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2017年 05月 22日

ストーーーンヘンジッ!!【その3】

とりあえず、皆さんもよくご存知の典型的ストーンヘンジ写真をドンと。
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とにかく知名度という点ではピラミッドの次くらいに有名な遺跡だからね。
先史時代に作られたものだそうで、Wikipediaの記述によると

考古学者はこの直立巨石が紀元前2500年から紀元前2000年の間に立てられたと考えている。
そして、それを囲む土塁と堀は紀元前3100年頃まで遡るという

今調べたら、クフ王の大ピラミッドが紀元前2560年頃から20年くらいかけて建てられたと
考えられているから(これもWikiさんの記述)、ストーンヘンジの周りの土塁はピラミッドより古く、
巨石が建てられた時期はピラミッドやや新しいかも・・って感じか。
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我々が普段目にするストーンヘンジって石舞台古墳をタテに積んだような(その言い方はどうか)
アレだけだけど、元々はアレを中心に周囲がもっと大きい円形の土塁(および石?)で囲まれてたと
考えられてる。いまストーンヘンジに行く観光客はこの土塁の周囲をぐるっと歩くような形になる。
この辺もぜんぶ後付け知識なんだけどさ。
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ご存知のようにストーンヘンジは、ピラミッドにおける「王の墓」といったような明確な設置目的が
わかっていない。原始宗教の祭壇説、先史時代の天文台説、一種の“共同墓地だった”説、さらに
毎度おなじみ宇宙人との交信拠点説、その他モロモロ、ストーンヘンジの設置理由は諸説あるけど、
決定的な説はない(はずだ)。
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現在のストーンヘンジは周りに何もない大草原に、孤高の存在であるかの如く存在している。
バスからも遠望できたくらいで、遠くからでもよく見える。夜間ここで火を焚いたりすれば
すごくよく見えただろう。イ課長の直感としてはやっぱ何らかの宗教的、祭祀的目的で
作られたんじゃないかな、という気がする。古さから考えてもね。
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夏至の日になるとこのストーンヘンジの外側にある大きな石とストーンヘンジの円形の
中心を結ぶ線上に太陽が昇るんだと。とすると、やはり何らかの天文知識に基づいた構築物
という説も捨て難い。考えてみたら、イ課長たちがここに行ったのはEU離脱可否を問う
国民投票のあった6月23日。つまり「ほぼ夏至」だったことになる。ま、だからって
特別なことは何もなかったが(下の画像、出所はBBCらしい)。
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ただ、出来た時からストーンヘンジの周囲はこうだったのか?となると誰も明確に答えられない。
建設当時周囲は深い森だった説もあるらしい。深い森の中に天文台は作らないよなー。
森の中となるとお墓説が浮上してくるのかな(実際、周囲で人骨も発見されてるようだ)。
でも平坦地を運ぶだけでも大変なこんな巨石、森の中を運搬というのは信じ難い気もするが。
ま、考古学者にわかんないんだから、イ課長にわかるわけありません。
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おお、地面にペタッと座ってストーンヘンジを見るご婦人が。彼女の座り方を見て、イ課長は
アンドリュー・ワイエスの「クリスチーナの世界」って有名な絵をたちまち思い出した。
代表的米国絵画の写真版を英国で見られるとは。
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ストーンヘンジ、こういうところなわけですよ。
数ある世界遺産の中でも、その知名度においては指折りの古代遺跡。
何十年か前にNHKの「未来への遺産」でストーンヘンジを見た日本の小僧がオッサンになり、
今こうしてイギリスで本物を見てるんだと思うと、感慨深いものがございましたよ、ええ。

 

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by tohoiwanya | 2017-05-22 00:18 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(0)
2017年 05月 19日

ストーーーンヘンジッ!!【その2】

ストーンヘンジに向けて、バスはロンドン市内を抜けて一路西へ。
郊外になると道路もすいてくるから、起伏のある高速道路の両側に広がる緑の草原風景を
楽しみながら最前列の席で快適なバスの旅。
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ガイドがないから、いまこの辺とか、あとどのくらいとか、よくわからない。
周囲はすっかり田舎になってきたし、ロンドンからずいぶん走ったし(2時間半くらい乗ったかな?)
もう近いんじゃないか?しかしとにかく周りは「田舎」ってだけで何もないからよくわからない。

起伏のある英国の道路。丘を越えてちょっと見通しのいいところにさしかかったら・・・んん?!
あ?あれじゃないか?へぇーーー、ストーンヘンジってこんな主要幹線道路から眺められるくらいの、
道路沿いにあったんだ。もちろん道路の方が後から出来たわけだけどさ(笑)。
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道路沿いの、周囲になーーんにもない草原の上にソレだけあるから、なんだか舞台セットみたいだ。
ストーンヘンジ、なかなか意外性のある登場の仕方じゃねぇか。早く近くから見たいぞ。

