2017年 07月 06日

脱水症状の思い出

イ課長、どんどん回復しております。元気になりつつあります。ご安心下さい。
今日のランチは豚肉生姜焼き定食を食いました(ゴハンは少し残したが・・・)。
脱水症状からの回復記念に、脱水症状についてもう一つ記事を書こうという気になった。
むかーーしの旅の話だ。

イ課長がこれまでの人生で「あの時こそまさに脱水症状だった」と自信を持って言えるのが
遠い昔の旅先での出来事で、場所は東南アジアではなく日本国内、佐渡島の一人旅の時だった。
大学の1年か2年の頃だからもう40年近く前ってことになる。イ課長に歴史あり。

あれが初めての「泊りがけ一人旅」だったような気もするけど、ついでに人生初脱水症状まで
体験したんだから、ずいぶん有意義な旅だったぜ。旅程そのものは行きあたりバッタリそのもので、
1泊目は夜行列車の中、2泊目はほぼ野宿、3泊目は佐渡汽船の待合室で眠り、4泊目は新潟市内の
オールナイト成人映画館でせっかくの成人映画も観ずに(笑)寝た。若いからこそできるバカ旅。
バカさって素晴らしい。

今回のハイパーゲーリー以外で人生最大の脱水症状というのはそのバカ旅の二日目のこと。
いよいよ佐渡島に入って、島の最北端までバスで行こうとしたんだけど、バスは途中の入川って
トコまでしか行かず、仕方なく徒歩で行くことにした。
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バスを降りた入川(赤い印)から、その晩野宿した鷲崎(黒印)まで20km近くありそうだ。
地図は持ってたはずで、徒歩で行くのはムチャだってことはバカなりにわかったはずなんだけど、
「バスがないんじゃ仕方ないなぁ」ってんで歩き始めた。何たるバカさ加減。だがこのバカぶりは
トシとった今でも東南アジアあたりで時々顔を出しているような気がする(笑)。

今はどうか知らないけど、40年近く前の佐渡島の海っぺりの道路なんて「左が海・右が陸」っていうだけで
それ以外なーんにもないの。飲み物の自販機なんて皆無。お日様カンカン。どうなるかは目に見えてるわな。
見事に脱水症状ですよ。あの時「ああ脱水症状ってこうなるのか」ってことをイ課長は身体で学んだ。

身体がダルいとか、思考能力低下とかはまだいい。若きイ課長が最も感動?したのは脱水症状になると
口腔内がベタベタしてくるという症状の発見だ。本来なら水分でヌルヌルしてるはずの口ン中がベタベタ。
それだけ水が足りないわけ。これはけっこう恐ろしい。

昨日行った胃腸科の医者もイ課長にベロ出させたけど、それも口腔内の「濡れっぷり」を見るため。
イ課長の舌はヌルヌルじゃなくザラザラしてたようで、医者はすぐに脱水症状と断定したわけだ。

佐渡島に行った頃の若きイ課長にはそんな知識もなかったけど、口ン中がベタベタした時点でさすがに
「これはヤバい」と思ったよ。道端にポツンと一軒あった雑貨屋を見つけ、ジュース飲んでアイス食って
どうにか水分補給できたおかげでイ課長は今もこうして生きていられるわけだ。

これからいよいよ猛暑の季節。皆さまも汗やゲーリーによる脱水症状にはくれぐれもお気を付けあれ。
口ン中がベタベタし始めたらもうヤバいですよ。けっこうな危険ゾーンだと思いますよ。

ちなみに、佐渡島では脱水症状になったあと、海辺の粗大ゴミ置き場で両輪がパンクした自転車を
奇跡的に発見し、それに乗って島の最北部を回ったのである。両輪パンクとはいえ、自転車があると
ないとじゃ大違い。あれで相当距離をかせげた。特に下り坂では絶大な威力を発揮してくれたよ。
尻は痛かったけど風うけて気持ち良かったなぁ~(←バカ)。

もしあの時、捨てられた自転車を偶然発見しなかったら・・と想像すると恐ろしいものがある。
全行程徒歩だったら、鷲崎まで無事辿りついたとはあまり思えない。おそらく途中のどこかで
「東京から来たバカな大学生の干物」が一匹できあがっていたんだろう。あーおっかねぇ。

