タグ:都市 ( 84 ) タグの人気記事


2017年 03月 10日

トラファルガー広場というところ

ロンドン行ったことない人でもトラファルガー広場の名前は知っている。

太古の昔、新婚旅行でイ課長とトホ妻がロンドンで別行動をとった時(とるか?普通)
合流したのもトラファルガー広場のライオン像の前だった。イ課長は早めに来て、待ち合わせまで
ナショナル・ギャラリーの一部を駆け足でザーッと見たっけなぁ。
f0189467_14201879.jpg
 
あれから25年、くたびれ初老夫婦になった我々はカンタベリーの帰り、懐かしきこの広場に来た。
この日はコヴェント・ガーデンでオペラを見る予定だったんだけど、夜の開演まではまだたっぷり
時間があったから、絵でも観ようかと思ってここを通りかかったのだ。

いやぁ~・・トラファルガー広場にいると本当に「あー自分はいまロンドンにいるなぁ」という
気分になるね。時間はたっぷりあるんだから少しここで休んでいこうぜ。
f0189467_14242024.jpg
 
この日は快晴というわけじゃなかったけど、気温も暑くも寒くもなく比較的快適で、
広場もいろんな人たちで賑わってた。見てると楽しい。

地面に絵を描いてる。欧米の広場っていうとよくこういう路上画家がいるよね。
f0189467_14201838.jpg
 
しかしこの日トラファルガー広場で目立ってたのは絵描きではなく宙に浮くパフォーマンス。
棒に何か仕掛けがあって体重を支えるようになってるんだろうけど、うまく出来てる。
f0189467_14203340.jpg
 
だが(おそらく)毎日やってるせいだろうなぁ、あまり注目を集めてない。お賽銭も少なそう。
向こうでやってるハシゴを使ったパフォーマンスの方が圧倒的に集客力が高い。
宙に浮いてる本人も向こうのパフォーマンスに見とれてるようじゃあかんな(笑)。
f0189467_14202553.jpg
 
由緒ある広場だけあって、こっちには立派な騎馬像。誰かと思ったらジョージ4世。
このジョージ4世って人がねぇ~・・父ちゃんのジョージ3世はマジメな人柄だったようなんだけど
コドモはみんな問題児ぞろい。ジョージ4世自身も皇太子時代は超放蕩借金バカ息子。息子たちの
相次ぐスキャンダルのせいか、父ちゃんのジョージ3世は最後に精神障害で頭おかしくなった(マジ)。
f0189467_14203388.jpg
  
自分が即位してジョージ4世になっても相変わらず問題王。今度はなぜか正妻キャロラインを
異常なほど嫌い、自分の戴冠式にも出席させないという仕打ち。何なんだろうか。キャロラインと
離婚したい王とそれを認めない議会で散々モメたらしい。そんなお騒がせ問題王でも一応は王様だから
こうしてトラファルガー広場に騎馬像作ってもらえるんだなぁ。

・・と思って調べてみたら、何と、元々は王室の厩があったこの場所の再開発を命じたのが実は
ジョージ4世だったんだと。その再開発がやがて現在の広場につながったってことらしい。いわば
トラファルガー広場成立の大功労者。一応マトモなこともやったんですね(笑)、ジョージ4世。

このジョージ4世銅像がナショナルギャラリーに向かって右側にある。
こういうのは大体左右対称に置かれるもんだ。向かって左には誰の銅像があるんだろうかと思って
行ってみたら驚いた。げぇッ?!何だい?こりゃあ。
f0189467_14203348.jpg
  
位置的にはさっき見たジョージ4世騎馬像のちょうど反対側に置かれているから「セット」のはずだ。
それが何でガイコツ?ブラックジョークか?イギリスじん~~お前らの考えることはわかんねぇよ。

その後調べたところ、このガイコツ馬の像はつい最近、2015年に設置されたもののようで、
設置時に「来年まで展示される」って書かれてたから、2016年の訪英当時はあったけど、今は
ないのかもしれん。要するに一時的に置かれた現代芸術ということらしいが、ガイジン旅行者が
そんなこと知るわけない。てっきり昔からここにあったガイコツだと思ってブッたまげたぜ。

ま、トラファルガー広場とは要するにこんな感じのトコなわけですよ(笑)。
それでも、さっきも言ったようにこの広場は「ああロンドンに来たんだなぁ」という旅情に
ぼんやりと浸るにはすごくいいスポットだと思う。
f0189467_14202527.jpg
 
歩き疲れてトラファルガー広場で一休み。さて、次はどこに行こうかとなった時、ビッグ・ベンでも
ウエストミンスター寺院でもコヴェントガーデンでも、ロンドン名所の多くに歩いて行けるしね。

もちろん広場の真後ろにある巨大美術館ナショナル・ギャラリーを見るのもいい(タダだし)
そのまた裏にはナショナル・ポートレート・ギャラリーもある(これもタダ)。イ課長とトホ妻は
結局この後ポートレート・ギャラリーの方に行くわけだが、その話はまた後日。


 

[PR]

by tohoiwanya | 2017-03-10 00:15 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2016年 09月 22日

早朝のスコール

タラート・クアディンを後にして、さてホテルに戻ろうとランサン通りを歩き始めたところで
スコールが降りだした。降り出したな、と思ったらたちまち「うわ、こりゃダメだ」ってんで
散歩を一時中止せざるを得ないザーザー降り。というかドシャ降り。ここは悪あがきせず
雨宿りしましょう。タラート・サオ近くの建物の軒下に入って小降りになるのを待った。

この時が何時頃だったかなぁ?もう7時は過ぎてたんじゃないか?
6時前にくらべると道路も多少車やバイクで混んできたけど、朝っぱらからこの雨じゃ・・
f0189467_11000594.jpg
 
