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2015年 09月 30日

会社から旅に出る夜

昨年旅行ネタがまだたんまり残ってるから当面はソッチを書くことになるけど、今回の旅に出た夜のことを
ちょっと書いておきたくなった。

今回の旅行は会社からそのまま羽田空港に行き、ANAの深夜便で出発した。
海外出張で「会社からそのまま」っていうのはインド出張の時にやったけど、プライベートの海外旅行じゃ
やったことなかったんだよね、実は。

主な問題となるのは荷物と着替えだ。
会社からそのまま行く以上、ゴロゴロスーツケースも本来は会社に持っていく必要がある。
実際インド出張の時はそうやって会社からゴロゴロをひきづって空港まで行った。

しかし今回それはちょっと避けたかった。
会社を出るのを7時として、羽田には夜の10時半に着けば十分。
居酒屋でもパチンコ屋でも、とにかく夜の街で2時間くらいは時間をつぶす必要があった。その間ずっと
重いゴロゴロをひきづりながら行動するのは面倒だ。どこかに預けておきたい。

荷物を預けるとなればまず思い浮かぶのがコインロッカー。
しかしイ課長のゴロゴロは荷物が多い冬の海外出張でも使えるものを買ったからけっこうデカいのだ。
毎日使ってる地下鉄駅のコインロッカーじゃ無理。JRの秋葉原駅に行けばデカいのもあるんだけど
そういう大型ロッカーはふさがってる率が高いんだよね。いざ当日の朝行ってみたら空いてる大型ロッカーが
一つもないという事態は困る。

大きさや空きの心配をせずに手荷物預けられる場所があればいいんだけど、有人の手荷物預かり所なんて
東京じゃ最近トンと見かけなくなった気がするよなぁ。というわけでイ課長の探索が始まった。

すると東京駅には有人の手荷物預かり所が複数あることが判明した。
その中で条件に合うところ(改札外にあり、21時過ぎてもやってて、なるべく会社に近い等々)を探し、
東京駅日本橋口近くで佐川急便がやってる手荷物預かり所を使うことにした。こういうの。
ここは東京駅の一番北寄りだから会社から歩いて行ける距離。
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当日は早めに家を出て、一度ここに荷物を預けてから出社したのである。
ここはその名(および店のデザイン)が示すように、外国人観光客が手ぶらで観光できるように荷物を
預かることを主たる業務にしてはいるみたいだけど、佐川がやってるだけあって空港まで荷物を送るとか
いろいろ運搬サービスもやってる。

イ課長のゴロゴロは当日預け、当日受け取りってことで600円だった。
「空港はどちらですか?羽田まで送りましょうか?」って言われたけど、それは自分でやります(笑)。
佐川がやってるわけだから、おそらく「自宅まで」ってサービスもあるんだろうな。
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で、夜は仕事が終わると会社のトイレでササッと飛行機用のラクな服装に着替え(笑)、そのまま
会社から東京駅までぶらぶら歩いた。まだ気分は「東京のサラリーマン」のままだ。
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東京駅構内の居酒屋で90分飲み放題コースでビールをぐびぐび飲み、チンケなつまみをちびちび食いながら
本を読んで過ごし、9時半頃になってようやく預けたゴロゴロを取りに行き、浜松町までJR、そこから
モノレールで羽田空港国際線ターミナルに向かったわけなのである。
当然のことながら、この頃には完全に「これから海外に行く気分」にチェンジしてたね。
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東京駅に着いた頃は完全に「会社帰りモード」だったのが、騒々しい居酒屋で本読んでるうちにだんだんと
「旅モード」の細胞が体内に形成され、それが増殖していくような感じで面白かったね。
この店で飲んでるサラリーマンやOLたちは確実に明日もまた「東京のサラリーマンやOL」のままだろう。
でも自分だけは明日ヴィエンチャンの町を歩いてるんだと思うとちょっと不思議な気分だった。

9月16日水曜の夜、こんな感じで飛び立っていったわけですよ、イ課長は。
いろいろ面倒もあるけど、会社からそのまま夜出発する旅ってのもなかなかイイもんだと思ったよ。
 
 

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by tohoiwanya | 2015-09-30 23:21 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(8)
2015年 09月 28日

帰ってきたイ課長

今回の旅行では乗り継ぎやら現地移動やらでイ課長は計6回、飛行機に乗ることになってたけど、
その6回目のフライトが昨日の朝8時15分頃成田空港にドスンと無事着陸し、今回の旅行は終わった。
(下の写真はきのうの朝の成田空港第1ターミナル)
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週末に出発して翌週末に帰国するっていう標準的な海外旅行や出張だと、現地ホテルに宿泊するのは
6泊か多くて7泊だけど今回は10泊。出張なら短い方が嬉しいけど海外旅行するんだったら
このくらいの長さは欲しいよねぇ。

