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2018年 01月 13日

ヤンゴンで髪を刈る

海外床屋フェチのイ課長は海外に行く時は原則、髪を伸ばした状態で行く。
その状態で暑い東南アジアにいけば、とにかく早く髪を刈りたくなる。従って
東南アジア旅行での現地散髪は「真っ先にヤリたい観光?行動」なわけ。

とーころが、どんなにブラついてもヤンゴンじゃ床屋が見つからないんだよ。
こっちは「はじめてのおさんぽ」の時から髪を刈りたい意欲マンマンなのに。

この町、同じ業種の店が集まってることが多いみたいだから、ひょっとすると
どっかに「床屋横丁」みたいな、床屋だけが集まった路地が・・・いやまさか。
床屋が集中するイミあんのか?結局そんなわけで到着初日はとうとう髪を切れず。

翌日、二日目にしてようやく初の床屋発見。もはや躊躇などせぬ。
敢然と飛び込み「ベリーショトプリーズ、マシン、うぃ~ん、オーケー!」という
サルでも言えるいつもの英語で超短髪を依頼。やっとサッパリできるぜ。
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刈ってるニイちゃんの顔立ち、店の立地から推測して、この床屋もインド系っぽい。
昨年のロンドン、今年のヤンゴンと、ここンとこイ課長はインド系床屋に縁があるようだ。
洗髪ナシで、20分くらいで刈り終わったかな。

いやーサッパリした。散髪料金は2000チャット(約180円)。やっすぅ~~。
刈ってくれたニイちゃんは目パッチリ、インド系っぽいイケメン・ナイスガイであった。
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                こんなに短くなりました。
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ただし問題もある。洗髪なし、身体は汗ビッショリだから身体といわずTシャツといわず、
髪の切りクズがくっつく。この日の夜は夜行バスだから、もし荷物を預けたホテルで
シャワー使わせてくれなかったら髪の切りクズまみれでバガン行かにゃならんかった。
髪刈ったあと、シャワーを浴びられる環境を確保しておきましょう。

しかし不思議だ。あれだけうろつき回ったヤンゴンで、床屋の目撃例はコレだけ。
つうか、その後のバガンでもマンダレーでも床屋見た記憶がないんだよねぇ。
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なぜミャンマーじゃ床屋を見ないのか?
店舗を構えた床屋自体が少なく、「路上床屋が多いから」というのはありそうな理由だが、
その路上床屋も見かけなかったからねぇ(もし見かけたら入ったよ)。

ミャンマーじゃ家族・友人で髪を切り合う(あるいは自分で自分の髪を切る)のが
普通だから・・・か?ミャンマー人は髪が伸びるのが異常に遅いから・・いやまさか。

 

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by tohoiwanya | 2018-01-13 00:05 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 12月 29日

長年の疑問がついに氷解

年の暮れ、次回と次々回の更新ネタは決まってるので連続性のある話は書きづらい。
そこで単発ネタ、このブログにふさわしい、思いっきりバカバカしいネタでいこうと思う。

長年の疑問というのはこれと、この記事の話。アレ書いてからもう4年半も経ったんだ・・。

海外のトイレ、特に東南アジアのホテルのトイレでよく見かけるナゾの高圧放水ホース。
あれは「手動ウォシュレット」なのか、それともトイレの汚れ掃除用の「水ブラシ」なのか?
我が身を使ったホイアンの実験結果から、ケツ放水は技術的に難しすぎるというところまでは
解明したが、ってことはやっぱトイレ掃除用かなぁ?という中途半端な結論のままで、
その後、この謎について深く掘り下げる機会はなかった。

もちろんその後も東南アジアのホテルのトイレでこの高圧放水ホースをよく見かけたよ。
下の写真はヤンゴンのホテル。ミャンマーのホテルにも高圧ホースがあるのだ。
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だが今回のミャンマー・タイ旅行で、イ課長はこの長年の疑問に明快な結論を得るに至った。
疑問が氷解したのはバンコクで泊まったホテルでのこと。いずれホテル評価で詳しく書くけど、
ここはまだ建って間もないと思われる新しいホテルで、普通の客室とカプセルホテル併設という
珍しいタイプのホテルだった。

イ課長が泊まったのは客室の方だったんだけど、部屋のトイレは何と洗浄便座付き。
海外のホテルで洗浄便座がついたトイレなんて、これが初めてだぜ。
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それだけじゃない。トイレの後ろに目をやると、例のあのホースが・・・。
この光景を見れば、もはや一目瞭然、議論の余地も、反論の余地もない。
洗浄便座付きトイレに付随したこのホースが、ケツ洗い用途ってことは絶対にあり得ない。
従って残る可能性、すなわちトイレ掃除用であると明快に結論づけられるわけですよ。
長年の疑問があっけなく氷解しちまったぜ。
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そう考えると、全裸になって「ホイアンの実験」までやったイ課長はまさにバカの見本。
極バカの標本として上野の国立博物館に剥製保存したいくらいだ(笑)。

トイレわきのあのホースは便器掃除用です。ケツ洗浄用ではありません。
「オレは断固ケツ洗いに使う」という方がいてももちろん構わないけど、少なくとも
タイにおいてはそれが“本来の用途”からはずれたものであることは、もはや明らかだ。

え?洗浄便座なしのトイレなら、あのホースはやっぱり“便器・ケツ兼用”じゃないかって?
往生際が悪いなー(笑)。あれを背中に回して、目に見えない状態で正確にケツに当てるのは
不可能に近いことをイ課長がホイアンの実験で証明したではないか。

