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2014年 07月 31日

イ課長は行くぞ

仕事の関係上、イ課長の海外旅行は大体5~6月に実施されることが多い。
実際、去年の6月21日にも今日とほぼ同じ標題で記事を書いてるのを発見した。

たしかに去年の東南アジア旅行は6月だった。
一昨年のポーランド・フィンランド旅行も6月、その前年にウィーン行ったのも6月だったな。
年度末のヤマを乗り切り、わりと休暇をとりやすいのがちょうどこの時期なんだよね。。
(その分、海外出張は秋~冬ばっかり)
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しかし、今年は年度末をはさんで3月から6月がクソ忙しいという珍しいパターンになった。
その後も残務処理が多少尾を引いたが、7月も後半になってやっと休めそうな展望が開けてきたんだよ。

行く。イ課長は行く。行くったら行く。
ツラい仕事を誰にも頼れない状況・・っつうより、むしろ周囲から足を引っ張られるような状況で
なんとか終らせたのだ。休みとるぞばっきゃろう。今日のブログは会社から更新してやるぞくぬやろう。
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ちなみに、今回も一人旅である。
トホ妻は昨年のヒザ手術の影響(これはほぼ完治といっていいんだが)とか、行き先の好みとか、
年をとるに従って飛行機がコワくなった等々の理由で行かないのである。特に最近、続いてるからねぇ・・・
(実際、トホ妻の知人には最近飛行機事故が多いから海外をやめて国内にした人がいたらしい)

だがイ課長は行くのだ。
ストレスフルな仕事を終らせて、ストレス開放欲だけは人一倍なのだ。国内でクスブッてられっかい。
部内の人間に「9月に休暇もらうっス」とメールでテキパキと宣言し、飛行機もテキパキと予約した。
この積極的なテキパキさ加減を仕事に発揮してればイ課長はもっと出世してただろうといつも思う。

それにしても今回の飛行機予約作業もなかなかスリルに富んだものだった。
初めて利用するエアラインだったんだけど、数日前から何度か料金を確認していた。ここが一番安い。
まぁ仮にそれが7.5万円だったとしよう。

ところが、9月の休暇取得を宣言し、いざ予約しようとしたらそれが急に10万円になってる。
1日で3割以上アップしたのだ。これを知った時のイ課長のショックと落胆を想像してほしい。

しかしイ課長だってネットでの飛行機予約に関しちゃ、ウブな初めての坊やってわけじゃねぇぞ。
何日かするとまた急に安くなったりするのは昨年末のバンコク短期旅行でも経験ずみだ。
もう1~2日、様子を見てみよう。

昨日確認したら元の価格に戻ってた。一日で3割超の価格ダウン。ひええ。もちろん瞬時のうちに予約したさ。
どうもイ課長の海外旅行って、昨年末のバンコク旅行といい今回といい、その最大の原動力になってるのは
実は本人の行きたい意欲より、航空運賃の変動なのかもしれない(笑)。

しかしいくら何でも価格が上下しすぎじゃないかい?
同じものを今日買うか、あした買うかで値段が3割以上も違う買物なんて、なかなかあるもんじゃないよ?
今や飛行機のネット予約は競馬やパチンコよりよっぽどハラハラするギャンブルだ。
万円単位でお金を損するか、得するか・・・あーおっかねぇ。
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まぁいい。さっきも言ったように今回初めて乗るエアラインだし、ここについてはいずれブログで
詳細に評価することになるだろうから、今はあまり書かないでおこう。

で、結局イ課長は今年、どこに行くのか?
まぁせっかくだからそれも秘密にしておこう。順調にいけば9月13日か14日あたりには現地から
「イ課長はここにいる」という記事を書けると思うよ。ふふふ・・・。
(念のために言うけど、記事中の写真は今回の行き先とは何の関係もありません)

 
 

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by tohoiwanya | 2014-07-31 11:15 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(8)
2014年 07月 28日

スワンナプーム空港からバンコク市内へ

ゲントネタも終わり、本日は空港→市内移動情報という、これから行く人向けの定番お役立ち記事。
夏休みにバンコクに行く人も多いだろうからね。

1996年に初めてバンコクに行った時、当時のドンムアン空港から市内までの交通手段って
ほぼタクシーのみで、イ課長もタクシーを使った。夜遅く、空いた道路をブッ飛ばしたのを覚えてる。

しかし現在、新しいスワンナプーム空港から市内までは鉄道=エアポートレイルリンク(ARL)がある。
多くの旅行者は鉄道をとるかタクシーをとるかのチョイスを迫られる。イ課長も考えた。
(下の写真はARL紹介サイトからの借り物)
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しかし結論からいえば、たぶんタクシーがいいと思うんだよ。

ARLは安いし(特急で150Bらしい)断然早い(特急ならマッカサン駅まで15分くらいらしい)。
しかし本数が少なく(特急は45分に1本らしい)、ホテル行くには終点からさらに地下鉄乗り換えが
必要になる。荷物を持ってまた乗り換えってのは面倒だ。

タクシーは料金高いうえに(といっても350~400B=1050円〜1200円ほどだが)、バンコク市内に
入ってからの渋滞というリスクがある。下の写真見てみ?こういう状態がしょっちゅうだからね。
要するに「高くて時間がかかる」交通手段ってわけだ。しかしARLの本数の少なさ(待ち時間の多さ)を
差し引いて考えれば所要時間は同じようなモンかなぁ・・?と、迷うわけだ。
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で、結局イ課長は6月の時も12月の時もタクシーを選んだ。
タクシーを使う場合、当然のことながら空港到着ロビーの「TAXI→」と書かれた表示に従って進む。
するとアナタはそこにタクシーの配車場とでもいうべき場所を発見するはずだ。

6月に行ったときは夜だったせいか、配車受付は威張ったオバさんたった一人だけだった。
タクシーに乗りたい客は、この威張ったオバさんに「ドコソコに行きたいんですが・・」と伝え、
彼女に配車してもらうというシステムであろうと推測される。

