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2017年 05月 07日

旅の移動で熟睡する能力

もう一つだけ英国と関係ない話題を続けるか。
黄金週間特別企画と思ってご容赦いただきたい。

本日の標題だが、この能力がある人をイ課長は羨ましいと思う。イ課長にはこの能力が
あんまりないんだよね。トシと共にますますなくなってきたかもしれない。

たとえば成田空港に行くバス。
前の晩遅くまで荷造りし、当日は超早起きして乗るなんてことが多いわけで、
たっぷり寝るには最適なんだけど、いつもなぜか眠れない。困ったもんだ。
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飛行機でもあまり眠れない。これは乗ってる時間が長いからさらに困る。
これまでの経験だと飛行機で猛烈に眠くなるのはいつも離陸前のタクシングの時で、この時だけは
不思議と眠くなり、実際寝てしまう。しかしいざ離陸するとなぜかフッと目が覚めちゃう。
そうなると、おしぼりだのドリンクだの食事だの、途中いろいろあるからますます眠れない。
350mlの缶ビール1~2本程度じゃアルコールも全然足りないし(笑)。
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イ課長の場合、身長に対して座席が狭く、手足を伸ばせないという障害が大きいのも事実だが、
足が伸ばせる非常口前の席でもウトウトするくらい。ぐっすり眠った経験ってあまりない。
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鉄道やバスなら眠れるかっていうと、これがまたそうじゃないから困る。
最近の例だとサイゴン⇒プノンペンやシェムリアップ⇒バンコクの陸路国境越えの時。
寝ようという本人の意欲は非常に強いのに眠れない。そういや2011年欧州出張で、
シュツットガルト⇒パリ間のTGVに乗った時もそうだったなぁ。降りるのはパリ東駅。
つまり終点。寝過ごす心配ゼロ。「よし寝るぞー」と思ったけど、やっぱり眠れない。
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何だカンだ言って、海外での長距離移動じゃ緊張して気が張ってるから眠れないのか?
それとも、トシとったせいかな?確かに若い頃の方が旅の移動でそれでもけっこう寝てた気がする。
トシをとると食も細くなり、睡眠欲も減退するのか?あるいは単に乗る前の疲労度の問題か?

なぜこんなことを書いたかというと、8月の旅行でイ課長は久しぶりに夜行バスでの移動を
旅程に組み込もうと思ってるからだ。外国で夜行バス乗るのはすっごく久しぶりのはずで、
もしかすると90年代のスペイン旅行以来かもしれない。だとすると約20年ぶりだ。
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夜行列車や夜行バスだと車中で眠れるか眠れないかの違いはさらに重要だ。
目的地に着くのは大体朝で、着いたらアレしよう、コレしようっていう計画が必ずある。
バスの中ではグッスリ眠っておいた方が絶対イイわけだが、どうも過去の経験から考えると
そうなってくれるとは限らない、つうか、そうならない可能性の方がずっと高そうだ。

やっぱ決め手は乗る前にどのくらい疲れているか、かな。乗る前にクタクタに疲れていれば
どんな交通機関だろうがイヤでも寝るよな。ブダペスト日帰り観光の時の帰りの列車なんか
イ課長もトホ妻も死んだように熟睡した。あン時は疲れてたよ、確かに。

夜行バスに乗る当日は早起きして、とにかくシャニムニ観光する。歩き回る。不必要なくらい
重い荷物でも背負ってやれば尚よし。そのくらいやって極限まで疲れておけば、バス乗ったとたんに
バタッと意識失うだろ。もっとも、そのまま永久に目覚めないリスクもありそうだが(笑)。


 

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by tohoiwanya | 2017-05-07 00:04 | 2017.08○○旅行 | Comments(3)
2017年 03月 21日

旅の疲労について考える

年度末、もうイ課長は仕事でクタクタざます。
パソコン画面みすぎて最近は目がチカチカし始める始末。3連休はしっかり休みたかったけど
もちろん休日出勤+自宅仕事に明け暮れなければならない。もう疲れたっす。
だもんで本日は疲労をテーマに書くのである。

2月末から書き続けてきた一連の英国ネタ。
ビクトリア駅からカンタベリー行って大聖堂や聖オーガスティン修道院廃墟を見たのも、ロンドンで
トラファルガー広場ブラをつきポートレートギャラリーを鑑賞したのも、コヴェントガーデンで
オペラ観たのも、ついでにいえばカンタベリーからの帰りの列車で畑のワダチに疑問を感じたのも、
ぜーーーんぶ2016年6月21日火曜日の出来事。

ホテルを出たのがたぶん朝7時頃。オペラ観終わってホテルに戻ったのは深夜0時過ぎ。
列車ン中やオペラ鑑賞中は座ってジッとしてたわけだけど、あとの時間は大体歩き回ってた。
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もうね、ホテルに戻った時は極限まで疲れてましたですよハッキリ言って。
北杜夫の表現を借りれば「掘り出して1年目のゴボウのように疲れ果てて」いた。
それはトホ妻も同様で、ホテルに戻った後は二人とも寝る支度をして先を争うように寝た。

確かにこの日は盛りだくさんの観光メニューではあったわけだが、この日に限らずこの英国旅行では
鉄道で日帰り遠出や夜のシアター系娯楽が多かったからどの日もけっこう盛りだくさんで、結果的に
夜はメシを食うのもそこそこに疲れ果てて寝るっていうことが多かった。
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東南アジア一人旅でも酷暑ン中歩き回って疲れ果てたことは何度もある。しかし英国では明らかに
東南アジアにいた時よりくたびれたという実感がある。なぜなんだろうかとロンドンで考えた。