ハッブルの法則発見以降、宇宙物理学界ではビッグ・バン理論と定常宇宙論の間で論争が
長く続いたけど、マイクロ波背景放射の発見で前者が勝利した(と一般には言われる)。
ナゾの高圧ホース発見以来、イ課長も手動ウォシュレット説と掃除用説の間で揺れ動いたけど
今回のバンコクでの発見によって、長かった疑問に明快な終止符が打たれたのである。

一つの発見が新たな疑問を呼び起こし、さらなる発見によってその疑問が解明される。
科学はこうやって進歩を繰り返してきたのである。
「手動ウォシュレット説」支持者の諸君、あきらめたまえ(笑)。

 

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by tohoiwanya | 2017-12-29 00:17 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(4)
2017年 12月 04日

ヤンゴン・小ネタあれこれ

イ課長、現在名古屋に出張中でございます。
しかしパソコンの電源コード持ってくるのを忘れ、カメラとPC接続用のコードも忘れた(笑)。
パソコンのバッテリーがあるうちに、すでに大体書き終えていたヤンゴンネタでいくっす。
出張ネタはいずれまた後日ってことで。

実はヤンゴンで撮った写真見てると「あ、これもブログに載せたいな」って写真が多くて困るんだよ。
だから本日はそういうネタをまとめてご紹介する小ネタ企画。小ネタってどんなのかっていうと・・・

①同じ商売が同じ通りに
ヤンゴンには同じ商売の店や会社が一つの通りにズラリと連なってるっていう通りがすごく多い。
たとえば「水道工事通り」とか「映画プロダクション通り」とか「本屋通り」なんてのがあるらしい。

同じ商売が同じ場所に集まると競争が激しくなりそうだけど、それを補う集積効果があるんだろう。
イ課長が見たのでは「印刷屋通り」とか「中古電器通り」なんてのがあった。中古電器通りに入ると
こんな感じの店が延々と連なる。ま、見て面白いという雰囲気ではないが・・(笑)。
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こっちは印刷屋通り。「オフセット」って書いてあるからね。
しかし、まぁこちらも観光価値があるかと言われると、ハッキリ行って皆無(笑)。
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ヤンゴン中央駅正面に行きゃ、こんな感じで長距離バスチケット販売店がズラリ。とにかく同じ商売が
固まってる。そりゃまぁ日本にだって秋葉原電気街とか、御徒町には宝石商が多いとか、同じような
ケースがないわけじゃない。
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しかしヤンゴンの場合、集まった業種がやたらニッチというか、時にはほとんどマニアックなんだよ。
イ課長がビックリしたのはこの「(おそらく)中古ミシン通り」。
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最初何かと思ったけど、これってたぶん足踏みミシンの踏み板だよな。
上の写真はミシンなしの、“土台”だけだが、ブランドはシンガーだぜ?イ課長でも知ってる
ミシンの有名ブランド。しかしシンガーって今でも足踏みミシン作ってんのかね?
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こちらも足踏みミシンがズラリ。ボディのデザインはシロウトが見てもクラシックで格調高い。
こういうの、ビンテージものとしてすごく値打ちがあるんじゃないか?こういうニッチすぎる商売が
それぞれ路地ごとに密集してる町、それがヤンゴンなのだ。
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②謎のトリ屋
店主のオバさんはコンコンと熟睡中。しかし見た目からしてトリ屋であることは間違いなさそうだ。
スーレー・パゴダ近くの歩道に“出店”してた。

これ、仏教圏特有の「功徳を積むためのトリ屋」じゃないかと思うんだよね。
ここでトリを1羽買い、買ったら空に逃がしてやる。それが功徳。場所がスーレー・パゴダの近くという
ことからもその可能性が高いのでは?参拝者がここでトリを買い、逃がしてやるんだよきっと。
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昔は日本でもあったらしいね、こういう商売。カメを買って川に逃がしてやるとか。落語に出てくる。
これもそうじゃないかと思うんだけど、オバさんは熟睡中で実際にトリを売ってるところは
見られなかったので、実態は不明。もしかしたら食うためのトリかもしれない(笑)。

③オイリーな路上食い物たち
ヤンゴンの路上には食い物屋台がいっぱいある。食わなくても東南アジアの屋台は見てて楽しい。
以下、食ってこなかった屋台の食い物たち。

たとえばこんなの。
日本人なら絶対「タコ焼き?」と思うよね。形状・大きさ・作ってる様子もそっくりだ。
調べたところ、これはモン・リンマヤーという・・・まぁ軽いスナックみたいなものらしい。
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米粉を水で溶いたものに味をつけて(砂糖や塩、味の素も入れるとか)焼くらしい。でもやっぱ
日本人にはタコ焼きにしか見えないのは如何ともし難い。

こちらも路上で何かを揚げてる。
ヒンが「油のカレー=ほぼラー油」であるということからもわかるようにミャンマー人は油好き。
だからミャンマーで目玉焼きとか注文すると“目玉揚げ”に近くなるらしい(笑)。
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こっちも何か揚げてる。大体こうやってテーブルの下で何かを揚げ、揚がった端からテーブルに
乗せて売るのがミャンマー風らしい。日本でいう「かき揚げ」そのものに見えるねぇ。
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目にするもの全てが「何だあれ?」という気にさせられるというか、ヤンゴンの街を歩いた時の
ワクワク感は、初めてインドに行った時の感じを思い起こさせた。何を見てもモノ珍しくて、
「はじめてのおさんぽ」はいつまでたっても終わらなかった(笑)。