そこでこのオバさんに「スクンビット、ソイフィフティーン、マンハッタンホテル」と告げる。彼女が
近くにいた運転手に大声で何やら言うと、ドライバーは「オウ、マンハッタンホテル オケ オケ」と応じる。
オバさんは何やら紙に殴り書きし、バン!とハンコ押して渡してくれた。それが下の写真。
書いてあることはサッパリわからんが、TAXI TICKETっつう英単語が見えるからタクシーのチケットなんだろう。
でもここでお金を払うわけではなく、「オケオケおじさん」の車で市内に連れてってもらって降車時に普通に精算した。
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ちなみに、この時はバンコク市内に入ってちょっと渋滞はあったけど、夜だったし、比較的スムーズに
ホテルに着いて、料金はチップ入れて350バーツとか、そんなもんだったはず。タクシー料金以外に
高速道路代が何十バーツだか加わってた。でも不当請求とかボッタクリといったことはなかったよ。

で、12月に行ったときも同じように市内への移動はタクシーを使った。
ただし今回は配車場がやけに混んでる。やっぱ12月のバンコクは観光ハイシーズンなんだなぁ。
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これだけ混んでるから受付台はいくつもあり、何人もの配車係が配置されている。
しょうがないから、どれかの列のケツにくっついて自分の番が来るまで待つしかない。
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タクシーはけっこう頻繁に来るけど、列も長いからしばらく待つ。10分は待ったかな。
配車係が前回のような威張ったオバさんではなく可憐なお姉さんであることだけが救いだった(笑)。
ただ、この時は彼女に行き先を申告したり、殴り書きのチケットをもらった記憶はないんだよなぁ。
自分の番が来たら運転手に直接行き先を言って、走り始めたと思う。
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たぶんこの配車場を通じて乗るタクシーは「公認タクシー」ってことなんだろう。
要するに怪しい白タクとかじゃない、正規のタクシーですよってことだと思うんだよね。
空港に到着して「タクシーあっち」っていう表示に従っていけば問題なくこの配車場に着くはずだから
スワンナプーム空港で白タクをつかむ心配は基本的にないと思っていいと思う。
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タクシーに乗っちゃえばあとは市内まで高速道路一直線。運転手はとばすよ~。でも年末に行った時は
到着が金曜日の夕方だったから、市内の一般道に入ってからはかなり渋滞してて、スクンビットまで
1時間弱かかったかなぁ。それでもタクシー代はチップ込みで400バーツ(約1,200円)。
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ホントは上に書いたARL、時速160kmの高速鉄道っていうのも乗ってみたかった。
ただ45分に1本じゃねぇ。荷物ひきづって駅に行ってみたら「前のが出た直後」なんてのはイヤだよ。
45分ありゃ、渋滞さえなきゃタクシーで市内に着いちゃうもん。それなら渋滞リスクを犯しても
千数百円でホテルの前まで行ってくれるタクシーの方を推奨したいと思うわけ、イ課長は。


 
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by tohoiwanya | 2014-07-28 00:18 | 2013.12バンコク旅行 | Comments(2)
2014年 07月 25日

ゲント名物・ワーテルゾーイ

さて、ゲントネタは本日で終わりだ。また食い物ネタなのだが。
熱くてフーフーいいながら食った料理の写真を見て、ますます暑くなっていただこう(笑)。

祭壇画を見学して、なおもしばらく性懲りもなく運河周辺を歩き回った。
人影のない中世の街の雪景色。人影ゼロでまさに死都。幻想的で美しい。が、寒い。
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雪の降るクソ寒い死都を歩き回ってさすがに疲れたし、とにかく腹が減った。
何か食おう。こういう時は暖かいものが食いたい。

しかしゲントにおいてはそういう食欲と暖欲?を満たす明確なターゲットがあった。
ワーテルゾーイっていう料理で、これはベルギーの、とりわけゲントの名物料理とされている。
ゲントの情報収集してると必ずこの料理の話が出てくるからイ課長も知ったわけだ。

事前に見た写真ではホワイトシチュー、しかもあんまりドロッとしてないユルめのものに見えた。
美味そうだし、とにかくこういう寒い日には暖かい料理というのはそれだけで値打ちだ。
しかもこの街の名物料理とくれば、これを食わずして帰ることなどできぬ。

たまたまあるレストランで waterzooï (たぶんオランダ語)って文字が見えたから迷わず飛び込む。
あーやっと暖房の効いた室内でコートを脱げる。やれやれ。
さっそくワーテルゾーイとビールを注文。あれほど寒い寒いと言っておきながら、イザとなると
結局ビールを注文。いいじゃないか。ベルギービールおいしいもん。
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ピーナッツを齧りつつビールを飲んで待つことしばし。やってきましたワーテルゾーイ。おおおお。
トリムネ肉っぽいのがほぼ一羽分ドカンと入ってて思った以上にボリュームありそうだ。
しかもそれが熱い汁モノ料理。ああ嬉しい。さっそくむさぼり食う。
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  あーーーーうまいッ!(ガツガツ!)
            おいしいッ!(ガツガツ!!)
                  あったまるッ!!(ガツガツ!!)

こんなに一生懸命メシを食ったのも久しぶりかもしれない。
ロンドン到着の夜にステーキ食ったときなんかとは比較にならない真剣さで食った(笑)。
空腹だったのももちろんだけど、とにかく寒かったからねぇ。

トリ肉はホロホロに柔らかく煮えてて、フォーク1本で簡単に崩して食える。
こういう料理なら日本でもホワイトシチューの素で似たようなものが作れるんじゃないか?
すごく美味しかったし、身体も温まったよ。

さて、せっかく温まった体をもう一度身体を冷やすのもナンだからブリュッセルに戻るか。
往きと同様、市電に乗ってセントピータース駅に戻った。到着したときは気がつかなかったけど、
この駅ってこんな煙突みたいにタテ長の時計台があるんだね。
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というわけで、あの欧州出張における唯一の観光らしい観光、ゲント日帰り観光でした。

