<   2015年 12月 ( 13 )   > この月の画像一覧


2015年 12月 31日

2015年終了時点での集計

今年最後の更新は年末恒例、海外宿泊日数統計だ。

2015年もまた海外出張はなかった。
しかし海外出張なし、海外旅行だけの海外渡航生活っていうのはやっぱいいね。

毎年のように海外出張してた頃は出張準備の忙しさや出張中のプレッシャーがしょっちゅうだったから
何となくそれが当たり前って気分になっちゃったけど、実際の〜んびり気ままで楽しい海外一人旅が
続いたあと振り返ってみると、あんなストレスフルで気苦労の多い海外出張なんてつくづく、
しみじみ、ほとほと、行きたくないなぁと思う(笑)。

まぁそんなゴタクはいい。
今年行った海外はご存知のようにラオスとタイだ。東南アジア一人旅、楽しくてやめられまへん。
途中に連休をカマしたからラオスに4泊、タイには6泊という、なかなか充実した旅だった。
さて、その結果を加えて国別宿泊日数を比較するとどうなるか?
f0189467_01511475.jpg
 
ほほぉ〜〜・・
去年からラオスがひとつ増えて国の数だと25カ国。
目をひくのはタイがアメリカを抜いて宿泊日数第二位に躍進したことかな。6泊したのが効いてる。

トップのドイツまでの差はまだかなり大きいけど、まぁドイツがトップを維持するのも
イ課長が定年退職するまでじゃないか?(笑)定年過ぎたらあちこちガンガン行ってやるぜ。

さて、冒頭書いたように出張がなく、旅行で10泊したわけだから、出張×旅行比率についていえば
去年より一段と旅行比率が高まってるのは間違いない。結果はこうだ。
f0189467_01511471.jpg
 
ふむ、なるほど。
昨年プラス10日で海外宿泊日数トータルは229日。
機中泊を入れればもう10泊とか20泊くらいすぐ増えるだろうけど、どの国にカウントするかが
決められないし、ここはやはり厳格なルール適用を継続しよう。

去年も書いたけど、やっぱ「死ぬまでに海外宿泊日数トータル365日」はクリアしたいよなぁ。
海外駐在してる人にはアホみたいな話でも、個人的にそのラインは越えてから死にたい。

昨年末には「10泊の旅行か出張をあと15回やらないと到達できない」って書いたけど、とりあえず
2015年はその10泊の旅行を1回やったわけだから、あと14回。うーーん・・先は長い。

さて来年はどこに行くのか?
前にも書いたけど、来年はぎーーんこーーん式アニバーサリーで(正確にはもう過ぎたのだが)
トホ妻と二人で海外に行くという基本路線はもう決まっている。

問題は場所だ。
候補地もいくつか出てはいるんだけど、最終決定するには至っていない。
暑い東南アジアやアフリカにならないことだけは確かだけど、ドコになるか・・・?

とりあえず来年もどこかに行って、新しいネタを仕入れて、このブログを続けていきたいものである。
もっとも、今のところはまだ2014年のアンコール遺跡ネタを消化してる状態なわけだから、このあと
今年行ったラオスやタイのネタ在庫をちびちび放出していけば、あと1年くらいはもつかな(笑)。

恒例の海外集計ネタで2015年のブログ更新は最後になります。
今年一年、愚かなる旅行者のブログをお読みいただき、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

来年最初の更新ネタは恒例のアレの予定です(笑)。お楽しみに。

 
[PR]

by tohoiwanya | 2015-12-31 00:05 | 出張・旅行あれこれ | Comments(8)
2015年 12月 28日

ラオスのあの人に御礼を言おう

イ課長は他人から何か恩義を受けたとか、助けてもらったといったような場合、
その恩義に応える、感謝を伝える、お礼を言うといったことを非常に重視する。

同じような気持ちは誰でも持つだろうけど、イ課長はその「持ち方」がやや強いようで、
「助けてもらったあの人に、ナンとしてでもお礼も言わねヴァ!」的な思いにとらわれる。
それができないと「あの時お礼を言わずに来てしまった・・」とずっと後悔するわけで、恩人に対して
御礼を言えるか言えないかは(やや大げさに言えば)その後の人生に抱える後悔が一つ増えるか、
増えないかという重大事なのだ、イ課長には。

さて、以前に書いたこの記事を覚えておられる方はいるだろうか?
この時(今はもう航空会社をバラすけど)ラオス国営航空のミス○○のおかげでイ課長は愚かなる自分の
愚かな予約ミスを救ってもらった。

「予約管理がその人の仕事なんだから、わざわざ御礼言うほどのことじゃない」と言えばそれまでだけど、
うけた恩義に対してお礼を言うことにやたらこだわるイ課長だから、ミス○○の勤務先であるヴィエンチャンの
ワッタイ空港を利用する時に何とかお礼の気持ちを伝えたいと思っていろいろ方法を検討した。

ミス○○ってのもナンだから、この記事では彼女の名前を仮にサタナハマ・ヤラワーンさんとしておこう。
コマーシャル・ディヴィジョンっつうから、ミス・ヤラワーンはラオス国営航空の営業部勤務なんだと思われる。
 
航空会社の社員で、一般の乗客が接する機会があるのは搭乗手続きカウンター職員か、あとは
機内のCAくらいだ。しかしそういう接客系業務を営業部員が担当してる可能性は低いんじゃないか?
しかしチェックインカウンターで「営業部のミス・ヤラワーンをここに呼んでほしい」と要求するのはムリがある。
彼女の仕事を邪魔する可能性が極めて高いからそれは避けねばならぬ。
f0189467_13534768.jpg
 
結局、ミス・ヤラワーンにジカに会うのは難いだろうという結論に達し、手紙作戦で行くことにした。
「アナタがアレンジしてくれた変更のおかげで私は今日こうしてルアンパバーンに行ける。本当にありがとう」
てなことを下手な英語で書き、サンリオのキーホルダーを同封し、表に「to Ms. Satanahama Yarawarn」と
宛名を書いた(繰り返すけど仮名だからね)。「同僚のミス・ヤラワーンにこれを渡して下さい」といって
ワッタイ空港のカウンター職員に託せば渡してくれるだろう。ラオス航空なら職員数もそうバカ多くないだろうし。