①気候の違い
これは影響してると思う。クソ暑い東南アジアやインドで朝から深夜まで外出なんてしたら
汗かきすぎて死ぬ。だもんで冷房の効いたホテルに戻って一休みすることがよくある。
しかしヨーロッパだとそういうことはないから汗もかかずにいつまでも歩き回れる。これがいかん。
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②夜の過ごし方の違い

観光客なら世界どこに行っても昼間は観光しようとする。問題は夜だ。
ロンドンに限らずヨーロッパの都市だと夜の娯楽、特にシアター系の娯楽がいろいろあるからねぇ。
コンサートだのオペラだの夜遅くまで外出することになる。イ課長の場合出張でもそうなるが(笑)。

メシ食って夜店をブラつき、さてマッサージ屋でも探すか・・なーんてのどかな夜の過ごし方は
ヨーロッパじゃなかなかできないわけですよ。
 
③連れがトホ妻だから
結局この要素が一番大きいかもしれん(笑)。
トホ妻と海外行ったことは何度もあるけど、実はヨーロッパ以外一緒に行ったことないんだよね。
これはヤツが他のところに行こうという気にならないという単純な理由によるんだけど、結果的に
トホ妻との旅行では必ず①②の条件が揃うことになる。

そう考えるとトホ妻と行った過去の旅行でもいろいろ疲れ切ったシーンが思い出されてくる。
新婚旅行の時ウィーンでオペレッタ見た時は昼間の疲労でイ課長は9割がた睡眠鑑賞した。
トホ妻だってフィレンツェじゃ疲れ果てて眠りコケてイ課長ひとりで晩飯食いに行ったなんて
ことがあったもんなぁ(イ課長の場合、疲れててもメシは食いたがる)。
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ブログに書いたウィーン旅行の時もけっこうなハードスケジュールで、ブダペスト日帰り旅行の
帰路の列車で失神するように泥眠したことは今でも話題になるくらい。トホ妻とヨーロッパを
旅行するのはなかなかタイヘンなのである。

我々が生き延びれば24年後に金婚旅行ということになるかもしれないが、その時は二人とも超老人。
国内で温泉行くくらいがせいぜいかなぁ・・。そう思えばムリできるうちにしておけという
ことになるのかもしれないが・・(書き手が疲れてるので本日の記事に結論はない)。

 

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by tohoiwanya | 2017-03-21 00:07 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(6)
2016年 05月 13日

避寒について考える

いきなり年寄じみた話で恐縮だが、イ課長は何年も前から「頸椎症」を患っている。
要するにクビの骨の経年劣化の一種で、脊柱管狭窄症のクビ版みたいなモンなんだと思う。

頸椎症ってくらいだから問題の所在は首にある。しかし実際の症状は頸椎を通って神経が伸びた先、
つまり腕や指にでてくる。どんな症状かっていうと、とにかくシビレるんだよ。
別に激痛があるわけじゃないけど、腕や指が恒常的にシビレてるってのもけっこうツラい。
(下の画像はNewton Doctorサイトから拝借。右は頸椎と頸椎の間の緑色のスキマが狭くなってるでしょ?)
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シビレがヒドくなると箸をもつとかボタンをはめるなんていう動作すら難しくなってくるらしい。
イ課長の場合、幸いまだそこまでじゃないけど、これまで何年かに一度のペースで発症して、
そのたびに整形外科行って首の牽引。あれカッコわるいんだよねー。

ところが「数年に一度」のペースだったものが去年と今年は連続して発症。去年は3月、今年は2月に
右腕が強烈にじわーんとシビレる。なんだか再発するたびに少しずつ症状が悪化してるような気がするなぁ・・。
しょうがないからまた整形外科行って首の牽引ですよ。

牽引みたいな対症療法じゃなく手術って方法もあるみたいなんだけど、頸椎症で手術したら
完治したっていう話をあんまり聞いたことがない。それにクビの手術ってちょっとヤダしねぇ。
まぁだましダマシつきあっていくしかねぇだろうなぁと思っているのだが・・。

この頸椎症、発症には明らかなパターンがありそうなのだ。
それは何かっていうと「症状は必ず寒い時期の終わりにでる」というパターンだ。
骨とか関節とか整形外科系の病気って、どうしても寒い時期に症状がでることが多いようで、
医者に聞いてみても「季節は関係あります」と断言してた。
寒くなるとどうしても首や肩をすぼめることが多くなるからクビ的によくないのは間違いないはずだ。

それならいっそのこと・・・と、ここで本日の標題が浮上してくる。
まだ何年か先の話だけど、イ課長が定年退職して「海外旅行バンバン行くぞ生活」を始めたとしよう。
旅行・観光で行ってみたいところはいっぱいある。しかしそういうアクティブな旅行とは別に、
日本が寒い時期、暑い国でグウタラ避寒っていいんじゃないか?それで頸椎症が避けられれば万々歳だ。

避寒っつうからには暑い国で、ある程度長期滞在が前提。やっぱ生活費の安い東南アジアだ。
いちいちビザとるのも面倒だから、ビザなしで入れる国にビザなしでの滞在可能期限ぎりぎりいるのが
いいよな。たとえば12月、ベトナムに2週間(ノービザ滞在期限は15日以内)いて、正月はいったん
日本に帰るけどそのあとまたタイで4週間(同30日以内)のんびりなんて、なかなか美しいではないか。
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冬にカンボジア長期滞在してじっくり遺跡観光ってのもいいけど、カンボジアやミャンマーはビザがいるから
ちと面倒。むしろラオスのルアンパバーンあたりで2週間のんべんだらり・・なんてのもイイなー。
ラオスも15日以内ならノービザなのである。
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そんなこと考え出すと夢はふくらむ。早く定年になりたいぜ(笑)。

あ、みなさん何か誤解してないか?これは別に遊びじゃないんだよ?病気療養のための避寒なんだからね?
寒いと頸椎症が再発するから、イヤイヤ、仕方なく行くんだからね?