この街にはもう一度来たいな、っていう気持ちがちょっとあるんだよ実は。
白い雪景色のゲント、誰もいない死都のごときゲントを見られたのはそれはそれで良かったけど、
もうちょっと観光に適した気候・気温の日に来て、“生都”ゲントの様子も見たいわけで・・・


 
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by tohoiwanya | 2014-07-25 00:13 | 2013.02欧州出張 | Comments(6)
2014年 07月 23日

アジアの混沌の中でフォーを食らう

さてだ。寒いゲントの話が続いたから、暑い東南アジアの話をはさもう。
関東は梅雨明けして暑くなったから、暑い話はイヤだ?まぁそう言わないで・・・。

話はチョロンのビンタイ市場でイ課長がすっかりイイ気分になったところから続く。

おそらく前年のインド出張で刺激され、ムクムクと起き上がりかけたイ課長の「アジア混沌欲」。
その欲望はチョロンのビンタイ市場で完全に覚醒し、混沌を味わい、味わって飽くことがなかった。
とにかく混沌として猥雑でゴチャゴチャしてりゃ、それだけで嬉しくなるんだから安上がりだ。
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ビンタイ市場から道路一本、二本渡ったあたりにもいろんな露店がすごい密度で集まっている。
こういうところを歩くのはホントに楽しい。ビンタイ市場ワキの道路と違って、幸いなことに
バイクが入ってこないようになってるから、イ課長も落ち着いて歩けるし、写真も撮れる。

うおおっ、ドリアンの山発見。南国フルーツの王様と言われるが、このトシになってもまだ
イ課長はドリアンを食ったことはない。暗くて読みづらいけどドリアン、たぶん値札は3万ドンって
書いてるよね?だとしたら150円だ。安すぎる。しかし買っても始末に困るから買わない。
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この黄緑色の果物を撮ろうと思ってカメラを取り出したらこんな光景が撮れた。
「お母さ~~ん、足、ムシに刺されちゃったよ~~」
「えー?どれ見せてごらん。あー、ほら薬塗ってあげるから騒ぐんじゃないの」って感じか。
歩いてるといくらでもこういう光景に出くわす。もう楽しくて仕方ありません。
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とはいえ、さすがに腹が減った。ちょうど14時頃だったかなぁ?昼飯ヌキだもんね。何か食おう。
ベトナムに来て初めての外食。ここはやっぱり最も基本的なフォーガー(鶏肉のフォー)を食いたい。
フォー屋さんはないかなぁ?と思ってブラついてたら・・・

おおあったあった。屋台じゃなく、一応店舗になってる。Pho って看板があるからフォー屋だろう。
巨大寸胴鍋からあがる湯気がいかにもって感じだ。ここはいっちょ、暑くても熱いフォーを食おうぜ。
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「フォーガー?」って聞いたらうなづくから、1個欲しいことを指で示してテーブルに座ることにした。
ハウマッチ?って聞くと3万ドン(150円)。うーむ安い。この後、ベトナムでいろいろ麺料理を食った
経験からすると、この3万ドンという価格はボッタクリである可能性は低い。おそらく正価だと思う。
台湾なんかと同様、店の入口に厨房(というか屋台)があり、奥にイスやテーブルがある。

テーブルの上にはこんな調味料入れ。この醤油さしみたいなものは何が入ってるんだろう?
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・・と思っていたら、アッという間に来ましたフォー・ガー(鶏肉入りフォー)。
一緒についてきたライムをちょっとしぼり、唐辛子みたいなヤツをほんのちょっとだけ入れて食った。
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うむ。予想された通りうまいッ。
腹減ってたし、汗かいて塩分を欲してたこともあって、美味しかったねー。
スープの見た目からもわかるように、濃厚なお味というよりはむしろサッパリ系ラーメンに近い。
あーうまい。熱いから食い進むにつれてますます汗をかいてしまうけど、でもうまい。

もぐもぐと食いながらフと後ろを見る。店の中に客はイ課長しかいなかったんだけど、従業員が
床に座って何かやってたんだよね。たぶん明日の材料の仕込みとか・・・
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違いました。バケツ水による食器洗いでした(笑)。せっかく流しらしきものがあるのに水道がないんだね。

こういうところ、インドなんかと同じで日本人から見りゃ非衛生的に見えるし、腹を壊す原因にもなる。
しかしこの時は「アジア混沌欲」が全面開放されて気分が良かったから、こういうの見ても動揺しない。
「バケツで食器洗い?騒ぐほどのことじゃねぇ。アジアじゃ当たり前でいッ!どうってこたぁねぇ!」
やけに強気のイ課長なのである。

入口で調理してるオバさんを撮ろうと思ってシャッターを押した。
ちょうどオバさんが振り返るタイミングとばっちり合っちゃったけど、このオバちゃん、こうしてみると
すごいダイナマイトヒップの持ち主で、本人もちゃんとそれを意識したパンツをはいてるっぽいよね。
さぞや昔はベトナム野郎どもを悩殺してブイブイいわせたんだろう。ホイアンのカオラウ屋のおばちゃんといい、
このおばちゃんといい、美人国・ベトナムはオバちゃんたちも「昔はさぞかしブイブイ」っていうタイプが多い。
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さて、鶏肉フォーを食って腹も落ち着いたし、そろそろサイゴン中心部に戻るか。
つい何時間か前はベトナム最初の朝があけて、何の計画もなくて、「どこに行こうかなぁ」なんて
考えてたのに、この頃には心身ともにすっかりベトナム化した気分。

そんなの気分だけの問題だろうって?いやいやそうでもないのヨ。その証拠に、さっきバケツ水で
食器洗いをしていたあの店で「どうってこたぁねぇ!」なんてタンカ切ってたイ課長、実際その後も
腹痛にも下痢にもならなかったのだ。消化器系統もちゃんとベトナム化してたんだよ、きっと。
(ま、その後行ったバンコクでは最後に痛い目を見るわけだが・・)


 
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by tohoiwanya | 2014-07-23 00:01 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(2)
2014年 07月 20日

