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2015年 07月 13日

ソイカウボーイの朝・昼・晩

この際だからもう一つゴーゴーバーがらみのネタでいってやろうじゃねぇか。
ヘンな写真があったから、ヘンな企画を思いついたのだ。

バンコクを代表するゴーゴーバー集積地の一つ、ソイカウボーイに行った話は
初回、および続編と書いたわけだけど、両方とも行ったのは夜だ。当たり前だが。

ソイカウボーイって地下鉄スクンビット駅入り口のすぐワキといっていい位置にあるから
地下鉄に乗り降りするときにちょっと寄り道できる近さにある。
「朝とか昼に行くとどんな様子なんだろう?」という興味もあって、夜でもないのに
歩いてみたことが何度かあるんだけど、そういう時に撮った写真があるのだ。
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年末避寒旅行到着翌日、チャイナタウンの方に行くために朝、地下鉄のスクンビット駅に行った時に
ちょっと遠回りしてソイカウボーイの朝っていうのを検証してみた。

あっははは。十分予想されたことだけど、昼をあざむく不夜城・ソイカウボーイも
朝のお日サマに照らされると見る影もありませんねー(笑)。ビール運搬トラックが
停まってるあたり、いかにも舞台裏作業中っていう感じだ。
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どこかのお店の入口。
夜になりゃネオンに照らされてセクシーなお姉さまたちが闊歩するこのあたりも
朝見ると文化祭の模擬店風というか・・無残なもんやのー。ゴミ袋も出てるし・・
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こっちじゃゾウキン干しときたぜ(笑)。ったくもう~朝は色気もヘチマもあったもんじゃない。
行ったことないから知らないけど、昔の吉原とかの遊郭の朝もこんな感じだったのかな。
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これが朝。
この日は最終的にワット・ポーとか見てきて、船に乗って帰ってきたわけだけど、
スカイトレインの駅からホテルに戻るついでに、やはり夕方のソイカウボーイを見てみた。

朝とはまたガラリ様子が変わって、屋台がいっぱい出てるよ。
おそらくここで働くお姉さまがたがちょっと早めに何か食っておこうってことなんだと思う。
開店しちゃったら、なかなか食事とる時間もないだろうからね。
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上の写真撮ったのが何時頃かなぁ?
まだけっこう明るいけど、そろそろネオンも灯ってるから5時前後ってとこかな。
ちなみに、こういうお店が何時に開店するのかよく知らないけど、おそらく7時になりゃ
すっかり「夜の顔」ってことになるんだろう。

で、上の写真から2時間もたつとこうなるわけだ。
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夜になると蛾のようにソイカウボーイに集まって来るのは圧倒的にヤロウばかりで、しかも
圧倒的に外国人ばかりなんだけど、それでも通りを歩くだけなら女性客だって少しは混じってる。
しかし女性が実際にゴーゴーバー店内に入るには「男性のエスコート」が条件になるらしい。

前回記事のコメントにもあったけど、女性が「同性が踊るゴーゴーバー」を見たいと思うかどうかは
個人差があるだろう。以前書いたボーイズゴーゴーバー地帯に行けば、イ課長だって同性が踊る
ゴーゴーバーを見ることは可能だけど、個人的には鉄よりも固く遠慮したい。

でも「(ボーイズじゃない方の)ゴーゴーバーってどういうものか一度見てみたい」と思う女性が
いても不思議はないわけで、イ課長も男性に連れられてゴーゴーバーに入って来た女性客を
2度見たことがある(一人はたぶん日本人だった)。ある体験記ブログによると、女性客がいると
ステージのダンサーたちはかえって面白がるらしいけど、まぁその辺は店によるだろうな。

仮にイ課長がトホ妻と一緒にバンコク行って、ヤツが「ゴーゴーバー見たい」と言えば、
もちろん連れてってあげるけど、言うかなぁ?まぁ言わんだろうなぁ。もっとも、ヤツの場合
暑い国に行きたがること自体、ほとんどあり得ないわけだが・・。
 
 
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by tohoiwanya | 2015-07-13 00:09 | 2013.12 バンコク旅行 | Comments(2)
2015年 04月 29日

時をかけるオジサン in バンコク

2013年12月の避寒旅行はイ課長にとって人生3回目のバンコクだった。

1996年の初バンコクの時は出張だったから昼間は仕事、夜はポン引きにつきまとわれるだけで終わった(笑)。
二度目は半年前だけど、アユタヤとかメークロン市場とか周辺には行ったけど市内観光はロクにしてない。

しかしそれもイカガなものだと思わんか?イ課長。3回もバンコクに来ていながら、
外国人観光客必見の有名観光スポットは全然行ったことありませんで済むと思ってんのか?
ワット・プラケオとかワット・ポーとか、バンコクの絶対的観光スポットをちったぁ見たらどうなんだ。

この日イ課長はフワランポーン駅からワット・トライミット、チャイナタウン、インド人街と歩いてきた。
ここまで来ると今さら駅に戻るのもかったるい。いっそワット・ポーまで足をのばして、さらにチャオプラヤ川に出て
船でスカイトレインの駅まで戻るというのがいいのではないか?