さてヴィエンチャンからルアンパバーンに向かう当日。
チェックインの時にかねて用意の封筒を取り出し、女性職員に「あなたはミス・ヤラワーンを知ってますか?」と
聞いたら知ってた。よっしゃー。彼女にこれを渡してくださいと言って封筒を託す。見事に計画通りである。
直接は会えないけど「あの時の乗客が感謝してる」ことは伝えられるだろう。

・・と言いたいところなのだが、事態はそうスンナリ終わらない。
待合室でしばらく飛行機を待ってたら、さっき手紙を託したカウンター職員がイ課長のところに来るではないか。
「私が知ってるミス・ヤラワーンは別の人だった。だからこの手紙は渡せない。ソーリー」といって手紙を返す。
うわ、ちょ、ちょっと待って。ここで返されても困る。しかしこのカウンター女性職員、人違いだとわかった後、
わざわざイ課長を探して返しに来てくれたわけだから、ある意味とても誠実だ。

「ミス・ヤラワーンに手紙を渡すために私はどうすれば・・?」
「そのヤラワーンはどこで働いてるの?」
「えーと・・(ゴソゴソ)・・コマーシャル・ディヴィジョンです」
「それならね、空港入口ワキにある航空券販売窓口、あそこにコマーシャル・ディヴィジョンの部員がいるわ」
「え?で、でも私はもう手荷物チェックを通過してしまいました。入口まで戻っていいのですか?」
「いいのいいの。大丈夫よ」

確かに彼女が指さす航空券売り場は待合室から見えるくらい近い(すごく小さい空港なんだよ)。
えいくそ、こうなったら仕方ない。一度通った金属探知機ワキを早足で逃げるように逆行し、エアチケットの
販売窓口に行き、そこにいた女性職員に声をかけた。大空港じゃまず許されん行為だわな。
f0189467_15552606.jpg
 
「あー、あなたはコマーシャル・ディヴィジョンにいるミス・ヤラワーンをご存知ですか?」
「・・?・・知ってるけど、彼女が働いてるのはあっちの別のビルよ」
「いや、この封筒を彼女に渡してください。読めば彼女はわかるはずです」
「・・オーケイ」

やれやれ。今度こそ大丈夫だろう。
再び金属探知機ワキを通って待合室に戻ろうとしたら「また探知機くぐれ」と言われる。めんどくせー。
すると今度はなぜかポケットの100円ライターがひっかかって没収されちまった。さっきは大丈夫だったのに。
金属探知機2回も通ったせいでライターとられちまったよ、トホホ。
(こういう人のために、ワッタイ空港の喫煙室にはヒモで結んだライターが置かれているのである)
f0189467_15552565.jpg
 
こうして何とかイ課長はミス・ヤラワーンへの手紙を託してルアンパバーン行き飛行機に乗ることができた。
果たしてあの手紙は彼女の手に渡ったのか?・・・大丈夫。ちゃんと届いたのである。
f0189467_15552592.jpg
 
手紙の最後の署名のところに自分のメールアドレスを書こうかと思った。
しかし考えてみりゃ彼女はイ課長のメアドはすでに知ってるわけだし、改めて書くまでもないか。
で、淡い期待をこめてイ課長のFacebookのアカウントURLを書いておいたんだけど、
ルアンパバーンに着いたら彼女からのリクエストが来てた。

ラオス大学を出て、現在ラオス国営航空に勤務するサタナハマ・ヤラワーンさん(仮名)。
写真を見るとまだホント若い。20代半ばくらいかなぁ?たいへん清楚な感じの美人である。

ラオス大学って、ラオスで唯一の国立大学・ラオス国立大学のことに違いない。
ミス・ヤラワーンはたぶんラオスの中じゃ恵まれた家のお嬢さんで、アタマも良くて、それに見合った
立派な教育を受けた人なんだと思われる。そして現在はラオス最大の航空会社に(そりゃまぁ
世界的に見りゃ弱小エアラインかもしれないけどさ)勤務してるわけだから、ラオスの女性の中でも
一握りしかいないエリート・レディと言っていいんだと思うよ。
 
直接お目にかかることはできなかったけど、何とか手紙で御礼を言うことができたから、とりあえず良かった。
「あの時助けてもらった人がいる空港から飛行機乗ったのに御礼も言わずに来てしまった・・」という
後悔&ザンキの念を抱くことなく、2016年も前向きな気分で過ごせそうな(笑)イ課長なのでありました。

 
[PR]

by tohoiwanya | 2015-12-28 00:32 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2015年 12月 26日

おおきみのみささぎ(大王の陵)

もう一つ国内出張の話を続けよう。
最初にひとつテストをしてみたいと思う。

問1.下の写真は何か、その名称を答えよ(写真はWikipediaから)
f0189467_16102376.jpg
 
「仁徳天皇陵」と答えた人はバッテン。
「大仙古墳」と答えるのが現在は正しいようで、最近の教科書にも「大仙古墳」「大仙陵古墳」などと
書かれているらしい。「仁徳天皇陵」なんていう書き方もあるんだと。でもこの名称変更はわりと最近
あったみたいだから、大体の人は仁徳天皇陵って覚えてるよねぇ?もちろんイ課長もその一人だ。

ここに葬られた天皇が仁徳天皇であるという考古学的根拠が近年アヤシくなったっていうのが
名称変更の理由らしいけど、ガキの頃に「これが世界最大のお墓である仁徳天皇陵」として習った
イ課長としては戸惑うばかりでごんす。だからこの記事においては書き手がかつて覚え込んだとおり
「仁徳天皇陵」と書かせていただくでごんす。

さてだ。
この仁徳天皇陵がどの都道府県の、ナニ市にあるか知ってる人いる?
実はイ課長も「奈良とか大阪とか、そっちの方」ってくらいで、正確には知らなかった。
仁徳天皇陵、実は大阪府堺市に存在している。

昨年11月に行った姫路⇒泉南出張では大阪市内にホテルが見つからず、やっとこさ堺市にあるホテルを
確保したって前に書いた。正確には南海電鉄高野線の堺東駅近くのホテル。

しかし翌日、泉南市の目的地に行くにはJR阪和線というのに乗る必要があった。だから
阪和線のどこかの駅に歩いていけるホテルが望ましい(そんなゼイタク言える状態じゃなかったが)。
たまたま空きホテルがあった堺東という駅からなら阪和線の三国ヶ丘駅まで歩いて行けそうだ。
しかも地図を見ると、三国ヶ丘まで行く途中に何やら巨大な・・・
f0189467_23115050.jpg
 