ゲントの祭壇画 -神秘の子羊-

ゲントで行きたいと思ってた屋内観光物件。それはある教会が所蔵する祭壇画なのである。

以前にルーブル美術館の記事にも書いたけど、イ課長の美術的教養の大部分は
NHKの「ルーブル美術館」シリーズと朝日新聞の「世界名画の旅」シリーズで形成されている。

その「世界名画の旅」でゲントの祭壇画、別名「神秘の子羊」という絵を初めて見た。
宗教画だから内容はよくわかんないんだけど、とにかく保存状態が良いせいか異常に色が鮮やかで、
描かれているもののディテールが異常に細密で、要するに「何だかわからんが異常にすげぇ」っていう、
そういう印象の絵だったんだよ。ファン・アイク兄弟が15世紀に描いたとされる。

フランドル絵画の傑作中の傑作と言ってもいいこの祭壇画はゲントの聖バーフ教会に所蔵されている。
せっかくゲントに来たんだから行ってみようじゃないの。下の写真右側が聖バーフ教会。入場は無料だけど
教会には特に見るべきものもなくて、祭壇画は別室に展示されてる。こちらはさすがに無料ではない(笑)。
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ファン・アイク兄弟の話をするために、先に別の絵のことに触れよう。
この兄弟、とにかく絵が上手だったんだけど、特に弟のヤン・ファン・アイクは「神の手を持つ男」と
言われたほどの技術の持ち主で、彼が描いた有名な絵に「アルノルフィニ夫妻の肖像」という絵がある。
「ああ、この絵は見たことがある」という方も多いだろう。
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この絵も絵画史上の傑作中の傑作と言われてて、特にヤンの異常なほどの細密描写技術の例として
よく引き合いに出される。この夫婦の真ん中にギザギザのついた小さな丸い鏡があるじゃない?
この小さな鏡を拡大するとだ・・・
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こんな具合に実際に凸面鏡に映った部屋、モデル、絵を描いてる自分自身まで描き込んでるから驚く。
鏡自体に施された装飾の細密な描写も「そこまで描くか?」ってくらい細密。昔から思ってるんだけど、
こういう人間業とは思えないくらい精密にリアルに描かれた絵って、逆に幻想絵画に近づくよね。

こういう異常な技量を持った画家が、その異常な技量を余すところなくつぎ込んで描いた祭壇画。
さぁそれではご一緒に鑑賞・・と言いたいところだが、中は撮影禁止なので、Wikipediaにあった画像を
拝借させていただこう。
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祭壇画は大きなガラスケースの中に納められてて、表も裏も鑑賞できるようになってる。
(裏側には、ちょうど祭壇画のフタにあたる部分の絵があって、これがまたスゴいんだ)
細部をご覧いただくにはこのサイトがいい。どんどん拡大して見てごらん?ちょっとびっくりするよ。
ハッキリ言ってこの祭壇画、拡大して見ないとそのスゴさはわからないのだ。

上段中央の「父なる神」が胸にかけてる宝石の飾りなんかは得意の光沢描写テクニックが
ふんだんに使われてる。ヤン・ファン・アイクくらい異常に絵が上手になっちゃうと、こういう
「光沢を放つ宝石」みたいな得意中の得意といえるモチーフは居眠りしてても描けたんじゃないかと
思えちゃうよね。細部を精密に絵画として再現することにかけちゃまさに天才だった。
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下段左の騎士たちの甲冑の光沢表現もまたお手のものって感じだけど、油絵の歴史においては
こういうテクニックこそまさに革新的技法だったらしい。
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上段左寄りの聖歌隊がまたすごい。服の刺繍や宝石の細密描写のスゴさはいつものことだけど、さらに歌い手の
歯や舌の位置まで正確に描かれてて、誰がどのパートを唄っているのか推測できそう、とすらいわれてる。
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上にも書いたように、普通の距離から実物を見ただけじゃここまで細部はわからない。
この拡大可能サイトの絵を見て、改めて「うわぁすげぇ絵を見たんだなぁオレは」と思ってるところ(笑)。
細部を観察したい場合、双眼鏡とか持ってって見るっていうのも一つの方法かもね。

バーフ教会の外にこの祭壇画を描いたファン・アイク兄弟の銅像がある。
雪が積もって寒そうだけど、まぁとにかく大した兄弟だったよキミたちは。
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ちなみに、このゲントの祭壇画はいま段階的に修復してるそうで、そのスケジュールは以下の通り。

2012年10月~2014年10月:祭壇画の扉部分、外側のパネル
2014年10月~2016年4月:祭壇画内側、上段部のパネル。中心部「父なる神」を含む。
2016年4月~2017年10月:祭壇画内側、下段部のパネル。中心部「神秘の子羊」を含む。

イ課長が行ったのは2013年2月だったから、主要部分は修復前で実物を見られたわけだ。
内側の上段・下段、「父なる神」や「神秘の子羊」はこの祭壇画のキモだから、これを見たいという方は
今年10月までにゲントに行くか、さもなければ2017年11月まで待った方がいいのかもしれない。


 
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by tohoiwanya | 2014-07-20 00:14 | 2013.02欧州出張 | Comments(4)
2014年 07月 18日

死都・ゲント

蒸し暑くなってきましたなー。
こんな時こそ、寒々しいゲントの写真をたっぷりご覧いただこう。

今日の標題「死都」というのは、2009年の出張でイ課長が半日観光したブリュージュの、いわばまぁ
枕詞であって、ゲントが死都と称されることはないはずだ。

しかしイ課長が行った日のゲントは真冬の2月、しかも雪の日。
とにかく呆れるくらいヒトがいなくて、あの時撮った写真をいま改めて見ても、人影のなさに驚く。
まるで街中の人が消滅しちまったみたいで、しかも雪景色。寂寥感という点じゃ最高の演出効果だったわけ。
アレはアレでなかなか不思議な体験だったから「死都」という標題にさせていただいた。