そんな楽しいヤンゴンの、小ネタ集でございました。
あー・・ノートパソのバッテリー、あさってまでもつだろうか・・・。

  

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by tohoiwanya | 2017-12-04 23:02 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 10月 27日

ヤンゴンのヒッチコック交差点

電波が走ったりヤタラと再会したり、現地の人たちとの接触がやけに面白かったヤンゴンだが
「うは何だこりゃ」という異様な風景もまたあちこちにある。以前に書いた「水色の疱瘡」も
そうだったけど、本日のヒッチコック交差点もその一つ。

もちろん、ヒッチコック交差点というのはイ課長が勝手に命名したもので、最初に見つけたのは
スーレー・パゴダから東西に伸びるマハバンデュラ通りと、28thか、29thか、とにかくそのあたりの
路地との交差点だった。

東南アジアの大都市には大体どこもすごい数の電線がつながってるわけだけど、なぜかわからんが
この交差点だけ、電線の上におっそろしい数の鳥がとまってるんだよ。「ヒッチコック交差点」と
命名した理由はおわかりいただけただろう。
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この交差点だけ切り取ってみればホントに「ヒッチコックの鳥」状態。街路樹とかにはあまり
とまってる様子はなくて、電線が人気のようだ。電線は街中にあるのに「他ではなくこの交差点」の
電線にだけ鳥が大集合する理由がわからぬ。ここだけエサが豊富?ンなわけないよな。
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なぜこの交差点にのみ鳥が大集結しているのか、理由をいろいろ考えたけど、当然わからない。
ま、いいや。ガイコクにはこういう不思議もあるんだよ、時には。

その後しばらくあちこち歩いて、たぶんさっきのヒッチコック交差点より一つ北の通りを
うろついていた時だったと思う。イ課長はまたもや遭遇したのだ。

またここだけ鳥の大集会。さっき見たのは実は「第一ヒッチコック交差点」で、今いるのが
「第二ヒッチコック交差点」ということだったのか。ヤンゴンにはこういうのが幾つあるのだ?
電線はそこらじゅうにあるのに、ある特定箇所の電線にだけトリが集まる理由がカイモク不明。
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一度ならず二度までも、となると、その形成理由を再び考えざるを得ない。
第一ヒッチコック交差点と、この第二との間だけに共通するナニカがあるのだろうか。
写真を見るとある偶然に気付く。下の写真、トリたちの後方に写ってるものにご注目いただきたい。
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これ、ヒンズー寺院だよ。
仏教国ミャンマーの中にあっては珍しい宗教施設。あの辺もまだインド人街なんだろうな。

実はさっきの第一ヒッチコック交差点近くにはモスクがあったんだよ。
インド人街に限って言えばこういうモスクがあの近辺に軽く三つ四つはあったけど、
ミャンマー全体で考えればやはり珍しいだろう。
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ヤンゴンの他のところじゃ見かけないのにイスラム教とヒンズー教の寺院の近所にだけ
鳥が大集結するというこの偶然。ここに重要なカギがある。
もしかすると、ここに鳥が集まる理由とはだね・・・


ミャンマー人の大多数は仏教徒だが、ミャンマーの鳥はイスラム教徒やヒンズー教徒が多いから


という理由しか思いつかないのである。

  

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by tohoiwanya | 2017-10-27 00:14 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 10月 23日

ヤンゴンは実に不思議な町だった5

すでに何度も書いたように、外国人であるということだけでイ課長はヤンゴンで目立ったはず。
ヤンゴンで「トモダチ電波」が行き交うのも、結局は外国人の“希少性”が高く、現地の人が
イ課長を見て「あ、ガイジンだ」と注目することが大きな要因になっているのは間違いない。

しかし、だからってガイジンらしさを消すのはムリだ(笑)。
ヤンゴンの町は物珍しいし、ほう・・と思う風景があれば外人観光客丸出しで写真撮るさ。
すると突然そこにいたオッサンが「撮って!撮って!撮って!」と寄ってきた。

な、ナンですかアナタ。
手に新聞のカケラ?を貼り重ねたようなもの持ってるけど、新聞売りなのか?
インド人街だからか、顔立ちもインド風のおっちゃんだ。
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手に持った新聞?を指して「コレも一緒に写してくれ」って言ってたから、政治運動でもしてたのか?
撮ってモニターを見せると大喜び。で、握手して別れた。現地の人とのちょっとした触れ合いってやつ。
ヤンゴンはこの触れ合いがやけに多いから楽しい。
 
だがしかし・・・この後の展開はもう予想がつくよね?(笑)
何せ「再会する町・ヤンゴン」だから、このオッサンともこれっきりではなかったのだ。
しばらくブラブラしてたらまた「撮って!撮って!撮って!」と同じオジサンが寄って来た。
うわぁそうか、さっきと同じトコをまた通ってたんだ、オレ。

何で二度も写真に撮ってもらいたがるのかよくわからない。
撮った時は気がつかなかったけど、写真見るとさっきとは手に持つ新聞の紙面が違ってるね。
何やってる人なんだ?
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話はまだ終わらない。ホテルに戻ろうとして歩いてるとまた「撮って!撮って!撮って!」の声。
うわああまたさっきのオジサンだ。「再会する町・ヤンゴン」で、再会するたびに
写真を撮ってもらいたがるナゾのおじさん。その職業は永久にナゾだ。
 