その代わり、日曜に帰国して翌日月曜からフルに5日間会社に行くのはけっこう苦行に思える。
神田なんかで働いているより、チェンマイでカレーラーメン食っちゃーマッサージ屋でモミモミしてもらい、
ときどき現地からブログ更新っていうのがイ課長の本来あるべき姿なんじゃないかなぁー?(笑)

今回はちょっと長い東南アジア滞在で、屋台メシや屋台ヌードルを食った回数もその分多かったわけだけど
大きな病気やケガはもちろん、ゲーリーも最後まで回避して戻ってこられたのはとにかく幸いだった。
ちょっとアブナい箸もあったんだけど、ワット・サイのあの箸よりは材質的にずっとマトモそうで、結果的にも
使って大丈夫だった。もしかするとあのプチ食中毒で「タイの割り箸耐性」ができたのかもしれんが。

体調的には大きな問題のない旅行だったけど、会社に行ったら何人かから「焼けましたね」と言われた。
これは自分でもそう思う。特にオデコおよび顔、上腕部の途中から前腕部にかけてがヒドい。

この日焼けの大半はルアンパバーン3日目に織物の村に行ったことによって生じたものなのである。
なぜなら「ホテルに帽子を忘れてきた」+「日をよける影も少ない田舎道を徒歩で片道50分」という大愚行を
犯したからで、今思うとそこまで苦労して行くほどの村でもなかった気はするが・・(笑)。
ま、とにかく健康で戻ってこられたんだから、日焼けくらいはノープロブレムだぜ。
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今回、いつもより長めの日程を組めたのはイチにもニにも連休があったことによる。
こういうのに味をしめちゃうと、思わず来年のカレンダーをチェックしてどこかに使えそうな連休がないか
探したくなるが・・・


実はね、来年はね、日程はともかく行先の方向性はすでにある程度決まってるの。


トホ妻が「暑い国ダメ」な以上、東南アジアを旅するときは必然的に一人旅ということになる。
今回もそうだったし、今後も「トホ妻同伴で東南アジア」って可能性は非常に低い。

しかし来年だけは「ドコに行くか」より、まず「トホ妻同伴旅行」であることが優先されるのである。
トホ妻同伴である以上、行き先としては暑い東南アジアとか、アフリカとかに行く可能性はほぼなくなり、
それ以外の場所に行くことになるだろう。なぜ来年だけはトホ妻同伴が優先されるのか?

ぎーんこーん式だからなのである。
あの湾岸戦争終結直後、ガラすきの欧州に行った1991年3月の新婚旅行。あの時から数えて
来年は25周年記念。そういう年にどこか行くとなりゃ、トホ妻同伴が最優先事項になるわけだ。

トホ妻同行+暑い国回避ということになれば、まぁ欧米だよね、おそらく。
欧米のドコかはこれから検討。ま、ここ数年気ままな東南アジア一人旅を楽しませてもらったから、
来年は行き先に関してもちゃんとトホ妻の希望を優先いたしますですよ、はい(←殊勝)。

 

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by tohoiwanya | 2015-09-28 17:12 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(6)
2015年 09月 26日

イ課長はここにいる3

いまバンコクは土曜日の朝であります。
イ課長は今日の深夜(正確には明日)の便に乗って明朝成田に着く予定なのであります。

会社から直接羽田に行ったのが先週の火曜の夜。無事に某都市5、つまりバンコクでの滞在も
最終日となりました。大きなケガもせず、病気にもならず、パスポートもなくさずにこの日を
迎えることができたのはイ課長にとって大きな喜びです(←なぜか同時通訳調)。

連休をはさんだおかげで少し長めの旅行をすることができたわけで、旅の初日にヴィエンチャンの
床屋さんで坊主頭みたいに短く刈った髪もすでにちょっと伸びてきた。

心配していた雨はバンコクでも何とか「かわす」ことが出来たのも良かった。
午前中カンカン照りの中を移動&汗ダクで観光、バンコクに戻る乗合バンの中で土砂降りに遭うという
パターンが多かった。旅行を通じて観光中にモロにスコールにやられたっていうのは、ルアンパバーンで
滝を見に行った時だけで済んだ。ま、あの時は大変だったが(笑)。

ついさっき撮った、ホテルの窓から見た朝のバンコク(このホテルからはスカイトレインが見える)。
朝の天気は今日が一番いいよ(笑)。「東京物語」のセリフじゃないけど「今日も暑うなるぞ・・」って感じだ。
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今日は帰国日だから特に何の予定も入れていないのである。
ホテルをチェックアウトしたらシャワーや着替えも難しくなるから、なるべく汗ダクにならない方向で
近場で買い物とかタイマッサージでもしながら過ごす予定。