というわけで、3度目の訪問にしてイ課長はついにバンコク市内の絶対的観光地の一つ、ワット・ポーに
行ってみる気になった。方向としてはインド人街からさらに北西の方に向かうことになる。

このあたりってバンコクの中でも「歴史地区」みたいだね。落語的表現を借りれば“時代がついた”建物だらけ。
シーロムとかスクンビットとかのモダンな繁華街を見慣れてると別の国に来たみたいだ。
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さらに西に進むと川があった。水はキレイじゃないけど、こういう風に大量のツルが垂れ下がった木って
ベトナムでも見た。東南アジアに多い木なんだろうか。
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この川っぺりにも骨董品みたいな建物が並んでる。
こういう古い町並みをトゥクトゥクが走ってる風景って、いかにも昔ながらのバンコクって感じだ。
きっと何十年も前からこんな風に・・・ん?あれ?待てよ?!
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ここでイ課長のアタマにある写真の記憶が浮かんだ。もしかしてここは・・・
以前にこのブログにも載せたことがある、1996年東南アジア出張の時の写真とそっくりじゃん。
間違いない。イ課長はこの辺を歩いたことがあるよ!(下が以前に載せたっていう写真)
おお、あの時の記憶がウリウリとよみがえってくるぞ。あれは9月の下旬で暑い日だったなぁ。
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ジャカルタから移動して土曜の深夜にバンコク到着。で、日曜の朝に王宮でも見に行ってみっかって気になって
歩いてチャオプラヤ川まで行き(当時はスカイトレインなんてない)、船に乗って王宮の近くまで行ったんだよ。
ところが短パン姿だったもんで、どっかのガイドみたいなオッサンに「その恰好じゃ入れん」って言われて、
スゴスゴと帰るという失態を演じた。当時からイ課長はバカだったのである。

そのスゴスゴ帰路の途中で撮ったのが上の古い写真だ。王宮から歩けばこの辺を通る可能性は高い。
このあたり、さっきも言ったように大都会バンコクの中でタイムスリップしたように古い家並みが続いてるんだけど、
イ課長自身もこの時は個人的にタイムスリップしたような気分になっちゃったぜ。

あの時、この辺を歩いたのは間違いない。しかし最終的にどうやってホテルまで戻ったんだっけかなぁ?
とにかく汗ダクになってホテル近くまでたどり着いた時はもうイ課長はほぼ脱水症状で意識モーロー。
身体を冷やすためにセブンイレブンに入ってアイスクリームを買ったんだけど、それを店の前で食ってたら、
店の女のコがイ課長にお金を渡しに来た。たぶん間違えてお金を多くもらいすぎたってことなんだと思う。
タイバーツなんて全く慣れてないイ課長はもちろん気づいてなかったのだが。

あの時は「ああ、タイ人っていい人が多いんだなぁ」と思ってタイに対する印象はすごく良くなった。
その後、毎晩ポン引きにつきまとわれるという経験を重ね、タイにタイする印象は著しく悪化したが(笑)。

あ~・・・あれがもう(当時の計算では)17年前かぁ・・・懐かしいなぁ・・・。
バンコク歴史地区っぽい下町を歩きながら、1枚の写真からつながる回想にひたるオジサンなのでありました。

 

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by tohoiwanya | 2015-04-29 23:26 | 2013.12 バンコク旅行 | Comments(2)
2015年 04月 24日

バンコク四都物語 4

さてだ。中国人街、インド人街、アラブ人街と「三都」まで見てきたバンコク四都物語。
最後の一都はナニ人街かというと・・・?


日本人街
・・・と、もうこれしかないわけですよ。
アソーク駅から、ナァナァ駅とは反対側に一つ離れたプロンポンっていう駅があるんだけど、
この駅の周辺はバンコク駐在の日本人家族なんかがいっぱい住んでるゾーンらしい。

調べたところでは、タイには5万人以上、バンコクだけで4万人くらいの日本人が住んでるんだと。
ちょっとした“勢力”だし、日本人向けっていうだけで商売になっちゃう店もいっぱいあるんだろう。
だから日本人が多いプロンポン駅周辺を歩いてるとそこココで日本語の看板を見るし、下の写真みたいに
まるっきり日本と同じようなメニュー構成のラーメン屋なんかもいっぱいある。
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これも確かプロンポンの駅構内だったと思うけど、日本の漫画専門の古本屋なんだと思われる。
すごいね。いくら日本人向けだけでも商売になるっつうても、ずいぶんとまぁマニアックなお店だこと。
タイだろ?ここは。
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てな具合に、プロンポン駅周辺に来ただけでも日本人街的雰囲気はすでに濃厚に漂ってるんだけど、
これぞ日本人街!といえる場所というと、これはもうスクンビット・ソイ33/1だろ。
ヘンな数字がついた通りだけど正式名称なのである。プロンポンの駅から徒歩5分くらいかな。
イ課長の泊まったホテルからも近かったし、バンコクの日本人街に興味があったから行ってみた。

