2017年 11月 06日

ミャンマー・その入国審査と出国審査

さて、それでは2025年までにLDCを卒業できそうなミャンマーネタに戻りましょう。
本日の記事は以前書いたネットによるビザ申請編の、いわば続篇みたいなもんだな。

ヤンゴン、ミンガラドン空港に着いた外国人観光客のほとんどはネットでビザを事前申請してた。
何人かアライバル・ビザ申請ブースに向かう人もいたようだけどここは読み手も「ネット申請済み」
であるという前提で話を進めさせていただく。

オフシーズンだったせいか、入国審査の列はさほど長くない。この後行くバンコク・ドンムアン空港の
イミグレに比べたら10分の1以下。すぐ自分の番になるから、外国人旅行者たちは早めにカバンから
例の承認レターを取り出してる。みんな準備がよろしい。

一人にかかる審査時間はけっこう長い。
承認レターとパスポートをセットで出すと、あれこれ眺めたりパスポートの電子情報を確認したりして
バン、バン、といくつかハンコを押してハイ入国。口頭質問は特になかった。

いくつか押したハンコの一つがこれ。
承認レターそのものに押されたスタンプ。「確認・ビザ発行済み」の印ってことだろうな。
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パスポートには同じ青のスタンプと何やら手書きの書き込みが。
これが「パスポートに押された正式のビザ」ということになるはずで、ホテルチェックイン時の
パスポート確認の際、ホテルマンはこのページを見てビザ番号とかを書きとめていた。
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とりあえずこれでミャンマー入国はできたわけだし、パスポートに正式のビザも押印されたから
もうあの承認レターはいらないようなもんだ。しかし一応念のためとっておきましょう。

なぜなら、コトによると出国審査の時に提出を求められるかもしれないからだ。
バンコクに移動するマンダレー国際空港出国審査の様子を見ていたら、外国人の何割かが
承認レターをごそごそ取り出して係員に見せてた。

「あ、やっぱあの紙、いるんだ」と思ってイ課長も列に並んでるうちに用意した。
しかしイ課長はなぜか「見せろ」とは言われず、出国カードとパスポートだけで審査は済んだ。
でも「見せろ」と言われてる外国人もいたから、やはりこの紙は用意しといた方が安全。
預け荷物の中にしまっちゃった!なんてことのないよう、ここは用心深くパッと出せる場所に
しまっておきましょう。

あとね、ミャンマー出国では上述した出国カードってのを書かないといけない。
記憶が定かじゃないんだけど、入国の時に書いたカードの半キレがパスポートに
はさまってたような気もする。しかし出国の時そんなもの挟まってなかったから
やっぱ最初からなかったのかも(ヲイヲイ)。
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だーが心配ご無用。
空港に白紙の出国カードがどさっと置いてあるから、その場で書けばいいのだ。
外国人旅行者はみんなこの柱の端っこ?を台にして記入してた。ってことはやっぱ
最初っからそんなものはパスポートにはさまってなかった・・のかな?
・・ああ思い出せない。でもとにかく出国ン時に空港で書けば大丈夫ですから。
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ミャンマーって、ちょっと前までは国際的に経済制裁うけてた国だし(去年やっと米国が解除)、
昔は外国人の入国・出国もタイヘンだった。特に悪名高かったのが入国時の“強制両替”で、
空港で300$分、ウムをいわさず現地通貨チャットに両替させられたのだ。10年前くらいは
まだそんな感じだったんだよねぇミャンマーは。

当時、約300$分のチャットを滞在中に使い切るって、そりゃもう大変だったらしい。
しかも、余っても出国時に再両替してくれないっつうんだからメチャクチャな話。
仕方なく、欲しくもない土産物とか買った人も多かったに違いない。今回イ課長が一週間滞在して
メシ、交通費、缶ビール、入域料等々合計しても、現金では300$も使ってないもんね。
(ホテル代はカード払いしてたからね)

その当時を考えればミャンマーもずいぶん旅しやすい国になったといえる。
現在はもちろん強制両替なんてありません。もっとも現地通貨チャットの入手に関しては
前に書いたように空港で日本円からは両替できないので、ご注意下さい。

  

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# by tohoiwanya | 2017-11-06 00:17 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 11月 04日

LDCクイズ【正解発表編】

それでは前回記事のクイズの正解発表です。
2025年時点でアジアでたった一か国、LDC指定から卒業できないと予想される国。
イ課長が行ったことあるラオスかミャンマーかカンボジアの中のドレか。正解はですね・・・
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              カンボジアなのです。

いやーーこれまた意外。
カンボジアには外国企業、特に中国企業とかがけっこう進出してるそうで、海外投資ありそうだし
なんつったってアンコール・ワットという東南アジア屈指の観光物件もある。それなのにぃ?