まぁ雨季なんだし、地元に人にすれば早朝のスコールくらいどうってことないんだろう。
イ課長もタバコを1本吸って、のんびり待つことにした。シトシト長く降る雨じゃないだろうから
やんでからホテルに戻っても朝食には十分間に合うだろ。
f0189467_11002632.jpg
 
そうしてる間もタラート・サオに(たぶん)出勤してくる人がいる。
ヘルメットかぶった上から傘をさすバイク乗りをたぶんイ課長は生まれて初めて見た(笑)。
f0189467_11003576.jpg
 
フと気付いたんだけど、ヴィエンチャンのバイク乗りって無防備だねぇ・・。
ヘルメットはバックミラーにポンと乗せただけ、雨ガッパもバサッとバイクにかぶせたまま。
盗むのは簡単だ。何十年も前にイ課長がバイク乗ってた頃、長時間バイクを離れる時は
ヘルメットを盗まれないようにバイクにカチンとはめるか、手に持ってったぜ?それを・・・。
f0189467_11005297.jpg
 
「ラオスってけっこうのんびりしてて、治安悪そうな感じが全然ないな・・」
・・と最初に思ったのがこの時だった。ラオス人の欲のなさ、ガツガツしたところのなさは
その後滞在日数を重ねるにつれてますます強く感じるわけだが。

クアンシーの滝でドシャ降りにあって雨宿りした時もそうだったけど、この時も軒下で
他にやることもないから、ただぼんやりと物思いにふける。

いやー・・なんかけっこう充実した早朝散歩だったなぁ。
昨日到着したあと見たパトゥーサイとかタート・ルアンみたいな観光名所とはだいぶ性格の違う
活気あふれる場所を見られてイ課長は嬉しかった。やっと「生活するラオスのひとびと」を
垣間見たって気分になれた。道路の向こうの食堂?も朝の仕込みで活気があるねぇ。
f0189467_11011914.jpg
 
さて、雨もやんだみたいだからホテルに帰るか。
ランサン通りをずっと北の方に歩く。向こうに昨日行ったパトゥーサイが見えるね。
f0189467_11015385.jpg
 
朝の散歩ネタだけで4記事も書いちまったけど、この早朝散歩はホントに思い出深いんだよ。
お坊さんの朝のオツトメも見て、活気&野趣あふれる市場も見て、おまけに
南国スコールの洗礼もうけて、イ課長の気分はだいぶ変わった。いくら人が少ないっつうても
ヴィエンチャンもやっぱ猥雑で人間臭くて面白い東南アジアじゃん。

ホテルで5時過ぎに起きたあと、もし再び眠りコケてたらイ課長はクアディン市場も路上市場も
見ることはなかったわけで、「人の少ないヴィエンチャン」という印象ばかり残っただろうけど
「散歩してみっか」と思ったおかげで非常に充実した早朝のヴィエンチャン見物が出来たわけだ。
前にも書いたけど、やっぱり早起きは三文の徳という哲理はラオスでも絶大な威力を発揮するのである。


 
[PR]

by tohoiwanya | 2016-09-22 00:41 | 2015.09 東南アジア旅行 | Comments(2)
2016年 07月 10日

世界で最も静かな首都

のんびりラオスの記事を続けよう。イギリスに送った払い戻し要求メールの返事は来ねぇし・・・。

パトゥーサイタート・ルアンの記事の中でも触れたけど、イ課長はヴィエンチャンを歩き回って
その人の少なさにホトホト感心した。この町に行った人はみんな同じ感想を持つようで、
「世界一静かな首都」なんて言われてるらしいんだよ。
ほかにも「世界一何もない首都」とか「世界一ショボい首都」とか、けっこうな言われよう。
f0189467_13250542.jpg
 
まぁ「静か」「何もない」「ショボい」という評価は、基本的にはどれも否定できないものばかりだ。
圧倒的観光物件があるわけじゃないし、名物料理もないし、ナイトスポットなんてものも(たぶん)ない。
観光客という立場で考えれば「世界一何もない首都」と言いたくなる気持ちは理解できる。
そもそも「観光客用にセッティングされた」ってブブンがほとんどない町だと考えた方がいい。

しかしイ課長にとってはヴィエンチャンって意外と居心地よかったんだよ。
見るべきものは確かに少ない。それでも居心地はよかった。その理由はまさに「人が少ないから」に他ならない。

パトゥーサイやタート・ルアンでは何度も「ガイジン観光客、オレしかいないな・・」と感じた。
これって実はスゴいことで、バンコクやハノイの観光スポットで外人観光客が自分だけなんて状況
まずあり得ない。同じラオスでもルアンパバーンだったらこれまたあり得ない。そのせいか、
ヴィエンチャンでは東南アジアで過去経験したことのない気分になることがママあった。

要するに自分だけがムキだしの状態で、たった一人ポツンと外国にいるような気分・・とでもいうか・・。
自分と同じガイジン観光客だらけのルアンパバーンとかシェムリアップみたいな観光の町でも、
バンコクやサイゴンみたいな大都市でもこんな気分、あまり感じたことがない。
f0189467_13250588.jpg
 
ヴィエンチャンじゃガイジン観光客が少ないどころか「あたりに人が誰もいないな・・」って状況すら
けっこうあった。特に早朝のヴィエンチャンを歩いた時なんて、あまりに人が少なくて静かで、ちょっと
非現実的ですらあったよ。でも危険だとかコワいという感じは全然ないの。ラオスの治安上のリスクって
おそらく東南アジアの中じゃ低いと思う。あまり緊張する必要がない町って感じなのだ。