うお、もういきなりこんな感じで全面的に日本語の看板、かろうじて少量の英語。
完全に日本人だけを顧客にした店なんだろう。
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日本人向けの食い物屋・飲み屋もものすごく多い。
この「にしむら」も一応英語でも併記してるけど、来る客はほぼ100%日本人なんだろうなきっと。
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これは夜撮った写真だけど、この写真だけ見てここがドコか当てろって言われても不可能だ。
ここがバンコクであることが伝わる情報は皆無。東京の坦々麺屋の写真と言われても誰も疑わない。
日本語看板の密度の高さという点じゃソイ33/1とタニヤがバンコクの中でも双璧だろうなぁ。
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そしてバンコク在住日本人にとってなくてはならない(んだと思う)フジスーパー。
ここに来れば日本の食材は何でも揃う(らしい)。どれ、イ課長もちょっと入ってみるか。
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ちょうど年末近かったってこともあるけど、国内産水稲もち米100%ときたもんだ。
ここでいう「国内産」とはもちろんタイ産という意味じゃなく、日本産ということなんだよな。
ここまで日本ニホンされると、自分がいまガイコクにいるという意識もだんだん希薄になってきちゃうよ。
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このソイ33/1、バンコクのリトルトーキョー(イ課長命名)に集まる日本人はさっきも言ったように
企業駐在員とその家族なんかが多い(らしい)から、経済的には恵まれてる人たちと言っていいだろう。
実際、バンコクでも屈指の高級デパートにも近くて、立地的には都心部のイイ場所といえる。

しかしバンコクにはそういう日本人ばかりでもない。いわゆる「バンコク外こもり」とか「沈没組」とか
言われるような、バンコクで何となくダラーッと日々を送る日本人(これもけっこういるらしい)もいる。
そういう人たちはたぶんカオサン通りとかの安宿街に多いはずで、日本人が集まる店もあるんだろう。
(というか、日本人向け飲食店くらいならバンコクじゅうどこにでもある)

しかし、やっぱり日本人御用達の店の密度、日本語の多さ、そして何といってもフジスーパー(笑)。
バンコクのリトルトーキョーといえばやっぱりここ、スクンビット・ソイ33/1以外にはないのである。

 
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by tohoiwanya | 2015-04-24 21:48 | 2013.12 バンコク旅行 | Comments(2)
2015年 04月 22日

バンコク四都物語 3

バンコクにあるチャイナタウンとインド人街は地理的に非常に近い。
ちょっと歩けばほぼ連続して見ることが出来る。しかし三都めは全然違う場所にあって、
イ課長がここを偶然通りかかったのも翌日の話になるのである。

ガイドブックに載ってたヘンな博物館(たしか屋台博物館だかナンだか)に行こうかと思って
スカイトレインのナナ駅というところで降りたんだけど、博物館はさらにウンと遠いから
あきらめて、スカイトレインひと駅分のんびり歩いてアソークまで戻ろうとした。

んん?アラブ風の衣装を着た女性が歩いてるではないか。
あ!待てよ、ひょっとするとここは・・・・慌ててガイドブックを確認すると今いる場所は・・・
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アラブ人街
だったのである(笑)。
ナナ駅の近くにこんなものがあったんだ、全然知らなかったよ。
ナナ駅ってアソーク駅の一つ手前だから通ったことは何度もあるけど降りたことはなかったのだ。

ちなみに、このナナ駅ってガイドブックには「ナナ駅」あるいは「ナーナー駅」と書かれている。
しかしその発音は日本語で「オレとアイツはなぁなぁの仲」っていう時の「なぁなぁ」と完全に同じ。
車内アナウンスで「ナーナー」って聞くたびに、あまりに同じなんでいつも感心する。

ここはシンガポールのアラブ人街なんかと比べるとぐっ小規模で「アラブ関係の店が集まってる」と
いう程度のアラブ人街。モスクなんかがあるようにも見えなかったし、要するにバンコクに住む
アラブ人系の人たちがこの辺に集中してるってことなんだろうな。

しかしそこかしこの看板には燦然ときらめくアラビア文字が。
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おおおーーアラブである。インド人街じゃヒンズー文字がそこかしこに・・って感じはなかったけど
アラブ人街ではアラビア文字があちこちで目につく。バンコクで味わうアラブ異国情緒。
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黒いチャドルを着た女性があちこち歩いてる。
便宜上チャドルって言ってるけど、正確には「顔は出すタイプ」とか「ポストみたいに目ンとこだけ
スリットがついたタイプ」とかいろいろあって、名称もチャドルとかニカブとかブルカとかいろいろ
あるらしくて、イ課長もあまり詳しくはない。

以前、欧州諸国でイスラム系移民の女性が国内でコレ着るのはまかりならんって規制を作る作らないで
騒ぎになったけど、あれって結局どうなったんだろう?イ課長が思うに、チャドルやブルカを
「イスラムによる女性抑圧の象徴」なんてこと言うから話がヤヤコシくなる。サウジアラビアに住む
外人女性がタンクトップ&ミニスカ姿で歩くのが(たぶん)現地ルール違反なのと同じように
欧州のイスラム女性もブルカはやめてね、っていうシンプルな理屈じゃダメなの?