現在でも愚かなるイ課長が愚かなる大学生だった頃の、愚かなる旅の思い出でございました。

 

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# by tohoiwanya | 2017-07-06 00:12 | 国内出張・旅行 | Comments(2)
2017年 07月 04日

からだを こわした いかちょう

昨日は「きっぱりと夏が来た」と言わんばかりの、突然の猛暑でしたな(東京は)。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。

イ課長は昨日のあの猛暑の中、午前中会社をブッチして汗ダクになって病院に行った。
体を壊したもんで、会社周辺の「消化器科」を検索して行ってきたわけですよ。
つまり壊した箇所は消化器だったわけですよ。

いやもう参りましたね。
イ課長は過去にタイで二度ほどプチ食中毒になったけど、日本で普通に生活してて
こんなハイパーゲーリーになったのは大腸内視鏡検査の前に下剤を飲んだ時以来だ。
悪いもの食ったわけでも下剤を飲んだわけでもないのにこの有様。神経性のものと思われる。
インド出張でもゲーリーの魔の手からは逃れてきたイ課長なのに・・
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週末でゲーリーは止まったと思われた。しかし月曜は朝から体調サイアク食欲ゼロで、さすがに
これはマズいと思って病院行ったわけだ。医者はイ課長から症状を聞き、腹に聴診器を当て、
ベロを見ておごそかに言った。「脱水症状がひどいようですな」。

ご存知のようにイ課長はすごい汗っかきだから、暑い国に行くと狂ったように汗をかき
黒いTシャツで製塩業に励む(笑)。しかし水分補給もそれなりにするから、これまで
「汗によるひどい脱水症状」は回避できてた。
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しかしゲーリーによる脱水症状ってのはあまり経験がないだけに、認識が甘かった。
喉が乾くから水分は摂ったつもりだったんだけど、全然足りてなかったようだ。
週末の体調ワルはゲーリーのせいだが、月曜の朝、体調が超最悪でフラフラだったのは
脱水症状のせいだったと思われる(その状態で炎天下、病院まで歩くのはツラかった)。

ポカリやOS1を飲みまくり(イ課長はOS1を知らなくて、医者は呆れていたようだった)、
どうにか消化器系統の機能は回復したようだけど、衰えた体力は全然回復しとらん。
ここンとこずっと昼メシ抜き、晩はウドンかお粥の生活だったからね。風邪ひいても
こっそりビール飲むイ課長が今回ばかりはビールも飲めず。え?それはむしろいいこと?
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さっき神経性だろうって書いたけど、原因は察しがついている。
5月から6月後半、イ課長はある仕事を手伝ったがためにヒドい目に遭わされた。その仕事は
どんどん状況が悪化し、破局が近づくにつれてイ課長の体調も悪化。そして先週とうとう
破局し、イ課長はゲーリー発症(笑)。とてもわかりやすい仕事ストレス。二度とやるもんか。

8月の旅行までちょうどあと一ヶ月だ。
今の体力じゃ、現地でちょっと歩いただけでヘタバっちまう。まずは体力を回復させねば。
そのためにはもっとマトモなもん食わんと。ま、徐々に元に戻しましょう。
とりあえず缶ビールは4日ぶりにさきほど1本解禁しました。

こんな状態だったので、ちょいと更新も間があいてしまいました。
仕事のせいで体壊したことが(自分の中では)明白だったので、アタマに来て
本日は会社を休んだイ課長なのでした。冗談じゃねぇぜホントにもう。
 
 

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# by tohoiwanya | 2017-07-04 22:03 | 日本での私生活 | Comments(6)
2017年 06月 30日

英国ナショナル・レールの予約変更問題

ひさーーしぶりに英国鉄道問題について考えてみようではないか。
え?もう聞きたくない?まぁそう言わないで・・・。
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仮にアナタが英国の鉄道を使ってロンドンからどこかに日帰り旅行したいとする。
英国鉄道切符のネット予約に問題は多いが、あなたが運のいい人で往復の切符を
スムーズにネット予約し、現地で発券もできたとする