もし前知識なくイ課長が同じ質問をされたら、かなりの自信をもって「ラオス」と答えただろう。
その理由は?と聞かれたらこう言う。

①人口少なすぎ:ラオスの人口はカンボジアの半分、ミャンマーと較べたらなんと1/7以下だ。
 一人当たり所得が他国より高いのもひとえに少ない人口のおかげ。700万人は少なすぎでは?
 
②港湾がない:これ重要だと思う。他の二国に比べて交易活動は未来永劫ずっと不利なまま。
 これだけでもかなり十分な理由のはずで、前回記事のコメントでも同じ指摘があった。
 実際、国連も「内陸発展途上国」なんて別の分類作ってるくらいなんだぜ?

③観光資源が少ない
:ルアンパバーンは立派な世界遺産で、イ課長も個人的には大好きな町だ。
 しかし世界の観光地・アンコールワットや、世界三大仏教遺跡の一つとされるバガンの、
 あの大迫力と較べられちゃうとなぁ・・

④貪欲さの欠如:旅した実感として思うけど、3ヶ国の中でラオス人が最も欲がない。
 外人観光客を見て「買ってくれ」ってほとんど言わないし、ボッタクろうともしない。
 静かでのどかでイイんだけど、国の発展にはそういう貪欲さだって多少は必要じゃないの?
 いま急成長しているベトナムなんかそういう貪欲さがメチャ強いぞ。

・・と、こう並べると「ラオス」というイ課長の回答理由には一応説得力あるでしょ?
だが不正解なのだ。国連の予想によればアジアで最後までLDCから脱却できない国は
カンボジアなのだ。かなり意外だったよ、何度も言うけど。
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しかし東南アジアLDC3ヶ国を歩いたお兄ぃさんとしてはやはり「なぜカンボジアなのか?」という
理由を考察したい。たとえ後付けであろうともだ。カンボジアの不利な要素っつうとだよ?

①ポル・ポト暗黒時代の影響
 まずこれじゃない?1980年代にエンジニアとか教師とか医者とか、知識層が片っ端から殺されまくり、
 挙げ句に戸籍やら教育制度やらの国家運営システムが一度カンペキにブッ壊されてるからね。
 93年に国連管理下で総選挙、その後は「独り立ち」したわけだけど、当時は学校を再開しようにも
 教師はいない、病院作ろうにも医者がいないって状態だったはず。国を“操業”させるノウハウ継承や
 人的リソース育成が途絶した影響って今でも尾を引いてるじゃないかなぁ?

②トンレサップ湖周辺の広大な「使えない」土地

 これも前に書いたよね。雨季になるとトンレサップ湖はガバッと拡大して周辺の土地は水没。
 首都プノンペンのすぐ近くからそういう土地なわけ。毎年数か月、必ず水没する土地になんて、
 工場もビルも道路も作れないよ。国の真ん中の、平坦かつ広~大な土地が低利用のまま。
 ああもったいない。でも使えない。

③政治家・役人が腐ってる?

 アンコール・ワット観光収入がベトナムに吸い取られてるという例の問題に象徴されるように、
 この国の政治家や役人には「国を良くする」以外のことを考えてるヤツの比率が高いんじゃないか?
 確たる裏づけは全くない。ただカンボジアのガイド氏の話とか聞くとな~んとなくそんな印象が
 感じられる。ミャンマー軍政に対する批判も確かに強かったけど、あれは腐敗というのとはまた
 ちょっと違う気がするんだよねぇ。
 
・・・と、思いつく理由はこのくらいか。全部過去に書いた記事にからんだことだが。
確かにこう考えていくとカンボジアには、ミャンマーやラオスにはないディスアドバンテージが
あるかもなぁ。まぁ卒業はアジアで最後になるかもしれんが、カンボジア、がんばれ。
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【質問編】の回答を観ると、やはりイ課長同様「ラオス」と思った方が多いようで
正解者は一人もなしという結果に(笑)。確率1/3でも、けっこう当たらないんだなぁ・・。