などという妄想にふける、50代後半の初老男性なのでありました。
ちなみに、今年の頸椎症は3月から首の牽引を続けたおかげで(+たぶん、暖かくなったおかげで)
だいぶ改善してきた。暑くなる頃にはシビレなんてケロッと忘れちゃうんだろうな、きっと。
もっとも、来年の2~3月頃に再発する可能性も高いわけだが・・・やっぱ東南アジアに避寒だ避寒ッ!!

 
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by tohoiwanya | 2016-05-13 00:07 | 日本での私生活 | Comments(8)
2015年 06月 24日

海外でかかるビョーキってやつ

ワット・サイの時そばの呪い(というより自らの暴挙)によって腹をブチ壊されたイ課長。
そりゃ人間だから時には体調不良ということもあるけど、この時は自らが招いた災厄という
思いがあったから誰も恨めない。自分が悪い。同情の余地なし。
しかも場所は海外で状況は一人旅。同情してくれる人がいるわけでもない。悲しいねぇ。

思い起こしてみると、イ課長はこれまで海外でビョーキになったケースって意外に少なくて、
しかも風邪程度の軽いものが多い。記憶に残る海外ビョーキ歴ってこんなもん。

①新婚旅行の時、ヴェニスで風邪ひいた(ちなみに、トホ妻はその後スイスで風邪ひいた)
②2009年欧州出張の最後にブリュッセルで風邪をひき、フラフラになってブリュージュ観光
③2012年インド出張の最後にやはり風邪ひき。帰国後は「インド風邪」だってんで疫病扱い(笑)
④2013年東南アジア旅行の最後、帰りの飛行機の中で大ゲーリー大会

は冬の欧州という気象条件と、出張(旅行)中の疲れが重なった結果だろうな。
は外気と冷房との気温差にやられた可能性が高いけど、最も懸念していたゲーリーは
最後まで回避したわけだから「風邪程度で済んでよかった」といえなくもない。

しかしは完全に油断。ソムタム=パパイヤのサラダなら問題ないだろうと思ったけど、
混じってたカニ肉は盲点だった。まぁこの時も実際にはゲーリーの犯人はわかんないんだけど
あのカニ肉が限りなくクロだと思われる。ほとんどの乗客が寝ている深夜のフライトで
一人だけゲーリー大会に参加し、座席とトイレを何度も往復。苦しい&ミジメなのは当然だけど
日本まで全然眠れないっていうのも重なって、ありゃーツラかった。

さてだ。そこに今回新たに・・

⑤2013年末バンコク避寒旅行でプチ食中毒

という“病歴”が加わったことになる。
何せゲーリーだけじゃなく「上と下から」だからプチ食中毒という表現も誇張ではないのだ。
イ課長が海外でかかった病気の中じゃかなり重い部類に入る。しかも翌日は帰国する日だから
チェックアウトせにゃならん。ホテルでゆっくり休むこともできないわけか・・。

当然のことながらその夜はグッスリ快眠なんてできなかったけど、朝起きてみたらとりあえず
キモチ悪さはおさまり、空腹感もあったからホテルの朝食は食うことにした(食ったんかい!)。
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この日は何をするにも「急にトイレ行きたくなる恐怖」につきまとわれてたから行動は大幅に
制約された。観光する時もあまり遠くに行けず(それでも観光したんかい!)、タイ最後のメシも
食い慣れたものの方がいいと思って日本式ラーメン。せっかくタイにいるのによゥ・・。
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ゲーリーの時は水分補給が重要というのは知ってたし、何となく糖分が欲しかったから、その両方を
満たすためにダイエットじゃないコーラを1本買い、昼下がりのバス停のベンチに座って飲んだ。
このベンチがまた異常に低くて、小柄なタイのオバさんでも座るとこんなにヒザが深く曲がる。
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そこに巨大ロボットイ課長が座ればどういうことになるか、考えるまでもない。
完全にM字開脚状態でみっともないけど、他にこれといったベンチがなかったのだ。

あーあ・・バンコク滞在最終日の午後だっつうのに、こんなところでコーラ片手に休憩かよ。
体調さえマトモならもっとアチコチ行ったり見たりできるのに・・体は徐々に回復してる
実感はあったけど、キモチ的にはつくづく情けなかった。

下の写真見ると、M字開脚してるイ課長が何となくしょんぼりして見えるでしょ?
本当にしょんぼりしてたわけだから、そう見えて当然なのである(笑)。
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人様の話を聞くと、海外でのビョーキじゃもっと悲惨な例も(インドのハイパーゲーリーとか)
いっぱいあるみたいだし、今回のプチ食中毒くらい大したことはないといえるだろうけど、
やっぱ海外でビョーキになるのはつらいし情けない。特に腹下し系のビョーキは気をつけてれば
防げたかもしれないと思えるだけに尚更だ。みなさんもどうぞお気をつけ下さい(←殊勝)。

 
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by tohoiwanya | 2015-06-24 00:02 | 2013.12バンコク旅行 | Comments(6)
2015年 06月 22日

