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2017年 09月 22日

ヤンゴンは実に不思議な町だった2

ヤンゴン最初の訪問スポット、スーレー・パゴダで早くもオトモダチができたイ課長。
いい気分でパゴダを後にし、また例の歩道橋を渡って向こう側に渡った。
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すると今度はヘンなニイちゃんが英語で話しかけてきた。
「どっから来た?日本?日本のどこ?トーキョー?」って感じでイ課長の後にくっついてくる。
こういうテアイはちょっと注意を要する。外人観光客を狙うタカリやサギという可能性もある。

「ドコに行く?オレは今日ホリデーだ。問題ない。一緒に行こう」なんて言い出す。
うーむ・・限りなくタカリ系っぽい(笑)。こういうのはうるさいから早々に別れるに限る。
人物写真ゲットを兼ねて写真+握手作戦で素早く別れよう。

「キミの写真を撮らせて。パシャッ。ほらこんな風に撮れた。ありがとう。ではバイバイ」と言って
サッと写真を撮り、サッとモニターを見せ、サッと握手して足早に立ち去ろうとした。すると
後ろから「レディーは?レディーいらないか?」なんて声かけてくる。なんだヲイ、ポン引きか?
いずれにしろ用はない。「ノーサンキュー、グッバイ」と言ってサッサと別れた・・・はずだった。
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しかしここは「再会する町・ヤンゴン」なのである。
この後・・たぶん1時間後くらいかなぁ?スーレー・パゴダとは離れたところにある
ボージョー・アウンサンマーケットに向かう歩道橋を渡ろうとしたら、ヘンなヤツが声をかけてきた。

うわ!またさっきのチンピラ兄ちゃんじゃん。何で今度はココにいるんだ?!
「ヘイ、マイフレンド オレはホリデーだ。問題ない。一緒に行く」またくっついて来ようとする。
来んでいいってヴァ。「またアナタと会って私は驚いた。しかし私は一人で行く、グッバイ」
ついて来ようとするのを何とか振り切る。いやはや。しかしさっきとはけっこう離れた場所を
歩いてるのに同じチンピラに出くわすって、どうなってんだ?ヤンゴンってトコは。

信じ難いことに、このチンピラ兄ちゃんとはこの日の夜、またまた再会したのだ。今日3回目。
シュエダゴン・パゴダの夜間見学からタクシーでホテル近くに戻ったら、誰かが声をかけてくる。
うっそーー!またオマエかよ!呆れた偶然だ。ヤンゴン再会パワー、スゴすぎる。

こんどは「日本のコインくれ」なんて言い出す。ヤンゴン歩くのに日本の硬貨持ってるわけねぇだろ。
昼間と同じ手でいくかと思って「よしもう一枚記念写真を撮ってあげよう」と言ってカメラを出すと、
「写真はもう撮った。写真はいい」とイヤがる。ふーむ・・写真イヤがるところを見ると、おめぇ、
なにか後ろ暗いことしてねぇか?まぁいい。とにかくこの場はサッサと別れねば。

「私はホテルに帰らんとしている、さらばである」
「ホテルはどこだ?」
「う・・それは秘密である(教えたらますますくっついて来かねない)」
「オレたちは友達だ。なぜ教えてくれない?」 調子いいヤロウだなー。苦笑するしかない。

まぁこれだけ再会するのも何かの縁か・・ということでこの時は1000チャット(約90円)だけ
ヤツにおこずかいあげることにした。これも一つの功徳。んじゃね、バイバイ・・・あーおどれぇた。
同じチンピラと3回とは・・こんな連続再会事件があれば、「ヤンゴンは再会する町である」という
岩よりも固い印象がイ課長の中に形成されるのは当然なのだ。
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しかしヤンゴンの恐ろしさはこんなモンじゃないの。
この翌日、イ課長はまたまたこの兄ちゃんに再会したっつうんだから、もはや笑うしかない。
「ヘイ、ヘイ、マイフレンド」って肩たたかれた時は思わず「うぁ!」って叫んじまったぜ。
偶然と呼ぶには偶然すぎる偶然。コイツとはよほど縁が深いのか。そういうご縁はできることなら
オマエとではなく、ミャンマーの美しいご婦人との間に作りたかった。

また日本のコインの催促。ないってば。「キミとは何度も会った。お金は昨日あげた。じゃあね」と言って
サッサと別れたけど、この後「5度目」があるんじゃないかと町を歩くのが少しこわかった(笑)。

ちなみに彼と会ったポイント4カ所を会った順に地図に落とし込むと以下の通り。
そうバカ広くない範囲なのは確かだが、あれだけ人がワンサカいるヤンゴンで同じチンピラと
4回も会うというその偶然パワーはもはや異常。ヤンゴン恐るべし。
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ちなみに、4回目の時も彼は記念写真をイヤがった。
やっぱオマエ、あまり世間に顔を知られたくない事情がありそうだな。ま、外人観光客に
「レディーいらないか?」なんて言ってるわけだからなぁ・・・。というわけで、一応彼の
後ろ暗い事情?に配慮して上の写真には目線を入れたというわけ。

そうはいってもこの兄ちゃん、別に強引ってわけじゃない。
フランスあたりのタカリやクソチンピラどもに比べれば格段に「控えめ」だったけどね。

とにかくこの兄ちゃんにはヤンゴンの「再会パワー」のすごさを思い知らされた。
ホテル関係者以外ではこの兄ちゃんはヤンゴン滞在中最も頻繁に接したミャンマー人なのは
間違いないだろう。今となっては懐かしいよ。

え?イ課長とこの兄ちゃんとの間にも電波があった? そ、それはない。断じてない。
少なくともイ課長ガワからは一切コイツに何も発信してない。してないってヴァ!