いやそれにしても・・だよ。
ガイジンに写真を撮ってもらったとしてだよ?そのガイジンがまた自分の前を通りかかった時に
手を振って挨拶する・・程度ならイ課長もわかる。しかしそのたびに写真を撮ってほしがる
その熱意はどこから湧いてくるのだ。エネルギー消費量の多そうな生き様だ。
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外国人が少ない中での外国人。しかも巨大。イ課長ガワに目立つ要因は確かにある。
しかしそれだけではあるまい。ヤンゴンの再会パワーや電波パワーの背景には、明らかに
ミャンマー人ガワにも要因がある。それが何かと言われたら「異邦人に対するフレンドリーさ」
という言葉以外には思いつかないのだ。

ヤンゴンだけでなくミャンマーの他の町でもそういう感じをうけたことは多かった。
「あ、ガイジンだ」と思うと興味シンシン、視線が合えばニッコリ。イ課長が何か困ってそうに
見えたらどんどん話しかけ、教えようあげようとするその姿勢。要するに外国人に対する
仲良し&親切&好奇心オーラがやけに強いわけよ、ミャンマーの人は。対日感情の良さという要因が
そこに加わってたかどうかまではわからないが。

イ課長が知る範囲ではミャンマーを旅した人の多くが「ミャンマーすげー良かった」と言う。
見るものといえば仏教関連施設くらいしかないミャンマーをほめる人の多くが「とにかく
ミャンマーの人たちが良かったんだよ」と、特に人をほめる。それはイ課長もまったく同感で、
ヤンゴン滞在があんなにミョーに楽しかったのはヤンゴンの人たちのおかげ。

「ヤンゴンは実に不思議な町だった」シリーズを5つ書いたわけだけど、この5つのできごと、
例の兄ちゃんとの3・4度めの再会以外は全て「はじめてのおさんぽ」で発生したことばかり。
予定より相当長くなった散歩を終えてホテルに戻ってきた頃には「今回の旅はなんだかやけに
面白くなりそうだぜ」っていう嬉しい予感がイ課長の中に形成されていたのである。

 

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by tohoiwanya | 2017-10-23 00:11 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 09月 29日

ヤンゴンは実に不思議な町だった3

ヤンゴンにボージョー・アウンサンマーケットっていう大きな市場がある。
サイゴンにおけるベンタイン市場みたいなもんかな。

ここは宝飾品・土産物なんかの一大集積市場で、ガイドブックにも必ず載ってる。
ヤンゴンに来た観光客は大体一度はここに土産物買い行くんじゃないか?

しかしイ課長みたいに食い物系市場見るのは大好きだけど、雑貨・宝飾系には興味なし、
買い物自体にも基本的に興味なし・・なーんて鬼畜外道の観光客にとってはドウでもいい場所。
ヤンゴンでもここに行くつもりはハナからなかった。
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ところが「はじめてのおさんぽ」が面白いもんだからつい足が伸びて、アウンサン・マーケットまで
来ちまった。寝不足だから「近場を軽く散歩」のつもりだったのに、こんなトコまで来てしまったか。
うーむ・・しかしこの市場の向こうにはミャンマー国鉄の線路があるはず。宝飾品はどうでもいいが
線路は見たい(笑)。この市場ン中突っ切って向こう側に抜けようと思って入って行った。

にほんからきたかたですか?

トツゼン聞こえてくる、ギョッとするほど流暢な日本語。見るとロンジーを着た地元の若者が
イ課長のワキを並んで歩いてる。

「・・え?・・??・・に・・日本語・・お上手ですね?」
「いえ、すこしです。べんきょうして おぼえました」
「いや・・しかし・・その日本語は学校で勉強したんですか?」
「おてらの おぼうさんから おそわりました。そのおぼうさんは
 にほんに いったこと あります」
「へぇぇぇ〜・・そうなんですか・・」

海外で日本人旅行者が日本語で話しかけられること自体は今や珍しくもない。
土産物屋の「ヤスイ、ヤスイ」から、ポン引き野郎の「ヘイ シャチョサン」に至るまで
商業的アプローチ手段としての日本語は世界に普及している。しかし彼の日本語は
そんなレベルをはるかに超越してる。「話し込む」ということが可能なくらい上手なのだ。

市場を通り抜ける数分間、彼とイ課長は歩きながらまさにそういう感じで話をした。
市場の話、ミャンマー物産の話、ロンジーの着かたは難しいという話・・・いろいろ話をし、
市場の向こう側に着いたところで別れた。

ハタから見たら友人同士が話をしながら肩を並べて歩いてる姿に見えたかもしれない。
テキスタイルを売る店で働いてるって言ってたから多少は商売っ気もあったとは思う。
でもイ課長は初めて来た外国で、知らない現地の人から、こんなにシッカリした日本語で
話しかけられたことってあんまりないよ。これがその彼ね。
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しかしだ。ここはヤンゴンだ。例によってこれだけで話は済まないのだ(笑)。
市場の向こうで線路を見たりメシ食ったりして、さすがにそろそろホテル戻ろうかと思った。
戻るならまた市場を突っ切るのが早い。さっきの通路に再び入ると・・

にほんのかたですか

だぁぁ、また流暢すぎる日本語が。しかもさっきとは別の若者だぜ。
その人、たった今メシ食ったお店の関係者らしい。うしろから近づいて話しかけてきたってことは
「イ課長と話すためにあとを追ってきた」と考えられる。

