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2015年 04月 20日

バンコク四都物語 2

バンコクのチャイナタウン(これはかなり広いエリアにわたる)を通り抜けて、
次にあるはずの異国の町。それはどこかというと・・・


インド人街
持って来たガイドブックによると、中華街の先にやや小規模ながらもインド人街があるらしい。
せっかくここまで来たんだ。中国の次はインドに行ってみようではないか。
中国人街からインド人街まではさほどの距離ではない。

うおお、千手観音・・のように見える何かのカミサマの巨像があるぞ。いよいよ妖しくなってきたぞ。
これが本当に千手観音ならここは仏教エリアってことになる・・・はずだ。しかしこのド派手な色合い、
ド派手な意匠、こりゃどう見てもヒンズー教系のカミサマだべさー。ということはいよいよイ課長は
ヒンズー教エリア、インド人街に入ったらしいぞ(漢字の看板も見えるが・・)。
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うむ、店で売られている服を見ればちゃんとサリーである。インド人街である。間違いない。
中国からインドまで、徒歩5分くらいで到着した。
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店の看板の文字もタイ語じゃなくてヒンズー語かナニかのように見えるけど・・・んん?やっぱりタイ語か?
ターバン(帽子?)をかぶったヒゲもじゃのおっさんを見ると「インド人だー」と思うよねぇ。
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土産物としてではなく、日用品として売られているインド風衣装。
こうしてみるとバンコクって東京なんかよりよっぽど世界の人が入り混じった国際都市だよなぁ。

しかしインド人街で面白がって写真を撮っていられたのもこのあたりまでだ。

なおも歩くと、歩道の上にギッシリと露店が立ち並びはじめた。服を売ってる露店が多かったな。
道行く人はここを通り抜けるわけだけど、それほど広くもない歩道が、さらに露店の奥行き分だけ
狭くなるわけで、歩道というよりもはや通路。この狭い通路を人が行き交い、さらに買い物したり
してるわけだから、とても落ち着いて立ち止まって写真なんて撮ってられん。
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こんな狭い通路脱出して車道を歩く方がまだしも歩きやすいかも、と思って車道に出たんだけど、
そうなると今度は露店の背中しか見えない。インド人街に来ても、そこにインドの何屋サンがあるのか
全然わからん。しかしあの狭い通路に再突入したって、どうせ落ち着いて歩くのは無理だ。
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しょうがない。狭い通路よりはまだしも歩きやすい車道を歩いてインド人街を通り抜けた。
もしアナタがバンコクのインド人街に行き、そこでゆっくりとインド・エキゾチズムに浸りたいと思ったら
あきらめて本当のインドに行った方がいい(笑)。とにかくこう歩道が狭いんじゃ何もできん。

というわけで、バンコク四都物語の「二都め」はいささか尻すぼみで終わってしまったのであった。
イ課長のバンコク散策はこの後も続くんだけど、時間的関係を無視して次回更新では「三都め」を
ご紹介しようと思うのである。
 
 

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by tohoiwanya | 2015-04-20 22:24 | 2013.12バンコク旅行 | Comments(2)
2015年 04月 17日

バンコク四都物語 1

以前、シンガポール出張の時に「三都物語」っていう記事を書いたことがある。
シンガポールにある中華街、アラブ人街、インド人街という三つの異国感あふれる街に行った話だ。

それがバンコクでは四都物語となる。シンガポールより一都多い。
バンコク四都物語。まず最初はどこの国の街かというと・・・


チャイナタウン
世界中どこにでもある中華街。日本にもあるくらいだからバンコクにだってある。ところが
バンコクの中華街ってスカイトレインや地下鉄だとちょっと行きづらくて、イ課長はこれまで
全然行ったことがなかった。

以前に書いたワット・トライミット。あそこはフワランポーン駅からちょっと歩くと行ける。
そしてワット・トライミットからさらにちょっと歩くとチャイナタウンに行けるのである。

ワット・トライミットに行く途中、すでにチャイナてんこ盛りの門がお出迎えしてくれる。
だんだんチャイナタウンっぽくなってきた。
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ワット・トライミットでありがたい黄金仏を見たあと、さらに西北西方面に向かって歩き続ける。
うひゃーー漢字の派手な看板だらけ、バンコクだか香港だかわかんなくなってきたぞ。
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金行っていう看板が目立つけど、これ、文字通りゴールド=金製品の店らしい。
ゴールドの鎖やら何やらがゴチャマンと展示されてる。よく知らないんだけど、中国じゃ年末年始に
金って珍重されるの?どの店も中国系らしいお客さんですごく混んでた。
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まぁ当然のことながらイ課長は金製品には何の興味もない。
しかしバンコクのチャイナタウンの町並みは大変興味深い。たぶん横浜とか長崎の中華街よりも
かなり広いんじゃないかな?こんな中国風のお寺まである。
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まぁタイには先祖は中国出身でそのままタイ人として同化しちゃった人って多いらしいから
要するに「中国系タイ人」がすごく多い国みたいなんだよね。立派な中華街があっても不思議はない。
この辺はバンコクの街の中でもいわば歴史のある地区らしい。

漢字とタイ語が混じった看板だらけ。ヘンな感じやのう・・。
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てなこと思いながら歩いてると、何やら騒々しい音楽をかけ、拡声器で何やら騒々しく
訴えてる車がやってきた。なんだこりゃ?
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どうもイ課長の想像ではこれ、「タイの右翼」なんじゃないかって気がするんだよね(笑)。
かかってる音楽の感じがやけに勇壮だし、さっぱり読めない主張を車の側面に貼ってるあたりも
右翼っぽいテイストが感じられる。国粋主義者の趣味嗜好ってけっこう万国共通なのかも。
「世界の右翼」なんて写真集、誰か作らないかな?

