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2016年 02月 29日

サイゴンにおける定位置

イ課長は2013年、14年と連続してサイゴンに行った。
とは言っても二回ともたかだか2泊3日だし、到着は毎回夜だし、3日めは朝から別の町に
移動しなきゃいけないし、実質的なサイゴン滞在・観光時間なんてホントに少ない。
サイゴンで「おなじみの場所」なんてそれほどあるわけじゃない。

しかし、マジェスティック・ホテルのテラスバーはイ課長にとって「サイゴンのいつもの場所」に
なりつつあるかも。2013年に初めて行き、2014年にもまた飽きもせず行ってしまった。
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コロニアル建築散歩からいったんホテルに戻ってシャワー浴びて、でもまだ夜のバイクツアーまでは
時間があった。どっか行こうかなぁと考え、またマジェスティック・ホテルに行く気になった。
別に何があるってわけでもなく、ビール代も高いんだけどさ(笑)。

一人旅してて、一人旅の旅情をしみじみと感じる時間って実は意外と少ない。
遺跡だの名所旧跡を見学してる時は見て、驚いて、写真撮って・・っていうのに忙しいわけだし、
移動の間でもいろんな不安要素の確認(道、間違えてないか?バス乗り間違えていないか?etc..)が必要で、
ぼんやりと「ああワタシはいま異国に一人・・」的な旅情に浸っていられる時間ってそう長くない。

ところが、メシ食うとかビール飲むとかでゆっくり一人でどこかのテーブルについてる時間って
大体の場合、そういう不安感からは解放された状態ってことが多い。しかも話し相手は誰もいないから
テーブルから眺める風景をみながら、しばし孤独な物思いにふけることが多い。
「一人じゃつまんないじゃん」って言う人もいるけど、イ課長はそういう時間がけっこう好きだ。
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イ課長がこのテラスバーに来るのが好きなのも、そういう感慨に浸る場所としてイイからだろうな、きっと。
すごく眺めがいい上に、すごく静かなんだよね、ここは。
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昼間、あるいは夜にこのテラスバーがどの程度混むのかイ課長は知らない。
しかし、夕方ちょっと前くらいの時刻は大体空いてるようで、客はほとんどいない。BGMもなくて、
大都会サイゴンのかすかなざわめきが聞こえてくる程度。そういう場所に話し相手もなく一人でいると、
ホントに静かで、自分はいま一人で外国にいるんだなぁって気になる。一人旅ならではの時間だ。
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ちびちびとビールを飲みながら、去年も眺めたサイゴン川対岸の広大な未開発エリアを眺める。
この数時間後、夜のバイクツアーでこの未開発の2区からコッチを眺めることになるわけだけど、
この時はそんなことも知らない。近藤紘一と沢木耕太郎がしみじみと眺めた眺望を、イ課長もまた
しみじみと眺め、孤独なサイゴン旅情に浸る。

お、何てこった。虹だ。
薄くて写真じゃわかりづらいだろうけど、写真の左上から右下の方向に虹が出てた。
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2013年に初めて来て、イ課長はベトナムという国がなぜか気に入った。
その翌年にまたこうしてベトナムに来て、“サイゴンの定位置”でビールを飲んだわけなんだけど、
ベトナムの側でも「オマエまた来たのか、んじゃまぁ虹でも見せてやるよ」って言ってくれたようで
ちょっと嬉しかった(←バカ)。
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イ課長が今後またサイゴンに行くことがあるかどうかはわからない。
しかし、もし行くことがあればイ課長はきっとまたこの“サイゴンの定位置”に理由もなく行って、
ビール飲んで、しみじみとベトナム旅情に浸るんだろう、きっと。

  
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by tohoiwanya | 2016-02-29 00:16 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(2)
2016年 02月 27日

国民感情というもの

さて、やっと2014年東南アジア旅行に話を戻そう。
本日はカンボジアとベトナムの間にあるフクザツな国民感情というシリアスなテーマを取り上げる。

地理的な隣国同士って、まず例外なく過去に征服したのされたのっていう歴史があるから
両国民の間にフクザツな感情がたまる。反日だ嫌韓だと言い合ってる日本と韓国もそうだけど
ベトナムとカンボジアの間にもいろいろある。遺跡観光ツアーのガイドさんから聞いた話の中にも
ベトナムにからんで「ええ?そうなの?」と思うことがあったので、書いておきたいのだ。
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たとえばアンコール遺跡群に入るための共通入場券。
1日券(20$)、3日券(40$)、一週間券(60$)の三種類あるって前に書いた
シェムリアップのマッサージ屋のお姉さんの一か月の給料が80$って言ってたことを考えれば
カンボジア的には超々高額チケットだ。

それでもアンコール遺跡に押し寄せる観光客は年間200万人。一人平均40$のチケット買うとして
入場料収入は8000万$≒約100億円。アンコール遺跡群の入場料収入はカンボジアの国家財政に
トテツもなく貢献してるはず・・と、誰でもそう考える。

ところがギッチョン。
ガイド氏は悔しそうな顔でこう言う。「おかねはみんなベトナムにとられちゃうんですよぉ~
えええ?カンボジアにある遺跡なのに、なんでベトナムがとっちゃうのさ?

あとで調べて驚いた。本当にそうらしいんだよね。
前に写真を載せた入場チケット。このチケットの左下にピンクの桜みたいなマークが
あることにご注目いただきたい。
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このSOKHA HOTELS っていうホテル・リゾート運営企業、実はベトナム系の会社なのだ。
アンコール遺跡入場券販売利権はこの会社が独占的に握ってるらしい。カンボジアに還元されるのは
収入の10数%(一説では100万ドル/年)程度とかで、あとはこの会社の売上になっちまうらしい。
だから遺跡の修復に使われるお金なんて、入場料収入のほんの、ほんの一部だけってことになる。
(主要な遺跡の修復は事実上、先進国からの援助に依存している)
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そりゃカンボジア人、ムカつくわなぁ。
さっきザックリ試算したように、アンコール遺跡の入場料収入は年間約100億円という規模。
仮にその1割、10億円をカンボジアに還元しても残り90億円はベトナムのもの。しかもその収入は
オレたちの国にある遺跡から吸い上げてるっていうんだから

