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2017年 10月 16日

廃墟の中の廃墟・コーフ城をめぐる

本日の記事はいわば「コーフ城写真集」。
コメントより写真中心で構成したいと思う。

コーフ城って“現役”当時はこんな感じだったらしい。
たぶん11世紀に出来たはずだから、アンコール・ワットなんかよりちょっと古いことになる
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しかし現在の姿はこう。強者どもが夢のあと。
復元図だと手前の斜面にも城壁だの小塔だの階段だの、いろいろあったみたいだけど、今や
草だけになった斜面の一本道をひたすら登る。
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ゆるやかな丘に見えるけどけっこう高度があって、丘の上から入口を振り返るとこんな感じに見える。
向こうにあるのが町で、大多数の人はあの町のバス停で降りて歩いてくるはず。
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さて、それではいよいよ内部に入ってみよう。廃墟だから内も外もないんだが。

  おおっ・・・・
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      おおおおっ・・・・
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いやこれはすごい。事前に想像した通りの石造りの廃墟だといえばそれまでの話だが、
確かにその「廃墟っぷりのよさ」は素晴らしい。さすがは英国を代表する廃墟の中の廃墟。
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          うーーむ・・廃墟だ・・いいねー。
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構造物の内部に入れる部分もある。
床にたまった水に光が反射する・・・うう・・イ課長はこういう被写体に弱いのだ。
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最初のうちはイ課長とトホ妻は並んで歩いてたんだけど、二人ともだんだん廃墟に
魅了されて相手のことはどうでもよくなり(笑)、いつの間にかバラバラになってしまった。
ま、そんなに広大なところじゃないから迷子にはならない。

いやーーーしかしいいね、コーフ城は確かに大した廃墟だ。ここには廃墟の美がある。
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元々は立派な城が今こういう廃墟になったからには、本来なら地面の上に崩れた石材が
ゴロゴロしてていいはずだ。しかしそういうのは全然ない。下は草だけ。おそらく
崩れた石材は片付けたんじゃなく、長い年月の間に持ち去られ、別に石造りの建物に
流用されたんじゃないだろうか(ローマ時代の遺跡にはそういうのが多いらしい)。

さっきも言ったようにそんなに広大な遺跡じゃない。
しかしけっこう長い間ここにいたと思う。同じようなところをグルグル回りながら
その「廃墟っぷりのよさ」を心の中で賞賛し続けた。
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ここにはウィリアム征服王にまつわる歴史もいろいろあるんだろう。
しかしそういう歴史背景を調べようという気にはあまりならない。
何の音も聞こえない静かな廃墟の中を一人さまようのがとにかく気持ちイイ。
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コーフ城、こういうところなんです。いいでしょ〜??
ロンドンから日帰り可能。有名観光地というほど有名なスポットじゃないけど、
廃墟マニアにはたまらないと思うよ。トホ妻なんて恍惚としてさまよってたからね(笑)。

 
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by tohoiwanya | 2017-10-16 00:51 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)
2017年 10月 13日

コーフ城への道のり その2

さて、雨がそぼ降るプールの駅に降り立ったら、次にすべきことはバス発着場の確認だ。
駅の近くに大きなショッピングモールがあって、その一番奥の方にバスターミナルがあることを
イ課長は事前に地図で確認していた。抜かりはないのである。

ははーここがそうね。バスだらけ。
行き先ごとにABC・・・という順に乗り場があり、コーフ城行きのバスはGという乗り場から出ることも
イ課長は事前に確認していた。抜かりはないのである。
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ほほうこれか。G。
40って数字の下にBreezerって書いてあって、Cofe Castleという文字も見える。間違いない。
この路線だけ、ブリーザー・バスという名称がなぜかついている。観光路線だからかな。
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しかしバスがくるまでまだ50分くらい時間がある。
実はこの日って雨が降ってやけに寒い日だったんだよ。Gジャンだけじゃ寒くてしょうがない。
そこでショッピングモールの中をウロつき、防寒用にネズミ色のパーカーを調達した。
なかなか有意義な50分間の過ご方であった(笑)。

やがてブリーザー・バスが来た。2階建てバスである。せっかくなら景色のいい2階の一番前に座ろう。
水滴でよく見えんが。
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バスは海っぺりの道をずーっと進み、やがて内陸部に入って行く。
大部分は田園風景だけど、時にはこんな小さな町を通過することもある。相変わらず水滴だらけ。
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さて、ここまではおおむね順調だが、問題は降りるバス停を間違えないことだ。
「つぎは甲府城 甲府城 イ課長歯科クリニックにおこしの方はこちらが便利です」なんて
親切なアナウンスはない。もう近いはずだが、どこで降りればいいのやら・・・。

バスドライバーの後ろで一生懸命前方の景色を確認する外人観光客であるワタス。
するとドライバーが「ナントカカントカ コーフキャッスル?」とイ課長に聞いてきた。
コーフ城で降りるのか?って感じの質問に聞こえたからイエスと答えると次で降りろという。