ワット・サイの「時そば」で腹がブチ壊れる

今日はいきなり落語の話から始める。
古典落語の中でも最も有名な噺の一つに「時そば」というのがある。

ご存知のように、あの噺の前半では口の上手いヤツがそば屋をやたらほめたりおだてたりする。
看板をほめ、丼をほめ、箸をほめ、ダシ、そば、具のチクワ・・と散々そば屋をホメまくり、
ホメまくったあげく最後に勘定を一文ごまかす。で、噺の後半でバカがそれをマネしようとして
コトゴトく失敗するわけだ。

その後半の部分で箸をホメようとして失敗するところはこんな感じで語られる。

おめぇンとこじゃ割り箸を使ってるねぇ、感心だねぇ。ほらよくあるじゃねぇか、割り箸じゃなくて
もう割ってある箸を使うそば屋がよゥ。あんな誰が使ったかわかんねぇような箸、気持ち悪くていけねぇ。
それがここはちゃーんと割りバシを使ってる。やっぱ食い物はキレイごとでなきゃいけねぇや。

割ってある箸なん・・おいもう割れてるね・・しかも先が濡れてるね・・うう・・ま、まぁいいや、
この方が割る手間がはぶけるってもんだぜ・・・。


この噺を聞く限りでは、江戸時代の日本では「割り箸の使い回し」というのが少なからずあったのでは
ないかと推定されるけど、実際のところはどうだったんだろうか?

さてだ。
「タイで最もショボい水上マーケット」ワット・サイに言った時の話。せっかくだから一艘だけある
船上ヌードル屋でラーメンを一杯食っていこうと思った。もう話の展開は読めましたね?(笑)
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商品名がわかんないから他の人が食ってるものを指さして「ボクにもひとつ」と注文する。
値段は25バーツ、当時なら80円くらいか。激安。船の上のオヤジはチャッチャッとヌードルを作り、
舟の上からイ課長に渡してくれた。おそらくタイで最も一般的なラーメン、クイッティオだと思われる。
だがしかし、その器の上に添えられた箸を見てイ課長は凍った。

・・・割ってある箸だよ。
これまで何人もが使い回し、そのたびに水(それもたぶん溜め水)でゆすいだ程度と推測される箸だ。
クイッティオなら一応「火を通した食い物」といえるはずだ。しかし箸がコレじゃあ・・・。
激ショボ水上マーケットで食う80円ラーメンにふさわしい箸といえばいえるが・・。
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まさかタイに来て「リアル時そば」のピンチに陥るとは想像もしてなかったぜ。
安メシ好き、屋台好きのイ課長もこの箸はさすがに躊躇する。というかハッキリ言って使いたくない。
しかしまさか手で直接食うわけにもいかん。箸の反対側、つまり太い方を使おうかとも思ったけど、
この箸でソレをやったったところで大して衛生度が増すとも思えぬ。しかしこの箸のために
せっかく注文したラーメンを食わないのはもったいないし、作ってくれた店の主人にも失礼だ。

「新しい箸、ちょうだい」と頼もうかとも考えた。
しかし下の写真に写ってる箸入れを見るとわかるように、この店ではそもそも新品の箸ってものを
用意してないっぽいんだよ。これは「タイだから」っていうより「舟だから」って理由が大きいだろうな。
小さな舟の上に鍋だのナンだといろいろ積んでるわけだから、箸を使い回しにするだけでも
ずいぶん荷物が少なくできるだろうし、ゴミも出さずに済むってもんだ。
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そういう点じゃ、ヌードルが入ってる器だって流水でキチンと洗ったとは到底思えない。
でも「溜め水で洗った器で食う麺」っていうのはベトナムでも経験したが、大丈夫だった。
しかし箸は・・直接口に持ってくモンだからなぁ・・気分的になぁ・・。
 
えーいもうしょうがねぇ!コトここに至ってイ課長は覚悟を決めた。腹をくくった。
ここはタイだ。郷に入りては郷に従え。この箸で食ってくれようぢゃねぇか!くぬやろう!!
江戸ッ子でいッ!割ってある箸で食べるのイヤですぅなんて、そんなヤワなお兄いさんとはなぁ、
ちょいとばかりお兄いさんのデキが違うんでいッ!!

食いましたよ、この箸で。なんという暴挙。
基本方針としては一度にすくう麺の量をなるべく多めに、一口で食う量も極力多めに。つまり箸を
使う回数自体を減らそうとした。とは言ったって、具をつまんだりするたびに結局何度も箸は使う。
まぁいい。腹ククッた以上は開き直って最後まで食ってやろうじゃねぇか。ズルズル・・・

このヌードル屋、けっこう繁盛してて、主人が舟の上で次々とラーメン作ってるのを見るのは面白い。
有名な話だけど、タイではラーメンのテイクアウトっていう注文も時々あって、そういう客には
丼ではなくビニール袋に直接スープとゆで麺と具を入れて、口をクルクルと輪ゴムで縛って渡す。
さすがプロで、その辺の手際の良さは見てて飽きない。
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このラーメンを食ったのがたぶん午後の1時とか2時とか、そんなもんだったと思う。
その後バンコクに戻り、夜はホテルでいつものように缶ビール飲んで寝たわけだ・・・が・・・

ワット・サイ 時そばの呪い」は深夜にやってきた。
ヤケクソ暴挙を犯した愚か者に、神はすべからく罰を与え給う。

ホテルでなかなか寝つかれず悶々としてたら、だんだんキモチ悪くなってきた。
そのキモチ悪さが「これはおかしい」というレベルに強まり、イ課長は素直にトイレに行った。
この後のことはあまり詳しく書きたくない。俗に言う「上と下から」状態で、ひどかった。