しかしこういう親子連れを見ると、女性の方は異様に厚着で重そうなのに対してヤロウはやけに軽装だよねぇ。
男だってアラビアのロレンスみたいな服着るのが本当じゃねぇのか?「男はラクな恰好していいけど
女はダメ」なんだとしたら、やっぱり女性抑圧の象徴なのかな?(笑)
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とにかくバンコクのアラブ人街に行くとこういう黒いチャドル(かニカブかブルカ)を着た女性が
そこらじゅう歩いているわけで、そういう意味でも異国情緒たっぷりだ。

街の一角にオッサンたちが集まったカフェみたいな店があったんだけど、店内モニターを見て
イ課長はうひゃっと思った。どう見てもタイの番組でないことは明らかで、アルジャジーラか何かの
衛星放送なんだろう。全員アラビアのロレンス風(笑)。思わず写真に撮ったけど、
そんなものを珍しがるイ課長を店のネエちゃんが呆れて見てるではないか。
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てな感じで、バンコクのアラブ人街は規模的には小さいけど、なかなか面白い。
インド人街よりも「そこだけ異国」って感じが濃厚じゃないかと思うんだよね。
中華街やインド人街と違ってスカイトレインの駅からも近いから、行ってみてもいいかもしれない。
イ課長はここでは何も食わなかったけど、アラブ料理とかも食えるんだろうな、きっと。

というわけで、これで「三都」まで制覇した。
バンコク四都物語、最後の異国は次回更新で。

  
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by tohoiwanya | 2015-04-22 22:21 | 2013.12 バンコク旅行 | Comments(3)
2015年 04月 20日

バンコク四都物語 2

バンコクのチャイナタウン(これはかなり広いエリアにわたる)を通り抜けて、
次にあるはずの異国の町。それはどこかというと・・・


インド人街
持って来たガイドブックによると、中華街の先にやや小規模ながらもインド人街があるらしい。
せっかくここまで来たんだ。中国の次はインドに行ってみようではないか。
中国人街からインド人街まではさほどの距離ではない。

うおお、千手観音・・のように見える何かのカミサマの巨像があるぞ。いよいよ妖しくなってきたぞ。
これが本当に千手観音ならここは仏教エリアってことになる・・・はずだ。しかしこのド派手な色合い、
ド派手な意匠、こりゃどう見てもヒンズー教系のカミサマだべさー。ということはいよいよイ課長は
ヒンズー教エリア、インド人街に入ったらしいぞ(漢字の看板も見えるが・・)。
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うむ、店で売られている服を見ればちゃんとサリーである。インド人街である。間違いない。
中国からインドまで、徒歩5分くらいで到着した。
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店の看板の文字もタイ語じゃなくてヒンズー語かナニかのように見えるけど・・・んん?やっぱりタイ語か?
ターバン(帽子?)をかぶったヒゲもじゃのおっさんを見ると「インド人だー」と思うよねぇ。
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土産物としてではなく、日用品として売られているインド風衣装。
こうしてみるとバンコクって東京なんかよりよっぽど世界の人が入り混じった国際都市だよなぁ。

しかしインド人街で面白がって写真を撮っていられたのもこのあたりまでだ。

なおも歩くと、歩道の上にギッシリと露店が立ち並びはじめた。服を売ってる露店が多かったな。
道行く人はここを通り抜けるわけだけど、それほど広くもない歩道が、さらに露店の奥行き分だけ
狭くなるわけで、歩道というよりもはや通路。この狭い通路を人が行き交い、さらに買い物したり
してるわけだから、とても落ち着いて立ち止まって写真なんて撮ってられん。
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こんな狭い通路脱出して車道を歩く方がまだしも歩きやすいかも、と思って車道に出たんだけど、
そうなると今度は露店の背中しか見えない。インド人街に来ても、そこにインドの何屋サンがあるのか
全然わからん。しかしあの狭い通路に再突入したって、どうせ落ち着いて歩くのは無理だ。
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しょうがない。狭い通路よりはまだしも歩きやすい車道を歩いてインド人街を通り抜けた。
もしアナタがバンコクのインド人街に行き、そこでゆっくりとインド・エキゾチズムに浸りたいと思ったら
あきらめて本当のインドに行った方がいい(笑)。とにかくこう歩道が狭いんじゃ何もできん。

というわけで、バンコク四都物語の「二都め」はいささか尻すぼみで終わってしまったのであった。
イ課長のバンコク散策はこの後も続くんだけど、時間的関係を無視して次回更新では「三都め」を
ご紹介しようと思うのである。
 
 

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by tohoiwanya | 2015-04-20 22:24 | 2013.12 バンコク旅行 | Comments(2)
2015年 04月 17日

バンコク四都物語 1

以前、シンガポール出張の時に「三都物語」っていう記事を書いたことがある。
シンガポールにある中華街、アラブ人街、インド人街という三つの異国感あふれる街に行った話だ。