 
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by tohoiwanya | 2017-09-22 00:08 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 09月 20日

ヤンゴンは実に不思議な町だった

初めてのミャンマーに到着し、はじめてのおさんぽに出たイ課長。
傍からみれば、まだヤンゴンに不慣れなガイジンがオドオド、キョロキョロしながら歩いてるように
見えたはずだが、この「ガイジンである」ということが重要なファクターだったんだと思う。
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すでに書いたようにヤンゴンの外人観光客の数は意外なほど少なかった。
だから外人は珍しくて目立つ。そういう珍しくて目立つモノに対してミャンマーの人たちは
非常にフレンドリーで、しかも好奇心いっぱい。そうすると以下のような状況が起きるわけよ。

①ヤンゴンは“電波が行き交う”町である
町中でフッと目が合った人とイ課長とがやたら意識し合うってことがよくあった。
向こうにしてみれば「あ、ガイジンだ(しかも巨大だ)」という珍しさがあるから見る。
こっちはコッチで「あ、あの人オレのこと見てる」と思って見る。そんな状態が続くと
イ課長とその人との間に一種の“トモダチ電波”とでも言うべきナニカが通いはじめる。

電波を感じ合った両者が仮に両方から歩いてくれば、すれ違う頃にはどうしたってお互い
「うふ、うふふ」状態になってるわけよ(笑)。どっちかが話しかけるな、という予感がある。
そのまま黙ってスレ違ってしまうことの方が不自然な状況になってるのだ。

スーレー・パゴダに行く途中に発生した最初の“電波事例”で具体的にご説明しよう。
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前にも書いたようにここは周囲の道路がロータリーになってるから歩道橋をわたる必要がある。
歩道橋の階段をのぼると橋の向こうでキレイな民族衣装?を来たお嬢さんが二人でセルフィを撮ってた。

「わぁキレイ、あれ民族衣装かな?」とイ課長は思わず注目する。すると向こうは
「あ、ガイジンさんがあたしたちのこと見てる」とイ課長に注目する。ここで電波が通い始める。

彼女たちは歩道橋の橋の向こうにたたずみ、イ課長は橋を渡るためにそっちの方に向かって歩く。
「きっとあたしたちの衣装に見とれてるんだわ・・」と向こうは笑いながら相変わらずこっちを見る。
「あのコたち、オレのことずっと見てるな・・」と思いながらイ課長はそっちに向かって歩く。
互いに笑顔で視線を合わせたまま両者の距離は接近。そうなればもう話しかけますよ、あっしは。

「とてもビューティフルなドレス。あなたたちの写真を撮ってもいいですか?」

もちろんすぐOKしてくれた。“電波”を感じた間柄だから近づいた時点で何となく仲良し。
ヤンゴン到着早々、民族衣装のかわいいお嬢さんの人物写真をゲット。すばらしい。
しかしトモダチ電波だけで済まないのがヤンゴンのさらに面白いところ。

②ヤンゴンは“再会する町”である
写真を撮らせてもらって御礼を言って別れ、イ課長はスーレー・パゴダ境内に入った。
仏塔の周りをブラブラ歩いてると、ありゃ?さっき写真を撮らせてもらったお嬢さんたちがいるじゃん。
ははぁ~・・彼女たちもスーレー・パゴダ参拝に来たんだ。参拝用にちょっとオシャレしてたのかな。
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そう広くもない円形の境内だから、歩いてると彼女たちとは何度も再会することになる。
再会すれば「あ、さっきのガイジンさんとまた会った」って感じでお嬢さんたちは嬉しそうに笑う。
あ、いかん忘れてた。あの写真を彼女たちに送ってあげなきゃ。

何度目かに会ったとき「写真を送ります。Facebookのアカウントをお持ちですか?」と聞いてみた。
すると彼女たち(もしくはどちらか?)の兄という青年が登場し、「私がFacebookやってます。
私のアカウントに送ってくれれば彼女たちに渡します。ついでに一緒の写真をお撮りましょう」と
言い出すではないか。あ、いやそんな・・きょ、恐縮です。
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ミャンマー美人×2の写真のはずが、真ん中にヘンな巨大ロボットが・・しかしご安心あれ。
歩道橋で撮った彼女たちだけのアップの写真がちゃんとある。来年の美女図鑑をお楽しみに(笑)。
もちろん、これらの写真はお兄さんの方に送ってあげたから、彼女たちも見ただろう。

初めて来たヤンゴンで、はじめての散歩を開始したばかり。
まだ「その町の空気」になじんでもいないのに、オトモダチができてしまうこの展開。不思議だ。
過去、東南アジアで友人ができたケースって「その人のトゥクトゥクに乗ったから」とか
「その人のお土産物屋さんで買い物したから」とか、知り合う必然性みたいなものが多少はあった。
しかしこういう“電波系”の友人ってあんまり経験ないと思うんだよなぁ。

不思議な町・ヤンゴン。だがこのあとイ課長はヤンゴンの「電波」と「再会」パワーのスゴさに
ますます驚き、呆れ、面白がることになるのである。

 