ゲントって中世の面影を残す古都で、決定的撮影スポットのひとつは運河ごしに見た旧市街。
グラン・プラスのギルドハウスに似たギザギザファサードが連なる向こうにそびえ立つ高い時計台は
ゲント観光案内なんかでもよく使われるショットだ。
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うーん・・・キレイだ。キレイだが、人影ゼロ。おまけに寒い。
中世に黒死病か何で住民が全員死に絶え、街だけがそのまま残ったなんて例があったとすれば、
ちょうどこんな感じになるのだろうか。タトエが不謹慎で申し訳ないが。

この運河を中心としたあたりがゲント観光の中心のはずで、たしかに風景は美しい。
このキレイな風景が白く雪化粧した状態で見られるというのはある意味非常にラッキーだったといえるし
普段なら観光客で賑わってるはずの運河沿いがこんなにすいてて、ちょいと幻想的に見えるっていうのも
ラッキーだったといえるかもしれない。
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しかしいくら何でも人いなさすぎ、寒すぎ。こんな日に観光してるイ課長、可哀想すぎ(笑)。
こういう天候じゃ「きれいだなぁ」という感想より「こんな雪の日に何だってオレは・・・」というグチが
出てきてしまうのは致し方ないところだ。

Ticketって表示があるから、ここはかつて運河遊覧船乗り場だったのか・・・いや、今でもそうなんだろうけど
もうすっかり「住む者もない廃墟」を歩いてる気分になってきた(笑)。
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まぁしょうがない。とりあえずザッと街をまわってみよう。誰もいないけど。

中世から続く歴史を誇る街だけあって、こんな古いお城がある。
フランドル伯の城とか何とかいうらしいけど、寒いから詳しいことはよくわからない。
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歩いてたら市場もあった。おそらく昔から残ってる由緒あるものなんだろう。
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内部はぶっとい木で柱や梁が作られている。
外側は明らかにレンガ(石?)造りだったけど、内部だけ見ると木造建築みたいだ。今は市場じゃなく
飲食施設が集められてるけど、この天気だから客も入らんわなぁ。
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ゲント中心部には大きな教会がいくつもある。避寒も兼ねてその一つに入ってみた。
教会内部もとても「暖かい」とは言えないけど、外にいるよりは多少はマシだ。
なかなか立派な教会ではないか。暖をとらせていただいたお礼に毎度おなじみロウソク寄付。
しかし教会の中もだーーーーれもいません。
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しばらく休んで、再びクソ寒い屋外に出る。ああ寒い、勘弁してくれ。
ちなみに、この日のイ課長の格好というのはこんなスタイルだったのである。
欧州出張中のビジネスマンには見えんわなぁ(笑)。
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しかしホントは出張中の身なのだ。初日の半日観光で風邪ひくわけにもいかないのだ。
歩き疲れたことでもあるし、そろそろ屋内観光に切り替えるか。
ゲントの屋内で見るべきもの。世界的に有名なものが一つある。イ課長もそれはぜひ見ておきたかった。
さっそくソレを見に行こうではないか。というわけで次回に続くのである。


  
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by tohoiwanya | 2014-07-18 00:07 | 2013.02欧州出張 | Comments(4)
2014年 07月 15日

ゲントの市電

ゲントの話を続ける。といっても1年5ヶ月前の話だが(笑)。

ゲントって中世以来の歴史を誇る、由緒ある街だ。そういう街が大抵そうであるようにゲントも
観光面での見どころの多くは旧市街に集まっている。しかし到着したセントピータース駅から旧市街って
ちょっと遠いんだよね。ましてや雪の日だから歩いて行くなんて論外。そこで市電ということになる。

ゲントの市電。ブリュッセルあたりならともかく、ゲントの市電情報なんて知りたいニーズがあるとも
あまり思えないけど、せっかく写真もあるから一応お伝えしておこう。

駅から旧市街に行くには「1番」っていう路線に乗る。おそらく1番以外にも旧市街まで行く路線は
いくつかあるはずだけど、寒いから詳しいことはよくわからない(ヲイヲイ)。とにかくイ課長は
1番の市電に乗ったのだ。
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切符はこんな。欧州の多くの公共交通機関がそうであるように、ここもカード方式。
ちなみに、切符は停留所にある自動販売機で買った。
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この切符を車内にある黄色い機械に挿し込んでガチャンと日時を印字してもらう。
こういうところは大体欧州共通のやり方だし、なんとなく察しがつくよね。
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裏側に印字してもらうとこんな感じ。(おそらく)最低区間運賃が1.2ユーロだったんだと思う。
この頃はまだ主要なモノの値段をメモに残してなかったから(東南アジア旅行の時はけっこう残した)、
こういう写真を撮っておくと後で料金が確認できる。
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車内はこんな感じ。低床式のモダンな車体だ。
出入り口近くで二人の東洋人が地図を見ながら何か一生懸命話し合ってたけどよく聞こえなかった。
日本人じゃなさそうだったから、中国人かなぁ?韓国人かな?
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実はイ課長自身もどこで降りりゃいいのかよくわからなかったんだけど、教会の高い塔が近い停留所で
けっこうみんながゾロゾロ降りたから、きっとここが旧市街に違いないと思ってイ課長も降りた。

ううううううううう・・・外は寒い、寒すぎる。雪もぜんぜんやまない。
見たまえ、この寒々しい市電風景を。こういうの見れば、いま7月の日本で蒸し暑いだナンだと
コボしてる自分がこの上なく幸せに思えてくるでしょう?(笑)
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この辺が旧市街の街の中心だろうな、たぶん。旧市街はそんなに広大じゃないから、あとは徒歩で観光だ。
雪の中じゃかえってツラいけど徒歩観光でいくしかない。


しかしそれにしても歩いてる人が少ないね・・

    ・・・・・いや少ないというより、人がいないね・・・
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         ・・・人が・・ぜんぜんいない・・・ひとりもいないね・・
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クソ寒い雪の日曜の午前中。こんな時にゲント観光しようなんてモノズキは少ないよなぁ、そりゃ。
イ課長だって、これが「出張中唯一のフリーな日」でさえなければ、暖かいホテルの部屋で
ゴロゴロしていたかったさ。しかしここまで人が少ないとは思わなかったなぁ。