国道310号線にほぼ接しているこの巨大墳墓。
これぞ世界最大の墓所・仁徳天皇陵ではないか。へーー、こんなところにあったんだ、これ。

ホテルをチェックアウトしてからアポまではけっこう時間があったから、ちょっと寄り道してみた。
ホテルから仁徳天皇陵までは徒歩で15分もかからない近さ。

堺東の方から地図上の黄色い道を歩いてくると、前方後円墳の「後円」のところに出る。
ってことは、このカーブした水路が写真の北(上)の方にあるマルっこいあたり・・と考えるのは
早計なのである。実際にはこの辺は堀が二重三重になってるから、一番外側の堀が見えてるだけで、
内側の広い堀はもちろん、墳墓本体は見えないのである。
f0189467_16160759.jpg
 
近くにこんなものが建ってた。
ははぁ、仁徳天皇陵は一周すると2,850m、3km弱あるんですねぇ。すたすた歩いて30分ってとこか。
まぁ時間はあるから短い右のルートで正面まで行ってみることにしよう。
f0189467_16160751.jpg
 
陵のまわりは基本的にグルッと一周できるようになってるけど、古墳そのものは見えないわけだから
“考古学散歩”っていう感じじゃない。初冬の枯葉舞い散るただの遊歩道散歩。途中に万葉歌碑があったけど
そのイワレ因縁故事来歴を書いた看板自体がよく読めないから、サッパリわからない(笑)。
f0189467_16160780.jpg
 
はい。ようやく前方後円墳の「前方」のカドッコのところまで来ました。地図でいうと左下カド。
ここを曲がっていくと、「前方」の真ん中のところが正面ということになるらしい。
f0189467_16161889.jpg
 
これが正面。へぇーーーーー。こんなンなってたんだ。
鳥居もあって神社みたいだ。ちゃんと白砂利にはスジがついてるし、キレイに整備されている。
しかし肝心の古墳は単に小高い山にしか見えない。
f0189467_16184210.jpg
 
この辺には観光客も来るようで、どこかのジイさんバアさん集団が来てた。漏れ聞こえてきた
彼らの話によると、仁徳天皇陵を世界遺産に登録しようって動きもあるんだとか。へぇ~~。

さて、反対側をぐるっと周って阪和線の駅の方に行くとするか。
これがさっきと反対側の(地図でいうと右下の)カドッコから見た堀。水鳥がいっぱいいるね。
f0189467_16161968.jpg
 
・・などとノンビリ写真を撮りながら歩いてたら、ぎゃぁ!ななな何ということか!!
ブレザーとパンツにびーーーっしりと何かの植物のタネ?(実?)がくっついてる。これがまた異常に
粘着力が強くて、手で払ったくらいじゃ全然落ちない。結局この場所に10分くらいたたずんで、
このナゾの実(タネ?)を丹念につまみとるというブザマな作業を強いられたのである。
f0189467_16161835.jpg
 
このつまみとり作業の時間を除けば、やっぱ一周するのに30分くらいだったかな。
イ課長一人だから、かなり早足ではあったが。

三国ヶ丘駅には一応展望台というのがある。ちょっと登ってみた。
しかし結局どうがんばっても小高い山にしか見えない仁徳天皇陵なのである。
f0189467_16162386.jpg
 
(面積的には)世界最大のお墓である仁徳天皇陵がエジプトのピラミッドに比べ、知名度という点じゃ
比較にならない原因も結局この「見えない」ということに尽きるね。飛行機やヘリコプターから
見ない限り、何度もいうけど「ただの小山」。仁徳天皇陵を見に行っても全然見えないんだから。
世界遺産としてのアピール力にも欠けるよなぁ。もうちょっとどうにかならんのかね?

まぁ飛行機とかヘリコプターはムリでも、近くに軽気球施設でも作って、気球の上から古墳観光なんて
ことが実現すれば観光客ワンサと来ると思うけどなぁ。もっとも、この仁徳天皇陵は国有ではなくて
皇室のモチモノだから、現在の所有形態のままだと世界遺産登録は難しいらしい。

まぁそれでも(少なくともイ課長がガキの頃の)歴史の教科書でおなじみだった仁徳天皇陵だから、
実際に来るとそれなりに「これがそうか」という感慨もあるにはあった。見えないけどね(笑)。

出張の空いた時間、堺でちょいと観光(ってほどじゃないが)してみたイ課長なのでありました。

 
[PR]

by tohoiwanya | 2015-12-26 13:42 | 国内出張・旅行 | Comments(4)
2015年 12月 23日

2015冬の国内出張

さて、アンコール遺跡群の話が続いたから、箸休めで国内出張の話をはさもう。

今年の11月から12月にかけては国内スッチョーがけっこう重なった。
すでに書いた①姫路⇒泉南出張や②大阪⇒浜松出張のあとそれぞれ日帰りで神戸と大阪。

まぁ要するに関西出張が多かったってことになるな。
甲子園球場見たのも30数年ぶりだったけど、大阪城もずいぶん久しぶりに眺めたよ。最後に見たのは
何十年前だろう?これは大阪⇒浜松出張のとき、梅田に新しく出来た高層ビルから撮った写真で、
実はイ課長は大阪城を近くから見たことって一度もないのである。
f0189467_13214228.jpg
 
その翌週には神戸日帰りスッチョー。神戸に来たのは2010年に出張で来て以来のはずで、
出張以外の目的で神戸に来たことっていうのも、これまた一度もないのである(笑)。
新神戸の駅からはかなり紅葉した六甲山やロープウェイもよく見えた。
f0189467_13210436.jpg
 
2010年出張の時、新長田で鉄人28号見たことはこのブログにも書いたけど、今回の訪問先が
偶然なことにまた新長田。ここに来たらやっぱ鉄人28号を見なくちゃ。
鉄人、今日も新長田の街を守っていてくれてありがとう。相変わらずキミは最高にカッコいいぜ。
f0189467_13210385.jpg
 
しかしこの神戸出張、食生活的には極めてプアだった。
地下鉄で新長田から新神戸まで戻って来たはいいものの、新神戸駅って小さくて店も少ないから、
帰りに駅で何か食いたいという気も起きず、結局コンビニサンド買って缶ビールと共に腹に収める。
出張なんてこんなモンなのである。出張サラリーマンは行った先で接待うけて、現地の名物料理を
食ってばかりいると思っている者は豚に食われるが良い。
f0189467_13205849.jpg
 