さてだ。
切符予約時はまだ日本にいるわけで、現地での観光活動がどの程度時間がかかるのか
よくわからん。そういう時は誰だって少し時間に余裕をもたせて帰りの列車を予約するよな。
イ課長もそうした。現地でアセるのはいやだからね。

しかし幸いなことに現地では道にも迷わずトラブルもなく、目的の観光物件もシッカリ見て
順調に駅に戻ってくることができた・・・となると余裕をもたせた分、帰りの列車まで時間が
けっこう余る。英国ではこういうことが何度か発生した。

カフェあたりでヒマつぶしてればいいんだろうけど、もし予約した列車より1本か2本早い
ロンドン行きがあるなら、それに乗って早くロンドンに戻っておきたい。ここで予約変更問題が
持ちあがってくるわけだ。

予約した列車の変更は可能なのか?イ課長はそれを実際に英国で試してみたわけだが、
結果がどうだったかというと・・

 ①カンタベリー往復の時のSOUTHEAST TRAINS
  ⇒その切符のまま、同区間・同料金の別の列車に乗り、テキトウな席に座って問題なし

 ②プール往復の時のSOUTHWEST TRAINS(これはまだ書いてない)
  ⇒その切符のまま、同区間・同料金の別の列車に乗り、テキトウな席に座って問題なし

 ③イーリーやピーターバラ行った時のThameslink(でも乗った列車は大北部鉄道)
  ⇒その切符は予約した列車以外使えない。1本前の列車?それなら別に切符買わなあかんで。

てな具合で、予約変更の可否は鉄道会社による差が大きいことがわかった。
①②がOKだったから、イーリーから1本早い列車に乗る時も問題ないんだろうと思ったんだけど
念のため、乗車前に駅員に確認したのは正解だった。もし乗っちまった後に検札に遭ったら
たぶん二人分の別の切符代を請求されただろう。

旅行者にとっちゃネット予約した切符の変更ができるかどうかは気になる部分だ。
それが鉄道会社によって対応が違うとなると困る。統一してくんねぇかなぁ。
え?切符に書いてなかったのかって?そんな細かいこと(しかも英語)、読んでましぇん。
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予約通りの列車に乗らなきゃダメと言われたら、待つしかない。
ピーターバラに行く列車を一つ見送って、イーリー駅のホームにあるカフェでお茶を飲んだ。
雨があがったのだけは幸いだった。

「カンタベリーん時は早い列車でもOKだったのになぁ・・」なんて思いながらホームを
歩いてたらこんな看板が。平均的な人間は一日に10回は笑うんだって。今日そんなに笑ったかな?
わかりましたよ笑いますよ。あーーっははは、英国ナショナル・レールは最高だぁ。
・・・・・・けっ。
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何度もいうけど、ネット予約した切符の変更問題は鉄道を使う旅行者にとっちゃ無視できない。
フランスとかベルギーあたりじゃテキトウな列車を予約しても、それはいわば「乗車券」だから
同じ区間の異なる時刻の列車に平気で乗ってたような記憶があるんだけどなぁ。
もちろんTGVみたいな高速特急列車の場合は別だけど。

ひょっとすると座席指定の有無で予約変更の可否が決まるのかな?
でもイーリーからピーターバラまでなんて長くもない乗車区間だし、
座席指定なんてしなかったと思うのだが・・・。

ちなみに、ピーターバラからロンドンに戻る時も予約列車の変更はできなかった。
やっぱテームズリンク(ないし大北部鉄道)はダメなんだと思われる。ピーターバラの駅じゃ
待合室のベンチでぼんやり待った(しかもこの時は到着遅延しやがった、ばかたれ)。
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南東鉄道と南西鉄道は同区間の1〜2本早い列車に乗れたけど、これだって常にそうなのか?
たとえば予約したのと別の日付だったらどうなのか?となるとよくわからない。ましてや、
今回の旅行で乗ってない他の鉄道会社はどうなのかもサッパリわからない。

英国は鉄道網が発達してて、鉄道の旅がしやすいし快適だ(除、切符のネット予約)。
しかしいっぱいある鉄道会社ごとに予約変更の規定は違うようだから、これから
ナショナル・レールの切符をネット予約しようなんて方は、その辺ご留意下さい。
 
 

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# by tohoiwanya | 2017-06-30 00:16 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 06月 28日