ちょうどこの時期、2013年の暮れのバンコクじゃタクシン派と反タクシン派の抗争が激化して、
デモとか集会とかがあちこちで開かれてた。もしかするとそのカンケイかなぁ?とも思ったんだけど、
よくわからない。タイ語に関しちゃ文盲なんだからしょうがないが。

こうして中華街をずーーーっと突っ切って歩き続けると、その向こうに「別の国の町」が
現れるはずなんだけど、それについては次回ということで。

 
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by tohoiwanya | 2015-04-17 23:46 | 2013.12バンコク旅行 | Comments(4)
2015年 03月 18日

ロンドンのトホホな歩き方

さてだ。
イ課長はメークロン市場に着いたわけだけど、線路市場の様子を紹介する前に
気分転換にもう一つ違うネタをはさもう。ヨーロッパネタだ。

といっても、最近東南アジアばっかでヨーロッパって行ってない。
欧州訪問といえば一昨年の欧州出張が最後。さすがにあの出張のネタは大体書き尽くしたけど
写真を見ると「ああ、あの時ロンドンでここにも行ったんだっけ」っていうのがけっこうある。
だから本日はひとつイ課長がロンドン名所案内してくれようじゃないの。覚悟はいいか?(笑)

まずロンドン塔あたりからいくか。
ロンドン観光の定番スポットだけど、イ課長は過去2回のロンドン訪問で中に入ったことはおろか
近くに来たことすらなかった。当然見るのも初めて。ふーむ、こういうところだったんだ。
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ロンドン塔って要するに牢獄でしょ?
イギリスの歴史もの映画なんかでロンドン塔に船で収容される、なんて場面を見た記憶があるけど、
おそらくこの広大な窪地になってるところが昔はテムズ川とつながって堀になってたんだろうな。
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そんなに時間もないから中に入ろうとは最初から思ってなかった。入場料高そうだし。
入口にこんな昔風の衣装を着たオッサンがいたので望遠で盗撮。
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ロンドン塔のそばにはこれまたロンドンの象徴・タワーブリッジがある。この両者ってこんなに近かったんだ。
タワーブリッジって19世紀先端技術の粋を集めて作られた、当時の超ハイテク開閉橋だったらしいけど、
そういう先端的建造物を牢獄のすぐワキに作ったってわけか、ふーむ。
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金融街シティのあたりも歩いた。
ここにはロンドン大火記念碑・通称モニュメントっていう高い塔があるんだね。これは知らなかった。
17世紀に大火事でシティが焼け野原になった後、復興を記念して建てられたらしい。高さ62m。
なるべく大きく撮ろうとするとカメラをナナメにして撮るしかない。
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フと上を見てゾッとしたね。ぎえーーここって上まで登れるの?しかもテッペンはあんな柵だけ?
あ、あああ・・も、もうダメす。イ課長ここには絶対登れません。あの人よくコワくねぇなー。
いまこの写真を見て、ここに登ったことを想像するだけでも手のひらに汗が・・(笑)。
え?名所案内になってない?うう、うるせぇ、死んでも登らないからな。
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シティ周辺を歩いてると巨大口紅みたいな変な形のビル、ガーキンの姿があちこちからよく見える。
とにかくその外観の異様さから、今じゃすっかりロンドンを代表する建物の一つ。ロンドン塔からも
こんな感じでガーキンが見える。形が目立つからすぐわかる。
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このビル、正式名称はナントカっていうんだけど、ガーキンっていう通称しか知らない。ちなみに
ガーキンってピクルス用のキュウリのことなんだってね。いま調べて初めて知りました。
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あとここにも行ったんだよねー。シティからほど近いアーケード街・・といえばいいのか、
パリ風にいえばパサージュ。ミラノ風にいえばガレリア。歩いてたら偶然ここを通りかかって
「あ、ここはTVで見たことある場所だ」と思ったんだけど名前を思い出せない。
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実は今日になってもまだココの名前がわからない(笑)。「ロンドン アーケード街」とかで
検索したんだけど、ココらしき場所が出てこないんだよ。何て場所なの?ここ(ヲマエなぁ・・)。

この時は午前中のアポと午後のアポの間に空白の数時間が生じてしまったので、こんな風に
ロンドンをあちこちブラついたのである。このアーケード街にはレストランが多かったから
メシ食おうかなぁとも思ったんだけど、高そうだから結局入らなかった。
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というわけで、出張中ポッカリ空いた午後の時間を使ってロンドンを歩きまわった
貧乏性イ課長による、何ともしまらないロンドン名所案内でした(笑)

 
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by tohoiwanya | 2015-03-18 00:05 | 2013.02欧州出張 | Comments(4)
2015年 02月 15日