「さっきのみせ わたしのみせです」
「え、そうだったんですか?とても美味しかったです」
「わたしのかぞく ほんこんで しょうばいしてます、わたし ヤンゴンで みせやってます」
「ご家族は香港で?へぇぇ〜・・」

彼ともいろんな話したよ。「ミャンマーは商売がむずかしい」なんてことを言ってたな。
さっき日本語で話しながら通った市場の中央通路を、今度は別の人と日本語で会話しながら
再び通り抜け、向こう側の通りに出たところで分かれた。うっかり写真撮り損ねちまったい。

それにしても何なのこの市場。日本人が足を踏み入れると、日本語が異常に上手な現地の人に
話しかけられるよう宿命づけられた市場なの?まぁ結局は単なる偶然と考えるしかないんだが
ヤンゴンってその「偶然レベル」がやや異常じゃないか?もちろん、日本人旅行者に話しかけて
日本語の練習がしたいという、彼らガワの思いもあったんだろうけどさ。

イ課長が再びボージョー・アウンサンマーケットに行くことがあるかどうかはわからない。
しかし現段階においては、この市場は「日本語の上手な現地の人から話しかけられることなく、
日本人が一人でだまって通り抜けることが不可能な市場」として記憶されているのである。
しょうがないのだ。事実なんだから。

 

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by tohoiwanya | 2017-09-29 00:29 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 09月 22日

ヤンゴンは実に不思議な町だった2

ヤンゴン最初の訪問スポット、スーレー・パゴダで早くもオトモダチができたイ課長。
いい気分でパゴダを後にし、また例の歩道橋を渡って向こう側に渡った。
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すると今度はヘンなニイちゃんが英語で話しかけてきた。
「どっから来た?日本?日本のどこ?トーキョー?」って感じでイ課長の後にくっついてくる。
こういうテアイはちょっと注意を要する。外人観光客を狙うタカリやサギという可能性もある。

「ドコに行く?オレは今日ホリデーだ。問題ない。一緒に行こう」なんて言い出す。
うーむ・・限りなくタカリ系っぽい(笑)。こういうのはうるさいから早々に別れるに限る。
人物写真ゲットを兼ねて写真+握手作戦で素早く別れよう。

「キミの写真を撮らせて。パシャッ。ほらこんな風に撮れた。ありがとう。ではバイバイ」と言って
サッと写真を撮り、サッとモニターを見せ、サッと握手して足早に立ち去ろうとした。すると
後ろから「レディーは?レディーいらないか?」なんて声かけてくる。なんだヲイ、ポン引きか?
いずれにしろ用はない。「ノーサンキュー、グッバイ」と言ってサッサと別れた・・・はずだった。
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しかしここは「再会する町・ヤンゴン」なのである。
この後・・たぶん1時間後くらいかなぁ?スーレー・パゴダとは離れたところにある
ボージョー・アウンサンマーケットに向かう歩道橋を渡ろうとしたら、ヘンなヤツが声をかけてきた。

うわ!またさっきのチンピラ兄ちゃんじゃん。何で今度はココにいるんだ?!
「ヘイ、マイフレンド オレはホリデーだ。問題ない。一緒に行く」またくっついて来ようとする。
来んでいいってヴァ。「またアナタと会って私は驚いた。しかし私は一人で行く、グッバイ」
ついて来ようとするのを何とか振り切る。いやはや。しかしさっきとはけっこう離れた場所を
歩いてるのに同じチンピラに出くわすって、どうなってんだ?ヤンゴンってトコは。

信じ難いことに、このチンピラ兄ちゃんとはこの日の夜、またまた再会したのだ。今日3回目。
シュエダゴン・パゴダの夜間見学からタクシーでホテル近くに戻ったら、誰かが声をかけてくる。
うっそーー!またオマエかよ!呆れた偶然だ。ヤンゴン再会パワー、スゴすぎる。

こんどは「日本のコインくれ」なんて言い出す。ヤンゴン歩くのに日本の硬貨持ってるわけねぇだろ。
昼間と同じ手でいくかと思って「よしもう一枚記念写真を撮ってあげよう」と言ってカメラを出すと、
「写真はもう撮った。写真はいい」とイヤがる。ふーむ・・写真イヤがるところを見ると、おめぇ、
なにか後ろ暗いことしてねぇか?まぁいい。とにかくこの場はサッサと別れねば。

「私はホテルに帰らんとしている、さらばである」
「ホテルはどこだ?」
「う・・それは秘密である(教えたらますますくっついて来かねない)」
「オレたちは友達だ。なぜ教えてくれない?」 調子いいヤロウだなー。苦笑するしかない。

まぁこれだけ再会するのも何かの縁か・・ということでこの時は1000チャット(約90円)だけ
ヤツにおこずかいあげることにした。これも一つの功徳。んじゃね、バイバイ・・・あーおどれぇた。
同じチンピラと3回とは・・こんな連続再会事件があれば、「ヤンゴンは再会する町である」という
岩よりも固い印象がイ課長の中に形成されるのは当然なのだ。
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しかしヤンゴンの恐ろしさはこんなモンじゃないの。
この翌日、イ課長はまたまたこの兄ちゃんに再会したっつうんだから、もはや笑うしかない。
「ヘイ、ヘイ、マイフレンド」って肩たたかれた時は思わず「うぁ!」って叫んじまったぜ。
偶然と呼ぶには偶然すぎる偶然。コイツとはよほど縁が深いのか。そういうご縁はできることなら
オマエとではなく、ミャンマーの美しいご婦人との間に作りたかった。

