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2016年 05月 09日

バンコク尻すぼみ

粛々と二日連続更新するのである。
といっても、本日の記事は単なる雑感でコレといったネタはない。

長々と書いてきた2014年東南アジア旅行ネタもこれが最後になるはずだ。
記事数が全部で109。1カテゴリー(つまり1回の渡航)の記事数としては新記録だよ。
あの旅行はいろんな意味で濃密だったからなぁ。

サイゴンは2泊3日だけだったけど夜のバイクツアーとかあって充実してたし、2回乗った
国境越えバスも新鮮な体験だった。カンボジアには4泊5日したからトゥール・スレンやら
アンコール遺跡群やら見学してこれまた充実。記憶をたどりながら書くのも熱が入って
その分記事数も増えたんだろうな。

ところが最後のバンコク3泊4日が・・・昨日のホテル評価もいささか尻すぼみだったが(笑)
この旅行全体を通しても「最後のバンコクが尻すぼみだった」って印象が拭えないんだよ。
なにせ到着早々「うわ、カネなくしちまった」じゃ・・。

いちばんの思い出が金を捜しに北バスターミナルに行ったことっつうんだから情けないにもホドがある。
到着した日とその翌日は観光気分からはほど遠かった。

次の日に百年市場に行って多少は“挽回”したけど、その翌日はもう帰国日だ。
夜には空港行かなきゃいけないから大したことはできない。ショッピングモールで土産買ったりしたけど
取り立てて書くほどのこともない。あの風鈴も見つからなかったし・・。
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買い物の途中でエラワン廟も見た。昨年爆破テロがあったところだ。しかしここも1年前に見てるから
「ああ、去年も来たなココ」ってなもんだ。前年初めて来た時の「うお、何だココは?!」みたいな
盛り上がりには欠ける。
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その前に滞在したベトナムやカンボジアの観光活動が充実していただけに、バンコク滞在は
欲求不満が残るのだ。ちっくしょ〜。ま、自分以外誰も責められんが。

せめてバンコクで食ったものの紹介記事でも書こうかと思ったけど、写真を確認してみると
これがまたヒドい。すでに載せた挽肉バジル炒めゴハンオムパッタイ以外の食い物の写真っつうたら
これくらい。スーさんご指名で会いに行って、彼女の仕事が終わるのを待つ間に食ったチャーハンでごんす。
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あとナニ食ったっけ?と写真を探すけど、ない。
コンビニで買ったおにぎりと缶ビールとか、現地で買ったトムヤムクンカップヌードルとか、
そんなんばっかり。まぁ外は暑いから、コンビニで何か買って冷房の効いたホテルの部屋で
ゆっくり食おうという気になりやすいとはいえ・・バンコクは食生活的にも尻すぼみ感が濃厚だ。
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まぁそれでもバンコクでは人との出会いという点ではいろいろあった。
金を探しに行ったバスターミナルで会った人たちはその最たるものだし、例の“グレーゾーン店”で
不健全マッサージのことを教えてくれた宮里藍さんもそう。今は大阪で暮らしてるピースアさんに会ったのも
この旅行の時のバンコクだったし、まだジミだった(笑)ビーさんと知り合ったのも最後の帰国日の夜。
観光活動尻すぼみの中にあって、対人的な思い出が多いのが救いといえば救いか。

ま、こういう尻すぼみも含めて旅というものなのだ(⇦強引すぎるまとめ)。

この翌年にラオスとタイを旅行した時、バンコクに4泊5日と長めのスケジュールにしたのも
この時の尻すぼみのリベンジという理由が大きいわけだが、いよいよそのラオス・タイ旅行ネタに
着手するかぁ・・。まだまだ旅は続くぜ(⇦意味がよくわからない)

2014年東南アジア旅行ネタ。長々おつきあい頂きありがとうございました。
とりあえず、1〜2回くらいは箸休めネタをはさんで気分を変えましょうね。その後はまた
延々と東南アジアネタが続くことになるから(笑)。

 

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by tohoiwanya | 2016-05-09 00:11 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(2)
2016年 01月 03日

海外美女図鑑 -2016年版-

イ課長ブログ読者のみなさま、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

最近では「美女図鑑を見ないと新しい年が来た気がしない」と言われる・・ことは全然ないけど
2016年最初の更新は新春恒例の海外美女図鑑。去年行った海外というとラオスとタイってことになる。
とりあえず、旅程とは逆にタイの方からいってみるか。


①美女図鑑 タイ編
ルアンパバーンからタイのチェンマイに移動し、ホテルにチェックインし、さてそれでは
タイ飯食ってサンデーマーケットでも見に行くかというわけで、初めてチェンマイの町に出て
目についたレストランに入った。ハッピーアワーでメシ+ビールのセットが安かったのだ。

するとレストランの女の子が「ジャパニーズ?」と話しかけてきた。イエスと答えると
「日本に行きたい」とか「アリガトウと同じ意味でもう一つ日本語知ってる。オオキニ」とか
いろいろ面白いこと言ってくる。日本ファンみたいで、日本人と話がしてみたいんだね。
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生まれて初めて行ったチェンマイの、初めて入った食い物屋でいきなり知り合いが出来るんだから嬉しい。
このお嬢さんとは最終的にFacebook友達になり、この写真も送ってあげることができた。
「お金がたまったら日本に行きたい」と言ってたけど、ぜひ来て欲しいよなー。

そのチェンマイに2泊し、最後の日は午前中に市場を見学し、近くの店で自分用の夏物パンツを買った。
こちらのお嬢さんに「ワタシ用にビッグ&ロングサイズが欲しい。一ついくら?」と聞き、
「二つ買うから安くして」と頼んだらディスカウントしてくれたやさしいチェンマイ美人。
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実際、チェンマイって美人の産地といわれることが多いようだ。
タイ北部にあって、東南アジア的というより中国的な顔立ちの色白の人が多いからってことらしい。
イ課長はバンコク(ここは事実上タイ中の人が集まってる)とチェンマイしか知らないから
顔の造作の比較は難しいけど、大都市バンコクに比べれば田舎の小都市チェンマイは化粧っ気の薄い、
ナチュラルな美人が多かったという印象で、イ課長的にはたいへん居心地がいい町だった。


②美女図鑑 ラオス編
さて、ラオスだ。
ルアンパバーン滞在中は毎晩ナイトマーケットをブラついて、何か買い物するとそこの店主(たいてい女性)の
写真を撮らせてもらった。