ハノイ旧市街を歩く

またハノイ?と思うかもしれないけど、気に入っちゃったんだから仕方がない。
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同じ旧フランス植民地とはいえ、サイゴンとハノイじゃ街の感じが多少異なる。
サイゴンは植民地時代からベトナムの中心だし、街も東洋のパリと言われただけあって、
中心地は道路が直角に交わっておおむね碁盤の目状に都市整備されている。
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それに比べるとハノイの旧市街、ホアンキエム湖の北あたりは縦横ナナメに細い道が入り組んで
地図見てるとヨーロッパの中世都市みたい。欧米人観光客には自転車で観光してる人もいたけど、
イ課長はこういう入り組んだ細い道をひたすら歩きまわり続けたわけだ。
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道を歩いてると、ある路地の両側に食材を売る店が固まった場所に出くわす。いわばミニ市場とでもいうか。
こういう場所では例によって売る方も買う方も活躍してるのは女性で、男なんてイ課長以外ほとんどいない。
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冷蔵ショーケースなんてもちろんない、肉も魚も商品むき出し。
南の暑い国のわりになぜかハエが全然いないから、バッチいという感じは全然ないけど
この暑さじゃ肉は長時間陳列させておけないんじゃないか?おばさん、大丈夫?
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そのままテキトウに歩いてると、またちょっと感じの違う一角に入った。
ここは・・人形や飾りがあるから、ひょっとすると一種の仏具屋通りみたいな感じなんだろうか。
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モロ中国風な人形。たぶん仏具屋なんだろうな。
そういえば、同じベトナム人でも、南はカンボジアなんかに近い、いわゆる「東南アジア的」な
顔立ちの人が多いのに対し、北は中国的な顔の人が多いっていう話をどこかで読んだ。
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フと上を見上げると、うわぁ何だこりゃ。
この一番上の部屋には厚みというものがなくて、舞台の書き割りみたいに見える。
どうなってんだ?
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ヨコから見るとこんな感じ。なんつー薄っぺらい部屋だ。こんな部屋にヒトが住めるのか?
なんでこんな薄っぺらい部屋をムリヤリ作ったのか、その理由はさっぱりわからない。
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目を下に転じると、うぉっと、路上床屋がある。
いやー残念だなー。海外床屋フェチのイ課長だが、まだ路上床屋っていうのは経験がない。
しかし二日前にホイアンで切ったばかりじゃしょうがない。あきらめた。路上営業とはいえ、
ちゃんとドッカからコンセントを伸ばしてるから電気バリカンとかも使えるに違いない。
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こんな風に行き当たりばったりハノイを歩き回った大きな理由の一つは、ハノイに
公共交通機関が少ないからだ。市電や地下鉄なんてもちろんなくて、せいぜいバス。
しかし路線がさっぱりわからないし、大体こんなゴチャゴチャした路地はバスなんて
走ってない。そんなこともあって地元の人は移動にはもっぱらバイクを使うわけだ。

だからガイジン旅行者としては「アレに乗ってコレを見に行こう」っていう観光はしづらい。
どうしても行きたい場所があればバイクタクシーってことになるんだろうけど、イ課長は
このゴチャゴチャしたハノイの路地がたいそう気に入っちゃったから、もっぱら歩いた。

歩いて細かくあちこち見たことで、ハノイ旧市街の面白さを体感できたってところもあると思う。
今日ご紹介したような街のちょっとした風景も車で移動してたらまず気がつかないような
ある意味どうでもいいような場所ばっかりだけど、こういうのを眺めながら歩いてると、
自分の身体がこのゴチャゴチャした街に同化していくような気分になってくる。
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ホアンキエム湖の北にはバックパッカー向けの安宿がグチャッと固まった一角がある。
「ハノイが気に入っちゃって、この街にトグロ巻いてます」って感じの欧米人旅行者が
すいたカフェでのんびりしてたりする。

そういう彼らがちょっと羨ましかった、イ課長は。

 
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by tohoiwanya | 2015-02-15 00:03 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(4)
2014年 12月 17日

ハノイの夜

新興国を旅してると夜の娯楽が少ない。
インドが典型的だったし(それ以前にほとんどホテルから出なかったし)、シンガポールだってコレといって
夜の娯楽なんてなかった(ナイトサファリぃ?あんまり興味ないなー)。昔行ったジャカルタなんかもそうで、
晩メシ食ったらもうすることがない。缶ビール買ってホテルで飲んで寝るだけ。欧米の大都市みたいに
夜はオペラだミュージカルだコンサートだというわけにはいかない。

「夜はメシ食ったら特にやることがない」という“新興国・夜の法則”はベトナムにもあてはまる。
ハノイだと水上人形劇シアターの夜の公演があったみたいだけど、これも特に興味がわかなかった。
COM食堂でメシ食ったら、あとは缶ビール買ってホテルで飲んで寝る・・・

・・・なんてスンナリ引き下がらないぞ。夜のハノイをぶらぶら散歩してみようじゃねぇか。
ホイアンみたいなお祭りというわけにはいかないが、南国の夏の夜をブラつくっていいじゃん。
こういうところは、連れのないオッサンの孤独な一人旅であるがゆえの気楽さともいえるわけで、
ご婦人一人だとなかなかそうもいかないよね。

街には街路灯もあるけど、全体的に暗い。道行くバイクの多さは相変わらずだけど、サイゴンに比べて
全体的に道幅が狭いせいか、道路を横断するのも比較的ラクだ(つまり、依然として少し難しいわけだが)。
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地図を見て、フとハノイ大聖堂に行ってみようかという気になった。旧市街の中にある。
どうせすることもないんだし、ふらふらと散歩気分で行ってみようではないか。

