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2017年 03月 10日

トラファルガー広場というところ

ロンドン行ったことない人でもトラファルガー広場の名前は知っている。

太古の昔、新婚旅行でイ課長とトホ妻がロンドンで別行動をとった時(とるか?普通)
合流したのもトラファルガー広場のライオン像の前だった。イ課長は早めに来て、待ち合わせまで
ナショナル・ギャラリーの一部を駆け足でザーッと見たっけなぁ。
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あれから25年、くたびれ初老夫婦になった我々はカンタベリーの帰り、懐かしきこの広場に来た。
この日はコヴェント・ガーデンでオペラを見る予定だったんだけど、夜の開演まではまだたっぷり
時間があったから、絵でも観ようかと思ってここを通りかかったのだ。

いやぁ~・・トラファルガー広場にいると本当に「あー自分はいまロンドンにいるなぁ」という
気分になるね。時間はたっぷりあるんだから少しここで休んでいこうぜ。
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この日は快晴というわけじゃなかったけど、気温も暑くも寒くもなく比較的快適で、
広場もいろんな人たちで賑わってた。見てると楽しい。

地面に絵を描いてる。欧米の広場っていうとよくこういう路上画家がいるよね。
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しかしこの日トラファルガー広場で目立ってたのは絵描きではなく宙に浮くパフォーマンス。
棒に何か仕掛けがあって体重を支えるようになってるんだろうけど、うまく出来てる。
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だが(おそらく)毎日やってるせいだろうなぁ、あまり注目を集めてない。お賽銭も少なそう。
向こうでやってるハシゴを使ったパフォーマンスの方が圧倒的に集客力が高い。
宙に浮いてる本人も向こうのパフォーマンスに見とれてるようじゃあかんな(笑)。
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由緒ある広場だけあって、こっちには立派な騎馬像。誰かと思ったらジョージ4世。
このジョージ4世って人がねぇ~・・父ちゃんのジョージ3世はマジメな人柄だったようなんだけど
コドモはみんな問題児ぞろい。ジョージ4世自身も皇太子時代は超放蕩借金バカ息子。息子たちの
相次ぐスキャンダルのせいか、父ちゃんのジョージ3世は最後に精神障害で頭おかしくなった(マジ)。
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自分が即位してジョージ4世になっても相変わらず問題王。今度はなぜか正妻キャロラインを
異常なほど嫌い、自分の戴冠式にも出席させないという仕打ち。何なんだろうか。キャロラインと
離婚したい王とそれを認めない議会で散々モメたらしい。そんなお騒がせ問題王でも一応は王様だから
こうしてトラファルガー広場に騎馬像作ってもらえるんだなぁ。

・・と思って調べてみたら、何と、元々は王室の厩があったこの場所の再開発を命じたのが実は
ジョージ4世だったんだと。その再開発がやがて現在の広場につながったってことらしい。いわば
トラファルガー広場成立の大功労者。一応マトモなこともやったんですね(笑)、ジョージ4世。

このジョージ4世銅像がナショナルギャラリーに向かって右側にある。
こういうのは大体左右対称に置かれるもんだ。向かって左には誰の銅像があるんだろうかと思って
行ってみたら驚いた。げぇッ?!何だい?こりゃあ。
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位置的にはさっき見たジョージ4世騎馬像のちょうど反対側に置かれているから「セット」のはずだ。
それが何でガイコツ?ブラックジョークか?イギリスじん~~お前らの考えることはわかんねぇよ。

その後調べたところ、このガイコツ馬の像はつい最近、2015年に設置されたもののようで、
設置時に「来年まで展示される」って書かれてたから、2016年の訪英当時はあったけど、今は
ないのかもしれん。要するに一時的に置かれた現代芸術ということらしいが、ガイジン旅行者が
そんなこと知るわけない。てっきり昔からここにあったガイコツだと思ってブッたまげたぜ。

ま、トラファルガー広場とは要するにこんな感じのトコなわけですよ(笑)。
それでも、さっきも言ったようにこの広場は「ああロンドンに来たんだなぁ」という旅情に
ぼんやりと浸るにはすごくいいスポットだと思う。
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歩き疲れてトラファルガー広場で一休み。さて、次はどこに行こうかとなった時、ビッグ・ベンでも
ウエストミンスター寺院でもコヴェントガーデンでも、ロンドン名所の多くに歩いて行けるしね。

もちろん広場の真後ろにある巨大美術館ナショナル・ギャラリーを見るのもいい(タダだし)
そのまた裏にはナショナル・ポートレート・ギャラリーもある(これもタダ)。イ課長とトホ妻は
結局この後ポートレート・ギャラリーの方に行くわけだが、その話はまた後日。


 

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by tohoiwanya | 2017-03-10 00:15 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 02月 14日

渡し船で対岸の村に行ってみる その3

メコン川対岸の、小さな村の早朝。
観光価値は全然ない。早朝でなくたって、昼になっても夜になっても観光価値はない(笑)。
しかしイ課長の気分はけっこう高揚してたよ。
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もしこの対岸の村に来てなければ、イ課長は普通の観光客として普通の観光地を見て歩き、
普通の観光客のままラオスを後にしていただろう。しかし今日この村に来たことで
イ課長は「素のラオス」にほんの少しばかり触れられた気分。そのことが嬉しい。