また日本のコインの催促。ないってば。「キミとは何度も会った。お金は昨日あげた。じゃあね」と言って
サッサと別れたけど、この後「5度目」があるんじゃないかと町を歩くのが少しこわかった(笑)。

ちなみに彼と会ったポイント4カ所を会った順に地図に落とし込むと以下の通り。
そうバカ広くない範囲なのは確かだが、あれだけ人がワンサカいるヤンゴンで同じチンピラと
4回も会うというその偶然パワーはもはや異常。ヤンゴン恐るべし。
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ちなみに、4回目の時も彼は記念写真をイヤがった。
やっぱオマエ、あまり世間に顔を知られたくない事情がありそうだな。ま、外人観光客に
「レディーいらないか?」なんて言ってるわけだからなぁ・・・。というわけで、一応彼の
後ろ暗い事情?に配慮して上の写真には目線を入れたというわけ。

そうはいってもこの兄ちゃん、別に強引ってわけじゃない。
フランスあたりのタカリやクソチンピラどもに比べれば格段に「控えめ」だったけどね。

とにかくこの兄ちゃんにはヤンゴンの「再会パワー」のすごさを思い知らされた。
ホテル関係者以外ではこの兄ちゃんはヤンゴン滞在中最も頻繁に接したミャンマー人なのは
間違いないだろう。今となっては懐かしいよ。

え?イ課長とこの兄ちゃんとの間にも電波があった? そ、それはない。断じてない。
少なくともイ課長ガワからは一切コイツに何も発信してない。してないってヴァ!

 
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by tohoiwanya | 2017-09-22 00:08 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 09月 20日

ヤンゴンは実に不思議な町だった

初めてのミャンマーに到着し、はじめてのおさんぽに出たイ課長。
傍からみれば、まだヤンゴンに不慣れなガイジンがオドオド、キョロキョロしながら歩いてるように
見えたはずだが、この「ガイジンである」ということが重要なファクターだったんだと思う。
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すでに書いたようにヤンゴンの外人観光客の数は意外なほど少なかった。
だから外人は珍しくて目立つ。そういう珍しくて目立つモノに対してミャンマーの人たちは
非常にフレンドリーで、しかも好奇心いっぱい。そうすると以下のような状況が起きるわけよ。

①ヤンゴンは“電波が行き交う”町である
町中でフッと目が合った人とイ課長とがやたら意識し合うってことがよくあった。
向こうにしてみれば「あ、ガイジンだ(しかも巨大だ)」という珍しさがあるから見る。
こっちはコッチで「あ、あの人オレのこと見てる」と思って見る。そんな状態が続くと
イ課長とその人との間に一種の“トモダチ電波”とでも言うべきナニカが通いはじめる。

電波を感じ合った両者が仮に両方から歩いてくれば、すれ違う頃にはどうしたってお互い
「うふ、うふふ」状態になってるわけよ(笑)。どっちかが話しかけるな、という予感がある。
そのまま黙ってスレ違ってしまうことの方が不自然な状況になってるのだ。

スーレー・パゴダに行く途中に発生した最初の“電波事例”で具体的にご説明しよう。
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前にも書いたようにここは周囲の道路がロータリーになってるから歩道橋をわたる必要がある。
歩道橋の階段をのぼると橋の向こうでキレイな民族衣装?を来たお嬢さんが二人でセルフィを撮ってた。

「わぁキレイ、あれ民族衣装かな?」とイ課長は思わず注目する。すると向こうは
「あ、ガイジンさんがあたしたちのこと見てる」とイ課長に注目する。ここで電波が通い始める。

彼女たちは歩道橋の橋の向こうにたたずみ、イ課長は橋を渡るためにそっちの方に向かって歩く。
「きっとあたしたちの衣装に見とれてるんだわ・・」と向こうは笑いながら相変わらずこっちを見る。
「あのコたち、オレのことずっと見てるな・・」と思いながらイ課長はそっちに向かって歩く。
互いに笑顔で視線を合わせたまま両者の距離は接近。そうなればもう話しかけますよ、あっしは。

「とてもビューティフルなドレス。あなたたちの写真を撮ってもいいですか?」

もちろんすぐOKしてくれた。“電波”を感じた間柄だから近づいた時点で何となく仲良し。
ヤンゴン到着早々、民族衣装のかわいいお嬢さんの人物写真をゲット。すばらしい。
しかしトモダチ電波だけで済まないのがヤンゴンのさらに面白いところ。

②ヤンゴンは“再会する町”である
写真を撮らせてもらって御礼を言って別れ、イ課長はスーレー・パゴダ境内に入った。
仏塔の周りをブラブラ歩いてると、ありゃ?さっき写真を撮らせてもらったお嬢さんたちがいるじゃん。
ははぁ~・・彼女たちもスーレー・パゴダ参拝に来たんだ。参拝用にちょっとオシャレしてたのかな。
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そう広くもない円形の境内だから、歩いてると彼女たちとは何度も再会することになる。
再会すれば「あ、さっきのガイジンさんとまた会った」って感じでお嬢さんたちは嬉しそうに笑う。
あ、いかん忘れてた。あの写真を彼女たちに送ってあげなきゃ。