これこれ。うーむ・・・まったくライトアップもされぬまま闇夜の中にそびえ建っておる。
なんとなくマガマガしき暗黒大王がひそむ暗黒大聖堂という感じで、ハッキリ言って不気味(笑)。
とても観光名所には見えましぇん(昼間見るとそれなりに風格あるけどね)。
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この大聖堂前がちょっとした広場になってて、近所の子が自転車で遊んでる。
晩飯の後、こうして夜は屋外で涼むっていうことが日本にもあった。ガキが集まって花火やったりとか。
エアコンのない時代は「暑い夜は屋外で過ごす」ってことが珍しくなかった。
ハノイの夜を見てるとそんな昔の風景を思い出す。
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これ、「町中がジャングル」って感じのハノイの中にあって、植物のツルがブラ下がってる例の道だと思う。
しかし夜歩くと不気味なことこの上ない(笑)。すごい道だね。あんまり人気もなくて、女性の一人歩きは
さすがにお勧めできない・・とはいえ、ハノイで危ない思いなんて一度もしなかったけどね。
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表通りに出た。地元の人たちで夜になっても店は賑わってる。ナニ屋だろう?
みんな(よく見えないけど位置的に見て確実に)風呂イスに座って歩道で飲み食い。いい雰囲気だ。
「何でぇ、みんな集まってるじゃねぇか」「なんだおい、素通りはねぇだろ、ちょっと寄ってけやい」
なんていう古典落語の長屋的雰囲気が漂ってる感じ。ああ・・あの中に混じりたい・・。
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何となくハノイの夜が気に入ったから、翌日の夜も散歩した。今日はホアンキエム湖の方に行ってみっか。
特に何かがあるわけじゃないけど、何となく今夜も地元の人たちに混じって南国の夜を屋外で涼んで過ごしたい。

夜のホアンキエム湖は暗かった(笑)。湖面に夜景が映ってキレイではあるけど、その夜景自体がそれほど
スゴいものじゃないからね。でも町の中心にこういう湖があるっていいなぁ。
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湖の北に小さなロータリーがあって、サイゴンにおけるベンタイン市場前のロータリーと同じように
みんながバイクで集まって走り回ったりタムロったりしてる。南国の夜って感じだねぇ・・。
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うわー、夜のハノイに突然現れる風船売り。誰を相手に売るんだ?観光客か?
しかし観光客が旅先で風船買うかぁ?
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ところが驚くべきことにこれが売れてるんだよ。地元の子供たち向けに売ってんだな。
ナイトツーリング?でバイクに乗ってる親子が、バイクに乗ったまま買ってる。のどかでいいなぁ・・。
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サイゴン、ホイアンと渡り歩いて今こうしてハノイ。
何かすごい見所があるわけでは全然ないんだけど、夜の散歩が楽しい。イ課長がベトナム滞在中に感じ続けた
「自分が子供の頃の東京」を歩いてるような感じがハノイの夜にも濃厚にある。

もうこの頃にはイ課長もすっかりベトナムに体がなじみきってたから、新興国の大都市ではありながらも
小さい頃に自分が過ごした場所のようなハノイの雰囲気がすっかり気に入っちまったのである。


 
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by tohoiwanya | 2014-12-17 00:02 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(4)
2014年 11月 17日

ハノイ旧市街の魅惑のチキルーム

まずご報告したい。
先日書いたナンさんがめでたくご結婚されたようです。Facebookに二人の結婚写真が載ってた。
旅先での友達の作り方を啓蒙してくれたハノイの友人の結婚をこうして日本で知ることができて嬉しい。
もちろん、相手はあの記事の中でも触れた彼氏です。ナンさん、どうぞお幸せに。

さてだ。そのハノイ、昨年始めて行った時は2泊3日するという予定を組んでた。
その3日間、結局イ課長はほぼ一貫してハノイ旧市街をうろつきまわるガイジン旅行者として過ごした。

ハノイ旧市街の感じがすごくイイもんで、当初想定していた世界遺産・ハロン湾一日観光は早々に放擲し、
ホーチミン廟みたいなハノイ定番観光スポットめぐりもサッサと放擲。ひたすら旧市街を散策してた。
そのおかげでナンさんとも知り合うことが出来たわけだけど、とにかくハノイ旧市街って独特の雰囲気があって、
イ課長はその雰囲気が好きになった。
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前回も書いたように大通りといい、狭い路地といい、その緑の多さと濃さは本当に印象深かったよ。
ちょっと大げさにいうと旧市街全体がちょっとしたジャングルのような感じ。サイゴンも緑が少ないとは
全然思わなかったけど、ハノイ旧市街の緑の多さはことのほか印象深かったねぇ。
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下の写真の道なんてびっくりしたよ。
写真だとわかりづらいけど、路地の上が天井のごとく何かの木の枝で覆われて、そこからものすごい数の
ツルみたいなものがぶら下がってる。最初見たときはX'masの電飾用ヒモでもブラ下がってるのかと
思っちまった。不思議な光景だ。まさに町全体がちょっとしたジャングル。
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ベトナムの首都ハノイ。サイゴンと並ぶ大都市なんだけど、旧市街にはそういう「新興国の首都」的な、
ガンガン再開発を進めてますっていう雰囲気が皆無で、昔のままのベトナムが真空保存されてるような感じ。
ハノイがベトナム戦争当時の北爆でどの程度ダメージがあったのかよく知らないけど、この様子から見る限り、
少なくとも旧市街は「戦災で焼ける」っていうことがあまりなかったんじゃないかなぁ?