バスはストーンヘンジを右にみながら一度通過。その先の駐車場に向かう。
やれやれ、やっとバスから降りられるか

・・と思ったら、まだ降りられない。
バスドライバーだけが受付みたいなところに行き、そこで何やらやってる。おそらく人数確認とか
チケットの受け渡しとかであろう。お?箱を抱えて帰ってきた。
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彼はバスを降りる乗客一人ひとりに解説用トランシーバー、チケット、パンフレットという3点セットを
渡してくれる。なるほど。ストーンヘンジ観光3点セットってわけやな。
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「ストヘン3点セット」を持った乗客たちがぞろぞろとバスを降りる。
ここからは各自自由に見学するわけで、帰りの集合時間を忘れないようにしないといけない。
たしか現地滞在が1時間半くらいじゃなかったかなぁ?(←忘れてる)
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さぁここからいよいよストーンヘンジまで歩いて行く・・・のはまだ早い。
経なければいけないプロセスはまだある。
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はい、このモダンな建物がストーンヘンジのビジターセンターなんですね。
バスの駐車場から来た観光客は必ずここに寄る。ビジターセンターなんてかったるいから
飛ばしちゃダメなのか?たぶんダメなんだと思う。
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なぜなら、このビジターセンターから今度は専用シャトルバスに乗り換えてストーンヘンジに
向かうからなのである。ビジターセンターからストーンヘンジまでは1.5km弱くらいのはずで、
歩いて行けない距離ではないけど、この時点では距離なんてわかんないからねぇ。
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何しろ世界中から来た観光客の数はすごい。
シャトルバスは次々にやってくるけど、列が長いからここでしばらく待たされることになる。

はいようやくバス乗車。
おそらくビジターセンターからストーンヘンジまでの間の道路はこのシャトルバス専用で、
一般の自家用車なんかも入れないんじゃないかなぁ?インドでタージ・マハルを見たとき、
切符売り場から専用電気自動車みたいなのに乗せられたのを思い出す。
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いろいろと前段階プロセスがあったけど、このバスを降りればようやくストーンヘンジだ。
次回、たっぷりとその全貌をご紹介いたしますです。


 

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by tohoiwanya | 2017-05-19 00:15 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 03月 08日

聖オーガスティン修道院の廃墟

カンタベリーといやぁ大聖堂がとにかく有名で、もちろん世界遺産に指定されている。

しかしこの町には大聖堂といわば“抱き合わせ”で世界遺産になってる所がある。その一つが
聖オーガスティン修道院っていうところで、どうやら“廃墟系”らしい。トホ妻が好きそうだ。
場所は大聖堂から歩いてせいぜい5~6分ってところかな。近い。

行くとまずビジター・センターみたいな建物があり、そこを出ると修道院の廃墟がある。位置的には
下の写真を参照してほしい。アナタはいまMUSEUMと書かれたビジターセンターを出たところだ。
これを見ると修道院が元は「上から見て十字架」の形状だったことがよくわかる。さぁ行ってみよう。
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いざ行ってみると、これが想像以上に風化・崩壊してて、今見ているものがかつて修道院の
ドコだったのかなんて全然わかんない。英国中の修道院を解体したヘンリー8世の頃、つまり
16世紀頃まではチャンと建ってたはずなのに、古代ローマ遺跡より古そうに見える。
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ここはいろいろヘンリー8世に縁のある場所みたいで、例の「初対面で離婚を決意」したお妃4号を
迎えた時は宮殿に改造されたらしい。それも当然16世紀の話だ。それが今やこんな廃墟。
調べたところでは18世紀に大嵐で激しく損壊し、そのままこんな廃墟になっちまったんだとか。

しかしここはイイよ。草原の中にひっそり残る石造建造物の残骸。これぞまさに廃墟って感じだ。
廃墟の極北。ザ・廃墟。廃墟マニアのトホ妻は恍惚としてあたりをさまよってた(笑)。
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一応世界遺産ではあるけど、カンタベリー大聖堂と違って観光客からもほとんど無視されてる。
だもんで、人が全然いなくてロマンチックだったねぇ。こういう廃墟を観光する時は人がワンサカいたり
猿がワンサカいたりすると(笑)ムードが出ない。その点、ここは静かで良かったよ~。
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気候の悪いイギリスだけど、それでもやがて廃墟はこうして植物たちのものになっていく。
もっとも、ここは遺跡として公的に管理されてるから、草ボウボウになることはないんだろうけど、
だんだん植物の中に埋もれていく廃墟というのは気分出るねぇ。
このピンクの花をあちこちで見かけた。なんだろうか?(←植物には信じられないくらい無知)
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あっちの方には廃墟じゃない、マトモな建物がある。あれは現在でも使われてるっぽい。
何に使われてるんだろ?学校に見えるけどなぁ・・中には入れないようだ。
まぁ廃墟さえ見れば我々は・・特にトホ妻は満足なわけだが(笑)。
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訪れる人も少ない聖オーガスティン修道院の遺跡・・というか廃墟。
大聖堂から近いし、何せ人が少なくて静かだし、カンタベリー観光するなら行くなら大聖堂から
ちょっと足を伸ばしてみることをお勧めしたいのである。廃墟系物件がお好きな人は特に。

 

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by tohoiwanya | 2017-03-08 00:24 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2017年 01月 23日

ロンドンの火力発電所たち

この際だからビクトリア駅に続いてロンドンネタでいこう。
ビクトリア駅を出た線路がテムズ川を渡ると、線路ワキに非常に有名な廃墟がある。
その名をバタシー発電所。1930年代に建設された、レンガ造りとしては世界最大級の
建造物らしいけど1983年に閉鎖。その後はずっと放置されて巨大廃墟のままだった。

