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2017年 06月 11日

イーリー大聖堂というところ【その3】

イーリーは意外なくらい(と言っては失礼だが)ステンドグラスが見事な大聖堂だった。
薄暗いゴシック大聖堂の中にいて、色鮮やかなステンドグラスごしに外光が入ってくるサマは
本場フランスであろうが英国であろうが、やっぱり美しい。
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人間の顔の描き方がちゃんと立体的に見えるように陰影がついてたりしてわりとリアル。
そんなに古い時代のステンドグラスじゃないはずで、大聖堂自体より後に作られたものかも。
カンタベリー大聖堂じゃディズニー調ステンドグラスにタマゲたけど、あれに比べるとずいぶんと
オーソドックスな絵柄に見える。
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実はこの時イ課長は暗い室内でストロボなしでも手ブレしないカシオの威力に感心しながら撮ってた。
この長大なステンドグラスの真ん中の列の中段あたりにユダの「裏切りの接吻」の場面がある。
下の写真じゃ遠すぎてとても識別できんが。
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試しにズームでグーッと寄って撮ってみる。ふーむ手ブレしないねぇ。
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今度は左の列にあった洗礼者ヨハネとキリストをさらにズームで寄って撮ってみる。
おお、それでも手ブレしない。大したもんだ。手ブレ補正機能を重視して買ったデジカメだが、
期待しただけの威力は発揮してくれる。
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お?また何やら変わった図柄が・・飛行機じゃん。軍用機っぽい。
何でまた大聖堂のステンドグラスに軍用機なんぞが・・・??
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こっちはモロ軍人さんじゃねぇか。右手にもったヘルメットや風防からみて
空軍のパイロットだと推定される。軍人が軍服着て大聖堂のステンドグラスって・・・。
パイロットの聖人なの?日露戦争の広瀬中佐みたいに(いくら何でも古すぎる)軍神なのか?
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うわーーこの辺のステンドグラスは「ミリタリー関連図柄」ばっかだよ。こりゃ驚いた。
こんなの初めて見たぜ。特定の誰かっていうより、イギリス軍全体を象徴してる感じだね。
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ひー。こっちじゃ夜空を飛ぶ爆撃機と、それを照らすサーチライトときたもんだ。
まさに激しい戦闘の真っ最中です。しかしここは軍事博物館ではありません。レッキとした
大聖堂のステンドグラスなのです。
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これを見たイ課長は2012年のポーランドのウォヴィッチで見た聖体祭を思い出した。
あのパレードも宗教的儀式のはずなんだけど、兵隊さんたち(の扮装をした市民?)も
一緒に行進してた。

ポーランドって散々ドイツやロシアに蹂躙され、戦火をくぐった国だけど、英国だって
ウィリアム征服王の昔から(っつうか、もっと遥か前から)ブレア首相時代のイラク出兵に
至るまで、呆れるくらいしょっちゅう戦争ばっかしてた国だ。そういう国だからこそ
神を讃えるのと同じように軍人さんも讃えようっていう気持ちがあるのかもなぁ・・。

カンタベリー大聖堂の「聖人エリザベス女王&エジンバラ公」大理石像にも驚いたが
イーリーの「ミリタリー・ステンドグラス」にもたまげたぜ。英国国教会ってところは
ずいぶん世俗的?な宗教装飾を取り入れてるんだねぇ。

最初のうちは普通に「キレイだなぁ」と思って鑑賞してたけど、最後はちょいとばかり
ビックリ図柄も用意されてるイーリー大聖堂のステンドグラスというわけでございました。
 
 

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by tohoiwanya | 2017-06-11 01:35 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(10)
2017年 04月 12日

乳海撹拌・トンデモ余話

いきなり変なネタですんません。
東南アジアから英国ネタに戻る前に、ちょっと中休みでインドの話を。

去年の秋だったか、イ課長はたまたま神保町の古本屋でインド神話に関する本を買った。
(とんぼの本で、ビジュル豊富な上に安かった)

インド出張でガネーシャの頭が象である理由をシンさんに教わったくらいだから、イ課長だって
インド神話に多少は触れたことがあるけど、この本のおかげでさらにインド神話知識は増えた。
本日はその中からイ課長が最も衝撃をうけた話をご紹介したい。いや実はその話ってのがさ、
以前にこのブログで書いた、ある記事と深~く密接に関係してるのだ。

本日のネタと密接に関係する過去記事って、実は例の乳海撹拌なのだ。
お読みでない(ないし忘れた)読者はお手数ですが、こちらであらすじをご確認いただきたい。
あの中で、神々とアスラの間で秘薬アムリタの争奪戦が起き、一度はアスラに奪われたけど
ヴィシュヌ神が絶世の美女に変身し、色仕掛けでうまく取り返したと書いた。で、神々だけで
アムリタ飲んでめでたしめでたし・・だがそこにはトンでもない余話があったんですねー。

問題はヴィシュヌが変身したっていう絶世の美女だ。美女としての名前はモーヒニー。
アムリタを取り戻したことでモーヒニーはみごとミッション・インポッシブルを完遂したわけで、
思えばこの時すぐ元の姿に戻っていれば何も問題は起きなかった。しかしヴィシュヌはなぜか
ミッションが終了しても美女モーヒニーの姿のままでいたみたいなんだよ。
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するとあろうことかあるまいことか。
シヴァ神が絶世の美女モーヒニーを見て一目ぼれ&激しく欲情してしまった。ハァハァいいながら
「やらせろ」とモーヒニーに迫る。

