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2008年 10月 27日

ブリュッセルという街-その1-

イ課長にとって生まれて初めてのベルギー、生まれて初めてのフランス語圏。

図書館で借りた「地球の歩き方」で、主要都市別の詳細な地図やガイド情報を
持っていたドイツに対し、ブリュッセルに関する予備知識収集はけっこう手抜きだった。
「どうせ1泊だし」っていうんで、Googleマップをプリントアウトした地図だけが頼り。

こんな風に「おお、何やらゴリッパな建物があるけど、ありゃ何だ?」と思っても
確認するスベがない。だからわからない(笑)。まぁそういう意味じゃブリュッセルって
由緒ありそうな、立派な建物だらけの街とも言えるのだが。
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意外だったのはブリュッセルってかなり坂の多い街だったっていうことだ。
コッチが海、コッチが山っていう斜面構造じゃなくて、街のあちこちがデコボコ
丘になってるっていう感じ。だから自分がいるところが実はけっこう丘の上で、
ヒョイと視界が開けると遥か彼方まで見通せるなんてことがあった。
キレイな街だったけど、例の「雨で寒かった日」の写真だからやけに暗い街にみえる(笑)。
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街の建物はベルリンみたいな重厚古典主義志向と違って、アール・デコ調の
すごくキレイな建物があったりして、印象としては去年行ったプラハにやや近いかな。
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暗い写真ばっかりでも可哀想だから、夕方になって天気が回復してから撮った写真。
こんな具合に上の方を曲線で仕上げた建物なんていうのはドイツじゃ見かけない。
ナニ風っていうのかしらないけど、ドイツのゴツゴツ系建物ばっか見慣れた目には
ちょいとオシャレに見えるね。
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この街は、建物にも乗り物にもヒトにも「へぇ〜」と思うことが多かった。
考えてみたら今回の出張で散髪したのもブリュッセルだったしね。
イ課長ブログ「ブリュッセルという街」シリーズはけっこう続くことになるのである。
 
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by tohoiwanya | 2008-10-27 02:26 | 2008.10 欧州出張 | Comments(0)
2008年 10月 09日

ベルリンという街-その3-

ハナシは突然ベルリンに戻る。
別に日程順・時系列に書いてるわけじゃないし、いいのいいの。

東西分裂してたってこと自体、まさに第二次大戦→冷戦ゆえなんだけど、
統合した今でもベルリンには何とな~く、ソコハカとなく「第二次大戦のニホヒ」が
残ってるように思う。広島なんかとちょっと似てるのかなぁ?

これは街の中心にあるカイザー・ヴィルヘルム教会。
大戦でブッ壊れたのをそのまま残して、脇に新しい教会を作ったわけ。
イ課長が小学生のとき、当時のジャポニカ百科事典のベルリンの記述のトコに
この写真が載ってて、非常に印象に残ったもんだ。
イ課長にとって「ベルリン」という街の最初のイメージがここだったと言える。
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ちなみに、隣の新しい方の教会は現代的な建築。
青いステンドグラスの中に浮かぶ金のキリスト像がキレイなんでびっくり。
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これはブランデンブルグ門の近くにある「ユダヤ人慰霊碑」。
ドイツ人はベルリンの真ん中にこういうの作っちゃう。
墓標のような黒く四角いキューブが並んでて非常に象徴的なデザインだわな。
中に踏みこむと迷路みたいな感じだった。
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これなんてスゴいだろー?今でも爆撃でボコボコにされたままの荒涼たる風景が
こうして保存されてる…というのはウソで、ここはたぶん何かの建設現場(笑)。
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まぁこれが他の街なら、これ見て爆撃の後だなんて思うことはないだろうけど
ベルリンだと、「ひょっとして…?」と思いたくなるムードがあるんだよ、何となく。
半世紀前の戦争のニホヒ。それが街のところどころに、かすかに、ニホッてる。