自分の国の遺跡なんだから、入場券発行の利権なんてベトナム企業から取りあげて国営化すりゃ
いいのでは?と思うけど、経済的にも軍事的にも強いベトナム相手だとそうもいかんのかなぁ・・。
まぁね、カンボジア当局の中には甘い汁のおこぼれにあずかるのと引き換えに、ベトナム企業に
便宜を図ってる人間がいることも十分想像されるが。
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イ課長がシェムリアップに来るのにアンコール・エアを使ったっていう話をしたら、このガイド氏、
またまた悔しそうな顔をしてこう言う。「あれだってベトナムの会社ですよぉ~
えええ?!ホントなの?
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これまた調べてみると、アンコール・エアの出資比率はカンボジア政府51%、ベトナム航空49%だと。
出資比率ではかろうじてカンボジアの方が過半を占めてるけど、カンボジア政府に航空会社運営の
ノウハウなんて皆無なのは明らかだ。実際にはベトナム航空に牛耳られてる可能性は高い。
うーーーむ・・・

以前に書いた「予習」をちょっと思い出してほしい。
ポル・ポト政権の恐怖政治からカンボジアを解放したのはベトナム軍の侵攻。
その後新たに作られたヘン・サムリン政権を世界は「ベトナムの傀儡」と見なした・・と書いた。

傀儡という表現が適切かどうかはともかく、ヘン・サムリン政権が当時カンボジアを実質支配してた
ベトナムの影響下で作られた“親ベト政権”だったのは間違いない。そして今のカンボジア首相の
フン・センという人はヘン・サムリン政権当時の外務大臣だった人・・ははぁ・・・ってことはだ、
今のフン・セン政権は依然として“親ベト政権”の延長線上にあると言っても間違いじゃないんだろう。

うーーむ・・・こういうことを知ると、ベトナムに対する鬱屈した感情がカンボジア人の中に溜まるのも
無理ないかななぁ・・と素朴に思う。アンコール遺跡の収入の大半がベトナムのものってのは、
さすがにそれはちょっと・・・と思ってしまうわけヨ。

ま、こういう問題はよその国の人間が見るほど単純なもんじゃない。
二つの国の間にはイ課長の知らない歴史的経緯ってヤツがいろいろあるのは間違いない。

実際、ポル・ポト政権の時には国境沿いのベトナムの村がクメール・ルージュに襲われて、
多くのベトナム人がこれ以上ないくらいヒドい殺され方をしたなんて例もあったし、その後の
ポル・ポト派との内戦でも多くのベトナム兵が死んでる。大体だなぁ、ポル・ポト支配から解放されて
今のカンボジアがあるのは誰のおかげだと思ってんでぃッ?と、ベトナム側にすりゃそういう思いがあるだろう。
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どっちかの肩を持つつもりはないし、イ課長はベトナムもカンボジアも両方好きで、
どちらの国にもまた行きたいと思ってる。

でもさぁ、経済発展著しいベトナムは今や一人当たりGDPじゃ軽くカンボジアの倍、総額で比較したら
カンボジアの10倍以上だぜ?両国の経済力は水鉄砲と大砲くらいの差があると言っていい。
言い換えればカンボジアって国はそんだけ貧しいわけさ。街の「都会度」にしたって雲泥の差だもん。
サイゴンはもうすぐ地下鉄ができるけど、プノンペンに地下鉄なんて22世紀になってもできるかどうか・・。

なぁ、ベトナムのお兄ぃさんたちよ。そりゃま、過去にいろいろ遺恨があるのは重々承知してるけどよゥ、
ここは一つ度量の広いとこ見せちゃぁくれねぇかなぁ?アンコール遺跡群の入場料収入ぐれぇはそのまま
カンボジア野郎どものフトコロに入れてやるってわけにゃいかねぇかい?なぁ、ベトナムのお兄ぃさんたち、
おめぇさんがたを男と見込んで、あっしからもお願ぇしやすよ。

 
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by tohoiwanya | 2016-02-27 00:06 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(2)
2016年 02月 25日

銀婚ツアーへの長い道

1001回目の記事からは2014年東南アジア旅行に戻る・・と言った舌の根も乾いていないのに、
予告とは全然違う記事を書く。たとえこのブログが2000記事まで続くことがあったとしても、
思いつきですぐ気が変わるという性格だけは治りそうもないイ課長なのである(笑)。

前回記事でもちょっと触れたけど、今年はトホ妻との銀婚ツアーが予定されている。
行き先は昨年秋頃から検討し続けたんだけど、まぁ何せトホ妻の希望優先という基本路線だから
トホ妻の気分しだいで次々と方向性が変わる。ヤツもまたよく気が変わる女なのだ。

トホ妻が最初に挙げた候補地は、なんとニューヨークだった。
ニューヨークぅ~?イ課長はもう何度か行ってるけど・・・ま、まぁいい。ここはトホ妻の希望優先。
ヤツはそもそも北米大陸ってのに行ったことがない人間で、この際行ってみようかと思ったようだ。
自分は初めてでも、多少は現地を知ってる巨大ロボット亭主という奴隷がいるし。
(下は2008年出張で行った時のニューヨーク)
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しかしその案はいつの間にかフェードアウト。
一応ニューヨークのガイドブックとか読んではみたものの、「いまいち盛り上がってくるものがない」だと。
イ課長としてもニューヨークは旅行や出張ですでに何度か行ってるし、ホテルはどこもクソ高そうだったし、
トホ妻の「ニューヨーク案撤回」にはさほど異議を唱えなかった(笑)。

その次にトホ妻が言い出したのは、なんとローマ。
ほほぅ、ローマはイ課長も行ったことがない。イタリアはスリやコソ泥が多そうな国だけど、そこはホレ、
巨大ロボットの亭主が一緒なら一人で行くより安心だし・・ということのようだ。

ローマ案はイ課長にとってもなかなか魅力的だったから、いろいろ調べた。
「ローマの休日」の、最後の記者会見の場面の撮影をやったナントカ宮殿にぜひ行きたいなぁなんて、
具体的なプランまで考えた(下は2012年出張で行ったミラノ。ローマと関係ねぇやん)。
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ところがこれもなぜかフェードアウト。また「盛り上がってこない」だと・・・ええ~?ローマやめんのぉ?
これはちょっと残念だったかも。ま、いいさ。いずれ一人で行ってやるもんね。

次に挙がった候補はなぜか急に「北ドイツ周遊」ときた。シブいねー。
ドレスデンとか、ハーメルンとか、ハルツ地方とか、この辺は独文科出身のトホ妻の得意分野だ。
イ課長は「ハーメルンの笛吹きの、舞楽禁制通り見たいな」くらいのミーハーな希望しかないけど
トホ妻はあちこち行きたい場所がある。ま、ここはトホ妻の希望優先。じゃ、北ドイツにすっか。