「おめーバカか?オレはヴィシュヌだよ!おいシヴァ、てめーなにオレ見てコーフンしてんだ?
 このサカリ犬!脳ミソ海綿体のエロザル!!北極行ってメスのオットセイとでもヤッてろ!!」

・・・と、イ課長がヴィシュヌの立場ならそういう主旨のことをもっと口汚く言うだろう。

だがあろうことかあるまいことか。
ヴィシュヌはなぜかモーヒニーになったままシヴァと交尾したっつうからタマゲるじゃねぇか。
ってことはヴィシュヌの方にも多少は「その気」があったってことになるが、このケースの場合、
「その気」が同性愛なのか異性愛なのか、判断に苦しむ。
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驚くのはまだ早い。
何と、ヴィシュヌはその時の交尾でみごと懐妊し、赤ん坊生んだっつうんだから、もはや
どういう風に呆れたらいいのかわからん(笑)。ヴィシュヌは絶世の美女に変身した時、
内臓器官も変身させて卵巣とか子宮とかを形成させたと考えるしかない。

だいたいヴィシュヌって乳海から出てきた美女・ラクシュミーを奥さんにしたばっかだぜ?
アムリタ争奪戦はおそらくその後だ。ってことはヴィシュヌは新婚の妻がいる身でありながら
女に変身し、ヨソの男とヤっちまい、懐妊したことになる。新婚早々不倫して、妻より先に自分が
妊娠する亭主の気持ちを想像するのはイ課長には不可能だ。
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確かに多くの神話において神々はヤリたがる連中ってことになってて、ギリシャ神話なんかでも
ヤリまくってる。好色ゼウスは両刀使いで美少年ともヤッてたはずで、男色だって十分アリだ。
特にインドは昔から性力信仰(シャクティズム)が盛んだったはずだから、このくらいで
ビビッてはいけないのかもしれないが。

ところでヴィシュヌとシヴァの交尾によって生まれたその子、どうなったか?
両親はヒンズー教におけるトップ2の神様なわけだから、インド神話の世界観においては
これ以上望みようがないくらい超神聖な遺伝子を持ったコドモってことになる。

その子供の名はアイヤッパン。別名ハリハラプトラ。え?聞いたことない?それもそのはず。
このアイヤッパンはインド南部ケララ州あたりじゃ信仰が盛んだけど、北インドではシヴァの息子として
“認知”されてないんだと。奥さんのアカから生まれ、シヴァの遺伝子なんてヒトカケラも入ってない
ガネーシャがシヴァの息子として(さらにその姿で)人気が高いのとはえらい違い。

超スーパー神聖な血を持ってるのにアイヤッパンの人気が地域限定で全インド的になれない理由って、
やっぱ“不品行すぎる両親”を持ったことが影響してるんじゃないかなぁ?
以前書いた乳海撹拌にはこういう「いくら何でもそれは」というような余話があったのでした。
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なお、本日使用した画像は全部ディーピカー・パードゥコーンというインドの女優さんざます。
たまたま彼女がある映画(神話とは関係ないようだ)でモーヒニーという役を演じてたもんで、
「モーヒニー」で画像検索したら引っかかったのだ。世界の最も美しい顔100に毎年選ばれるくらいの、
現代版絶世の美女を“参考画像”として使用させていただきました。


 

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by tohoiwanya | 2017-04-12 00:09 | 日本での私生活 | Comments(0)
2017年 01月 16日

ドイステープというところ その1

ドイステープというお寺(なんだろうな、一応)の中心は実は四角い“広場”になってる。
この広場を囲むように建物があり、広場の中心には黄金の仏塔。広場だから屋根はないわけで、
雨が降れば濡れる。入り口で参拝者は全員靴を脱いだから、雨の日はハダシで濡れた床を
歩いてお参りすることになる。そういう時、傘はさすんだろうか?
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この日はクソ暑い好天だったから、ハダシで床を歩くのはむしろ気持ちいい。
とりあえずこの仏塔を囲む広場をぐるっと一周してみましょうかね。

お、さっそくゴールデンブッダ軍団。その前には緑色のエメラルドブッダ様。
ホトケ様といい、背面の装飾といい、早くもキンピカキラキラ攻撃の火ぶたが切られました。
なーにイ課長だってこれまでに金ピカブッダは散々見た。このくらいどうってことないぜ。
 
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こっちにもまた何やら・・。
東南アジアで、こういう風に「そこらじゅうにいるホトケ様」を見るたびに思うんだけど、
一番エラいご本尊様ってのはドレなんだい?日本だと、寺の本堂にある一番デカい仏様が
ご本尊だということになるが、こうたくさんいると・・・。
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ここにもホトケ集団。どうでもいいが正面向いてる仏様の、その表情は何とかならんか?
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とにかくそこらじゅうホトケだらけで、ドイステープのご本尊がドレなのかわからぬ。
下の写真は大きさから考えても、その数の多さから考えても相撲でいえばせいぜい「前頭」くらいの
地位と思われる。どこかに「横綱」がいるんじゃないの?と思ってしまうけど、こういうホトケ軍団
全体でドイステープの宗教パワーを形成しているということなのかもしれない。
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しかし何たって天下のドイステープ。地元のタイ人たちは熱心にお参りしてます。
ここでも「全員がお参りするコレ」っていう“的”があるわけじゃなく、参拝者によって
お祈りする対象のホトケ様は異なる。
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うむ?何だコレは。
みんながオタマで液体をすくって火の壷に入れているようだが・・・
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こりゃ油だ。この火の壷の下に大きな「油溜まり」があって、太い芯が沈めてある。
ここに油を注げば火が絶えないということで、きっと何かのご利益があるのであろう。
とりあえず珍しいからイ課長もやってみた。油の中にもお賽銭が沈んでら。
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しかしドイステープといえばやっぱコレ。あちこちからこの金ピカ仏塔を眺めてしまう。
ドイステープを紹介する写真には鉄板でこの仏塔だもんなぁ。
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アップで見ると、まぁーーすごいね、金箔がハゲたところなんて一カ所もない。
というか、これは何かに金箔を貼ったというより、元々金色をした板金を加工してこういう
形に組み立てたように見える。細かい飾りの装飾がスゴいワ。
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とにかく理屈を越えて圧倒する絢爛豪華金ピカパワー、堪能させていただきました。
ドイステープ、こういうところなのである。しかしせっかくここまで来たら、ぜひ
もう一カ所行くべき所があるので、それは次回ご紹介しよう。