とは言ってもあまりゆっくりしてられない。ホテル戻って朝飯、荷造り、そして空港行かにゃ。
短時間ではあったけど、「ふつうのラオス」を垣間見て満ち足りた気分で船着き場に向かった。

おんや?
こっちの道・・・舗装してあるねぇ。こっち岸に来て以来、スコールが降ったらたちまち
ヌルヌルしそうな土の道ばっかり歩いてたから、舗装した道には敏感に反応してしまう。
こっちはナンなんだろうか?
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ふーむ・・野良犬が多いのいいとして(笑)、平らに舗装された道、両側にはレンガの舗石?もキレイに
並べられてる。さっきまでいた村とはかなりの“格差”が感じられる。同じような場所にあるのに、
何でこんなに道路インフラ整備状況が違うんだろうか?
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こんな看板があった。ここはシェンメン(シェンマン?)村という場所だと思われるが、
それがここ一帯を指すのか、この舗装された道があるところだけを指すのかは不明。しかも
書かれてる内容も不明だ。「シェンマン文化村」と言われてもよくわからないし、一番下にある
「シェンマン完全初等レベル」に至ってはマッタクわからない。何なんスか?
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しかし何度も言うがあまりゆっくりしてられない。
名残惜しいがシェンマン完全初等レベルを後にして船着き場への坂を下る。
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向こう岸に戻れるかなぁ・・という一抹の不安はあったけど、幸いすぐに渡し船が来てくれた。
来る時に乗った船とは船員の顔ぶれが違うから、やっぱ2艘で行ったり来たりしてるんだな。
はーい出航でーす。
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いやーー・・・早朝の短い探検だったけど、向こう岸を見に行って良かったーーー。
「素のラオス」を見るか見ないかで、ラオスに対する印象もだいぶ違ったと思うよ。
 
向こう岸の村はヴエンチャンやルアンパバーンに比べたら月とスッポンの差で何もなく、貧しい。
でも、あの村を見たことでイ課長はラオスという国が一層好きになったよ。観光客が行くような
エリアを見ただけだったら、こんな気分にはならなかったんじゃないかと思う。
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再びメコン川を渡るオンボロ渡し船の上で、やや大げさに言えばイ課長は幸福だった。
ラオスってイイなー。ルアンパバーンまた来たいなーー。
昨日の夕方、メコン川の夕暮れでボンヤリと渡し船の出航風景を見てて、トツゼンあれに乗って
向こう岸に行きたい衝動にかられた自分を再び褒めてやった(笑)。
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ルアンパバーン側の岸に戻ってきた。こうして見ると向こう岸の風景と大差ないようだが(笑)。
それでも川面まで降りる下り坂は土ではなくコンクリート。ここにも格差があるねぇ。
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いずれ定年退職してゆっくり旅行できるようになったら、ビザなし滞在可能期間(15日)を使って
もう一度ラオスにゆっくり来たいなぁという思いはある。そうなったら当然ルアンパバーンにも
また来て、何日もダラダラとネコ生活したい。

もちろん、その時にはまたこの渡し船に乗って「普通のラオスの村」をもっとゆっくり
歩いてみたいと思うのである。
 

 

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by tohoiwanya | 2017-02-14 00:35 | 2015.09 東南アジア旅行 | Comments(4)
2017年 02月 12日

渡し船で対岸の村に行ってみる その2

メコン川の向こう岸、土の道路の両脇に掘立て小屋に近いレベルの店が並ぶ商店街。
しかしコレを商店街と呼んでいいのかどうか・・・。
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ルアンパバーンだってかなりの田舎だけど、それでも道路はちゃんと舗装されてた。
もちろんヴィエンチャンだって大通りから裏道まで道は舗装されてた。そのことを特に
気にも留めなかったけど、今こうして土むきだしの商店街を見ると、ラオスじゃ実は
こういう道の方が多いのかも、と思えてくる。