旧市街を路地から路地へと歩き回ってたら、とつぜん頭上から小鳥の鳴き声が降ってきた。
ん?と思って見回すと、あらら、街路樹の枝に鳥カゴがかかってる。
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この鳥カゴっていうのが一つや二つじゃない。やたらにたくさんかかってる。
たぶん自分チの前の道(の木の枝)に、自分チの鳥カゴをぶら下げてるんだと思われる。
周囲の家がみんな同じことやってるから、公道のこのあたりだけが魅惑のチキルーム化してる(笑)。
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鳥カゴの上に布があるから、夜はこの布をかぶせて、外に吊るしっぱなしなのかもしれん。
雨が降ったら家の中に入れるのかな?この路地に面した家々にとって、この路地は一種の
「共同庭」みたいな感覚で使われていることがうかがえる。

イ課長がガキだった頃、家の近所の狭~い路地を入ると、そこがちょっとした“広場”になってて、
真ん中に井戸、その周りを木造のシモタヤが囲んでる、みたいな一角があった。あれを思い出すなぁ。
あの井戸のあった広場(広くないが)も周囲の家の共有スペース・共同庭だったんだろう。
ハノイのこの一角では共同庭を兼ねた路地に周囲の家がこぞって鳥カゴをかけているというわけか・・・
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ベトナムにいると「子供の頃の昭和の記憶」が自分でも不思議なくらい喚起される。
トシとってから新興国を旅するとこういうものなのかもしれない。でも、特にベトナムでその傾向が
強かったと思うんだよなぁ。タイではそれほどでもなかった。なぜだろう?
(まぁ確かにサイゴンやハノイに較べりゃ、バンコクは遥かに大都会ではあるが)

生まれて初めて行く外国の街に入れば最初は緊張してて、だんだんリラックスする。それは普通のことだ。
でもハノイに関しては、そのリラックスの仕方が何かこう・・・単に「なじむ」っていうだけじゃなく、
ガキの頃の追体験みたいな感じを帯びてる。これはホイアンでも感じたけど、ハノイでも感じた。

緑濃い、路地の入り組んだハノイ旧市街。
そんな中を歩いてて「チチチチチ・・・」「ピピピ・・・」なんて小鳥のさえずりが頭上から聞こえてくると
ホントに不思議な気分になる。自分がいまベトナムの首都ハノイにいるのではなく、路地を入った拍子に
ガキの頃にタイムスリップしたような・・・。

日陰の涼しさと小鳥のさえずりにしばし時を忘れてたたずんだ。
「何だかハノイ・・すげーいいじゃん・・」という気分になってきたイ課長なのである。

  

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by tohoiwanya | 2014-11-17 00:01 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(4)
2014年 08月 24日

サイゴンの夜

サイゴンって大都会だけど、パリやニューヨークみたいにナイトクラブだオペラだ観劇だ、というほどには
夜の娯楽があるわけじゃない。でも、だからってみんな早寝して夜の町は静かかというと、そんなことも
全然ないわけで、イ課長が泊まったベンタイン市場周辺は夜遅くまで活気にあふれてた。
少なくともフランクフルトの夜と較べれば1万倍は賑やだかと思う(笑)。
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サイゴン二日目の夜、同時にそれは「サイゴンで過ごす最後の夜」でもあったわけだが、この夜のメシは
またもやフォーを食った。昼メシはフォーガー(鶏肉フォー)を食ったから、夜はフォーボー(牛肉フォー)。
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一応普通のレストランだから、昼間の店よりは高いだろうなと思ってたけど、やっぱり高くて、フォー代5万ドンに
加えてもう少しとられた。「もう少し」っていうのは、ドンブリの向こうに移ってる長い揚げパンみたいなヤツの分で、
黙って出してきたから、日本のおしんこと同じようなサービスかと思って食うと金をとられる。要注意なのである。

メシを食い終わってもホテルに戻るのが何となくもったいなくて、賑わいの耐えない市場周辺をブラブラ。
前にも書いたけど、この辺りにはマレーシアから来てた観光客が多かったねぇ。女性のスカーフでわかる。
ハノイやホイアンじゃマレーシア人って全然見なかったけど、この一角だけはやたらに多かった。なぜだ?
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テント食堂もにぎわってるよ。さっきのフォー屋より、こっちで何か食った方がよかったかも。
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大通りを歩いてベンタイン市場前のロータリーの中央、いわば“中州”部分に行ってみよう。
夜になっても相変わらずサイゴンの道路を横断するのは相当の交通量の中を決然と渡る必要がある。
バイクや車や自転車がグチャグチャに行きかう道路を、ガイジン観光客たちが決然と横断。
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ロータリーの中洲も何だか人がワラワラといっぱいいたねぇ。
おそらくサイゴンもまだ一般家庭へのエアコン普及はそれほどじゃないはずで、夜も家ン中は暑い。
寝るには早いし、外の方が涼しいし、まぁ外にいようかっていう雰囲気の人たちが多かったと思う。
特にナニをするわけでもない夜の屋外滞在。「目的性の低い活気」とでも表現すべきか。

典型的なのがバイクだろうな、やっぱ。
どこに行くわけでもなく「ちょっとそこら辺を走ろうか」っていう感じでダラダラとバイクをころがしてる。
もしかするとベンタイン市場前のロータリーをぐるぐる回ってるだけっていう人もいるんじゃないかな?