ピーターバラ大聖堂というところ【その3】

それでは「ピーターバラ歴史散歩」とまいりましょう。
まずはヘンリー8世のお妃1号だったキャサリン・オブ・アラゴンのお墓。
キャサリンについてはもうかなり説明したからクダクダ書く必要はあるまい。

もとはスペインの王女様だったわけだから、気位は高かったんだろうなぁ。
どうせ亭主は好色デブのヘンリー8世。イ課長が彼女の立場だったら巨額の慰謝料もらって
サッサと離婚して安楽な余生を送るだろうけど、生まれた時から王族のキャサリンには
そういう発想はなかったんだと思われる。
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これがお墓。ヘンリーに強引ムリヤリ離婚されたとはいえ、お墓の称号はQueen of England 。
ガンとして離婚に応じないカタクナさを持つ反面、人柄は良かったようで幽閉先の城の周辺住民達からは
慕われてたらしい。ついこないだまで英国王妃、それが自分勝手な王様と悪女アン・ブーリンのせいで
こんな目に・・可哀想なキャサリン様・・というわけで世間の同情も強かった。
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彼女の墓の上に何か果物が・・最初はリンゴかと思ったけど、これ、たぶんザクロだ。
これはトホ妻の知識だけど、ザクロといえばグレナディン、グラナダの町のシンボルでもある。
スペインから嫁入りしてきたキャサリンの霊を慰めるお供えとしてはふさわしいんだろう。
悲劇の王妃・キャサリンを慕う人が今でもいるんだねぇ。何となくしんみり・・・。
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そんなキャサリンを追い出して王妃の後釜に座ったアン・ブーリンも結局3年ほどで姦通の罪を
着せられて処刑。アンの斬首刑が行われた時、キャサリンのお墓にあったロウソクがひとりでに
一斉点灯したと言われる。あたかも自分を追い出した憎い女の死に快哉を叫ぶかのように・・・
ま、言い伝えです。イ課長だって信じません(笑)。でもこういうウワサがやたら広まって
無視できなくなったヘンリーはピーターバラに調査団を差し向けたっていうから、彼の中には
キャサリンに対する負い目があったことは間違いない。

この大聖堂にはその後釜王妃アン・ブーリンの娘(エリザベス1世)の命で処刑されたスコットランド女王
メアリ・スチュアートのお墓だった場所もある。“だった場所”と書かなければならないだけあって、
この背景説明はキャサリンより一段と複雑だが、何とか短くまとめよう。

メアリ・スチュアートはスコットランド女王だったのにロクでもない男と再婚して廃位の憂き目に遭い、
イングランドにいわば亡命した。王族ではよくあることだけどメアリ・スチュアートとエリザベスは
遠縁にあたるらしいんだよね。そんなこともあってイングランドでも当初はそれなりに処遇されてた。

ところが彼女には陰謀好きなトコがあったようで、よせばいいのにカトリック勢力たちの
エリザベス暗殺計画なんかにのせられた。陰謀がバレて死刑。そしてピーターバラに葬られた。
だから昔はここにメアリ・スチュアートのお墓があったわけだ。しかしこの後も話は続く。
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エリザベスは生涯結婚しなかったから子供がいない。
で、自分が死んだ後のイングランド王にメアリ・スチュアートの息子ジェームズを指名した。
ジェームズはスコットランドとイングランド両方の王様になったわけだけど、まず母親のお墓を
ピーターバラからもっと格式高いウエストミンスターに移設。だもんでピーターバラにはこうして
メアリ・スチュアートの「お墓だった場所」だけが残ってるというわけ。

調べたら面白いことを知った。
エリザベスが生涯未婚で子供がいなかった以上、チューダー朝の血は彼女で途絶えたことになる。
ところがメアリ・スチュアートの血筋はジェームズ以降イングランドで連綿と続いてるんだと。
男を見る目はなかったが、繁殖力ではメアリ・スチュワートの圧勝というべきか(笑)。
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英国史の他の時代だったら特に感じるところもなかっただろうが、なぜかそこだけは詳しい
ヘンリー8世に関わる悲劇の女性二人のお墓がある(あった)というのはピーターバラ訪問の
大きな動機だった。建築的興味ではなく歴史的エピソードにちなんで大聖堂に行くなんてこと、
これまであまりなかったと思う。