ワット・サイで「時そば」を食ったのが昼過ぎ。それから半日もたってから大ゲーリー大会というのは
潜伏期間としてはやや長過ぎる気もする。過去の例だと数時間・・早い時は1時間くらいで“来た”もんなぁ。
当然半日の間にはほかのモノもいろいろ飲み食いしてる。だから結局のところ犯人はわからないんだけど、
個人的にはやっぱワット・サイのあのヌードル(つうか、あの箸)がイ課長の腹をブチ壊した
最有力容疑者だと考えざるを得ないのである。

上述のように、江戸時代の頃は日本でも割り箸の使い回しってケースはあったのかもしれん。
当時の日本人の腹はおそらくタイ人並みにタフだったんだろう。しかし今やすっかり柔弱な腹に
なってしまった日本人。やはり東南アジアでの暴挙は慎んだ方がよろしいようで・・。

 
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by tohoiwanya | 2015-06-22 00:08 | 2013.12バンコク旅行 | Comments(8)
2014年 09月 24日

旅の空気は健康にする

むかし中世のドイツには「都市の空気は自由にする」という言葉があった。
今回、ほぼ10日にわたる一人旅から帰国して、イ課長は上の言葉をもじって「旅の空気は健康にする」と
感じているところなのである。

実は今回、旅行に行く前のイ課長は体調イマイチだった。特に睡眠サイクルが悪かったんだよね。
早寝してもなぜか必ず夜中に目が覚め、そのまま朝まで眠れないなんて状況が2週間くらい続いてた。
出発前夜も隣家の車両盗難防止装置誤作動で眠れなくて、体調万全での出発とは言い難かった。

しかし、出張であれ旅行であれ、海外に出るとイ課長ってけっこう早寝早起き生活になる。
理由はわからないけど、経験的に考えていつもそうなる。だから今回もいざ東南アジアに行っちまえば
へんな睡眠パターンもたちまちマトモに戻るんじゃないかという期待というか、ほぼ確信に近いものがあった。

事態はまったく予想通りで、ホーチミンに到着したその夜からたちまち早寝・早起き体質に生まれ変わった。
毎日22時か23時には眠くなり、朝5時くらいに自然に目が覚めるという、修道僧のような生活サイクル(笑)。
最も早起きが必要だったのは月曜日で、カンボジア国境越えバスが6時集合・6時半出発だった。だもんで
5時に目覚ましをセットしたんだけど、前夜は早寝して当日は目覚ましが鳴る前に目が覚めた。すばらしい。

どの国も暑かったから、例によって缶ビールを毎日せっせと買いこみ、ホテルでせっせと飲む生活が続いたけど
この缶ビール消費量もなぜか予想を下回るというマジメさで、どこのホテルでもチェックアウトしようっていう日に
飲みきれなかった缶ビールが冷蔵庫に余るという事態が続いた(ま、ビールは外でも飲んでたわけだが・・・)。
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東南アジア旅行における大きなリスクの一つであるゲーリー。去年は二度、ともにバンコクでやられたけど
今回はイ課長としても多少は気を使って、火を通したもの中心に食ったからこれも問題なし。
他の面では失態もあったが、体調的ではまったく問題なしの旅だったと言っていい。

結果として、イ課長は出発前よりだいぶ健康になって戻ってきた(笑)。
顔と腕だけは日焼けして黒くなり、体重は行く前より2kgくらい減った。昨夜は疲れもあって長時間ぐっすり寝た。

最近眠りが浅いな、とか、デスクワークが多くて運動不足かな、とか、ビール飲みすぎで腹がタプついたかな、などと
お思いのみなさん、東南アジアの一人旅に出てみることをお勧めします。

炎天下の中、感動的・刺激的な(時にはトホホな)経験で汗ダクになって歩き回り、安くて美味しいアジアメシを
食い(ただし生モノはなるべく回避)、夜はマッサージでもしてもらい、ホテルで少量の(笑)缶ビールを飲み、
さて本でも読もうかなと思う間もなくたちまち入眠してそのままグッスリ、次の日はスッキリ早起き。

そんな毎日を送って健康になって戻ってきましょう。

・・・と言いたいところだけど、まぁこれは好みや体質の問題もある。
トホ妻なんかは「蒸し暑い国」っていうだけで決定的にダメ。おまけに現地はホコリっぽいし、トゥクトゥクで道路走りゃ
散々排気ガス吸うし(カンボジアには四輪タクシーって基本的にない)、人だらけ、車だらけ、バイクだらけで騒々しいし、
物乞いは多いし、買物すりゃボッタクろうとしてくるし、「あーもう東南アジアなんてイヤッ!」と思う人もいるはずだ。
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しかし昨年も感じたことだけど、イ課長の体質と好みにはけっこう合ってるようなんだよ、東南アジア。
今回の旅行記を明日からブログで書き始めたとしても、最低半年はもたせることができると思う。

とはいえ、まず昨年の東南アジア旅行ネタの消化ですよね。まだ書くべきネタがたっぷり残ってる。
というわけで、基本的に今回の旅行に関しては旅行情報として速く伝えた方がいいもの(国境越えの状況とか)は
なるべく早めに書くつもりだけど、基本的にはしばらく封印することになると思いますです。すんません。
ま、イ課長としてはこのブログを存続させるためのネタ在庫がイッキに増えて嬉しいわけだが。

とりあえず無事に、しかもやや健康になって帰国のお知らせでした。
 

 

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by tohoiwanya | 2014-09-24 16:38 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(6)
2013年 12月 31日

大晦日の帰国

いやはや。

本日の早朝、「行けるうちに行った」バンコク3泊4日旅行から帰国したイ課長です。
現地ではまたいい気になって衛生レベルの懸念される屋台メシを食い、食った結果またもや
ゲーリーになって帰ってきた(笑)。いや参ったね。