たとえばこれ。Tシャツ屋さんでビアラオのプリントのついたTシャツを2枚買い、例によって
「二枚買うから安くして」とおねだりしたらディスカウントしてくれた若いママさん。
胸元からのぞいた黒い下着が危険だ(笑)。
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これもルアンパバーンのナイトマーケットで土産物を買ったお店のお嬢さん。後ろのお母さんと
一緒に店番してるけど、まだ中学生くらいじゃないかなぁ?白いブラウスも学校の制服に見える。
座ってるからわからないけど下はシンをはいてると思われる。ここでも「二つ買うから安くして」って頼んだら
ちょっと困ったフリをしながらも(笑)「んー・・イエス」とOKしてくれて、写真撮らせてほしいって
頼んだらこうやってキチッとポーズをとってくれた。とぉーっても真面目でイイ子だったのである。
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ラオスの美女となれば、必然的にシン着用美女図鑑という側面も強くなる。
実際、ルアンパバーンでカフェに入ればこんなかわいいシン姿のウェイトレスがいるんだよ。
たぶんお兄さんなんかと一緒に店を運営してるようで、こちらも高校生くらいじゃないかな?
ハダシでスタスタと店内を歩き回ってる姿がとてもかわいらしい。
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こちらもシン姿の美女。
クアンシーの滝を見に行って豪雨にあって雨宿りしてた時に盗撮した。
おそらくどこかの団体ツアーのガイドさんで、バンの後ろのドアを屋根がわりにして雨宿り
してるところをパチリ。足が細くてスタイルよくてシンが似合ってるねー。
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最後はヴィエンチャンで泊ったホテルの美人従業員。
地図もらったり、貸し自転車や明日の空港送りのことを聞いたり、あれこれ聞いた挙げ句、
「もう一つお願いが」と言ったら、またかって感じで「こんどは何?」って聞き返してきた(笑)。
もちろんそのお願いというのはアナタの素敵なシン姿の写真を撮らせて下さいということだ。
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嬉しそうにポーズをとってくれた。
手の位置とか足のそろえ方がモデルみたいだ。撮った写真を確認してすぐに
「あ、この写真は来年の美女図鑑行きだ」と思ったよ(笑)。シンの織り柄もすごくきれい。
その日のうちにホテルのメールアドレスに写真を送ったらちゃんと彼女に届いたようで、
翌朝の朝食の時に会ったら「写真見たわ、サンキュー」と満面の笑顔で言ってくれた。

いやー、やっぱ東南アジアは美女図鑑の素材が潤沢ですなぁ。

というわけで、今年も美女図鑑で幕を開けたイ課長ブログ。
前回書いたように、今年はトホ妻とどこかに行く予定だけどもしブ○ばっかの国だったりしたらドウしよう・・・

早くも来年年頭の更新ネタの心配をするイ課長なのである。

 
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by tohoiwanya | 2016-01-03 00:01 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(10)
2015年 11月 06日

子供のころ戦争があった

健全・不健全バナシからようやく普通の旅行ブログらしい話に戻れるぜ。

サイゴンにファングーラオ通りっていう大きな通りがある。

例のベンタイン市場前のロータリーから南西に向かってのびる大通りで、片側は公園になってて
反対側にはオフィスやレストラン、ホテルなんかがズラリと並ぶ。サイゴン中心部にある
賑やかな大通りだ(下の写真はファングーラオ通りガワからみた市場前ロータリー)。
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このファングーラオ通りとデタム通りがぶつかるあたりは旅行代理店や安いホテルが密集してて、
外国人旅行者(特に欧米系)が集まるエリア。夜も賑やかで、バンコクにあるカオサン通り
みたいなところと言っていいんだと思う。
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近藤紘一さんの「サイゴンのいちばん長い日」という本にもファングーラオ通りという地名が出てくる。
近藤さんが再婚したベトナム人の奥さんの実家がこの通りの近くにあったらしいのだ。彼自身もその
奥さんの実家に身を寄せてたことがあるからほとんど家族同然。

(南ベトナムにとって)戦況が悪化し、近藤さんは奥さんを日本に避難させるんだけど、彼自身は
特派員としてサイゴンに残る。今や彼自身の親戚でもある奥さん一族も当然サイゴンにいるわけだ。

そのサイゴンもいよいよダメ。明日にも北ベトナム軍が入ってくるっていうんで街中が騒然とした中、
報道関係者ほか現地在留日本人は日本大使館に集合すべしという連絡がある。近藤さんがその前に
大急ぎでファングーラオ通りの奥さんの実家に行く場面は、陥落前日のサイゴンの大混乱を
生々しく感じさせる一方で、戦争に翻弄される市井の人々の悲哀が胸に迫ってきて泣ける。
ちょっと引用させていただこう。


流しのモーターバイクをつかまえてファングーラオ通りに行く。
一族の連中は睡眠不足で赤い目をしていた。前夜、300メートルと離れてないところに
ロケット砲弾が落ちた、という。(中略) チュン爺さんに片言のベトナム語と身ぶり手ぶりで
事情を説明し「みんな力を合わせて食いつないでくれ」と手持ちの金を渡す。ロケットよけに
防空壕を掘るようにいい、その足で初老の義理の従姉妹チー・バイをともない、川沿いの問屋街で
米を100キロ買って渡した。

問屋の前で別れるとき、いかつい顔の彼女が大声で泣き出した。
「もう帰ってこないんだね、こんな形で別れるなんて。戦争はイヤだよ」
ちょっと目がしらが熱くなった。みんなにまた会えるのはいつか。
「泣くなよ、しっかりしてくれ」
日本語で言い残して、モーター・シクロで集合所に向かう。



いまファングーラオ通りを歩けば「この街は長い戦争ののち、40年前に陥落した」なんて思いださせる
ものはまったくない。いかにも新興国の首都の大通りって感じだ。しかしベトナム戦争を同時代的に新聞や
テレビで見聞きし、近藤紘一さんの著書も読んでるイ課長としてはやっぱりしみじみと感じるものがある。
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いまベトナムは平和なのだ(カンボジアと同じこと言ってらぁ)。
自分が子供の頃、砲弾が飛び交い、硝煙のにおいが漂っていたサイゴンの町を、いま年を経て
オッサンになった自分がこうして外国人観光客としてソゾロ歩いてるのだ。