それがバンコクでは四都物語となる。シンガポールより一都多い。
バンコク四都物語。まず最初はどこの国の街かというと・・・


チャイナタウン
世界中どこにでもある中華街。日本にもあるくらいだからバンコクにだってある。ところが
バンコクの中華街ってスカイトレインや地下鉄だとちょっと行きづらくて、イ課長はこれまで
全然行ったことがなかった。

以前に書いたワット・トライミット。あそこはフワランポーン駅からちょっと歩くと行ける。
そしてワット・トライミットからさらにちょっと歩くとチャイナタウンに行けるのである。

ワット・トライミットに行く途中、すでにチャイナてんこ盛りの門がお出迎えしてくれる。
だんだんチャイナタウンっぽくなってきた。
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ワット・トライミットでありがたい黄金仏を見たあと、さらに西北西方面に向かって歩き続ける。
うひゃーー漢字の派手な看板だらけ、バンコクだか香港だかわかんなくなってきたぞ。
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金行っていう看板が目立つけど、これ、文字通りゴールド=金製品の店らしい。
ゴールドの鎖やら何やらがゴチャマンと展示されてる。よく知らないんだけど、中国じゃ年末年始に
金って珍重されるの?どの店も中国系らしいお客さんですごく混んでた。
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まぁ当然のことながらイ課長は金製品には何の興味もない。
しかしバンコクのチャイナタウンの町並みは大変興味深い。たぶん横浜とか長崎の中華街よりも
かなり広いんじゃないかな?こんな中国風のお寺まである。
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まぁタイには先祖は中国出身でそのままタイ人として同化しちゃった人って多いらしいから
要するに「中国系タイ人」がすごく多い国みたいなんだよね。立派な中華街があっても不思議はない。
この辺はバンコクの街の中でもいわば歴史のある地区らしい。

漢字とタイ語が混じった看板だらけ。ヘンな感じやのう・・。
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てなこと思いながら歩いてると、何やら騒々しい音楽をかけ、拡声器で何やら騒々しく
訴えてる車がやってきた。なんだこりゃ?
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どうもイ課長の想像ではこれ、「タイの右翼」なんじゃないかって気がするんだよね(笑)。
かかってる音楽の感じがやけに勇壮だし、さっぱり読めない主張を車の側面に貼ってるあたりも
右翼っぽいテイストが感じられる。国粋主義者の趣味嗜好ってけっこう万国共通なのかも。
「世界の右翼」なんて写真集、誰か作らないかな?

ちょうどこの時期、2013年の暮れのバンコクじゃタクシン派と反タクシン派の抗争が激化して、
デモとか集会とかがあちこちで開かれてた。もしかするとそのカンケイかなぁ?とも思ったんだけど、
よくわからない。タイ語に関しちゃ文盲なんだからしょうがないが。

こうして中華街をずーーーっと突っ切って歩き続けると、その向こうに「別の国の町」が
現れるはずなんだけど、それについては次回ということで。

 
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by tohoiwanya | 2015-04-17 23:46 | 2013.12 バンコク旅行 | Comments(4)
2015年 03月 18日

ロンドンのトホホな歩き方

さてだ。
イ課長はメークロン市場に着いたわけだけど、線路市場の様子を紹介する前に
気分転換にもう一つ違うネタをはさもう。ヨーロッパネタだ。

といっても、最近東南アジアばっかでヨーロッパって行ってない。
欧州訪問といえば一昨年の欧州出張が最後。さすがにあの出張のネタは大体書き尽くしたけど
写真を見ると「ああ、あの時ロンドンでここにも行ったんだっけ」っていうのがけっこうある。
だから本日はひとつイ課長がロンドン名所案内してくれようじゃないの。覚悟はいいか?(笑)