あー・・ラオスの田舎ってこういう感じなんだな。
当然のことながら、こんな対岸の村に来ようなんてモノズキ観光客は皆無だからガイジンは
イ課長だけ。世界の人気観光地ルアンパバーンからメコン川ひとつ渡れば、観光客が
全然知らない、こんな世界があるんだねぇ。
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肉屋さんだ。生肉をドサッと並べただけの肉屋は東南アジアじゃ珍しくないけど
ここは一段と野趣あふれるたたずまい。ビニール袋に入れたものは豚か何かの血だよな。
ラオスも欧州みたいに血のソーセージとか食うんだろうか。
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ここにも肉屋。赤身肉に加えて生の豚足、さらに豚の顔面まで売ってる(笑)。
ブダペストの市場でも豚の顔売ってるの見たなぁ。欧州じゃ豚を無駄なくトコトン使うって
意識が強いのは知ってたが、ラオスもそうなんだねぇ。
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こっちじゃお姉さんが魚焼いてる。
まだせいぜい朝の7時だけど、店はどこも開店してるし、おそらくみなさんすでに朝食も
済ませて「今日の仕事」に取りかかってる様子が伺える。田舎は早起き。
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商店街を通り抜けるともうホントに何もない田舎の村って感じだ。
だが向こうの方に何やら寺院の屋根とおぼしきピカピカ・ギザギザした尖塔が見える。
まぁちょっと行ってみっか。
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ははー・・これか。お寺じゃなくて、銅像設置用の祠というか東屋というか・・。
この銅像がどなたかは存じません。お札に印刷されてた人かなぁ?ラオスでは大変エラい
人なんだろう。
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しっかしこの辺の家のたたずまいも、ラオスの田舎そのものって感じだ。。
こっちじゃ早朝から大規模たき火(あるいは小規模野焼き?)やってる。何なんだろうか。
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この家もまぁ率直に言ってすさまじくボロい。
戸の下を掘って排水路にしてるから、食器洗った後の水なんかはここから捨てるんだろう。
当然下水はないはずだが、トイレはまた別のところにあると想像される。
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村人たちにしてみれば、イ課長は「自分たちの貧しい暮らしを珍しがってる外人」に
他ならない。それは承知してる。しかし彼らはそんなガイジン観光客にほとんど注意を
向ける様子はない。誰が来ようが来なかろうが、自分たちの生活をするだけのこと。
ラオスの大多数の人はおそらく毎日、こんな村で、こんな朝を迎えているんだろう。

メコン川対岸の、なーんもない田舎村。
ラオス最後の日に早起きしてここに来る気になった自分を褒めながら、さらにもうちょっと
探検は続くのである。ま、探検っつうても相変わらず何もないんだけどさ(笑)。


 

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by tohoiwanya | 2017-02-12 00:03 | 2015.09 東南アジア旅行 | Comments(2)
2017年 02月 09日

渡し船で対岸の村に行ってみる その1

早朝のメコン川渡し船乗り場。向こう岸に行きたい人や車も集まってきた。
船はまだかな・・。
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日中歩いてるとすぐ汗ダクになるラオスだけど、この時間は涼しくてホントに気持ちがいい。
山には朝モヤかかってて、何となく東南アジアっていうより日本のどこかの山奥で
早朝散歩してるような気分になる。
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お、向こう岸から船が来た。あれに乗るわけだな。
実はこの時、イ課長にはかすかな不安があった。渡し船の運行体制を知らないから、
向こう岸に行った後、短時間のうちに戻りの船があるかどうかわからなかったのだ。
(昼には空港に行かないといけないし)。
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でも昨日の夕方見た感じじゃ2艘、早朝でも最低1艘では行ったり来たりしてるだろうから
向こう岸に行ったが最後、帰れないってことはないだろう。えーいブッツケ本番で乗っちまえ。
イ課長は向こう岸に何があるのか全然知らないわけだから、ほんのちょっとだけ冒険気分。
こういう軽い不安とドキドキこそ海外一人旅の醍醐味ってもんだ。
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いやーーーーイイ気分だなーーーーー。朝のメコン川は気持ちいいねぇ。
早起きは三文の徳という哲理はラオスでは特に威力を発揮するようだ。
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これが操舵室・・いや、室になってないが(笑)、とにかく操舵する場所らしい。
お父ちゃんが操舵手兼船長で、ムスコが船の運航を手伝ってるみたい。
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川をナナメに横断するような感じで、船はほどなく向こう岸に。ちなみに船賃は乗ってる間に
お兄ちゃんが集金に来た。いくら?って聞いたら片道5000キープ=約75円の短い船の旅。
到着を待ちかねたようにバイクたちが船から降りていく。
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ううむ・・・ルアンパバーンの船着き場だってホメられたものじゃないけど、こっち岸は
また一段と素朴というかイナカというか・・地面が舗装されてなくて、土むきだしの登り坂。
けっこうな傾斜の坂だけど、雨が降ると泥でツルツル滑って登れないんじゃないか?
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とりあえず今は地面は乾いてるからイ課長もみんなと同じように坂道を登る。船着き場からの
道はこれ以外に存在していないわけだから、船を降りたらこの坂を登るしかない。
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うはぁーーーーこれはまた・・・。
坂を登るとこの商店街?があるわけだけど、ここをひと目見てイ課長はある意味感動した。
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イ課長がモノ心ついた昭和30年代の東京にはもうこういう光景はなかったね。
土の道路の両側にボロい小屋みたいな商店が並ぶ光景って、年寄りのイ課長にとってすら、
なんだか時代劇のセットを見てるような気分になる。
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メコン川の向こう岸はこんなだったんだ。いやーこれは見に来てよかった。
ゆっくりはできないけど、とりあえずこのオンボロ商店街をもっと奥に進んでみよう。
というわけで、次回に続くのである。別に大したものは出てこないけどね。


 

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by tohoiwanya | 2017-02-09 00:19 | 2015.09 東南アジア旅行 | Comments(2)
2017年 01月 05日