 

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# by tohoiwanya | 2017-11-04 00:33 | 出張・旅行あれこれ | Comments(2)
2017年 11月 02日

LDCクイズ【出題編】

本日は少〜〜しお固い話題だけど、最後にお楽しみクイズがありますからね(笑)。

LDCという言葉をご存知の方はいるだろうか。
Least Developed Countries の略で、直訳すれば「最低(最少?)開発途上国」か。
通常、日本語では「後発開発途上国」と書かれる。もう少しカンカク的に言うときは
「最貧国」なんていうこともあるようだ。

このLDC、現在世界に48カ国。国連加盟国が現在193あるっつうから、“LDC率”は24.9%。
つまり4つにひとつはLDCなわけで、内訳ではアフリカが一番多くて34カ国。アジアが9カ国、
北米に1カ国(ハイチ)、オセアニアに4カ国だ(ツバルとか島国が多い)。
まぁアフリカが一番多いというのは十分予想されたことだが、アジアに9つもあるの?
アジアのLDC9ヶ国、以下の通りなのである。


 イエメン アフガニスタン バングラデシュ ネパール ブータン
 カンボジア ラオス ミャンマー 東ティモール


ふーむ・・・なるほど。
この9カ国の中で、日本人に比較的身近といえるのはやっぱ地理的に近い東南アジアの
カンボジア・ラオス・ミャンマーだよな。どれかに行ったことある人も多いはずだ。
イ課長なんて今やこの東南アジアLDC3カ国をぜんぶ制覇したお兄いさんだからね。
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LDCは誰かがテキトウに決めるんじゃなく、特定の指標に基づいて国連が指定するもので、
その指標とは一人当たり所得とか識字率とか乳幼児死亡率とかいろいろある。そのうち
いくつの指標がコレコレの値を下回ってるとアンタLDCです、と指定される仕組みらしい。
指定には当該国の「へい、あっしをLDCに指定してくれてよござんす」っていう同意があることが
原則らしくて、当人がイヤだというのをムリヤリ指定することは出来ないんだと思われる。

フツーに考えればLDCに指定されるのは不名誉で、ちーとも嬉しくない。
しかしLDCに指定されるメリットっていうのも一応あって、輸出に際して関税面で優遇措置を
受けられる。というかほぼ関税ゼロになるらしい。安く輸出できる。そうなりゃ他国製より
価格競争力が高まる。貿易面では有利だ。もっとも、これぞという輸出品があるLDCなんて
あんまりないと思うんだが・・。
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LDCには「卒業制度」というのもチャンとある。国が発展し、社会・経済がそれなりに
整ってきたと国連が認定すればLDC指定が解除される。中には上述の貿易メリット欲しさに
「ずっとLDCのままでいたいですぅ」ってヤカラもいるらしいけど、これまたフツーに考えれば、
どのLDCも早く卒業したいと思うはずだし、国連も早く卒業させてあげたいと思ってるはずで、
過去にはサモアやモルディブが実際にLDCから“卒業”している。

実は「卒業予想」っていうのもあるんだよ(笑)。国連が発表してる。
イ課長が読んだものによると、現在48あるLDCのうち2025年までに16ヶ国はめでたく卒業し、
32ヶ国にまで減るとされている。その時点でもやっぱりアフリカ諸国が占める割合は高いんだが
アジアは現在9つあるLDCが2025年には一つだけになるとみられている。

 
      え? ・・・ひとつだけ??

現在9人いる「LDC学校アジア組」のうち、2025年までに8人は卒業するのに一人だけ落第?
それってちょっと悲しいものがある。一体それは誰?いやどこの国?
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上に書いたアジア9カ国のリストをもう一度ご覧いただきたい。
あの中のドレかなのだ。どこだと思う?わかんないよねー。
それではここで重要なヒントを差し上げよう。国連が「アジア最後のLDC」になると予想してる
その国というのはだね・・・・