前に書いたことがあるけど、ラオスって、そもそも国の人口がびっくりするほど少い。
(約690万人。これはタイの1/10、カンボジアの半分以下)当然首都ヴィエンチャンの人口密度だって
低いはずだ。そこでデータを捜してみた。ヴィエンチャン特別市の人口密度ってこうなのだ。

  人口密度:206.8人/km² (データはWikipediaから引用)

これを周辺の東南アジア諸国主要都市の人口密度データと比べてみよう。圧倒的な差があるのは
わかりきってるが、比較対象はバンコク、サイゴン、ハノイ、プノンペンという、イ課長が行った4都市にしよう。
データは同じくWikipediaのもので、カッコ内は「ヴィエンチャンの約何倍か」を示す数字ね。

    バンコク   5,258.6人/km² (25倍)
    サイゴン   3,531人/km²  (17倍)
    プノンペン  3,293.6人/km² (15倍)
    ハ ノ イ    1,943人/km²  (9.4倍)


うーーむ・・・予想されたことだがホントにすごい差だ。
ポル・ポト派によって一度はゴーストタウンにさせられたプノンペンだって今やヴィエンチャンの15倍。
バンコクなんて25倍っつうからスゴい。バンコクなら25人いるスペースに、ヴィエンチャンは1人だよ?
満員電車とガラ空きの電車くらいの違いだ。これまで東南アジアで「満員電車みたいな街」に慣れて、
いきなり「ガラ空きの電車みたいな町」に来りゃ、その静かさ・のどかさは感動的ですらある。

ヴィエンチャンのヘソ、観光客が集まる(らしい)ナンプー広場ですら、イ課長が行った時はこのアリサマ。
全然人影がないではないか。ま、晩メシ時になればさすがに少しは賑わうんだと思うが・・・。
f0189467_13250511.jpg
 
「世界一静かな首都」とか「世界一何もない首都」といった評価はイ課長も基本的に賛成する。
個人的にはヴィエンチャンは今後もずっとそうであって欲しいとも思う気持ちもある。

人が少なくて、静かで、のどかで、緊張する必要があまりない町・ヴィエンチャン。
イ課長はこの町に一泊しかしなかったけど、とにかく居心地よかったし好感も抱いている。
できればヴィエンチャンの魅力をこのブログで伝えていきたい。そうたくさんはないかもしれんが(笑)。
パトゥーサイ、タート・ルアンの「両横綱」以外にも行った場所はあるから、書いて行こうと思うのである。

  
 

[PR]

by tohoiwanya | 2016-07-10 00:19 | 2015.09 東南アジア旅行 | Comments(4)
2016年 06月 28日

ロンドンから帰国した日本人に聞いてみました

月曜からまた出勤であります。
歴史的なEU離脱決定の日にロンドンにいたということで、会社でもやたらそのことを聞かれる。

会社で聞かれるだけならまだいいけど、昨日は成田空港でTVのインタビューまでされちまったぜ。
日本テレビのZIPっていう朝番組で、成田の到着フロアにインタビュアーとカメラが待機してた。
聞きたいことは当然「離脱が決まって現地の様子はどうでしたか?」で、彼らがどんな答えを
期待してるかは十分わかってる。しかしだよ・・・?
f0189467_21591391.jpg
 
投票直前、離脱・残留双方のキャンペーンは確かにかなり盛り上がってた。
でもねぇ、英国全体の投票直前のムードとしてはイ課長同様「結局は残留だろ、どうせ」って感じじゃ
なかったかと思うんだよなぁ。直前に女性議員が殺されたことで投票行動も影響されるだろう的なことを
新聞も書いてたし、そもそもこういう時はおおむね「変化が大きくドラマチックな方」より「そうでない方」が
選択されるのが常、と思ってたからね。
f0189467_13392761.jpg
  
投票が終わったのが23日の夜。イ課長たちがロイヤルフェスティバルホールの音楽会からホテルに
戻ってきたのが10時半頃だったかな(もちろん投票当日の音楽会も多くのイギリス人で満員だった)。
テレビをつけるとBBCがすでに開票結果特別番組やってたけど、382ある選挙区のうち結果が出たところは
その時点ではまだ一つもなかった。

早めに結果が出るのは田舎選挙区だろうと思ってたら、結果発表第一号はジブラルタル選挙区だった。
ははー、あそこも英国領だもんな。有権者が少ない小選挙区みたいで、その圧倒的多数が残留。
離脱の投票数なんて何百人単位という少なさだから、テレビに映る棒グラフも残留がぐいーーんと
伸びるのに対して離脱グラフなんて、ほんのちょっぴり。

次のニューキャッスル選挙区はジブラルタルほど極端じゃないけど、やっぱ残留派がリード。2/382の開票序盤は
残留派出だし好調だったところにもってきて「『残留が勝っただろう』とファラージュ氏(←離脱派急先鋒)は語った」
なーんていう三味線ニュースまで流れたから(笑)、こっちも「ほら、結局残留じゃん」と思って寝たわけだ。
イ課長たちと同様このまま残留だな・・と思って眠りについたイギリス人は少なくなかったと思う。
f0189467_21591328.jpg
  
ところが早朝目が覚めてBBCをつけたら、あららら!339/382まで開票が進んで離脱の方が多いじゃん!!
しかも「あとウン十万票で離脱が過半数」なんて表示が出て、それが刻々と減ってる。ななな何ということか。
それが5時ちょっと過ぎ。イ課長たちと同様、早朝のBBCを見て驚いたイギリス人もすごく多かったと思う。
f0189467_21592394.jpg
 