とーころがこれもフェードアウト(笑)。候補が挙がるたびにあちこち下調べするイ課長の身になれテメェ。
フランクフルト乗り換えで行きはベルリン、帰りはハンブルクから、なんてことまで調べたのにテメェ。
(下は2008年出張で行った時のハンブルク)
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次に挙がった候補地はどこか?なんとイスタンブールなのである。なんでまた?
実はここ、死んだオヤジが大好きだった町で、オヤジ&オフクロが金婚式の時にイ課長夫婦と一緒に
四人で行ったことがあるんだよ。2005年の話だ。両親が金婚式の時に連れてった町を、ムスコ夫婦が
銀婚式記念に再訪し、自分たちの金婚式までさらなる25年に思いをはせる・・・
実に心が洗われるような話ではないか(笑)。(下は2005年に行った時のイスタンブール)。
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だがこの美しいプランは主に治安上の理由で却下。トルコには難民もワンサカ入ってきてるし
テロ騒ぎもあるし、ヤバイかなぁ?とは思ったんだけど、現地に詳しい人に聞いても「いま何が起きても
おかしくない状況だから、やめとけ」と言われる。やっぱそうか・・。

結局行き先が決まらないまま越年。
行くとしたら6月が有力。だとすると、もう半年しかないぞ。行き先くらい早く決めようぜ。

・・と、そんなある日、例によってコタツに寝っころがって外国ドラマ(主に人殺し)を見てたトホ妻が
ボソッと言った。

「よし、◆◆◆◆に行こう」

結果的に、この発作的とも言える(というか、そうとしか言えない)トホ妻の一言によって
我々の銀婚ツアーの行き先は決定したのである。もう飛行機もホテルも予約しちまったのである。
後戻りはできないのである。

というわけで、今年6月18日の土曜日、トホ妻&イ課長は飛行機に乗って◆◆◆◆に行く。
また現地から「イ課長はここにいる」の写真クイズを出したいから、とりあえず秘密にしておくけど、
やけに当たり前すぎる行き先だから、クイズにならないかも(笑)。

 
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by tohoiwanya | 2016-02-25 00:09 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(4)
2016年 02月 22日

千とイ課長のカミ隠し

2008年の9・10・11月、イ課長は3か月連続海外出張という地獄を経験した。

海外出張すりゃ、とりあえずカメラを持ってく。3か月連続となると、欧州や米国の写真が貯まるはず。
海外出張ばっかでアタマ来たから、たまった写真で海外出張ブログでも作っちまおうか。

・・・と、まぁその程度の低いモチベーションで(笑)、9月のドイツ出張から戻り、次に控える
10月欧州出張の準備中だった2008年9月22日にこのブログを作り、最初の記事を書いた。
旧東ドイツ地域はけっこうヤバかったっていう話だ。
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なんだって、こんな昔話を始めたのか?
偶然にもあれからちょうど7年5カ月たった今日、2月22日のこの記事で、イ課長ブログは
1,000記事に到達したのである。

  千ですよ・・・

     ワン サンザンドですよ・・・

我ながらよく書いたなぁ・・・なんて感慨は特にない(笑)。元々書くの好きだからね。
本日は1,000記事到達を機会にちょっと数量的な分析をしてみたいのだ。

ちょうど7年と5か月で1,000記事書いたってことは、だよ?
89か月で1,000記事。一か月平均11.24記事。大体2.67日に一回ずつ更新したことになる。
更新間隔としては「2日に一度」よりは長いが「3日に一度」よりは短いわけか・・微妙だ(笑)。

次に、1回の渡航で何本くらいの記事を書いてるかを見てみる。
出張より旅行の方がネタは多くなるから、記事数の多かったカテゴリは旅行モノばっかりだ。

① 2013年ベトナム・タイ旅行  95記事
② 2014年ベトナム・カンボジア・タイ旅行 83記事(これについてはまだ増えるが)
③ 2011年ウィーン旅行     82記事
④ 2012年ポーランド・フィンランド旅行 75記事

一週間の海外旅行を一度すれば、だいたい80~90記事分くらいのネタは仕入れられる・・と、
そう考えてもおおむね妥当と思われる。少し希望的観測を入れて「1回の旅行で90記事書ける」と
仮定して話を進めよう。

さっき計算した更新間隔が2.67日。これに90(記事)を掛けてみると・・・

  2.67×90=240.3

この数字は何を意味するか?

一週間の旅行について書き尽くすのに要するのが240.3日=約8か月。
旅行頻度を年に一度、つまり12か月に一度と考えれば、ネタ仕入れペースよりネタ消化ペースの方が
かなり早いわけだ。1回の旅行で仕入れたネタを8ヶ月で書き尽くせば、残り4カ月分のブログネタはない。
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今はまだ過去旅行のネタ在庫があるから、一昨年の東南アジア旅行のネタなんて書いてるけど、
それも今年の春頃には書き終わるだろう。次に昨年のラオス・タイ旅行ネタ在庫に着手したとして
年内いっぱいもつかどうかってとこじゃないか?

その頃にはトホ妻とのぎーんこーんツアーという新しいネタの“入荷”が予定されてはいるけど
その新入荷ネタはたぶん来年早々から取り崩すことになり、夏頃には尽きる。果たしてイ課長はそれまでに
さらに新しくどこかに行けるだろうか?もし行けないと、来年夏~秋には「書くことがなくなる」という
破局が訪れることに・・うううう・・。

定年退職・引退して年に2度くらいのペースでどっか行けるようになれば、ネタの仕入れと消化の
在庫管理はいいバランスになるはずだ。
定年退職→ヨボヨボで旅行なんて無理になるまでの期間なんてせいぜい15年か、ヘタしたら10年。
その間はバリバリ行きまくろうと思ってるよ(生きてれば、ね)。だがそれが実現するのは何年も先の話。
それまで「ネタ仕入れ(つまり海外旅行)は年にいっぺん」ペースだとすれば、定年前に
ブログネタは確実に尽きる。
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別にブログのために旅行するわけじゃないけど(笑)、ブログを書く身にしてみれば
「書くことなくなりました」ってのは情けない。だが延命策としてどんな作戦があるかとなると・・・

①年末年始とか、GWとか、会社を休める時(つまり混んで料金の高い時)にシャニムニどっか行く
②別に海外じゃなくてもいいから、国内をあちこち旅行や出張して、国内ネタでつなぐ
③しょうがないから神田とか府中とかの日常ネタを日記風に書く
④更新間隔をあける

②③は今でも時々やってるから、今後も使うことになるだろうが、これだけじゃムリだよなー。
貧乏性イ課長としては作戦①の採用は抵抗が大きい。ってことはやっぱ作戦④を発動するしかないの?