まぁいい。来てしまったのだ。来てしまった以上は寒さに負けずに町を観光しようではないか。
というわけで、雪化粧で美しいけど異常なほど人影のないゲント旧市街。次回更新でさらにご紹介します。


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by tohoiwanya | 2014-07-15 09:56 | 2013.02欧州出張 | Comments(0)
2014年 07月 13日

ゲントに行ってみよう(涼感企画)

台風一過、とたんに暑くなりましたな・・・。

暑いこの時期、去年は涼感企画なんていうのをやったけど、今年もやることにした。
昨年2月欧州出張における唯一の大ネタ、ゲント日帰り旅行の話を書くのである。
これは大ネタだから続きものになる。写真もいっぱいある。雪の降る寒々しいベルギーの古都の写真を
たっぷりご覧いただき、たっぷりと涼んでいただけると思う(笑)。
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まず出張日程作成の話をしなければならない。
例外もあるけど、イ課長の欧州出張では「月曜から金曜まで仕事」ってパターンが圧倒的に多い。
だから日本出発は日曜午前、同じ日曜の夕~夜ころに欧州現地に到着するというパターンになる。

しかし、昨年2月の欧州出張では日曜ではなく土曜日に出発するという方法をとった。
なぜか?それは飛行機代のせいなのだ。日曜出発より土曜出発の方が大英帝国航空が安かったんだよ。
そのぶん余計にホテルに1泊することを考慮しても、土曜に出発するほうがまだちょっと安い。

移動を土曜のうちに済ませちゃって、日曜まるまるフリーに遊べるなら好都合・・・なーんてことは
ヒトコトも口に出さず、「土曜出発の方が出張費が安い、一日早けりゃ時差ボケ調整上も助かる」と、
あくまでマジメな理由に基づいて会社に説明し、土曜出発で了承をとった。で、大英帝国航空で
ロンドン経由、土曜の夜遅くにブリュッセルに着いたわけだ。

しかし何だカンだ言ってイ課長も5回目のベルギーだ。ブリュッセルからの日帰り観光っつうても
アントワープもブリュージュも行ってる。じゃ今回はどこに行こうかと出発前にずいぶん考えた。

そこで浮上したのがベルギーの古都・ゲントなのである。
ちなみに、ゲントって街も読み方がいろいろで、Wikipediaでは「ヘント」になってる。おそらく
英語・ドイツ語だとゲント、オランダ語だとヘント、これがフランス語だとガンっていうらしい。バラバラ。
とりあえず、このブログではイ課長が言いなれた「ゲント」表記で統一させていただく。

ゲントって誰もが知ってる地名じゃないけど、ブリュッセル・アントワープに次ぐベルギー第三の街。
かつて繊維交易で栄え、中世の面影を残す建物も豊富、世界遺産の立派な教会もあるらしい。

うーむ、なかなか魅力的な街のようではないか。
ブリュッセルから日帰りでちょいと足を伸ばす場所として距離的にもちょうどいい(鉄道で片道35分くらい)。
よし行こう。行くぞイ課長は。ゲントに。

しかし日曜の朝は例の雪。もうとにかくクソ寒かったんだよ。
この時はパソコンがネットに接続できなかったり(この問題はロンドンに移動しても続いた)、携帯電話が
死んだり(これは何とか復活させたが)トラブル続きで、あんまりウキウキ観光気分って状態じゃなかった。
この寒さで風邪ひくわけにもいかないし、ゲント行きの切符もまだ買ってるわけじゃないし・・・っていうんで
「ゲント、やめよっかなぁ~?」という後ろ向きな気持ちが湧いてきた。
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まぁゲント行きの列車はけっこう頻発してるようだったから、とりあえず行く行かないは別として駅まで様子を
見に行くかっていうんでブリュッセル中央駅まで行ってみた。ゆ~き~のふ~るま~ちを~♪
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駅で列車の表示を見てたら、9:59にゲントのセント・ピータース駅を経由してオーステンデに行く列車が
あることを発見した。うーむ、この列車にエイヤで乗っちまおうかなぁ?
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おや?気がついたら乗ってるじゃないか、イ課長(笑)。
我ながら計画性があるんだかないんだかよくわからんが、こういう行動をとれるのもフリーな日曜だからこそ。
明日から仕事が始まればもうほとんど何もできないし、帰国便は昼出発だから最後の土曜も観光できない。
チャンスは今日しかないのだ。ちったぁ観光したっていいじゃないか(会社にはナイショにしてください)。
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てなことを言ってるうちに、もうゲントに着いちまった。
特急(急行だったかも)で35分つうんだから、東京から鎌倉あたりに行くよりずっと近い。
ものすごく凝った天井装飾のあるゲントのセント・ピータース駅がイ課長を迎えてくれたのである。
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というわけで、昨年2月欧州出張における唯一の大ネタ、ゲント半日観光。
これから書き続けていくわけだけで、まぁ3~4回くらいにはなるかな。それらの記事の文中で
最も頻出する単語は「美しい」でも「素晴らしい」でもなく、「寒い」だと思われるのである(笑)。


 

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by tohoiwanya | 2014-07-13 00:52 | 2013.02欧州出張 | Comments(6)
2014年 07月 10日

ビンタイ市場へ行く

さて、話が途中のままになっていたが(いつものことだが)、サイゴンの市バスに乗ったイ課長が
チョロンのバスターミナルに着いたところから書こう。

チョロンって、早い話がサイゴンの中華街みたいなところなんだと思う。
前の記事の最後にも書いたように、このあたりは「愛人・ラマン」の舞台にもなったところ。
しかしバスを降りたイ課長が目にしたのはそんなブンガク的な雰囲気なんてこれっぱかしもない、
忙しそうに人やバイクが荷車がガンガン行き交う、活気あふれる町の風景。
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うーむ嬉しくなってきたぞ。
こういう混沌の中に身を投じるという胸躍る快感。やっぱ東南アジアの旅はこれっきゃねぇぜ。

