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2017年 06月 30日

英国ナショナル・レールの予約変更問題

ひさーーしぶりに英国鉄道問題について考えてみようではないか。
え?もう聞きたくない?まぁそう言わないで・・・。
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仮にアナタが英国の鉄道を使ってロンドンからどこかに日帰り旅行したいとする。
英国鉄道切符のネット予約に問題は多いが、あなたが運のいい人で往復の切符を
スムーズにネット予約し、現地で発券もできたとする

さてだ。
切符予約時はまだ日本にいるわけで、現地での観光活動がどの程度時間がかかるのか
よくわからん。そういう時は誰だって少し時間に余裕をもたせて帰りの列車を予約するよな。
イ課長もそうした。現地でアセるのはいやだからね。

しかし幸いなことに現地では道にも迷わずトラブルもなく、目的の観光物件もシッカリ見て
順調に駅に戻ってくることができた・・・となると余裕をもたせた分、帰りの列車まで時間が
けっこう余る。英国ではこういうことが何度か発生した。

カフェあたりでヒマつぶしてればいいんだろうけど、もし予約した列車より1本か2本早い
ロンドン行きがあるなら、それに乗って早くロンドンに戻っておきたい。ここで予約変更問題が
持ちあがってくるわけだ。

予約した列車の変更は可能なのか?イ課長はそれを実際に英国で試してみたわけだが、
結果がどうだったかというと・・

 ①カンタベリー往復の時のSOUTHEAST TRAINS
  ⇒その切符のまま、同区間・同料金の別の列車に乗り、テキトウな席に座って問題なし

 ②プール往復の時のSOUTHWEST TRAINS(これはまだ書いてない)
  ⇒その切符のまま、同区間・同料金の別の列車に乗り、テキトウな席に座って問題なし

 ③イーリーやピーターバラ行った時のThameslink(でも乗った列車は大北部鉄道)
  ⇒その切符は予約した列車以外使えない。1本前の列車?それなら別に切符買わなあかんで。

てな具合で、予約変更の可否は鉄道会社による差が大きいことがわかった。
①②がOKだったから、イーリーから1本早い列車に乗る時も問題ないんだろうと思ったんだけど
念のため、乗車前に駅員に確認したのは正解だった。もし乗っちまった後に検札に遭ったら
たぶん二人分の別の切符代を請求されただろう。

旅行者にとっちゃネット予約した切符の変更ができるかどうかは気になる部分だ。
それが鉄道会社によって対応が違うとなると困る。統一してくんねぇかなぁ。
え?切符に書いてなかったのかって?そんな細かいこと(しかも英語)、読んでましぇん。
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予約通りの列車に乗らなきゃダメと言われたら、待つしかない。
ピーターバラに行く列車を一つ見送って、イーリー駅のホームにあるカフェでお茶を飲んだ。
雨があがったのだけは幸いだった。

「カンタベリーん時は早い列車でもOKだったのになぁ・・」なんて思いながらホームを
歩いてたらこんな看板が。平均的な人間は一日に10回は笑うんだって。今日そんなに笑ったかな?
わかりましたよ笑いますよ。あーーっははは、英国ナショナル・レールは最高だぁ。
・・・・・・けっ。
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何度もいうけど、ネット予約した切符の変更問題は鉄道を使う旅行者にとっちゃ無視できない。
フランスとかベルギーあたりじゃテキトウな列車を予約しても、それはいわば「乗車券」だから
同じ区間の異なる時刻の列車に平気で乗ってたような記憶があるんだけどなぁ。
もちろんTGVみたいな高速特急列車の場合は別だけど。

ひょっとすると座席指定の有無で予約変更の可否が決まるのかな?
でもイーリーからピーターバラまでなんて長くもない乗車区間だし、
座席指定なんてしなかったと思うのだが・・・。

ちなみに、ピーターバラからロンドンに戻る時も予約列車の変更はできなかった。
やっぱテームズリンク(ないし大北部鉄道)はダメなんだと思われる。ピーターバラの駅じゃ
待合室のベンチでぼんやり待った(しかもこの時は到着遅延しやがった、ばかたれ)。
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南東鉄道と南西鉄道は同区間の1〜2本早い列車に乗れたけど、これだって常にそうなのか?
たとえば予約したのと別の日付だったらどうなのか?となるとよくわからない。ましてや、
今回の旅行で乗ってない他の鉄道会社はどうなのかもサッパリわからない。

英国は鉄道網が発達してて、鉄道の旅がしやすいし快適だ(除、切符のネット予約)。
しかしいっぱいある鉄道会社ごとに予約変更の規定は違うようだから、これから
ナショナル・レールの切符をネット予約しようなんて方は、その辺ご留意下さい。
 
 

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by tohoiwanya | 2017-06-30 00:16 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 06月 28日

ピーターバラ大聖堂というところ【その3】

それでは「ピーターバラ歴史散歩」とまいりましょう。
まずはヘンリー8世のお妃1号だったキャサリン・オブ・アラゴンのお墓。
キャサリンについてはもうかなり説明したからクダクダ書く必要はあるまい。