海外人物(主にコドモ)図鑑 2017年版

イ課長ブログの数少ない読者のみなさま、本年もよろしくお願い致します。

実は元旦早朝に義母が亡くなってしまったのです。
こうなると正月どころではなくなる。4日の仕事始めは午前中だけ出社したけど
「おめでとう」と言うのも気が引けるよね。そんな事情でお通夜・告別式と
不祝儀が一通り終わるまで更新もちょっと控えておりました。すみませぬ。

さて、新年最初の更新は恒例のアレ・・・といきたいところなんだけど、こちらの方も
どうも歯切れが悪い。去年行ったのが英国だけだからねぇ。いつものように華やかに
美女図鑑というわけにはいかないのだ。

イギリスに美人がいないと言うつもりはない。まぁ多いと言うつもりもないが(笑)。
英国において美女図鑑が難しい理由は他にある。英国に限らず欧州だと全般的に
人物写真を撮る機会そのものが少ないんだよね。

東南アジアを歩いてると露店やら屋台やらで何となく現地の人と仲良くなって写真を
撮る機会がしょっちゅうあった。「あなた日本人?」って向こうから声かけてくることも
多くて、こっちも「写真撮っていい?」って聞きやすい。

だが、英国じゃ「現地の人と何となく仲良くなる」ことって、それほどないよね。
特にロンドンじゃ東洋人も黒人もインド系もアラブ系もちっとも珍しくないし
イ課長たちが入る店やレストランの従業員だってかなりの確率で非アングロサクソン系。
「お?ガイジンだ。どこから来たのかな?」なんてお互いイチイチ気にしない。
東南アジアとは対人的感覚自体が何となく違うのだ。

そんな英国旅行で数少ない人物写真っていうと、盗撮系のコドモ写真が多い。
まぁそんなものでもご紹介するべ。

①英国の田舎のコドモ
これはコッツウォルズ一日ツアーで行ったブロードウェイ(N.Y.のとは違うよ)という村の
村のベンチで見かけたコドモ。アイス食ってる。
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ぽっちゃりした子たちだ。大きくなるとデップリ太った英国ネエチャンになるのかもしれんが
コドモのうちはかわいくて結構(笑)。


②英国の地方都市のコドモ
こちらはピーターバラという街で見かけた女の子。この子はかわいかったね。
地面から定期的に噴水が噴き出す場所に立って、まだかな?まだかな?って待ち構えてる。
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で、ピューッと噴水が噴き出すとキャッキャいって大喜び。かわいい。
歩き疲れて、列車の時間までしばらく座って休んでたんだけど、その間この女の子を見て
楽しませてもらった。
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③ロンドン近郊のコドモ
こっちはグリニッジに行った時に来てた学校の生徒たち。3〜4年生くらいかなぁ?
制服を着てるから、社会科見学か何かでクラスでそろってグリニッジ天文台見学に来たんだろう。
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ただ、一つ不思議なことがある。黒人の子供ばっかだったということだ。
よく見たわけじゃないけど、黒人比率が非常に高いコドモ集団だったから「何でだろ?」と思った。
黒人しか入学できないなんて逆差別学校があるとは思えないから、単なる偶然なんだろうか。


④ロンドンど真ん中の美女
コヴェント・ガーデンのあたりで何かステージイベントをやってた。
そのうちステージに登場したのがこちらの金髪の美女。芸能人・・なんだろうなぁたぶん。
もちろん知らない人なのである。
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かろうじて「美女写真」と言えるのは上のコレくらいなのだ(笑)。
やや化粧濃いめ、ちょいケバめの、こういうタイプが英国美人とされているのかもしれないという話は
昔書いたけど、それにしてもこの人はちょっとケバすぎかも(笑)。


・・という、このくらいなの。英国人物写真。しゅみましぇん。
今年はまた東南アジア一人旅行きたいなぁと思ってるところなので、来年は何とか
美女図鑑復活に向けて頑張りますです、はい。


 

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by tohoiwanya | 2017-01-05 23:02 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(6)
2016年 12月 19日

出家するということ

ロンドンからまた話は東南アジアに戻る。2015年の旅行ネタはまだまだ残ってるのだ。

ラオスもタイも仏教国だから町を歩いてるとお坊さんを見かけることは多い。
同じように坊主頭で、衣の色も似てる。パッと見ただけじゃどっちの国のお坊さんか区別がつかない。
だけど、両国のお坊さんにはビミョ~な違いがあるように思うんだよなぁ。
(下の写真、上段がラオスで後段がタイのお坊さん。僧衣の色も同じだ)
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どちらの国でもお坊さんをよく見かける理由は「数が多いから」に他ならない。理の当然。
それもそのはず、タイでもラオスでも「男は一度出家することがイイ」とされているらしい。

つまり普通の学生やサラリーマンでも一度は出家して僧籍に身を置き、また還俗するわけ。
出家期間はごく短くて、ひと月とか半月とかでも全然問題ないらしい。10月に亡くなった
タイのプミポン国王も出家経験がある。下がネットで拾った出家中のプミポン国王。この時は
15日間やったんだとか。国王が普通のお坊さんと同じように裸足で托鉢。立派な人だなぁ。
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仮にイ課長がラオス人もしくはタイ人で、一か月出家したとする。それはイ課長自身はもちろんだけど
特にオフクロに対する大変な功徳につながるらしい。そもそも女性は出家できないから、タイやラオスでは
「自分の息子が出家する」ことは女性にとってはアリガタイ宗教的栄誉と捉えられるようだ。