ベルリンはなかなか底の深そうな、知れば知るほど面白そうな街だったよ、実に。
 
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by tohoiwanya | 2008-10-09 15:36 | 2008.09 ドイツ出張 | Comments(0)
2008年 10月 02日

ハンブルクという街

ハンブルク。

メンデルスゾーンやブラームスの出身地、ハンブルク。

イ課長は「ハンブルグ」って書いてたけど、ドイツ語的には最後の「ク」は
ニゴらないのが正しいらしい、ハンブルク。

地図で見るとわかるけど、ハンブルクって町は実は海ベリにはない。
実際は「河川港」なのだ。ただ、面してるエルベ川がスサマジく川幅が広いから、
内陸なのに世界でも有数の巨大港町になっちまった、ハンブルク。

これらのコトを今回初めて知ったイ課長。もちろん生まれて初めて行く。
欧州情緒タップリって感じの街で、なかなか気に入ったよイ課長は。

この街の中心には大小二つの人造湖があって、噴水がある。
噴水にかかる虹がイ課長を歓迎してくれたのである。
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これは街の中心の市庁舎。この周辺がハンブルクでも一番にぎやかなエリアだな。
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港の方にはレンガ造りの倉庫街がある。ここがまた風情あるんだよなー。
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歓楽街レーパーバーンは港に近い。昼間はこんな感じの清楚?なたたずまい。
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でもよく見るとこういうおヒンのない商品が陳列されているのである(笑)。
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このレーパーバーン。
夜ともなるとそこらじゅうに夜の姫君やポン引きや麻薬の売人がうごめき
酒場では荒くれ船乗りたちのケンカが日常茶飯事…てなことは(たぶん)なくて
歓楽街の一角にはオペレッタ劇場もあって、それなりにフォーマルなお姿の
紳士・淑女たちも集まる。実はイ課長も金曜の夜にはその劇場に足を運んだのだ。

昼間は飾り窓を見学し、夜は観劇。
イ課長がハンブルク滞在中に一番よく行ったところは結局
「世界で最も罪深い1マイル」、大歓楽街レーパーバーンだったのである(笑)。
 
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by tohoiwanya | 2008-10-02 03:23 | 2008.09 ドイツ出張 | Comments(0)
2008年 09月 30日

ベルリンという街-その2-

イ課長は昨年の海外出張がキッカケで西洋建築史にちょいとハマッた。

そういう、建築的視点でベルリンを見ると、あることに気付く。
この街にはある様式の建築ばかりがやったら目につくということに。
特に街の中心部。主要な公共建築物はほとんど「あの様式」ばっかじゃないか。

「あの様式」って、いわゆるネオ・クラシック=新古典様式だ。
要するにギリシャ神殿みたいな建築様式を模して作ったタテモノ。
その基本は円柱で支えられた水平梁構造なのである。

例のブランデンブルグ門だって新古典様式の変形といえるはずだ。
スジの入った円柱で支えられた水平の梁構造。決してアーチ型ではないのだ。
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ブランデンブルグ門を越え、森鴎外の「舞姫」でウンテル・デン・リンデンと書かれた
旧東側の目抜き通りを歩いてると、まぁ〜あるある、新古典様式建築物だらけ。

これはノイエ・ヴァッヘっていう建物。何のためにある建物かわかんないけど、
典型的ギリシャ神殿風建築。柱頭部は「ドーリス式」のシンプルな構造だな。
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その向かいにあるベルリン国立歌劇場はコレ。これもモロ新古典様式の建築。
柱頭部は植物模様の「コリント式」になっておる。
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ネフェルティティのあるアルテス・ミュージアムもまたまたコレだ。よく飽きないな。
こちらの柱頭は渦巻きが両側に飛び出した「イオニア式」だな。
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国立絵画館もまたこれか。オマエらは飽きなくてもイ課長は飽きたぞ(笑)。
もうちょっとこう…ルネサンス様式とかさ、バロック様式とかいろいろあるじゃんよー。
そういう、ホカの建築様式を取り入れてみようとは思わんのか?
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こっちはナチスが放火したことで有名な国会議事堂。
ここも同じような「ムカシ志向」の新古典様式。柱頭は国立絵画館なんかと同様、
いわゆる「コンポジット式」っつうヤツやな。植物模様とウズマキの組み合わせ。
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あーもうわかった。もう十分。
キミたちの志向する方向性というのはゲップが出るほどよーくわかったでごわす。