翌週の12月8日にはまたまた日帰りで大阪。だんだん疲れてきた。
今回の目的地は梅田じゃなく堺筋本町というところ。このあたりは船場という地名でも知られた、
かつての繊維問屋街なのだ(今でもそれなりに繊維関連企業が多い)。
f0189467_13205876.jpg
  
日帰り出張だと面談が終わったあと現地で観光なんて時間はないんだよね。
5時の新幹線乗ったとしても東京駅着は7時40分頃、ウチ着くのは9時近くだもん。
しかし新大阪駅はさすがに新神戸とは違って駅構内にいろーーんな店がある。

せっかくだから熱々揚げ物をつまみにビールでもひっかけてくか。
新大阪駅には「ソース二度づけ禁止」で有名な大阪名物の串カツ屋もあるのだ。
f0189467_13203066.jpg
 
立ち食いの串カツってむかし梅田駅の地下で一度だけ食ったことあるけど、たしかあの時も
キャベツの箸休め(指休め?)があったなぁ。ドロッとした中濃ソースじゃなくサラッとした
ウスターソースを使ってるんだね。 
f0189467_13203011.jpg
f0189467_13203002.jpg
 
で、帰りの車中はまた缶ビール+コンビニおにぎり(昼メシを食ってなかったのだ)。
さっき中ジョッキで1杯飲んでるから、持ち込む缶ビールの本数をいつもの3本じゃなく
2本にしておこうと思う程度には抑制が効いたオトコなのである、イ課長は(笑)。
f0189467_13261615.jpg
 
こんな感じで暮れていった2015年冬の国内出張ラッシュ。
とりあえず今年はもう出張はナシで新幹線も乗り納めだろう。お疲れ様でした、自分。

11月から12月にかけて忙しかったせいで、イ課長は風邪ひいちまって鼻グズグズ。
おまけにこないだ歯を抜かれ、歯肉を縫った糸がまだ残った状態で(抜糸は金曜らしい)体調はサイテー。
皆様も体調には気を付けて、どうぞ良いクリスマスを。グズグズ。
 
 
[PR]

by tohoiwanya | 2015-12-23 16:57 | 国内出張・旅行 | Comments(2)
2015年 12月 21日

プノン・バケンで夕日より感動するもの

イ課長が参加したアンコール遺跡群一日ツアーのメニューを再確認しておこう。

①最初にタ・プロム遺跡見学        
②次にアンコール・トム遺跡見学
③昼食
④お待ちかねアンコール・ワット遺跡見学
⑤プノン・バケン遺跡で夕日鑑賞

④については書いた。相変わらず順序を無視して次は⑤だ。
当然写真は1枚もない(笑)。ビジュアル資料がないヤツを先に書き終えちまおうってわけだ。
この記事の写真はWikipedia等から拝借したものでごんす。

プノン・バケンは小高い山の上の遺跡で、観光客の目当てはテッペンにある遺跡そのものではなく、
そこから眺める夕日。それほど標高の高い山じゃないけど、あたりが平らだから見晴しはすごくいい。

実のところ、イ課長は当初「夕日鑑賞なんていらねぇよ〜」と思っていた。
それでもツアーのメニューにある以上しゃあねぇからつきあうか、て感じだったわけ。
しかしここから眺めた眺望はカンボジア旅行の中でも忘れがたい、感動的なものだった。ただし、
感動したのは夕日に、ではない。

駐車場で車を降り、上り坂をしばらく歩き、最後に長い階段をのぼるとプノン・バケンにたどり着く。
こんな感じで、夕日目当ての観光客で遺跡の西側はぎっしりだ。ただ、この日は快晴ってわけじゃなかったし、
イ課長はそもそも夕日鑑賞にはさほど興味がなかった。
f0189467_23020203.jpg
 
ここは周辺で一番高い小山だから、西の夕日だけじゃなく、東西南北の景色がぜんぶ見わたせる。
真南を見るとシェムリアップ市街、そして雨季で水位が増した(つまり湖の面積がガバッと増えた)
トンレサップ湖も見えた。眺望はホントにいい場所なんだよ。
f0189467_23021380.jpg
 
でも、基本的にはこんな感じで、周囲は何かすごいものが見えるっていうより、ひたすら緑の森が続く。
このあたりからだんだんイ課長は夕日よりも、どこまでも続くカンボジアの密林の方に惹かれ始めた。
プノン・バケンで見るべきものは夕日より、この圧倒的な密林の海の方ではないのか?
f0189467_23022244.jpg
 
そう考えながら見ると、プノン・バケンから見る亜熱帯の森の密度と広大さはまったく驚嘆に値する。
とにかく、ドコ見ても圧倒的に緑の樹海だからね(上の三つの写真はすべてWikipediaから)。

緑の海に打ちのめされたイ課長はたちまちスコット・フィッツジェラルドがエンパイア・ステートビルの上から
ニューヨークの街を眺めた時の文章を思い出した。
(ちなみにイ課長はフィッツジェラルドを読んだことはない。他で引用されてたから知ってるに過ぎない)

この街は、私が思っていたような、果てしなく続くビルの渓谷ではなかった。そこには限りがあったのだ。
地上最高の建物の頂上から、私は初めてこの街の四隅がしだいに疎らになって、ついには周囲をとりまく田園に
呑みこまれていることを発見したのである。果てしなく広がっているのはこの街ではなく、それを呑みこんでいる
緑や青の荒漠たる大地の方だった・・・
「フィッツジェラルド『わが失われた街』」

イ課長が最も感動したのはプノン・バケンから、(たぶん)北の方角を見た時だ。
はる~か遠く、地平線の彼方にうっすら山が見える。繰り返すけど「はるか遠くの地平線に山」があるんだよ?
自分が今いるプノン・バケンからその地平線までの間に何があると思う?ひたすら樹海しかないのだ。
一切の人工物が見えない。家もビルも煙突もない。地平線まで続く樹海。そして聞こえるのは風の音だけ・・

実際にはあの地平線まで続く樹海のなかには多少は道路とか、田んぼとか、家とかがあるんだろう。
しかしこの高さから見ると密林の海というか、緑のジュウタン以外の何物でもないんだよ。ひたすら緑、緑なのだ。
これまでの人生でイ課長はこんなに広大な樹海を見たことがない。何せ地平線まで続いてるわけだから。
プノン・バケンで見るべきは夕日なんかじゃない。これだ。このカンボジアの密林だよ。卒然と悟った。