何度目かに会ったとき「写真を送ります。Facebookのアカウントをお持ちですか?」と聞いてみた。
すると彼女たち(もしくはどちらか?)の兄という青年が登場し、「私がFacebookやってます。
私のアカウントに送ってくれれば彼女たちに渡します。ついでに一緒の写真をお撮りましょう」と
言い出すではないか。あ、いやそんな・・きょ、恐縮です。
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ミャンマー美人×2の写真のはずが、真ん中にヘンな巨大ロボットが・・しかしご安心あれ。
歩道橋で撮った彼女たちだけのアップの写真がちゃんとある。来年の美女図鑑をお楽しみに(笑)。
もちろん、これらの写真はお兄さんの方に送ってあげたから、彼女たちも見ただろう。

初めて来たヤンゴンで、はじめての散歩を開始したばかり。
まだ「その町の空気」になじんでもいないのに、オトモダチができてしまうこの展開。不思議だ。
過去、東南アジアで友人ができたケースって「その人のトゥクトゥクに乗ったから」とか
「その人のお土産物屋さんで買い物したから」とか、知り合う必然性みたいなものが多少はあった。
しかしこういう“電波系”の友人ってあんまり経験ないと思うんだよなぁ。

不思議な町・ヤンゴン。だがこのあとイ課長はヤンゴンの「電波」と「再会」パワーのスゴさに
ますます驚き、呆れ、面白がることになるのである。

 

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by tohoiwanya | 2017-09-20 00:12 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 03月 13日

謎ではなくなったミステリー・サークルの謎

何十年前だったかなぁ?(いま調べたら1980年代だと)
ミステリー・サークルっていうのが騒がれたことがある。畑ン中に忽然と出現した
ミョーに幾何学的な跡。まるでナスカの地上絵。たとえばこんなの(写真はWikipediaから拝借)。
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「あれは宇宙人が仲間の宇宙船に向けた送った信号だ」「空飛ぶ円盤の発着跡」その他モロモロ
様々に荒唐無稽な解釈がなされたけど、何年かあとに「あれはボクたちがふざけて作った」と告白する
者が出た。その話はけっこうニュースになってイ課長も昔読んだ記憶がある。

なんでこんな話を始めたのか?
実はイ課長は当時からずーーっと、ミステリーサークルってのは米国の農村地帯で起きたことだと
思ってたんだよ。宇宙人だのUFOだのって話ってほとんどはアメリカから来るじゃん?だから当然
ミステリーサークルも「アメリカもの」なんだと思ってた。ところがこれって英国発祥なんだってね。

英国の田舎をバスや鉄道に乗ってると、畑(牧草地?)をトラクターで突っ切った跡、つまりワダチが
ずーーーっと並んでる風景をものすごく頻繁に見る。空からじゃなくて列車の窓から見てもほんとに
クッキリはっきり目立って見えるんだよ。
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あんなにクッキリ轍が残るんだったら、あれで絵を描こうと思うヤツも出てくるよなぁきっと。
そういや昔ミステリー・サークルなんてのもあったっけなぁ・・でもあれはアメリカか・・。
てなことをずっとボンヤリ考えてたわけ。列車の窓から轍を見ながらね(笑)。

今やミステリー・サークルは宇宙人が作ったなんて言うヤツは1人もいない。謎なんてない。
しかし英国の車窓風景で散々あのワダチを見てるうちにイ課長は徐々に不思議に思い始めた。
だもんで列車の窓から何枚かワダチの写真まで撮ったのである。高速で走る車窓から狙い通りの
写真を撮るのは難しい。
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謎その1:なぜ畑の中にあんなワダチを作る必要があるのか?
あのワダチついてる畑は麦畑っぽく見える。
もしそうなら、あのワダチはトラクターでせっかく育った麦を踏んづけて通った跡ってことになる。
もし田んぼの稲をトラクターで踏んづけてワダチをつけたら「うわあ何てもったいないことを」と思う。
これはイ課長でなくたって、アジアの稲作民族ならおそらくみんなそう思うはずだ。その作物が何であれ、
ソレがせっかく育っている畑になんであんなワダチをつける必要がある?

仮説① あれは畑の中を移動したり、向こう側に行ったりするためにいわば作業用の“通路”で、
    トラクターは同じワダチの上を通って何度も行ったり来たりしている
仮説② 理由なんてない。一面の畑に跡をつけてみたいだけである。

Wikipediaの写真をもそうだけど、ワダチは一定の間隔をおいて規則的に形成されてるように見える。
何本も作物を踏んづけて通路を作るとなるとる仮説①はちょっと根拠が弱くなる。ってことは
②か?でも他にコレといった理由が思いつかないのだ。
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謎その2:あのワダチはなぜ英国にだけあるのか?

イ課長は過去に欧州のいろんな国で鉄道に乗り、その国の田園風景も散々眺めた。
しかし畑のワダチをこんなに頻繁に見たのはたぶん英国だけだと思うんだよ。もし他の国に
同様にたくさんあれば「あれ何だろうなぁ?」と絶対に思ったはずだ。なぜ英国だけに?

仮説① 英国で栽培されるある作物はああやってワダチでスキマをつくるとよく育つ。ないしそれに類した
    作物を育てる上での何らかの必要性によるものである。
仮説② 英国人は一面の畑に轍をつけたがる衝動を抑えることができない変わった人種なのである。

①はどうにも信じ難い。となるとやっぱ②か?英国の農業従事者は畑の作物を一部ムダにしてでも
ワダチをつけたいのか?あるいはそういうのが流行ってる?あるいは古来からの英国農業独特の習慣?
うーむ・・どれにしても信じ難いが。
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ただ、ミステリー・サークルが英国で生まれた理由は何となく理解できたよ。
理由は不明だが、英国の農民はトラクターで畑によくスジを描く。中にはスジだけで飽き足らず
世間をアッといわせる絵を描きたいと思ったヤツも出て、それがミステリー・サークルになった
・・・と考えればね。

最後の仮説はロジックとしては一応スジが通っている。しかしホントにそうなのなぁ?
英国の畑についてるワダチについて知見をお持ちの方がいたら(そんな人いるのだろうか)
ぜひその形成理由をご教示いただきたいのである。

  

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by tohoiwanya | 2017-03-13 00:22 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2016年 03月 18日

“東京方式”は世界の孤児だったの?