4本の煙突が極めて印象的な建物でピンク・フロイドのアルバムジャケットにも使われたことがある。
閉鎖後はずーーっと廃墟のまま残ってて、「世界で最も有名な都市型廃墟」なんて言われてた。
ロンドンに行ったらちょっと見てみたかった場所なんだよね。
(下がそのピンク・フロイドのアルバム「ANIMALS」)。
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その後調べてみたら、ここはとうとう買い手がついて再開発が決まったらしい。
再開発となると取り壊されるのかなぁ?さっきも言ったようにここはビクトリア駅に
出入りする電車からよく見える。カンタベリーから戻る時にシッカリ確認した。

おー見えた見えた・・あれがそう・・・あれ?あれれ?
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どんどん近づいてくるけど、明らかに煙突が1本しかねぇじゃん・・。
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周囲にクレーンが立ち並んでるから再開発中というのは間違いなさそうだ。
結局この発電所は壊しちゃうのかなぁ?世界的に有名な廃墟だったのに・・・
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その後調べたところでは、ここの再開発は「かつてあった有名な発電所」を部分的に
保存するというコンセプトで計画されてるようだ。こんな完成予想図もあったから
おそらく建物の一部と煙突1本だけは残すんじゃないかと考えられる。
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バタシー発電所の巨大4本煙突の勇姿を見たかったけど、ちょっと遅かったようだ。
ロンドンっ子にとっちゃあの4本煙突は懐かしい光景だったろうに。しかしこうして
部分的にでも保存してもらえるのは世界で最も有名な都市型廃墟だからこそ、といえるだろう。

もう一つロンドンで有名な火力発電所として旧バンクサイド火力発電所がある。
第二次大戦後の復興期に建てられた古い火力発電所で、1981年に閉鎖。その後は
変電所機能が残ったほかは放置プレイ。いずれ取り壊しは避けられなかったが・・

ご存知のようにここは現在テート・モダンという美術館に生まれ変わっている。
パリのオルセー美術館は元が駅舎だが、ロンドンのテート・モダンは元火力発電所。
何となく英仏両国のキャラクターの違いが出ているような・・・。

旧バンクサイド発電所、現テート・モダンもテムズ川のキワにある。内部は美術館用に
改修されたけど外観は昔のままだ。退役オンボロ火力発電所の幸せな余生といえる。
火力発電所につきものの巨大煙突も残ってる(写真は2010年欧州出張の時のもの)。
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テムズ川沿いには意外なほど昔の火力発電所が残ってるようで、こんなのもあった。
これはグリニッジの丘から見えた建物で、煙突の様子からみて昔の火力発電所だろう。
バタシーより小型っぽいけど、この古さから見てまさか現役とは思えないから、
保存されてるのかもしれない。ちなみにこの発電所、見事に子午線上にあるのだ(笑)。
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元々、ロンドンって町は行政・金融・娯楽等々の機能はテムズ川の北に集まってて、
南側のいわゆるサウスバンクは発電所とか倉庫とかが多かったエリアらしい。
本日ご紹介した三つの発電所も全て川の南側にある。テート・モダンなんてホントに
街の中心部に近くて、川を渡ればすぐに金融街シティだ。

そういう意味でもロンドンっ子にとっちゃこれらのド古い火力発電所は川の向こうにある
毎日見慣れた建物であり煙突なわけで、壊さずに残せという声も多かったんだろうなぁ。
イ課長たちが見てきたのはこの三つだけど、他にも残ってるのかもしれない。

第二次大戦後のロンドン復興を支え、テムズ川の南側で余生を送る古き火力発電所たち。
本日は旅行中に見てきたそんな古い発電所特集という、まことに変わった企画でした(笑)。


 

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by tohoiwanya | 2017-01-23 00:03 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2016年 12月 07日

チェンマイの仏教建築&遺跡

チェンマイって町は「タイの古都」とも、「バンコクが東京ならチェンマイは京都」とも言われる。

ここは昔あったランナータイ王国の首都だったところで、まぁ要するにタイ王国として統一される前、
いくつかあった国の首都。遺跡も多い。ただ、面白いのは遺跡は遺跡、現役のお寺はお寺って
キチンと分かれてなくて、金ピカの現役のお堂の裏に黒ずんだ遺跡があったりする。

チェンマイ到着翌日、ホテルからドイステープ行きソンテウ乗り場がある北門(チャンプアック門)まで
イ課長は歩くことにした。地元の人だったら「ソンテウ乗り場までソンテウで行く」ってのが
普通なんだろうけど、そこまで行くソンテウを捜すのが面倒だし、歩きながら市内の重要なお寺&遺跡を
回ろうと思ったわけだ。どんなトコに行ったかというと・・・