サイゴン陥落も今や40年も前の話。
ベトナムにとってあの戦争は「体験」というより、徐々に「歴史」になりつつあると言っていいんだろう。

だがイ課長はベトナム戦争を同時代的に(報道を通じてだが)体験している程度に年寄りなのだ。
子供だった頃、ベトナム戦争報道は毎日のように目にした。カンボジアについての情報は少なくて
なにも知らなかったけど、ベトナムに関してはどんな愚かな子供だってあの国が大変な戦争の
真っ最中なんだってことはわかる。イ課長にとって「子供の頃ベトナムは戦場だった」のだ。

前にも書いたように近藤紘一さんご自身は残念なことに若くしてガンで亡くなっている。
奥さんと連れ子の娘さんはその後パリで暮らし、娘さんはフランス人と結婚したらしい。
サイゴン陥落当時、ファングーラオ通りに住んでた奥さんの一族はいまどうしてるんだろう?
「チュン爺さん」は亡くなっただろうなぁ。別れ際に号泣した「初老の義理の従姉妹チー・バイ」は
今でもサイゴンにいるのかなぁ?

ベトナム戦争は40年前の歴史となり、ベトナムはいま平和な国として経済発展を続けている。
ファングーラオ通りに面した公園は昼間も例のフェスティバルで賑やかだ。ここを歩く市民の多くも、
いまやあの戦争を歴史としてしか知らないわけだよねぇ。
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でもね、当時新聞でベトナム戦争の写真を見て「こえー」なんて言ってた日本のガキンチョが
いまオッサンとして平和なサイゴンの町を歩けばね、やっぱ年寄りだからこその感慨ってもんが
湧いてくるわけですよ。戦争はもうないのだ。いまサイゴンは平和なのだ。
戦争がないという状態はそれだけで何と素晴らしいことか(また同じこと言ってらぁ)。

本日の記事はこれといったネタは何もない。
“生きる歴史となった年寄りジジイの繰り言”と思ってご容赦いただきたいのである。

 
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by tohoiwanya | 2015-11-06 00:11 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(6)
2015年 10月 03日

東南アジア4か国比較論

なんとなくまだ去年の旅行ネタに戻る気分じゃないので(←気分屋)、もう少し別の話を書く。

イ課長は最近3年間でベトナム、タイ、カンボジア、ラオスという東南アジア4か国を旅行した。
この4か国、地理的にも近いし歴史的・文化的にもいろんなシガラミやら類似点やらがある。

歴史的にはおおむね「強国タイとベトナムの間にはさまれた弱小国ラオスとカンボジア」という
位置づけになると言っていい。緩衝国家なんていう言い方もあるくらいで、ラオスとカンボジアは
多少の例外はあっても、基本的には大体東西の大国のどっちかに首根っこを押さえつけられてきた。

しかし別の見方もできる。ベトナム、カンボジア、ラオスの3カ国はそろって旧フランス植民地だ。
一方タイは一応独立を保った。一見、タイだけが列強の圧力に屈さなかったようにも見えるけど、
実際のところ、フランス(ベトナムやラオスやカンボジア)と英国(インドやミャンマー)両勢力の
“緩衝地帯”として真ん中にあったタイが使われたという部分があるのも否定できないんだよね。

この4カ国は陸でつながってるから領土的な遺恨や争いも多い。
アジアでも屈指の肥沃な土地と言っていいメコンデルタ地帯、今はベトナムの領土だけど
昔はクメール帝国(カンボジア)の領土だった。カンボジア人はけっこうこれを根にもってる。
世界遺産の遺跡・プレアヴィヒア寺院はタイ・カンボジア国境にあって、今世紀になっても領有権争いで
武力衝突が何度も起きた。結局、国際司法裁判所が「カンボジア領」という裁定を下したんだけど、
タイ側には未だに遺恨が残る。こういうのがけっこう多いんだよねぇ。
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その一方で言語的類似性はけっこう強い。特にタイ北部とラオスの言語は似てるらしい。
ラオスの有名なビール銘柄のTシャツを着てチェンマイに着いたら、タクシーの運転手が
「ラオスから来たのか?ラオスとチェンマイの言葉は近いんだぜ」なんて話しかけてきた。

タイ語のあいさつが「サワディー」 ラオス語のあいさつが「サバイディー」
タイ語のありがとうが「コー(プ)クン」 ラオス語のありがとうが「コープチャイ」 


まぁ確かに似てる。
タクシーを降りる時、ドライバー氏の期待?にこたえてわざとラオス語で「コープチャイ」って
言ったら「よしよし」って感じでうなづいてた。チェンマイあたりの人にとってのラオス語って
イタリア人にとってのスペイン語ほどの違いもないのかもしれない。

てな具合に、親密なような仲が悪いような4か国なんだけど、その経済格差はかなり大きい。
豊かさの指標としてよく使われる国民一人当たりGDPだとこんな感じだ。


一人当たりGDP(2014年名目GDP 出典:IMF)

  タ  イ    5,444.56$ (96位)
  ベトナム    2,052.85$ (135位)
  ラ オ ス   1,692.65$ (142位)
  カンボジア    1,080.82$ (160位)

 (参考)日本    36,331.74$ (27位)


カンボジアやラオスから来ると、まるで「別の星に来た」くらいの格差をもってバンコクは大都会なわけで、
バンコクに比べたらプノンペンやヴィエンチャンなんてせいぜい「タイの田舎町」レベルってくらい差がある。
上の数字を見てもタイの豊かさは4か国ン中じゃ断トツで、ラオスが「バーツ経済圏に飲み込まれる」なんて
言われてるくらいだ。ラオスやカンボジアからタイに行く出稼ぎ労働者も多い。

ただ、一人当たりGDPっていう以上、その数字はGDPそのものの規模と人口の大小で大きく変わる。
こんどは4か国の人口を比べてみよう。これを見るとけっこう驚く。


人口(2014年時点 出典:IMF)

  ベトナム   9,063万人(14位)
  タ   イ  6,866万人(20位)
  カンボジア   1,531万人(67位)
  ラ オ ス      690万人(101位)

 (参考)日本  12,706万人(10位)


何に驚くって、ラオスの人口の少なさだよ。ベトナムの1割にも満たないのかよ!
あの歪んだ人口ピラミッドのカンボジアに比べても半分以下っていうんだからタマゲる。
ラオスの一人当たりGDPの数字がカンボジアより高いのは、ひとえにその「少ない人口」ゆえだろう。
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ラオスの「人の少なさ」は現地に行くと確かに感じる。
サイゴンの活気あふれるバイクの洪水に比べりゃ、ヴィエンチャンはそりゃーのどかなもんだった。
ルアンパバーンなんてさらに輪をかけて田舎で、物販店であれ飲食店であれ、ちらほらいる客は
ぜんぶ外国人観光客。地元の人でにぎわう店なんて皆無だった。あれで商売が成り立つんだろうか?