まずロンドン塔あたりからいくか。
ロンドン観光の定番スポットだけど、イ課長は過去2回のロンドン訪問で中に入ったことはおろか
近くに来たことすらなかった。当然見るのも初めて。ふーむ、こういうところだったんだ。
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ロンドン塔って要するに牢獄でしょ?
イギリスの歴史もの映画なんかでロンドン塔に船で収容される、なんて場面を見た記憶があるけど、
おそらくこの広大な窪地になってるところが昔はテムズ川とつながって堀になってたんだろうな。
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そんなに時間もないから中に入ろうとは最初から思ってなかった。入場料高そうだし。
入口にこんな昔風の衣装を着たオッサンがいたので望遠で盗撮。
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ロンドン塔のそばにはこれまたロンドンの象徴・タワーブリッジがある。この両者ってこんなに近かったんだ。
タワーブリッジって19世紀先端技術の粋を集めて作られた、当時の超ハイテク開閉橋だったらしいけど、
そういう先端的建造物を牢獄のすぐワキに作ったってわけか、ふーむ。
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金融街シティのあたりも歩いた。
ここにはロンドン大火記念碑・通称モニュメントっていう高い塔があるんだね。これは知らなかった。
17世紀に大火事でシティが焼け野原になった後、復興を記念して建てられたらしい。高さ62m。
なるべく大きく撮ろうとするとカメラをナナメにして撮るしかない。
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フと上を見てゾッとしたね。ぎえーーここって上まで登れるの?しかもテッペンはあんな柵だけ?
あ、あああ・・も、もうダメす。イ課長ここには絶対登れません。あの人よくコワくねぇなー。
いまこの写真を見て、ここに登ったことを想像するだけでも手のひらに汗が・・(笑)。
え?名所案内になってない?うう、うるせぇ、死んでも登らないからな。
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シティ周辺を歩いてると巨大口紅みたいな変な形のビル、ガーキンの姿があちこちからよく見える。
とにかくその外観の異様さから、今じゃすっかりロンドンを代表する建物の一つ。ロンドン塔からも
こんな感じでガーキンが見える。形が目立つからすぐわかる。
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このビル、正式名称はナントカっていうんだけど、ガーキンっていう通称しか知らない。ちなみに
ガーキンってピクルス用のキュウリのことなんだってね。いま調べて初めて知りました。
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あとここにも行ったんだよねー。シティからほど近いアーケード街・・といえばいいのか、
パリ風にいえばパサージュ。ミラノ風にいえばガレリア。歩いてたら偶然ここを通りかかって
「あ、ここはTVで見たことある場所だ」と思ったんだけど名前を思い出せない。
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実は今日になってもまだココの名前がわからない(笑)。「ロンドン アーケード街」とかで
検索したんだけど、ココらしき場所が出てこないんだよ。何て場所なの?ここ(ヲマエなぁ・・)。

この時は午前中のアポと午後のアポの間に空白の数時間が生じてしまったので、こんな風に
ロンドンをあちこちブラついたのである。このアーケード街にはレストランが多かったから
メシ食おうかなぁとも思ったんだけど、高そうだから結局入らなかった。
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というわけで、出張中ポッカリ空いた午後の時間を使ってロンドンを歩きまわった
貧乏性イ課長による、何ともしまらないロンドン名所案内でした(笑)

 
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by tohoiwanya | 2015-03-18 00:05 | 2013.02 欧州出張 | Comments(4)
2015年 02月 15日

ハノイ旧市街を歩く

またハノイ?と思うかもしれないけど、気に入っちゃったんだから仕方がない。
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同じ旧フランス植民地とはいえ、サイゴンとハノイじゃ街の感じが多少異なる。
サイゴンは植民地時代からベトナムの中心だし、街も東洋のパリと言われただけあって、
中心地は道路が直角に交わっておおむね碁盤の目状に都市整備されている。
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それに比べるとハノイの旧市街、ホアンキエム湖の北あたりは縦横ナナメに細い道が入り組んで
地図見てるとヨーロッパの中世都市みたい。欧米人観光客には自転車で観光してる人もいたけど、
イ課長はこういう入り組んだ細い道をひたすら歩きまわり続けたわけだ。
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道を歩いてると、ある路地の両側に食材を売る店が固まった場所に出くわす。いわばミニ市場とでもいうか。
こういう場所では例によって売る方も買う方も活躍してるのは女性で、男なんてイ課長以外ほとんどいない。
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冷蔵ショーケースなんてもちろんない、肉も魚も商品むき出し。
南の暑い国のわりになぜかハエが全然いないから、バッチいという感じは全然ないけど
この暑さじゃ肉は長時間陳列させておけないんじゃないか?おばさん、大丈夫?
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そのままテキトウに歩いてると、またちょっと感じの違う一角に入った。
ここは・・人形や飾りがあるから、ひょっとすると一種の仏具屋通りみたいな感じなんだろうか。
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モロ中国風な人形。たぶん仏具屋なんだろうな。
そういえば、同じベトナム人でも、南はカンボジアなんかに近い、いわゆる「東南アジア的」な
顔立ちの人が多いのに対し、北は中国的な顔の人が多いっていう話をどこかで読んだ。
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フと上を見上げると、うわぁ何だこりゃ。
この一番上の部屋には厚みというものがなくて、舞台の書き割りみたいに見える。
どうなってんだ?
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ヨコから見るとこんな感じ。なんつー薄っぺらい部屋だ。こんな部屋にヒトが住めるのか?
なんでこんな薄っぺらい部屋をムリヤリ作ったのか、その理由はさっぱりわからない。
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目を下に転じると、うぉっと、路上床屋がある。
いやー残念だなー。海外床屋フェチのイ課長だが、まだ路上床屋っていうのは経験がない。
しかし二日前にホイアンで切ったばかりじゃしょうがない。あきらめた。路上営業とはいえ、
ちゃんとドッカからコンセントを伸ばしてるから電気バリカンとかも使えるに違いない。
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こんな風に行き当たりばったりハノイを歩き回った大きな理由の一つは、ハノイに
公共交通機関が少ないからだ。市電や地下鉄なんてもちろんなくて、せいぜいバス。
しかし路線がさっぱりわからないし、大体こんなゴチャゴチャした路地はバスなんて
走ってない。そんなこともあって地元の人は移動にはもっぱらバイクを使うわけだ。