まぁ今後のことはどうなるかわからない。
海外出張があるかもしれないし、60歳~退職するまでの間はたぶん勤務契約の形態(と給料)が
変わるはずだから、トタンに休みが取りやすくなるかもしれない。イ課長としては60でサッサと
辞めたいんだけど、年金支給開始が60からじゃないから・・ブツクサ・・・

書き始めた当初はこんなに長く続くと思ってなかったんだけど、いざ1,000記事に到達してみると
もっと続けたいよなぁと思う。書くこと自体も好きだけど、このブログを通じていろんな方々と
知り合えたことが何より嬉しい。可能な限り続けたいが、ラクな道のりではなさそうなのである。
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とりあえず次回、1,001記事めから再び2014年東南アジア旅行ネタに戻ることになる。
その後もなるべく長く続けたいと、とりあえずキモチだけは思ってますので、数少ない読者のみなさま、
今後ともイ課長ブログをよろしくお願いいたしますです。
  
ちなみに、本日の標題は単なるゴロ合わせではない。ちゃんと意味がある。
1,000記事書いた約7年半の間にイ課長の髪も少なくなったなぁという、たいへん深い意味が(笑)。

 
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by tohoiwanya | 2016-02-22 00:14 | 出張・旅行あれこれ | Comments(10)
2016年 02月 19日

東南アジアのタバコパッケージ考察

2014年の2月にこんな記事を書いた(リンク先には閲覧注意の写真があるから、ご注意ください)。

シンガポールやタイのタバコのパッケージはグロい。なかんずく、タイのタバコのグロさ加減ときたら
ホント気持ち悪くて、ポケットに入れておくのもイヤだという気にさせる。イ課長はここ数年で
何度かタイに行ったけど、タバコだけは現地で買わず、他の国(もしくは日本)で買っていく。

あの記事では同じ東南アジアでもベトナムのパッケージは非常にソフトだということにも触れた。
こんな感じだったもんね。グロ画像なんてなく、日本と同じ警告文だけ。ちなみに、WHOは
加盟国にタバコのパッケージ面積の何%以上を喫煙リスク表示に使え、みたいな勧告を出してるらしい。
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このCRAVENっていうタバコをダナン空港の売店で買った時のことはよく覚えてた。
だから、翌年またベトナムに行った時、また同じ銘柄のタバコを買った。値段は2.1万ドン。
約110円ってとこか(メモ残しとくもんやのう)。上の写真だと3万ドン(150円くらい)って
シールが貼ってあるってことは、町で買うより空港で買う方が高いってことか?

まぁ値段の問題はいい。
それより、CRAVENのパッケージを見たイ課長はちょっと驚いたんだよ。なぜなら・・


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おおお。1年の間にベトナムも「キモ悪パッケージ」路線に方向転換したのかよ。
まぁ「キモ悪」って言っても、不健康そうなオッサンがタバコを手にゲホゲホッ!・・っていう絵だから
タイやシンガポールに比べればずぅーーっとマイルドなグロではあるが、それでも「画像つき」の
パッケージになったとはなぁ。この1年の間に変わったってことだよな。

ベトナムの後行ったカンボジア。ここではどうだったか?
そもそもカンボジアに国産タバコなんてものがあるのかどうかも行くまでわからなかったんだけど、
プノンペンの独立記念塔をデザインした、明らかにカンボジア製と思われるタバコがあったから
ためしに買ってみた。価格は0.5$。約60円か(メモ残しとくもんやのう)。
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喫煙者に対する警告内容は文字だけ。日本と同じレベル、あるいは2013年当時のベトナムと
同じレベルと言ってもいいだろう。周辺国に比べればグロさなんてまーったくなし。
ベトナムは穏健派→グロ派に転向したけど、カンボジアはずっと穏健派のままということか。

東南アジア、タバコパッケージ検証の旅は続く(笑)。

その翌年、つまり昨年行ったラオスではどうだったか?
ラオスでは、比較的軽そうなタバコでブルーのパッケージのヤツを買ったんだけど、
それはこんな感じ。価格は1万キープ=約150円だ(メモばんざい)。
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なんと、警告文すらないではないか。
このパッケージをよく見ると下の方にハングル文字が見える。「ビアラオ以外はこれといった
大手製造業がない」と言われるラオスだから、これが韓国からの輸入タバコという可能性は十分ある。
ラオスにしちゃ(というのは失礼だが)パッケージデザインもやけにアカ抜けてるし。

しかし、たとえば日本製のマイルドセブンだって、タイで販売する時は例のグロ・パッケージになる。
つまり輸入タバコであっても当該国での販売に際しては当該国の規定に従う必要があるはずで、
ラオスには喫煙の健康リスク表示規定自体がないのではないかと推測されるんだよ。

・・と、こう見てくるとだよ?ある種の法則が成り立たないか?
「東南アジアでは経済的に発展し、豊かになるとタバコのパッケージがグロくなる」という法則が、だよ。
ためしにタバコのパッケージのグロさのレベルと、その国のGDPを比べてみようか?


 タ イ   → たぶんずっと前から超激グロ   → GDP 404.82(10億$)
シンガポール → たぶんずっと前から激グロ    → GDP 307.87(同上)
 ベトナム → 数年前にややゆるいグロ派に転向 → GDP 185.90(同上)
カンボジア → 警告文だけで、全然グロくない  → GDP 16.55(同上)
 ラオス   → 警告文すらなし。ゆるゆる    → GDP 11.68(同上)


ほらぁ〜〜〜。
タバコパッケージのグロ度と、その国のGDP総額は見事なほどの相関関係にあるではないか。
(ま、一人当たりGDPで比較するとここまでキチンとは並ばないのだが)

GDP総額がある程度になるとタバコパッケージがグロくなる。
これを「GDP・タバコグロ化の法則」と名付けよう(笑)。国が経済的に成熟してくると
「国民の健康」とか「WHOの勧告」なんかに配慮する余裕ができるってことなのかもしれない。
しかし国も国民も貧しいと、そんな余裕はないと。