ベルリンという街の「重厚」「男性的」「威厳」といったムードを醸成している要素は
いろいろあるんだろうけど、イ課長にとってはその最大の要素は建築だ。
流麗なアール・ヌーボー建築に見とれた去年のプラハと比べてなんという違い。

とにかくもうギリシャ的・古典的・理想の美を追い求めるのである!!っていう、
そのカタクナな姿勢こそが「ドイツ的」といえるのかもしれないなぁ。
もっとも、こういうところが逆にフランス人とかイタリア人なんかからは
「ドイツゥ?だっせぇ〜」と(特に昔)言われた理由かな、とも思うイ課長であった。
   
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by tohoiwanya | 2008-09-30 04:12 | 2008.09 ドイツ出張 | Comments(0)
2008年 09月 28日

ベルリンという街-その1-

かつての東西冷戦の象徴・ベルリンには9月16日の夜に入った。

フランクフルトには大変失礼だけど(笑)、やっぱフランクフルトにいた時とは
イ課長の気分もだいぶ違う。ドコ見ても「あーいまベルリンにいるのか」っていう
新鮮なキンチョウ感がつきまとう。ま、生まれて初めて行った街だしね。

ベルリンに対しては前衛的でトンガッた街というイメージがイ課長にはあった。
通訳サンからは「ドイツのすべての州の中で失業率が一番高い(ベルリンは州扱い)」
なんていう話も聞いてたから、けっこうヤバい雰囲気もただよってるかと思ったけど
街を歩いてるとそういう感じはない。むしろ「歴史ある国際都市・ベルリン」、あるいは
「かつてのドイツ帝国の首都」としての重厚感の方を強く感じたなぁ。

これはブランデンブルグ門をヨコから見たところなワケだけど、
この通りはかつてベルリンの壁があったところ。街路樹の植わっているラインが
壁だったんだと思う。
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ブランデンブルグ門も分断時代は立ち入り禁止ゾーンだったが今はそのマタの下を
通過できる。考えてみりゃイ課長のこれまでの人生の半分以上にわたってベルリンは
西と東に分断されてたわけで、それが今じゃ誰でも通れる。
外国人のイ課長にとってすら、ちょいとばかり感慨深いことである。
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ブランデンブルグ門から西を見ると、遠くに小さ〜く塔が見える。
これがジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)だ。塔のテッペンには勝利の女神の黄金像が乗ってる。
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ブランデンブルグ門の上には馬車に乗ったブロンズ製の勝利の女神がいる。
そして、はるか遠望できるジーゲスゾイレの上には黄金の勝利の女神。
二つの勝利の女神を結ぶ、この眺望こそまさに「ドイツ帝国の威信」を象徴するような
パースペクティブ(遠近法)だよなーと感心しきりのイ課長なのであった。

一日乗車券買ったからバスは何回でも乗り放題。
いったん戻ってジーゲスゾイレの写真も撮った。
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あー…映画ファンにとっては、ここは「ベルリン・天使の詩」って映画で
天使たちが座っていた場所として思い出深い。実物を見られるとはなぁ…。

ベルリンでフリーでいられたのは半日しかなかったけど、
それでもこの街にはいろいろ感じるところがあった。
「ベルリンという街」シリーズはたぶん続くのである。
 
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by tohoiwanya | 2008-09-28 00:37 | 2008.09 ドイツ出張 | Comments(0)