だからガイジン旅行者としては「アレに乗ってコレを見に行こう」っていう観光はしづらい。
どうしても行きたい場所があればバイクタクシーってことになるんだろうけど、イ課長は
このゴチャゴチャしたハノイの路地がたいそう気に入っちゃったから、もっぱら歩いた。

歩いて細かくあちこち見たことで、ハノイ旧市街の面白さを体感できたってところもあると思う。
今日ご紹介したような街のちょっとした風景も車で移動してたらまず気がつかないような
ある意味どうでもいいような場所ばっかりだけど、こういうのを眺めながら歩いてると、
自分の身体がこのゴチャゴチャした街に同化していくような気分になってくる。
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ホアンキエム湖の北にはバックパッカー向けの安宿がグチャッと固まった一角がある。
「ハノイが気に入っちゃって、この街にトグロ巻いてます」って感じの欧米人旅行者が
すいたカフェでのんびりしてたりする。

そういう彼らがちょっと羨ましかった、イ課長は。

 
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by tohoiwanya | 2015-02-15 00:03 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(4)
2014年 12月 17日

ハノイの夜

新興国を旅してると夜の娯楽が少ない。
インドが典型的だったし(それ以前にほとんどホテルから出なかったし)、シンガポールだってコレといって
夜の娯楽なんてなかった(ナイトサファリぃ?あんまり興味ないなー)。昔行ったジャカルタなんかもそうで、
晩メシ食ったらもうすることがない。缶ビール買ってホテルで飲んで寝るだけ。欧米の大都市みたいに
夜はオペラだミュージカルだコンサートだというわけにはいかない。

「夜はメシ食ったら特にやることがない」という“新興国・夜の法則”はベトナムにもあてはまる。
ハノイだと水上人形劇シアターの夜の公演があったみたいだけど、これも特に興味がわかなかった。
COM食堂でメシ食ったら、あとは缶ビール買ってホテルで飲んで寝る・・・

・・・なんてスンナリ引き下がらないぞ。夜のハノイをぶらぶら散歩してみようじゃねぇか。
ホイアンみたいなお祭りというわけにはいかないが、南国の夏の夜をブラつくっていいじゃん。
こういうところは、連れのないオッサンの孤独な一人旅であるがゆえの気楽さともいえるわけで、
ご婦人一人だとなかなかそうもいかないよね。

街には街路灯もあるけど、全体的に暗い。道行くバイクの多さは相変わらずだけど、サイゴンに比べて
全体的に道幅が狭いせいか、道路を横断するのも比較的ラクだ(つまり、依然として少し難しいわけだが)。
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地図を見て、フとハノイ大聖堂に行ってみようかという気になった。旧市街の中にある。
どうせすることもないんだし、ふらふらと散歩気分で行ってみようではないか。

これこれ。うーむ・・・まったくライトアップもされぬまま闇夜の中にそびえ建っておる。
なんとなくマガマガしき暗黒大王がひそむ暗黒大聖堂という感じで、ハッキリ言って不気味(笑)。
とても観光名所には見えましぇん(昼間見るとそれなりに風格あるけどね)。
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この大聖堂前がちょっとした広場になってて、近所の子が自転車で遊んでる。
晩飯の後、こうして夜は屋外で涼むっていうことが日本にもあった。ガキが集まって花火やったりとか。
エアコンのない時代は「暑い夜は屋外で過ごす」ってことが珍しくなかった。
ハノイの夜を見てるとそんな昔の風景を思い出す。
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これ、「町中がジャングル」って感じのハノイの中にあって、植物のツルがブラ下がってる例の道だと思う。
しかし夜歩くと不気味なことこの上ない(笑)。すごい道だね。あんまり人気もなくて、女性の一人歩きは
さすがにお勧めできない・・とはいえ、ハノイで危ない思いなんて一度もしなかったけどね。
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表通りに出た。地元の人たちで夜になっても店は賑わってる。ナニ屋だろう?
みんな(よく見えないけど位置的に見て確実に)風呂イスに座って歩道で飲み食い。いい雰囲気だ。
「何でぇ、みんな集まってるじゃねぇか」「なんだおい、素通りはねぇだろ、ちょっと寄ってけやい」
なんていう古典落語の長屋的雰囲気が漂ってる感じ。ああ・・あの中に混じりたい・・。
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何となくハノイの夜が気に入ったから、翌日の夜も散歩した。今日はホアンキエム湖の方に行ってみっか。
特に何かがあるわけじゃないけど、何となく今夜も地元の人たちに混じって南国の夜を屋外で涼んで過ごしたい。