この法則が正しいとすれば、だ。
カンボジアやラオスのタバコのパッケージがグロ化するまでにはまだ時間がかかるだろうな。
GDPという点じゃミャンマー(63.14(10億$))の方がグロ化に近いはず、と思って
「ミャンマー タバコ」で検索してみると、おお、ホントにもうグロ派みたいだ。
それならGDP総額ならシンガポールより多いマレーシアは絶対にグロ派のはず、と思って
調べてみたらやっぱりそうだ。

ただ、「GDP・タバコグロ化の法則」はかなり当たってそうだけど、適用できるのは東南アジアだけ。
ドイツなんて、ずっとずぅーーっと豊かな国だけどパッケージはグロくなかった。
もちろん日本もそうだし、アメリカだってこんなグロパッケージはなかったもんなぁ。

とりあえず東南アジア限定の法則ということで・・・(笑)。
 
 
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by tohoiwanya | 2016-02-19 00:05 | 出張・旅行あれこれ | Comments(4)
2016年 02月 17日

海外の友人たちのジンセイ【その3】

イ課長は水商売とか風俗業界とかで働く女性の消息を尋ねるなんてこと(あんた、あのコのなんなのさ?
やったことがない。それを、こんないいトシこいて、しかも外国で初めてやることになるとはなぁ・・。
その上、その消息がどう考えても悪い知らせっぽいっていうんだから気持ちも暗くなる。

いつ行ってもネオン華やかなソイ・カウボーイ。しかし、その夜のイ課長の足取りは重かった。

1年前と同じ場所に同じ店はあった。
入ると、店内の様子も一年前と特に変わってない。ステージ上でフラフラと何人かのダンサーが
踊ってる。しかし、当然のことながらビーさんの姿はない。
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去年来たときと同じように、まだ早い時間で客は少ない。
ビーさんの消息を聞くのに、混んで騒々しい時間は避けたかったから少し早めに来たのだ。
ビールをちびちび飲んでると、やがてダンサー交代タイム。別チームがステージに上がってきた。


  ・・・え?

     ・・・えええッ?!・・・
 
             あれ
・・・ビーさん?!



ちょっと面変わりしてるけど、あれビーさんだ・・生きてる。
事故か自殺か殺人か、何かの理由で2015年6月に死んでしまったのでは・・とマジで心配(覚悟)した
そのコが生きてる・・・・ああ・・あのコ死んでない・・生きてる・・・よかったぁぁ・・。
精神的緊張がイッキにゆるみ、イ課長の全身からシュルシュルと力が抜けていく。

ホッとしてヘナヘナになったイ課長のとなりにママさんらしきご婦人が来て、ドスンと座った。
まだ客が少なかったから狙いをつけられたんだろ。本来ならビーさんの消息を聞く絶好のタイミングだけど、
もうその必要はなくなったよ・・・あああ・・・彼女、生きてるじゃん。

「みんなカワイイでしょ?」ステージを見ながらママさんが言う。誰かご指名しろってことか。
イ課長はステージを見たまま半分ウワの空で「私、あのコ・・知ってます・・・ミス・ビー・・」と答える。
「あのコ、呼ぶ?」
「あ・・はい・・イエス」
ママさんがステージに向かってタイ語で何か言うと、ビーさんが降りてきた。

ビーさん、隣りに座っても最初はイ課長のことがわからなかったようだ。
「私を覚えてないですか?」
「・・・??・・」
「私、あなたのFacebookの友達です」
「・・・アーーーー!!!

感激の再会・・と言いたいところだが、早くもこの段階でイ課長は近くから見たビーさんの変わりっぷりに
メマイがしそうだった。

まず顔つきが変わってる。目尻のリフトでもしたんだろうか?こんなツリ目じゃなかったはずだが。
しかも一年前はノーメイクの地味なコだったのに、今やちゃんとお化粧してるではないか。
「おお、去年あなたはノーメイクアップでした。でも今は・・」
「今はしっかり化粧してるって?あっははははは!」
うわぁ、大声で笑ってるよ。一年前はあんなに暗くて口数の少ない、沈んだコだったのに・・。

フと胸元を見ると、うわぁ!タトゥーだぁ!(この業界、刺青したダンサーは少なくないようだ)
「たっ、タトゥー!一年前タトゥーはありませんでした」
「あっははは、こっち見てごらん?」と言って背中を向ける・・うわぁ!もっと大きなタトゥーがぁ!

いやぁ~・・16歳の女のコって1年でここまで変わるもんなんだねぇ。
今のビーさんは見た目も話っぷりもたくましいゴーゴーバーダンサーって感じになってるよ。
仕事がイヤそうだった、ジミな少女の面影が失われたのはイ課長としてはちょっと残念だけど、
ついさっきまで彼女が死んだという知らせを聞くかも・・と覚悟をしてたことを思えば、夢のようさ。
ビーさんは生きてて、今こうして話してる。イ課長の心は羽が生えたように軽くなった。

そうそう肝心なことを聞かなきゃ。一体全体なぜ急にFacebookで消息が途絶えたの?
彼女の答えによると、別の人のアカウントを(スマホを?)使わせてもらうことにしたとか何とか・・
だからお金がかからずに済むようになったとか何とか・・うーんよくわからぬ。友達のスマホを
使えば確かに通信費はタダになるけど、アカウントを作り直す(っていうか、前のも残してるし)理由には
ならないよぁ。彼女がトツゼン音信不通になった理由は主に通信上の何かの変更に伴うものらしけど、
詳細は何だか未だによくわからない(笑)。

「ペイバーしてよ」って言われるかと思ったけど、その勧誘はなかった。
彼女としては「(おそらく入店して間もなかった)去年のアタシを知ってる人だと、照れ臭い」的な
ちょっとした気まずさみたいなのがあったんじゃないかと思う。イ課長だって複雑な気分だったよ。
ビーさんは今や見事にイッパシのゴーゴーバーダンサーだ。でも、もし去年初めてこの店に来た時に
ステージにいたのが今のビーさんだったら、イ課長は別に話をしたいとは思わなかっただろう。

お互い嬉しいような、懐かしいような、ちょっと気まずいような気分でしばし再会を喜び合い、
最後にハグして別れた。もちろん、彼女の新しいFacebookアカウントは教えてもらったから、
今でも彼女はイ課長の友人で、相変わらず日に二つも三つも投稿し、セルフ撮りで
自分のプロフィール写真を取っかえひっかえしてる(笑)。
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実を言うと、去年の9月にビーさんと再会できたのはある意味幸いだったんだよ。
一昨年9月から昨年9月までの彼女の変わりっぷりを100とすれば、昨年9月に再会してから
現在までにさらに110くらい変わってる(笑)。彼女のセルフ撮り写真の変化を見るとホントに驚く。