 

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by tohoiwanya | 2017-01-16 00:14 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2016年 12月 19日

出家するということ

ロンドンからまた話は東南アジアに戻る。2015年の旅行ネタはまだまだ残ってるのだ。

ラオスもタイも仏教国だから町を歩いてるとお坊さんを見かけることは多い。
同じように坊主頭で、衣の色も似てる。パッと見ただけじゃどっちの国のお坊さんか区別がつかない。
だけど、両国のお坊さんにはビミョ~な違いがあるように思うんだよなぁ。
(下の写真、上段がラオスで後段がタイのお坊さん。僧衣の色も同じだ)
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どちらの国でもお坊さんをよく見かける理由は「数が多いから」に他ならない。理の当然。
それもそのはず、タイでもラオスでも「男は一度出家することがイイ」とされているらしい。

つまり普通の学生やサラリーマンでも一度は出家して僧籍に身を置き、また還俗するわけ。
出家期間はごく短くて、ひと月とか半月とかでも全然問題ないらしい。10月に亡くなった
タイのプミポン国王も出家経験がある。下がネットで拾った出家中のプミポン国王。この時は
15日間やったんだとか。国王が普通のお坊さんと同じように裸足で托鉢。立派な人だなぁ。
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仮にイ課長がラオス人もしくはタイ人で、一か月出家したとする。それはイ課長自身はもちろんだけど
特にオフクロに対する大変な功徳につながるらしい。そもそも女性は出家できないから、タイやラオスでは
「自分の息子が出家する」ことは女性にとってはアリガタイ宗教的栄誉と捉えられるようだ。

・・・と、この辺まではお坊さんが多い背景も、出家に対する考え方もタイとラオスとは似てる。
どっちの国も上座部仏教(俗にいう小乗仏教)だから、大乗仏教がキホンの日本とは若干違うのも
同じだ。でも両方の国を旅行したイ課長としてはさっき言ったように基本は似ててもビミョーに
違う部分があるようにも思うんだよね。特に思ったのは何かっつうと・・・

ラオスのお坊さんはやけにコドモが目立つ。タイのお坊さんの方が年齢イッてる。 ということだ。
どっちの国もお坊さんは多いが、その年齢層には差があるように見える。つうか、明らかに違うよ。
なぜラオスのお坊さんのコドモ比率が高いのか?イ課長なりに理由を考えてみた。
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こう言っちゃナンだが、タイに比べりゃラオスは圧倒的に貧しい。貧しい国の男の子が
「食うに困らない」ようになるためには出家するか、軍隊に入るのが早道なんじゃないか?

ラオスのコドモ修行僧たちはきっと「軍隊に入れる年齢にならない子供たちが出家した」って
ことじゃないの?僧になれば本人は食うに困らない上に、家族にとっても“口減らし”になるからね。
ラオスには失礼だがそんな想像をした。

しかし、調べてみるとちょいとばかり事情が違うらしい。

ラオスにコドモの出家僧が多い理由には多分に「学校がわり」っていう側面がありそうなんだよ。
むろんラオスにだって普通の学校はある。だが中には貧しくて学校行けない子もいる(と思う)。
そういう子が勉強したいと思った時、出家というのが有効な解決策になるみたいなんだよね。
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ラオスで男の子が出家すると、修行のかたわら一種の仏教学校みたいなところに入れるらしい。
そこではホトケの教えも学ぶけど、それ以外の国語やら歴史やら外国語やらの“普通の教科”も
勉強できるんだと。出家すればタダ(かどうかは未確認だが)で学校に行けて衣食住も保証される。
となれば、貧しい家の男の子(およびそういう子を持つ貧しい親)は「よし、出家だ」ってなるよねぇ。
ある意味、国の義務教育の一部をお寺が担ってるような形。

イ課長はターゲットにならなかったけど、ルアンパバーンじゃ外国人観光客が若いお坊さんの
英語の練習相手としてよく話しかけられるらしい。こういうところからもラオスの少年修行僧たちは
海外への興味や向学心が強い青年たちであることが伺える。
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そう考えるとタイのお坊さんの年齢がイッてる理由もなんとなく想像がついてくる。
タイにもおそらく仏教学校のようなものはあるんだろうし、そこで学ぶ子供もそれなりにいるはずだ。
でも、普通の小学校・中学校に通うコドモの方が圧倒的に多いのは間違いないはずで、さっき言ったように
男性が短期出家するとしても青年期以降が多いんだと思う(プミポン国王が短期出家したのも
30歳の時だったらしい)。必然的にお坊さんの年齢も高めになるはずだ。