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by tohoiwanya | 2017-09-20 00:12 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 03月 10日

トラファルガー広場というところ

ロンドン行ったことない人でもトラファルガー広場の名前は知っている。

太古の昔、新婚旅行でイ課長とトホ妻がロンドンで別行動をとった時(とるか?普通)
合流したのもトラファルガー広場のライオン像の前だった。イ課長は早めに来て、待ち合わせまで
ナショナル・ギャラリーの一部を駆け足でザーッと見たっけなぁ。
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あれから25年、くたびれ初老夫婦になった我々はカンタベリーの帰り、懐かしきこの広場に来た。
この日はコヴェント・ガーデンでオペラを見る予定だったんだけど、夜の開演まではまだたっぷり
時間があったから、絵でも観ようかと思ってここを通りかかったのだ。

いやぁ~・・トラファルガー広場にいると本当に「あー自分はいまロンドンにいるなぁ」という
気分になるね。時間はたっぷりあるんだから少しここで休んでいこうぜ。
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この日は快晴というわけじゃなかったけど、気温も暑くも寒くもなく比較的快適で、
広場もいろんな人たちで賑わってた。見てると楽しい。

地面に絵を描いてる。欧米の広場っていうとよくこういう路上画家がいるよね。
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しかしこの日トラファルガー広場で目立ってたのは絵描きではなく宙に浮くパフォーマンス。
棒に何か仕掛けがあって体重を支えるようになってるんだろうけど、うまく出来てる。
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だが(おそらく)毎日やってるせいだろうなぁ、あまり注目を集めてない。お賽銭も少なそう。
向こうでやってるハシゴを使ったパフォーマンスの方が圧倒的に集客力が高い。
宙に浮いてる本人も向こうのパフォーマンスに見とれてるようじゃあかんな(笑)。
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由緒ある広場だけあって、こっちには立派な騎馬像。誰かと思ったらジョージ4世。
このジョージ4世って人がねぇ~・・父ちゃんのジョージ3世はマジメな人柄だったようなんだけど
コドモはみんな問題児ぞろい。ジョージ4世自身も皇太子時代は超放蕩借金バカ息子。息子たちの
相次ぐスキャンダルのせいか、父ちゃんのジョージ3世は最後に精神障害で頭おかしくなった(マジ)。
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自分が即位してジョージ4世になっても相変わらず問題王。今度はなぜか正妻キャロラインを
異常なほど嫌い、自分の戴冠式にも出席させないという仕打ち。何なんだろうか。キャロラインと
離婚したい王とそれを認めない議会で散々モメたらしい。そんなお騒がせ問題王でも一応は王様だから
こうしてトラファルガー広場に騎馬像作ってもらえるんだなぁ。

・・と思って調べてみたら、何と、元々は王室の厩があったこの場所の再開発を命じたのが実は
ジョージ4世だったんだと。その再開発がやがて現在の広場につながったってことらしい。いわば
トラファルガー広場成立の大功労者。一応マトモなこともやったんですね(笑)、ジョージ4世。

このジョージ4世銅像がナショナルギャラリーに向かって右側にある。
こういうのは大体左右対称に置かれるもんだ。向かって左には誰の銅像があるんだろうかと思って
行ってみたら驚いた。げぇッ?!何だい?こりゃあ。
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位置的にはさっき見たジョージ4世騎馬像のちょうど反対側に置かれているから「セット」のはずだ。
それが何でガイコツ?ブラックジョークか?イギリスじん~~お前らの考えることはわかんねぇよ。

その後調べたところ、このガイコツ馬の像はつい最近、2015年に設置されたもののようで、
設置時に「来年まで展示される」って書かれてたから、2016年の訪英当時はあったけど、今は
ないのかもしれん。要するに一時的に置かれた現代芸術ということらしいが、ガイジン旅行者が
そんなこと知るわけない。てっきり昔からここにあったガイコツだと思ってブッたまげたぜ。

ま、トラファルガー広場とは要するにこんな感じのトコなわけですよ(笑)。
それでも、さっきも言ったようにこの広場は「ああロンドンに来たんだなぁ」という旅情に
ぼんやりと浸るにはすごくいいスポットだと思う。
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歩き疲れてトラファルガー広場で一休み。さて、次はどこに行こうかとなった時、ビッグ・ベンでも
ウエストミンスター寺院でもコヴェントガーデンでも、ロンドン名所の多くに歩いて行けるしね。

もちろん広場の真後ろにある巨大美術館ナショナル・ギャラリーを見るのもいい(タダだし)
そのまた裏にはナショナル・ポートレート・ギャラリーもある(これもタダ)。イ課長とトホ妻は
結局この後ポートレート・ギャラリーの方に行くわけだが、その話はまた後日。


 

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by tohoiwanya | 2017-03-10 00:15 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 02月 14日

渡し船で対岸の村に行ってみる その3

メコン川対岸の、小さな村の早朝。
観光価値は全然ない。早朝でなくたって、昼になっても夜になっても観光価値はない(笑)。
しかしイ課長の気分はけっこう高揚してたよ。
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もしこの対岸の村に来てなければ、イ課長は普通の観光客として普通の観光地を見て歩き、
普通の観光客のままラオスを後にしていただろう。しかし今日この村に来たことで
イ課長は「素のラオス」にほんの少しばかり触れられた気分。そのことが嬉しい。