で、次で降りた。
バス停から丘の上をみると確かに廃墟らしきものが見える。しかしあそこまでどうやって行くのだ?
・・・もしかしたら降りるトコ間違えた?
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あとでわかったことだが、ドライバーはあの時たぶん「コーフ城の裏口から登るか?」みたいなことを
質問したんだと思う。で、ウンっていうから普通の観光客が降りる「表っかわ」のバス停ではなく、
一つ手前の「裏口登り口」で降ろしてくれたと思われる。

前回記事でも写真を載せた石碑。ここから斜面をずーーっとケモノ道が続いてる。
ははぁ、これを登っていけばいいんだな。だんだんわかってきたぞ。
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この裏登り口、途中なーーんにもないけど、静かで、誰もいなくて、実にイイ感じの道だった。
何もない斜面のケモノ道みたいなとこを、風の音だけを聞きながら廃墟を見に行く銀婚夫婦。
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振り返るとこんな感じ。写真右側に見える道路がバスが走ってきた幹線道路なのである。
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やがてこんな門が。
一瞬アセッたけど大丈夫。押せば開く(笑)。どんどん歩いていきましょう。
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じゃーん。着きました。入口です。
おそらくほとんどの観光客は一つ先の停留所で降り、町の中を通ってここに来るはず。
しかし誰もいない斜面の道を登るのもいいよーー?もしこれからコーフ城に行かれる方がいたら、
往路は裏道を使ってみることもぜひご検討いただきたい。
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上の写真、手前の方に橋が見える。
入場チケット売り場は確か橋のコッチ側にあり、橋を渡った先のトンネルのところが
チケットもぎり場所だった・・んじゃなかったかな?入場料がいくらか覚えてないけど
安くはなかったよ。たぶん10£くらいはしたと思う。

しかしさすがはキング・オブ・廃墟。廃墟の極北。廃墟の中の廃墟。
コーフ城は素晴らしいところだったよ。写真もたっぷり撮ってきた。
次回更新でじっくりご紹介いたしましょう。

 

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by tohoiwanya | 2017-10-13 00:08 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 10月 10日

コーフ城への道のり その1

ミャンマーからバンコクに話が飛んだと思ったら、今度はいきなり英国ネタ。
さすがに自分でもいかがなものかと思うけど、昨年の英国銀婚旅行で重要なネタが一つ残ってる。
いつまでも残しておけんから書く。一応前回記事とは「廃墟つながり」ということで・・・(笑)。

話は旅行前、トホ妻がある本で、英国の某廃墟に関する記述を読んだところから始まる。
ソコは「廃墟の中の廃墟」と言われるほどの、英国を代表する廃墟。まさにキング・オブ・廃墟。
廃墟好きのトホ妻はたちまち魅了され、「行きたい」と言い出した。今回の銀婚旅行は基本的に
ヤツの好み優先。たちまち交通手段検討から時刻表調べ、切符予約作業等々が全てイ課長の肩に。
何て献身的な夫。結婚生活が25年もったのはひとえに・・まぁそんなことはどうでもいい。

その「廃墟の中の廃墟」とはコーフ城というところなのである。

甲府城じゃありませんよ?コーフ城。コー・・だから甲府城じゃねぇっつってんだろッ!
漢字じゃなくカタカナで言えってぇの!(ムリ)

ここ、何でも征服王ウィリアムの頃に作られた城だそうで、今は完全なる廃墟。ただその廃墟っぷりが
あまりにも素敵すぎて、現在では英国ナショナルトラストが管理する立派な観光地になった。
写真を見ると確かに廃墟ムードたっぷりで良さそうなんだよ。
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調べてみると英国のドーセット州というところにあるようで、一応ロンドンから日帰りはできそうだ。
ロンドンから鉄道で2時間。乗るのは切符予約時に大トラブルをぶっコイてくれた南西鉄道。
南西鉄道でプールって駅まで行き、そこからさらにバスで約50分。ただしバスの便数は少ない。
メチャクチャ難しいわけでもないが、ラクでもない道のりってとこか。

コーフ城への行き方について詳しく書いたものなんて少ないから、ここでは詳しく書くぞ。
結局ロンドンからの往路のタイムスケジュールはこうなったのである。
08:35ロンドン・ウォータールー駅発 ⇒南西鉄道 ⇒ 10:36プール駅着
11:30プール駅発 ⇒ブリーザーバス ⇒ 12:19コーフ城着