①ワット・チェディ・ルアン
チェンマイを代表するお寺(らしい)。近づくとこんな風にまず金ピカの現役のお堂が見える。
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しかしイ課長としては現役のお堂より退役した遺跡の方に興味がある。お堂はザッと見て裏に回る。
おおっ、すると早くも廃墟ムードたっぷりの巨大仏塔らしきものが。
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青空をバックにした遺跡はなかなか美しい。しかもこれ、デカい。
上部は半分くらいブッ壊れてるけど、昔はすげー壮大な仏塔(寺?)だったと思われる。
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しかしまぁ何という好天。この青空から想像されるように、こン時はすっげぇ暑かった。
階段には誰もいないからたぶん登っちゃいけないんだろうな。まぁこの時は体力を温存する
必要があったから、特に登りたいとも思わなかったが。
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②ワット・チェンマン
チェンマイじゃなくチェンマンね。まぎらわしいが。
チェンマイでは一番古いお寺ということらしいけど、正面からの見た目は金ピカ。
つうか、さっきのワット・チェディ・ルアンの本堂正面と区別がつかない(笑)。
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裏に行くとやはりこんな仏塔がある。テッペン部分はピカピカだけど、土台の部分はやけに
黒ずんで遺跡じみてる。13世紀に建立された歴史ある寺院らしいけど、イ課長の想像では
さっきの金ピカお堂や、この金ピカ屋根?は後年作り直したものなのに対し、この土台だけは
13世紀当時のオリジナルじゃないかなぁ?ゾウさんがたくさんいて見応えある土台だ。
個人的には金ピカ屋根よりこの土台の方が好きだ。
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③ワット・・・不明
すまん、名前を忘れた(地図で確認したんだがイマイチよくわからない)。
ここも同じように現役のお堂があった・・と思うんだが、イ課長の関心はやはり遺跡の方に向かう。
たとえばこんな遺跡っぽい仏塔がドンとある。
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ふーむ。やっぱり先端だけは何がナンでも金ピカに光らせてるのに対し、土台は古そうだねぇ。
ワット・チェディ・ルアンの壊れた仏塔と似て、カドッコがギザギザなってナナメに突き出してる。
後で気づくことになるが、ドイ・ステープの黄金の仏塔も形としてはコレに似てた。
もしかするとチェンマイ様式っていうんだろうか?(仏塔にはラオス様式とか、いろいろある)

④ワット・・・不明その2
これはお寺からお寺に移動する途中でたまたま通りかかったお寺。
なぜここに寄ったかというと、とにかく木造の質感を強く残すその建築に惹かれたからだ。
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金ピカ度は低いけど、この木造のたたずまいはイイねぇ。
中を見ることはしなかったけど、いかにも木造というこの外観は金ピカ系の寺院建築より
日本人にとっちゃむしろなじみやすい。なんていうお寺なんだろうなぁ?
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この日はとにっかく暑くて、しかもドイステープ観光に向け体力を温存しておきたかったから、
これら由緒あるお寺の数々もササーッと歩いて見るだけだったけど、さすがタイの京都と
言われるだけあって、どのお寺もなかなか見応えがあった。しかしイ課長の関心はどうしても
今ある金ピカ寺院より、古びた遺跡の方に向いてしまうのは致し方ないところだが。
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遺跡の写真ばかりご紹介したけど、もちろん現役のお堂の中にも一応入ってみた。
予想通り、でっかい黄金仏がある金ピカ寺院で、たいへんキレイだけどこういうのはもう
あちこちでけっこう見たし、イ課長だってもうそんなに驚かんよ。

その代りと言っちゃナンだが、そういうお堂の中に描かれた絵がさぁ・・・もうナンと言うか・・
ルアンパバーンのタレ目大仏を上回る違和感というか・・これはかなり驚いた(笑)。
次回はそのあたりについてご紹介したいと思うのである。


 

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by tohoiwanya | 2016-12-07 00:16 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2016年 05月 27日

ロッブリーでサルまみれ【その2】

カンボジアのアンコール・ワットでもサルは見かけた。しかしここまで膨大なサルに支配された
クメール遺跡なんて、世界広しと言えどもロッブリーの「サル遺跡」だけだろう。

ここも見学者は少なくて、イ課長以外に外国人観光客が3~4人程度のもの。地元の人はいなかった。
まぁ地元民にすりゃ毎日見飽きた遺跡とサルだ。改めて入場料払って見ようなんて気にはならんよな。
結果的に、ここに来た外国人観光客はサルの大群の中に放り込まれた少量のエサのような立場になる(笑)。
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キャーーッ!」って悲鳴が聞こえたからナニかと思ったら、あははは、欧米人カップルの女性の方が
サルにヨジ登られてるよ。慌てて撮ったから背景にピントが合っちまったが。
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・・と思ってたら、うわーー!イ課長にも来やがった。まだ子ザルっぽいのがイ課長の足にとりついて
ヨジ登ってくるではないか。
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うーむ、人を登るのに慣れてるねコイツ。人間の体とか衣服よりも、肩からさげたバッグのヒモとか
ストラップとかを巧みにつかみながらけっこうスイスイ登ってくるんだよ。
あーあ・・とうとうイ課長の肩まで登ってきちゃったよ~。
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恐ろしいことに一匹が“登頂成功”すると、「イ課長のぼり」してみようっていうバカザルどもが
我もワレもと寄ってきて足にしがみつき、登ってくる。うわーオイ勘弁してくれ!