で、6時ちょうどに離脱が過半数に達し、勝負あり。いやこれは意外な結果でござる。
f0189467_21592378.jpg
 
でもね、何度も言うけど直前のムードは「残留で決まりだろ」だったと思うんだよ。
金曜の朝刊(投票翌日だけどまだ結果がわからない時に刷られてる)じゃ上に書いたファラージュ氏(←英国独立党の党首)の
沈んだ顔が「It's all over(終わったな・・)」、キャメロンの笑ってる写真が「Remain Power(残留の力)」なんて
わかりやすいキャプション付きで載ってたくらい(写真なくてスマン)。少なくとも新聞の紙面を見る限りでは
投票が近づくほど「残留勝利ムード」が強かった。
   
結局、直前のこの“残留勝利ムード”が土壇場で影響したって気がするんだよね、イ課長は。
「どうせ結果は残留だろうけどさ、離脱派の意地を見せてやるぜ」と思って離脱に投票した人が
けっこういたんじゃないかなぁ?再投票の請願が300万を超えたなんてニュースを見ると、離脱に投票した
人の中にも「まさかホントに離脱になるなんて・・」と思ってる人が少なくないような気がするのだ。

EU離脱が決まった金曜日のロンドンはすごく天気が良かった。
でも街の様子は特に変わらない。勝ってうれしい離脱派の集会も、負けてくやしい残留派の暴動もない。
この状況はその後行ったどの場所でも同様で、その夜のナショナルシアターの「三文オペラ」も予定通り開演し、
英国人で満員だったし、テムズ河畔のレストランは金曜の夜を楽しむイギリス人で大変なにぎわい。
f0189467_22090469.jpg
  
そこで冒頭に書いた成田空港でのインタビューだ。
ロンドンで歴史の転換点を目撃した日本人から何かスゴいコメントを・・というTV局の気持ちはわかる。
ロンドン、もう大混乱ッスよ~。徹底抗戦を叫ぶ残留派が街のあちこちに籠城して市街戦おっ始めるし、
 離脱派は離脱派で“残留派狩り”の大虐殺やってるし・・・え?観光?観光どころじゃないッスよもう~

・・・くらいのことは言ってあげたい(笑)。

しかしマスコミに対するサービスより事実を尊重するイ課長としては次のように答えざるを得ない。
ロンドンには観光で行きました。え?何か問題?うーん・・観光する分には何の問題もなかったですねぇ。
 強いて問題といやぁポンドが急落して、旅行に持ってったポンドをいま円に戻すと損するから・・


・・・何てつまんねぇ答え(笑)。インタビュアーも失望を隠せなかったようだけど、事実だからしょうがない。

というわけで、イ課長のインタビューはたぶん採用されなかったと思うのである。
(今朝の放送だったらしいけど、見てないのだ)。


 
[PR]

by tohoiwanya | 2016-06-28 00:17 | 2016.06 英国銀婚旅行 | Comments(2)
2015年 10月 26日

サイゴンにメトロができる

サイゴン到着翌日の朝。いい天気で、暑かった。

朝イチで国境越えバスの予約確認を済ませ、ベンタイン市場ワキの床屋で頭もサッパリさせて、
さて市内観光すっか、というわけで大聖堂や中央郵便局あたりの方に行くことにした。
あの辺は前回来たときに行ってないのだ。

ベンタイン市場からサイゴン大聖堂までは徒歩だと15分くらいかなぁ?市場前ロータリーから
レロイ通りを行き、国立劇場に突き当たったら左折すればいいはずだ。大した距離じゃないけど
トホトホ歩いてると暑いからすぐ汗ダク。

おりょ?いつもならバイクがワンサカ行き交うはずのレロイ通りが通行止めじゃん。
何か工事やってるっぽい。
f0189467_17070422.jpg
 
しょうがないから囲いの塀のワキの細くなった歩道を歩く。何の工事だろうか?
掲示してあった完成予想図みたいなのを見てイ課長はちょっとビックリした。
f0189467_12423419.jpg
 
・・・地下鉄じゃん、これ。
えええ?まさかサイゴンに地下鉄建設計画があるの?全然知らなかったよ。マジ?

これがマジなのだ。調べたところではベンタイン市場のあたりを始点に、国立劇場の下を通り
そのまま市の北東に延びる路線が1号線ということのようで、その工事ってことらしい。
2013年に来たときはこんな看板カゲも形もなかったけど、今や地下鉄プロジェクトかよ。
実際にはこの看板を見たのも2014年の話だから、現在は工事はもっと進んでるはずだ。
メリメリと音をたてて発展するサイゴン、さすがやねー。

ベトナムは今はバイク保有世帯の方が圧倒的に多いだろうけど、いずれみんなが車を買うように
なるのは間違いない。渋滞も今よりヒドくなる。となればメトロってことだろうな。
地下鉄が1本開通したくらいじゃ渋滞緩和効果も大したことないけど、サイゴンの場合
6路線くらい計画があるらしい。すげー。

完成のあかつきにはこんな感じになるようだ。
中心部は地下を通し、用地を確保しやすい郊外はこうやって高架式で作るんだろうな。
f0189467_12423443.jpg
 
その中心部の完成予想図も見たけど、これがすごい。
ベンタイン市場前のロータリー、まさにサイゴンのド真ん中に始発駅ができるっつうんだから。
あんな交通量の激しい場所の真下にこれ作るの?マジですか。工事となりゃロータリーは
かなりの部分が通行止めになるだろ?そんなことできるの?
f0189467_12424477.jpg
 