ああ・・その感動的な眺望の写真がないのは本当に申し訳ないと思う。
画像検索すると、イ課長が見たのと似たような角度と思われる写真もあるんだけど、個人のブログだから
Wikipediaみたいに気軽に拝借というわけにもいかない。

まぁこういうものは多分に個人の好みの問題であることは認める。
プノン・バケンでは夕日に感動する人の方が多いだろうし、トンレサップ湖の眺めにうっとりする人もいるだろう。
しかしイ課長がプノン・バケンで感動したのはまぎれもなく「地平線まで続くカンボジアの樹海」だったのだ。

プノン・バケンからはアンコール・ワットも見える。
あの巨大なアンコール・ワットすら、広大な樹海にあっては「大洋に浮かぶ軍艦」くらいにしか思えない。
f0189467_23121278.jpg
 
プノン・バケンに来た旅行者は知ることになる。
偉大な王が命じた偉大な建造物もカンボジアの自然に対してはあまりにも小さいことを。そしてこの国の
真の支配者はこの広大な密林に他ならないことを知るんだよ。
(上の写真だけangkor templesというサイトから拝借)
 
カンボジアに行って、アンコール遺跡群見学ツアーに参加する人は多いと思う。
そういうツアーの多くは最後に「プノン・バケンで夕日鑑賞」が組み込まれているはずだ。
もしアナタがプノン・バケンで夕日鑑賞する機会があったら、西に沈む夕日だけじゃなく、ぜひ東西南北全ての
方角を眺めて、広大すぎるカンボジアの樹海をその目に記憶させてほしいのである。
そして出来ることならデジカメにも記憶させてあげてね・・ああチクショウ!

 

[PR]

by tohoiwanya | 2015-12-21 00:07 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(2)
2015年 12月 18日

アンコール・ワット【第二・第三回廊】

アンコール・ワットを見学する時、おそらくガイドさんは第一回廊をグルリと全部一周することは
ないはずだ。イ課長たちのツアーのガイドさんもそうだった。

全部見ると時間がかかるってのもあるけど、第一回廊の北側とか、西側の上半分あたりは時代的に
だいぶ後に新しく彫られたらしくて、後で本で読んだところによるとレリーフとしての出来映えは
これまで見たラーマーヤナや乳海撹拌なんかに比べるとかなり落ちるらしい(笑)。
まぁデキの悪いものもそれはそれでちょっと見てみたい気はするけどね。

しかしガイドさんは容赦なくアナタを第二回廊へと連れて行くはずだ。
ここは第一回廊のグッと内側にあるから距離は短くなり、高さは少し高くなる。

第二回廊にはドラマチックなレリーフはないけど、そこココに美しいデバター(女神)がいる。
アンコール遺跡はここに限らず、どこもこの華麗なデバターとアプサラ(舞姫)たちが彫られてて
それぞれちょっとずつポーズや衣装や表情が違っている(下の写真は第一回廊で撮った)。
f0189467_14241661.jpg
 
表情は控えめだけどけっこう肉感的で、デバターさんは一人残らず超グラマーなのである(笑)。
こういう女が男を惑わすのだ。実際、後にフランスの文化大臣にまでなったアンドレ・マルローは
若い頃、カンボジアのバンテアイ・スレイ遺跡のデバターの美しさに惑わされ、魅了され、
しまいには盗掘して持ち帰ろうとし、逮捕された(マジ)。
f0189467_14293610.jpg
 
そしていよいよ最も高い位置にある第三回廊、アンコール・ワットの心臓部へ。
ここに行くには傾斜70度という、トンでもなく急な階段を登らなければならない。

この階段というのがホントに危なくて、昔は下の写真のように手すりもなかったんだけど、
カンボジア人のガイドさんが転落して亡くなるという痛ましい事故があったそうで、現在は
木製の手すりが出来てる(写真はFind Travelというサイトから拝借)。
f0189467_02441139.jpg

しかし手すりがあっても階段の傾斜は変わらないし、踏板にあたる部分がすごく狭いから
依然としてけっこう危ない。ヒールのある靴でここに来るのは暴挙です。帰りも当然この階段を
使うわけだけど、下りは登り以上にアブナい。アナタが転落したらその段から下にいる観光客全員が
巻き添えになります。メイワクです。ヒールはやめましょう。

第三回廊まで昇ってくると、アンコール・ワットを象徴するあの塔がまさに間近に見える。
ここはではもはや壁の彫刻より、石で作られたこの巨大な建物の威容にひたすら感動しながら、
かつデジカメが使えないことに深く落胆しながら歩いたもんだった。
f0189467_14310416.jpg
 
こういう観光のクライマックスでカメラが使えないって、なんかヘンな感じだね。
ネットで検索すればヒトサマが撮ったアンコール・ワットの写真はうなるほどある。しかし自分で撮った
写真がないと「そうそう、これこれ」って感じで再確認する手段がない。だもんで・・・

あの複雑な第三回廊の中を歩き、祠堂を見上げた記憶は実は夢だったんじゃないか?


・・てな気分にちょっとなる。

いや、そうだ。きっとあれは夢だったに違いない。
急な階段を昇り降りしたのも、塔を間近から見て感動したのも夢だったんだよきっと。
実際にはイ課長はアンコール・ワット第三回廊に行ってない。あの塔も、階段も、窓から眺めた
鬱蒼たるカンボジアの密林も夢で見たのだ。そうだそうだ。


だから実物を見に行こう、また(笑)。
 


[PR]

by tohoiwanya | 2015-12-18 00:04 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(2)
2015年 12月 16日

乳海撹拌【ビジュアル資料補足】

前回記事で乳海撹拌の神話をご紹介したけど、写真は借り物1枚だけだった(す、スマヌ・・)。
そのお詫びというわけじゃないけど、前回記事での「視覚的欲求不満」を少しでも解消すべく、
ちょっと違う乳海撹拌の写真をたっぷりご覧に入れようではないか。

乳海撹拌ってヒンズー教では有名な天地創造神話で、アンコール・ワット第一回廊のレリーフは
それを表現したビジュアル作品としてたぶん世界一有名だろう。Wikipediaにもその写真があったから
使わせていただいたわけだけど、もっと詳しく見たいという方はこの辺のサイトをご参照いただきたい。
でもいつかはご自分の目で直接ご覧になることを強くお勧めしたい。