あのねぇ、オレはオマエらのおもちゃになりに来たんじゃないの!遺跡を見に来たの!
ちったぁイ課長に落ち着いて遺跡観光させねぇか!・・・なーんて憮然とした顔してみせても
猿は知ったこっちゃない。イ課長の肩の上で上機嫌でカメラ目線(笑)。
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何匹かは身体をかがめて落としたんだけど、結局2匹のサルがイ課長の両肩に陣取ってご満悦。
まぁクメール遺跡の前でサルまみれになるなんて経験もロッブリーならではと思い直して、
遺跡をバックにもう一枚おバカセルフ撮り。さっきサルにヨジ登られてた欧米人女性が
こんどはイ課長のこのザマを見て大笑いしてたよ。
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上の写真(の無修正版)をFacebookのプロフィール写真にしたところ、たいへん好評だった。
ちょうど申年だったから、同じ写真を今年の年賀状にしてみたら、またもたいへん好評だった。
別に大好評サルまみれ写真を撮るためにこの遺跡に来たのではないのだが・・(笑)。

このバカザルども、とにかく肩の上で一時もジッとしてないし、上の写真じゃ右肩のバカザルが
イ課長のTシャツ脱がそうとしてるくらいで、とにかくイタズラ好きなのだ。おそらくまだ若い、
人間でいうと中学生〜高校生くらいのオスザルではないかと推測される。人間だろうがサルだろうが
男子中高生なんてバカが固まって人間(ないしサル)の形をしてるようなものなのだ。
 
いやしかし、もう参りました。これ以上ここにいてもサルまみれ写真が増えるだけだ(笑)。
このバカザルどもが自発的に“下山”するとは思えないから、身体をかがめて何とかおサル様たちに
地面に落下していただき、逃げるようにサル遺跡を後にしたイ課長なのである。
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いやはや・・・というわけで、サル遺跡ではとても遺跡鑑賞どころではなかった(笑)。
まさかこういう目に遭うとは思ってなかったぜ。
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ロッブリーのサル遺跡。落ち着いて遺跡鑑賞するのはまず不可能だが、代わりにおサルまみれの
記念写真はまず確実に撮れる。アナタもぜひ・・と言いたいところだが、安易にお勧めはできない。
万一サルに噛まれたりしたら狂犬病という危険もある。ここのサルども、人なつこくてイタズラ好きだけど
凶暴という感じではない。それは確かだが、かと言って噛まれるリスクがゼロでないことも確かだ。
とりあえずエサはやろうとしない方がいいと思う。
(指とか噛まれるかもしれないからね。エサやるなって英語の看板もあった)

じゃ、イ課長は狂犬病リスク覚悟でサル遺跡に行ったのかって?とんでもない。
実はそんなことまるっきり考えずに行ったんだよ。ココがサルの多い遺跡だってことは知ってたけど、
まさか自分がサルにヨジ登られるなんて考えてなかった。無知なるがゆえの結果がこうだったわけ。

だが、ココに行けばサルまみれになる可能性が極めて高いことが経験的にわかった以上、
その際に万一噛まれでもしたら狂犬病リスクあり、ということはお伝えしておかないといかん。
上にも書いたようにイタズラ好きだけど凶暴さは感じられないサルたちで、かわいいんだけどね。
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もう一つ、狂犬病ほど深刻じゃないけど注意喚起しておきたいのはヤツらのイタズラ、特にひったくりだ。
こいつら、観光客がぶら下げてるペットボトルをサッ!とひったくるなんてこともするらしい。
左手一本でセルフ撮りする時にカメラをひったくられちゃタマんないから、イ課長としても片手撮りの際は
用心してストラップをしっかり左手首に巻いて撮った。
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ロッブリーのサル遺跡に行ったら、じっくり遺跡観光するのは不可能だがサルまみれ写真は確実に撮れる。
それはそれで楽しい記念になるけど、とにかく噛まれないように、さらに持ち物をひったくられないように、
十分気をつけていただきたいのである。


 
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by tohoiwanya | 2016-05-27 00:05 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2016年 05月 25日

ロッブリーでサルまみれ【その1】 sanpo

ロッブリーの駅のすぐ北、踏切の近くに残っている壮大な遺跡プラ・プラーン・サーム・ヨート。
名称が長いから、この記事においては「サル遺跡」という略称で書かせていただく。

サル遺跡の方に向かって、線路に沿って北の方に歩く。
こうやってロッブリーの町をほんのちょっと歩いてるだけも、この町のクメール遺跡密度が
いかに高いかよくわかる。線路の反対側にもこんな遺跡・・というか廃墟があるんだから。
廃墟の前に信号機なんかがあると、かえって不思議な気分になる。
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細かい部分をズームでアップにしてみると・・ふーむ・・・けっこう石の彫り物も凝ってるねぇ。
他のもそうだったけど、構造体そのものは石ではなく茶色いレンガ造。近くにいい石が採れる場所が
なかったのかもなぁ。特に名所旧跡ってほどでもない、「町ン中にゴロゴロある遺跡の一つ」ではあるけど
こういうの見慣れてない日本人にはやっぱ物珍しいよねぇ。
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おッ?!サル発見。ロッブリーの町に来て初めてサルを見かけたぞ。
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また発見。イ課長の目の前を平気で横切って行く。ヒト慣れしてるんだねぇ。
話には聞いてたけど、完全な放し飼いみたいで、町の中を「ノラ猿」状態でフラフラしてるようだ。
それだけ「人猿接近」の生活形態だと、ヒトもサルもお互い驚かないよな、そりゃ。
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フと目を上げると・・・うーわぁぁー!サルだらけやん!サルまみれ。まさに猿の町。猿の惑星。
こらすげぇワ。こんなにいるのかよサル。さすが有名なだけのことはある。
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初めは「サル発見」なんて珍しがってたけど、そんな気持ちは10秒くらいで消滅する(笑)。
サル遺跡が近くなってくると、もうどこ向いてもサルだらけ。何たるサル密度。
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さて、いよいよ来たぞサル遺跡。
まさにアンコール・ワット調の、風格あるクメール風の塔が三つ並んで建ってるわけだけど、
その塔のあちこちにも、手前の地面のあちこちにもサルが・・・。
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      遺跡とサル。
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こっちも遺跡とサル。つうか、「サルが構図に入らない、遺跡だけの写真」なんて、ここでは
撮影不可能だ。あらゆる写真が「遺跡とサル」という題名になってしまうのである(笑)。
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こちらは仏像とサル。おい、オメェらがいまタムロっているのは非常にありがたい場所なんだぞ?
一生懸命ホトケ様を信心しろ。サルでも極楽浄土に連れてってもらえるかもしれんぞ。
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サル遺跡のすぐワキには線路が通ってて、踏切がある。
しかしその踏切だってこのアリサマだ。もうあらゆるところがサルだらけなのである。たまげたね。
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とにかくあまりにすごいサルだったので、サルの話をもうちょっと続ける。
次回はイ課長がついにサルに襲われる。話はだんだん「猿の惑星」から「ヒッチコックの猿」という感じに
なっていくのである。