・・・と、この辺まではお坊さんが多い背景も、出家に対する考え方もタイとラオスとは似てる。
どっちの国も上座部仏教(俗にいう小乗仏教)だから、大乗仏教がキホンの日本とは若干違うのも
同じだ。でも両方の国を旅行したイ課長としてはさっき言ったように基本は似ててもビミョーに
違う部分があるようにも思うんだよね。特に思ったのは何かっつうと・・・

ラオスのお坊さんはやけにコドモが目立つ。タイのお坊さんの方が年齢イッてる。 ということだ。
どっちの国もお坊さんは多いが、その年齢層には差があるように見える。つうか、明らかに違うよ。
なぜラオスのお坊さんのコドモ比率が高いのか?イ課長なりに理由を考えてみた。
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こう言っちゃナンだが、タイに比べりゃラオスは圧倒的に貧しい。貧しい国の男の子が
「食うに困らない」ようになるためには出家するか、軍隊に入るのが早道なんじゃないか?

ラオスのコドモ修行僧たちはきっと「軍隊に入れる年齢にならない子供たちが出家した」って
ことじゃないの?僧になれば本人は食うに困らない上に、家族にとっても“口減らし”になるからね。
ラオスには失礼だがそんな想像をした。

しかし、調べてみるとちょいとばかり事情が違うらしい。

ラオスにコドモの出家僧が多い理由には多分に「学校がわり」っていう側面がありそうなんだよ。
むろんラオスにだって普通の学校はある。だが中には貧しくて学校行けない子もいる(と思う)。
そういう子が勉強したいと思った時、出家というのが有効な解決策になるみたいなんだよね。
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ラオスで男の子が出家すると、修行のかたわら一種の仏教学校みたいなところに入れるらしい。
そこではホトケの教えも学ぶけど、それ以外の国語やら歴史やら外国語やらの“普通の教科”も
勉強できるんだと。出家すればタダ(かどうかは未確認だが)で学校に行けて衣食住も保証される。
となれば、貧しい家の男の子(およびそういう子を持つ貧しい親)は「よし、出家だ」ってなるよねぇ。
ある意味、国の義務教育の一部をお寺が担ってるような形。

イ課長はターゲットにならなかったけど、ルアンパバーンじゃ外国人観光客が若いお坊さんの
英語の練習相手としてよく話しかけられるらしい。こういうところからもラオスの少年修行僧たちは
海外への興味や向学心が強い青年たちであることが伺える。
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そう考えるとタイのお坊さんの年齢がイッてる理由もなんとなく想像がついてくる。
タイにもおそらく仏教学校のようなものはあるんだろうし、そこで学ぶ子供もそれなりにいるはずだ。
でも、普通の小学校・中学校に通うコドモの方が圧倒的に多いのは間違いないはずで、さっき言ったように
男性が短期出家するとしても青年期以降が多いんだと思う(プミポン国王が短期出家したのも
30歳の時だったらしい)。必然的にお坊さんの年齢も高めになるはずだ。

タイでは「コドモの僧」を見かけることは少なく、逆にラオスではやたらに見る。
「なんでこんな差があるんだろ?」と思ってたんだけど、いろいろ調べてみるとどうやら
そういうことじゃないかと思われるのである。もし間違ってたらゴメンネ(ヲイ!)。


 
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by tohoiwanya | 2016-12-19 00:29 | 2015.09 東南アジア旅行 | Comments(4)
2016年 12月 12日

カヤン族について

カヤン族という少数民族の名前を聞いたことがある方はいるだろうか?
イ課長全然知らなかった。では「カレン族」という名称だと?

イ課長は後者の方は聞いたことはあるような気はするけど、「気がする」程度だから
結局わからない。この名称からどういう少数民族なのか説明しろって言われてもムリだ。
しかし、この写真を見れば「あ!!これ!!」とほとんどの人が思うんじゃなかろうか。
(写真はWikipediaから拝借)


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女性が首に真鍮のワッカを付て首を長くする不思議な風習の写真を見た人は多いはずだ。
この風習を持つ、俗に「首長族」といわれるのがカヤン族なのである。その出自は
よくわかってなくて、カレン族の支族という見方もあるようだ。だからモノによっては
首長族=カレン族と書いたものもある。

この首長族の方々、元々ミャンマー・タイ国境の山岳地帯に住んでた人たちで、本来は
「タイ人」というより「ミャンマー人」というべき人たちらしい。しかしミャンマーでは
カレン族(カヤンじゃないよ)による反政府闘争っていうのがあって、それと同一視された
カヤン族の人たちは政府に弾圧され、難民みたいな形でタイに逃げ込んだらしい。
(この辺の記述には不正確な部分があるかもしれない)

だからタイ北部にはミャンマーから来たカヤン族がいる。(おそらく)難民として。
そういう難民の生活を一種の「民俗村」として観光化し、土産物とかを売って生活の糧に
している施設がチェンマイ近郊にあるということを知った。
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最初はぜひそこに行きたいと思っていた。
子供の頃に本で見た首長族。その実物。この目でぜひ見たい。単純にそう思った。
現地オプショナルツアーにも「首長族の村見学ツアー」みたいなのはけっこうある。
そういうのに参加すればいいわけだ。