もとはスペインの王女様だったわけだから、気位は高かったんだろうなぁ。
どうせ亭主は好色デブのヘンリー8世。イ課長が彼女の立場だったら巨額の慰謝料もらって
サッサと離婚して安楽な余生を送るだろうけど、生まれた時から王族のキャサリンには
そういう発想はなかったんだと思われる。
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これがお墓。ヘンリーに強引ムリヤリ離婚されたとはいえ、お墓の称号はQueen of England 。
ガンとして離婚に応じないカタクナさを持つ反面、人柄は良かったようで幽閉先の城の周辺住民達からは
慕われてたらしい。ついこないだまで英国王妃、それが自分勝手な王様と悪女アン・ブーリンのせいで
こんな目に・・可哀想なキャサリン様・・というわけで世間の同情も強かった。
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彼女の墓の上に何か果物が・・最初はリンゴかと思ったけど、これ、たぶんザクロだ。
これはトホ妻の知識だけど、ザクロといえばグレナディン、グラナダの町のシンボルでもある。
スペインから嫁入りしてきたキャサリンの霊を慰めるお供えとしてはふさわしいんだろう。
悲劇の王妃・キャサリンを慕う人が今でもいるんだねぇ。何となくしんみり・・・。
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そんなキャサリンを追い出して王妃の後釜に座ったアン・ブーリンも結局3年ほどで姦通の罪を
着せられて処刑。アンの斬首刑が行われた時、キャサリンのお墓にあったロウソクがひとりでに
一斉点灯したと言われる。あたかも自分を追い出した憎い女の死に快哉を叫ぶかのように・・・
ま、言い伝えです。イ課長だって信じません(笑)。でもこういうウワサがやたら広まって
無視できなくなったヘンリーはピーターバラに調査団を差し向けたっていうから、彼の中には
キャサリンに対する負い目があったことは間違いない。

この大聖堂にはその後釜王妃アン・ブーリンの娘(エリザベス1世)の命で処刑されたスコットランド女王
メアリ・スチュアートのお墓だった場所もある。“だった場所”と書かなければならないだけあって、
この背景説明はキャサリンより一段と複雑だが、何とか短くまとめよう。

メアリ・スチュアートはスコットランド女王だったのにロクでもない男と再婚して廃位の憂き目に遭い、
イングランドにいわば亡命した。王族ではよくあることだけどメアリ・スチュアートとエリザベスは
遠縁にあたるらしいんだよね。そんなこともあってイングランドでも当初はそれなりに処遇されてた。

ところが彼女には陰謀好きなトコがあったようで、よせばいいのにカトリック勢力たちの
エリザベス暗殺計画なんかにのせられた。陰謀がバレて死刑。そしてピーターバラに葬られた。
だから昔はここにメアリ・スチュアートのお墓があったわけだ。しかしこの後も話は続く。
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エリザベスは生涯結婚しなかったから子供がいない。
で、自分が死んだ後のイングランド王にメアリ・スチュアートの息子ジェームズを指名した。
ジェームズはスコットランドとイングランド両方の王様になったわけだけど、まず母親のお墓を
ピーターバラからもっと格式高いウエストミンスターに移設。だもんでピーターバラにはこうして
メアリ・スチュアートの「お墓だった場所」だけが残ってるというわけ。

調べたら面白いことを知った。
エリザベスが生涯未婚で子供がいなかった以上、チューダー朝の血は彼女で途絶えたことになる。
ところがメアリ・スチュアートの血筋はジェームズ以降イングランドで連綿と続いてるんだと。
男を見る目はなかったが、繁殖力ではメアリ・スチュワートの圧勝というべきか(笑)。
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英国史の他の時代だったら特に感じるところもなかっただろうが、なぜかそこだけは詳しい
ヘンリー8世に関わる悲劇の女性二人のお墓がある(あった)というのはピーターバラ訪問の
大きな動機だった。建築的興味ではなく歴史的エピソードにちなんで大聖堂に行くなんてこと、
これまであまりなかったと思う。

ピーターバラ大聖堂で英国歴史散歩。なかなか有意義な訪問でございました。

 

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by tohoiwanya | 2017-06-28 00:22 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)
2017年 06月 26日

ピーターバラ大聖堂というところ【その2】

ピーターバラ大聖堂探検はつづく。
Wikipediaによるとこの大聖堂は前回見た西正面ファサードが「堂々たる初期イングランドゴシック」って
ことになってる。イングランドゴシックと普通のゴシックがどの程度似てるのかわからないけど、
とりあえず入り口ファサードが極めてゴシックっぽかったのは確か。

だが同じWikipediaによると内部は「12世紀に再建された際採用したノルマン様式建築」ときたもんだ。
せんせーノルマン様式ってなんですかー?ロマネスクとどう違うんですかー?
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実際に大聖堂にいた時はそこまで調べられるわけもなく、とにかく「ゴシックっぽくないよなぁ?」という
バクゼンとした疑問を抱えたまま内陣裏ッカワにあたる周歩廊まで来た。いわば大聖堂のドン詰まり。
ここまで来てイ課長はやっとお目当て?の天井にブチ当たった。
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おお、ここにあったのか過剰装飾天井。扇形ヴォールトから派生した装飾が複雑に重なり合って
スゴいことになってる。あちこちの音源から音波が広がるサマみたい。うーむ、やっぱりこれがなきゃ
英国大聖堂らしくないってもんだ。これが見たかったぜ。
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もしかするとイ課長は何かの本でこの写真を見たのかもしれない。
ここはいかにも「英国ゴシックらしい異常装飾天井」の典型だし、本で紹介されることも多いはずだ。
これを見たイ課長がピーターバラ大聖堂に対して「うわ、なんだこの異常ゴシック天井は」と思い、
大聖堂ぜんぶがこんな感じの天井なんだろうと思い込んでたんだろうな。