 
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by tohoiwanya | 2016-05-25 00:02 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(4)
2016年 05月 23日

ロッブリーに行ってみよう 【その2】

さて、ロッブリーの駅までは無事たどり着いた。
イ課長を置いてチェンマイ行きの列車は北に向かう。
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およよ。駅のホームには巨大なおサルさんのモニュメントが。
さすがサルで有名な街。だがこの時点におけるイ課長の「サル認識」はまだ蜂蜜のように甘い(笑)。
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さて、たどり着いたはいいけど、無事にバンコクまで戻れるかなぁ~?なんて不安はほとんどない。
帰りの列車の切符なんて買わない。何てったってタイは今や「東南アジアのドイツ」だからね。
時間がアテにならない鉄道より、帰りは車で帰ろうと思ってた。バンコク行きロトゥーは絶対あるから、
その乗り場を見つければOKなのだ。けっこう余裕なのである。

線路(とホーム)は南北に延びてるから、駅の構造としては東側と西側があるわけだけど、
駅のホームから西側を見ると早くもクメール遺跡が見えてくる。ロッブリーのクメール遺跡の数々は
街の中心部に集まってて、こんな具合に「駅前遺跡」もある。ケルン大聖堂並みの駅近物件なのである。
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さっそく行ってみようじゃないの。
この駅前遺跡はワット・プラ・シー・ラタナー・マハータートという、聞いた瞬間に忘れそうな名称。
イ課長はひっくるめてクメール遺跡って書いてるけど、建築的に細かく見るとクメール様式だけじゃなく
アユタヤ様式だのスコータイ様式だの、いろんな建築様式が混じってるらしい。長い期間の間に
増築されたりしたんだろうな。そして、それら全てが今は静かなる廃墟となっている。
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ロクに事前知識もなく廃墟の中をウロついたわけなんだけど、ここはすごく良かったよ。
何がいいって、とにかく人が少なくて静かなのだ。
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やっぱこういう廃墟を散策する時は団体がガヤガヤしてるなんて状況じゃなく、廃墟の中に
一人静かにたたずみ、悠久の歴史に思いをはせる・・・ってのが気分だよねぇ。
周囲には自分しかいないんだから、そういう点じゃ気分満点。
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いやぁ~夢のように静かだ。ロッブリーのクメール遺跡っちゃぁ、そこそこ有名だと思うんだけど、
他に誰もいないおかげで廃墟ムードを満喫。壮大さや知名度という点じゃアンコール・ワットには全然
及ばないけど、観光客の少なさと静かな廃墟感を味わいたいならロッブリーはいいよー。
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お、ムード満点の遺跡だからってことか、何かの撮影をやってるよ。
ロッブリー観光協会の来年のカレンダー用写真かな?女性モデルの方はなかなかお美しいけど
男性の方は・・・オレが代わろうか?(笑)
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てな具合に、駅前遺跡で早くもムードが高まったきたイ課長。次の遺跡に移動するか。
ロッブリーの街ってとにかく町の中心部、駅や線路の周辺にボコボコ遺跡が残ってるんだけど、
線路づたいにちょと北に行くと、踏切のワキにプラ・プラーン・サーム・ヨートという、最も大きな
遺跡があるはずで・・・あ、ほら、もう見えてきたよ。下の写真左に写ってるアレがたぶんそうだ。
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しかしそういう遺跡のワキを鉄道がゴトンゴトン走ってるってのもミョ〜だよねぇ。
奈良の薬師寺のすぐワキを近鉄(だったと思う)が通るのを見た外国人観光客もおそらく
同じような不思議さというか、違和感を感じているんじゃないかと思う。

この時点ではイ課長はまだサルを一匹も見かけてない。
駅前遺跡にはサルなんて一匹もいかなったもんね。もっとワンワンいるのかと思ってた。

だが「サルのいない平和な観光」もこのあたりまで(笑)。
さっき「観光客が少なくて静かな廃墟感を味わえるロッブリー」って書いたけど、それは
サルがいない駅前遺跡に限って、という注釈をつける必要がある。