ラオスって、大規模製造業なんてビアラオ(現地ビール会社)以外にないってくらい産業構造は脆弱で
少ない人口の大部分は農業。貧しい国なんだよ。

ところがこういうラオスに「貧しい国の豊かさ」っていうキャッチフレーズがつくことがある。
なぜかというと、ラオスは貧しいはずなのに一方で飢えたコジキとかが皆無だからだ。実際、
現地でも物乞いなんて見なかった(大都会バンコクではよく見るのに)。

要するに「みんなが農業やってる」+「人口が少ない」せいらしいんだな。
仮に本人がそうじゃなくても家族・親戚の誰かは必ず農業やってるわけだから、ナンだカンだ言って
食い物だけはある。誰かからコメを分けてもらうことはできる。リーマンショックだ世界同時不況だって
世界が騒いでた時も、貧しい国ラオスはのんびりムードだったらしい。この辺が面白いところだ。
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4カ国の「気質の違い」ということになると、これはもう短期滞在しただけでも歴然と感じるね。
ベトナム人やカンボジア人はけっこうガツガツして貪欲。ベトナムじゃボッタクリも日常茶飯事だし。
要するに金銭欲や生活向上欲があり、その欲を満たすために頑張ってる(という言い方もできる)。
タイは相対的に豊かな分、その「ガツガツさ」が少し希薄になってるって感じで、この辺は中進国の
余裕なのかもしれない。

他3カ国と顕著に違うのはラオス人だ。ラオス人ってみんなびっくりするくらいノンビリしてるというか、
人がイイというか、控えめというか・・・・ラオスに長く暮らしてると性善説を信じたくなるかもしれない。
ボッタクリなんてたぶん一度もなかったはずで、どんなみすぼらしい店で買っても缶ビールの値段は
いつも同じ。ベトナムじゃ考えられんよ(笑)。

これ、現地で会った日本人もみんな同様の感想を持ったようで「ラオスの人って商売っ気ないですよねぇ」
なんて言ってた。不思議なくらいガツガツしたところがない。こういうノンビリした人の良さみたいなものも、
もしかすると上で書いた「飢える恐怖がない」っていうことによるのかなぁ?それとも敬虔な仏教徒が多いせい
なのだろうか。あるいは、みんな一様に貧しくて貧富の差が少ないから欲が発生しないのかな?
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とにかくこの4か国、いろいろ錯綜したカンケイがあって深堀りするとなかなか面白い。
これにミャンマーが絡んでくるとますます錯綜するわけだけど、イ課長はミャンマーに行ったことがない。
まぁミャンマー訪問は将来のお楽しみってことで、とっておこうではないか。

ちなみに、本日掲載した写真は4か国で撮った写真を1枚ずつピックアップしてる。
ドレがどの国で撮った写真かわかる?・・・・バレバレか(笑)。

 
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by tohoiwanya | 2015-10-03 00:03 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2015年 07月 01日

クロントゥーイ線路長屋の子供たち

クロントゥーイ・スラムの線路長屋では子供をけっこう見かけた。
そういう子供たちの写真も何枚か撮ることができたので、まとめてご紹介しよう。

線路ぎわの家の地べたでは女のコたちが二次元版着せ替え人形で遊んでた。
イ課長がガキの頃は日本でも女子がこういうので遊ぶことあったけど、今見ると
ものすごーく懐かしいモノに見える。ゲームで遊ぶのが当たり前の最近の日本の女子は
今やこんなモンで遊ばないんじゃないか?
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立ち止まって1枚写真を撮った。二人の方もすぐイ課長に気づいた。
巨大ガイジンに覗き込まれて警戒するかな?と思ったけど、ちょっと照れながらも
「ガイジンさんがあたしたちのこと見てるゥ」って感じで、むしろ面白がってる。
右の女のコが小学校3~4年、左のコはもしかすると中学生かもな。笑顔がかわいい。
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前回記事で、線路長屋でジイさんから「ハロー」って挨拶されたって書いた。
ハローって言うってことは、イ課長を見知らぬガイジンと知った上で英語で挨拶してるわけだ。
そういうジイさんといい、上の写真の女のコといい、みんなすごく人懐っこい。

スラムっていうくらいだから住民たちは貧しいんだろう。
そういう人たちを写真に撮るとなると「写すならカネくれ」なんて言われる可能性だって
なくはないはずだけど、この線路長屋にはそういう雰囲気は全然ない。
「あ、ガイジンさんだ」って感じでちょっと珍しがり、かつ面白がってる様子がうかがえる。

線路長屋にはちゃんとゲーセンもあるんだね。男のコたちはテレビゲームに夢中。
うーむ、もっと体を使って元気に遊べ。
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この日は12月30日だ。日本だったら確実に冬休みで学校は休みのはずだけど、
タイの小学校にも冬休みっていうのはあるんだろうか?
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明らかに就学前の小さな子供たちもいる。こっちは天真爛漫でめちゃくちゃ元気だ。
何のオモチャも遊具もなしで、それでもとにかくやたら楽しそうに遊んでる。
2~4歳くらいって感じだね。
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特にこのダイダイ色のシャツ着た子がハジケてる。
何やってんだろうなぁ?タイのテレビ番組の真似でもしてるのかな?
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イ課長がカメラを向けると、大はしゃぎで全員でぴょんぴょん飛び跳ねる。
あんまり飛び跳ねるからちゃんと撮れるか心配したけど、何とかマトモに撮れた。
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左から二番目のダイダイ色の服のコと、右端のピンクの服のコが姉妹なのは
絶対に間違いない。顔が同じだもん(笑)。かわいいねーー。自分たちが写った写真を
カメラのモニターで見せてあげるときゃあきゃあ言って大喜びしてた。

スラムっていうから、行く前はほんのちょっとだけ緊張してたんだけど、実際には
クロントゥーイ・スラムの線路長屋は本当に平和でのどかで、心なごむ場所だったと
言ってもいいくらいだ。
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バンコクに行ったらぜひ、と人サマにお勧めするほどの勇気はさすがにないけど(笑)
少なくともイ課長にとっては、このクロントゥーイスラムの線路長屋はバンコクの中でも
なかなか忘れ難い場所になったのである。
  