バス待ちだナンだかんだで片道4時間近くかかる。
最初にコーフ城への行き方を調べた時、「プールからバスに乗って○○分」と書かれたものを読んで
どっかの市民プール前のバス停から乗るんだと勘違いし、「どこの町のプール?!」と思って
アセッたバカは私です。プールっていう地名なの。イギリス南岸、ポーツマスなんかと近い。
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というわけで2016年6月20日の月曜日、大廃墟観光のスタートはおなじみウォータールー駅。 
恨み重なるクソバカ鉄道会社・南西鉄道だからこそというべきか、乗車ン時もひどかったよー?
なかなか改札口がオープンしねぇで、発車ギリギリにようやくゲートオープン。
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当然改札口にはアセッた乗客が殺到だ。そこを何とか通り抜けて自分の乗るべき車両に向かって
歩いてる途中でもう発車のベル。ヲイこんなのアリか。改札開始から発車まで短すぎるってば!
最後に改札口を抜けた乗客が足の弱ったお年寄りだったら絶対乗り遅れてる。なんたるヒドさ。
南西鉄道社員は全員英国陸軍の射撃訓練の的となって、国家に奉仕して死ね。
(あれは鉄道会社じゃなく、駅側の運営のマズさだろうとは思うが)
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アホダラ南西鉄道だからさらに故障して遅延して脱線転覆事故起こして・・ということはなく、
一応ほぼ定刻通りにプールに到着。見てよこの景色。ドンヨリと曇る空、そぼ降る雨。
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何なのこの風景。まさに灰色の港町。「何て魅力なさそうなトコだろう」と思ったよ(笑)。
ま、行くのはコーフ城なわけでプールの町自体に用はないのだが。
 
だがここからコーフ城までの道のりはまだまだ長い。ここからバスでさらに50分。
当然、話は次回に続くのである。

 

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by tohoiwanya | 2017-10-10 23:36 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 10月 09日

バンコクの廃墟タワー

話がバンバン飛びまくったついでに、バンコクに飛ばしてしまおう。
日程ゴチャ混ぜの構成にしてしまえという書き手の悪意が伺える(笑)。

バンコクじゃ最後に身体壊したという忌まわしい記憶ばかり強くて、ミャンマーに比べると
ネタ数も圧倒的に少ないが、まぁそれでも多少はある。本日はその中から小ネタをご紹介しよう。

小ネタとは廃墟の話なのである。
バンコクの廃墟といえば、以前書いた「鯉が泳ぐ廃墟」が有名だが、もう一つ有名な
廃墟がある。その名をサトーン・ユニーク・タワー。別名幽霊タワーとも廃墟タワーとも言われる。
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この廃墟タワー、スカイトレインから船に乗り換えるサパーン・タクシン駅近くにある。
その駅なら過去何度も降りたことあるぜ?あそこにそんなモノがあったんだ。知らなかったなぁ。
というわけで、今回は船に乗り換える前に回り道して見学してみることにした。

スカイトレイン駅からも廃墟タワー全景がよく見える。1990年着工、1997年のアジア通貨危機で
工事が中断し、そのまま放置プレイ。だからもう「廃墟歴」は20年にもなるんだ。いまやバンコクを
代表する都市型廃墟で、世界の廃墟マニアの間でも有名になっちまった。
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どれ、せっかくだから近くまで行ってみよう。
これは廃墟タワーわきの路地。いやしかし暑い。汗ダラダラになりながらこんな廃墟を
わざわざ見学するオノレの物好きに呆れる(こんなことせず休んでいれば・・・シツコイ)。
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当然中に入れない。
外から見るしかないわけだが・・・うわー、こんなコリント式柱頭に飾られた円柱がある。
ずいぶん立派な建物だった・・・というか立派な建物になる予定だったんだなぁ。
計画では高級コンドミニアムになるはずだったそうで、地上49階、高さは185m。
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うわ、こんな警告文もあるぞ。侵入者は起訴するぞテメェ、とバンコク当局は言ってる。
これによると写真や動画撮影もダメっぽいねぇ。ってことはカメラを手にうろついてる
イ課長も起訴されるのか?・・なんとなくカメラをカバンの中にしまう(笑)。
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グルッと一周しても中には入れないし、外から眺めるだけじゃ大して面白くもない。
それに何よりクソ暑いから早々に引き揚げた。しかしかつてこの廃墟タワーは現在ほどキチンと
管理されてなくて、警備員にカネつかませると中に入ってテッペンまで登れたらしいんだよ。
だもんで、世界中から廃墟好き、高いトコ好き、バカ騒ぎ好き等々がこのタワーに殺到し、
エレベータがないから階段で上層階まで登り、クレイジーな写真や動画を撮って自慢した。
それがさらに世界のクレイジーな連中を引き付け、ますます有名になっちまった。
 


 
とうとうこの廃墟の中で自殺するガイジンまで現れるに至り、完全閉鎖されちまったらしい。
だから現在はこの廃墟タワーには入れない。仮に敷地内に何とか侵入したとしても
階段が途中閉鎖されてるから、高層階に行って下のような写真は撮るのはもうムリなようだ。
(下写真はガジェット通信掲載のもの)
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ちなみに、昔書いた「バンコクの鯉のいる廃墟」だけど、あっちの方も残念?なことに
2015年には廃墟の解体に向け、魚を全部網でつかまえた(約3,000匹)らしい。
だからあの鯉の池ももはや見られなくなってしまったようだ。
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世界に知られたバンコクの廃墟もこうして閉鎖されたり解体されたり・・・
廃墟マニアの方々には残念な話だけど、この廃墟タワーの方はガッチリ閉鎖はされたものの
解体のウワサは聞かない。だから外観だけなら今でも見られますです、はい。