上の絵はいわば「透視図」で地下の様子が描かれてるけど、地上の完成予想図を見たら
イ課長はまたまた驚いた。地下鉄が出来たらベンタイン市場前はロータリーなくしちゃうの?!
少なくともこの予想図では市場前は車が通らない歩行者専用広場になることが示唆されている。
ひええーーーマジですかホントですか。

f0189467_12424465.jpg
 
さらに驚きは続く。この完成予想図によるとベンタイン市場前から国立劇場までレロイ通りを
歩行者専用にするようなことが描かれている。計画によるとベンタイン市場の次の駅が国立劇場
らしいから、ひと駅分歩行者専用にしちまうようだ。ひぃーー、ホンマですかサイゴンさん。
f0189467_12424411.jpg
 
本当にこれが実現したら、サイゴン中心部の感じは劇的に変わるはずだ。
サイゴンの最も賑やかな中心部の大通りから車とバイクがいなくなっちゃうわけだもんな。
日比谷から銀座まで晴海通りが歩行者専用道路になっちゃうような感じと言えばいいか。

これが現在のレロイ通りで(奥に国立劇場が見える)、当然バイクがびっしり。でも途中に
さっきの壁があってそこから先が通行止めになってる。工事による通行止めで“慣らして”、
最終的に全面的に歩行者専用にしちゃうってことなのかもなぁ。すごいなぁ。
f0189467_12423463.jpg
 
レロイ通りは道幅が広いから歩行者専用になれば道路っつうより長い広場みたいになるはずだ。
プラハのヴァーツラフ広場の車ナシ版みたいな感じか。すごいなー、もしそうなったら
東南アジア新興国の首都の中でも屈指のキレイな街路になるんじゃないか?

計画ではサイゴン・メトロ1号線の開業は2019〜20年頃らしい。実はベトナムではハノイでも
地下鉄建設中っていうから、東京オリンピックの頃にはサイゴンやハノイを観光する時に
「旧市街をひたすら徒歩で」なんてスタイルはすでに時代遅れになるんだろうな。

メトロ開通も楽しみだけど、レロイ通りが歩行者専用になるってのも楽しみだよ。
その頃まで生きていられたら、ぜひサイゴンを再訪して“レロイ広場”をソゾロ歩きたいもんだぜ。

 
[PR]

by tohoiwanya | 2015-10-26 00:01 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(6)
2015年 10月 23日

サイゴンは今日も夜だった

さて、麻婆ラーメンから2014年東南アジア旅行に話は戻る。

2014年旅行ネタではこれまでルイの話とかポル・ポトとか、プノンペンネタが続いたけど、実際には
あの旅行でプノンペンは2番目の滞在地であり、日本から飛行機で最初に降り立った街はサイゴンだった。


   あーーサイゴン。

         あーーーーーーサイゴン。
   
                 また来ちゃったーーーー


2013年に初めて来て、イ課長はベトナムがかなり気に入った。また来たいなと確かに思った。
しかしだからって、1年後にさっそくノコノコやってくるってはどんなモンだ?
もちろんこの時はサイゴン発プノンペン行き国境越えバスに乗りたいという、立派な「来る必要性」が
あったわけだけど、やっぱり「うひょっ、またベトナム来ちゃった♪」っていうウキウキ感がある。
f0189467_15424772.jpg
 
2013年初訪問のときはANAで来た。昼すぎの直行便で、サイゴン着は夜。
14年はエアアジアの早い便だったけどバンコク乗り継ぎを経てサイゴン到着はやっぱり夜。
サイゴンに来るときはいつも夜だ。本日の標題にはそういう意味がこめられてるの(笑)。

空港からタクシーでホテルまで移動し、チェックインし、やれやれと一息ついたのはもう夜の
10時頃だったと思う。しかし2度目のサイゴンでイ課長も少し図々しくなってたと見えて、
ホテルのチェックインカウンターにいたアオザイ美女とさっそくツーショット記念写真。
旅のすべりだしとしてはなかなかよろしい(見苦しい物体は半分カット)。
f0189467_00552272.jpg
 
ドンムアン空港で4時間の乗り継ぎ待ちを経ての到着だったからさすがに疲れてたけど、
サイゴンの夜は長い。今夜の缶ビール調達という重大な使命もあったので、さっそく
買い物を兼ねて夜のサイゴンをブラついてみた。

ホテルのすぐ裏がデタム通り。夜になっても相変わらずバイクがわんわん走って賑やかだ。
去年泊まったベンタイン市場からも近い場所だけど、こっちの方には来たことがなかった。
f0189467_15424712.jpg
 
ちんたらとベンタイン市場の方に向かって歩き、去年泊まったホテルの前を通った。
そういや去年はここの路上でお姉ちゃんから何度も缶ビール買って顔覚えられたんだよな。
あのお姉ちゃんまだいるかな・・・・

・・・うわーーー、いるよ。同じ場所に店出してる。間違いない(下の写真は去年撮った)。
f0189467_22472432.jpg
 
どうしようかなと思ったけど、一応近づいてって「私を覚えてますか?」って聞いみた。
二度目のせいか、ここでも図々しくなってるようだ。しかし十分予想されるように彼女は
イ課長をまったく覚えてなかった(笑)。

一応「昨年、私はここでビールを買いました」とは言ったけど、彼女から缶ビールを買う客なんて
外国人旅行者だけでもたぶん一日に何人も、一年なら何百人といるはずで、覚えてろっていう方が
ムリな話。まぁ現実はこんなモンなのである。

ファングーラオ通りに面した公園じゃホーチミン市の何かのフェスティバルが開催されてた。
夜10時をまわってるっていうのに、けっこうな人出だ。
f0189467_15442618.jpg
 