 

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by tohoiwanya | 2015-07-01 00:03 | 2013.12 バンコク旅行 | Comments(2)
2015年 03月 26日

ソンテウに乗ってみる

さて読者諸君(まだやってる)、いまこそソンテウが何かを説明するときが来たようだ。
前号の文脈からも十分推測できるように、ソンテウとは交通機関の名称なのである。

大都会バンコクならタクシーでもバスでもトゥクトゥクでも、道路交通機関はよりどりみどり。
しかしタイの郊外・田舎ともなると四輪タクシーなんてトンと見かけなくなる。そういうタイの
“非都市エリア”において重要な交通機関が少なくとも二つあって、その一つがロトゥー。これは
メークロンに来る時にイ課長も初めて利用した乗り合いバンで、バンだから車内は密閉されており
エアコンもあって快適。幹線道路を使って町と町を結ぶ中距離路線が中心。

もう一つが問題のソンテウ。これはいわばローカルなミニバスと思えばいいんだろう(と思う)。
メークロンくらいの町でも路線の数は相当あるようで、途中にはいくつも停車ポイントがある。
モノは軽トラなんかの荷台を客車風に改造したもので、ロトゥーと違って客席部分は密閉されてない。
エアコンは当然ないし、ホコリは入るし排気ガスも吸う。その代わり数(路線数・台数)が多くて
料金は安い。そういう交通機関なわけ。フィリピンのジプニーと同じようなものなんだろうな。
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事前の情報収集でメークロンからアムパワーまでソンテウを使って行けるという話は読んでいた。
しかしどこから乗りゃいいのか?アムパワー行きソンテウをどうやって探しゃいいのか?いくらかかるのか?
仮に乗れたとしても「次がアムパワー」とどうやって知ることができるのか?わかんないことだらけ。
まぁしょうがねぇ、ここまで来たんだからとにかくトライしてみようじゃねぇか。

メークロン市場の近くに水色のソンテウがずらりと並んだ一角があった。たぶんここが乗り場だろう。
ところがどのソンテウも行き先がタイ語表示ときやがった。英語表記ゼロ。これじゃ読めましぇ~ん。
しょうがない。手近にいた一台のソンテウのドライバーに聞いてみた。「アムパワー?」
そのドライバー(女性だった)は首をふり、もっとアッチだと指をさす。

アッチって言われてもなぁ・・あっちにもソンテウはズラリと並んでるんだよ?その中のドレなの?
順ぐりに1台ずつ「アムパワー?」「アムパワー?」ってドライバーに聞くのもかったるいしなー。

そこでソンテウ乗り場の正面に露店を出してたおっちゃんに「アムパワー?」って聞いてみた。
このおっちゃんがまたイイ人でさぁ、すごくデカい声で「アムパワー!!」って叫んでアムパワー行きの
ソンテウに呼びかけてくれた。「このガイジンさんがアムパワー行きたいってよー!」というわけだ。

おっちゃんが指差す方向に歩き、そこら辺に停まってたソンテウを指差して「これ?」と聞いてみた。
するとおっちゃん「もっと向こう」って手で示す。隣のソンテウの前に行ってまた「これ?」って顔すると
おっちゃんがうなづいた。どうやらコレらしい。

ドライバーに「アムパワー?」って聞いたらうなづく。間違いない。
後部座席にまわってみるとすでに半分くらい乗客で埋まってるからさっそく乗り込む。
地元のタイ人に混じって違和感アリアリの巨大ロボット外国人。
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ほどなく発車。初めてのソンテウ乗車経験。ロトゥーの方は日本でも見かける当たり前のバンだけど、
ソンテウみたいな荷台改造&開放型の後部座席に乗るなんて経験メッタにないから何となく嬉しくなってくる。
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客席の構造上、車窓風景は車のケツの開口部から見ることになる。景色は横に流れないで遠ざかる一方。
でも初めて利用するソンテウの荷台から遠ざかるタイの田舎の風景を眺めるっていうのもなかなかオツだったよ。
ローカル交通機関に乗ってタイのローカルエリアを走る。これもまた東南アジア旅情ってもんだ。
 
さてここまでは何とかなってる。最後の問題はどこで降りればいいのか、だ。
ソンテウって停留所の標識みたいなものはないんだけど、途中で降りる客はけっこういるし、
道端に立ってる人を乗せたりもする。

つまりドライバーと地元の乗客たちはソンテウのそれぞれの停車ポイントを知ってるわけで、
アムパワーにも最寄りの停車ポイントがあるはずだけど、どのくらい走ればそこに着くのか知らないし
アムパワーが終点なのか途中停車ポイントなのかもわかってないっつうんだから話にならん。

降りる人はこのブザーを押してドライバーに連絡するらしい。
しかし車内アナウンスはないし、アムパワーがドコなのか知らないんだからいつ押しゃいいのか
わかるわけがない。素人ガイジンにとってこのブザーは役に立たない。
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こういう時は他の乗客に助けを求めるしかない。
ある停車ポイントに来たとき、わざキョロキョロして他の乗客に「アムパワー?」って聞いてみた。
すると何人かが首を振る。まだらしい。これでイ課長が「アムパワーで降りたいガイジン」であることを
他の乗客に認識させることができたはずだ。

15分くらい乗ったかなぁ?何度目かの停車ポイントで何人かが降りた。そのうちの一人がイ課長に
「アムパワー」って声をかけてくれた。やった、ここで降りればいいらしい。教えてくれてサンキュウ。
ちなみにメークロンからアムパワーまでのソンテウ代は8バーツ。これは降りた時にドライバーに支払う。
8バーツつうたら25円程度だ(当時はね)。やっすぅーー。
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こうしてイ課長は生まれて初めてのソンテウに乗ってアムパワー水上マーケットに来ることが出来た。
ソンテウ乗り場のおっちゃんとか、乗り合わせた乗客たちとか、途中で会ったタイ人たちの親切がなきゃ
絶対に来ることは出来なかっただろう。ありがとうタイの人たち。
 
アムパワー水上マーケットの様子は次回ご紹介しまっす。待て次号!(ヲイまたかよ)

  
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by tohoiwanya | 2015-03-26 00:29 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(8)
2015年 02月 18日