アンコール・ワットが「世界で最も有名な乳海撹拌ビジュアル化作品」だとすれば、以下にご紹介するのは
世界で二番目か三番目に有名かもしれない。いやホント、マジでそうかもしれないんだよ。

実はバンコクのスワンナプーム空港搭乗ロビーにはけっこうデカい乳海撹拌の立体モニュメントがある。
スワンナプーム空港にそんなものがあるなんて全然知らなかったけど、今やイ課長も乳海撹拌には
ちょっとうるさい(笑)。9月のビエンチャン乗り継ぎの間にたっぷり見学して写真も撮ってきた。

どぉーーーーーん
f0189467_17504813.jpg
 
アンコール・ワット第一回廊の乳海撹拌は100m近い長さがあるから、ヘビを引っ張る人数も
ものすごくて、神々やアスラが延々とズラーーッと重なってヘビを引っ張ってるアリサマは
「どこまでも果てしなく・・」的な、一種の幻惑効果がある。
こうやって3次元的につくられるとそういう感じはなくなるけど、まぁこれはこれで面白かったよ。
f0189467_18212715.jpg
 
大ヘビのシッポをひっぱる神々軍のメンメン。みなさんキリッとしたイケメンぞろいときたもんだ。
さながらジャニーズ事務所軍団といった風情。
f0189467_17504879.jpg
 
一方、頭の方をひっぱるアスラ軍は典型的な悪役ヅラ。
実はアスラ軍に頭の方を引かせたっていうのもヴィシュヌ神の狡猾な計算で、綱代わりにされた大ヘビは
苦しいもんだから口からボウボウ火を噴いたりして、頭をひっぱるアスラ連中はアッチチチの大やけどだ。
しかしジャニーズ神々軍の方はシッポを引っ張ってるから大丈夫ときた。きったねぇよなぁヴィシュヌ。
f0189467_17504986.jpg
 
これが今回の乳海撹拌の総合プロデューサーといえるヴィシュヌ神。あらえっさっさーって感じで
あまり荘厳さは感じられない(笑)。
f0189467_17505530.jpg
 
マンダラ山を乗せた亀さんの顔はこんな。高速回転してるはずなのに特に苦しそうじゃないね。
f0189467_17505516.jpg
 
しかし超巨大ミキサーでぐわぁーッと超高速撹拌される乳海のかき混ぜられっぷりは迫力満点。
コナゴナにされる魚たちはたまったもんじゃないが。
f0189467_17505581.jpg
 
様式化された平面レリーフでありながら高い芸術性を感じさせるアンコール・ワットの乳海撹拌に比べて
このスワンナプーム空港の乳海撹拌は神秘性はあまりないけど(笑)、わかりやすくてそれなりに
見てて楽しい作品だと思う。思わず写真を撮ってる人も多くて、空港の人気モニュメントといえる。
f0189467_18034538.jpg
 
これを見たのは早朝5時に到着して乗り継ぎを待ってる間だったから、まだ朝6時前だったと思う。
そんな時間でも空港利用者はそれなりにいるし、空港で働いてる職員もけっこう多い。

おお何と。空港職員が乳海撹拌の前にペタリと座ってお祈りしてる。
スワンナプーム空港の乳海撹拌モニュメントはいまや信仰の対象でもあるようだ。すげー。
f0189467_18052904.jpg
 
タイやカンボジアって基本は仏教国なんだろうけど、古くからヒンズー教の影響もうけてるし
アンコール・ワット自体もヒンズー教寺院。だから乳海撹拌っていう神話モチーフもインドだけじゃなく、
カンボジアとかタイとか、広く東南アジア全体に知られてるんだろうな。

というわけで本日は乳海撹拌に関する、いわば「ビジュアル的補足」とでもいうべき記事でした。
次回からまたアンコール・ワットの紹介に戻ります(相変わらず写真はないが・・くそ)。

 
[PR]

by tohoiwanya | 2015-12-16 00:08 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2015年 12月 14日

アンコール・ワット【乳海撹拌】

本日の標題、にゅうかいかくはん と読む。

アンコール・ワットについて書かれたどのガイドブックも、第一回廊の乳海撹拌のレリーフのことは
必ず触れているはず。「圧巻」「最も有名」「第一回廊最大の見もの」てなことが書かれてると思う。
東回廊左側に彫られたこの乳海撹拌こそ第一回廊のレリーフ見学の、まさにクライマックスなのだ。
どのガイドさんもここに来るとそれまで以上に説明に熱が入る。

乳海撹拌とはヒンズー教の天地創造神話みたいなものなのである。
我々のガイド氏が「ぼく、しんわのなかで、これいちばんおもしろいとおもう」と言うだけあって、
そのストーリーは気宇壮大にして波乱万丈、神話につきもののトンデモ性もふんだんにあって
確かに面白いんだよ。このブログでも簡単に紹介しておきたい。

話は神々(イイモノ)と、アスラ=阿修羅(ワルモノ)の戦いという構図の中で始まる。
ギリシャ神話でもゼウスが巨神どもと大戦争したって話があったはずで、大昔に神さま同士の
熾烈な戦いがあったっていうのは神話の世界じゃよくある設定みたいだね。

ヒンズー教における神々vs.アスラ戦争ではイイモノの神々の方がちょっとドジを踏んだために
劣勢に陥る。このままじゃワルモノのアスラ軍に負けちまうかもしれん。やばい。ピンチだ。
そこで、何かイッパツ逆転のいい手はないかっていうんで神々軍はヴィシュヌ神に相談してみた。
そこで万能のヴィシュヌ神がひねり出した妙案が「乳海撹拌」だったというわけだ。

乳海撹拌って、要するに海をかき回すだけかき回してミルクにしちまうという超スーパー大事業で、
その乳海からは不老不死の薬「アムリタ」が出て来るはず。このアムリタを飲みさえすりゃ神々軍は
たちまちホウレンソウ食ったポパイみたいにパワー100倍になってアスラに勝てるってわけだ。

しかし乳海撹拌なんてスゴすぎる大プロジェクトは神々だけじゃムリ。
そこで「アムリタ半分あげるからさぁ」とダマして(ひでぇ)アスラ軍に協力してもらうことにした。
アスラたちも不老不死の薬アムリタは欲しいわけヨ。そしていよいよ敵味方が協力して始まった
壮大すぎる乳海撹拌プロジェクト。まさに天海を揺るがすそのスケールがすごい。