  

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by tohoiwanya | 2017-10-09 00:30 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 10月 06日

バガンが世界遺産ではない理由

ヤンゴンからいきなりマンダレーに話が飛んだから、この際さらにバガンに飛ばしてしまおう。
いずれバガンの話はたんまりと書くわけだけど、本日は、まぁバガン遺跡の背景説明みたいな
感じかな。おなじみの「理由」シリーズ(笑)。

バガンについて詳しくご存知の方は少ないと思う。ここはカンボジアのアンコール遺跡、
インドネシアのボロブドゥールと並び、「世界三大仏教遺跡」とされている場所なのだ。
三つの中ではおそらく知名度という点では一番低いんだろうと思う。

バガン遺跡の最大の特徴は超巨大遺跡がドンとあるっていうんじゃなくて、広大なエリアに
散らばった大小様々な寺院仏塔群なのである。その数約3,000(昔はもっとあったらしい)。
緑の平原に無数の仏塔が林立するサマはまさにバガンだけが見せてくれる絶景・奇観で、
それはもう素晴らしかったですよ。
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見る者に圧倒的感動を与えてくれるバガンの大仏教遺跡。
だが意外なことに、ここは世界遺産に登録されていないのだ。

なんで?世界三大仏教遺跡の他の二つはとっくの昔に世界遺産だろ?
バガンだけ何でダメなのさ?ドコがいけねぇっていうんでいッ!両方見たイ課長が言うがな、
バガンはアンコール・ワットに勝るとも劣らねぇぞ?もしかしてヒネクレ軍事政権がユネスコに
申請してなかったとか?・・・いや、実は申請したけど却下されたらしいのだ。なぜなら・・

①あろうことか遺跡群の中にゴルフコースとか、展望タワーを作っちゃったから。
 これはイ課長も「ああ何てバカなことを」と思ったよ。ゴルフコースは高さがないから
 まだいいが、遠くにぽこっと建ってるのが見えちゃう展望タワーは最悪。これのせいで
 景観が損なわれてると言われたら反論できまい。地元の評判もよくないらしい。当然だ。


②遺跡の修復が「元の通り」じゃなく、近代的材料・工法でなされた部分があるから。
 これはさらに大きな問題らしい。遺跡自体の歴史的価値を損なう修復はマズいよ。
 ・・と言いたいところだが、もうすでに相当あちこちやっちまったらしいんだな。
 素人目にはわかりづらいけど、こんな風に赤いレンガ壁と装飾との継ぎ目がやけに
 不自然な箇所とか、「あれ?」と思うような修復がところどころ目についたのは確か。

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①はミャンマー軍事政権の悪行の一つといわれる。
ナチス並みに「何でも悪いことは軍事政権のせい」とされてるけど、かつて遺跡の周りに
びっしりある掘っ立て小屋を強制移住させてニューバガンの町を造り、遺跡を今あるように
キレイに整備したのも軍事政権らしい。功罪ともにあるといえるだろうけど、展望タワーは
罪の最たるものだとイ課長は思う。

バガン遺跡は他にもいろいろ災難に遭ってるんだよ。たとえば地震。1975年の地震では有名な
仏塔が倒壊したりしたし、2016年、つまり去年も大きな地震があって、かなり多くの仏塔に
被害があったらしい(写真は時事ドットコム)。去年そんな地震があったなんて知らんかったよ。
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ただ、軍事政権時代にズサンに進められた修復箇所(コンクリート使ってたり)が地震で
かなり壊れたおかげで、逆にチャンとした修復をやり直しやすくなったなんていう意見も
あるらしい。いろいろ複雑みたいなんだよ、バガン遺跡の修復に関する事情は。

イ課長の予想では、いずれユネスコとミャンマー政府の間で“落としどころ”の調整がつき
バガン仏教遺跡は世界遺産に登録されると思う。これだけの遺跡だもん。ユネスコにしたって
登録してあげたい気持ちはヤマヤマなのだが・・・じゃないかと思うんだよなぁ。
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ミャンマー政府との調整はずっと続いてて、最近ではタワーや修復の問題より、今後の
保存方針が焦点だという話も読んだ。ミャンマー政府は眺望を楽しめる場所を作るために
人工丘を作りたいとか何とか・・ねぇ、あの展望タワーで一度懲りてるんだからさぁ・・
なんか新しく作るのはやめなよ、もう。

バガンの仏塔の中には上に登れるところがいくつかある。シュエサンドー・パゴダなんかが
その代表なんだけど、最盛期には朝日や夕日を見るために千人(!)が登楼して危険だから
登らせないようにすべしという意見もあるらしい。せ、千人ってスゴすぎます。