その後ビーさんは髪も茶色に染め、髪型も変え、お化粧はさらにバッチリになり、男の子みたいだった
太い眉もきれぇ~に整えてる。2014年に初めて会った時のイメージのままで、もしいま会ったら、
とてもビーさんだとは識別できないんじゃないだろうか。

しかし地味で無口だった15歳の(日本流にカウントすれば、だが)女の子が都会に出てきて、
いつまでもそのままでいるわけがない。人はどんどん変わっていく。それが人生ってもんだ。
たまたまイ課長は“変わる前”のジミ~なビーさんを見て、そのジミさゆえに話をしたいと思ったわけで、
これはもうタイミングというか、縁だよね。そういう縁もまたジンセイにはつきものなのだ。

仮にビーさんが今後どんなにケバい厚化粧のアバズレ女になっても(笑)、彼女はイ課長の友人だよ。
「あのコ死んじゃったのかな・・」と半ば覚悟した彼女が実は元気に生きてて、今でも依然として
Facebookの友人であるというだけでイ課長は十分嬉しい。どんなアバズレになってもいいから
これからも元気でいてほしい。しかし、出来ることなら元気なだけじゃなく、ビーさんには
幸福になって欲しいと切に願うイ課長なのである。

 
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by tohoiwanya | 2016-02-17 00:07 | 2015.09 東南アジア旅行 | Comments(4)
2016年 02月 15日

海外の友人たちのジンセイ【その2】

やってる方はご存知のように、Facebookって自分の友人の誰かが誕生日になると必ず
「今日は誰ソレさんの誕生日です」って知らせてくれる。2014年9月にお知り合いになって約3ヶ月後、
12月のある日にビーさん(仮名)の誕生日だというお知らせが表示された。

へぇ、あのコ誕生日か。お祝いメッセージでも送ってあげるか。イ課長のこと覚えてるかな。
9月に18って言ってたから今日から19歳ってことになるよな。彼女のプロフィールを確認したら
確かに1998年生まれとあるから・・・

 
        ・・・えええッ?!

もう一度言うけど、これは2014年12月の話だ。
ってこたぁナニかい?彼女は今年の誕生日でやっと16歳?!じゃ、じゃ、9月にバンコクで会った時
彼女はまだ15歳だったの?!ひぃーーーーーッ!!

「ほとんど高校生くらいに見える」って書いたけど、今年16歳ってことは正真正銘、高校1年じゃん!
ブッたまげたよこれには。なんでイ課長が「18歳?」って聞いたとき、イエスって答えたんだろう?
でもね、愚かなるイ課長でもその理由は何となく推測できた。ああいう業態の店で働くための
年齢制限(下限)に引っかからないように、わざと逆サバ読んだんじゃないかって気がするんだよね。
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まぁバンコクじゃよくある話かもしれないけど、田舎の高校1年生の女のコが都会に出て来て
いきなりハデな大人たちに混じって風俗業界に出稼ぎってのはなぁ・・彼女が仕事イヤそうで、
暗くて無口だった理由が何となくわかってくる。

とにかく誕生日お祝いメッセージは送ってあげよう。
「お誕生日おめでとう。私を覚えてますか?アナタは本当は今日から16歳なのですね?」 
返事はすぐ来た。「17よ(後で知ったんだけど、タイでは満年齢ではなく“かぞえ”でトシを言うらしい)」
「バンコクで会った時あなたは18って言ったから、私はそう思ってました」
「あなた、またバンコク来る?」
「いつかまたバンコクに行きたいと思います。そこであなたに会えたら嬉しいです」

そんなヤリトリがあった後、彼女から時々Facebookでメッセージが届くようになった。
でも話の内容はいつも大体同じなんだよね。

「ハロー、ビーです。元気?あなた、またバンコク来る?」
「元気です。私はまたバンコクに行くことを望みます。私はタイが好きです」
「いつ来る?」
「(い、いつって言われても・・)うーん・・来年とか・・もし可能なら・・」
「何月?」
「(ひー、わかんないよそんなこと)ううう・・ごめんなさい、わかりません」

こんなやりとりが何度かあった。
ビーさん大丈夫かなぁ?孤独感や絶望感にさいなまれているのだろうか?だんだん心配になってくる。
悪い男にひっかかったり、クスリに溺れたり、鬱になってリストカットしたりしないでくれよなぁ・・。

それでもビーさん、Facebookには毎日のように、多い時は日に三つも四つも投稿してくる。
当然それはタイ語で書かれてて(あるいはタイ語のニュースをシェアして)イ課長には読めない。
でもまぁ投稿があるってことは、元気にしてる証拠だ。ところが・・・
 
2015年6月中頃からビーさんの投稿がパタッと途絶えた。
ちょうどイ課長がラオス・タイ旅行を計画してる頃で、どうせ最後は必ずバンコクに寄るから、
ビーさんに再会できるかな、と思ってたんだけど、急にパッタリ消息が途絶えるなんて・・・。
 
最初はスマホをなくしたとか、壊れて新しいのを買うお金がないとか、そういうことかと思ってた。
しかし1ヶ月、2ヶ月と音信不通が長期化するにつれ、何となくイヤな想像が頭をモタゲてくる。
病気?いや病気ならまだいいが、まさか・・。そういやビーさん、店が終わるとバイクタクシーで
アパートに帰るとか言ってたけど、バイク事故でケガとか・・いやケガならまだいいが、まさか・・。
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9月の旅行のバンコク滞在日程も決まり、出発が近づいてきても相変わらずFacebookでは音沙汰なし。
ためしに「元気ですか?私はいついつバンコク行きます」ってメッセージを送ってみたけど返事はなし。
これは・・最初は悪い想像だったものが、だんだんある種の“覚悟”になってきた。6月頃にビーさんに
何かあったらしい。それ以降、音信不通になったってことは、その「何か」は良いことではあり得ない。
サイアクの可能性だって・・・ううう。

チェンマイの後バンコク行ったら、とにかくあの店で彼女の消息を尋ねよう。そう決めた。
店に入って「ミス・ビーは?」と聞いてみよう。すると、店のママさんあたりがイ課長を奥に呼び、
「あなた彼女の知り合い?実はあのコ数ヶ月前に・・」と、バッドニュースを聞かされるかもしれない。
それでもとにかく行くだけは行ってみよう。イ課長はそう決めたのである。