例によってくだらない、バカらしいやつも含めて写真は大量に撮ったから、ブログネタの在庫はまた
イッキに積み増しされそうで、しばらくはもちそうだ(笑)。

戻ったらまた帰国報告します。
抜けるような青空&外はめっちゃ暑そうなバンコクからの更新でした。
(でも、どうせ昼過ぎあたりになるとザッと降るんだよきっと)

 

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by tohoiwanya | 2015-09-26 11:02 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(6)
2015年 09月 21日

イ課長はここにいる2

某都市1=バンコク(乗り継ぎだけ)
某都市2=ヴィエンチャン(1泊)
某都市3=ルアンパバーン(3泊)

・・・と、ここまでのプロセスが白日の下にさらされた今となっては、いまさら某都市4を
隠してもしょうがないのでバラしてしまおう。わからないだろうと思ってたルアンパバーンが
ああも見事に当てられてはもうナゾナゾ方式はとれないのである(笑)。

イ課長は現在、タイ北部の町・チェンマイのホテルでこれを書いております。

チェンマイ。課長が生まれて初めて来る町だ。
ラオスのルアンパバーンと同様、タイの古都と言われる有名な町である。

実はイ課長はこれまでタイに関してちょっとしたコンプレックス?があった。
東南アジアでは過去、ベトナムに二度行ってサイゴン、ホイアン、ハノイと3つの町に泊まった。
インドネシアも二度行ってて(最初は出張だったが)ジャカルタとバリ島に泊まってる。
カンボジアは一度しか行ってないけどプノンペン、シェムリアップと2つの町に宿泊。
今回初めて来たラオスでもヴィエンチャン、ルアンパバーンと2つの町に宿泊。

けっこうあちこち泊まってるように思える。じゃタイは?
タイはもうアータ、なんせ90年代に初めて出張で来て以来、東南アジアの中じゃ
訪問回数も一番多いからね。泊まった町だって・・・


・・・・バンコクだけですね・・。

そう。出張を含めるとタイには今回で5回目の入国になるはずだけど、バンコク以外の町って
実は泊まったことがなかった。訪問回数が多いだけに宿泊滞在都市数の少なさが逆に目立つ。
「タイ何度も行ってますなんて言ってもよゥ、実は首都バンコクしか知らねぇんじゃん」という
引け目というか、コンプレックスというか、そんな気持ちがちょびっとだけあったのだ。

そんな引け目解消目的もあって(笑)、初めてきた古都チェンマイ。
昨日は到着してサンデーマーケットを見てマッサージをうけただけで終わってしまったが、
今日は本腰入れて観光活動するぜ。
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というわけで、チェンマイからの更新でした。旅も後半に入ってきた。
みなさんすでにご想像の通り、最後はどうせバンコクに泊まって直行便で帰ることになる。
バンコクで時間があればもういっぺんくらい更新しまっす。

ちなみに、本日の写真はチェンマイ名物(らしい)、カオ・ソーイ。
要するに「タイカレーラーメン」なんだけど、これは旨かった。タイめしは美味しいのう。



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by tohoiwanya | 2015-09-21 09:29 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(11)
2015年 09月 17日

イ課長はここにいる

東京から某都市、某都市から某都市2、さらに某都市2から某都市3という
三つのフライトを無事飛び越えて、イ課長は現在この町におります。
ワザと手がかりの少なそうな写真をご覧に入れよう。この写真だけでイ課長が
今いる町の名前がわかる人がいたらスゴいと思う。

今年買ったカシオのデジカメはカメラの中で写真を小さくリサイズできるので、
こうやってデカいサイズの写真を小さくしてブログに載せたい時はすごく便利だ。
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これだけじゃさすがにわかんないよなぁ~。
海外なんかじゃなく、四国あたりののんびりした田舎にいるようにも見えるし(笑)。

某都市2には1泊だけ。
現在いる某都市3には少しゆっくり、今夜を含めて3泊する予定なのである。
いやね、某都市3って実はとても外国人に人気の高い町なので来てみたんだけど、
ここは確かにイイわ。ここに3泊というスケジュールにしたのはアタリだった。

某都市の数は最終的に「5」まで増える予定なんだけど、とりあえず「3」までは
飛行機が落ちることもなく、イ課長は元気でいるということで、まぁ一種の
「生存報告」という感じの更新でした。生きていたらまたお会いしましょう。

 