幸いイ課長はガラ空きオフシーズンに行ったから、朝日鑑賞の観光客なんて100人もいなかった。
でもいずれバガンが世界遺産に登録され、観光客が押し寄せれば千人じゃきかなくなるかもしれん。
観光客が転落死なんてことも・・パゴダの上層部回廊って手すりないからねぇ。
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果たしてバガン遺跡は世界遺産に登録されるのか?昨年の地震のせいで、現在バガンの仏塔群は
あちこち修復真っ盛りだったけど、それはチャンとした修復方法でなされているのか?これからも
観光客はパゴダに登って朝日や夕日を鑑賞し続けることができるのか?さらに、今後人工丘なんて
ヘンなものが出来たりすることはないのか?バガン遺跡の今後については不安要素がつきない。

世界に二つとなき光景が広がる仏教遺跡・バガン。何度も言うがここは本当に素晴らしかった。
バガンが登録されていないことは世界遺産という制度の損失ではないか、とすら思う。
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と同時に、バガンにはあんまり新しくアレコレ作らないでほしいとも思うイ課長なのである。
危険だから登楼させるな問題とかもあるし、もしかすると、世界遺産に指定されて混む前に
早めに行って、仏塔の上からあの絶景を味わった方がいいのかもしれないスよ、バガン。
 
 

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by tohoiwanya | 2017-10-06 00:01 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2017年 05月 22日

ストーーーンヘンジッ!!【その3】

とりあえず、皆さんもよくご存知の典型的ストーンヘンジ写真をドンと。
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とにかく知名度という点ではピラミッドの次くらいに有名な遺跡だからね。
先史時代に作られたものだそうで、Wikipediaの記述によると

考古学者はこの直立巨石が紀元前2500年から紀元前2000年の間に立てられたと考えている。
そして、それを囲む土塁と堀は紀元前3100年頃まで遡るという

今調べたら、クフ王の大ピラミッドが紀元前2560年頃から20年くらいかけて建てられたと
考えられているから(これもWikiさんの記述)、ストーンヘンジの周りの土塁はピラミッドより古く、
巨石が建てられた時期はピラミッドやや新しいかも・・って感じか。
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我々が普段目にするストーンヘンジって石舞台古墳をタテに積んだような(その言い方はどうか)
アレだけだけど、元々はアレを中心に周囲がもっと大きい円形の土塁(および石?)で囲まれてたと
考えられてる。いまストーンヘンジに行く観光客はこの土塁の周囲をぐるっと歩くような形になる。
この辺もぜんぶ後付け知識なんだけどさ。
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ご存知のようにストーンヘンジは、ピラミッドにおける「王の墓」といったような明確な設置目的が
わかっていない。原始宗教の祭壇説、先史時代の天文台説、一種の“共同墓地だった”説、さらに
毎度おなじみ宇宙人との交信拠点説、その他モロモロ、ストーンヘンジの設置理由は諸説あるけど、
決定的な説はない(はずだ)。
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現在のストーンヘンジは周りに何もない大草原に、孤高の存在であるかの如く存在している。
バスからも遠望できたくらいで、遠くからでもよく見える。夜間ここで火を焚いたりすれば
すごくよく見えただろう。イ課長の直感としてはやっぱ何らかの宗教的、祭祀的目的で
作られたんじゃないかな、という気がする。古さから考えてもね。
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夏至の日になるとこのストーンヘンジの外側にある大きな石とストーンヘンジの円形の
中心を結ぶ線上に太陽が昇るんだと。とすると、やはり何らかの天文知識に基づいた構築物
という説も捨て難い。考えてみたら、イ課長たちがここに行ったのはEU離脱可否を問う
国民投票のあった6月23日。つまり「ほぼ夏至」だったことになる。ま、だからって
特別なことは何もなかったが(下の画像、出所はBBCらしい)。
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ただ、出来た時からストーンヘンジの周囲はこうだったのか?となると誰も明確に答えられない。
建設当時周囲は深い森だった説もあるらしい。深い森の中に天文台は作らないよなー。
森の中となるとお墓説が浮上してくるのかな(実際、周囲で人骨も発見されてるようだ)。
でも平坦地を運ぶだけでも大変なこんな巨石、森の中を運搬というのは信じ難い気もするが。
ま、考古学者にわかんないんだから、イ課長にわかるわけありません。
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おお、地面にペタッと座ってストーンヘンジを見るご婦人が。彼女の座り方を見て、イ課長は
アンドリュー・ワイエスの「クリスチーナの世界」って有名な絵をたちまち思い出した。
代表的米国絵画の写真版を英国で見られるとは。
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ストーンヘンジ、こういうところなわけですよ。
数ある世界遺産の中でも、その知名度においては指折りの古代遺跡。
何十年か前にNHKの「未来への遺産」でストーンヘンジを見た日本の小僧がオッサンになり、
今こうしてイギリスで本物を見てるんだと思うと、感慨深いものがございましたよ、ええ。

 

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by tohoiwanya | 2017-05-22 00:18 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)
2017年 05月 19日

ストーーーンヘンジッ!!【その2】

ストーンヘンジに向けて、バスはロンドン市内を抜けて一路西へ。
郊外になると道路もすいてくるから、起伏のある高速道路の両側に広がる緑の草原風景を
楽しみながら最前列の席で快適なバスの旅。
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ガイドがないから、いまこの辺とか、あとどのくらいとか、よくわからない。
周囲はすっかり田舎になってきたし、ロンドンからずいぶん走ったし(2時間半くらい乗ったかな?)
もう近いんじゃないか?しかしとにかく周りは「田舎」ってだけで何もないからよくわからない。