ピーターバラ大聖堂で英国歴史散歩。なかなか有意義な訪問でございました。

 

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# by tohoiwanya | 2017-06-28 00:22 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)
2017年 06月 26日

ピーターバラ大聖堂というところ【その2】

ピーターバラ大聖堂探検はつづく。
Wikipediaによるとこの大聖堂は前回見た西正面ファサードが「堂々たる初期イングランドゴシック」って
ことになってる。イングランドゴシックと普通のゴシックがどの程度似てるのかわからないけど、
とりあえず入り口ファサードが極めてゴシックっぽかったのは確か。

だが同じWikipediaによると内部は「12世紀に再建された際採用したノルマン様式建築」ときたもんだ。
せんせーノルマン様式ってなんですかー?ロマネスクとどう違うんですかー?
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実際に大聖堂にいた時はそこまで調べられるわけもなく、とにかく「ゴシックっぽくないよなぁ?」という
バクゼンとした疑問を抱えたまま内陣裏ッカワにあたる周歩廊まで来た。いわば大聖堂のドン詰まり。
ここまで来てイ課長はやっとお目当て?の天井にブチ当たった。
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おお、ここにあったのか過剰装飾天井。扇形ヴォールトから派生した装飾が複雑に重なり合って
スゴいことになってる。あちこちの音源から音波が広がるサマみたい。うーむ、やっぱりこれがなきゃ
英国大聖堂らしくないってもんだ。これが見たかったぜ。
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もしかするとイ課長は何かの本でこの写真を見たのかもしれない。
ここはいかにも「英国ゴシックらしい異常装飾天井」の典型だし、本で紹介されることも多いはずだ。
これを見たイ課長がピーターバラ大聖堂に対して「うわ、なんだこの異常ゴシック天井は」と思い、
大聖堂ぜんぶがこんな感じの天井なんだろうと思い込んでたんだろうな。

うーむ・・しかしこの部分だけはホント、つくづくすげぇ天井だ。
内陣ウラの周歩廊は身廊よりずっと天井が低いから、超デコラティヴ天井が間近に迫ってくる。
すっげぇ~・・・しばし見とれる。
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・・え?もう天井の話はいい?さいですね。ひっぱってすんません。
ではステンドグラスに目を転じてみましょう。

ここのステンドグラスはたぶん古いモンじゃないと思う。
カンタベリーのディズニー調ステンドグラスとか、イーリーの軍人ステンドグラスとか、
英国大聖堂のステンドグラスは全体的に新しそうだった。もしかすると、第二次大戦の空襲で
ステンドグラスが破損した大聖堂が多い⇒戦後作りなおしたのかな?
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まぁ絵柄的にはごく普通の宗教絵画の構図をそのままマネしたみたいな感じものが多いし、
真っ白なままの窓もけっこうある。ステンドグラス的には見るべきもの少ないと思った。
やっぱここは教会建築や装飾っていうより、やっぱキャサリンとかメアリ・スチュアートとか
「英国歴史ロマン」的な目的で来る方がいいのかな・・(上記二人については次回記事で扱う)。
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・・てなことを考えてたら、とつぜん大聖堂内にピアノの音が響き始めた。
これはスピーカーじゃない。中で誰かが弾いてるんじゃないか?

おお、あそこで黒人のおニイさんが弾いてる。
既存の曲じゃなく、昔のキース・ジャレットみたいに即興で、一回限りの曲を弾いてるっぽい。
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これを聞いてるうちにイ課長は深く感心した。
ピアノ演奏に対してではない。大聖堂というモノの音響効果の良さに、だ。
これまで大聖堂をずいぶん見学したけど、ミサの最中ってことはマレで(パリで一度だけあった)
大聖堂の中で音楽を聴く機会なんて皆無に近かった。

いやーーーさすがは大聖堂。ピアノ1台だけでもこんなに響くんだねぇ。
ここでパイプオルガンとか、合唱団とか聞けば、すごい残響でさぞかし聞きごたえがあるだろうけど
それ以上に演奏してるガワは気分がイイだろうと思う。
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英国大聖堂ならでは(と、少なくともイ課長は勝手に思ってる)異常装飾ヴォールト天井は
ちょっとしか見られなかったけど、あまり考えたことがなかった大聖堂の音響効果の良さに
触れられたイーリー大聖堂というわけでした。
次回更新では「英国歴史ロマン」風に、キャサリンとメアリ・スチュアートのお話を。