うーむ・・しかしこの部分だけはホント、つくづくすげぇ天井だ。
内陣ウラの周歩廊は身廊よりずっと天井が低いから、超デコラティヴ天井が間近に迫ってくる。
すっげぇ~・・・しばし見とれる。
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・・え?もう天井の話はいい?さいですね。ひっぱってすんません。
ではステンドグラスに目を転じてみましょう。

ここのステンドグラスはたぶん古いモンじゃないと思う。
カンタベリーのディズニー調ステンドグラスとか、イーリーの軍人ステンドグラスとか、
英国大聖堂のステンドグラスは全体的に新しそうだった。もしかすると、第二次大戦の空襲で
ステンドグラスが破損した大聖堂が多い⇒戦後作りなおしたのかな?
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まぁ絵柄的にはごく普通の宗教絵画の構図をそのままマネしたみたいな感じものが多いし、
真っ白なままの窓もけっこうある。ステンドグラス的には見るべきもの少ないと思った。
やっぱここは教会建築や装飾っていうより、やっぱキャサリンとかメアリ・スチュアートとか
「英国歴史ロマン」的な目的で来る方がいいのかな・・(上記二人については次回記事で扱う)。
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・・てなことを考えてたら、とつぜん大聖堂内にピアノの音が響き始めた。
これはスピーカーじゃない。中で誰かが弾いてるんじゃないか?

おお、あそこで黒人のおニイさんが弾いてる。
既存の曲じゃなく、昔のキース・ジャレットみたいに即興で、一回限りの曲を弾いてるっぽい。
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これを聞いてるうちにイ課長は深く感心した。
ピアノ演奏に対してではない。大聖堂というモノの音響効果の良さに、だ。
これまで大聖堂をずいぶん見学したけど、ミサの最中ってことはマレで(パリで一度だけあった)
大聖堂の中で音楽を聴く機会なんて皆無に近かった。

いやーーーさすがは大聖堂。ピアノ1台だけでもこんなに響くんだねぇ。
ここでパイプオルガンとか、合唱団とか聞けば、すごい残響でさぞかし聞きごたえがあるだろうけど
それ以上に演奏してるガワは気分がイイだろうと思う。
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英国大聖堂ならでは(と、少なくともイ課長は勝手に思ってる)異常装飾ヴォールト天井は
ちょっとしか見られなかったけど、あまり考えたことがなかった大聖堂の音響効果の良さに
触れられたイーリー大聖堂というわけでした。
次回更新では「英国歴史ロマン」風に、キャサリンとメアリ・スチュアートのお話を。

 

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by tohoiwanya | 2017-06-26 00:17 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 06月 23日

ピーターバラ大聖堂というところ【その1】

ピーターバラ大聖堂入り口側のファサードを特徴づける3連アーチ。
こういう大型のアーチが三つもくっついたのって見たことないと思う。確かに珍しい。
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近くから観察すると・・ふーむ・・半円じゃなく尖頭アーチだ。
しかも入口アーチ開口部のヘリ部分がギザギザの斜め構造になってるところなんて
ゴシック建築の特徴だよな。
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このギザギザ斜めの構造、単純なくり抜きトンネルだと建物の厚みがそのまま
トンネルの長さになって圧迫感があるから、こうやってギザギザの斜めに広げて
それを軽減してるって本で読んだことがある。そう言われればそんな気もする。と同時に
採光をよくするって側面もあるのかもしれん。

さて中に入ってみましょう。
ピーターバラ大聖堂は全体としてはこんな形。真上からみれば十字架型になる。
十字架の足元にあたる入口から入るとまず外陣。さらに進むと交差廊(十字架の横木部分)を
通り、さらにその奥が内陣(十字架の上部縦木部分)になるわけだ。
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ハイそれでは中に入ってぇ、ゴシック体操第一。まずは首をそらせる運動です。ぐぃーーーん・・
・・ありゃりゃ?!ここもイーリー同様リブ・ヴォールト天井じゃないぞ?平天井じゃん。
入り口は尖頭アーチだったけど、内陣は左右の柱も半円アーチでつながってる。
ってこたぁナニかい?ピーターバラ大聖堂も入ってすぐはロマネスク様式なのかい?
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へぇ〜こりゃ意外。
イーリーもピーターバラも、本なんかじゃ英国ゴシック建築の例として紹介されることが
多いはずだし、ソレらしい写真も見た気がするんだけどなぁ?

ふーむ、しかしこの半円アーチや窓開口部の壁の厚さ、平らな(おそらく)木造天井・・
専門家に言わせりゃあっさり「あ、こりゃロマネスクですよ」ってことになるんだろう。

個人的好みという点では、何の絵も模様もなくシンプルな構造美だけで魅せる
ゴシックのリブ・ヴォールトが好きだけど、さすが天井の異常装飾に凝りたがる
英国ならではというべきか、この平天井の装飾もすごいねー。
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さらに奥に進んでみる。
こうみえてイ課長だって英国大聖堂の建築スタイルをだんだん飲み込んできた。
身廊と交差廊の“交差点”のトコで真上を見るときっとまた豪華絢爛なアレが・・

うひゃーーやっぱり。これでもかとばかりに装飾を詰め込んだ天窓があるよ。
どうも英国大聖堂では“交差点”部分に塔を造り、そこを天窓にし、豪華絢爛な天国的世界を
再現するっていうのがパターンなんだと思われる。
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さらに奥、内陣の方に入ってみる。ありゃりゃりゃ?!ここも純正ゴシックじゃない。
天井部分は外陣と同じく平らな構造で、典型的ゴシックのリブ・ヴォールト天井じゃない。
左右の柱にある「枝分かれリブ」は構造上というより、装飾上の意味合いの方が大きそうに見える。
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うーーむこれはますます意外。
外陣はロマネスクでも内陣はイーリーみたいにゴシックになるんだろうと思ったが、ピーターバラ大聖堂は
内陣もロマネスクっぽいよ?アーチも半円型だし。おっかしーなー・・・ピーターバラ大聖堂ン中に
「これぞ英国ゴシック」って感じの超過剰装飾天井があったんじゃなかったかなー?