ベンタイン市場前のロータリーに面した広場にはこんなイルミネーションも。
キレイやのー。しかしどういう主旨のフェスティバルなのかがイマイチよくわからない(笑)。
市制ホニャ周年記念みたいな感じのイベントなんだろうか。
f0189467_15451307.jpg
 
こういうスポットは夜になるとバイクデートのカップルが多くなる。
こういう感じも変わってないのゥ。ま、1年しか経ってないんだから当然ではあるが。
f0189467_15451345.jpg
 
この旅行ではサイゴンに2泊したけど、最初の到着がかくのごとく夜。翌々日は国境越えバスに
乗るために早朝出発したから、実質的にサイゴン見物は中一日しかなかったわけだけど、
夜のバイクツアーに行ったりして、けっこう精力的に動いたって気がする。これからおいおい
ご紹介していきます。もちろんカンボジアネタについちゃアンコール遺跡観光の話がたっぷり
残ってるし、タイネタもある。さらに今年行ってきた旅のネタ在庫もどっさり。

例によって時系列性を無視して書き散らかしていくことになるから、読む方はワケわかんなくなるかも
しれないけど、書き手にとってはネタの在庫が豊富にあるということは「持続可能なブログ」という
感じがして、何となく安心感があるのである(笑)。

 

[PR]

by tohoiwanya | 2015-10-23 00:21 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(0)
2015年 04月 24日

バンコク四都物語 4

さてだ。中国人街、インド人街、アラブ人街と「三都」まで見てきたバンコク四都物語。
最後の一都はナニ人街かというと・・・?


日本人街
・・・と、もうこれしかないわけですよ。
アソーク駅から、ナァナァ駅とは反対側に一つ離れたプロンポンっていう駅があるんだけど、
この駅の周辺はバンコク駐在の日本人家族なんかがいっぱい住んでるゾーンらしい。

調べたところでは、タイには5万人以上、バンコクだけで4万人くらいの日本人が住んでるんだと。
ちょっとした“勢力”だし、日本人向けっていうだけで商売になっちゃう店もいっぱいあるんだろう。
だから日本人が多いプロンポン駅周辺を歩いてるとそこココで日本語の看板を見るし、下の写真みたいに
まるっきり日本と同じようなメニュー構成のラーメン屋なんかもいっぱいある。
f0189467_22444968.jpg
 
これも確かプロンポンの駅構内だったと思うけど、日本の漫画専門の古本屋なんだと思われる。
すごいね。いくら日本人向けだけでも商売になるっつうても、ずいぶんとまぁマニアックなお店だこと。
タイだろ?ここは。
f0189467_22443582.jpg
 
てな具合に、プロンポン駅周辺に来ただけでも日本人街的雰囲気はすでに濃厚に漂ってるんだけど、
これぞ日本人街!といえる場所というと、これはもうスクンビット・ソイ33/1だろ。
ヘンな数字がついた通りだけど正式名称なのである。プロンポンの駅から徒歩5分くらいかな。
イ課長の泊まったホテルからも近かったし、バンコクの日本人街に興味があったから行ってみた。

うお、もういきなりこんな感じで全面的に日本語の看板、かろうじて少量の英語。
完全に日本人だけを顧客にした店なんだろう。
f0189467_22443599.jpg
 
日本人向けの食い物屋・飲み屋もものすごく多い。
この「にしむら」も一応英語でも併記してるけど、来る客はほぼ100%日本人なんだろうなきっと。
f0189467_22444972.jpg
 
これは夜撮った写真だけど、この写真だけ見てここがドコか当てろって言われても不可能だ。
ここがバンコクであることが伝わる情報は皆無。東京の坦々麺屋の写真と言われても誰も疑わない。
日本語看板の密度の高さという点じゃソイ33/1とタニヤがバンコクの中でも双璧だろうなぁ。
f0189467_22443526.jpg
 
そしてバンコク在住日本人にとってなくてはならない(んだと思う)フジスーパー。
ここに来れば日本の食材は何でも揃う(らしい)。どれ、イ課長もちょっと入ってみるか。
f0189467_22444483.jpg
 
ちょうど年末近かったってこともあるけど、国内産水稲もち米100%ときたもんだ。
ここでいう「国内産」とはもちろんタイ産という意味じゃなく、日本産ということなんだよな。
ここまで日本ニホンされると、自分がいまガイコクにいるという意識もだんだん希薄になってきちゃうよ。
f0189467_22444430.jpg
 
このソイ33/1、バンコクのリトルトーキョー(イ課長命名)に集まる日本人はさっきも言ったように
企業駐在員とその家族なんかが多い(らしい)から、経済的には恵まれてる人たちと言っていいだろう。
実際、バンコクでも屈指の高級デパートにも近くて、立地的には都心部のイイ場所といえる。

しかしバンコクにはそういう日本人ばかりでもない。いわゆる「バンコク外こもり」とか「沈没組」とか
言われるような、バンコクで何となくダラーッと日々を送る日本人(これもけっこういるらしい)もいる。
そういう人たちはたぶんカオサン通りとかの安宿街に多いはずで、日本人が集まる店もあるんだろう。
(というか、日本人向け飲食店くらいならバンコクじゅうどこにでもある)

しかし、やっぱり日本人御用達の店の密度、日本語の多さ、そして何といってもフジスーパー(笑)。
バンコクのリトルトーキョーといえばやっぱりここ、スクンビット・ソイ33/1以外にはないのである。

 
[PR]

by tohoiwanya | 2015-04-24 21:48 | 2013.12 バンコク旅行 | Comments(2)
2015年 04月 22日

バンコク四都物語 3

バンコクにあるチャイナタウンとインド人街は地理的に非常に近い。
ちょっと歩けばほぼ連続して見ることが出来る。しかし三都めは全然違う場所にあって、
イ課長がここを偶然通りかかったのも翌日の話になるのである。

