゃんと日本に戻ってきたけど、本来の到着時間からは軽く10時間くらい
遅延したわけで、日本の家族はだいぶ心配したらしい。もちろん「小さな不具合」の詳細はナゾのままである。
機長がお風呂に浮かべるアヒルちゃんをイスタンブールに忘れてきてしまったために、取りに戻った」という
斬新な仮説を唱える者もいたが、真面目に耳を傾ける者はいなかった(笑)。
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これが1.5回のうちの1回。
残りの0.5回というのは、実はトホ妻との新婚旅行の時のことなのである。
旅行が全部終り、最後にチューリッヒ空港からナントカっていうローカル航空に乗ってロンドンまで飛び、
バージンアトランティックに乗り換えて、そのまま日本に戻る予定だった。

ナントカ航空の飛行機がチューリッヒ空港の滑走路の一番端っこまで行き、向きを変え、いざ離陸。
エンジン最大出力の轟音と共に滑走速度がドンドン速くなり、そろそろ機首が持ち上がって・・・・

だがここで、シロウトのイ課長が聞いてもエンジン音がおかしかったんだよ。
音が一定してなくて、ガー ギュー ガー ギュー って感じでヘンな音が間にはさまる。
「あ、エンジン変だ。このまま飛んだらこの飛行機落ちる」とトッサに思った。

次の瞬間、逆噴射のゴワーーという大騒音が響き、乗客はベルトしたまま少し前に引っ張られた。
シロウトのイ課長ですら音がヘンだと感じたくらいだから、パイロットはヤバい事態を察知したに違いない。
いきなりの離陸中止。

こういう時「えーい、飛んじまえ」っていう乱暴な機長もいるんだろうなぁ。中止するほうが勇気がいる。
幸い、勇気ある機長だったようだけど、判断がモタモタしてたら滑走路を飛び出してたかもしれないよな。
明らかにエンジンはヘンだったけど、とりあえずスンデのところで離陸直前に何とか停止してくれたわけで、
だから0.5回というわけだ。あの時も結局2時間くらい待ったあと同じ機体で再離陸したっけ。
f0189467_00012681.jpg
今までのイ課長のフライト人生で「あン時はこわかった」と本当に思えるのはこの2回くらいかなぁ。
これまで緊急着陸はもちろん、「悪天候で代替空港」すら経験したことないんだよね。非常に幸運な
飛行機搭乗人生を(少なくとも現在までのところでは)歩んできたわけだ。

もしアナタが「あの時は死ぬかと思った」という恐怖フライト経験があったら、コメント欄にお寄せ下さい(笑)。
f0189467_00012706.jpg
しかしだよ、マレーシア航空の話に戻るけどさ・・・。
子供の頃、飛行機事故のニュースをたくさん見てきたイ課長だけに「飛行機事故はなぜか連続して起きる」と
言われてることもよく知ってる。実際、子供の頃に日本で二日連続飛行機事故なんてこともあったはずだ。

それだけに、久しぶりの大型旅客機事故のニュースが気になる。
今回のマレーシア航空の件が、この後「連続して起きる」ことの、最初の引き金でなきゃいいんだが・・・・。
 



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by tohoiwanya | 2014-03-11 00:05 | 出張・旅行あれこれ | Comments(14)
2014年 03月 09日

アグラ城というところ その2

さて、アグラ城の奥の方に進んでみよう。
・・といっても、アグラ城は全体が一般公開されてるわけじゃないらしくて、とりあえず「公開エリアの中では
奥の方」ということになるわけだが。