しかし、その民俗村のことをいろいろ調べるにつれて迷いが出て来た。

そういう民俗村って、彼らが元々住んでた村ってわけじゃなく、タイの観光業者が建設し、
そこにカヤン族を住まわせて運営してるらしいんだよね。入場料も安くはないようだ。
(たぶん)難民で、タイで職を得るのも(たぶん)難しい彼らに(そしてタイの観光業者に)とって
観光客が落とすお金が貴重な収入なんだから当然といえば当然だが。

民俗村では彼らは刺繍とか織物とかの民芸品を売ってるらしい。
しかしソコに来た観光客の最大の目的は首に真鍮の輪を付けた首長族の女性の写真を
撮ることなわけで、いわば「撮影料」として民芸品を買って行く。女性たちは観光客の
カメラに向かって、ちゃんとカメラ目線で写真に収まる毎日・・・。

これではまるで人間動物園ではないか!という批判が当然出てくる。
そう言われると返す言葉もない。イ課長だってもし民族村に行けば首長族の女性の写真を
撮りたいわけで、自分が人間動物園を鑑賞するだけのロクでもない観光客に思えてくる。

一方で、だからこそ民俗村でお金を使うことが彼らの生活の足しになるじゃん?という
思いもあった。安くない入場料を払い、民芸品を買ってあげれば難民として苦しい立場にある
彼らの生活をサポートすることになるのでは?

これは難しい選択だった。
迷いに迷った挙げ句、結局「首長族の村見学ツアー」に参加するのは見送ったんだよね。
その決定が良かったのか、悪かったのかは未だにわからない。
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ちなみに、あの首長族の女性だが、ああいう奇妙な姿にしてる理由は諸説ある。
①昔、女性がトラに首を噛まれて殺されたから首の保護のために真鍮の輪をつけてる説。
②性欲タギッた他の部族の男たちに襲われても、あの奇妙な姿で相手はビビる。
 結果的にカヤン族としての“純血性”が保たれる説。
③純粋に、ああいう首の長い姿が美しいという審美眼を持ってるから説。

どれが本当かはこれまたわからない。カヤン族の若い女性には輪をつけない人もいるとか。

ちなみに(その2)、俗に「首長族」っていうけど、正確にはロクロ首的に「首が伸びた」っていうより
真鍮の輪っかの重みで鎖骨や胸骨が極端に押し下げられ、逆にアゴは持ち上げられ、そういう状態が
長く続いてああいう姿になるらしい。だからあの輪っかをはずせば肩が徐々に上がってきて
フツーの体型に戻るんだとか。はずしたがらない女性も多いらしいが。

もしイ課長が再度チェンマイに行くことがあれば、今度こそ迷うだろう。
市内のお寺やドイ・ステープは今回見た。もし再びチェンマイに行けば、今度こそ首長族の村を
見たいという気持ちが湧くだろう。果たして自分は人間動物園という批判もあるそこに行くのか?

今のところ自分でもわからないのである。
(本日の記事、冒頭のWikipediaの写真以外は首長族の写真がないわけなので、内容に関係ない
 チェンマイ・ネコ写真でご勘弁を)


 

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by tohoiwanya | 2016-12-12 00:10 | 2015.09 東南アジア旅行 | Comments(4)
2016年 11月 25日

ロンドンの借りをロンドンで返す

久しぶりにロンドンネタを一つ。
いよいよ銀婚旅行も最後を迎え、パディントン駅からヒースローエクスプレスに乗って
空港に向かおうって時の話。

少し時間があったからトホ妻は土産を買うという。それじゃ、っていうんで待ち合わせ時間を決め、
トホ妻はW.H.Smithに買い物、イ課長は駅出口ンとこにある喫煙所でタバコを吸ってた。
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まだ時間あるなぁ・・何してよっかなぁ?って感じでボンヤリそこらを眺めていたら、んん?
軍人さんらしき制服姿の男性たちがバケツを持って立ってる。
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ピキーン! たちまちイ課長の記憶回路が作動。
むかーしセント・パンクラス駅で巨大着ぐるみ+バケツ隊の姿を見て、意味がわからず
何のオフザケなのかしらと思ったって記事を書いた。当時は知らなかったのだ。

しかし愚かなるイ課長だってその後少しは世界についての知識を増やした。
今やロンドンの駅でバケツを持った人を見ればすぐ察しがつくさ。ありゃ募金に違いない。
よし、あの頃よりちったぁ利口になったイ課長が今回は軽やかに募金してくれようじゃないの。