例によってまた天井の話だけで長くなってしまった・・。
イ課長が悪いのではない。ロマネスク?ゴシック?と見る者を混乱させるピーターバラ大聖堂が悪いのだ。
ということで、ヒトのせいにしたところで続きは次回だ。

 

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by tohoiwanya | 2017-06-23 00:08 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 06月 20日

ピーターバラ大聖堂と二人の女性

ピーターバラという地名、スペルはPeterborough と書く。
サイモン&ガーファンクルの名曲スカボロ・フェアはScarborough Fair と書く。
どっちもborough だけど、英国のPeterborough がピーターボロと書かれることはない。
試しに「ピーターボロ」で検索するとカナダや米国にあるピーターボロの方が先に出てくる。

borough の英国風発音は「バラ」に近いってことなんだろう。とりあえずこのブログでも
ピーターバラと表記させていただきます。

カンタベリーほどの知名度はないにしても、ピーターバラは「有名な大聖堂のある町」として英国じゃ
5本の指には入るんじゃないか?宗教的な“格”もかなり高いはずだし、建物も当然立派なはずで
例によって建築的興味はピーターバラ大聖堂訪問の大きな動機だった。
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ただピーターバラ大聖堂には歴史にホンロウされた二人の女性の話がつきものだ。
一人はヘンリー8世の妻だったキャサリン・オブ・アラゴン、そしてもう一人は
スコットランド女王だったメアリ・スチュワートだ。二人とも悲劇の王妃・女王といって
差し支えない波乱の人生を送った。

英国史の中でイ課長が局所的に詳しい「ヘンリー8世と6人の妻」関連ネタ。この二人の女性も
「関連ネタ」なんだよね。キャサリンは6人のうちの最初の奥さんだし、メアリ・スチュワートは
元スコットランド女王だったのにイングランドで処刑された。処刑に最終決済を与えたのは
エリザベス1世で、これは「6人の妻」のうちのお妃2号の娘。
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キャサリンについては前にもちょっと書いたよね。
「~オブ・アラゴン」という呼称からもわかるようにスペイン王室から英国にお嫁入り。
しかし結婚して数か月でダンナは若死に。一説では巨額の持参金の返却を惜しんだ父ヘンリー7世が
「それならオマエ」ってんで弟のヘンリーと婚約させたともいわれる。肖像画通りだとすれば
イ課長の好みの女性ではないが(笑)、ヘンリーとの夫婦仲は当初は良かったらしい。その証拠に
子供も何人かこしらえた(下の写真は本文と関係ありません)。
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だがそのうち無事に成長したのはメアリ(後のメアリ1世=ブラッディ・メアリ)だけで、
男子に恵まれなかった。このことがキャサリンの運命を暗転させた。もしメアリが男の子だったら
キャサリンは「亭主の浮気に悩む英国王妃」として生涯を送れたんじゃないかと思う。
だが彼女は「亭主に強引に離婚された元英国王妃」になってしまったのだ。

ヘンリーとしては安定した王位継承のために男子がほしい。キャサリンはもう30過ぎ。
今なら30ちょい過ぎなんて全然オッケーだけど、16世紀だと超大年増だったんだろうなぁ。

で、好色ヘンリーはもっとピチピチした子宮を持ってそうなアン・ブーリンに目をつけた。
しかしアンだってバカじゃない。アタシとヤリたきゃアタシのこと王妃にしてよと迫る。

アンとヤルことしか頭にないヘンリーはアンを王妃に迎えるために邪魔なキャサリンを離婚。しかし
キャサリンはガンとして離婚を拒否。この辺からはもう泥沼のタタカイで、「死んだアニキの嫁さんとの
結婚なんて無効でぃ!」というムチャクチャな理屈で離婚したことにし、邪魔なキャサリンは
どこかの城に幽閉しちまった。
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数奇な(というか、かなり不幸な)運命をたどったキャサリンはやがて幽閉先のナントカ城で死に、
ピーターバラ大聖堂に葬られたわけだが、「1000日のアン」って映画の中でキャサリンが
死んだことを告げられたヘンリーが家来とこんな会話を交わすシーンがあった。

「陛下、キャサリン様がお亡くなりに・・ご葬儀はウェストミンスターで?」
「うー・・ウェストミンスターは(葬儀代が)高い。ピーターバラでいい。ピーターバラなら安い」

実際にそういうやり取りがあったかどうかはわからないけど、邪魔なキャサリンが死んでホッとしつつ
葬儀にかけるコストも惜しむヘンリーの酷薄さが伝わるシーンだった。

そのキャサリンが眠るピーターバラ大聖堂に行くわけですよ。
午前中に行ったイーリー大聖堂ではいつものゴシック建築的興味が強かったイ課長だけど、午後の
ピーターバラは建築的興味だけじゃなく、ちょいとばかり「英国歴史散歩」って感じを帯びてたね。