タイでは「コドモの僧」を見かけることは少なく、逆にラオスではやたらに見る。
「なんでこんな差があるんだろ?」と思ってたんだけど、いろいろ調べてみるとどうやら
そういうことじゃないかと思われるのである。もし間違ってたらゴメンネ(ヲイ!)。


 
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by tohoiwanya | 2016-12-19 00:29 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2016年 12月 09日

チェンマイの平面仏教美術たち

タイとラオスとじゃ経済力そのものも月とスッポンくらいの格差があるけど、そういう格差は
仏教寺院を見ても感じる。ヴィエンチャンやルアンパバーンで見たお寺も日本人から見りゃ十分
金ピカだったけど、タイに来ると「さらに金ピカ」だと思った。
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補修や手入れの度合いが違うんじゃないかな?仏像だけじゃなく、お寺自体の装飾もタイの方が
ラオスよりキラキラ度は高い。チェンマイのキラキラ寺院を見てると「ラオスのお寺はああ見えて
実はけっこう地味だったんだなぁ」と思ったよ。

本日はそんなタイのお寺に描かれた(あるいは彫られた)平面美術についてまとめてご紹介したい。
お寺の壁とかにレリーフが彫られてたり絵が描かれてるのはラオスでも見たけど、古都チェンマイの
ソレはけっこうインパクトがあった。特に本日ご紹介する後半の絵のインパクトはすごかったね(笑)。

まぁまずは穏当なところからご紹介するか。たとえばこんな絵はいかが?
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こういうヨロイを着た人の絵がけっこうあったねぇ。
これは誰なんだろう?ヨロイを着てるってことは毘沙門天?(まさかぁ)

こっちもやはりヨロイ着用だが・・・これは・・女性か?オトコには見えんが。
マツゲを強調した目の感じはちょっと少女漫画的で、まぁこれはこれで面白い。
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ドイ・ステープにはこんなレリーフ調のヤツもあったな。
手が上下2セット・4本あって、チャクラム(輪ッカ円盤状の武器)らしきものを持ってるってことは
これはヴィシュヌ神かもしれないけど、よくわからん。
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こういうのは大体お堂の扉とか、外側壁面とか、そういうところで見かけた平面美術だ。
まぁ日本のお寺じゃ見かけないモチーフではあるけど、それほど強い違和感は感じない。
東南アジア的な仏教美術として、とりあえずフツーの気持ちで鑑賞できる。

しかしお堂の中に入り、内部壁面に描かれた絵を見ると「なんだこりゃ感」がグッと高まる。
こんな絵が薄暗いお堂の壁に描かれてりゃ、そりゃ驚くって。
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何ですかこれは。何やらすごい。
真ん中でボワーッと後光を放ってるのはお釈迦様だろうなぁ。後ろにいるのはたぶん
弟子集団と想像される。しかし弟子はなぜ全員マユゲがないの?それが気になってしょうがない。

こちらもマユゲなしの(たぶん)弟子軍団。異様だ。
しかしマユゲなしも問題だが、この絵のタッチ・色調だけでも十分衝撃的だったよ。
どうやって描いてるのか知らないけど、この絵の感じを見てイ課長がすぐ連想したのは
お風呂屋さんのペンキ絵。まさかこれもペンキで・・いやさすがにそれはないと思うが。
しかもハッキリ言って絵はあまり上手くない。
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これらの絵、たぶん「ブッダ物語」における何かの有名な場面を描いているんだろう。
しかしさー、もうちょっとこう・・描きようってモンがあったのでは?と思わずにいられない。
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これらの絵が持つ強烈な違和感に比べりゃ、さっきのヨロイの絵やレリーフは格調高いよ(笑)。
ラオスじゃこんなペンキっぽい仏教画、見なかったぜ?これってタイ風なの?下の絵なんてさぁ、
背を向けてるのはたぶんお釈迦サマだろう。つまり仏教。それにひざまづいてる顔の多い方々は
明らかにヒンズー教のカミさまじゃないか?ブラフマーとか(彼はたしか顔が4つくらいある)
もうワケわからん。いずれにしても長時間ジッと見とれるって感じの絵じゃないよねぇ。
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これはお釈迦様入滅の図か。
この絵では手前の弟子たち、マユゲがあるように見受けられる一方で鼻がない人物が散見される(笑)。
そりゃさぁ、これも有り難い仏教画ではあると思うよ?思うけど、イ課長がもしどこかの
お寺の住職だとしたら、こういう絵を自分の寺の壁に描きたくはないなー。
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ちなみに、本日載せたカラーの絵は複数のお寺で見たのだ。あちこちにあるんだよこういう絵が。
このわかりやす過ぎる構図や派手な色彩感覚、インドの宗教画に近い。昔載せたガネーシャの絵
色はド派手だったもんなぁ(でもこのタイの壁画よりはずっと絵が上手だったと思う)。

イ課長の帰国後、これら一連の仏教画?の写真を見たトホ妻は「ぎゃあ」と言って逃げ出した。
まぁ正直言ってイ課長も「う・・・」と思うところはあったけど、目をそむけてはならん。
これを写真に撮ればブログ記事1回分書けると思って頑張って直視してきたのである(笑)。


 

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by tohoiwanya | 2016-12-09 00:20 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2016年 10月 30日