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by tohoiwanya | 2015-09-17 22:51 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(14)
2015年 09月 15日

晴れ男の出発が近づく

イ課長は基本的に晴れ男で、海外の旅先でもこの効力はけっこう発揮される。
溶けそうなほど暑かった東南アジアとか、凍死しそうに寒かったワシントンDCとか、いろいろ
つらい気象条件にはブチ当たってはいるけど、「雨にたたられる」ってことは不思議と少ない。

サイパンに行った時(思い出したくもない社員旅行だったが)もそうだった。
マニャガハ島ツアーってのに申し込んだんだけど、当日は朝から雨が降って大ガッカリ。
でも申し込んじまった以上しょうがねぇってんで行ってみたら、島に着く頃には空は晴れて
それからはずっと晴れ続けた(下の写真はサイパンとは関係ない台北)。
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新婚旅行の時行ったユングフラウ・ヨッホも代表的なイ課長の晴れ男伝説エピソードだ(笑)。
あの時は下界から全然山が見えないドンヨリ曇りで、「あんなトコに登っても・・」と思って
イ課長もトホ妻も半ば諦めかけたんだけど、それでも行くだけ行ってみようと思って登ったら
ミルミル天気は好転し、展望台から素晴らしい眺望を楽しむことができた。

去年行った東南アジアも、9月の雨期だから本来雨が多いはずなんだけど天気には恵まれた。
遺跡見学ツアーで雨降られたりしたらけっこう厳しいものがあっただろう。石も滑るし。

「雨で参った」っていう記憶があるのは2012年のポーランドでクラクフ行った時くらいか。
要するに、ことほどさように海外でのイ課長の晴れ男ヂカラはなかなかのものなのである。
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そんなイ課長の今年の海外旅行も出発が迫ってきた。
明日(つうか、もう今日だが)火曜にいつも通り会社に行き、そのまま深夜の羽田発の飛行機で
出発するのである。インド出張の時と同じパターンだ。

前にも書いたように今回の旅行は半年も前から基本構想はあったから、異常に準備期間は
長かったわけだけど、いざ行こうとすると結局「その時の状況」にホンロウされるね。

たとえば為替相場。ここ数週間でかなり動いた。
円が高くなった上に相手国通貨は安くなったから、結果的に1ヶ月前に比べたら1割くらい
円高になった。これは日本から行くガワにすれば喜ばしいことといえるだろう。

問題は現地の天気だ。
行き先の天気予報を調べてみたら、やたら傘マークが多くてちょっとショック。
海外での観光活動はどうしたって歩き回ることが中心になる。カッパ着てビショ濡れになって
歩き回るってのはツラいものがあるよなぁ。

これがパリとかロンドンみたいな大都会ならそれなりに対処法はある。
室内観光に切り替えて、ルーブルとか大英博物館みたいなトコを一日じっくり鑑賞するってのも
なかなかオツだ。しかしそういう感じの行き先じゃないんだよなぁ・・。
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どうしたもんかねぇ・・・。
しかしまぁ旅の手配は全部済ませちゃったんだから、あとは運を天にまかせるしかない。
雨に降りこめられてホテルでごろごろすることになるか、イ課長の晴れ男ヂカラが勝つか?

今日の深夜にはもう羽田だから、日本での更新はしばらくお休みします。
とは言ってもパソコンは持ってくので、ヒマがあれば現地から「ここにいる情報」お送りする予定。
(雨がひどくて外出できず、ホテルでブログ書くくらいしかすることがなかったりして・・)

行き先は・・・例によってシミツ。
そんな難しい行き先じゃないスよ、どうせ(笑)。
 
  
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by tohoiwanya | 2015-09-15 00:06 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(6)
2015年 09月 13日

カンボジアのビールといえば・・・

イ課長にとって東南アジア旅行で欠かせないものといえば現地の缶ビール。
汗ダクになってホテルに戻り、シャワーを浴び、半裸のまま冷えた缶ビールをプシュッと開ける・・
東南アジア旅行の醍醐味と言える瞬間である。
(ま、東南アジアでなくても同じようなことは必ずしてるわけだが)。

ご存じのように東南アジアって国ごとに有名な国産ビールの銘柄がある。
タイならシンハー、インドネシアならビンタン、ベトナムなら333とかね。その国に行ったことが
なくてもブランドは有名。しかしカンボジアのビールのことなんてトンと知らなかった。