とは言ってもあまりゆっくりしてられない。ホテル戻って朝飯、荷造り、そして空港行かにゃ。
短時間ではあったけど、「ふつうのラオス」を垣間見て満ち足りた気分で船着き場に向かった。

おんや?
こっちの道・・・舗装してあるねぇ。こっち岸に来て以来、スコールが降ったらたちまち
ヌルヌルしそうな土の道ばっかり歩いてたから、舗装した道には敏感に反応してしまう。
こっちはナンなんだろうか?
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ふーむ・・野良犬が多いのいいとして(笑)、平らに舗装された道、両側にはレンガの舗石?もキレイに
並べられてる。さっきまでいた村とはかなりの“格差”が感じられる。同じような場所にあるのに、
何でこんなに道路インフラ整備状況が違うんだろうか?
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こんな看板があった。ここはシェンメン(シェンマン?)村という場所だと思われるが、
それがここ一帯を指すのか、この舗装された道があるところだけを指すのかは不明。しかも
書かれてる内容も不明だ。「シェンマン文化村」と言われてもよくわからないし、一番下にある
「シェンマン完全初等レベル」に至ってはマッタクわからない。何なんスか?
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しかし何度も言うがあまりゆっくりしてられない。
名残惜しいがシェンマン完全初等レベルを後にして船着き場への坂を下る。
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向こう岸に戻れるかなぁ・・という一抹の不安はあったけど、幸いすぐに渡し船が来てくれた。
来る時に乗った船とは船員の顔ぶれが違うから、やっぱ2艘で行ったり来たりしてるんだな。
はーい出航でーす。
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いやーー・・・早朝の短い探検だったけど、向こう岸を見に行って良かったーーー。
「素のラオス」を見るか見ないかで、ラオスに対する印象もだいぶ違ったと思うよ。
 
向こう岸の村はヴエンチャンやルアンパバーンに比べたら月とスッポンの差で何もなく、貧しい。
でも、あの村を見たことでイ課長はラオスという国が一層好きになったよ。観光客が行くような
エリアを見ただけだったら、こんな気分にはならなかったんじゃないかと思う。
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再びメコン川を渡るオンボロ渡し船の上で、やや大げさに言えばイ課長は幸福だった。
ラオスってイイなー。ルアンパバーンまた来たいなーー。
昨日の夕方、メコン川の夕暮れでボンヤリと渡し船の出航風景を見てて、トツゼンあれに乗って
向こう岸に行きたい衝動にかられた自分を再び褒めてやった(笑)。
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ルアンパバーン側の岸に戻ってきた。こうして見ると向こう岸の風景と大差ないようだが(笑)。
それでも川面まで降りる下り坂は土ではなくコンクリート。ここにも格差があるねぇ。
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いずれ定年退職してゆっくり旅行できるようになったら、ビザなし滞在可能期間(15日)を使って
もう一度ラオスにゆっくり来たいなぁという思いはある。そうなったら当然ルアンパバーンにも
また来て、何日もダラダラとネコ生活したい。

もちろん、その時にはまたこの渡し船に乗って「普通のラオスの村」をもっとゆっくり
歩いてみたいと思うのである。
 

 

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by tohoiwanya | 2017-02-14 00:35 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2017年 02月 12日

渡し船で対岸の村に行ってみる その2

メコン川の向こう岸、土の道路の両脇に掘立て小屋に近いレベルの店が並ぶ商店街。
しかしコレを商店街と呼んでいいのかどうか・・・。
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ルアンパバーンだってかなりの田舎だけど、それでも道路はちゃんと舗装されてた。
もちろんヴィエンチャンだって大通りから裏道まで道は舗装されてた。そのことを特に
気にも留めなかったけど、今こうして土むきだしの商店街を見ると、ラオスじゃ実は
こういう道の方が多いのかも、と思えてくる。

あー・・ラオスの田舎ってこういう感じなんだな。
当然のことながら、こんな対岸の村に来ようなんてモノズキ観光客は皆無だからガイジンは
イ課長だけ。世界の人気観光地ルアンパバーンからメコン川ひとつ渡れば、観光客が
全然知らない、こんな世界があるんだねぇ。
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肉屋さんだ。生肉をドサッと並べただけの肉屋は東南アジアじゃ珍しくないけど
ここは一段と野趣あふれるたたずまい。ビニール袋に入れたものは豚か何かの血だよな。
ラオスも欧州みたいに血のソーセージとか食うんだろうか。
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ここにも肉屋。赤身肉に加えて生の豚足、さらに豚の顔面まで売ってる(笑)。
ブダペストの市場でも豚の顔売ってるの見たなぁ。欧州じゃ豚を無駄なくトコトン使うって
意識が強いのは知ってたが、ラオスもそうなんだねぇ。
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こっちじゃお姉さんが魚焼いてる。
まだせいぜい朝の7時だけど、店はどこも開店してるし、おそらくみなさんすでに朝食も
済ませて「今日の仕事」に取りかかってる様子が伺える。田舎は早起き。
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商店街を通り抜けるともうホントに何もない田舎の村って感じだ。
だが向こうの方に何やら寺院の屋根とおぼしきピカピカ・ギザギザした尖塔が見える。
まぁちょっと行ってみっか。
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ははー・・これか。お寺じゃなくて、銅像設置用の祠というか東屋というか・・。
この銅像がどなたかは存じません。お札に印刷されてた人かなぁ?ラオスでは大変エラい
人なんだろう。
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しっかしこの辺の家のたたずまいも、ラオスの田舎そのものって感じだ。。
こっちじゃ早朝から大規模たき火(あるいは小規模野焼き?)やってる。何なんだろうか。
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この家もまぁ率直に言ってすさまじくボロい。
戸の下を掘って排水路にしてるから、食器洗った後の水なんかはここから捨てるんだろう。
当然下水はないはずだが、トイレはまた別のところにあると想像される。
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村人たちにしてみれば、イ課長は「自分たちの貧しい暮らしを珍しがってる外人」に
他ならない。それは承知してる。しかし彼らはそんなガイジン観光客にほとんど注意を
向ける様子はない。誰が来ようが来なかろうが、自分たちの生活をするだけのこと。
ラオスの大多数の人はおそらく毎日、こんな村で、こんな朝を迎えているんだろう。