ルアンパバーンで托鉢を見る その2

前々回書いたように、ルアンパバーンで迎えた最初の朝、イ課長はさっそく
早起きして托鉢の様子を見学した。それに安心して翌朝はしっかり寝坊した(笑)。

さて三泊目の朝。ルアンパバーンで迎える最後の朝ということになる。
この日は他の理由もあって早起きしたから、とりあえずまた托鉢を見よう。
前回はワット・マイの前で見たから、この時は托鉢見学スポットとして
推奨されてる小学校の前まで行ってみた。明け方で、まだ夜のように暗い。
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おおお、何やら托鉢用の“席”と思われるものがズラッと並んでいる。
向こうに座ってる人たちの様子から考えて、これはおそらく「托鉢体験ツアー」に
参加する外国人観光客用に設けられた席なんだと思われる。
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こっちもギッシリ観光客が並んでる。当然、彼らが持っているゴハンやなんかも
ツアー会社側で用意したものってことだよな。
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てなこと言ってるうちに早くも托鉢スタート。体験ツアーに参加した観光客は
写真撮ったりしてて、しょせん観光気分。何だかなぁ・・。
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このあたり、確かに托鉢のお坊さんたちはたくさん通る。そういう意味では見学場所として
いいのかもしれないけど、欧米人観光客のみなさん、どうもゴハンをあげるのが下手で、
スムーズな托鉢とは言い難い。

二日前の見た地元の人たちは、托鉢の時みんな手づかみでゴハンをあげてた。
日本人でもオニギリ作るとか、お稲荷さんにゴハン詰めるとか、手づかみでゴハンを
扱うことに多少は慣れてる。おそらくアジア人の多くはそうだろう。

ところが体験ツアー参加者たちは全員シャモジでやるんだよ。用意された「托鉢グッズ」が
そうなってるってことなんだろうけど、欧米人たちはどうもゴハンの扱いがうまくなくて
お坊さんが渋滞したりする。いやー確かに小学校前、お坊さんの数はすごく多いワ。
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ちなみに、托鉢であげるものは必ずゴハンと決まってるわけではないようで、お菓子っていう
こともあるようだ。これが体験ツアー参加者用の「お菓子セット」だと思われる。これなら
確かに手で渡しやすいが、ゴハンに混ぜてコレをもらったお坊さん、どうするんだ?
商品名の感じじゃ中国製かタイ製が多いようだね。
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小学校前は托鉢体験ツアーの観光客が多いから、ズラッと並んだ観光客からひととおり
ゴハンやお菓子をもらうとお坊さんが持ってる鉢の中はそういうもんでけっこう一杯になる。

すると、列の最後に「それを捨てるところ」があって、みんな次々と捨ててくではないか。
何となくこの光景だけ見るともらった端から廃棄物として捨ててるようにしか思えないけど
モチ米はあとでオカユか何かにして食う・・という話も読んだ。そうであってほしい。
お菓子の行く末は不明。
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こういった一連の光景を見てるうちに、何となくガイジン向け托鉢ショーを見学してるような
気分になって、何だかなぁ・・って思っちゃったんだよね。二日前にワット・マイで
真摯なカドッコへの祈りを見てるだけに、よけいそういう気分になるのかもしれない。
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そこで小学校前は早々にヤメて、他の場所に移動することにした。
このあたりがいいんじゃないか?地元のオバさんやおばあちゃんなら信頼できそうだし、
とにかくこのヒッソリとした感じが好ましい。
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さすが慣れた地元の人。手づかみでサッ サッと鉢に入れてってスムーズだし
観光体験ツアーと違って托鉢で功徳を積むといった宗教的意義がちゃんと感じられる。
やっぱこうでなくちゃ。後ろの黒ワンコもいい感じだ。
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というわけで、小学校前は通るお坊さんの行列は長くて数も多いけど、外人観光客が多くて
その分、托鉢が本来持つ宗教的意義というのはどうしても薄れる。「ワット・マイの前で
見た時の方がよかったなぁ」と思うのは致し方ないところだ。

もし、これをお読みの日本人が托鉢体験ツアーに参加すれば、おそらく小学校前に“配置”され、
欧米人と一緒に托鉢グッズを渡されるんじゃないかと思う。その時は同じアジアの民として、
とりあえずシャモジでなく手を使ってゴハンをあげることをご提案したいのである。


 

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by tohoiwanya | 2016-10-30 00:01 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(6)
2016年 10月 27日

神はカドッコに宿る国・ラオス

「神は細部に宿る」という有名な言葉がある。

見過ごしがちなディテール(細部)こそ重要、あるいは真に重要なものは目につきづらい
という意味でよく使われる。昔から伝わる有名な言葉かと思ったら、実は20世紀の建築家、
ミース・ファン・デル・ローエが言ったとされている。へーそうだったの。

ルアンパバーンの托鉢の続きを書くはずの記事の冒頭にこんな話を書いたのは理由がある。
あの托鉢の後、観光客が誰も注目しないワット・マイで見た感動的な光景のことを書くための、
これはいわば前フリなのだ。あのコトについては托鉢記事の一部にせず、独立した記事にしたかった。

ワット・マイの前で托鉢が終わったのは、まだ6時半にもならない時間だったはずだ。
ワラワラとオバさんたちが解散するから「終わったんだな」ってことがわかる。
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さて・・さっき準備してた朝市がもう始まってるはずだから、それ見るか。
そう思いながら、何となく早朝のワット・マイの境内にふらふらと入っていった。