・・・と、こんなことを言ってるうちに列車はピーターバラ駅に無事到着。
大聖堂の方に向かって歩く。人口16万人ちょいっていうから小さな地方都市ではあるけど、
イーリーより商店も人通りも多くて賑やかだ。
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大聖堂に着く前に早くも小ぶりな歴史的建造物が目につき始める。
これも教会だろうなぁ。「ウェストミンスターよりは安上がり」とはいえ、元王妃の
葬儀をやり、お墓も作るくらいだからそれなりに格式高い大聖堂だったわけで、町自体も
古い歴史があるんだろう。
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おっと、見えてきましたピーターバラ大聖堂。
それではいよいよ「大聖堂の日」の二つめ。ピーターバラ大聖堂の内部を次回ご紹介いたしましょう。
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え?悲劇の女性の二人目の方はどうしたのかって?キャサリンの話で長くなっちまったから、
メアリ・スチュアートについては大聖堂の記事の中で触れますです、はい(←いいかげん)。
 
 

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by tohoiwanya | 2017-06-20 00:35 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)
2017年 06月 18日

夫婦間の相互補完的関係について

大聖堂の続きの前にもう一つ小ネタを。
何かの論文みたいな標題だが、内容はごくクダラナい記事であることを最初におことわしておく。

1991年3月に新婚旅行で訪れたロンドンを、2016年6月の銀婚旅行で再訪した今回。
ロンドンは91年当時とかなり変わったわけだけど、それ以上に変わったのは人間の方、
つまりトホ妻とイ課長の年齢と肉体だ(笑)。25年という年月はバカ夫婦の肉体をも
容赦なく衰えさせる。

旅先で最も重要な身体機能の一つは歩くことで、これだけは幸いなことに二人とも
まぁ何とかなってる。だが足腰以外となるとだいぶ怪しくなったのは否定できない。
たとえば脳機能の方で極めて重要な記憶力や認識能力はどうか?
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ロンドン到着早々、こんなことがあった。
空港からヒースロー・エクスプレスに乗ってパディントン駅に無事到着。あとはホテルまで
歩けばいいわけだが、その前にネット予約した鉄道切符の発券を済ませておきたかった。

カバンから予約確認書類を取り出し、機械にクレジットカード入れて所定のコードを入力・・
あれ、うまくいかない・・コードがおかしいんじゃないの?ヘンだな、ちょっとこれ持ってて。
もう一度・・あれ?またダメ。この機械壊れてんじゃねぇ?向こうの機械でやってみよう。

もう一度機械にクレジッ・・・・・あれ?て、定期入れは?
ねぇ定期入れどうした?さっき渡したよね?え?持ってない?いやだってさっきこれ持っててって・・
ええ?渡されてない?そんなヴァカな。だってオレのズボンのポケットにはないぜ?えええ?
も、もしかしてスラれた?えええええ??!!

真っ青になってズボンのポケットやらカバンやら地面やら探したけどないものはない。
ロンドン到着早々クレジットカード入り定期入れをスラれたわけ?うわーもう目の前真っ暗。
だが1分後に定期入れはイ課長の尻ポケットでも左右のポケットでもカバンでもなく、
太もものポケット(カーゴパンツだったのだ)から発見された。

そりゃね、確かに大事には至らなかったけどね、こういうことがあると「オレのアタマじゃもう
自力で海外旅行なんてムリなんじゃ・・」と悲観したくもなる。バカだバカだとは思っていたが、
ここまでバカだったのかオレわ!!ただでさえ乏しい自信をますます喪失するぜ。
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トホ妻はトホ妻でやはり衰えは隠せない。ヤツの場合、大きな問題になるのは「目」だな。
目が悪くなって(さらに、いちいちカバンからメガネを取り出すのが面倒で)、何か読む時は
イ課長を「自分の目代わり」にしたがる。亭主を盲導犬か読書用ルーペと思ってるらしい。

たとえばノドが乾いたから水がほしいとトホ妻がいう。
近くにあった店でボトル入りの水を買おうとするけど、水の種類っていっぱいあるじゃん?
するとこういうことになるのだ。

こっちは・・えー・・・スティルウォーターって書いてある。これは?・・何も書いてないな
この辺のヤツは?
これは・・・ああ、ガスって書いてある。ガス入り・・・こっちは・・うーん・・ガスかな?
これは?
えー?(めんど臭ぇなぁ) ・・うーん・・・書いてない・・わかんない
炭酸じゃないのが欲しいのよ、さっきアナタがスティルウォーターって言ったヤツ、どれ?
どれって・・その辺だったよ、自分で選びゃいいじゃん自分で飲むんだから!
読めないんだからしょうがないでしょ、どれ?さっきスティルウォーターっていったヤツ!!