「カンボジア初ビール」を購入したのは例の散策【夕暮れ編】の時だ。
コンビニもねぇし、どこでビール買えるんだ?と思いながら歩いてたらこんな露店を発見。
ソフトドリンクが多いけど、この上から2段目に並んでる金色の缶はビールじゃないか?
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銘柄もよく見なかったけど、「ビア?」って聞いたらうなずくから買った。
350ml缶4本で3ドル。つまり1缶75セント、約90円/缶くらいだ。うーむ安い。店のご主人が
ウエストポーチん中からお釣りを探してる間、おカミさんと赤ちゃんの写真を撮らせていただいた。
この赤ん坊、巨大なガイジンが珍しかったみたいで、驚いた顔したままイ課長を凝視してる(笑)。
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この時、カンボジアで初めて購入したビールがアンコール・ビアだったのである。
行く前はカンボジアのビールのことなんて全然知らなかったイ課長も今は知ってる。
カンボジアに行ったらねぇ、もうアンコール・ビアしかないぜ。文字通り「しかない」んだよ。
どの店もアンコールばっか置いてあって、他の地元ビール銘柄って見た記憶がない。
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小売店だけじゃない。飲食店で出されるビールも決まってアンコール。
シェムリアップのレストランで出されるのも、ほら、アンコール。
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瓶ビールでももちろんアンコール。
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オプショナルツアーのランチでビールを頼んだ時も出て来るのはアンコール。小売はもちろん
飲食店・業務用ビール市場においてもアンコール・ビアのシェアは圧倒的っぽいのである。
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カンボジア滞在中とにかくよく飲んだよ、これは。
晩メシ食わなかったプノンペンでもアンコール・ビアは飲んだわけだし、シェムリアップでも毎日飲んだ。
カンボジア4泊5日の間に合計何リットル飲んだかわからない。

イ課長の印象だとヨーロッパのビールがわりと「コク優先」なのに対し、暑い東南アジアのビールは
やや「キレ優先」って感じがする。「味で飲む」というより「のどごしで飲む」というか、「グビリと飲む」より
「プハーッと飲む」というか・・・言ってることが感覚的でわからん?イ課長もよくわからん(笑)。
とにかくカンボジアで飲むアンコール・ビアはことのほか旨かったことは確かなのだ。

イ課長はよく旅先でTシャツを買ってそれをそのまま旅先で着るんだけど、東南アジアではなぜか
ビール銘柄プリントのTシャツをよく買う。カンボジアでTシャツ買ったときもその路線を踏襲して、
アンコール・ビア柄のTシャツなのである。当然なのである。
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市場競争ということでいえば複数の有力ビール銘柄が出現して競い合う方が普通なのかもしれん。
しかしまぁ、カンボジアに関しちゃアンコール・ビアだけでも許すよ。だって美味しいんだもん。

 
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by tohoiwanya | 2015-09-13 00:16 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(6)
2015年 09月 10日

トゥール・スレン虐殺博物館 その5

さー、のどかなプノンペン散歩ネタを二つ続けて油断?させたところで、
トゥール・スレン最後のダークネタに戻ろうか(これで最後だから勘弁しちくり)。

実はトゥール・スレンを見学した後のイ課長の中には何となくモヤモヤが残っていた。
ポル・ポト体制の異常な残虐さに対するモヤモヤじゃなく(まぁそれはそれで当然あったわけだが)
あの施設そのものの「感じ」に対するモヤモヤだ。

地元の中学生たちがゾロゾロ見学なんて風景はなくて、見学者は外国人旅行者ばっか


トゥール・スレンの続き物の最初の記事でイ課長はこう書いた。
普通に考えれば、こういう施設は平和教育・反戦教育のために積極的に活用されるはずで、
カンボジアの明日を担うコドモたちがいっぱい見学に来てて不思議はないはずだ。
実際、アウシュビッツには地元ポーランドに限らず欧州のいろんな国の学校の生徒が見学に来てるし
修学旅行とかで広島や長崎の原爆資料館を見学する日本の子供も多いはずだ。

まぁトゥール・スレンの場合、人骨の実物とか死体写真とか、けっこうアレな展示もあるから
子供にはちょっとアレかな・・しかし見学者が外人ばっかで、地元の人の姿が全然ないっていうのは
ちょっと意外で、それがモヤモヤにつながっていた。
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しかし後付け知識を仕入れた上で振り返ってみると「地元の人があまり見学に来てないな」という
イ課長の印象はトゥール・スレンの根本的な問題を表してるって気がしてくるんだよ。これには
以前に「予習その2」で書いた内容が関わってくる。