メコン川対岸の、なーんもない田舎村。
ラオス最後の日に早起きしてここに来る気になった自分を褒めながら、さらにもうちょっと
探検は続くのである。ま、探検っつうても相変わらず何もないんだけどさ(笑)。


 

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by tohoiwanya | 2017-02-12 00:03 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 02月 09日

渡し船で対岸の村に行ってみる その1

早朝のメコン川渡し船乗り場。向こう岸に行きたい人や車も集まってきた。
船はまだかな・・。
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日中歩いてるとすぐ汗ダクになるラオスだけど、この時間は涼しくてホントに気持ちがいい。
山には朝モヤかかってて、何となく東南アジアっていうより日本のどこかの山奥で
早朝散歩してるような気分になる。
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お、向こう岸から船が来た。あれに乗るわけだな。
実はこの時、イ課長にはかすかな不安があった。渡し船の運行体制を知らないから、
向こう岸に行った後、短時間のうちに戻りの船があるかどうかわからなかったのだ。
(昼には空港に行かないといけないし)。
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でも昨日の夕方見た感じじゃ2艘、早朝でも最低1艘では行ったり来たりしてるだろうから
向こう岸に行ったが最後、帰れないってことはないだろう。えーいブッツケ本番で乗っちまえ。
イ課長は向こう岸に何があるのか全然知らないわけだから、ほんのちょっとだけ冒険気分。
こういう軽い不安とドキドキこそ海外一人旅の醍醐味ってもんだ。
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いやーーーーイイ気分だなーーーーー。朝のメコン川は気持ちいいねぇ。
早起きは三文の徳という哲理はラオスでは特に威力を発揮するようだ。
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これが操舵室・・いや、室になってないが(笑)、とにかく操舵する場所らしい。
お父ちゃんが操舵手兼船長で、ムスコが船の運航を手伝ってるみたい。
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川をナナメに横断するような感じで、船はほどなく向こう岸に。ちなみに船賃は乗ってる間に
お兄ちゃんが集金に来た。いくら?って聞いたら片道5000キープ=約75円の短い船の旅。
到着を待ちかねたようにバイクたちが船から降りていく。
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ううむ・・・ルアンパバーンの船着き場だってホメられたものじゃないけど、こっち岸は
また一段と素朴というかイナカというか・・地面が舗装されてなくて、土むきだしの登り坂。
けっこうな傾斜の坂だけど、雨が降ると泥でツルツル滑って登れないんじゃないか?
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とりあえず今は地面は乾いてるからイ課長もみんなと同じように坂道を登る。船着き場からの
道はこれ以外に存在していないわけだから、船を降りたらこの坂を登るしかない。
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うはぁーーーーこれはまた・・・。
坂を登るとこの商店街?があるわけだけど、ここをひと目見てイ課長はある意味感動した。
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イ課長がモノ心ついた昭和30年代の東京にはもうこういう光景はなかったね。
土の道路の両側にボロい小屋みたいな商店が並ぶ光景って、年寄りのイ課長にとってすら、
なんだか時代劇のセットを見てるような気分になる。
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メコン川の向こう岸はこんなだったんだ。いやーこれは見に来てよかった。
ゆっくりはできないけど、とりあえずこのオンボロ商店街をもっと奥に進んでみよう。
というわけで、次回に続くのである。別に大したものは出てこないけどね。


 

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by tohoiwanya | 2017-02-09 00:19 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2017年 01月 05日

海外人物(主にコドモ)図鑑 2017年版

イ課長ブログの数少ない読者のみなさま、本年もよろしくお願い致します。

実は元旦早朝に義母が亡くなってしまったのです。
こうなると正月どころではなくなる。4日の仕事始めは午前中だけ出社したけど
「おめでとう」と言うのも気が引けるよね。そんな事情でお通夜・告別式と
不祝儀が一通り終わるまで更新もちょっと控えておりました。すみませぬ。

さて、新年最初の更新は恒例のアレ・・・といきたいところなんだけど、こちらの方も
どうも歯切れが悪い。去年行ったのが英国だけだからねぇ。いつものように華やかに
美女図鑑というわけにはいかないのだ。

イギリスに美人がいないと言うつもりはない。まぁ多いと言うつもりもないが(笑)。
英国において美女図鑑が難しい理由は他にある。英国に限らず欧州だと全般的に
人物写真を撮る機会そのものが少ないんだよね。

東南アジアを歩いてると露店やら屋台やらで何となく現地の人と仲良くなって写真を
撮る機会がしょっちゅうあった。「あなた日本人?」って向こうから声かけてくることも
多くて、こっちも「写真撮っていい?」って聞きやすい。