①まずマンダラ山という山をひっこ抜いて巨大な亀の背中に載せ、半分くらい海に沈める。
②そのマンダラ山に蛇、7つの頭を持ったナーガという超巨大蛇をぐるぐる巻き付け、ツナ代わりにして
 シッポの方を神々軍が、頭の方をアスラ軍がそれぞれ持って交互に引っ張りっこする。
③それによってマンダラ山(と亀)は高速で回転し、いわば巨大ミキサーになって海を撹拌する。
 海中生物たちは超高速撹拌で四分五裂にチギれ、さらに小さく分子レベルにまでチギれ、
 しまいには海全体がコロイド化?して乳海になっちまった。

ちびくろサンボでトラが高速回転のあげくバターになったのに比べたら、乳海撹拌で魚たちが
ナノレベルにまで粉々にされ、海がミルクになる方が多少は現実味があるな(ねぇよ)。

この乳海撹拌のための綱引き・・というかヘビ引きは千年(!)続いたらしい。やがて乳海の中から
太陽と月だの、天女アプサラだの、絶世の美女ラクシュミー(後にヴィシュヌの奥さんになるらしい)だの
いろんなものがブクブクと現れ、ついに不老不死の薬アムリタを持った女神があらわれた。やった。

たちまち神々軍とアスラ軍の間で醜いアムリタ争奪戦が始まる。しょうもねぇ連中だぜ。
一度はアスラ軍に奪われたんだけど、絶世の美女に変身したヴィシュヌ神の色仕掛けでうまく取り返し、
最終的には神々軍だけで不老不死の薬・アムリタをごくごく回し飲みできた。めでたしめでたし。

・・・と思ったらまたまたピンチ。アスラが一人、神々に化けてまぎれ込んでアムリタを飲もうとしてる!
今まさに彼がゴクリと飲もうとした時、太陽の神と月の神が気づいて「あ!あいつアスラですぅ!」と
ヴィシュヌ神に言った。間一髪、ヴィシュヌ神は素早くチャクラム(リング状の円盤)を投げて
アスラの首をチョン切った・・・のはいいのだが・・・。

アムリタを飲む途中で首切られたもんだから、そのアスラは首から上だけ不老不死になるという
中途半端なことに(笑)。怒り狂った「首だけアスラ」、告げ口した太陽の神と月の神に食らいついて
飲み込むんだけど、首から下がないから何度飲み込んでもすぐノドからポロリと落ちてしまう。だから今でも
太陽と月は時々「首だけアスラ」に飲み込まれて短時間だけ隠れるのである(これが日食&月食)。

紆余曲折の末、アムリタを飲んだ神々は不老不死の身体となってアスラとの大戦争に勝利を収め、
今でも神々が支配する「この世」が続いているのでありました・・・と。

どうよこれ。大スペクタクルあり、アクションあり、絶世の美女の色仕掛けサービスシーンありで、
確かにめちゃくちゃ面白い。なぜハリウッドはSFX超大作として映画化しないのか。
(下の写真中央がマンダラ山の上で乳海撹拌の指揮?をとるヴィシュヌ神。画像はWikipedia)
f0189467_17404016.jpg
 
乳海撹拌のレリーフは東側回廊の左半分、前回書いた南側回廊右半分の「天国と地獄」を
見終わってカドを曲がるとあるわけだ。乳海撹拌だけでもまた95mだからね。神々やアスラたちが
「どこまでもどこまでも・・」という感じで並んでヘビを引っ張ってるサマは一種幻想的な迫力で
見る者を圧倒するわけだけど、長くなったので続きは次回だ。
(ヲマエ!今日は神話紹介だけかよ!しかも写真はWikipediaのちっちぇーの1枚だけ!)

 
[PR]

by tohoiwanya | 2015-12-14 00:20 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(0)
2015年 12月 12日

アンコール・ワット【第一回廊】

西参道でまず感動したら、いよいよアンコール・ワットの内部に入っていくぞ。
おそらくガイドさんは第一回廊壁面に彫られた素晴らしいレリーフへとアナタを誘うはずだ。

前回使ったDrexel大学の図をもう一度見ていただきたい。
画像下の方の西門を越え、今われわれは中央の四角に囲まれたアンコール・ワットのヘリに
さしかかったわけで、第一回廊とはこの外側の四角のことなのである。
f0189467_00314370.jpg
 
事前にガイドブックには目を通してたけど、正直言ってイ課長はここに来るまで
「第一回廊のレリーフ」にはほとんど注目してなかった。アンコール・ワットといやぁ、やっぱ
石で作られた建物そのものがスゴいわけで、壁の彫りモノなんて大体どこの遺跡にもあるじゃん
・・と、まぁその程度の認識だったのである。

ところがこれが素晴らしい。
この第一回廊はグルッと一周すると760mあるらしいから正方形と考えれば一辺は190mだ。
真ん中に出入り口があって、回廊一辺が真ん中で左右95mずつに分けられてることになる。
その左右の壁面にそれぞれ違うテーマのレリーフがあるわけよ。1辺に二つあるわけだから
第一回廊全部グルッと回れば八つの異なるレリーフを目にすることになる。

西側回廊の真ん中から入って、ガイドさんはたぶん右折するはずだ。
そこにはラーマーヤナの壮大な戦闘シーンのレリーフがある。これを見てイ課長は驚いた。
f0189467_00474316.jpg
 
ううううわ、何だか知らんがこれはすごい。
ガイドブックの小さな写真見ただけじゃ想像もしなかったけど、ものすごいスケール。
f0189467_00480470.jpg
 
歩兵・騎兵・馬車等々、まさに両軍入り乱れての激闘が95mにおよぶ壮大な巨大レリーフ絵巻に
なってるわけだから圧倒的スケールだ。こんなにスゴいものだったのかよ!
f0189467_00480428.jpg
 
f0189467_00493906.jpg
 
長さのスケールもすごいし、レリーフ自体の精巧さも大したもんだ。
ラーマーヤナって主人公軍団にサル軍団が味方してワルモノ軍団と戦う(らしい)んだけど、
密集戦の中をヨロイを着たサル兵士が飛ぶように走り回ってる姿とか、すごい躍動感がある。