お?さっき托鉢してたオバさんたちがワット・マイでお祈りしてる。托鉢が終わったあと、
さらにこうやってお寺でジックリとお祈りするんだねぇ。托鉢は世界中の観光客がカメラを構えて
集まるけど、托鉢が済んだあと、静かなお寺の中でこうしてお祈りする人たちに注目する観光客は
誰もいない。地元の人たちだけの真摯かつ素朴な祈りの時間。
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不思議なことに彼女たちはご本尊の金ピカ大仏のいる本堂ではなく、境内に設置された
仏塔に対してお祈りしてる。ふーーむ・・なんとなくイイ感じではないか。絵になるねー。
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おおお?このおばあさん、仏塔のカドッコに水をあげながらお祈りしてる。
なんでカドッコに水を?
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イ課長の驚きはだんだん大きくなってきた。
このおばあさんだけじゃない。ほら、下の写真の手前のオバさんもやっぱり仏塔の土台のカドッコに
水をあげてる。ラオスでは地面にある何かのカドッコが祈る対象なのか?
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カドッコになぁ・・と思いながらワット・マイから歩道に出ると・・・おおお!
ここでは別のオバさんが歩道の並木が植わってるところにお線香立ててお祈りしてる!
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このオバさんもやはりカドッコに水をあげてるぞ。
お寺の施設でも仏塔でもない。もう一度言うが単に歩道の並木が植わった土のカドッコだよ?
不思議だけど、同時に感動的な光景だった。その理由や背景はわからないけど、地面にある
何かのカドこそが重要なのだ。そこが祈りの“的”であり、彼女たちにとってたぶん仏はそこにいる。
神はカドッコに宿ってるんだよ。
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この後行ったバンコクのマッサージ屋さんで、ある施術者のお姉さんとヘボ英語で話をしてたら
彼女がラオスのビエンチャンから来て働いてるということを知った。そこでイ課長はさっそく
デジカメを取り出し、上の写真を見せて「ラオスではコーナーに向かって祈るのですか?」と
質問してみた。この質問をされた時の彼女の表情がまた印象的だったねぇ。

その理由や背景を彼女の英語力(イ課長と同じくらい)で説明するのは難しかったんだろう。
口頭による説明はなかった(まぁ宗教的背景を流暢な英語で説明されてもわからなかっただろうが)。
でもその笑顔からは「そうよ?ラオスじゃあったり前なのよ~?」「よく気がついたわねアンタ」みたいな
ちょっとお国自慢的というか、ちょっと鼻高々の気持ちが伝わってきた。たぶん同じ仏教国でも
ラオス独特、タイにはない習慣なんじゃないかなぁ。

この旅行を通じてラオスやタイでいろんなお寺を見たり、参拝や托鉢の様子を見たりしたけど
ルアンパバーンのオバさんたちが地面にあるカドッコに向かって無心にお祈りしている姿は
イ課長が最も感動した宗教的光景だったと言っていい。

という理由もあって、イ課長としてはルアンパバーンで托鉢を見るならワット・マイの近くを
推奨したいのである。あそこで托鉢の一部始終、さらにそれが終わったあとの「カドッコへの祈り」の
様子を見れば、ラオスの人々の素朴で無心な祈りの思いを感じられるんじゃないかと思うのだ。
もちろん、見る時は祈りのジャマにならないように、静かにソッとご覧ください。

逆に、托鉢鑑賞スポットとしてガイドブック等が勧める小学校前は個人的にはお勧めしない。
なぜお勧めできないかは次回更新で書きたいと思う。


 
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by tohoiwanya | 2016-10-27 00:07 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2016年 10月 25日

ルアンパバーンで托鉢を見る その1

ロンドンの話からまた東南アジアの話に。書くネタが潤沢にあるってすばらしいなぁ。

世界遺産の町・ルアンパバーンで見るべきものは多いけど、やはり何てったって
早朝の托鉢だけは見なきゃこの町に来た甲斐がない。まだ薄暗い早朝、ダイダイ色の
僧衣をまとった修行僧たちが列をつくって托鉢する様子はこの町で必見の風物詩と言っていい。
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イ課長だってその辺はわかってるから、ルアンパバーン到着翌日の朝は5時起床。
5時半にはカメラを持ってホテルを出た。托鉢のルートはいろいろあるんだろうけど、
とりあえずメインストリートのシーサワンウォン通りを“張って”れば間違いないはずだ。

ホテルからシーサワンウォン通りに出る狭い路地はおカミさんたちですごい混雑。
これは托鉢する人たちではなく、朝市の出店準備に励むおカミさんたちなのである。
早朝の朝市すらまだ開いていない時間。空も薄暗いね。
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通りに出ると、おお、もう準備はすっかり出来てるじゃん。あとはお坊さんが来るだけ。
このオバさんたちはおそらくすごく早起きしてモチ米を炊き(もっとも、湯気がたって
ホカホカには見えなかったからひょっとすると昨日の残りか?)、托鉢用の鉢に詰め、
毎朝こうやって準備してるんだろう。エラいなぁ。
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暑い東南アジアもこれだけ朝早いと涼しくてさわやか。しかし有名なだけあって
托鉢を撮ろうっていう外人観光客の数はすでに托鉢のオバさんよりも多く待機してる。