しかしその前にちょっと様子を観察してみる。
この人はさっきの軍人さんとはまた違う人で、スラリとした軍服姿がなかなかカッコいい。
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この軍人さん、立ち姿がカッコいいせいか、やけに駅利用者から声をかけられてるね。
募金のためにっていうんじゃなく、何となく「道を聞かれている」といった様子にみえるんだが(笑)。
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ほらまた。まさか「○○行きは何番線ですかぁ?」なんて聞いてるわけじゃないよな?
聞かれた軍人さんだって困るよな。
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おっ、何と、このヒト顔がやけに二枚目。制服も似合うし、こりゃーモテそうだ。
やっぱカッコいい二枚目の軍人さんには人が寄ってくるのかね。
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さて、じゃ、イ課長も募金するか。
お?さっきの二枚目軍人サンがいなくなったぞ。しかし大丈夫。バケツを持った兵隊さんは
パディントン駅のそこココにいるのである。

よし、じゃ、まだ少年兵の面影を残すボーイズのバケツに募金しよう。
どうせ最後だから、ポンドより細かいペンスの硬貨は片っ端からあげちゃえ(持ってると重いし)。

ジャララっとコインを入れると御礼を言ってくれた。
そこで例によって図々しく撮影モデルを依頼。にっこり笑ってカメラに収まってくれた。
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なかなか凛々しくてハンサムなボーイズたちではないか。
胸のプリントを見て、ほほうと思って「エアフォース?」と聞くと、元気のいい声で
「はい、ナントカカントカです!」と返事してくれた。だが英語だから内容はよくわからない(笑)。
後で調べたらBenevolentって「慈善」って意味だ。王立空軍慈善基金。なーるほど。

2010年秋にセント・パンクラス駅のバケツ隊を見たときは、清掃職員のオフザケかと思って
目的が募金とは知らず写真だけ撮ってきてしまった。あン時は申し訳ないことをしたと思う。
だがあれから6年。今回は「駅のバケツ隊=募金集め」にちゃんと募金し、気分のイイところを
モデルになってもらえた。ロンドンに6年ごしの借りを返したようでイ課長も気分がよかったのである。


 

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by tohoiwanya | 2016-11-25 00:26 | 2016.06 英国銀婚旅行
2016年 11月 12日

ルアンパバーンの子供たち

チェンマイネタがちったぁ続くのかと思ったらまたルアンパバーンネタに戻ります(笑)。
ルアンパバーンの話はいくらでも出てきそうだなぁ・・。

本日の記事はイ課長の思想信条を表明したブブンはまったくない(いつも大体ないが)。
どちらかというとコドモ写真紹介記事と思って気楽にご覧いただきたい。
ルアンパバーン子供図鑑だね、要するに。
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托鉢のことを書いた時に「小学校前」という場所のことを書いた。
シーサワンウォン通りを地図でいうと左下から右上の方向に歩いていくと、左側に
小学校があるんだよ。この町に来た観光客なら一度や二度はここを通るはずだ。

托鉢してる早朝通っても学校は誰もいない。夜通っても誰もいない(はずだ)。
しかしイ課長はたまたま平日の昼間、この小学校の前を通る機会があった。

うほほほ、校庭は子供だらけだ。当たり前だが。
これから校庭で集会か何かが始まる様子。女の子たちはみんなシン着用。かわいいねー。
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上は白、下は黒(か濃紺?)、それに赤いスカーフを付けるのが制服みたいだ。
なかなかオシャレな制服ではないか。
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こっちは1年生くらいかな。まだホント小さいよね。女子はシン着用。
元気だねー。
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たしかこの小学校の校庭だったと思うけど、すべり台があって、そこにまだ未就学の
小さな子供たちが遊んでた。視線があっただけでたちまち仲良くなってパチリ。
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せっかくだから、今写した写真をモニターで見せに行ったら例によって大喜び。
ゴキゲンのところをもう一枚撮らせていただいた。ラオスの子供かわいい。
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ルアンパバーン最後の朝は托鉢見学のあと渡し船でメコン川対岸の村に行った。
早朝の渡し船を待ってると、こんな朝早く子供たちがタムロってる。何やってんだ?
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しばらくするとそのワケがわかった。彼らはたぶん渡し船の船頭の子供なんだな。
一緒に渡し船に乗ってる。
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一番大きな男の子はロープをあやつって接岸の時に活躍したりして、立派な戦力だ。
まだ小学校3〜4年くらいかな?もうお父さんの手伝い。えらいなぁ。
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対岸の村にも早朝から子供だちの姿が見えた。この子なんかまだホント小さいけど
一人でひょこひょこ歩き回ってる。イ課長が就学前のガキだった頃、こんな早朝に
起きることはメッタになかったはずだが・・。
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この時、まだ朝の7時前だったはずだけど、すでに小さな子供たちはちゃんと起きて
そこらで普通に遊んでる。すっげー早起きチルドレンだな。
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ラオスの子供たち。おそらく暮らしは貧しいんだと思うけど、みんな素朴で、
こまっしゃくれた感じが全然ない、大変よい子たちだった。
ラオスの未来はキミたちの肩にかかっているが、今はそんなこと考えず、
いっぱい学んでいっぱい遊んで、お父さんやお母さんのお手伝いもしてね。


 

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by tohoiwanya | 2016-11-12 04:55 | 2015.09 東南アジア旅行 | Comments(2)
2016年 09月 25日