ハノイを去る日

すっかり気に入った街・ハノイを離れる日はちょいとばかり悲しかった。

「もっとこの街にいたいなぁ・・」っていう気分はホイアンを離れる朝も感じたことで、あの時は
「ハノイなんか行く予定にしなきゃ良かったかも」なんて思ったもんだったけど、いざそのハノイを
離れる段になると、やっぱり同じように「もっとハノイにいたいなぁ・・」と思っちまうんだから
人間とは何と勝手なイキモノであろうか(笑)。

ハノイを去るということは、同時にベトナムも去ることになる。
5泊しただけだったけど、もうこの時には完全に「オレはベトナムを気に入ったぜ」って気分だったから
そのベトナムから離れるということも加わって、ハノイを去る日は二重に残念だった。

とはいえ、感傷にばかりに浸っちゃおれん。
バンコク移動の飛行機は夕方で、午後まで自由時間があったから、この日も線路長屋を見たり
女性博物館を見たり、ナンさんに別れの挨拶に行ったり、コーカソイドの温度感覚に驚いたり、
それなりにあちこち歩き回っていたわけだけどさ。
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クソ暑い中を散々歩き回ってさすがに疲れたし、何か冷たいものでも飲んで休もう。
ホアンキエム湖北のゴチャゴチャした一角を歩いてて、すいたカフェレストランがあったから入った。

「ドリンクだけでもいい?」って聞いたらいいよっていうから、マンゴージュースを頼んだ。
39,000ドン。約200円ってところか。ハノイ旧市街のこじゃれたカフェレストランだけあって、
ホイアンの川っぺりで飲んださとうきびジュースと比べるとぐっと高い(あっちは50円)。

ホイアンでさとうきびジュースを飲んだ時もしみじみとベトナム旅情に浸ったもんだったけど、
いまこうしてハノイでマンゴージュースを飲みながら、同じような気分になってきた。
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初めて来たベトナム。
サイゴンから始まってホイアン、ハノイ・・・良かったなぁ。特にホイアンとハノイは居心地よかった。

何でなんだろうなぁ?いろいろ考えてみた。
この前書いたみたいに街の様子はサイゴンとハノイじゃけっこう違うと思うし、街の真ん中に
小さな湖があって、そこからすぐ路地だらけの旧市街がつづくっていう感じがイ課長の嗜好に
合致したっていうのは確かだ。
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「自分がガキの頃の、昭和の時代の東京にいるような・・」的な懐かしさもかなり影響してると思う。
他の国でそんなこと考えたことないし、サイゴンにいる時はそんなこと考えなかったけど、
ホイアンがあまりにレトロでノスタルジックで良かったもんだから、あの気分を引きずったまま
ハノイでも同じような懐かしさを感じたんだろうな、きっと。
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しかし結局のところは、ベトナムで、特にハノイで何人も顔見知りが出来たこと、コレだろうな。
サイゴンに着いた時はまだ「初ベトナム」で多少緊張してたけど、ホイアンから調子が出始めて
ハノイでは街を見るのと同じくらい、人と接し、人と知り合うのが楽しかった。

初めてFacebook友達になったナンさんとか、正直堂のおっちゃんとか、COM食堂のおばちゃんとか、
風俗マッサージの店だと最初は思ったフォーさんとか、チャーミングなフォンさんとか、
たった2泊で、こんなに具体的に何人もの顔見知りを思い出せる旅ってのもあまり記憶にない。
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しかしそんなハノイともお別れなのだ。ちょっとしんみり。
濃密で楽しかったベトナムの旅を思い出してるうちに、冷たいマンゴージュースのグラスは
すっかり汗をかいて濡れきた。
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店内に流れる単調なベトナムポップス(かなぁ?)を聞きながら、定年後にこの街に長期滞在して
顔見知りの人たちと挨拶を交わしながらのんびり過ごすのもいいなぁ、なんてちょっと考えちゃったよ。

さて、もうそろそろ時間もなくなってきた。行かなきゃ。
荷物を預けたホテルに戻ってノイバイ空港まで送ってもらって17年ぶりのバンコクに移動だ。
残ったマンゴージュースを飲み干し、ハノイに、そしてベトナムに別れを告げるイ課長なのであった。
(結局、ガマンできずに翌年またサイゴンを再訪するわけだが・・・)
 
 
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by tohoiwanya | 2015-02-18 00:05 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(2)
2015年 01月 26日

ぼったくられても楽しいハノイ

ゴーゴーバーやらエアアジアやらが済んだところで、またハノイネタに戻る。
今考えると、最初のサイゴンにいた2泊の間はまだイ課長がベトナムに慣れる期間という部分があった。

しかし田舎町ホイアンに1泊したことでイ課長の“ベトナム化”がイッキに進行して、ハノイに着いた頃には
すっかり「そういうベトナムが好き」という気分になってた。だからベトナムのぼったくり商法もハノイにおいては
ぼったくりに遭うかどうかを、運だめし的な行為と思える程度に緩い気分になっていた。

ハノイはベトナム最後の滞在地だったから、旅先での買い物にはまったく頓着ないイ課長も
多少はベトナム土産を買おうと思って買物したわけだけど、どの店でも必ず何かあるんだよね。
品物を見る、定価を見る、お金払う、それじゃね、みたいにスンナリいくことは決してないのである(笑)。

たとえばハノイ大聖堂の近くのある雑貨店。
ベトナム雑貨って日本の女性に人気あるから、ここでも手提げバッグを買った。
仮にそれが18万ドン、約900円だったとしよう(確かそんな感じの値段だった)。
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こんなゼロの多い支払いを、財布にミッチリ詰まった9種類ものお札でしなきゃいけないんだから大変だ。
えー・・ちょっと待ってね、まず10万ドン札を1枚・・あともう1枚・・あれ、もう1枚はないかな?(というより
大量の札の中から特定のお札を探すのが面倒になってきてる)あーもういいや、20万ドン札で払おう。
あれ?さっきここに置いた10万ドンは?

「あなたお金出してないよ」
「え?いまここに10万ドン札一度置いたやん、置かなかった?置いたよ」
「置いてないよ、アナタお金なんて置いてないよ」

定価より高い値段をふっかけてくる可能性というのはこちらもある程度織り込み済みだが、
とりあえず出したお金をクスネるというのは意外な手口。っていうか、いくら何でもそんなことするかい?