なんと、イ課長が行った3カ国のうちのどれかなんですねーー。
つまりカンボジアかラオスかミャンマーのどれかってことだ。これは非常に意外だった。
オラまたてっきりアフガニスタンかネパールあたりにちげぇねぇと思ったさ。
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本日のお楽しみクイズというのはこれ。
アジアに現在9つあるLDC。2025年までには8ヶ国が卒業すると見込まれ、最後に1ヶ国残る。
“アジア最後のLDC”はラオスか?ミャンマーか?カンボジアか?
正解確率は3分の1。あてずっぽで答えても三つに一つは当たる、か~んたんなクイズ。

調べちゃダメ。あなたの知識と経験と直感でお答え下さい。
回答はコメント欄にどうぞ。正解者には全員豪華賞品・・・は例によってありません(笑)。
 
 

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# by tohoiwanya | 2017-11-02 00:08 | 出張・旅行あれこれ | Comments(9)
2017年 10月 30日

おーい水島、一緒に日本に帰ろう

ミャンマー旅行以来、一度観たいと思ってたんだよね、「ビルマの竪琴」。
初公開版、カラーのリメイク版ともにまだ観たことがなかったのだ。

府中の図書館にDVDがあったから借りた。中井貴一が出たリメイク版じゃなく、1956年公開の
白黒版。ただし再編集バージョンだと思われる(初公開版には人食い土人とかが登場したらしい)。
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ある意味、「あの当時」だからこそ観る者の心の琴線に触れた映画といえるかもしれない。
昭和31年つうたら捕虜になってた日本兵が戻ってきてから10年たらず。「復員せず、そのまま
ビルマに残る日本兵」という設定はけっこう胸に迫るものがあったんだろうと思う。

この映画に特定のモデルはいない。日本に復員後、僧侶になった人がモデルとか言われてるけど、
そもそもミャンマーで出家者が音楽を奏でるなんてことは戒律上あり得ないことだそうで、
そういう意味でも「ビルマの竪琴」は完全なフィクション。
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悲惨な戦争を描いた映画ではあるんだけど、出て来る日本兵やビルマ人、さらに英軍までもが、
おおむねヒューマンな心を持つ者として描かれてるのはこの映画の格調を高くしていると思う。
水島がビルマに残ろうと思ったキッカケも、死んだ日本兵の墓で賛美歌を唄う英国人たちの姿を
見たことで、ワルモノって出てこない。現地ビルマ人(塀の外)と日本軍捕虜(塀の中)の関係も
素朴かつ友好的に描かれてる。

前にも書いたけどミャンマーは対日感情が極めて良い国と言われる。
「対日感情がメッチャいい国が世界に二つ、それはトルコとミャンマーだ」なんて話も読んだ。
対日感情がイイというのは大変有り難いけど、第二次大戦中、日本軍はビルマを実質統治した。
戦争中は相当メイワクもかけたはずなのに、中国や韓国と違ってなぜ対日感情がイイのか?

歴史的には「日本統治→日本の敗戦が独立の契機になった」ってことがあるかもしれない。
これはミャンマーに限らず、東南アジアの国にけっこう共通するブブンなのだが。

イ課長が漠然と思ってたのは「ビルマの人にとっての日本兵って“みじめで悲惨な敗残兵”という
イメージが強いからではないか?」ということ。この映画も敗色濃厚となった日本兵の部隊が
タイに逃げようとしてビルマを敗走するシーンから始まる。
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おそらく当時のビルマ人にとって日本軍って、長く支配者だった(120年以上)英国軍を追っ払い、
英軍に代わってミャンマーを統治した・・と思ったらアッという間(約3年)に「腹をすかした
哀れな敗残兵」になった兵隊さんたち、というイメージが強いんじゃないかなぁ?幸いなことに
虐殺者とか侵略者という記憶が強く残るほど長く居座ることがなかった。

映画の中で三國連太郎隊長率いる部隊が捕虜になるのはミャンマー南部のムボンって町で、
これは実在の町だ。それなのになぜか劇中にヤンゴンのシュエダゴン・パゴダが出て来たり
するけど、実際に市川崑はこの時一週間だけビルマ・ロケしたんだと。しかしたった一週間じゃ、
ヤンゴン以外の街に移動して撮影するヒマなんてなかったんだろう。
 
しかしだね、映画を見てイ課長がギョッとした箇所がある。ある寝釈迦が写った時だ。
非常にヘンな姿の寝釈迦で、容貌魁偉と言ってもいいんだけど、それに見覚えがあったんだよ。
DVD画面からキャプチャーできないようになってるから、画面をお見せできないのだが