次回は「クメール遺跡の町・ロッブリー」だけじゃなくサルの町・・というか、ほとんど
「猿の惑星・ロッブリー」と言いたくなる恐ろしい一面が見えてくるのである。


 
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by tohoiwanya | 2016-05-23 00:21 | 2015.09 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2016年 03月 28日

アンコール遺跡群を見たくなったアナタに

さて、2014年の東南アジア旅行の話に戻ろう。。
これまで、このブログでアンコール遺跡の数々をたくさんご紹介してきたけど、
ベンメリア遺跡でイ課長が見たところに関しては書き終わったことになる。
(なお、本日掲載の写真もぜんぶベンメリア遺跡で撮ったものざます)
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お読みの方の中には「オレも(アタシも)カンボジアの遺跡、見てみたいなぁ」と思った人も
いるかもしれない。そこで、本日はそんな気が芽生えたアナタをますますソノ気にさせるために(笑)、
アンコール遺跡を見に行くために現実的に考えなきゃいけないポイントをいくつか整理しておきたい。
カンボジアっつうてもオイソレと行けるトコじゃないし、考えておくべきことは多いわけヨ。
たとえば・・・


①遺跡がたくさんあって、全部見るのは難しいってことはわかったけど、ドコが必見なの?
・・という質問をしたい方もいるだろう。
しかしこれは回答不可能の質問と言っていい。イ課長が見た遺跡に限ったって、どれも素晴らしくて、
「アソコは大したことない、アッチの方が良かった」なんて言えない。

でも、こういうことは言える。アナタがカンボジアに行き、やがて無事帰国したとしよう。
カンボジアに行ってきたと言えば、周囲の人は絶対確実鉄板で「アンコール・ワット行った?」と聞いてくる。
そのくらいアンコール・ワットは有名なわけで、見てきませんでしたなんて言うと驚かれるかもしれん。
とりあえずアンコール・ワットを押さえておくと、帰国後の話の展開がスムーズになるという
副次的な効果は期待できると思う(笑)。
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②当日の服装とかは?カンボジアって暑いんでしょ?
暑い。雨季の9月も暑かったけど、何月に行っても暑いんだと思う。水は必携。
石造りの通路や階段を歩くことが多くなるからスニーカーもまた必須。ハイヒールは絶対やめるべき。
それと、移動の車が冷房効いてるケースがあるから長時間移動を伴う時はパーカーでもあるといいかも。
いろいろ大変なのである。

雨季と乾季のどっちがいいかというのは、雨季しか知らないイ課長には十分お答えできない。
まぁ雨が降らない方がいいんだろうけど、前にもちょっと書いたように巨石が緑のコケに覆われて
抹茶チョコレートになる雨季の遺跡観光ってのがイイんだコレが。イ課長としては「雨季だからダメ」
ということは全然ないですよ、ということは強調しておきたい。
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③見るのは現地ツアーがいいの?個人で遺跡めぐりって大変?
これは極めて重要なポイントだが、やはりイ課長には十分にお答えできない部分がある。

イ課長は二日とも現地オプショナルツアーを使った。聞いた話では、アンコール遺跡観光は原則として
政府公認ガイドを同行しないといけないようで、個人で入場券だけ買ってブラッと入って自由に見るという
わけにはいかないみたいなんだよね(ガイドは重要な雇用創出になってるはずだし)。

ただ、この規程がどのくらい厳しく適用されてるのかとなると、よくわからない。
個人で入場券買って、どこかのツアーの一員みたいなフリして、集団にまぎれ込んで入る・・なんてことも
その気になれば可能だと思うんだよなぁ。
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ただ、イ課長みたいにアンコール遺跡行くのが初めてで、ナニも知りませんなんていう人はとりあえず
ガイド付きツアーで行くのが安全確実だと思う。遺跡の見どころはちゃんと押さえて回ってくれるし、
複数の遺跡を回るに際しての移動のアシの心配をしなくて済むというのも大きい。

それにベンメリア遺跡みたいに、場所によっては地雷リスクが残る、なんて場所も中にはあるから
そういう場所に行くときは安全上からもガイドさんは必要になる。
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アナタがアンコール遺跡が二度目で、今回は見たいトコを自由にジックリ見たい。しかしガイドは
やっぱり同行しないといけないようだ、となれば個人で公認ガイドを雇うしかない。これは現地の
旅行会社に頼めば手配してくれるはず(日本人向けの旅行会社もある)。高いだろうけどね。
イ課長が次回また行って、前回見た遺跡を団体行動に拘束されず、じっくり見たいと思えば
この方法を使うしかないんだろうなぁ(さもなければ、上に書いた“まぎれ込み方式”か・・)。
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④ところで、カンボジアってそもそも危なくないの?一人旅でも大丈夫?