今回は現地にパソコンを持っていかず、代わりに借りたトホ妻のiPadは現地でネット接続できず、
バンコクからの更新もできぬままま一週間、ブログの放置プレイが続いて失礼いたしました。
体調はまだゲーリーから完全脱却しきれていないけど、まぁ何とか元気でおります。

バンコクに着いたのが27日の夕方。
ホテルに着いてみると、まだクリスマスツリーがキラキラ輝いてた。
翌日の28日、ホテルで朝飯を食ってるときもBGMはジングル・ベルやホワイト・クリスマス等々の
クリスマスソング一色だ。バンコクって、ひょっとすると「正月まではクリスマス」なのか?
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いや実際、「正月まではクリスマス」っていうのは日本人からみれば冗談っぽい話だけど、
タイでは本当にそうみたいなんだよな。イ課長が帰国の飛行機に乗る30日になっても
ショッピングセンターのBGMは相変わらずウィンターワンダーランドとかきよしこの夜とか、
そんな曲ばっかりで、もちろんクリスマスツリーも相変わらず片付けられずに輝き続けている。

30日になってこんなデコレーションを見たとき、クリスマスと正月に対する日本とタイとの
考え方の違いが決定的に見てとれた。
要するにタイじゃクリスマスと正月はほぼゴッチャにして祝うものなんだよね。
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日本だったら25日まではクリスマスムードでも、それが終われば残り6日間はもうそれこそ
人格が変わったかのように(笑)、「和」一色。松飾りと獅子舞いと羽子板の世界で、
新年のお祝いにサンタクロースが顔を出すなんてあり得ない。

しかし、もしかすると(というか、たぶん)世界的にはそっちの方がやや異常なのかも。
クリスマスの一週間後は新年なんだから、“混じる”ことがあってもおかしくないよなぁ。

寒い日本から着いた当初は「さすがバンコクは暑いぜ」と思ったけど、現地は意外なほど涼しくて
どんなに歩き回っても汗ビッショリになることなんてない。むしろ冷房の効いた乗り物とかに乗ると
ちょっと寒いかな、と思うくらい。

でも帰国便で成田空港の天候を知らせるアナウンスがあって、そこで「気温は零下4度」って
言われた時はまたバンコクに戻りたくなったよ(笑)。早朝の成田はほんとに寒かった。
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大晦日の日本に来れば、もうそこにはクリスマスムードなんてカケラも残ってない。
京王電鉄の社内吊り広告はすでに初詣のご案内だ。
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12月30日になってもクリスマスソングあふれるバンコクを後にして
すっかり正月ムードの31日の日本に戻ってきて、イ課長の2013年は終っていくのである。

今年は楽しいことも悲しいこともいろいろあったけど、
おつきあいいただき、ありがとうございました。
ネタ在庫は2012年分もかなり残ってるから(笑)、まだしばらくは続きそうなイ課長ブログ。
来年もよろしくお願いいたします。

どなた様も、良い年をお迎えください。


 

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by tohoiwanya | 2013-12-31 23:27 | 2013.12バンコク旅行 | Comments(10)
2013年 07月 01日

ゲーリー・イ課長の帰国報告

21日金曜日の夕方に成田を発ち、ホーチミン→ホイアン→ハノイ→バンコクと周り、
今日の朝に成田に戻ってきたイ課長ですこんばんは。

いやぁ楽しい旅行でした。

たぶん、イ課長の中では去年のインド出張で猛烈に「アジア欲求不満」が高まったんだよね。
面白そうなところを垣間みても歩いてみることはできず、食ってみたいなと思ったものも食えず、
写真撮りたいなと思っても撮れず、買い物は空港だけ、話をする相手は仕事上の関係者か、
せいぜいホテル従業員くらい。

せっかく面白そうなアジアの異国に来ていながらナンということか!
インドにおけるイ課長の欲求不満は、それはもう大変なものだった。

でも、今回の旅行はあの時のフラストレーションをキレイに解消してくれた。
キチンとした予定もなく、ふらふらとアジアの混沌の中を歩き回れることが嬉しかった。
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メシなんて、ホテルの朝食以外はちゃんとしたレストランなんて一度も行かなかった。
屋台とか、露店とか、シモタヤみたいな冷房もない食堂とか、飲食はそんなとこばっか。
そして、あろうことかあるまいことか、イ課長はちゃんと?ゲーリーにもなったのだ(笑)。

ついにきたアジアン・ゲーリーの洗礼。まさに旅行の最後の最後だったんだけどね。
バンコクから乗ったANAの中で2度、成田空港で1度、府中の駅でトホ妻と待ち合わせをする間の
ショッピングセンターで1度、トイレに行きました(笑)。まぁこの程度で済んだわけだから、それでも
ダメージとしては中程度のゲーリーだったといえるだろうが。

昨日飲み食いしたものの中に“犯人”がいると考えるのが妥当だろう。

犯人はチャトゥチャク・パークのわきの露店で食ったソムタム(パパイヤのサラダ)か
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それとも、夜にバンコクでの最後のメシとして食った、平麺やきそばか?
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どうもソムタムが臭いよねぇ。火が通った焼きそばより、生のサラダというだけで、すでに容疑濃厚。
ソムタムってけっこう辛酸っぱいから、箸休め?に横にある生キャベツとか、名称不明の葉っぱも食った。

まぁそれでも、夕方にはゲーリーもほぼ治った(と思う)。
常にゲーリーを心配し、生フルーツを勧められただけで恐れオノノイていたインド出張にくらべて、
食ってみたいと思ったものを自由に食える今回の旅行は、それだけで嬉しかったよ。
出張者にはないかもしれんが、旅行者にはゲーリーになる自由だってあるのだ(笑)。