この辺は前回書いた建築ヲタク皇帝、シャー・ジャハーンが増築したそうで、白大理石をふんだんに使って
繊細・優美な装飾をほどこした居室が広がる。地が白だから装飾もカラー化してる。
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ただ、この美しい居室にはシャー・ジャハーンの哀しいエピソードが残されている。
優雅な装飾の一つ一つに彼の悲しいため息がしみ込んでると表現しても、そう大げさではないのだ。
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このシャー・ジャハーンって人、奥さんであるムムターズ・マハルのことがとにかく好きで好きで好きで好きで
しょうがなかったみたいなんだよね。骨の髄まで「ムムターズ・マハル LOVE」な亭主だったらしい。
ムムターズ・マハル、絵を見ると細眉のヤンキー風美人だ(画像は例によってWikipediaから拝借)。
f0189467_11060008.jpg
ところがそれほど愛していたムムターズ・マハルがまだ30代の若さで死んじゃう。
彼女は死の床から「私が死んだら、どうか立派なお墓を作ってくださいね」と亭主に頼んだ。
何せ惚れて惚れぬいた女房の遺言。それでなくたって建築道楽好きのシャー・ジャハーン。そりゃあもう
ものすごい墓を作るのは目に見えてる(笑)。そして出来上がったのがタージ・マハルというわけだ。
要するに、タージ・マハルって平たく言えば「死んだ女房のお墓」なんだよ。
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さて、話はもうちょっと続く。
愛する妻に先立たれたシャー・ジャハーンもやがて年をとり、次の皇帝に誰を指名するかとなった。
父親としては長男に継がせたかったようなんだけど、自分と折合いの悪い三男が「オレがなるったらなる!」と
争いを起こし、しまいには兄を殺し父親をアグラ城に幽閉し、自分が次の皇帝になっちまった。

シャー・ジャハーンが幽閉されて晩年を送った場所っていうのが、この白大理石の部屋らしいんだよね。
この部屋からはさえぎるものもなくタージ・マハルが遠望できる。これが切ない。

愛する妻に若くして先立たれ、息子同士の後継者争いの果てに自分は幽閉の身。
年老いたシャー・ジャハーンに出来ることは、ここから亡き妻の壮大な墓、すなわちタージ・マハルを眺めて
哀切の思いをかみしめることだけだったのである・・と、まぁこういう話が残ってるわけ。

下の写真、イ課長の姿をシャー・ジャハーンに強制脳内変換して、彼の哀しみを感じてほしい。
え?ムリですかそうですか。これ、例の「専用ガイドという名の専属カメラマン」がイ課長のデジカメを使って
撮った写真の中の一枚なのである。
f0189467_11060046.jpg
とにかく彼がイ課長のデジカメ持って「そこに立て」「ココでこういうポーズをとれ」等々、注文が多い。
一人旅なのに自分が写った記念写真がいっぱい残っていいっ人もいるだろうけど、
イ課長自身が撮りたいモノがあっても、カメラは彼が持ってるから撮れねーじゃんよー(笑)。
しょうがない、専属カメラマン撮影、見苦しいモデルの写真をもう一枚載せておくか。
f0189467_11060022.jpg
こんな場所もあった。これ、ある種のプラネタリウムみたいに部屋に埋め込まれたガラス(宝石?)が
暗い中でもキラキラ光る場所だそうで、これも専属カメラマンが網のハマッた窓のスキマから撮ってくれた。
f0189467_11060123.jpg
やがて広~いテラスに出る。ここは気持ちのいい場所だったねぇ。視界の広がりがすばらしい。
ここに立って、ヤムナー川の流れの向こうに見えるタージ・マハルのシルエットは幻想的だったよ。
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入口で見た赤砂岩の巨大な門なんかに比べると、このシャー・ジャハーン幽閉の間(イ課長命名)とか
テラスのあたりはだいぶ感じが違う。繊細優美な装飾を見てると、ついアルハンブラ宮殿を思い出す。
ちなみに、あるサイトには「世界で最も有名なイスラム建築がインドのタージ・マハルであるとすれば、
2番目に有名なのがスペインのアルハンブラ宮殿であろう」って書いてあったな。
f0189467_11060113.jpg
確かにアルハンブラ宮殿の内部の美しさは筆舌に尽くし難い。まさに別世界にいる心地を味わえる。
しかし建物の外観、そのフォルムやその色、配置バランスの美しさといった点になると、これはもう
タージ・マハルに勝るものなしと、そういうことになるんだろうな。

さーて。
アグラ城をざーっと1時間ほど見学したから、次はいよいよ・・はぁはぁ・・いよいよだぞ・・

世界中の旅行者を魅惑し続ける極美の世界遺産・・・年間400万人が訪れるインド最大の観光スポット・・
世界にその名を知られたタージ・マハル・・・とうとうオレも・・・はぁはぁ

さぁいくぞ。イ課長がオマエを征服してやるぞ。待ってろよタージ・マハル。


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by tohoiwanya | 2014-03-09 00:29 | 2012.10 インド出張 | Comments(4)