朝の静けさの中でぼんやり待ってると・・おおおっと、お坊さん登場。
いよいよ托鉢の開始です。カメラを構えた外人観光客もより良い撮影ポジションに
散っていきます。イ課長もはりきって撮影開始です。
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観光客には珍しくても、当事者たちにとっては毎朝の行事。
托鉢する方もされる方も慣れたもんで、ひょい、ひょい、モチ米を受け取っては
はい次の人、次の人、っていう感じでスムーズに流れていく。
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手前から二人目の、白髪まじりのおばあさん。カカトを立てて正座し、スッと背筋を伸ばして
托鉢する姿が実にサマになってる。特にこのおばあさん中心に写真を撮ろう(笑)。
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托鉢するオバさんたちはある程度固まって並んでる。そこを通過すると、お坊さんたちは
また次のオバさんたちがいる地点までスタスタと歩いていくわけだ。
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お、また別のお坊さん集団が来た。また黙々と托鉢が続く。何回くらいやるんだろうなぁ?
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お坊さんの集団はおそらく、それぞれ所属するお寺が違うんだと思う。
この時イ課長が托鉢を見たのはワット・マイの前だったんだけど、あるお坊さん集団は
こんな感じでワット・マイの方に向かってご挨拶?してる。みんなまだコドモの僧だね。
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ラオスの田舎町・ルアンパバーンの早朝の静かな托鉢。
うん、もしこの町に来たら、やはりこれは見ておくべきだと思う。
しかし見る場所は選んだ方がいいな。ガイドブックなんかだと小学校前あたりがお勧めと
書かれてるようだけど、イ課長としてはワット・マイの前でご覧になることをお勧めしたいんだよ。

なぜかって?
実はこの托鉢のあと、ワット・マイでたいへん感動的な光景が見られるのだ。
しかし長くなったから続きは次回に。


 
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by tohoiwanya | 2016-10-25 00:13 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2016年 09月 12日

早朝のヴィエンチャン散歩

前に書いたけど、ラオスに行った時は家からではなく会社が終わってから羽田に行き、深夜便に乗った。

飛行機の中ではグッスリ寝られないイ課長だから寝不足状態で早朝のスワンナプーム空港に着き、
さらに寝不足になってヴィエンチャンに着き、そのまま汗ダクになってパトゥーサイだの
タート・ルアンだのを徒歩で歩き回って見たわけだ。

夕暮れ時に早めの夕飯にチャーハン食って、ビアラオを1本飲み終わった頃には疲れて激烈に眠くなった。
まぁ当然だよな。早めにホテルに帰って死んだように眠ったのである。

で、次の日はものすごく早く目が覚めた。5時ちょい過ぎ頃だったと思う。
ぐっすり寝たから体調は良い。しかし、ただでさえ何もないヴィエンチャンでこんな朝早く起きたって
何もやることは・・・ん?待てよ?

このあと行くルアンパバーンじゃ早朝の托鉢が有名だけど、托鉢は何もあの町だけじゃあるまい?
敬虔な仏教国・ラオスならどの町でも毎朝托鉢はやってるはずで、当然、ヴィエンチャンでもあるだろ。
何時に始まるかわかんないけど、そろそろ托鉢タイムないんじゃないか?ちょっと様子を見てみるか。

さっそくカメラを持って早朝5時半頃のヴィエンチャンに出てみた。
結果的に、この早朝散歩はけっこう充実したものになったわけで、この早朝散歩がなかったら
この町に対するイ課長の思い入れも今よりだいぶ浅いものになったはずだ。早起きは三文の徳という
基本原理はラオスにおいても威力を発揮するのである。

まだ薄暗いというか、ナマ明るい早朝のヴィエンチャン。
昼間ですら人が少ないんだから、早朝だともうホントに閑散としてる。たまに車やバイクが通るけど
歩行者なんてイ課長くらい。いくら早朝とはいえ、あまりの人ッ気のなさに呆れるやら感動するやら。
同じ時間のサイゴンだったら今頃はもうそこらじゅう通勤バイクがブンブンいってるはずだ。
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おっ、托鉢スポット発見。
あそこに座ってお坊さんたちにゴハンをあげるわけだな。この様子ではまだお坊さんは未着らしい。
なーるほど。托鉢するガワも「そろそろだ」となったらこうやって道路に座って準備してるわけやな。
これもまだ6時前だったはずだ
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と思ってると道の向こう側にお坊さん発見。
しかしこの時は慌てて道路の向こう側に渡って托鉢の写真を撮ろうとは思わなかった。
托鉢ならこの後行くルアンパバーンでしっかり見られる。とりあえず今日と同じくらいに起きれば
托鉢を見られるということは確認できたし、本日は「異様に人気のない早朝のヴィエンチャン」を
もうちょっとあちこち探検しようではないか。
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さらに歩くとショッピングモールのタラート・サオとか、ヴィエンチャンでも屈指の由緒あるお寺
ワット・シーサケットがある。この時間じゃタラート・サオはまだ開店してないだろうけど、朝のお寺は
何かやってるんじゃないか?

ランサン通りをメコン川の方向に南下して歩く。つきあたりがラオスの大統領官邸。
時計を見るとちょうど6時ちょっと過ぎだ。時々こうやって時計を撮っておくと後で便利だな(笑)。
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そのワキにあるのがさっき言った由緒あるお寺ワット・シーサケット。
しかし残念ながら早朝だから閉まって中には入れない(たしか9時頃から開くはず)。
でもお寺の周囲にはいろんな仏教的造形がいろいろ配置してあって、見てると飽きない。
もちろん、こんな所をウロつきまわってる観光客は・・つうか、人間はイ課長一人だけである。
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ん?明かりが見える。何だろう?
近づいてみると・・・おおおっ・・お坊さんが一人で何かおツトメをしておる。
なかなかイイ光景だったので、そーっと写真を一枚撮らせていただいた。ごめんちゃい。
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ラオスの仏教っていうとルアンパバーンの朝の托鉢が有名だけど(いずれたっぷりご紹介する)、
有名になりすぎてあまりに観光客だらけで、ちょっと観光ショー化した部分がないとはいえない。
しかし、この早朝のヴィエンチャンでたった一人で仏さまと対話しているお坊さんの姿は
まことに真摯なもので、ちょいと感動的だった。