 

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# by tohoiwanya | 2017-06-26 00:17 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 06月 23日

ピーターバラ大聖堂というところ【その1】

ピーターバラ大聖堂入り口側のファサードを特徴づける3連アーチ。
こういう大型のアーチが三つもくっついたのって見たことないと思う。確かに珍しい。
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近くから観察すると・・ふーむ・・半円じゃなく尖頭アーチだ。
しかも入口アーチ開口部のヘリ部分がギザギザの斜め構造になってるところなんて
ゴシック建築の特徴だよな。
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このギザギザ斜めの構造、単純なくり抜きトンネルだと建物の厚みがそのまま
トンネルの長さになって圧迫感があるから、こうやってギザギザの斜めに広げて
それを軽減してるって本で読んだことがある。そう言われればそんな気もする。と同時に
採光をよくするって側面もあるのかもしれん。

さて中に入ってみましょう。
ピーターバラ大聖堂は全体としてはこんな形。真上からみれば十字架型になる。
十字架の足元にあたる入口から入るとまず外陣。さらに進むと交差廊(十字架の横木部分)を
通り、さらにその奥が内陣(十字架の上部縦木部分)になるわけだ。
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ハイそれでは中に入ってぇ、ゴシック体操第一。まずは首をそらせる運動です。ぐぃーーーん・・
・・ありゃりゃ?!ここもイーリー同様リブ・ヴォールト天井じゃないぞ?平天井じゃん。
入り口は尖頭アーチだったけど、内陣は左右の柱も半円アーチでつながってる。
ってこたぁナニかい?ピーターバラ大聖堂も入ってすぐはロマネスク様式なのかい?
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へぇ〜こりゃ意外。
イーリーもピーターバラも、本なんかじゃ英国ゴシック建築の例として紹介されることが
多いはずだし、ソレらしい写真も見た気がするんだけどなぁ?

ふーむ、しかしこの半円アーチや窓開口部の壁の厚さ、平らな(おそらく)木造天井・・
専門家に言わせりゃあっさり「あ、こりゃロマネスクですよ」ってことになるんだろう。

個人的好みという点では、何の絵も模様もなくシンプルな構造美だけで魅せる
ゴシックのリブ・ヴォールトが好きだけど、さすが天井の異常装飾に凝りたがる
英国ならではというべきか、この平天井の装飾もすごいねー。
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さらに奥に進んでみる。
こうみえてイ課長だって英国大聖堂の建築スタイルをだんだん飲み込んできた。
身廊と交差廊の“交差点”のトコで真上を見るときっとまた豪華絢爛なアレが・・

うひゃーーやっぱり。これでもかとばかりに装飾を詰め込んだ天窓があるよ。
どうも英国大聖堂では“交差点”部分に塔を造り、そこを天窓にし、豪華絢爛な天国的世界を
再現するっていうのがパターンなんだと思われる。
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さらに奥、内陣の方に入ってみる。ありゃりゃりゃ?!ここも純正ゴシックじゃない。
天井部分は外陣と同じく平らな構造で、典型的ゴシックのリブ・ヴォールト天井じゃない。
左右の柱にある「枝分かれリブ」は構造上というより、装飾上の意味合いの方が大きそうに見える。
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うーーむこれはますます意外。
外陣はロマネスクでも内陣はイーリーみたいにゴシックになるんだろうと思ったが、ピーターバラ大聖堂は
内陣もロマネスクっぽいよ?アーチも半円型だし。おっかしーなー・・・ピーターバラ大聖堂ン中に
「これぞ英国ゴシック」って感じの超過剰装飾天井があったんじゃなかったかなー?

例によってまた天井の話だけで長くなってしまった・・。
イ課長が悪いのではない。ロマネスク?ゴシック?と見る者を混乱させるピーターバラ大聖堂が悪いのだ。
ということで、ヒトのせいにしたところで続きは次回だ。

 

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# by tohoiwanya | 2017-06-23 00:08 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)