ガイドブックに載ってたヘンな博物館(たしか屋台博物館だかナンだか)に行こうかと思って
スカイトレインのナナ駅というところで降りたんだけど、博物館はさらにウンと遠いから
あきらめて、スカイトレインひと駅分のんびり歩いてアソークまで戻ろうとした。

んん?アラブ風の衣装を着た女性が歩いてるではないか。
あ!待てよ、ひょっとするとここは・・・・慌ててガイドブックを確認すると今いる場所は・・・
f0189467_01075291.jpg
 

アラブ人街
だったのである(笑)。
ナナ駅の近くにこんなものがあったんだ、全然知らなかったよ。
ナナ駅ってアソーク駅の一つ手前だから通ったことは何度もあるけど降りたことはなかったのだ。

ちなみに、このナナ駅ってガイドブックには「ナナ駅」あるいは「ナーナー駅」と書かれている。
しかしその発音は日本語で「オレとアイツはなぁなぁの仲」っていう時の「なぁなぁ」と完全に同じ。
車内アナウンスで「ナーナー」って聞くたびに、あまりに同じなんでいつも感心する。

ここはシンガポールのアラブ人街なんかと比べるとぐっ小規模で「アラブ関係の店が集まってる」と
いう程度のアラブ人街。モスクなんかがあるようにも見えなかったし、要するにバンコクに住む
アラブ人系の人たちがこの辺に集中してるってことなんだろうな。

しかしそこかしこの看板には燦然ときらめくアラビア文字が。
f0189467_01074325.jpg
 
おおおーーアラブである。インド人街じゃヒンズー文字がそこかしこに・・って感じはなかったけど
アラブ人街ではアラビア文字があちこちで目につく。バンコクで味わうアラブ異国情緒。
f0189467_01075280.jpg
 
黒いチャドルを着た女性があちこち歩いてる。
便宜上チャドルって言ってるけど、正確には「顔は出すタイプ」とか「ポストみたいに目ンとこだけ
スリットがついたタイプ」とかいろいろあって、名称もチャドルとかニカブとかブルカとかいろいろ
あるらしくて、イ課長もあまり詳しくはない。

以前、欧州諸国でイスラム系移民の女性が国内でコレ着るのはまかりならんって規制を作る作らないで
騒ぎになったけど、あれって結局どうなったんだろう?イ課長が思うに、チャドルやブルカを
「イスラムによる女性抑圧の象徴」なんてこと言うから話がヤヤコシくなる。サウジアラビアに住む
外人女性がタンクトップ&ミニスカ姿で歩くのが(たぶん)現地ルール違反なのと同じように
欧州のイスラム女性もブルカはやめてね、っていうシンプルな理屈じゃダメなの?

しかしこういう親子連れを見ると、女性の方は異様に厚着で重そうなのに対してヤロウはやけに軽装だよねぇ。
男だってアラビアのロレンスみたいな服着るのが本当じゃねぇのか?「男はラクな恰好していいけど
女はダメ」なんだとしたら、やっぱり女性抑圧の象徴なのかな?(笑)
f0189467_01075268.jpg
 
とにかくバンコクのアラブ人街に行くとこういう黒いチャドル(かニカブかブルカ)を着た女性が
そこらじゅう歩いているわけで、そういう意味でも異国情緒たっぷりだ。

街の一角にオッサンたちが集まったカフェみたいな店があったんだけど、店内モニターを見て
イ課長はうひゃっと思った。どう見てもタイの番組でないことは明らかで、アルジャジーラか何かの
衛星放送なんだろう。全員アラビアのロレンス風(笑)。思わず写真に撮ったけど、
そんなものを珍しがるイ課長を店のネエちゃんが呆れて見てるではないか。
f0189467_01074382.jpg
  
てな感じで、バンコクのアラブ人街は規模的には小さいけど、なかなか面白い。
インド人街よりも「そこだけ異国」って感じが濃厚じゃないかと思うんだよね。
中華街やインド人街と違ってスカイトレインの駅からも近いから、行ってみてもいいかもしれない。
イ課長はここでは何も食わなかったけど、アラブ料理とかも食えるんだろうな、きっと。

というわけで、これで「三都」まで制覇した。
バンコク四都物語、最後の異国は次回更新で。

  
[PR]

by tohoiwanya | 2015-04-22 22:21 | 2013.12 バンコク旅行 | Comments(3)
2015年 04月 20日

バンコク四都物語 2

バンコクのチャイナタウン(これはかなり広いエリアにわたる)を通り抜けて、
次にあるはずの異国の町。それはどこかというと・・・


インド人街
持って来たガイドブックによると、中華街の先にやや小規模ながらもインド人街があるらしい。
せっかくここまで来たんだ。中国の次はインドに行ってみようではないか。
中国人街からインド人街まではさほどの距離ではない。

うおお、千手観音・・のように見える何かのカミサマの巨像があるぞ。いよいよ妖しくなってきたぞ。
これが本当に千手観音ならここは仏教エリアってことになる・・・はずだ。しかしこのド派手な色合い、
ド派手な意匠、こりゃどう見てもヒンズー教系のカミサマだべさー。ということはいよいよイ課長は
ヒンズー教エリア、インド人街に入ったらしいぞ(漢字の看板も見えるが・・)。
f0189467_14581029.jpg
 
うむ、店で売られている服を見ればちゃんとサリーである。インド人街である。間違いない。
中国からインドまで、徒歩5分くらいで到着した。
f0189467_14580940.jpg
 