ベトナム軍の侵攻のおかげでカンボジア人たちはポル・ポト支配から解放された。
しかし国連はじめ米、中、日その他多くの国々はポル・ポトを倒したヘン・サムリン政権を
「ベトナム傀儡」だっていうんで認めず、ポル・ポトを正式なカンボジア政府として承認し続けた。
それに対し、ベトナムはカンボジアで何があったかを一生懸命世界に訴えた・・って書いたよね?
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問題はまさにここだ。
要するにトゥール・スレンって、カンボジア人自身が博物館として残そうとしたんじゃないんだよ。
ベトナムが自国軍のカンボジア侵攻を正当化するために作った施設なのだ。そこには当然、
「見てよほら、ポル・ポトってこんなに残虐だったんだぜ?!」というベトナム側の政治宣伝目的が
あったのは否定できない。実際、ベトナム軍はプノンペンからポル・ポト派を追い出した1979年1月から
わずか1か月後にはトゥール・スレンを外国報道陣に公開したらしいからね。

ポル・ポト派はこんなにヒドかった、そんなヤツらを追い出すために攻め込んだベトナムの行動は正当。
ベトナム側にすればそう主張したかったはずだ。そしてトゥール・スレンこそがその「ヒドさ」を立証する
格好の証拠物件だったこともまた確か。ここを外国のプレスに見せ、世にも残虐なポル・ポト派の実態を
世界にアピールしようとしたわけだ。

しかし何度もいうけどそれはカンボジア人自身の意思じゃない。ベトナム側の思惑だ。
カンボジアの為政者の残虐さを訴えるためにベトナム作った施設。そういう施設をだよ?果たして
カンボジア人自身が自国の子供たちの平和教育に積極的に活用しようと思うだろうか?
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仮に、ある日本人為政者が日本人を大量虐殺したとしよう(仮に、ですからね)。
その恐怖時代が仮に(何度も言うけど仮に、ですよ)中国軍の日本侵攻によって終焉を迎えたとしよう。
そのあと、東京にあった日本人虐殺施設を中国軍が展示施設として公開したと考えたら、どう?
「日本の支配者はこんなに残虐だった。それを攻め滅ぼした中国軍の日本侵攻は正しかった」という
政治宣伝目的を帯びた施設。

さぁ、日本人はそこを見学しようと思うでしょうか?
次世代の平和教育のために子供たちを積極的に見学させようとするでしょうか?

広島原爆資料館にしても、南京大虐殺紀念館にしても、それらは全て「後からその国の人」が作った。
でもアウシュビッツは違う、と昔書いた。アウシュビッツはポーランド人が作ったわけじゃない。
しかし、あの忌まわしい施設を敢えて残そう、後世に伝えようと思ったのは「その国の人」、
つまりポーランド人自身が中心だったはずだ。

トゥール・スレンも「忌まわしい記憶そのもの」の施設であるという点ではアウシュビッツと同じ
稀有な施設と言っていい。しかしその施設の設立趣旨はアウシュビッツとはだいぶ違う。
忌まわしい記憶の染みついた施設としてトゥール・スレンを残し、公開しようと考えたのは
自分たちじゃない。自国に侵攻してきた「隣りの国の人たち」なのだ。
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そう考えると、確かにトゥール・スレンの展示内容はかなり「残虐さ」が強調されてる部分がある。
以前は「頭蓋骨でできたカンボジア地図」なんて悪趣味な展示すらあったわけだからね。もちろん、
現在はトゥール・スレンの展示内容管理はカンボジアがやってるはずだけど、最初にベトナム軍がここを
公開した時の“展示方針”が残ってるということはあるだろう。

上の絵を見るとわかるように、トゥール・スレンの中には全体が鉄条網で覆われた建物もあって、
その建物は現在でも鉄条網に覆われたまま残っている。
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前にも書いたようにポル・ポト体制下ではプノンペンは住民のいないゴーストタウンにさせられてた。
当時プノンペンで「人がいて、マトモに機能していた施設」って、一部政府機関、一部の大使館、
そしてこのトゥール・スレンくらいしかなかったらしい。
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鉄条網ごしに、いまは発展するプノンペンの街が見える。
しかし当時の収容者たちに見えたのは誰もいない、空っぽの、殺伐たる町だったはずだ。 
 
トゥール・スレン虐殺博物館。
それほど重要な観光物件もないプノンペンという街で、ダーク・ツーリズムという点では
ここは確かにダークな、必見の施設と言っていいと思う。

しかしイ課長自身のことを考えても、事前に“予習”したり、帰国後にさらに後付け知識を
仕入れることで、ここを見学したことの意義はさらに高まる。何も知らずにココに行っても
「うわー、ザンコクー、キモチわりーー」だけで終わってしまう可能性は高い。

ご自身で少し予備知識を仕入れてから見学すると、感じるところも多いはずだ。
まぁ、ダーク・ツーリズムって大体どこもそうだけどね。

ダークなトゥール・スレン見学についてはこれで完結です。例によってお長くなりました・・・。

 
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by tohoiwanya | 2015-09-10 00:10 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(8)
2015年 09月 07日

プノンペン散策【宗教的な朝編】

目を覚まし首をひねると、全く見覚えのない窓から朝の柔らかい光が差し込んでいた。
ん?ここはドコ?・・・ああそうか、ここはプノンペンのホテルで、今は朝か・・・。
でもオレ、きのういつ寝たんだっけ・・・?