いやしかし、この容貌魁偉な寝釈迦は明らかに見覚えが・・あ、アレか?
ヤンゴンのチャウッターヂー・パゴダに展示されてた写真(をイ課長が撮った写真)と比較した。
コレだよコレ。間違いない。ヤンゴン市内にあったはずだから(今はないが)、市川崑が
現地ロケした時も、この寝釈迦は撮影可能だったわけで、映画に写ってて不思議はない。
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何ともすごい姿カタチの寝釈迦だ。っていうか、これだけみるとお釈迦様に見えない(笑)。
上の写真下にある「Wingaba Rangoon(Yangon)」で検索するとこの写真が出てくる。
さらに調べると、Wingabaっていうのはおそらくチャウッターヂー・パゴダがあるあたりの
地名じゃないかと推測される。
 
この顔のアップが映画の中でも出てきたよ。市川崑もインパクトある姿に驚いたんだろう。
だがこの衝撃的な見た目を持つ寝釈迦像は現在なくなってて、今はコレとは180度正反対の、
妖艶美白仏がある。それについてはいずれ詳しく書きます。あれも別の意味でインパクト十分。
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ミャンマー行ったあと見ると、考えるところ、思い出すところの多い映画でした「ビルマの竪琴」。
ちなみに中井貴一主演の1985年版は見てない。あちらは石坂浩二はじめ主要キャストはみなさん
ご健在だ。しかし1956年版となると、安井昌二も三國連太郎も西村晃も北林谷栄も、もちろん
監督の市川崑も、みなさん天国に行ってしまわれた・・・。

 

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# by tohoiwanya | 2017-10-30 00:07 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 10月 27日

ヤンゴンのヒッチコック交差点

電波が走ったりヤタラと再会したり、現地の人たちとの接触がやけに面白かったヤンゴンだが
「うは何だこりゃ」という異様な風景もまたあちこちにある。以前に書いた「水色の疱瘡」も
そうだったけど、本日のヒッチコック交差点もその一つ。

もちろん、ヒッチコック交差点というのはイ課長が勝手に命名したもので、最初に見つけたのは
スーレー・パゴダから東西に伸びるマハバンデュラ通りと、28thか、29thか、とにかくそのあたりの
路地との交差点だった。

東南アジアの大都市には大体どこもすごい数の電線がつながってるわけだけど、なぜかわからんが
この交差点だけ、電線の上におっそろしい数の鳥がとまってるんだよ。「ヒッチコック交差点」と
命名した理由はおわかりいただけただろう。
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この交差点だけ切り取ってみればホントに「ヒッチコックの鳥」状態。街路樹とかにはあまり
とまってる様子はなくて、電線が人気のようだ。電線は街中にあるのに「他ではなくこの交差点」の
電線にだけ鳥が大集合する理由がわからぬ。ここだけエサが豊富?ンなわけないよな。
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なぜこの交差点にのみ鳥が大集結しているのか、理由をいろいろ考えたけど、当然わからない。
ま、いいや。ガイコクにはこういう不思議もあるんだよ、時には。

その後しばらくあちこち歩いて、たぶんさっきのヒッチコック交差点より一つ北の通りを
うろついていた時だったと思う。イ課長はまたもや遭遇したのだ。

またここだけ鳥の大集会。さっき見たのは実は「第一ヒッチコック交差点」で、今いるのが
「第二ヒッチコック交差点」ということだったのか。ヤンゴンにはこういうのが幾つあるのだ?
電線はそこらじゅうにあるのに、ある特定箇所の電線にだけトリが集まる理由がカイモク不明。
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一度ならず二度までも、となると、その形成理由を再び考えざるを得ない。
第一ヒッチコック交差点と、この第二との間だけに共通するナニカがあるのだろうか。
写真を見るとある偶然に気付く。下の写真、トリたちの後方に写ってるものにご注目いただきたい。
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これ、ヒンズー寺院だよ。
仏教国ミャンマーの中にあっては珍しい宗教施設。あの辺もまだインド人街なんだろうな。