チョロンの町のこの感じ、マジェスティックホテルの記事でも引用した「一号線を北上せよ」の著者、
沢木耕太郎もアッという間に引き込まれたようで、ちょっと彼の記述を引用させていただく。

降りたとたん、私は「ぶっ飛んで」しまった。実際、その場に降り立って、あたりを眺め渡した私は、
つい言葉に出してしまったのだ。「これはぶっ飛びましたね」と。
眼の前にはチョロンのシンボルともいえるビンタイ市場がある。その通りの前には車、バイク、
シクロ、自転車、馬車とありとあらゆる乗り物が凄まじい騒音をあげて行き交っている。

(中略)私は熱に浮かされたように市場を歩き続けた。

ビンタイ市場というのはこれ。バスターミナルからは歩いてすぐ。
その市場前ときたらもうナンというのか、ヒトやバイクや荷車で一種の混乱状態といっていい。
通りぬけるだけでも一苦労だけど、なんとか通りぬけて市場の中に入ってみる。
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すると市場の中もヒトやバイクや荷車で・・・ということはさすがにない(笑)。
読んだところによると、前に書いたベンタイン市場はサイゴンの中心に位置して観光客も多いから、
値段もやや高いのに対し、こちらビンタイ市場は完全に「地元向け」だからやや安いらしい。

値段はよくわからないけど、このビンタイ市場でまず何に驚くって、商品の陳列ぶりだ。
靴屋であれば店にあらん限りの靴、帽子屋であればあらん限りの帽子を並べてるって感じで、
こういうところは小売というより卸店としての性格が強そうだね。「地元向け」だからというより、
大口顧客中心だから安いのかもしれない。
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しかし例によってイ課長の志向は「雑貨より食品」なのである。食い物。ベンタイン市場と同じように
食い物系の店は市場の周辺を取り巻くように配置されてるようで、そっちに行ってみたら・・・

・・いやはや、この時は沢木耕太郎じゃないけど、イ課長も「ぶっ飛んだ」よ。
とにかくもうその通路たるや、「むちゃくちゃ」という言葉以外で表現しようもないムチャクチャぶり。
そりゃ確かにここは市場の建物の中ではない。外の通路だ。しかしそれにしたって・・・

この狭い通路をバイクがワンサカ両面通行で走ってて、なおかつ歩行者もワンサカいる。
ヒトとバイクがぐちゃぐちゃに渋滞した状態が常態ということなのだろう。とてもじゃないけど
落ち着いて店の写真撮る余裕なんてない。
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この辺り、青果物の店が多いみたいで、道にも野菜クズとかがけっこう落ちてるんだけど、
一応そういうものが交差点?の真ん中に集められてる。中央分離帯も兼ねてるのかも(笑)。
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これは・・・八百屋・・というより「玉ネギ系根菜専門店」って感じに見えるよね。
そこらにある店はみんなボロくて、小さくて、しかも扱い商品が非常に細分化されている。
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ひーータツノオトシゴざます。これ、たしか乾物屋で撮った写真だと思う。
しかしこれ、食うんざますか?どうやって食うんざますか?水でもどしてスープの具?
ヒトやバイクがギャンギャン行き交う中だから、こうやって商品の写真一枚撮るのも一苦労だ。
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ちなみに、これだけヒトやバイクがメチャクチャに交じって各自が勝手に歩行・走行してても
バイクは基本的にスピード出してないから大きなケガの心配はない。それと、スリやカッパライが
いそうな雰囲気もなかったなぁ。みんな商売に忙しくてそれどころじゃない。
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いやーー楽しい。楽しいよ。いちばたのしいッ!!

沢木耕太郎はビンタイ市場で「熱に浮かされたように歩き続けた」って書いてたけど
イ課長はイ課長で、ビンタイ市場でしばし恍惚と立ちすくんで「東南アジアの混沌」を味わった。

「楽しくてしょうがなかった」と何度も書いたベトナムの旅。
特別なことしてるわけじゃないんだけど、なんだかもうムショウに楽しかったベトナムの旅。
そういう気分になり始めたのはたぶん到着翌日の、このビンタイ市場あたりからだったんだよね。




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by tohoiwanya | 2014-07-10 00:09 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(6)
2014年 07月 07日

バンコク・ダークサイド

バンコクって近代的大都会だけど、「東南アジアっぽい怪しげなブブン」もふんだんに持ち合わせてて、
いうなれば清濁混在した街ともいえる。まぁ大都会なんて大体どこもそうだが。

イ課長が1996年に初めてバンコクに出張した時は、今よりだいぶ若くて純真だったから(笑)
そういう「怪しげなブブン」に対する免疫度も低かった。だもんで清濁合わさったバンコクの、
“濁”の方に関しちゃいささかゲンナリっていうのが正直なところだった。

しかし久しぶりに行ってみるとバンコクのダークサイドもけっこう様変わりしてたね。
本日は、そんなバンコクのダークサイド特集。

ところでダークサイドって何なのか?まぁなんというか、要するに「観光資源として外国人に
PRされることのない部分」とでも言えばいいか・・。読んでるうちにわかるよ(←テキトー)。
とりあえず最初は比較的穏当なところからいこう。


【トゥクトゥク】
「初バンコク」のときは、道を歩いてるとひっきりなしに「トゥクトゥク?」「ヘイ、トゥクトゥクぅ?」って
ドライバーから声がかかった。その頻度たるやホントにスゴくて、しょっちゅう声をかけられる。

最初のうちは「ノウ、ノーサンキュ」なんてマジメに断ってたけど、だんだん面倒になって
「ノウ」と一言で拒絶するようになり、最後にはそれすら面倒になって完全無視。あれだけ多いと
そりゃウンザリもするって。