写真はもうすごい数、撮ってきました。
特に今回は、メシを食った店、買い物した店、泊まったホテル等々で、そこのオネエさんやオバさんやらの
人物写真を撮らせてもらうことが多かった。中にはボッタクリ濃厚の人もいたけど、そういうことも含めて
今回は楽しんでこられたよ。

ベトナムとタイで、1名ずつFace Bookのお友達が出来たなんていうのも、
これまでには考えられなかったことだよね。旅の形も昔とは変わったなぁとつくづく思う。

ああ・・・明日からはまた日本における老朽サラリーマンとしての日々が始まるわけだけど、
今後どこにも行かないとしても、ブログネタだけはあと1年分くらいはゆうにあると思う(笑)。

ポーランド・フィンランド旅行、インド出張、欧州出張、そして今回のベトナム・タイ旅行と、
これからも前後の脈略のない、入り混じった更新が続くと思いますが、よろしくお願いいたします。


・・・さぁ、寝よう。
もともと飛行機の中じゃ眠れないタチだし、そのうえ、今回はゲーリーも重なったから、
23:55バンコク→成田のANAん中じゃ、まったく一睡もできなかったんだよ・・・。


 
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by tohoiwanya | 2013-07-01 00:14 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(2)
2010年 07月 18日

ブリュージュという街-その4-

欧州出張の場合、帰国便の関係で大体最後の土曜日に半日観光がつく。
2007年出張の最後のプラハで半日観光できたことは今でも素晴らしい思い出だ。
2008年の2回の欧州出張でもリューベックやアウクスブルクに半日観光した。

しかしだね。
やっぱ観光活動っていうのは、観光してる本人の体調次第だと痛感するね。

たとえば、2007年のプラハ半日観光の時はイ課長は健康だったし(笑)、実際、プラハは
本当に美しい街だった。プラハを見て歩いたことはイ課長の乏しい海外出張生活の中でも
最上級に素晴らしかった思い出として今も永久保存されている。

しかしだよ。
ブリュージュ半日観光の時は、けっこうツラかった。特に後半は。
あんなに美しかったブリュージュでも、記憶といえば体調が悪かったことばかり。

ブリュージュでは美術館にも行ったけど、今考えると鑑賞態度は実にイイカゲンだった。
イ課長が行ったメムリンク美術館って、後で調べたら12世紀に建てられた欧州屈指の古い病院である
聖ヨハネ施療院の建物をそのまま美術館として保存してるっていう、すばらしく貴重なもので
展示されているハンス・メムリンクの名画もすばらしいもの…のはずなんだけど、
イマイチ印象に残ってないんだよねー。美術館や作品が悪いのではなく、イ課長が風邪ひいてて
ボーッと鑑賞してたからじゃないかと思う。

中世の病院の建物のそばには中世の薬局も残ってて、非常に興味深い…はずなんだけど、
「この辺がそうなのかな?」と思っただけで写真すら撮ってない。やっぱ体調が悪いと
観光活動も掘り下げが足りないというか、粘りがないというか…ダメやのー。
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実際のところ、昼過ぎにはイ課長は完全にガス欠状態。
「どっか座れるところはないか?」って探しながら街をフラフラ歩いてるだけの、
不幸な外国人だったのだ。ほらね?海外出張のついでに半日観光なんていっても
実態はヒサンでしょ?

この時のイ課長は、死都・ブリュージュを観光するヨロコビどころか、
風邪がヒドくならないうちに日本に帰国したいってことばっかり考えてたね。
日本から風邪薬は持ってきたけど、木・金で飲み尽くしちゃったからクスリも切れていた。
(こういう言い方をすると誤解を招きやすいが…)

歩いてるうちに、ブリュージュの…なんていうか…裏町の通りみたいなところに出た。
ああもうダメ。そこにあった低いレンガの石垣(これもまたヘンな表現だが)みたいな
ところに腰をおろし、水分補給のためにさっき買ったファンタオレンジを飲んで休む。
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石垣の端っこの方では(おそらく)ベルギーの若いカップルがイチャイチャしてた。
恋に燃える彼らからしてみりゃ、体調ワルーで石垣にへたり込んでるヒゲの東洋人なんて
ほとんど視界に入ってなかったに違いない。

天気が曇ってたから日向も日陰もヘチマもない。どこにいても寒い。
座った石垣の正面の、こんなブリュージュの裏町風景を見ながら
体調が悪い時の観光活動のツラさをかみしめてたよ。
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しょうがない。とりあえずブリュージュをサラリとは見たし、少し早めの電車で
ブリュッセルに帰ろうと決めた。少なくとも電車ならココよりは暖かいだろうし、
早めに空港に行っちゃえば、空港だってココよりは暖かいだろう。

…てな感じで、とにかく終盤はヨロヨロ状態のブリュージュ半日観光だったわけだ。
10月の、酷暑のシンガポール出張の一ヶ月後にはこの寒さ。そりゃ風邪もひくわサ。

気温差の激しい海外出張はあなたの健康をそこないます。
シすぎには十分注意しましょう。

…とりあえず、22日の木曜日は国内に日帰り出張予定のイ課長なのである。
梅雨明けしたみたいだから、暑いだろうなぁ…。



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by tohoiwanya | 2010-07-18 00:24 | 2009.11欧州出張 | Comments(2)
2010年 07月 09日

ブリュージュという街-その3-

オランダとかベルギーって、昔はフランドル地方ってヒトククリにして呼ばれてたのに、
何で今はオランダとベルギーという、二つの小さな国に分かれたんだろうか?