店の看板の文字もタイ語じゃなくてヒンズー語かナニかのように見えるけど・・・んん?やっぱりタイ語か?
ターバン(帽子?)をかぶったヒゲもじゃのおっさんを見ると「インド人だー」と思うよねぇ。
f0189467_14581043.jpg
f0189467_14582768.jpg
土産物としてではなく、日用品として売られているインド風衣装。
こうしてみるとバンコクって東京なんかよりよっぽど世界の人が入り混じった国際都市だよなぁ。

しかしインド人街で面白がって写真を撮っていられたのもこのあたりまでだ。

なおも歩くと、歩道の上にギッシリと露店が立ち並びはじめた。服を売ってる露店が多かったな。
道行く人はここを通り抜けるわけだけど、それほど広くもない歩道が、さらに露店の奥行き分だけ
狭くなるわけで、歩道というよりもはや通路。この狭い通路を人が行き交い、さらに買い物したり
してるわけだから、とても落ち着いて立ち止まって写真なんて撮ってられん。
f0189467_14582731.jpg
 
こんな狭い通路脱出して車道を歩く方がまだしも歩きやすいかも、と思って車道に出たんだけど、
そうなると今度は露店の背中しか見えない。インド人街に来ても、そこにインドの何屋サンがあるのか
全然わからん。しかしあの狭い通路に再突入したって、どうせ落ち着いて歩くのは無理だ。
f0189467_14582750.jpg
 
しょうがない。狭い通路よりはまだしも歩きやすい車道を歩いてインド人街を通り抜けた。
もしアナタがバンコクのインド人街に行き、そこでゆっくりとインド・エキゾチズムに浸りたいと思ったら
あきらめて本当のインドに行った方がいい(笑)。とにかくこう歩道が狭いんじゃ何もできん。

というわけで、バンコク四都物語の「二都め」はいささか尻すぼみで終わってしまったのであった。
イ課長のバンコク散策はこの後も続くんだけど、時間的関係を無視して次回更新では「三都め」を
ご紹介しようと思うのである。
 
 

[PR]

by tohoiwanya | 2015-04-20 22:24 | 2013.12 バンコク旅行 | Comments(2)
2015年 04月 17日

バンコク四都物語 1

以前、シンガポール出張の時に「三都物語」っていう記事を書いたことがある。
シンガポールにある中華街、アラブ人街、インド人街という三つの異国感あふれる街に行った話だ。

それがバンコクでは四都物語となる。シンガポールより一都多い。
バンコク四都物語。まず最初はどこの国の街かというと・・・


チャイナタウン
世界中どこにでもある中華街。日本にもあるくらいだからバンコクにだってある。ところが
バンコクの中華街ってスカイトレインや地下鉄だとちょっと行きづらくて、イ課長はこれまで
全然行ったことがなかった。

以前に書いたワット・トライミット。あそこはフワランポーン駅からちょっと歩くと行ける。
そしてワット・トライミットからさらにちょっと歩くとチャイナタウンに行けるのである。

ワット・トライミットに行く途中、すでにチャイナてんこ盛りの門がお出迎えしてくれる。
だんだんチャイナタウンっぽくなってきた。
f0189467_23195938.jpg
 
ワット・トライミットでありがたい黄金仏を見たあと、さらに西北西方面に向かって歩き続ける。
うひゃーー漢字の派手な看板だらけ、バンコクだか香港だかわかんなくなってきたぞ。
f0189467_23195931.jpg
 
金行っていう看板が目立つけど、これ、文字通りゴールド=金製品の店らしい。
ゴールドの鎖やら何やらがゴチャマンと展示されてる。よく知らないんだけど、中国じゃ年末年始に
金って珍重されるの?どの店も中国系らしいお客さんですごく混んでた。
f0189467_23201056.jpg
 
まぁ当然のことながらイ課長は金製品には何の興味もない。
しかしバンコクのチャイナタウンの町並みは大変興味深い。たぶん横浜とか長崎の中華街よりも
かなり広いんじゃないかな?こんな中国風のお寺まである。
f0189467_23195959.jpg
 
まぁタイには先祖は中国出身でそのままタイ人として同化しちゃった人って多いらしいから
要するに「中国系タイ人」がすごく多い国みたいなんだよね。立派な中華街があっても不思議はない。
この辺はバンコクの街の中でもいわば歴史のある地区らしい。

漢字とタイ語が混じった看板だらけ。ヘンな感じやのう・・。
f0189467_23201085.jpg
 
てなこと思いながら歩いてると、何やら騒々しい音楽をかけ、拡声器で何やら騒々しく
訴えてる車がやってきた。なんだこりゃ?
f0189467_23201094.jpg
 
どうもイ課長の想像ではこれ、「タイの右翼」なんじゃないかって気がするんだよね(笑)。
かかってる音楽の感じがやけに勇壮だし、さっぱり読めない主張を車の側面に貼ってるあたりも
右翼っぽいテイストが感じられる。国粋主義者の趣味嗜好ってけっこう万国共通なのかも。
「世界の右翼」なんて写真集、誰か作らないかな?

ちょうどこの時期、2013年の暮れのバンコクじゃタクシン派と反タクシン派の抗争が激化して、
デモとか集会とかがあちこちで開かれてた。もしかするとそのカンケイかなぁ?とも思ったんだけど、
よくわからない。タイ語に関しちゃ文盲なんだからしょうがないが。

こうして中華街をずーーーっと突っ切って歩き続けると、その向こうに「別の国の町」が
現れるはずなんだけど、それについては次回ということで。

 
[PR]

by tohoiwanya | 2015-04-17 23:46 | 2013.12 バンコク旅行 | Comments(4)