しかしこんなモンで驚いていてはいけない。
西回廊の右半分を見るとカドを曲がって次は南回廊の左半分。そこは別名「王の歴史回廊」とも
言われてて、アンコール・ワットを建てたスールヤヴァルマン2世って王様の治世の様子が
彫られてる。これがスールヤヴァルマン2世で、お釈迦様の姿で描かれてる。現人神さまなのだ。
f0189467_00501936.jpg
 
さらに中央の出入り口を通って南回廊の右半分にいくとそこは「天国と地獄」だ。
古代歴史叙事詩(ラーマーヤナ)、現代史(当時の王様の様子)、宗教画(天国と地獄)と、
回廊のカドを曲がったり、出入り口を通り過ぎるたびに新しいレリーフ絵巻が繰り広げられる。
第一回廊のことを「あたかも劇場」って書いた本があったけど、まさにそんな感じだ。
f0189467_00503587.jpg
 
「事前に写真で見た程度」で、ロクに予習もせずに第一回廊のレリーフ大絵巻を見たイ課長は
最初驚き、だんだん興奮し、そのうちカンドウし始めた。個々の造形は素朴で、ある意味マンガ的に
様式化されてるんだけど、それらが自由奔放かつ高密度な構図で配置されてて、圧倒的な
ボリューム感がある。まさに圧巻の出来。こんなに素晴らしかったんだ。
f0189467_00480481.jpg
 
で、ちょうどこの辺でデジカメのバッテリー様が昇天あそばされたのである(笑)。
すでに午前中のタ・プロム遺跡とアンコール・トムで散々撮りまくったからなぁ。

本当にもうこの時は切歯扼腕というか、オノレのバカさ加減を深く呪った。
その時は知らなかったけど、実は第一回廊最大の見どころはさらにカドを曲がった東回廊の
左半分にあるんだよ。その直前でバッテリー切れとは神は何と残酷なのだ。

当然、この先の写真はない。ないけどイ課長は書くぞ書いてやろうじゃねぇか。
続きは次回だくぬやろう。

 

[PR]

by tohoiwanya | 2015-12-12 00:05 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(4)
2015年 12月 10日

アンコール・ワット【西参道】

イ課長がシェムリアップ到着翌日に参加した遺跡見学ツアー、メニューはこういう順番だった。

参加者の宿泊ホテルに順ぐりお迎え。
          ↓
①最初にタ・プロム遺跡見学
          ↓
②次にアンコール・トム遺跡見学
          ↓
③いったんシェムリアップ市街に戻って昼食
          ↓
④お待ちかねアンコール・ワット遺跡見学
          ↓
⑤プノン・バケン遺跡で夕日鑑賞
          ↓
お土産物屋に立ち寄り、宿泊ホテルに順ぐりに送ってもらって終了

しかしこのブログでは最後に近い④アンコール・ワットからご紹介していこう。
一番有名だし、写真が少ない(もしくは全くない)見学先を早めに書いてしまいたいのである(笑)。

さぁそういうわけでアンコール・ワットだ。
イ課長が過去行ったタージ・マハルとかアルハンブラ宮殿みたいな世界的超有名観光スポットと並んで
アンコール・ワットはまさに「世界の観光地」と言うにふさわしい。実際に行ってつくづくそう思った。

写真やテレビでなら誰でも見たことはある。しかし実際行ってみると確かに「うはーこりゃすげぇ」と
うなるしかないような素晴らしさ。「地雷を踏んだらサヨウナラ」で有名なカメラマン、一ノ瀬泰造さんは
アンコール・ワット見たさ、撮りたさに突き動かされるまま内戦下で治安の悪いシェムリアップに行き、
その地でクメール・ルージュによって殺害された。

上から見たアンコール・ワットはこんな感じでほぼ正方形。豊かに水をたたえる掘に周囲を囲まれてて
見学者は必ず西側の参道から入っていく(下の図では手前から奥に向かって進む形)。
(下図はDrexel大学のサイトから拝借)
f0189467_00314370.jpg
 
画像で一番下真ん中あたり描かれてる西参道からアンコール・ワットを見るとこんな感じ。
この時はそこまで気が回らなかったけど、今改めてこの写真を見ると、ここってものすごく視覚効果を考えて
作られてるんだなぁと思う。
f0189467_17321173.jpg
 
上の写真に見えている正面の建物はアンコール・ワットの西門であって有名な中央の祠堂ではない。
祠堂はもっと奥にあって、もっと大きいんだけど、重要なのはこの位置からだと奥の巨大な祠堂が
西門に隠れて見えないことだ。逆に言うと奥にある祠堂は手間にある西門からほとんどはみだしてない。
この西門の塔、元はもっと高かったと推定される(上が崩れてるっぽい)から、昔は今以上に
門の向こうが見えなかったはずで、訪問者はまずこの巨大な門に見とれることになる。
f0189467_17321145.jpg
 
「うわーすげぇ門」と思いながら門に近づき、その威容を見上げる。誰だってそうするだろう。
ところがだ、巨大な門をくぐってその先を見ると、そこには西門よりさらに壮大かつ荘厳な
祠堂が視界にとびこんできて訪問者はさらにぶったまげることになる。そういう風に「見え方」を
計算して作ってるはずで、すごい演出効果だと思うよ。
f0189467_17321890.jpg
 
アンコール・ワットの向こうからのぼる朝日鑑賞ツアーっていうのも定番だけど(参加しなかったが)
昼間であればアンコール・ワット見学は午後っていうツアーが多いはずだ。午前中だと逆光になるけど
太陽が西に回った午後なら太陽を背にして撮れるからね。
うーむやっぱ実物ならではの存在感&重量感。そして実物ならではの観光客の多さ(笑)。
f0189467_17321856.jpg
 
ちなみに、アンコール・ワットを見学する時は個人であれ団体であれ、現地ガイドを同行することが
必要らしい。そういうところはアウシュビッツなんかと同様で、一人で気ままにブラブラ見るわけには
いかないらしい。イ課長が参加した日本人混載ツアーを担当したガイド氏は日本語がすごく上手で、
なかなか楽しい若者だった。
f0189467_17321817.jpg
 
さて、それじゃいよいよ世界の観光地アンコール・ワットの中に入っていくぞ。
とりあえず次回は、その高度な芸術性で訪問者を魅了してやまない第一回廊のレリーフあたりから
ご紹介しましょうかね。

 
[PR]

by tohoiwanya | 2015-12-10 00:13 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(0)