で、ちょいとバイクを止めてボケー。どこかに行こうっていう目的はなさそうなんだよ。
そこらを走って、時々バイク止めてボケーッとして、遅くなったら帰る、みたいな夜のドライブデートが
サイゴンのカップルの間ではわりと日常的なんじゃないかな?
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こっちはカップルじゃなくギャル二人がボケー。
もしかするとこれが有名な「ホンダガール(バイクに乗って援助交際相手をみつける女子)」なのだろうか。
こんな感じでボケーッとするために駐車したバイクで中州の周囲は取り囲まれている。
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けっこう夜遅いのに、子供を遊ばせたり、おしゃべりしたり、何か食ったり、ただボーッと座り続けたり・・
昼間に較べればやや涼しい、生ぬるいサイゴンの夜風に吹かれながら「目的性の低い屋外活動」で
夜を過ごす地元民をぼんやりと眺めるのは楽しかった。イ課長自身ベトナムでは具体的観光計画を
何も持たず、目的性の低い旅行だったんだけど、それがうまくシンクロしたのかもしれない。
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「なんか ベトナム いいよなぁ・・」と、、滞在二日目の夜にしてすでにそんな気分になり始めていた。
この気分はこの後、ホイアン、ハノイとまわるにつれてますます強くなるわけだが。

サイゴンのベンタイン市場前。何をするでもなく、どこに行くでもなく、しかし何となくイイ気分で
ベトナム人に混じってぼんやりし続けたサイゴンの夜だったのでありました。


 
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by tohoiwanya | 2014-08-24 00:14 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(2)
2014年 05月 28日

サイゴン マジェスティック・ホテル

サイゴンのホテルシリーズ第二弾。
本日の記事はちょいと文学青年っぽくなりそうだが、ご容赦いただきたい。

サイゴンのマジェスティック・ホテルにはぜひ行きたかった。
それは二人のノンフィクション作家の本を読んだからだ。この二人がマジェスティック・ホテルからの
眺めについて書いた文章がどちらも非常に印象深いんだよね。

一つは近藤紘一が書いた「サイゴンのいちばん長い日」。
近藤さんはサンケイ新聞のサイゴン特派員で、サイゴン陥落の日も国外に出ず取材を続けた。
彼がその後書いた「サイゴンから来た妻と娘」は何かの賞もとったはずで、ご存知の方もいるはず。

近藤さんはサイゴン駐在中に知り合ったベトナム人女性と再婚するんだけど、最初の奥さんは日本人で、
夫婦二人でフランスに留学することになった。その途中でサイゴンに立ち寄り、マジェスティック・ホテルの
テラスレストランで食事をするんだけど、その時のことを回想する彼の文章は美しい。

さえぎるものもない窓の向こうの広がりは、今と同じように光とのどかな色彩にあふれている。
(中略)あの夏の朝、私は幸福だった。かたわらには前の妻がおり、そして私たちの目の前には、
二年間の外国での自由な時間があった。


だがフランスに着いてしばらくすると近藤さんの奥さんは病気になり、やがて亡くなる。

妻の死後一年余りして、風の吹き回しで再びこのサイゴンに戻った時、妻と共に川向こうの風景を眺めたあの
夏の朝は、やはり、自分とこの土地との将来の結びつきを予告する宿命的なひとときであったのか、と思った。


近藤さんは再婚したベトナム人の奥さん(と、その連れ子の娘さん)とやがて日本で暮らすんだけど
不幸にも若くしてガンで亡くなった。彼の死を悼む人は未だに多い。

彼の死後だいぶ経ってサイゴンを訪れた沢木耕太郎は、今は亡き近藤さんのことを思いながら
同じようにマジェスティック・ホテルに泊まる。なぜなら・・・

私は、近藤さんがそのようにまで言う、マジェスティックからの風景をどうしても見てみたかった。
そこで、ホーチミンに行くと決めたとき、まずマジェスティックに予約を入れたのだ。



私はそのミス・サイゴンを呑みながらサイゴン河に映るネオンのゆらめきに見入っていた。(中略)
暗い夜の中に、わずかな華やぎを見せているこのマジェスティックからの風景には、見ている者の心に
静かに深く沁み入ってくるものがあった。


沢木耕太郎にならってイ課長の気持を表現するとこうなる。

近藤紘一と沢木耕太郎という二人の作家がそのようにまで言う、マジェスティックからの風景を
イ課長はどうしても見てみたかった。そこで、サイゴンに行くと決めたとき、マジェスティックホテルの
テラスバーに必ず行こうと思ったのだ。

マジェスティック・ホテルは前回書いたコンチネンタル・ホテルから歩いて行ける。
中に入ると・・・うおお、さすがは由緒ある高級ホテル、内装はすごく豪華だ。
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しかしイ課長の関心はホテルロビーの豪華さにあるのではない。テラスバーだ。
エレベーターに乗って5階だか6階だかの「ブリーズ・スカイ・バー」を目指す。