といった具合に、初老夫婦の慈愛に満ちたやりとりがソコここで繰り返されることになる。

今回の銀婚旅行では大聖堂の日とかグリニッジ観光とか、イ課長の好みが優先された見学先も
多少あったけど、昔だったらそういう時トホ妻は別行動で自分の行きたいところに一人で行っただろう。
だが今回、トホ妻は旅行中すべてイ課長に帯同した。そうなった理由の一つは明らかにトホ妻の
「視力不安」にあると推察される。ブルーベリーでもバカ食いさせるか。
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トホ妻の視力問題に関してはイ課長が補完的機能を果たしているのは間違いない。
イ課長の記憶力(ないし行動認識力?)問題はトホ妻がいるおかげで助かってるというブブンは
今回はあまりなかったけど、過去にはある。

大昔にイスタンブールで、やはり定期入れ紛失(なぜオレはよくなくすのだ?)騒ぎになった時
「ベッドとベッドの間に落ちたのでは?」とトホ妻が指摘し、ベッドを動かしてみたらホントに
落ちてたなんてことがあったのだ。少なくとも探し物の能力についてはイ課長よりトホ妻の方が
高い(この能力、イ課長は病的に低い)。そして、イ課長はモノをよくなくす。そういう意味では
トホ妻もイ課長の「ダメな機能」を補完しているといえるだろう。

まぁ相互補完くらいだったらまだいい。「支え合う初老夫婦」と言っていえなくもない。
しかしこれが「相互看病する老夫婦」とか、「相互介護する後期高齢者夫婦」になると
もう海外旅行どころじゃない。ま、いずれはそうなるわけだが・・。

とりあえず当面の問題は8月の旅行だよ。
視力はまだ大丈夫だけど、よくモノをなくしたり、しまった場所を忘れちまう初老男の一人旅。
相互補完してくれる相手のいない旅。果たして無事に帰ってこられるのであろうか?

 

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by tohoiwanya | 2017-06-18 00:39 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(4)
2017年 06月 15日

ケンジントン・ガーデン横断

大聖堂の話ばっかり続くのもナンなので、ちょいと気分転換の小ネタを。

ロンドンにある有名な公園で、ハイドパークっていうのは昔から名前だけは知っていた。
ケンジントン公園っていうのも名前は聞いたことがあった。

ロンドン出張でパディントン駅近くに宿泊した時、上の二つの公園うちハイドパークの方が
近くにあることを知った(行かなかったが)。ハイドパークがそこにあるっていうからには
ケンジントン公園の方はロンドンのどこか別のところにある、とイ課長は思い込んでいた。

ところがこの二つ、実は公園の真ん中を突っ切ってる道路のアッチとコッチで名前が違うだけで、
実質的には一つの巨大公園だってことを昨年の銀婚旅行で初めて知ったのでした。そうだったの!
ああ・・世界は未知なる事柄に満ちておることよなぁ・・。

昼はヒースロー空港に行かなきゃいけないというロンドン滞在最終日の朝、我々は
この巨大公園を徒歩で横断した。ロンドンで見ておきたいものが公園の向こう側にあったのだ。
地下鉄でも数駅乗れば行けるけど、どうせなら朝の散歩がてら公園突っ切って行くことにした。

うーーーーん・・・朝の広大な公園は気分がええのう。
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英国人のガーデニング執念の強さは有名だけど、イギリス風の造園ってフランス庭園みたいに
キチーッと幾何学的に整頓されてなくて、わりと人工感を排除しようとしてるブブンが多いと思う。
風景式庭園という言い方もあるようで、東京の新宿御苑はそういう考え方で設計されてるらしい。
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池も広いねぇ・・。
ロンドンの一人当たり公園面積って、東京23区のソレのほぼ9倍くらいある。広くていいなー。
(ちなみに、豪州の首都キャンベラの一人当たり公園面積はロンドンのさらに約3倍ある)
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何だかわかんない巨大なトリ。トリはデカいの小さいの、もうワンサカいたね。
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リスもいる。いいなー。日比谷公園にリスなんていないよなー。
ワシントンDCでリス見たときも感心したけど、やっぱこういう世界的大都市の真ん中で
こんな風に野生?動物を目にできるのは羨ましい。
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公園の北側、ベイズウォーター側から入って、反対側までのーんびり徒歩で横断しても
せいぜい15分くらいだったんじゃないかなぁ?大したことはない。反対側の出口に近づくと
アルバート公記念碑っていうのもある。

そんな記念碑どうでもいいと思ったけど、記念碑のカドにある彫像はちょっと面白かった。
やけにエジプト・アラビア風なんだよ。どっちもかつては英国の支配下だったトコだが。
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と思うとこっちはインド・中国風。インド・香港も英国支配地域じゃねぇか。ってことは、
大英帝国の植民地をエリア別に表現してんの?と思ったけどあとで調べたらアフリカ、アジア、
アメリカ、ヨーロッパという4大陸を象徴した像なんだと。ってことは反対側の二つのカドッコには
アメリカ風とヨーロッパ風があったわけか。見て来なかったが。
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アルバート公記念碑を過ぎるともう公園の南側出口。むかし「カルメン」を観たロイヤル・アルバートホール。
しかし今日はもちろんここが目的地ではない。
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朝っぱらから公園を突っ切って、イ課長たちは何を見に来たのか?
(ちなみに、強くソレを見たがったのはイ課長だけで、トホ妻はつきあいで来たのだが)
それについて説明しようとするとものすごく長くなるので、いずれ機会を改めて。
本日はロンドンの有名な公園を歩きましたという、それだけでオシマイ(笑)。


 

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by tohoiwanya | 2017-06-15 00:05 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)
2017年 06月 13日