起伏のある英国の道路。丘を越えてちょっと見通しのいいところにさしかかったら・・・んん?!
あ?あれじゃないか?へぇーーー、ストーンヘンジってこんな主要幹線道路から眺められるくらいの、
道路沿いにあったんだ。もちろん道路の方が後から出来たわけだけどさ(笑)。
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道路沿いの、周囲になーーんにもない草原の上にソレだけあるから、なんだか舞台セットみたいだ。
ストーンヘンジ、なかなか意外性のある登場の仕方じゃねぇか。早く近くから見たいぞ。

バスはストーンヘンジを右にみながら一度通過。その先の駐車場に向かう。
やれやれ、やっとバスから降りられるか

・・と思ったら、まだ降りられない。
バスドライバーだけが受付みたいなところに行き、そこで何やらやってる。おそらく人数確認とか
チケットの受け渡しとかであろう。お?箱を抱えて帰ってきた。
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彼はバスを降りる乗客一人ひとりに解説用トランシーバー、チケット、パンフレットという3点セットを
渡してくれる。なるほど。ストーンヘンジ観光3点セットってわけやな。
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「ストヘン3点セット」を持った乗客たちがぞろぞろとバスを降りる。
ここからは各自自由に見学するわけで、帰りの集合時間を忘れないようにしないといけない。
たしか現地滞在が1時間半くらいじゃなかったかなぁ?(←忘れてる)
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さぁここからいよいよストーンヘンジまで歩いて行く・・・のはまだ早い。
経なければいけないプロセスはまだある。
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はい、このモダンな建物がストーンヘンジのビジターセンターなんですね。
バスの駐車場から来た観光客は必ずここに寄る。ビジターセンターなんてかったるいから
飛ばしちゃダメなのか?たぶんダメなんだと思う。
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なぜなら、このビジターセンターから今度は専用シャトルバスに乗り換えてストーンヘンジに
向かうからなのである。ビジターセンターからストーンヘンジまでは1.5km弱くらいのはずで、
歩いて行けない距離ではないけど、この時点では距離なんてわかんないからねぇ。
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何しろ世界中から来た観光客の数はすごい。
シャトルバスは次々にやってくるけど、列が長いからここでしばらく待たされることになる。

はいようやくバス乗車。
おそらくビジターセンターからストーンヘンジまでの間の道路はこのシャトルバス専用で、
一般の自家用車なんかも入れないんじゃないかなぁ?インドでタージ・マハルを見たとき、
切符売り場から専用電気自動車みたいなのに乗せられたのを思い出す。
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いろいろと前段階プロセスがあったけど、このバスを降りればようやくストーンヘンジだ。
次回、たっぷりとその全貌をご紹介いたしますです。


 

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by tohoiwanya | 2017-05-19 00:15 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 03月 08日

聖オーガスティン修道院の廃墟

カンタベリーといやぁ大聖堂がとにかく有名で、もちろん世界遺産に指定されている。

しかしこの町には大聖堂といわば“抱き合わせ”で世界遺産になってる所がある。その一つが
聖オーガスティン修道院っていうところで、どうやら“廃墟系”らしい。トホ妻が好きそうだ。
場所は大聖堂から歩いてせいぜい5~6分ってところかな。近い。

行くとまずビジター・センターみたいな建物があり、そこを出ると修道院の廃墟がある。位置的には
下の写真を参照してほしい。アナタはいまMUSEUMと書かれたビジターセンターを出たところだ。
これを見ると修道院が元は「上から見て十字架」の形状だったことがよくわかる。さぁ行ってみよう。
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いざ行ってみると、これが想像以上に風化・崩壊してて、今見ているものがかつて修道院の
ドコだったのかなんて全然わかんない。英国中の修道院を解体したヘンリー8世の頃、つまり
16世紀頃まではチャンと建ってたはずなのに、古代ローマ遺跡より古そうに見える。
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ここはいろいろヘンリー8世に縁のある場所みたいで、例の「初対面で離婚を決意」したお妃4号を
迎えた時は宮殿に改造されたらしい。それも当然16世紀の話だ。それが今やこんな廃墟。
調べたところでは18世紀に大嵐で激しく損壊し、そのままこんな廃墟になっちまったんだとか。