だが、英国じゃ「現地の人と何となく仲良くなる」ことって、それほどないよね。
特にロンドンじゃ東洋人も黒人もインド系もアラブ系もちっとも珍しくないし
イ課長たちが入る店やレストランの従業員だってかなりの確率で非アングロサクソン系。
「お?ガイジンだ。どこから来たのかな?」なんてお互いイチイチ気にしない。
東南アジアとは対人的感覚自体が何となく違うのだ。

そんな英国旅行で数少ない人物写真っていうと、盗撮系のコドモ写真が多い。
まぁそんなものでもご紹介するべ。

①英国の田舎のコドモ
これはコッツウォルズ一日ツアーで行ったブロードウェイ(N.Y.のとは違うよ)という村の
村のベンチで見かけたコドモ。アイス食ってる。
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ぽっちゃりした子たちだ。大きくなるとデップリ太った英国ネエチャンになるのかもしれんが
コドモのうちはかわいくて結構(笑)。


②英国の地方都市のコドモ
こちらはピーターバラという街で見かけた女の子。この子はかわいかったね。
地面から定期的に噴水が噴き出す場所に立って、まだかな?まだかな?って待ち構えてる。
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で、ピューッと噴水が噴き出すとキャッキャいって大喜び。かわいい。
歩き疲れて、列車の時間までしばらく座って休んでたんだけど、その間この女の子を見て
楽しませてもらった。
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③ロンドン近郊のコドモ
こっちはグリニッジに行った時に来てた学校の生徒たち。3〜4年生くらいかなぁ?
制服を着てるから、社会科見学か何かでクラスでそろってグリニッジ天文台見学に来たんだろう。
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ただ、一つ不思議なことがある。黒人の子供ばっかだったということだ。
よく見たわけじゃないけど、黒人比率が非常に高いコドモ集団だったから「何でだろ?」と思った。
黒人しか入学できないなんて逆差別学校があるとは思えないから、単なる偶然なんだろうか。


④ロンドンど真ん中の美女
コヴェント・ガーデンのあたりで何かステージイベントをやってた。
そのうちステージに登場したのがこちらの金髪の美女。芸能人・・なんだろうなぁたぶん。
もちろん知らない人なのである。
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かろうじて「美女写真」と言えるのは上のコレくらいなのだ(笑)。
やや化粧濃いめ、ちょいケバめの、こういうタイプが英国美人とされているのかもしれないという話は
昔書いたけど、それにしてもこの人はちょっとケバすぎかも(笑)。


・・という、このくらいなの。英国人物写真。しゅみましぇん。
今年はまた東南アジア一人旅行きたいなぁと思ってるところなので、来年は何とか
美女図鑑復活に向けて頑張りますです、はい。


 

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by tohoiwanya | 2017-01-05 23:02 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(6)
2016年 12月 19日

出家するということ

ロンドンからまた話は東南アジアに戻る。2015年の旅行ネタはまだまだ残ってるのだ。

ラオスもタイも仏教国だから町を歩いてるとお坊さんを見かけることは多い。
同じように坊主頭で、衣の色も似てる。パッと見ただけじゃどっちの国のお坊さんか区別がつかない。
だけど、両国のお坊さんにはビミョ~な違いがあるように思うんだよなぁ。
(下の写真、上段がラオスで後段がタイのお坊さん。僧衣の色も同じだ)
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どちらの国でもお坊さんをよく見かける理由は「数が多いから」に他ならない。理の当然。
それもそのはず、タイでもラオスでも「男は一度出家することがイイ」とされているらしい。

つまり普通の学生やサラリーマンでも一度は出家して僧籍に身を置き、また還俗するわけ。
出家期間はごく短くて、ひと月とか半月とかでも全然問題ないらしい。10月に亡くなった
タイのプミポン国王も出家経験がある。下がネットで拾った出家中のプミポン国王。この時は
15日間やったんだとか。国王が普通のお坊さんと同じように裸足で托鉢。立派な人だなぁ。
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仮にイ課長がラオス人もしくはタイ人で、一か月出家したとする。それはイ課長自身はもちろんだけど
特にオフクロに対する大変な功徳につながるらしい。そもそも女性は出家できないから、タイやラオスでは
「自分の息子が出家する」ことは女性にとってはアリガタイ宗教的栄誉と捉えられるようだ。

・・・と、この辺まではお坊さんが多い背景も、出家に対する考え方もタイとラオスとは似てる。
どっちの国も上座部仏教(俗にいう小乗仏教)だから、大乗仏教がキホンの日本とは若干違うのも
同じだ。でも両方の国を旅行したイ課長としてはさっき言ったように基本は似ててもビミョーに
違う部分があるようにも思うんだよね。特に思ったのは何かっつうと・・・

ラオスのお坊さんはやけにコドモが目立つ。タイのお坊さんの方が年齢イッてる。 ということだ。
どっちの国もお坊さんは多いが、その年齢層には差があるように見える。つうか、明らかに違うよ。
なぜラオスのお坊さんのコドモ比率が高いのか?イ課長なりに理由を考えてみた。
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こう言っちゃナンだが、タイに比べりゃラオスは圧倒的に貧しい。貧しい国の男の子が
「食うに困らない」ようになるためには出家するか、軍隊に入るのが早道なんじゃないか?