今日はいきなり変な話について書く。

同じ日本でも東京と大阪じゃこんなに違うという例でよく挙がるのがエスカレーターの追い越し車線。

エスカレーターを階段のように歩いて昇る人は右側を歩き、左側が立ったまま。これが東京方式で、
大阪方式はその逆っていうのは有名な話だ。そういう違いがあることは重々承知しているイ課長だけど、
今でも関西に出張するとうっかり間違えて右側を昇ろうとしてしまうことがある。ちなみに、中間にある
名古屋は「東京方式」だったような気がするんだよなぁ。

これが海外だとどうかというのは詳しく検証したことなかったけど、「大阪方式」の方が多いという
話は聞いたことがある。自分が撮った写真でよく覚えてたのは2007年出張のプラハで撮った
早すぎるエスカレーター。みんなキチンと右側に立ってて、左側が追い越し車線であることが明白。
つまり大阪方式ってことだ。
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海外の地下鉄の駅とかでエスカレーターの写真・・そう多くはないけど他にも撮ってるはずだ。
そこで、過去の写真フォルダの中を探してみた。

まずこれ。2012年東欧・北欧旅行の時の、ヘルシンキの地下鉄エレベーター。
これも明らかに右側が静止車線で、追い越し用に左側の車線を空けている。これまた大阪方式ということだ。
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他にも探したらあった。2010年台湾旅行の時の写真。
これも追い越し車線として左側を空けてるよね。大阪方式がまたひとつ増えた。
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台北の場合、特筆すべきは下の写真みたいにエスカレーターの各段を左右に分ける表示があったことだ。
このエスカレーターは左右“2車線”ですよってことが強調されてて、その上で追い越し車線は左になってる。
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次の写真は2011年ウィーン旅行の時に日帰りで行ったブダペストの地下鉄。
うーん・・これは判然としないな。そもそも「片側を空ける」という考え方自体が存在しないのかもしれん。
ブダペストは東京・大阪どちら方式なのか分類不能。
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これは2010年出張の時のロンドンの地下鉄。この写真はブログにも載せた。
これもやや微妙だ。上の方の人は右側に立ってるから左側が追い越し車線のようにも思えるけど、
手前でエスカレーターを昇ってるオバさんは真ん中通ってる。ただ、ネットで追加的に調査してみると
ロンドンもどうやら「大阪方式」らしいんだよね。
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プラハ、台北、ヘルシンキ、ロンドンが大阪方式。ブダペストは分類不能。東京方式の街はなし。
圧倒的に大阪方式優勢というところで、話はバンコクに飛ぶ。

バンコクの場合「習慣的にこうなっている」というより、ちゃんと「こっちは追い越す人」「こっちは立つ人」と
表示がしてあったからこれまた明白だ。どういう表示かというと・・。
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うーーーむむむ。バンコクもまた大阪方式ではないか。

日本の高速道路等では「追い越し車線は、より“中央分離帯に近い方”」すなわち走行車線より必ず右側だ。
東京エスカレーターの「追い越しは右」は車と同じであり、イ課長は何となく交通ルールがそのままエスカレーターに
浸透したんだろうなぁと思ってた。もしそうなら、国内的には大阪方式が変わり者ということになる。

だが、もしそうだとすると日本と同じ「車は左通行」のルールを持つ英国が大阪方式っていうのは妙だ。
実はタイも日本や英国と同様、車は左側通行なんだけど、上の写真に見るようにエスカレーターは大阪方式。
データが少ないけど、車が左側通行の国でもエスカレーターでは大阪方式が優勢と推測できる。

つまりだよ?
イ課長が撮った写真で見る限り、西欧(ロンドン)も東欧(プラハ)も北欧(ヘルシンキ)も大阪方式。
東アジア(台北)も東南アジア(バンコク)も大阪方式だ。少ないデータではあるが、導き出される結論は
世界的には大阪方式が圧倒的多数派であり、東京方式は“世界の孤児”っぽいということだ(笑)。

うーむ、そうなると今度はなぜ東京が世界的にも珍しい(んだろう、きっと)方式なのか?という疑問が湧く。
東京の場合、バンコクみたいに「立つ人は右」「歩く人は左」なんて表示による誘導は見たことないし、
台北みたいにこのエスカレーターは2車線です、なんていう表示も見たことない。それでもずっと前から
現行方式が当たり前になってる。自然発生的にたまたまそうなったんだろうけど、なぜ東京だけが・・?

近年、東京の地下鉄あたりじゃ「エスカレーターを歩くのやめよう」という呼びかけも始まっている。
だがイ課長はセッカチだから、東京でも海外でも一人の時はエスカレーターはたいてい追い越し車線を歩く。

しかしイ課長が撮った写真の中で東京方式の採用例がイッコもなかったとは意外。
とりあえずこんど海外に行ったら、その国のエスカレーターを少し注意して見てこようと思うのである。

 

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by tohoiwanya | 2016-03-18 00:04 | 出張・旅行あれこれ | Comments(6)