プノンペンのホテルで目を覚ました時のイ課長はちょうどこんな感じだった。
二日酔いで昨日の記憶がないオッサンみたいだ。まだ朝の7時頃じゃなかったかな。

少なくとも10時間くらいは寝たと思う。よく寝たせいか頭は冴えてるけど、考えてみたら昨日は
昼にプノンペン着いて、トゥール・スレン行って、戻って来てビール飲んで寝ちまったわけだから
昼飯も晩飯も食ってないことになる。従って異常に空腹だった(笑)。

とりあえずホテルの朝食で腹ごしらえして、チェックアウト用に荷造りして・・なんてことしても
ルイが迎えにくるまでにはまだ時間がある。寸暇を惜しんで朝のプノンペン散策でもすっか。

しかしそう遠くには行けん。きのうの散策・夕暮れ編のときに見たお寺に行ってみることにした。
ここ、後で調べたらワット・ウナロムっていうお寺で、プノンペン市内の仏教寺院としては
実は相当格式の高い、立派なお寺らしい。
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お寺の周囲には花飾り?とバナナ屋を売る店がズラリと並んでいる。
んん?昨日の夕方来たときはこの辺は路上床屋がいっぱいあったんじゃなかったっけか?
朝は参拝用の供物を売る店が集まって、途中で床屋と“交代”するのかな。
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花飾りは明らかに参拝に使う供物だと思われる。しかしバナナは??
仏様の前に花が飾られてるというのは見たことあるけど、バナナが山積みされてるなんて
あんまり見たことねぇよなぁ?バナナは普通の食い物として売ってるのか?
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・・いや違うだろ。食べる果物として売るならバナナ以外のものも売るよ普通。
バナナしか売らないというところを見ると、これもやっぱ仏に対する供物なんだよきっと。

まぁいい。バナナ問題はおいといて寺の中に入ってみよう。
入場料とか拝観料といったものは特にないようで、誰でもブラリと入っていいようだ。

お?お坊さんたちの朝食?・・っていう感じじゃないよなぁこれも。大体何も食ってないし。
お坊さんだけじゃなく一般の人らしき人たちも一緒に座ってる。何かの「朝の行事」じゃ
ないかと思うけど、それが何なのかはわからない。
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朝のワット・ウナロム。人が多くて何となく活気がある。
参拝者とか、お坊さんの姿があちこちにあるってせいもあるけど、境内でこんな風に
プノンペン民族楽器交響楽団が演奏してたせいもある。民族音楽の生演奏をバックに
朝のプノンペンのお寺をブラブラ。うーんアジア旅情だぜ。
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さて、お堂の中も見てみよう。
お堂の中の本尊の展示はこんな感じで特にスゴいというほどのものでもない。
ただ、お堂自体が大小いくつもあって、どれが中心的なご本尊なんだかイマイチよくわからない。
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しかしあるお堂に入った時、イ課長は「ウワこらすげぇ!」と思った。
まるでX'masイルミネーションのごとき、目にも鮮やかな電飾ネオンがキラキラ輝いてるんだもん。
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こ、これは・・カンボジア人の趣味なのだろうか?しかしこんなにハデだったのはここだけだ。
カンボジアの仏教美術趣味もタイ同様、傾向としては明らかに「金色系ハデ好み」といえそうだ。

いくつかお堂の中をのぞいてみたけど、中にバナナが山積みされてる様子はまったくない。
とすると、外の店で売ってたバナナはやっぱ供物じゃないのか?結局この「バナナ問題」は
最後までわからずじまいだった(笑)。

まぁいい。せっかく来たんだからイ課長もお賽銭をあげようじゃないの。
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ふーむ、イ課長は500リエル札を入れたけど、他はぜんぶ100リエルだ。
ひょっとして500リエルの賽銭なんて「フンパツ相場」だったのか?。
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ワット・ウナロムの朝は参拝者でワンワンってほどじゃないけど、なかなか活気があって
宗教施設が今日も朝の活動をしてます、っていう感じが伝わってくる。ポル・ポト時代には
完膚なきまで弾圧・・というより、消滅させられてた仏教がいまこうしてカンボジア社会の中で
機能してるのを見ると、今さらとはいえちょっと救われた気分になるイ課長なのでありました。