「いまここに10万ドン置いたよね?」
「知らない!アナタお金おいてないよ!」日本人のオッサンとベトナムのオバちゃんの水掛け論。
イ課長が「じゃ、いいよ」って言って店を出ようとすると、オバちゃんは泣かんばかりの抗議の姿勢を見せ
店の奥にいたゴッドマザーのごとき、もっとスゴそうなオバちゃんにイ課長のことを言いつける(笑)。

これ、実際のところ今に至るまでどっちが悪いのかわからない。
巨大数の国だし、お札の種類も多い。実際、ベトナムでイ課長は支払いで間違えたことがあった。
イ課長の勘違いという可能性もある。お札を置いたつもりで手に持ってたのかもしれん。それに置いた金を
クスネて知らんぷりって、手口としてさすがに・・って気もするしねぇ。

まぁしょうがない。自分が絶対正しいという自信もないわけだから、お金を払ってバッグを買った。
こうなったら写真くらい撮らせてもらおうじゃねぇか。右がイ課長と水掛け論したオバちゃん、
左が「もっとスゴそうな」オバちゃん。こうして見るとどっちもスゴそうに見えるね(笑)。
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ハノイではベトナム土産としてランチョンマットも買った。
スダレみたいなのを巻いたヤツで、それが6本セットになったのがあったんだよ。
これは軽いし、2本セットであげても3人分のおみやげになるし(笑)、いいかもしれん。買うか。

まだ割と若いおかみさんが近づいてきたから聞いた。「ハウマッチ?」
「20万ドン(1000円)」

スダレ風ランチョンマット6枚で1000円。そんなもんかと思うかもしれないけど、ベトナムじゃすげぇ高い。
さぁ価格交渉の始まりだ。さていくらからスタートするか・・・あまり考えずにイ課長はこう言った。

「15万ドン(750円)にしてよ」

イ課長が提示したこの“対抗価格”をアナタはどう思いますか?
これは明らかにイ課長の甘さが出た。最低でも半額、コトによったら3分の1くらいから始めるべきだった。

一瞬の間をおいて「・・・・オーケー!!」と答えた彼女の表情は明らかには嬉しさを押し殺してたね(笑)。
「なーんてユルい金額で値切ってくる客だろ」と思ったのは間違いない。バッカでー、イ課長。

仕方ない。15万ドンで買ったよ。ちくしょー。こうなったら少しでもモトとるために写真とってやる。
うーむ・・び、美人じゃねぇか、くそ(笑)。
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ハノイには他にもナンさんや、正直堂店主もいた。風俗マッサージかと見まごうフォンさんの店もあった。
ナゾの麺屋のエンマおばさんCOM食堂のおばちゃん・・・買物や飲食等々でお金を使う機会すべてが
何かネタになるって感じだった。ある人からは正価を請求され、ある人からはぼったくられ、ある人とは
Facebook友達になった(笑)。楽しくてしょうがなかったよ。
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ハノイはイ課長にとって本当に好きな街になった。
ハノイについてはけっこう書いたけど、まだ書きたいことがあるから、もうちょっと書くと思うよ。
 
 

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by tohoiwanya | 2015-01-26 00:02 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(8)
2015年 01月 19日

ゴーゴーバーというところ その4

ゴーゴーバー初潜入ネタ、今日で完結させます、必ずさせます。

さて、ノッポの彼女が属するチームのダンスタイムが終った。交代で次のチームが舞台にあがる。
すぐにさっきのノッポギャルがイ課長の席に来た。ちなみに、こうやってダンサーをご指名して
話をしてる客はせいぜい2割くらいかな。大多数の客は見てるだけ。

飲み物をおごることが重要という16年前のマニラで仕入れた知識、まずあれを活用しよう。
「ドリンク サムシン?(何か飲む?)」と聞くと、彼女はワイ(タイ人が手を合わせて挨拶したり
御礼をする時の、あのポーズ)をして自分用の飲み物を取りにいき、赤いドリンクを手にして戻ってきた。

「アナタ、どこから来たの?」
「日本から」
「ビジネス?」
「ノー、観光」

日本語はできないけど英語は多少できるようで、おなじみ東南アジアヘボ英会話のスタート。
このノッポギャル、東南アジアというより北東アジア的な顔立ちの女子で、K-POPなんかの
セクシー女性グループあたりにいそうな感じだ。まずその方向からホメることにしよう。

「アナタは北東アジア・・日本とか韓国あたりの女性のように見えます」
「そう?」
「とてもチャーミングですね」
「ありがとう」

この辺からイ課長はゴーゴーバー店内で交わす会話の困難性に気づき始めた。
店内は大音響で音楽が鳴ってる。だから何を言うにも相手の耳元に口を近づけて大声で話さないと
よく聞こえない。昔のディスコ(古いねぇ)みたいで、ムーディな雰囲気とは言いがたい。

しばらくヨモヤマ話をしたあと、いよいよ聞きたかった質問をしてみた。

「あなたは何歳ですか?」
「23」

23歳ということは・・・イ課長が絵本を送った頃は13歳くらいだったことになる。
もっとも、そんな計算は彼女の出身地が「パヤオ」である場合にのみ、意味を持つのだが・・・

「アナタはどこで生まれたのですか?バンコク?」
「イエス」

ははぁ~バンコク生まれとな。地方出身者が多いかと思ってたけど、都会っ子もけっこういるんだね。
パヤオ出身じゃないと知って正直少しホッとした。「子供の頃パヤオで日本語の絵本読んだわ」なんて
言われたら(まぁあり得ないけどさ)、その偶然に驚く一方で、イ課長が送った絵本を読んだコドモの
これまで&これからの人生を考えて、複雑な気持にもなっただろう。

出身地を聞くときだけちょっとドキドキしたけど、あとはまぁお気楽な会話で過ごそう。

「アナタはとてもスタイルがよくてグッドルッキングです」
「ありがとう」
「店の中でアナタの写真を撮ることは困難ですよね?」
「外なら写真OKよ」
「え?そと?!店の外で?」
「ペイバー」

おおっと、来たな?
バンコクのゴーゴーバーには「ペイバー」というシステムがあるって話を事前に読んでた。
要するにダンサーの持ち出し、店外デートのことで、「ダンサー持ち出し料金」として店に何百バーツか払う。
そのフィーを払って店外デートしてくれるなら外でアタシの写真撮ってもいいわよ、ということだろう。