           ・・・・・おおッ・・
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このテラスからの眺望は確かに素晴らしかった。
「何かものすごいモノが眺められる」というわけでは全然ないんだけど、視界の広がりがすごい。

このホテル、ちょうどサイゴン川が大きく蛇行している、その“アウト側”の川べりに建っている。
だから「こっちにグーッと近づいてきた川が、また向こうにグーッと遠ざかっていく」という眺望になる。
あの感じはとても普通の写真じゃ伝わらないから、ムリヤリ二つの写真をパノラマ風にくっつけてみた。
これで多少は感じをつかんでいただけるだろうか。
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イ課長は沢木耕太郎のようにミス・サイゴンではなく、ビールを注文した。
さっきの雨でまだイスが少し濡れてたけど構うこっちゃない。一番川寄りの席に座ってビールを飲んだ。

川の向こうはまだほとんど開発されてなくて、立て看板がいくつかある以外は南国の緑が広がる。
その前に川があり、船が通る。ただそれだけの風景なんだけど、その広々した感じには誰もが
「うわぁ」と声を上げたくなるはずだ。近藤さんみたいに生まれて初めての外国渡航でこの眺望を見たら
宿命的と思いたくもなるかもなぁ。

「あの夏の朝、私は幸福だった」と彼は書いた。
2013年6月の初夏の夕暮れ、イ課長もマジェスティック・ホテルのテラスで・・まぁ「幸福」とまでは
言えないにせよ、しみじみと一人旅の旅情をかみしめたよ。
昨日の夜遅くサイゴンに到着したばかりで、この日は実質的にはベトナムの旅の初日みたいなもの。
サイゴン川を往来する船を見ながら、自分はいまベトナムの空気を吸ってるんだなぁ・・と思った。

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ゆーーっくりと大型船がサイゴン川を航行していく。
夕立後の空もゆーーーっくり薄暗くなって、サイゴンは今まさに夕方から夜に変わろうとしている。
そんなスローな変化をいつまでもこのテラスから眺めていたかった。
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近藤紘一の著書「サイゴンのいちばん長い日」と「サイゴンから来た妻と娘」、そして
沢木耕太郎の「一号線を北上せよ」の計3冊はイ課長のベトナムの旅に少なからぬ影響を与えた。
しかしこのマジェスティック・ホテルでのひとときは「少なからぬ影響」どころこじゃないな。
モロ、100%影響そのもの(笑)。

ちなみに、マジェスティック・ホテルのテラスバーで飲んだビール。1杯が16.5万ドン=830円くらい。
沢木耕太郎も同じこと書いてるけど、このマジェスティック・ホテルで飲んだビールはイ課長にとって
サイゴンに来て以来最も高額な支払いだったのである。
 



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by tohoiwanya | 2014-05-28 00:35 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(4)
2014年 05月 26日

サイゴン コンチネンタル・ホテル

今日はホーチミンのことを書くわけだが、この際だからイ課長はこのブログにおいては今後
地名のホーチミンのことはすべて「サイゴン」と表記すると宣言させていただく。

イ課長の少年時代、あの街の地名はサイゴンであり、ホーチミンは北ベトナム最高指導者の人名。
戦争に負けた方の首都が勝った方の一番偉い人の名前に変わるのはしょうがないとしてもだよ、
そうなることで地名と人名が一緒というまぎらわしい事態が生じる。

「ワシントン知ってる?」
「ジョージ・ワシントンのこと?それともワシントンDCのこと?」というわけだ。
ANAも行き先をわざわざ Ho Chi Minh City って、Cityの文字をつけて人名と区別してるけど
そんな面倒なことするより、イ課長は断然「サイゴン」表記でいくぞ。サイゴンサイゴン。

さて、そのサイゴンの街で、イ課長はぜひ行ってみたいホテルが二つあった。
「泊まりたい」という意味ではなく、見てみたい&行ってみたい場所だったのだ。
一つはコンチネンタル・ホテル、もう一つはマジェスティック・ホテルだ。
どちらもサイゴンを代表する有名高級ホテルで、イ課長には敷居が高い。

まずはコンチネンタル・ホテルの方から行ってみることにした。
このホテルはサイゴンの中心、フランス統治時代に作られたオペラハウス(現在の市民劇場)の脇、
ドンコイ通りに面して建ってる。ここはサイゴンのまさに中心で、ホテル・コンチネンタルは
常にサイゴンの激動の歴史の背景として存在し続けていたといえる。

トホ妻が2001年発行のCREAっていう雑誌のベトナム特集を保存してるんだけど、その本の中に
素晴らしい写真がある。同じ画像をネットで探したけどないので、雑誌を撮った写真を載せる。
(文芸春秋社発行CREA H13.3.25「ベトナムの誘惑」)
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サイゴン陥落、解放軍の戦車がサイゴンに入ってきて、それを市民が迎えてる写真だ。
戦車の後ろにあるのがコンチネンタル・ホテル。戦車自体はいままさに(写真にはうつってないけど)
オペラハウスの前を通ってることになる。この写真は東京でいうなら「とうとう銀座通りに敵の戦車が
入ってきた」という状況に近い。戦車そのものもそうだけど、その場所が重要な意味を持つ。