まぁ歴史的要因はいろいろあるんだろうけど、二つの国に分かれた重要な要素の一つに
宗教があったのは間違いないんだと思う。
ベルギーはカトリック、オランダはプロテスタント。この宗教的な違いがなければ
二つの国はトウの昔に合併?して一つの国になってたかもしれない。
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カトリックとプロテスタントを比較すると…いや、そんなこと出来るわけないんだが(笑)、
ただ、宗教施設の巨大さや壮麗さ、観光物件としての価値の高さといった点じゃ
断然カトリック系教会の方が高いというのは衆目の一致するところだろう。
プロテスタントの教会が観光地になってるなんて話、聞いたことないもんなぁ。

ブリュージュでは二つの教会を見学した。当然どちらもカトリック系宗教施設だ。
荘厳かつ華麗な宗教美にたっぷりと酔いしれ…と言いたいところだけど、何しろコッチは
風邪で体調悪いし、外は寒い。ブリュージュでは大聖堂をけっこう“休憩所”として
使わせていただいたのも事実なのである。ああなんて信仰心が薄いんだイ課長。

まず行ったのは聖血礼拝堂。ブリュージュでは一番有名な教会かもしれない。

さて、聖血ってナニか?当然、聖なる血のことである(←答えになってない)。
では聖なる血ってナニか?当然、キリスト様の体から流れ出た血のことである。
ブリュージュの聖血礼拝堂にはキリスト様の血が聖遺物として納められているのである。

ホントかよ〜〜ッと思うかい?イ課長もホントかよ〜?と思う(笑)。
しかし、この聖血は12世紀に当時のフランドル伯ナントヤラ様が十字軍遠征先のイスタンブールから
持ち帰ってきたという、実にご立派な故事来歴がついた、ありがた〜〜い聖遺物なのだ。
こうなるともうソレが本当にキリスト様の血かどうかなどは問題ではない。
そういう故事来歴・イワクインネン自体が立派な価値になる(んじゃないかと思う)。
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礼拝堂自体の規模はそれほど大きくない。
でも、さすがは由緒あるカトリック教会だけあって絢爛たる室内装飾には目を奪われる。

しかし室内装飾なんか、この際どうでもいいのだ。
ココの最大の呼び物(と言っていいのか…)はその聖遺物、すなわち聖血を見せてくれる
ことなんだろう。キリスト教でこういうのは何て言うのか…仏教だったら、さしずめ“ご開帳”か。

ちょっとした祭壇みたいなところに観光客たちが行列をつくってる。最初は何だろうと思ったが、
それが聖血を…なんというか…拝む人たちの列で、拝むプロセスはこうなってる。

①希望者は、まず寄付箱にお金を入れる(つまり、きまった料金というのはない)
②行列に並び、司祭様の前に置かれた聖血にだんだん近づいていく
③聖血はガラスのケースの中に入ってる(赤い、ボロい、ガーゼみたいに見える)。
④参列者は一人ずつ、そのガラスの上に数秒間、両手をのせる。
 聖血のチカラで霊感に打たれたり、宗教的奇蹟を体験する人もいる(…のかもしれない)し、
 イ課長みたいにコレといって変化のない人もいる。少なくともイ課長が見ている間に
 宗教的奇跡を体験して体が宙に浮いたりする人はいなかったようだ。
⑤一人が終わると司祭様が布でガラスケースをスッと拭く。
⑥次の人がまた司祭様の前に行ってガラスケース(の中の聖血)の上に手を置く
⑦また司祭様が拭く。

これを繰り返しながら、だんだん自分の番が近づくわけだ。
1回ずつガラスケースを拭いて、前の人の指紋や手のシメリケをぬぐってくれるところに
ちょっとした気遣いの精神ってものがあるね。もっとも、ソレをやらないでいたら、
あのガラスケースはたちまち手アブラでベトベトになってしまうだろうが(笑)。
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上の写真で、黒い服で背中を見せてるのが「聖血(の上のガラス)に触りたい人」で、
それに隠れて司祭様の白い服が少し見えるね。
この「聖血ご開帳」はおそらくいつ行ってもやってるってわけじゃないはずだから、
ぜひという方は事前に確認しましょう。たまたま遭遇できたイ課長は幸運だったのかもしれない。

ブリュージュでもう1ヶ所行った教会は聖母教会だ。
ここはオーソドックスなゴシック様式の巨大聖堂っていう感じで、観光客もさほど多くない。
呼び物はミケランジェロ作と言われるこの大理石の聖母子像なのである。
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ここは人も少なくて静かだったし、歩き回って疲れてたことでもあるし、
体調ワルのイ課長としては、少し休憩させてもらうことにした。
高いところにあるキリスト磔刑像に光があたって美しかったなぁ。
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信者でもないくせに、しばらく椅子に座って休む。
向こうの方にいるのは地元のマジメな信者だろうか、イ課長と同様の単なる観光客だろうか?
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おっといけねぇ。海外で教会に来たときのお約束を忘れてたよ。
帰路の安全を祈って、寄付ロウソクを立てなきゃな。
2ユーロ寄付してロウソクを立てさせていただきました。手前一番右の長いヤツね。
神サマ、イ課長を無事に日本まで帰してけろ
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さて、宗教活動?も済んだし、休憩もとったし、もうちょっとブリュージュを歩き回ってみるか。
しかし寒いなぁ〜…ゲホゲホッ(たぶん、その4に続く)。

 

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by tohoiwanya | 2010-07-09 01:45 | 2009.11欧州出張 | Comments(0)