遣らずの雨

イーリー大聖堂の中を一通り見て、ピーターバラ移動まではまだ時間がある。
さてどうしようか、とりあえず駅の方に歩きながらイーリーの町をブラついてみっかな・・
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・・・てなこと考えながら外に出ようとしたら、ありゃー何てこった、雨じゃん。
細かい雨だけどけっこうシッカリ降ってる。念のためフードつきの上着を着てたけど、これは
ちょっと外歩きたくないなぁ。しょうがねぇ、時間はあるし、大聖堂ン中で小降りになるのを
待つとするか。やけに神聖な雨宿り場所だこと。

昔風にいえば「遣らずの雨」ってやつか。
イーリー大聖堂が「もっとボクんトコでゆっくりしていきなよ」って言ってるのかも(笑)。
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入口のベンチに座って休むことにした。
何もすることはない。ボーッと雨が小降りになるのを待つだけ。こういう「ボーッとしてる時間」って
旅先ではけっこう貴重で、後で考えるとなかなか味わい深いひと時であることが多い。

遺跡だの大聖堂だのを見学してる時の観光客というのは気分的にも高揚した状態にある。
それほどシッカリした観光でなく、たとえばメシを食うとか、バスに乗ってるとか、
マッサージしてもらうなんて時でもそれなりの目的を持って外国で活動してるわけだから、
いろいろ考えたり思ったりする。

しかし雨宿りの時ってのはホントに空虚な時間だ。目的も考えるべきこともなく、ただもう
「早くやまないかなぁ・・」と思いながらボーッと待つだけ。そういう極めて空虚なひとときが
後で振り返るとやけに懐かしく思えることがあるんだよ。

ヴィエンチャンの早朝散歩でスコールに遭った時なんかもそうだった。
一昨日まで東京にいた自分が今ラオスの木陰で雨宿り・・なんと不思議な運命であることか・・
なんてバカみたいなこと考えたよ。他にすることないからさ。
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シェムリアップのマッサージ屋でも「遣らずの雨」に遭ったっけ。あの時は仕方なく店の中で
雨宿りさせてもらい、マッサージ屋のお姉さんたちが屋台のラーメン食うのをボーッと見てた。
遠い異国で、雨に降り籠められてるという事実だけが雨音と共にカラダに浸透してくる、この感じ。
悪くないヒトトキだと思うんだよ。後になって振り返れば、だけどね。
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こういう時は身近なものをボンヤリしみじみと眺めたりする(他にすることないし)。
イーリー大聖堂でも座っている石造りのベンチをじっと眺めた。・・・ははぁ、こりゃ~古いワ。
何百年にもわたってすごい数の信者の尻でこすられたからテロテロに磨かれてる。
雨宿りしなけりゃ、こんな古いベンチに注目することもなかった。
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次は外に出て入り口の扉を眺めてみる。
ははぁ・・木製の扉だけど、ぎっしりと金属製の装飾がついてる。これは装飾目的だけじゃなく、
扉そのものの強度アップって目的も兼ねてるんだろうなきっと。遣らずの雨のおかげで
キミの見事な扉の装飾をじっくり拝見させてもらったよ、イーリーくん。
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外に出たついでだ。カメラが濡れないように注意しながら大聖堂外観の写真も撮った。
ここもカンタベリー大聖堂同様フライング・バットレスはなくて、すげー重量感のあるナナメの
出っ張りがある。これ、控え壁かい?何だかスゴいね。
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おお、雨どいから水が・・・なんでぇ、せっかく雨が降って、こうして屋根から水が落ちてるのに
肝心のガーゴイルがないじゃん、ちぇっ。ガーゴイルがげーげー水吐くトコ見たかったなぁ。
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こんな感じで20分くらい雨宿りしてたかなぁ。そのうち雨も多少は小降りになったようだったので
ブラブラ駅まで戻ることにした。結局イーリーの町そのものはほとんど見ることなかったけど、
大聖堂以外にはコレといって見るべきものあったのかな?。雨で町の人通りも少なかった。

イーリー大聖堂で遭遇した遣らずの雨。
そんな、どうでもいい旅のヒトコマでございました。
 
 

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by tohoiwanya | 2017-06-13 00:10 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)
2017年 06月 11日

イーリー大聖堂というところ【その3】

イーリーは意外なくらい(と言っては失礼だが)ステンドグラスが見事な大聖堂だった。
薄暗いゴシック大聖堂の中にいて、色鮮やかなステンドグラスごしに外光が入ってくるサマは
本場フランスであろうが英国であろうが、やっぱり美しい。
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人間の顔の描き方がちゃんと立体的に見えるように陰影がついてたりしてわりとリアル。
そんなに古い時代のステンドグラスじゃないはずで、大聖堂自体より後に作られたものかも。
カンタベリー大聖堂じゃディズニー調ステンドグラスにタマゲたけど、あれに比べるとずいぶんと
オーソドックスな絵柄に見える。
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実はこの時イ課長は暗い室内でストロボなしでも手ブレしないカシオの威力に感心しながら撮ってた。
この長大なステンドグラスの真ん中の列の中段あたりにユダの「裏切りの接吻」の場面がある。
下の写真じゃ遠すぎてとても識別できんが。
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試しにズームでグーッと寄って撮ってみる。ふーむ手ブレしないねぇ。
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今度は左の列にあった洗礼者ヨハネとキリストをさらにズームで寄って撮ってみる。
おお、それでも手ブレしない。大したもんだ。手ブレ補正機能を重視して買ったデジカメだが、
期待しただけの威力は発揮してくれる。
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お?また何やら変わった図柄が・・飛行機じゃん。軍用機っぽい。
何でまた大聖堂のステンドグラスに軍用機なんぞが・・・??
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こっちはモロ軍人さんじゃねぇか。右手にもったヘルメットや風防からみて
空軍のパイロットだと推定される。軍人が軍服着て大聖堂のステンドグラスって・・・。
パイロットの聖人なの?日露戦争の広瀬中佐みたいに(いくら何でも古すぎる)軍神なのか?
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うわーーこの辺のステンドグラスは「ミリタリー関連図柄」ばっかだよ。こりゃ驚いた。
こんなの初めて見たぜ。特定の誰かっていうより、イギリス軍全体を象徴してる感じだね。
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ひー。こっちじゃ夜空を飛ぶ爆撃機と、それを照らすサーチライトときたもんだ。
まさに激しい戦闘の真っ最中です。しかしここは軍事博物館ではありません。レッキとした
大聖堂のステンドグラスなのです。
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これを見たイ課長は2012年のポーランドのウォヴィッチで見た聖体祭を思い出した。
あのパレードも宗教的儀式のはずなんだけど、兵隊さんたち(の扮装をした市民?)も
一緒に行進してた。