しかしここはイイよ。草原の中にひっそり残る石造建造物の残骸。これぞまさに廃墟って感じだ。
廃墟の極北。ザ・廃墟。廃墟マニアのトホ妻は恍惚としてあたりをさまよってた(笑)。
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一応世界遺産ではあるけど、カンタベリー大聖堂と違って観光客からもほとんど無視されてる。
だもんで、人が全然いなくてロマンチックだったねぇ。こういう廃墟を観光する時は人がワンサカいたり
猿がワンサカいたりすると(笑)ムードが出ない。その点、ここは静かで良かったよ~。
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気候の悪いイギリスだけど、それでもやがて廃墟はこうして植物たちのものになっていく。
もっとも、ここは遺跡として公的に管理されてるから、草ボウボウになることはないんだろうけど、
だんだん植物の中に埋もれていく廃墟というのは気分出るねぇ。
このピンクの花をあちこちで見かけた。なんだろうか?(←植物には信じられないくらい無知)
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あっちの方には廃墟じゃない、マトモな建物がある。あれは現在でも使われてるっぽい。
何に使われてるんだろ?学校に見えるけどなぁ・・中には入れないようだ。
まぁ廃墟さえ見れば我々は・・特にトホ妻は満足なわけだが(笑)。
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訪れる人も少ない聖オーガスティン修道院の遺跡・・というか廃墟。
大聖堂から近いし、何せ人が少なくて静かだし、カンタベリー観光するなら行くなら大聖堂から
ちょっと足を伸ばしてみることをお勧めしたいのである。廃墟系物件がお好きな人は特に。

 

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by tohoiwanya | 2017-03-08 00:24 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 01月 23日

ロンドンの火力発電所たち

この際だからビクトリア駅に続いてロンドンネタでいこう。
ビクトリア駅を出た線路がテムズ川を渡ると、線路ワキに非常に有名な廃墟がある。
その名をバタシー発電所。1930年代に建設された、レンガ造りとしては世界最大級の
建造物らしいけど1983年に閉鎖。その後はずっと放置されて巨大廃墟のままだった。

4本の煙突が極めて印象的な建物でピンク・フロイドのアルバムジャケットにも使われたことがある。
閉鎖後はずーーっと廃墟のまま残ってて、「世界で最も有名な都市型廃墟」なんて言われてた。
ロンドンに行ったらちょっと見てみたかった場所なんだよね。
(下がそのピンク・フロイドのアルバム「ANIMALS」)。
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その後調べてみたら、ここはとうとう買い手がついて再開発が決まったらしい。
再開発となると取り壊されるのかなぁ?さっきも言ったようにここはビクトリア駅に
出入りする電車からよく見える。カンタベリーから戻る時にシッカリ確認した。

おー見えた見えた・・あれがそう・・・あれ?あれれ?
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どんどん近づいてくるけど、明らかに煙突が1本しかねぇじゃん・・。
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周囲にクレーンが立ち並んでるから再開発中というのは間違いなさそうだ。
結局この発電所は壊しちゃうのかなぁ?世界的に有名な廃墟だったのに・・・
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その後調べたところでは、ここの再開発は「かつてあった有名な発電所」を部分的に
保存するというコンセプトで計画されてるようだ。こんな完成予想図もあったから
おそらく建物の一部と煙突1本だけは残すんじゃないかと考えられる。
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バタシー発電所の巨大4本煙突の勇姿を見たかったけど、ちょっと遅かったようだ。
ロンドンっ子にとっちゃあの4本煙突は懐かしい光景だったろうに。しかしこうして
部分的にでも保存してもらえるのは世界で最も有名な都市型廃墟だからこそ、といえるだろう。

もう一つロンドンで有名な火力発電所として旧バンクサイド火力発電所がある。
第二次大戦後の復興期に建てられた古い火力発電所で、1981年に閉鎖。その後は
変電所機能が残ったほかは放置プレイ。いずれ取り壊しは避けられなかったが・・

ご存知のようにここは現在テート・モダンという美術館に生まれ変わっている。
パリのオルセー美術館は元が駅舎だが、ロンドンのテート・モダンは元火力発電所。
何となく英仏両国のキャラクターの違いが出ているような・・・。

旧バンクサイド発電所、現テート・モダンもテムズ川のキワにある。内部は美術館用に
改修されたけど外観は昔のままだ。退役オンボロ火力発電所の幸せな余生といえる。
火力発電所につきものの巨大煙突も残ってる(写真は2010年欧州出張の時のもの)。
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テムズ川沿いには意外なほど昔の火力発電所が残ってるようで、こんなのもあった。
これはグリニッジの丘から見えた建物で、煙突の様子からみて昔の火力発電所だろう。
バタシーより小型っぽいけど、この古さから見てまさか現役とは思えないから、
保存されてるのかもしれない。ちなみにこの発電所、見事に子午線上にあるのだ(笑)。
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元々、ロンドンって町は行政・金融・娯楽等々の機能はテムズ川の北に集まってて、
南側のいわゆるサウスバンクは発電所とか倉庫とかが多かったエリアらしい。
本日ご紹介した三つの発電所も全て川の南側にある。テート・モダンなんてホントに
街の中心部に近くて、川を渡ればすぐに金融街シティだ。

そういう意味でもロンドンっ子にとっちゃこれらのド古い火力発電所は川の向こうにある
毎日見慣れた建物であり煙突なわけで、壊さずに残せという声も多かったんだろうなぁ。
イ課長たちが見てきたのはこの三つだけど、他にも残ってるのかもしれない。