南西鉄道から英国人気質を考える

先日、某クレジットカード会社のセキュリティ管理部からイ課長に一通の封書が届いた。
おおお、これは南西鉄道のリファンド請求結果の正否を知らせる通知に違いない。
さっそく震える手で(←やや大げさ)バリバリと開封。

          ご請求金額に対する処理経過のご報告
さて、先般ご照会をいただきました海外からのご請求代金につきまして、下記の通り
お取り扱いさせて頂きましたことをご報告申し上げます。


下記の通りってことは、失敗したか成功したかは下の行に書いてあるわけだな?
ところが読んでみると・・・

内容をご確認いただき、ご不明な点がございましたら、お手数ではございますが上記担当まで・・・

なんだよ。下に書かれたこの文章だけじゃ、まだコトの正否がわからんではないか。
もう紙の半分くらいまで読んだのにまだカンジンのことが書かれておらん。
南西鉄道へのリファンド請求は成立したのか?しなかったのか?

その下には問題となった南西鉄道の請求明細が記されてる。これはわかってるよ。でも
結局この金額がどうなったの?戻ってくるの?こないの?
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あと残ってるのは数行の「特記事項」だけ。記述内容の4/5くらいまで読み進んでも
まだ結論がわからないってすごい引っぱりかただな。
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取り消し申請が成立いたしましたことを・・・成立いたしましたことを・・(コダマ)

はぁぁぁぁぁ~~~~・・すまん、イ課長に3.5か月分のため息をつかせてくれ・・・。
これでやっとワタクシは南西鉄道とナンの関係もない一人の市民に戻れるわけですね(笑)。
本格的な夏にもならない6月1日に始まった南西鉄道との泥沼のタタカイ。秋風吹き始めた
9月後半にようやく終わった。いやー長い戦いだったぜ。

この結果をトホ妻に話し、とりあえず「粘り勝ち」だと喜びあったわけだけど、そこから
何となく話が発展して英国人気質の話になった。トラブルに直面した時の英国人の態度って
ちょっと他の国と違うような気がするんだよね。

今回の南西鉄道とか、ロンドン地下鉄のヒドさ(これはいずれ詳しく書く)とか、英国において
「ひでぇ」という思いを抱くことは多い。これはガイジンじゃなく、英国人自身だって同じはずで
住んでる者の方が旅行者よりも「ひでぇ」に遭遇する回数は圧倒的に多いことになる。

でも英国人にはそういう「ひでぇ」に対する感情反応があまり見られないような気がする。
これは今回の旅行でも、以前の出張でも感じたことで、乗ってた地下鉄がトツゼン運行をやめて
「はいこの駅で全員降りな」なんてヒドい状況でも、怒るでも騒ぐでもなく「あ~あ・・・」って感じで
それに従う。同じことがパリやローマで起きたらどうだろうか?みんなもっと騒がないか?
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たまたま旅行前に読んだ英国史の内容でもちょっと思い当たるフシがある。
第二次大戦、陸続きだったベルギーやフランスは早々にドイツに降伏し、島国だった英国だけが
ロンドンをボッコボコに空襲されながらも、とにかく耐え、降伏もせずに持ちこたえた。
もし仮にフランスが島国で、だよ?他の欧州同盟国がほとんどドイツに降伏しちゃった状況で、
パリをバカスカ空襲されながらフランス人はジッと耐えられただろうか?どうもラテン人気質に
「耐え忍ぶ」というイメージは重ならないのだが・・(←偏見)。

こういう英国人の気質。「忍耐力が強い」っていうのとはちょっと違う気がするんだよ。
乗ろうと思ってた地下鉄が動いてない。それに驚くでもなく、怒るでもなく、絶望するでもなく、
「あー、こういう状況に当たっちまった」って感じで仕方なく受け入れてるような感じ。

どうも根本的に英国人には楽天性がないというか、悪い状況が起きる(かもしれない)ことも
あるかもなぁと思いながら生きてるような印象があるんだよね。強いて近い表現としては
「醒めてる」とでも言うべきか。
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大震災やら、電車ストップやらで大混乱になるべき時も、日本人は暴動も起こさず秩序正しい・・
みたいなことは海外でよく言われる。英国人の気質は日本のそういうのともまたちょっと違う気が
するんだけど、行動として現れる部分では似てるのかもしれない。まぁ日本人の場合、地震や台風には
慣れてるという要素があるわけで・・・そうか、そういう点じゃ英国人も「ひでぇ」に慣れてるのか(笑)。

とにかく、災厄に直面した時の英国人の反応ってちょっと独特って気がするんだよね。
今回の南西鉄道トラブルみたいに何度クレームメールを送っても返信なし、なんて事態に英国人が
遭遇したらどうするのか?「泣き寝入りしねぇぞくぬやろう」って感じでイ課長みたいに粘るのか?
意外にあっさり諦めちゃうのか?地元民ならではの何か上手な対処方法があるのか?

「英国人のトラブル対処法」がどういうものか、イ課長としても非常に興味深い。
何しろ南西鉄道みたいな鉄道会社がある国で暮らしてるわけだからねぇ(笑)。
もしそういう事例をご存知の方がいたらぜひご報告いただきたいと思うのである。


 
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by tohoiwanya | 2016-09-25 00:03 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(10)