ポーランドって散々ドイツやロシアに蹂躙され、戦火をくぐった国だけど、英国だって
ウィリアム征服王の昔から(っつうか、もっと遥か前から)ブレア首相時代のイラク出兵に
至るまで、呆れるくらいしょっちゅう戦争ばっかしてた国だ。そういう国だからこそ
神を讃えるのと同じように軍人さんも讃えようっていう気持ちがあるのかもなぁ・・。

カンタベリー大聖堂の「聖人エリザベス女王&エジンバラ公」大理石像にも驚いたが
イーリーの「ミリタリー・ステンドグラス」にもたまげたぜ。英国国教会ってところは
ずいぶん世俗的?な宗教装飾を取り入れてるんだねぇ。

最初のうちは普通に「キレイだなぁ」と思って鑑賞してたけど、最後はちょいとばかり
ビックリ図柄も用意されてるイーリー大聖堂のステンドグラスというわけでございました。
 
 

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by tohoiwanya | 2017-06-11 01:35 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(10)
2017年 06月 08日

イーリー大聖堂というところ【その2】

奥の方まできてようやく純正ゴシックらしくなってきたイーリー大聖堂。
調べたところでは、この大聖堂、着工が11世紀で完成は14世紀。建設期間が300年ともなると、
その間に建築技術も進歩するし、様式も変わるわなぁ、そりゃ。
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大聖堂奥の部分は側廊天井もリブが延びたヴォールト天井になってる。重々しい雰囲気だねぇ。
イーリー大聖堂、見学者がワンワンいるということもなくてわりと静かで、それなりに宗教的神秘を
感じさせてくれる空間だ。
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(たぶん)聖職者席からロマネスク様式の西側を見るとこんな感じ。
うーん・・やっぱ大聖堂はええのう。マイルドなゴシック教会建築ヲタクのイ課長だから、やっぱり
こういう所に来ると軽い興奮状態になって写真の撮影枚数がバカスカ増えていく。
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この(おそらく)聖職者席ってフランスの大聖堂でも見たけど、なぜかここは木で作ることが多い。
だからここでは木彫の装飾が見ものであることが多いんだけど、イーリーの木彫もなかなか見事だ。
ちょっと暗いけどストロボは焚かずに撮った(それでも手ブレしないカシオはえらいと思う)。
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イーリー大聖堂で面白かったのは、ひざまずいてお祈りするためと思われるクッションだ。
それぞれ名前やイニシャルが刺繍がしてある。つまりこのクッションは誰がヒザを置く場所かってことが
決まってるんだね。クッションが専用予約席になってる。
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しかも刺繍された年代を見るとおっそろしいほど古い。
これなんて1000年以上前だぜ?まさかこのクッションが当時作られたものとは考えられないけど、
このクッションにヒザをのせていいのはエルシン家関係者のみであるってことが1000年以上前から
決まってるっぽい。それってすごいね。10世紀って大聖堂着工より前じゃねぇ?このエルシンさんってのは
建設前の大口寄付者か何かだったんだろうか。
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こっちのクッションは12世紀からヘンリーさん専用の祈祷場所だったと思われる。今はその子孫がここを
使ってるのかな?こうやってトテツもない歴史の古さをクッションの刺繍でさりげなく自慢するあたり
英国らしいと言うべきか。
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おお、大聖堂の一番奥の方まで来ると英国ゴシックの神髄(だと、イ課長が勝手に思っている)、
異常装飾天井がソコかしこに。英国ゴシックはやっぱこれがなきゃね。しかしコレもまたすごいね。
天井がハチの巣みたいだ。よくまぁこんな天井作ったね。
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大聖堂に接続して増築したと思われるホールの天井もこんな。これですよやっぱ。
英国の大聖堂に来たらこの過剰(ないし異常)装飾の天井がなきゃつまんない。イーリー大聖堂の
異常装飾天井も十分異常です(笑)。
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いやーーー大聖堂見学は面白いですなぁ。
ワガママを言って「大聖堂の日」を作った甲斐があったってモンだぜ。
せっかくだからイーリー大聖堂の話題はもう一つ続けたいと思う。この大聖堂の見事な
ステンドグラスをまだ全然ご紹介してなかったのだよ。次回たっぷりご覧に入れるからね。
 
 

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by tohoiwanya | 2017-06-08 01:00 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)