いやー早朝の散歩は涼しくていいなぁ。まだホテルに帰るには早いし、人気のないヴィエンチャンを
もうちょっと探検してみようじゃないの。というわけで、ワット・シーサケットを後にしたイ課長は
こんどは東の方向を目指したのであった(つづく)。


 
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by tohoiwanya | 2016-09-12 00:12 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2014年 07月 20日

ゲントの祭壇画 -神秘の子羊-

ゲントで行きたいと思ってた屋内観光物件。それはある教会が所蔵する祭壇画なのである。

以前にルーブル美術館の記事にも書いたけど、イ課長の美術的教養の大部分は
NHKの「ルーブル美術館」シリーズと朝日新聞の「世界名画の旅」シリーズで形成されている。

その「世界名画の旅」でゲントの祭壇画、別名「神秘の子羊」という絵を初めて見た。
宗教画だから内容はよくわかんないんだけど、とにかく保存状態が良いせいか異常に色が鮮やかで、
描かれているもののディテールが異常に細密で、要するに「何だかわからんが異常にすげぇ」っていう、
そういう印象の絵だったんだよ。ファン・アイク兄弟が15世紀に描いたとされる。

フランドル絵画の傑作中の傑作と言ってもいいこの祭壇画はゲントの聖バーフ教会に所蔵されている。
せっかくゲントに来たんだから行ってみようじゃないの。下の写真右側が聖バーフ教会。入場は無料だけど
教会には特に見るべきものもなくて、祭壇画は別室に展示されてる。こちらはさすがに無料ではない(笑)。
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ファン・アイク兄弟の話をするために、先に別の絵のことに触れよう。
この兄弟、とにかく絵が上手だったんだけど、特に弟のヤン・ファン・アイクは「神の手を持つ男」と
言われたほどの技術の持ち主で、彼が描いた有名な絵に「アルノルフィニ夫妻の肖像」という絵がある。
「ああ、この絵は見たことがある」という方も多いだろう。
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この絵も絵画史上の傑作中の傑作と言われてて、特にヤンの異常なほどの細密描写技術の例として
よく引き合いに出される。この夫婦の真ん中にギザギザのついた小さな丸い鏡があるじゃない?
この小さな鏡を拡大するとだ・・・
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こんな具合に実際に凸面鏡に映った部屋、モデル、絵を描いてる自分自身まで描き込んでるから驚く。
鏡自体に施された装飾の細密な描写も「そこまで描くか?」ってくらい細密。昔から思ってるんだけど、
こういう人間業とは思えないくらい精密にリアルに描かれた絵って、逆に幻想絵画に近づくよね。

こういう異常な技量を持った画家が、その異常な技量を余すところなくつぎ込んで描いた祭壇画。
さぁそれではご一緒に鑑賞・・と言いたいところだが、中は撮影禁止なので、Wikipediaにあった画像を
拝借させていただこう。
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祭壇画は大きなガラスケースの中に納められてて、表も裏も鑑賞できるようになってる。
(裏側には、ちょうど祭壇画のフタにあたる部分の絵があって、これがまたスゴいんだ)
細部をご覧いただくにはこのサイトがいい。どんどん拡大して見てごらん?ちょっとびっくりするよ。
ハッキリ言ってこの祭壇画、拡大して見ないとそのスゴさはわからないのだ。

上段中央の「父なる神」が胸にかけてる宝石の飾りなんかは得意の光沢描写テクニックが
ふんだんに使われてる。ヤン・ファン・アイクくらい異常に絵が上手になっちゃうと、こういう
「光沢を放つ宝石」みたいな得意中の得意といえるモチーフは居眠りしてても描けたんじゃないかと
思えちゃうよね。細部を精密に絵画として再現することにかけちゃまさに天才だった。
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下段左の騎士たちの甲冑の光沢表現もまたお手のものって感じだけど、油絵の歴史においては
こういうテクニックこそまさに革新的技法だったらしい。
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上段左寄りの聖歌隊がまたすごい。服の刺繍や宝石の細密描写のスゴさはいつものことだけど、さらに歌い手の
歯や舌の位置まで正確に描かれてて、誰がどのパートを唄っているのか推測できそう、とすらいわれてる。
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上にも書いたように、普通の距離から実物を見ただけじゃここまで細部はわからない。
この拡大可能サイトの絵を見て、改めて「うわぁすげぇ絵を見たんだなぁオレは」と思ってるところ(笑)。
細部を観察したい場合、双眼鏡とか持ってって見るっていうのも一つの方法かもね。

バーフ教会の外にこの祭壇画を描いたファン・アイク兄弟の銅像がある。
雪が積もって寒そうだけど、まぁとにかく大した兄弟だったよキミたちは。
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ちなみに、このゲントの祭壇画はいま段階的に修復してるそうで、そのスケジュールは以下の通り。

2012年10月~2014年10月:祭壇画の扉部分、外側のパネル
2014年10月~2016年4月:祭壇画内側、上段部のパネル。中心部「父なる神」を含む。
2016年4月~2017年10月:祭壇画内側、下段部のパネル。中心部「神秘の子羊」を含む。

イ課長が行ったのは2013年2月だったから、主要部分は修復前で実物を見られたわけだ。
内側の上段・下段、「父なる神」や「神秘の子羊」はこの祭壇画のキモだから、これを見たいという方は
今年10月までにゲントに行くか、さもなければ2017年11月まで待った方がいいのかもしれない。


 
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by tohoiwanya | 2014-07-20 00:14 | 2013.02 欧州出張 | Comments(4)