亡くなった近藤紘一さんの著書「サイゴンのいちばん長い日」でもサイゴン陥落の日が描かれている。
解放軍の戦車に乗る北ベトナム兵がポロリともらす言葉が印象的なんだよね。
「サイゴンに初めて来た・・・美しい街だ・・」(下の写真は陥落直前のコンチネンタル・ホテル)
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最初に載せたCREAの写真だと、解放軍を迎えるサイゴン市民は手を振って歓迎してるように見える。
しかしそこはしたたかなベトナム人。本心でそうしてるかどうかはわからない。
何しろこの直前までサイゴン市民は米軍のヘリコプターに群がって脱出しようとしてたんだから。
「とりあえず歓迎してるフリでもしなきゃ後で何されっかわかんねぇぜ」ってことかも。

このCREAの掲載写真にはけっこう感動したから、サイゴンではぜひこの場所に行ってみたかった。
行くのは難しくない。ホテルから歩いて行ける。

おお、ここ、ここ。
今やホテルの奥に青い超高層ビルなんか建っちゃって、様子もだいぶ変わってるけど、
あのCREAの写真はまさにこのあたりから撮られているね。
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もう少し広角で同じあたりを撮るとこんな感じ。
コンチネンタル・ホテルと市民劇場の位置関係はこうなってるわけだ。
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このコンチネンタル・ホテル、フランス統治時代のコロニアル様式の建物ってことらしくて、
建てられた当初はこんな感じ(これはホテルのWebサイトにあった写真を拝借した)。
フランス領だった頃のベトナムの雰囲気を伝える、文字通りの歴史的建造物だよね。
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この時はちょうど午後のスコールがあがったところで、地面はまだぬれている。
しかし雨上がりとはいえやはり蒸し暑くて、イ課長は汗びっしょりだったんだけど、
コンチネンタル・ホテルを見ただけで満足はしていられない。
次なる目標マジェスティック・ホテルに向け、再びサイゴンを歩き始めるイ課長なのであった。
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次回、そのマジェスティック・ホテルをご紹介する。
あの時はイ課長もちょいとばかり感傷的な気分になったから、そんなムードの記事になるかも。


 

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by tohoiwanya | 2014-05-26 00:02 | 2013.06 東南アジア旅行 | Comments(2)
2014年 04月 30日

ブリュッセルと小便について

ひどい標題でブリュッセルに対しては申し訳ないと思う。
しかし他に思いつかなかったのだ。スマヌ。

インドネタもだいたい書いたし、昨年2月の欧州出張ネタ消化に(今頃ソレかよ)注力しないと
いけないんだけど、何せ忙しくて腰を落ち着けてブログを書けない。せっかくの休日なのに
イ課長は今日も休日出勤してきたのだバカヤロウ。

こういう時は小ネタでいくか。小ネタだから小便というわけでもないのだが。

新宿に「しょんべん横丁」っていう場所があった。
いや、今でもあるのかもしれないけど、今じゃさすがにこういう呼び方はしてないはずで、
その場所がどこなのか、正確にはイ課長も知らない(西口の狭い通りのことかな?)

ブリュッセルにも小便横丁とでもいうしかない場所がある。
もちろん、ブリュッセルだけあって、小便小僧の近くにある。
なにが小便横丁かっていうと、とにかく「巨大小便小僧のチョコだらけ」だからだ。

ちょうど小便小僧の像からグラン・プラスの方に向かう細い道で、ここは道の両側に
観光客向けの土産物屋やチョコ屋がびっしりと並んでいる。そこを歩くと・・だよ?

はいこちらにチョコ製の巨大小便小僧。
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はいこっちにもありますチョコ製巨大小便小僧。
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こっちのチョコ製小便小僧は放尿しながらワッフル食ってやがる。なんて行儀の悪い。
オシッコしながらモノ食うな!
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ぐわー、こっちじゃドはでな色に塗られた小便小僧大集団。
もうとにかくこの通りを歩いてるとこんな調子で小便小僧ばっかり目につく。
イ課長が「小便横丁」と名付けたくなる気持ちもわかるでしょ?
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小便小僧が世界的に有名だから、というわけじゃないだろうけど、ブリュッセルにいると
小便についていろいろ考えさせられる。

前にブリュッセルで撮った「立ち小便専用トイレ」の写真を載せたことがある。
アレを使えば、確かに「トイレでオシッコしている」ことになるんだろうけど、背中がガラあきで
心理的には立ち小便してるのと全く変わらない。こういうの、他の国じゃ見たことないんだよなぁ。

今回の出張でもブリュッセルではあの「立ち小便専用トイレ」(言葉として矛盾してるが)を見かけた。
これは2009年に見たものと形状的に同じに見える。これが普及型なのかもしれない。
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しかし、こういうのだけじゃない。下の写真みたいなのもある。
この時は利用者がいたのだが、失礼して撮らせていただいた。こういう感じだ。
これは上のタイプに比べればまわりに多少の囲いがあって、まだしも「人目にさらされてる」という
プレッシャーは軽減されるけど、何せ人通りの多い広場の一角。イ課長としては使いたくないなぁ。
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ブリュッセルという街はいろいろ小便について考えさせられる街のようだ。
何せ小便小僧にあやかって、小便少女の像まである街だし(笑)。


 

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by tohoiwanya | 2014-04-30 01:04 | 2013.02欧州出張 | Comments(8)