ラオスのコドモ修行僧たちはきっと「軍隊に入れる年齢にならない子供たちが出家した」って
ことじゃないの?僧になれば本人は食うに困らない上に、家族にとっても“口減らし”になるからね。
ラオスには失礼だがそんな想像をした。

しかし、調べてみるとちょいとばかり事情が違うらしい。

ラオスにコドモの出家僧が多い理由には多分に「学校がわり」っていう側面がありそうなんだよ。
むろんラオスにだって普通の学校はある。だが中には貧しくて学校行けない子もいる(と思う)。
そういう子が勉強したいと思った時、出家というのが有効な解決策になるみたいなんだよね。
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ラオスで男の子が出家すると、修行のかたわら一種の仏教学校みたいなところに入れるらしい。
そこではホトケの教えも学ぶけど、それ以外の国語やら歴史やら外国語やらの“普通の教科”も
勉強できるんだと。出家すればタダ(かどうかは未確認だが)で学校に行けて衣食住も保証される。
となれば、貧しい家の男の子(およびそういう子を持つ貧しい親)は「よし、出家だ」ってなるよねぇ。
ある意味、国の義務教育の一部をお寺が担ってるような形。

イ課長はターゲットにならなかったけど、ルアンパバーンじゃ外国人観光客が若いお坊さんの
英語の練習相手としてよく話しかけられるらしい。こういうところからもラオスの少年修行僧たちは
海外への興味や向学心が強い青年たちであることが伺える。
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そう考えるとタイのお坊さんの年齢がイッてる理由もなんとなく想像がついてくる。
タイにもおそらく仏教学校のようなものはあるんだろうし、そこで学ぶ子供もそれなりにいるはずだ。
でも、普通の小学校・中学校に通うコドモの方が圧倒的に多いのは間違いないはずで、さっき言ったように
男性が短期出家するとしても青年期以降が多いんだと思う(プミポン国王が短期出家したのも
30歳の時だったらしい)。必然的にお坊さんの年齢も高めになるはずだ。

タイでは「コドモの僧」を見かけることは少なく、逆にラオスではやたらに見る。
「なんでこんな差があるんだろ?」と思ってたんだけど、いろいろ調べてみるとどうやら
そういうことじゃないかと思われるのである。もし間違ってたらゴメンネ(ヲイ!)。


 
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by tohoiwanya | 2016-12-19 00:29 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2016年 12月 12日

カヤン族について

カヤン族という少数民族の名前を聞いたことがある方はいるだろうか?
イ課長全然知らなかった。では「カレン族」という名称だと?

イ課長は後者の方は聞いたことはあるような気はするけど、「気がする」程度だから
結局わからない。この名称からどういう少数民族なのか説明しろって言われてもムリだ。
しかし、この写真を見れば「あ!!これ!!」とほとんどの人が思うんじゃなかろうか。
(写真はWikipediaから拝借)


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女性が首に真鍮のワッカを付て首を長くする不思議な風習の写真を見た人は多いはずだ。
この風習を持つ、俗に「首長族」といわれるのがカヤン族なのである。その出自は
よくわかってなくて、カレン族の支族という見方もあるようだ。だからモノによっては
首長族=カレン族と書いたものもある。

この首長族の方々、元々ミャンマー・タイ国境の山岳地帯に住んでた人たちで、本来は
「タイ人」というより「ミャンマー人」というべき人たちらしい。しかしミャンマーでは
カレン族(カヤンじゃないよ)による反政府闘争っていうのがあって、それと同一視された
カヤン族の人たちは政府に弾圧され、難民みたいな形でタイに逃げ込んだらしい。
(この辺の記述には不正確な部分があるかもしれない)

だからタイ北部にはミャンマーから来たカヤン族がいる。(おそらく)難民として。
そういう難民の生活を一種の「民俗村」として観光化し、土産物とかを売って生活の糧に
している施設がチェンマイ近郊にあるということを知った。
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最初はぜひそこに行きたいと思っていた。
子供の頃に本で見た首長族。その実物。この目でぜひ見たい。単純にそう思った。
現地オプショナルツアーにも「首長族の村見学ツアー」みたいなのはけっこうある。
そういうのに参加すればいいわけだ。

しかし、その民俗村のことをいろいろ調べるにつれて迷いが出て来た。

そういう民俗村って、彼らが元々住んでた村ってわけじゃなく、タイの観光業者が建設し、
そこにカヤン族を住まわせて運営してるらしいんだよね。入場料も安くはないようだ。
(たぶん)難民で、タイで職を得るのも(たぶん)難しい彼らに(そしてタイの観光業者に)とって
観光客が落とすお金が貴重な収入なんだから当然といえば当然だが。

民俗村では彼らは刺繍とか織物とかの民芸品を売ってるらしい。
しかしソコに来た観光客の最大の目的は首に真鍮の輪を付けた首長族の女性の写真を
撮ることなわけで、いわば「撮影料」として民芸品を買って行く。女性たちは観光客の
カメラに向かって、ちゃんとカメラ目線で写真に収まる毎日・・・。

これではまるで人間動物園ではないか!という批判が当然出てくる。
そう言われると返す言葉もない。イ課長だってもし民族村に行けば首長族の女性の写真を
撮りたいわけで、自分が人間動物園を鑑賞するだけのロクでもない観光客に思えてくる。

一方で、だからこそ民俗村でお金を使うことが彼らの生活の足しになるじゃん?という
思いもあった。安くない入場料を払い、民芸品を買ってあげれば難民として苦しい立場にある
彼らの生活をサポートすることになるのでは?