実はさっきの第一ヒッチコック交差点近くにはモスクがあったんだよ。
インド人街に限って言えばこういうモスクがあの近辺に軽く三つ四つはあったけど、
ミャンマー全体で考えればやはり珍しいだろう。
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ヤンゴンの他のところじゃ見かけないのにイスラム教とヒンズー教の寺院の近所にだけ
鳥が大集結するというこの偶然。ここに重要なカギがある。
もしかすると、ここに鳥が集まる理由とはだね・・・


ミャンマー人の大多数は仏教徒だが、ミャンマーの鳥はイスラム教徒やヒンズー教徒が多いから


という理由しか思いつかないのである。

  

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# by tohoiwanya | 2017-10-27 00:14 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 10月 25日

ロンジーというもの

ミャンマーに着いた当初「おお珍しいなぁ」と思うけど、現地であまりにも目にするので
すぐに慣れ、しまいに当たり前に思えるようになるもの。一つはロンジー。一つはタナカ。
本日はそのロンジーについて話をしたい。
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ロンジーというのはミャンマーの民族衣装で、まぁ一種の腰巻きと言っていいだろう。
バリ島のサロンとか、ラオスのシンとか、東南アジアって服装的には腰巻き文化圏と言ってよくて
ロンジーもその一つ。ただ、ラオスのシンは女性だけが着用してたのに対し、ロンジーは
男も女も着る。男性の着用率はかなり高いよ。ズボンはいてる人の方が少ないんじゃないか?

最初は「おお男もみんな腰巻きはいてるワ」と思うけど、そういう驚きはミャンマーに着いて
せいぜい1時間で消滅する。あまりにもみんな着てるからイヤでも慣れる。
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このロンジー、腰巻きって書いたけど、実際には筒状に縫製された布。
男性と女性では着方がちょっと違って、男性が着ると結び目が正面に来る形になるのに対し、
女性は腰の横で結ぶ。女性の方は模様の入ったキレイな布を使うことが多いけど、男ものは
柄がシックでジミ。同じロンジーでも男女の違いはかなり明確にあるようだ。ジミなダークカラーで
大きな結び目が前にくるっていうのがロンジーの「粋なオトコの着こなし」っぽい。
  
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男のロンジー。やっぱズボンよりはずっと涼しいはずだ。
現地で寺社参拝する時はミャンマーでも半ズボンは基本タブーだけど、ロンジーなら当然OK。
観光に便利、しかも涼しいとあればちょっと買ってみたいけど、日本じゃ着ねぇもんなぁ・・。
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それにロンジーって着るのが難しいんだよ。元は巨大な布の筒。これをズリ落ちないように
うまく腰に巻きつけるわけで、パッ、パッと左右巻き込んで端をネジ込んで・・って感じなんだが、
どうもよくわからない。ミャンマー野郎たちはみんな道歩きながらでもサッと気軽にロンジーほどいて
巻き直す。それを見ると実に簡単そうに見えるけど実際やってみると難しいんだコレが。
 

 
いま「実際やってみると」と書いた。
さよう。イ課長は「日本じゃ着ねぇし・・」なんて思いつつ、結局ロンジーを一枚買ってしまったのだ。
ヤンゴンのある店で一番安いロンジーが3,800チャット(約350円くらい)というのを発見。
これなら現地で着るだけのために買っても惜しくないべさ。

しかし何度も言うように着るのは難しいんだよ。
ガイドブックには「現地でロンジーを買うと、店の人が喜んで着方を教えてくれる」と書いてあった。
実際、イ課長が買った店のお姉さんもイ課長自身をモデルにして喜んで教えてくれた。
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でもホテルでもう一度同じようにやろうとするとどうもウマくいかん。
男性ロンジーに不可欠の、ヘソ下のタルミみたいなヤツがどうにもうまく作れない。
イ課長がやるとタルミがそんなに大きくならないんだよ。ミャンマーの平均的男性に比べると
イ課長はデカくてウエストも太い。しかも安物ロンジーだから生地を節約して幅(つまり筒の直径)が
元々小さめだったのかも。だがせっかく買ったロンジー。ミャンマーにいるうちに着なきゃ意味がない。
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イ課長がロンジーを着用する「ミャンマー人偽装プロジェクト」はその後バガンとマンダレーで
実行に移されることになる。その時の様子はいずれ詳細にご紹介したい。

  
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# by tohoiwanya | 2017-10-25 00:10 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(4)