店外デートとなりゃ、あとはもう食事するなり、酒飲むなり、口説くなり、どこかにシケ込むなり、
自由恋愛の世界らしい。もちろんタダではなくて何をするにも価格は交渉制。彼女としてはイ課長に
「持ち出し」てもらってひと稼ぎしたいから、その営業トークが始まったわけだ。

時間があればイ課長だってペイバーしてメシでもご一緒したいところだが、何せ時間がない。
8時半までもう残りは10分くらい。正直にそう言うしかない。
「私には時間がありません。私は今夜の飛行機で日本に帰ります。10分後に私は空港に向かうでしょう」
それを聞いて彼女の“営業意欲”はイッキにトーンダウンしたようだ。

やがてまたチーム交代の時間がきた。「ステージに戻らなきゃ」と言って、ノッポギャルは去って行った。
なるほど、彼女らにしてみれば自分を店外持ち出ししてくれる客こそ上客であって、
ドリンクをおごってもらったくらいじゃ大した稼ぎにはならないんだろうなぁ。

それでも彼女の飲み物代は(ちょっと飲ませてもらったけど、単なるイチゴジュースぽかった)
ささやかなチップにはなっただろうし、話もできた。17年前は「魔窟」と思ったゴーゴーバーに入って
ご指名を敢行し、ダンサーと話をするところまでコギつけたのだ。頑張ったと思うよ。
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あーもう本当に時間がない。ウェイトレスを呼んで会計してもらい、帰ることにした。
イ課長のビール代、彼女におごったドリンク代ともに180バーツで計360バーツ。千円ちょっと。
テーブルチャージみたいなものはないみたいで飲み物代だけ。たしかに明朗会計。

こうして騒々しい店を出たイ課長は歩いてホテルに戻り、預けてた荷物をピックアップして
タクシーに乗って空港に向かったのでありました。あの東南アジア旅行で最後にしたことが
ゴーゴーバーに入ることだったわけだ。

この初潜入が一昨年6月の話。同じ年の12月末、イ課長もう一度短いバンコク旅行に行った。
調子に乗ってふたたびソイカウボーイのゴーゴーバーにも行った。

しかしバンコクの夜は甘くない。12月に行ったときはイ課長は深くふかぁーく反省させられることになる。
その時のことはいずれ書こう。とりあえず一昨年6月の「ゴーゴーバー初潜入編」の一席はこれにて。
お長くなりました。



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by tohoiwanya | 2015-01-19 00:30 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(4)
2015年 01月 03日

海外美女図鑑 -2015年版-

みなさま明けましておめでとうございます。
イ課長ブログ、本年もよろしくお願いいたします。

年明け最初の更新は吉例?の美女図鑑。
去年はベトナム・カンボジア・タイという東南アジアしか行ってないわけだけど、
この3カ国だけでも美女図鑑の素材にはこと欠かないのである。


①美女図鑑 タイ編
旅程の順序とは逆に、タイから行こう。

去年の美女図鑑でタイ舞踊のダンサーの写真をご紹介した。実はあの場所が何ていう所なのか
あの時は知らなかったんだけど今は知ってる。なぜかというとまた同じ場所に行ったからだ。
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ここはエラワン廟っていうところ。詳しくはいずれ書くけど、とにかく昼間ここに来れば
ご利益を得たい人たちでごった返してて、ついでにきらびやかな衣装のタイ美女による
優雅な舞踊をタダで見られる(笑)。安上がりで目の保養ができる場所なのである。


②美女図鑑 カンボジア編
カンボジアは初めて行ったけど、ハデさのない素朴な感じの女性が多くて大変よい国だ(笑)。

たとえばこちらのお嬢さん、シェムリアップのパブストリートのレストランにいた子。
これはカンボジアに限らないけど、こういう「客のほとんどは外国人旅行者」なんていう
観光地で働いてる子って好奇心が旺盛で、イ課長みたいな妖しいヒゲのオッサン撮影依頼にも
にっこり応じてくれる。大変よい子である。
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こちらはプノンペンで泊まったホテルのフロントの女性。
室内だから暗めに写ってるけど、キレイな人だったよ。チェックアウトの時撮らせてもらった。
ホテルのメールアドレスに写真を送ってって言われたから、シェムリアップのホテルから送ったら
ホテルのマネージャー?がわざわざ丁寧なお礼のメールをくれた。
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こちらはシェムリアップのマーケットの衣料品店のお姉さん。
とにかく元気が良くて、アニメみたいな高い声。彼女と値段交渉するのは大変だけど面白かった。
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到着の日に彼女からTシャツを買い、買ったTシャツを着て二日後に市場を歩いてたら、またこの
お姉さんとバッタリ。すぐイ課長だと(および自分が売ったシャツだと)わかって、たちまち
「似合ってるからもう一枚何か買いなさい!」と攻撃された(笑)。結局トホ妻用のクメールパンツを
また買ったんだけど(丈合わせは彼女にモデルになってもらった)、いかにも暑い国向けの
柔らかいだぼだぼパンツで、夏用としてトホ妻に大好評だったのである。


③美女図鑑 ベトナム編
一昨年初めて行き、昨年早くも2回目の訪問。ベトナムは今やイ課長お気に入りの国なのである。

ベトナムといえばアオザイ。ここはやっぱりアオザイ美女をご紹介したいところだ。
そこで、サイゴンの観光スポットでもある中央郵便局の土産物屋さんにいたお二人。
おそらくこの二人は学生さんで、この土産物屋さんでアルバイトしてるんだと思うんだよね。
赤いアオザイがとてもキレイだったので頼んだらにっこりポーズをとってくれた。
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写真を送ろうか?って言ったらメールアドレスを教えてくれた。
そのアドレスが左右どちらの女子のものか、あるいは第三者のものか、こっちは全然わからない。
とにかくそのアドレスにこの写真を送った。

写真は届いたようで、お礼のメールが来た。その時点ではそれが左右どちらのお嬢さんなのか
こちらはまだわからない。しかしそのメールがきっかけでFacebook友達になり、そこでやっと
写真を送ったのは左のお嬢さんだったということが判明した。彼女もこの写真が気に入ったようで、
友達申請した時点では彼女はすでに自分のタイムラインにこの写真を載せてあった(笑)。


というわけで、今年もあでやかな美女図鑑で始まったイ課長ブログ。
今年、イ課長は一体どの国に行くのか行かないのか、さっぱりわからないけど、
なにとぞ本年もよろしくお願いいたします。


 

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by tohoiwanya | 2015-01-03 00:03 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(4)