   
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by tohoiwanya | 2015-09-07 00:10 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(0)
2015年 09月 04日

プノンペン散策【平和な夕暮れ編】

暗い記事が続いたから、のどかな記事で気分転換しましょうね。
アナタがしたくなくても、イ課長がしたいの(笑)。

1泊しかしていないプノンペン。
前日昼にバスで到着して、翌日朝にはもうルイのトゥクトゥクで空港に行ったプノンペン。
短い滞在中、旅行者らしい行動っつうたらトゥール・スレンに行っただけのプノンペン。

でもトゥール・スレンからホテルに戻った後、疲れてたけど夕方ちょっと散歩した。
なぜならイ課長にとって東南アジア旅行の必需品・缶ビールを仕入れる必要があったからだ。
缶ビールを求めてホテル周辺をブラついてみることにした。

ホテルから川の方向に歩いてみると、市場らしい賑やかなエリアにブチあたった。
(あとで調べたら、カンダルマーケットっていう、地元の人向けの市場らしい)
すぐ近くに大きなお寺があるせいか、オレンジ色の袈裟を来たお坊さんの姿も多い。
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ありゃ、路上床屋がズラリと並んだ一角があるじゃん。
ああーー旅の初日にサイゴンで髪刈っちゃったけど、ここでやってもらいたかったなぁ。
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この辺りはいかにもアジア開発途上国らしい、貧しいながらも活気あふれる雑踏って雰囲気が
濃厚に漂ってて面白かったよ。都会化してキレイになったバンコクなんかより、むしろインドあたりを
思い出させる。こういう所にいると「アジアの雑踏に溶け込むワタシ」って気分になるよね。

もっとも、この辺じゃ外国人の姿はほとんど見なかったからイ課長はかなり目立ってたはずで
客観的に考えて地元雑踏への溶け込みに成功していたとはあまり思えないが。
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そのまま川っぺりの方まで歩いてみた。
プノンペンという街はメコン川とトンレサップ川が合流する地点にあって、その合流地点が
ちょうどホテルから近かったのだ。

うーん・・川が広すぎてどこでどう合流してるのか、さっぱりわらかぬ(笑)。
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中国を源流とする大河・メコン川はタイ・ラオス国境を形成し、カンボジアを抜け、最後は
ベトナム南部の広大なメコン・デルタに至るわけだけど、考えてみたらイ課長は今回初めて
メコン川のジツブツを見るわけだよなぁ。
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世界四大文明が全て大河のほとりに形成されたように、カンボジアの歴史もまたメコン川、そして
トンレサップ湖(アンコール・ワットなんかの近くにある東南アジア最大の淡水湖)という水の恵みと
不可分の関係だったんじゃのう。

川っぺりは公園として整備されてて、みんなが思い思いに夕方のひと時を過ごしてる。この辺になると
外人観光客の姿もチラホラ見える。でもこの人たちはセパ・タクローやってるから地元の人だよな。
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この公園にはなぜかアスレチック用具がいくつも置いてあって、しかもみんなそこでやけにマジメに
トレーニングしてる。このオッサンとか・・・
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このオバサンとか・・・
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カンボジア人ってこういう器具を使ったトレーニングが好きなんだろうか?
ただ、この公園でこうして夕方のトレーニングをしてる人たち、今にして思えばおそらく
けっこう富裕層なんじゃないかって気がするんだよね。平均的な市民ならどんな商売やってても
夕方のかきいれ時でトレーニングどころじゃないはずだ。しかし、この散歩をした時は
イ課長はそこまでは考えが及ばなかった。思ったことといえばただ一つ・・・


いまカンボジアは平和なのだ・・・

ということだ。
70年代からずっと空爆だのポル・ポトだの内戦だので血なまぐさかったカンボジアは
いま平和なのだ。戦争がないという状態はそれだけで何と素晴らしいことか。

平和なカンボジアに改めて感動し、ビールを仕入れてホテルに戻ったイ課長。
何しろこの日の朝はサイゴンから国境越えバスで移動してきたわけだから、やっぱ疲れてたんだな。
部屋でビール飲んだら、そのまま晩メシも食わず翌朝までコンコンとコン睡してしまった。
だからイ課長は昼と夕方と朝のプノンペンは知ってるけど「夜のプノンペン」は知らないのだ(笑)。

翌朝はけっこう早く目が覚めたけど、どうせ午前中には空港移動だから大したことはできない。
で、結局翌朝も同じような場所を散歩するわけなんだけど、その様子は散策【朝編】で改めて。

 
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by tohoiwanya | 2015-09-04 13:14 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(4)