これは難しい選択だった。
迷いに迷った挙げ句、結局「首長族の村見学ツアー」に参加するのは見送ったんだよね。
その決定が良かったのか、悪かったのかは未だにわからない。
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ちなみに、あの首長族の女性だが、ああいう奇妙な姿にしてる理由は諸説ある。
①昔、女性がトラに首を噛まれて殺されたから首の保護のために真鍮の輪をつけてる説。
②性欲タギッた他の部族の男たちに襲われても、あの奇妙な姿で相手はビビる。
 結果的にカヤン族としての“純血性”が保たれる説。
③純粋に、ああいう首の長い姿が美しいという審美眼を持ってるから説。

どれが本当かはこれまたわからない。カヤン族の若い女性には輪をつけない人もいるとか。

ちなみに(その2)、俗に「首長族」っていうけど、正確にはロクロ首的に「首が伸びた」っていうより
真鍮の輪っかの重みで鎖骨や胸骨が極端に押し下げられ、逆にアゴは持ち上げられ、そういう状態が
長く続いてああいう姿になるらしい。だからあの輪っかをはずせば肩が徐々に上がってきて
フツーの体型に戻るんだとか。はずしたがらない女性も多いらしいが。

もしイ課長が再度チェンマイに行くことがあれば、今度こそ迷うだろう。
市内のお寺やドイ・ステープは今回見た。もし再びチェンマイに行けば、今度こそ首長族の村を
見たいという気持ちが湧くだろう。果たして自分は人間動物園という批判もあるそこに行くのか?

今のところ自分でもわからないのである。
(本日の記事、冒頭のWikipediaの写真以外は首長族の写真がないわけなので、内容に関係ない
 チェンマイ・ネコ写真でご勘弁を)


 

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by tohoiwanya | 2016-12-12 00:10 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2016年 11月 25日

ロンドンの借りをロンドンで返す

久しぶりにロンドンネタを一つ。
いよいよ銀婚旅行も最後を迎え、パディントン駅からヒースローエクスプレスに乗って
空港に向かおうって時の話。

少し時間があったからトホ妻は土産を買うという。それじゃ、っていうんで待ち合わせ時間を決め、
トホ妻はW.H.Smithに買い物、イ課長は駅出口ンとこにある喫煙所でタバコを吸ってた。
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まだ時間あるなぁ・・何してよっかなぁ?って感じでボンヤリそこらを眺めていたら、んん?
軍人さんらしき制服姿の男性たちがバケツを持って立ってる。
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ピキーン! たちまちイ課長の記憶回路が作動。
むかーしセント・パンクラス駅で巨大着ぐるみ+バケツ隊の姿を見て、意味がわからず
何のオフザケなのかしらと思ったって記事を書いた。当時は知らなかったのだ。

しかし愚かなるイ課長だってその後少しは世界についての知識を増やした。
今やロンドンの駅でバケツを持った人を見ればすぐ察しがつくさ。ありゃ募金に違いない。
よし、あの頃よりちったぁ利口になったイ課長が今回は軽やかに募金してくれようじゃないの。

しかしその前にちょっと様子を観察してみる。
この人はさっきの軍人さんとはまた違う人で、スラリとした軍服姿がなかなかカッコいい。
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この軍人さん、立ち姿がカッコいいせいか、やけに駅利用者から声をかけられてるね。
募金のためにっていうんじゃなく、何となく「道を聞かれている」といった様子にみえるんだが(笑)。
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ほらまた。まさか「○○行きは何番線ですかぁ?」なんて聞いてるわけじゃないよな?
聞かれた軍人さんだって困るよな。
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おっ、何と、このヒト顔がやけに二枚目。制服も似合うし、こりゃーモテそうだ。
やっぱカッコいい二枚目の軍人さんには人が寄ってくるのかね。
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さて、じゃ、イ課長も募金するか。
お?さっきの二枚目軍人サンがいなくなったぞ。しかし大丈夫。バケツを持った兵隊さんは
パディントン駅のそこココにいるのである。

よし、じゃ、まだ少年兵の面影を残すボーイズのバケツに募金しよう。
どうせ最後だから、ポンドより細かいペンスの硬貨は片っ端からあげちゃえ(持ってると重いし)。

ジャララっとコインを入れると御礼を言ってくれた。
そこで例によって図々しく撮影モデルを依頼。にっこり笑ってカメラに収まってくれた。
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なかなか凛々しくてハンサムなボーイズたちではないか。
胸のプリントを見て、ほほうと思って「エアフォース?」と聞くと、元気のいい声で
「はい、ナントカカントカです!」と返事してくれた。だが英語だから内容はよくわからない(笑)。
後で調べたらBenevolentって「慈善」って意味だ。王立空軍慈善基金。なーるほど。

2010年秋にセント・パンクラス駅のバケツ隊を見たときは、清掃職員のオフザケかと思って
目的が募金とは知らず写真だけ撮ってきてしまった。あン時は申し訳ないことをしたと思う。
だがあれから6年。今回は「駅のバケツ隊=募金集め」にちゃんと募金し、気分のイイところを
モデルになってもらえた。ロンドンに6年ごしの借りを返したようでイ課長も気分がよかったのである。


 

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by tohoiwanya | 2016-11-25 00:26 | 2016.06 英国銀婚旅行