それがどうよ。今やバンコクじゃ四輪タクシーばっかでトゥクトゥクもいるにはいたけど、目撃頻度は
昔よりだいぶ減った。当然ドライバーの客引きもない。ウザい客引きがなくなったのは結構だけど
バンコク名物トゥクトゥクがこのまま絶滅危惧種になっちゃうとしたら、ちょっと寂しいなぁ。
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【ポン引き】
これも1996年に比べて劇的に減ってた、というか事実上消滅してた。これには本当に驚いたよ。
あの当時は夜の繁華街を歩くと「一人で歩く距離」より「ポン引きにつきまとわれながら歩く距離」の方が
長いのではないかと言いたくなるくらいの多さで、あんなポン引き密度は後にも先にも経験したことがない。
それが全くいなくなってたっていうのは、頬をツネりたくなるような、信じ難い思いだったよ。

現在でもごく狭いエリア(パッポン通りの中だけとか)で客引きも多少いるにはいた。でも
黙って店の紹介カード?を見せる程度の、蚊トンボほどのパワーも感じられないヤワな客引きで、
昔の「シャチョサ~ン波状攻撃」を体験してる身にすりゃ、ユルすぎて気が抜けちゃうくらいだ。

「へ~イ、シャチョサ~ン」というあの声が絶滅危惧種になるのが寂しいかって?いやもう全然。
いなくなってセイセイしたぜ。96年はそりゃもう、つくづく、ホトホト、ウンザリしたんだから。

当時あれだけいたのが今や全然いないっていうことは、もしかすると路上での客引き行為に関して
何か規制が出来たのかもしれない。でも、だからってバンコクが健全でマジメな街になったかというと、
そういうわけでもないようで・・・
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【夜のお姉さま】
こちらは去年6月に行ったときけっこう見た。昔は「本人が直接」って見かけなかったんだけどなぁ?
ポン引きという仲介サービスがなくなって、本人による「直売方式」が増えたということなのだろうか。

夜のスクンビット通りを歩いてると、そういう感じのお姉さまたちが立ってて、時々その中の一人が
「オニーサン・・」って日本語で話しかけてくる。残念ながら彼女たちはイ課長を日本人と見抜くようで、
ヒンズー語やアラビア語で話しかけてくれるご婦人は一人もいなかった(笑)。

一度、あるお姉さまが「ちょっとお話ししない?話すだけ・・」とやけに流暢な日本語で声かけてきた時は
ちょっと驚いた。イントネーションがほんとに自然で、すごく上手な日本語だ。ひょっとすると子供の頃に
日本から送られてきた絵本を読み、それからずっと日本語を勉強したとか?・・なーんて妄想が広がって、
思わず「出身どこ?年齢は?」って聞いてみたくなったけど、もちろんやめておいた。

実は6月に泊まったホテルってのがさぁ、こともあろうにバンコクの「援交カフェ」としてその方面じゃ
有名な店の近くだったみたいなんだよ。街角のお姉さまがたをよく見かけたのはそういう立地的要因が
影響してるっぽい。要するに援交カフェ近くをウロつくオッサンなら女目当てが多いだろうから
そういうオッサン目当てのお姉さま方もまた集まってきたってことじゃないかと思われる。

その証拠に、12月のバンコク旅行で同じスクンビット沿いでも別のホテルに泊まったときは
見かけなかったからね。援交カフェ周辺に局地的に多かったんだと思う(下の写真は全然違う場所でごんす)。
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【物乞い】
これはバンコクにはけっこういる。昔もいたし、今もいる。
しかもその物乞いスタイルが明るくないんだよ。暗いの。見ててツラくなる。なぜかというと
身体的障害を前面に押し出した人が多いんだよね。コドモの頃に見た傷痍軍人を連想しちゃう。

重い障害で、足では歩けない(と思われる)少年が、繁華街の歩道をグネグネ這いながら移動してる。
もしかすると知的障害もあるのかもしれない。身につけてるのは短パン1枚だけ、上半身はハダカ、足はハダシ。
そんな少年が片手にコップ持って地面を這ってるの見たら誰だって驚く。

バンコク滞在の最後の日の晩に歩道橋をわたっていたら、そこに小さな女の子の物乞いがいた。
もうどうせバーツの小銭はいらないから、残った小銭はこの子にあげちゃおう。でもその前に
一枚写真を撮ろうかな、と欲を出したのがマズかった。
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デジカメでよくあるけど、暗い場所だと測距のために赤い光をピッと投げかけることがあるでしょ?
この時もその光が出ちゃって、女の子がこっちに気づいて反射的に逃げようとした。
あわてて後を追い、お詫びの意味もこめて残った小銭をぜんぶ缶に入れてあげた。おどかしてごめんよ。
障害者の物乞いが多いだけに、コドモとはいえ普通の物乞いを見ると少しホッとする。

年末にバンコク行ったときも帰国前に残った小銭は最後に路上の物乞いオバサンにあげた。
彼女は明らかに視覚障害者なんだけど、手にはコップと一緒にハンディカラオケみたいなものを持って、
ずーーっと何か歌を唄ってる。そういう意味では物乞いと街頭パフォーマーの中間的存在というべきか。
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というわけで、トゥクトゥクから始まって、ポン引き、売春、乞食と、だんだんヤバくなったね。
PRされることのない部分=ダークサイドという言葉に込めた意図をおわかりいただけたでしょうか。

さっきも書いたように、初めてバンコクに来たときはこういうダークサイドにかなりヘキエキした。
でも今回はわりと寛容というか、「こういうのも含めてバンコクなんだよなぁ」という気持になったね。
イ課長がトシとって、ダークサイドに対する免疫が多少高まったというのも理由の一つだろうけど
他にも理由はあると思う。

今回は初訪問じゃなく、17年前と比較しながら見られたっていうのは気持の余裕という点で
かなり大きかったのは確かだ。さらに10年前の絵本プロジェクトの影響も大きいし、個人的には
前年の10月にインドに行ったことの影響もかなりあるって気がするんだよなぁ。

しかし最大の理由は「うるさいポン引きがいなくて落ち着いて町を歩けたから」かも(笑)。


 

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by tohoiwanya | 2014-07-07 00:18 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(6)