そして話は昨年のラオス・タイ旅行へと移る。ヴィエンチャン、ルアンパバーン、チェンマイと周って
最後の滞在地バンコク。その2晩めに、イ課長はビーさんの消息を確認すべく一年前と同じ
ゴーゴーバーに再び行ったわけだが、長くなったからまた続きは次回だ。

 

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by tohoiwanya | 2016-02-15 00:03 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(0)
2016年 02月 12日

海外の友人たちのジンセイ【その1】

2013年6月、ハノイのナンさんに啓蒙されて以来、イ課長は東南アジアにFacebookの友人が増えた。
これはとても嬉しいことだ。

Facebookでつながると、そういう友人たちのその後の様子を垣間見ることもできるわけで、
元気そうな写真が載ってればこっちも嬉しい。しかし世界のどこであれ、人が生きるところには
悲喜こもごもの人生模様があり、出会いがあれば別れもあるのだ。

たとえばタニヤのカラオケで知り合ったプラーさん(仮名)。
昨年9月のラオス・タイ旅行の時に連絡してみたんだけど、返事がない。そのちょっと前の時期に
Facebookに載った写真を見てたら、どうも医者通い(か、入院?)した時期があったみたいで
体調を崩したっぽいんだよなぁ。カラオケ勤めも辞めてるのかもしれない。詳細はわからないけど、
タイの友人・プラーさんには幸福であってほしいと切に願う。

これまた以前に書いたスーさん(仮名)とも残念ながらもう会えなさそうだ。
やはり昨年9月、バンコク行くよって連絡してみたら「会えない、ごめん」と返事が来た。
ってことはマッサージ屋の仕事は辞めて、別の仕事についたのかな。あまり立ち入ったこと聞けんが。
だが、再会がかなわないとしても、やはりイ課長としてはスーさんの幸福も切に願うものなのである。
時々イ課長の投稿にイイネを押してくれてるから、スーさん、とりあえず元気ではいるようだ。

と、まぁそんなこんなで、たかが数年の間にも海外の友人たちの人生にはいろんなことがある。
2013年に初めて会った時は独身だったナンさんは今やお母さんで、かわいい娘さんはすくすく育ってるし、
プノンペンの義兄弟・ルイの(たぶん下の)息子は小学校に入ったらしい。東南アジアの友人たちの
悲喜こもごもの人生模様を乗せて、今日も地球は回るのである。
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さて、イ課長の海外Facebook友達には一人だけ、ゴーゴーバー業界にお勤めの女性がいる。
最初に行った時のノッポギャルではなく、その次に行った時の高見恭子さんでもない。
ビーさん(仮名)という人で、2014年9月にソイ・カウボーイのゴーゴーバーでお知り合いになった。

ゴーゴーバーじゃ過去に深い反省を強いられたこともあるけど、懲りずに空港に向かうまでの時間つぶしに
入った店で、ダンサーをご指名しようなんて野心はまったく持ってなかった(笑)。
この時は過去に行った大型有名店ではなく、やや小さくてショボめの店に初めて入ったんだけど、
その店のステージで踊ってたのがビーさんだったのである。

このビーさん、とにかくステージの上でいろんな意味でやけに目立ってたんだよ。
一人だけノーメイク、髪型もシンプルで短め、眉も太くて、まぁとにかく素朴な感じのコだった。
年もすごく若そうでほとんど高校生くらいに見えた。しかもステージ上じゃ愛想ってものが全然なくて、
「この仕事やだなぁ」と思ってる様子がアリアリ。たぶん田舎から出稼ぎで来てるんだろうなぁ。
ハデ系バッチリメイクのお姉さまたちに混じってそんなコが一人いれば、そりゃもうすごく目立つ。

深夜便までのヒマつぶし(7時半頃だったかなぁ)ってことは、ゴーゴーバーにとっては開店早々で
客も少なかった。ビーさんの方も自分を見てるイ課長に気付いたようで、「アタシのこと呼んでよ」みたいな
合図を送ってくるけど、そういう時も笑顔ゼロ。やけにブアイソな彼女と話をしてみたくなったから席に呼んだ。

イ課長のとなりでドリンク飲み始めても相変わらず笑顔はなく、口数は少なく、雰囲気は暗い。
「あなたはいくつですか?」
「いくつに見える?」
「うーーーん・・・18?」
「イエス、エイティーン」
「エイティーン・・・あなたのホームタウンはどこですか?」
「イーサーン」

例によってまず年齢と出身地を聞くイ課長。
18歳と聞いた時は思わず「オレがタイに絵本を送った当時は7歳くらいか?」なんて計算したけど、
イーサーンといえば絵本の送り先だったパヤオとはまるっきり離れてる。

でも別の意味で驚いたよ。昨年会った高見恭子さんと同じイーサーンの出身とは。
イーサーンってタイの中でも貧しい地方で、風俗業界への出稼ぎも多いって話は読んだことあるけど
実際ホントに多いんだねぇ。イ課長が話をした三人のうち二人がそうなんだから。

「アナタ、あたしのことペイバーする?」
「あーごめん、私はこの後の飛行機で日本に帰るのです」
「アナタがペイバーしてくれたら、あたし今日はもうステージに立たなくて済むの」
「うっ・・・ご、ごめんなさい。私は時間があまりないのです」

展開としては2013年に初めてゴーゴーバーに入った時とそっくりだけど、印象はまるで違う。
ビーさんの場合、「稼ぎたい」っていうより「ステージに立ちたくない」という思いが強いみたいなんだよ。
ペイバーされれば客と付き合わなきゃいけないわけだけど、彼女にとってはステージに立つよりは
まだマシということなのか。
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結局、この時にアカウント名を交換してビーさんとFacebook友達になったのである。
この後、ビーさんとのFacebookつながりは意外な展開を見せるんだけど、続きは次回だ。

 
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by tohoiwanya | 2016-02-12 00:15 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(0)
2016年 02月 09日

サイゴン・コロニアル建築散歩【その2】

サイゴン大聖堂のすぐ隣りにある、もう一つの有名建築物。
それは中央郵便局なのである。サイゴン中央郵便局といやぁ、まさにフレンチ・コロニアル建築の
代表的存在で、コロニアル建築っていうとよく例に挙がる。ウィーンの郵便貯金局もそうだったけど、
郵便局みたいな公共建築物って作る方もリキが入るんだねぇ。