ポル・ポトとかカンボジア内戦みたいな、戦争・紛争という意味での危険はもうない。
アンコール・ワットを見たくてシェムリアップで殺された一ノ瀬泰三さんの頃とは隔世の感があるよ。
シェムリアップなんて外人観光客だらけで、バリ島並みに観光の町だもん。

一般的な意味での治安という点でも、東南アジアの他の国と同じような感じだと思うよ。
他の国に比べてカンボジアにスリやカッパライが特に多いとは思えない。ただ、逆に言えば
「いないわけではない」ともいえるわけで、イ課長は何事もなかったけど、話には聞く。プノンペンの
トゥクトゥクでiPhoneいじってたら横からサッと手が伸びて持って行かれたとかね。当たり前だけど
「東南アジア旅行におけるフツー程度の注意」は必要なのである。
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⑤でもカンボジアって、直行便がないんでしょ?面倒だなぁー。
今後変わるかも知れないけど、現在のところ日本からの直行便はない。
日本人旅行者の場合、ベトナム経由かタイ経由って人が圧倒的に多いはずで、イ課長は
バスでベトナムから入国し、帰りはまたバスでタイに出国したわけだけど、飛行機便もいっぱいある。
プノンペンなら近隣国の首都とはほぼ全部直行便があると思って大丈夫だと思う。

プノンペンはいいから、いきなりシェムリアップ入りして遺跡をたっぷり見たいという人でも大丈夫。
調べてみたらバンコクからでもハノイからでもサイゴンからでもシェムリアップ直行便がある。
(興味があってさらに調べてみたら、ヴィエンチャンからはないようだ。ラオスがんばれ)。
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いかが?さらにその気になってきた?(笑)

イ課長自身、アンコール遺跡はいつかまた見に行きたいと思ってる。
今回見たところももう一度見たいし、まだ見てない遺跡だっていっぱいある。
もっとも、イ課長はプノンペンに義兄弟トゥクトゥクドライバーがいるから、プノンペン素通りして
いきなりシェムリアップ行ったりしたら、あとで恨まれそうだが(笑)。
 
 
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by tohoiwanya | 2016-03-28 00:02 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(6)
2016年 03月 16日

ベンメリア遺跡に行く【その2】

ベンメリア遺跡を一言で言えば「わからないことだらけ」ということになるんだろうと思う。
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そもそも、誰がどういう目的で建てたのかがよくわからない。
一説では「アンコール・ワットを作る前の“予行演習”として作ってみた」とも言われてるようだけど、
巨大寺院を作るための練習に、巨大寺院を作るというのはイ課長には信じがたい。それじゃまるで
落語の「試し酒」じゃねぇか(笑)。
(五升の酒が飲めるか?と言われた男が、まず外の酒屋で五升飲んで試してきたっていう、あれね)
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ベンメリア遺跡って、四角い回廊がグルッと取り巻き、真ん中に高い建物があるという構造らしくて、
もしそうであればスタイルとしては確かにアンコール・ワットに似てる。規模的にも近いらしい。つまり
アンコール・ワット並みにデカい遺跡だったらしいのだ。
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ただ、こんな風に「らしい」を連発してるくらいで、遺跡の全体像はよくわかってない・・・らしい(笑)。
上の画像はWikipediaから拝借したもので、この赤線の範囲が見学可能範囲みたいなんだよね。
つまり赤線の範囲外は地雷除去もまだ完全じゃないって可能性は十分ある。考古学者のみなさんたちも
おいそれと気軽に調査できないんだろうなぁ。
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これだけわからないことだらけだから、見学者のココロモチもアンコール・ワットとは全然違ってくる。
アンコール・ワットだと、ここが西参道、一番外側のここが第一回廊・・みたいに、遺跡の中で自分のいる位置を
把握しながら見学できる。しかしそもそも全体構造がわかってないベンメリアじゃ、自分が今いる場所なんて
「広大な廃墟のどこかである」ってこと以外はわからない。要するにわからないことだらけなのだ。
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しかしタ・プロムでも書いたように、ベンメリア遺跡においても事前知識はあまり必要ないと思うよ。
その出自や由来は考古学者だって(たぶん)よくわかってないんだから、一般旅行者にわかるわけがない。
建築上の特性を考証しようにも、ほとんど崩れてるんだから、これまたわかりっこない。
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そんな具合にわからないことだらけにもかかわらず、ベンメリア遺跡は素晴らしい。
昼なお暗いジャングルに覆われた神秘の巨大廃墟、聞こえるのは風にゆれる木々のざわめきだけ・・
まるで子供の頃に読んだ冒険物語の舞台が現出したかのごとくだ。
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ここに来たら、ひたすらそういう神秘のムードを肺一杯吸い込みましょう。
森林浴ならぬ神秘浴。ベンメリア遺跡はそんな場所ではないかと思うのだ。

ちなみに、下の写真は石の建物の上を植物が這い登っていき、そのあげくに建物てっぺんから
巨大な木を繁らせているという場所で、ここが最も「ラピュタ的」とされる場所らしい。
天空都市ラピュタの廃墟を突き抜けた巨木を連想させるんだろうな、きっと。
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しかしだね。何度も言うけど「ラピュタのモデル説」はどう考えても間違った風説。
さらにこれも繰り返しになるけど、ラピュタのモデルであるかどうか、なんてことを超越して
ベンメリア遺跡は素晴らしい場所だと思うのだイ課長は。ツアーで一緒だったカップルの女性の方が
「なんか、ここ、一番良かったかも・・」と言ってたけど、そういう気持ちになるのもわかる。
特に廃墟系が好きな方にはたまらないと思う。

アナタがカンボジアに行って遺跡見学する機会があったら、ちょっと遠いけどぜひベンメリア遺跡も
候補に加えて旅程を検討することをお勧めしたい。イイよ~?ここは。
 
 
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by tohoiwanya | 2016-03-16 00:03 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(4)