第二次大戦後のロンドン復興を支え、テムズ川の南側で余生を送る古き火力発電所たち。
本日は旅行中に見てきたそんな古い発電所特集という、まことに変わった企画でした(笑)。


 

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by tohoiwanya | 2017-01-23 00:03 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2016年 12月 07日

チェンマイの仏教建築&遺跡

チェンマイって町は「タイの古都」とも、「バンコクが東京ならチェンマイは京都」とも言われる。

ここは昔あったランナータイ王国の首都だったところで、まぁ要するにタイ王国として統一される前、
いくつかあった国の首都。遺跡も多い。ただ、面白いのは遺跡は遺跡、現役のお寺はお寺って
キチンと分かれてなくて、金ピカの現役のお堂の裏に黒ずんだ遺跡があったりする。

チェンマイ到着翌日、ホテルからドイステープ行きソンテウ乗り場がある北門(チャンプアック門)まで
イ課長は歩くことにした。地元の人だったら「ソンテウ乗り場までソンテウで行く」ってのが
普通なんだろうけど、そこまで行くソンテウを捜すのが面倒だし、歩きながら市内の重要なお寺&遺跡を
回ろうと思ったわけだ。どんなトコに行ったかというと・・・

①ワット・チェディ・ルアン
チェンマイを代表するお寺(らしい)。近づくとこんな風にまず金ピカの現役のお堂が見える。
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しかしイ課長としては現役のお堂より退役した遺跡の方に興味がある。お堂はザッと見て裏に回る。
おおっ、すると早くも廃墟ムードたっぷりの巨大仏塔らしきものが。
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青空をバックにした遺跡はなかなか美しい。しかもこれ、デカい。
上部は半分くらいブッ壊れてるけど、昔はすげー壮大な仏塔(寺?)だったと思われる。
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しかしまぁ何という好天。この青空から想像されるように、こン時はすっげぇ暑かった。
階段には誰もいないからたぶん登っちゃいけないんだろうな。まぁこの時は体力を温存する
必要があったから、特に登りたいとも思わなかったが。
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②ワット・チェンマン
チェンマイじゃなくチェンマンね。まぎらわしいが。
チェンマイでは一番古いお寺ということらしいけど、正面からの見た目は金ピカ。
つうか、さっきのワット・チェディ・ルアンの本堂正面と区別がつかない(笑)。
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裏に行くとやはりこんな仏塔がある。テッペン部分はピカピカだけど、土台の部分はやけに
黒ずんで遺跡じみてる。13世紀に建立された歴史ある寺院らしいけど、イ課長の想像では
さっきの金ピカお堂や、この金ピカ屋根?は後年作り直したものなのに対し、この土台だけは
13世紀当時のオリジナルじゃないかなぁ?ゾウさんがたくさんいて見応えある土台だ。
個人的には金ピカ屋根よりこの土台の方が好きだ。
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③ワット・・・不明
すまん、名前を忘れた(地図で確認したんだがイマイチよくわからない)。
ここも同じように現役のお堂があった・・と思うんだが、イ課長の関心はやはり遺跡の方に向かう。
たとえばこんな遺跡っぽい仏塔がドンとある。
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ふーむ。やっぱり先端だけは何がナンでも金ピカに光らせてるのに対し、土台は古そうだねぇ。
ワット・チェディ・ルアンの壊れた仏塔と似て、カドッコがギザギザなってナナメに突き出してる。
後で気づくことになるが、ドイ・ステープの黄金の仏塔も形としてはコレに似てた。
もしかするとチェンマイ様式っていうんだろうか?(仏塔にはラオス様式とか、いろいろある)

④ワット・・・不明その2
これはお寺からお寺に移動する途中でたまたま通りかかったお寺。
なぜここに寄ったかというと、とにかく木造の質感を強く残すその建築に惹かれたからだ。
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金ピカ度は低いけど、この木造のたたずまいはイイねぇ。
中を見ることはしなかったけど、いかにも木造というこの外観は金ピカ系の寺院建築より
日本人にとっちゃむしろなじみやすい。なんていうお寺なんだろうなぁ?
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この日はとにっかく暑くて、しかもドイステープ観光に向け体力を温存しておきたかったから、
これら由緒あるお寺の数々もササーッと歩いて見るだけだったけど、さすがタイの京都と
言われるだけあって、どのお寺もなかなか見応えがあった。しかしイ課長の関心はどうしても
今ある金ピカ寺院より、古びた遺跡の方に向いてしまうのは致し方ないところだが。
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遺跡の写真ばかりご紹介したけど、もちろん現役のお堂の中にも一応入ってみた。
予想通り、でっかい黄金仏がある金ピカ寺院で、たいへんキレイだけどこういうのはもう
あちこちでけっこう見たし、イ課長だってもうそんなに驚かんよ。

その代りと言っちゃナンだが、そういうお堂の中に描かれた絵がさぁ・・・もうナンと言うか・・
ルアンパバーンのタレ目大仏を上回る違和感というか・・これはかなり驚いた(笑)。
次回はそのあたりについてご紹介したいと思うのである。


 

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by tohoiwanya | 2016-12-07 00:16 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)