外観はこんな感じ。
人民委員会庁舎みたいに高い三角屋根がついてるわけでもないし、入口には大きな時計もあるし
一見するとそれほどデコラティブじゃなくて、実用本位のデザインのようにも見える。
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いやそうでもないな(笑)。中央の彫刻なんて凝りにコッてるよ。
こうやって目の黒目の部分をクリ抜くと、そこがカゲになって「黒目の大理石像」って感じになるよね。
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さて、中に入ってみよう。内部に入れなかったサイゴン大聖堂と違って、ここは現役の郵便局だから
中に入れるんだけど、地元の郵便局利用者より外国人観光客の方が圧倒的に多い(笑)。
しかしこりゃ確かに立派な建物だなーー。長~いカマボコアーチからの採光もあって室内は明るい。
奥に建国の父ホーチミン像があるけど。あれは間違いなく1975年の戦争終結後に掲げられたもんだな。
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しかしそれ以外の装飾はかなり建築当時のままをキープしてるんじゃないかと思うんだよね。
たとえばこれ。20世紀初め頃のサイゴン市内の地図じゃないか?今となっては古地図だが。
地図右寄り、太い川がぐーっとカーブしてるあたりの外側がマジェスティック・ホテルだ。
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さらに同じ頃とみられるメコンデルタ地方の地図もある。
しかし地図もノスタルジックだが、その手前にある照明塔やガラスの照明がアール・ヌーボー調で
実に「時代がついてる」って感じだ。歴史を感じさせるねぇ。
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さらに驚くのはこの木製のボックス。
今はATMの機械が置かれてるみたいだけど、昔は間違いなく電話ボックスだったはず。
カウンターで「どこそこに電話をかけたいんだが・・」って頼むと、交換の人が呼び出して
「2番のボックスでお話し下さい」みたいな感じで案内するんだよね。昔のフランス映画なんかに
よくそんなシーンがあったよ。
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てなことに感心しながら内部を見学してたら、やっぱりスコールがザバッと降り始めた。
雨宿りと見学を兼ねた観光客がさらにドッと入ってきて、内部はすごい人ゴミだったよ。
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これだけ観光客が多い建物だから、郵便局内にはちゃんと土産物屋まである。
イ課長も特に買い物があったわけじゃないけど、雨がやむまでブラブラしてみた。
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この土産物屋の女性店員、全員赤いアオザイを着てて、それがすごくキレイだった。
あーこの赤いアオザイを着た女性の写真撮りたいなぁ(・・って、もう撮ってるじゃん)。
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そこで近くにいた女性店員二人に頼んでにっこり写真を撮らせてもらった。
写真を送ってあげたいからメールアドレスを教えてもらい、最終的にこの左側の女性とは
Facebookのお友達にもなったのである。前に美女図鑑にも載せたよね。
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コロニアル建築という点でも、赤いアオザイ美女という点でも、見るべきものが多い(笑)
サイゴン中央郵便局だったのである。

さて、スコールもやんだし、腹も減ったし、またぶらぶら徒歩観光に戻りましょうかね。
中央郵便局を後にして、ふたたびサイゴンの街にくり出すイ課長なのでありました。
 
 
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by tohoiwanya | 2016-02-09 00:55 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(4)
2016年 02月 07日

サイゴン・コロニアル建築散歩【その1】

さて、髪をうんと短く刈り、サッパリしたイ課長。

頭も軽く、足取りも軽く、お気楽観光モードでレロイ通りを国立劇場の方に向かって歩いた。
イ課長が目指していたのはサイゴン大聖堂なのである。どのガイドブックにも必ず紹介されてる
サイゴン名所の一つなんだけど、イ課長は見たことがなかった。写真を見ると二つ尖塔があって
ゴシック聖堂っぽい。ごくマイルドな教会建築ヲタク・イ課長としては見てみたかったんだよね。

レロイ通りからドンコイ通りのあたりはコロニアル様式の代表的建物が多い。
この人民委員会庁舎も壮麗なコロニアル建築で有名だ。夜はライトアップされるらしいけど
さぞキレイだろうなー。ベトナム戦争終結まではサイゴン市庁舎として使われてた建物なんだと。
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それにしてもこの建物、戦争で壊されなくて良かったねぇ。
基本的にサイゴン陥落は無血開城だったから、古い建物も意外にキチンと残ってるって感じる。
建築遺産の破壊という点じゃ日本の戦災の方が深刻だったのかもしれん。

人民委員会庁舎を左に見て歩くと正面にはすぐ国立劇場が見えてくる。
以前にご紹介したように、ここもヨーロッパ的意匠が散りばめられた立派な建物だ。
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そして、これまた以前にご紹介したコンチネンタル・ホテル。
その向こうにはもうサイゴン大聖堂の高い尖塔が見える。ほらね。
庁舎、劇場、ホテル、教会とフランス植民地当時の支配者側にとって重要な建物がこの一角に
密集してるわけで、ちょいとばかりフレンチ・コロニアル建築博物館的なエリアといえる。
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さて、サイゴン大聖堂だ。
大理石でつくる本場フランスのゴシック教会と違ってレンガ造みたいだから外観が茶色だけど、
形としてはゴシックだろうなぁ。タテ長三角の屋根を持った尖塔二本。シャルトル大聖堂なんかと
近い外観だね。
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ガッカリしたことに、この時は中に入れなかった。
教会って、常に信者のために門は開かれてるんじゃないのぉ~??ちえーーッ。
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しょうがないから大聖堂のまわりを歩いて外観を眺める。
熱帯を象徴するヤシの葉っぱと高い尖塔をもつ大聖堂って、新鮮な組み合わせだよねぇ。
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サイドはこんな感じ。ちゃんと十字架型に交差廊があり、その先端にバラ窓らしきものがあるから、
やっぱりゴシック様式だよな、でもさすがにフライングバットレス(飛び梁)までは導入してない。
このくらいの高さだったら不要なのかも。
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これ、おそらくラテン語で何か有難い言葉が書かれてると思われる。
まぁキリスト教の大聖堂なんだから、サイゴンでもラテン語使ったってまぁいいよ。
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しかしこれには驚く。中国語だよな?これ。
ラテン語と中国語が併用されたゴシック教会なんて初めて見た。まぁ日本人にとっては
意味を推測するという点ではラテン語より好都合ではあるが。
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このあたりから少しずつ空が暗くなってきた。ひと雨くるかな?
どこかで雨宿りする必要が生じた時、教会に入れないのは困るけど、なーにご安心あれ。
サイゴン大聖堂のすぐワキには、これまたサイゴン・コロニアル建築を代表する
超有名な建物があるから、そろそろそっちに移ろうではないか(つづく)。

 
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by tohoiwanya | 2016-02-07 00:05 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(2)