夜のホアンキエム湖は暗かった(笑)。湖面に夜景が映ってキレイではあるけど、その夜景自体がそれほど
スゴいものじゃないからね。でも町の中心にこういう湖があるっていいなぁ。
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湖の北に小さなロータリーがあって、サイゴンにおけるベンタイン市場前のロータリーと同じように
みんながバイクで集まって走り回ったりタムロったりしてる。南国の夜って感じだねぇ・・。
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うわー、夜のハノイに突然現れる風船売り。誰を相手に売るんだ?観光客か?
しかし観光客が旅先で風船買うかぁ?
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ところが驚くべきことにこれが売れてるんだよ。地元の子供たち向けに売ってんだな。
ナイトツーリング?でバイクに乗ってる親子が、バイクに乗ったまま買ってる。のどかでいいなぁ・・。
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サイゴン、ホイアンと渡り歩いて今こうしてハノイ。
何かすごい見所があるわけでは全然ないんだけど、夜の散歩が楽しい。イ課長がベトナム滞在中に感じ続けた
「自分が子供の頃の東京」を歩いてるような感じがハノイの夜にも濃厚にある。

もうこの頃にはイ課長もすっかりベトナムに体がなじみきってたから、新興国の大都市ではありながらも
小さい頃に自分が過ごした場所のようなハノイの雰囲気がすっかり気に入っちまったのである。


 
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by tohoiwanya | 2014-12-17 00:02 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(4)
2014年 11月 17日

ハノイ旧市街の魅惑のチキルーム

まずご報告したい。
先日書いたナンさんがめでたくご結婚されたようです。Facebookに二人の結婚写真が載ってた。
旅先での友達の作り方を啓蒙してくれたハノイの友人の結婚をこうして日本で知ることができて嬉しい。
もちろん、相手はあの記事の中でも触れた彼氏です。ナンさん、どうぞお幸せに。

さてだ。そのハノイ、昨年始めて行った時は2泊3日するという予定を組んでた。
その3日間、結局イ課長はほぼ一貫してハノイ旧市街をうろつきまわるガイジン旅行者として過ごした。

ハノイ旧市街の感じがすごくイイもんで、当初想定していた世界遺産・ハロン湾一日観光は早々に放擲し、
ホーチミン廟みたいなハノイ定番観光スポットめぐりもサッサと放擲。ひたすら旧市街を散策してた。
そのおかげでナンさんとも知り合うことが出来たわけだけど、とにかくハノイ旧市街って独特の雰囲気があって、
イ課長はその雰囲気が好きになった。
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前回も書いたように大通りといい、狭い路地といい、その緑の多さと濃さは本当に印象深かったよ。
ちょっと大げさにいうと旧市街全体がちょっとしたジャングルのような感じ。サイゴンも緑が少ないとは
全然思わなかったけど、ハノイ旧市街の緑の多さはことのほか印象深かったねぇ。
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下の写真の道なんてびっくりしたよ。
写真だとわかりづらいけど、路地の上が天井のごとく何かの木の枝で覆われて、そこからものすごい数の
ツルみたいなものがぶら下がってる。最初見たときはX'masの電飾用ヒモでもブラ下がってるのかと
思っちまった。不思議な光景だ。まさに町全体がちょっとしたジャングル。
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ベトナムの首都ハノイ。サイゴンと並ぶ大都市なんだけど、旧市街にはそういう「新興国の首都」的な、
ガンガン再開発を進めてますっていう雰囲気が皆無で、昔のままのベトナムが真空保存されてるような感じ。
ハノイがベトナム戦争当時の北爆でどの程度ダメージがあったのかよく知らないけど、この様子から見る限り、
少なくとも旧市街は「戦災で焼ける」っていうことがあまりなかったんじゃないかなぁ?

旧市街を路地から路地へと歩き回ってたら、とつぜん頭上から小鳥の鳴き声が降ってきた。
ん?と思って見回すと、あらら、街路樹の枝に鳥カゴがかかってる。
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この鳥カゴっていうのが一つや二つじゃない。やたらにたくさんかかってる。
たぶん自分チの前の道(の木の枝)に、自分チの鳥カゴをぶら下げてるんだと思われる。
周囲の家がみんな同じことやってるから、公道のこのあたりだけが魅惑のチキルーム化してる(笑)。
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鳥カゴの上に布があるから、夜はこの布をかぶせて、外に吊るしっぱなしなのかもしれん。
雨が降ったら家の中に入れるのかな?この路地に面した家々にとって、この路地は一種の
「共同庭」みたいな感覚で使われていることがうかがえる。

イ課長がガキだった頃、家の近所の狭~い路地を入ると、そこがちょっとした“広場”になってて、
真ん中に井戸、その周りを木造のシモタヤが囲んでる、みたいな一角があった。あれを思い出すなぁ。
あの井戸のあった広場(広くないが)も周囲の家の共有スペース・共同庭だったんだろう。
ハノイのこの一角では共同庭を兼ねた路地に周囲の家がこぞって鳥カゴをかけているというわけか・・・
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ベトナムにいると「子供の頃の昭和の記憶」が自分でも不思議なくらい喚起される。
トシとってから新興国を旅するとこういうものなのかもしれない。でも、特にベトナムでその傾向が
強かったと思うんだよなぁ。タイではそれほどでもなかった。なぜだろう?
(まぁ確かにサイゴンやハノイに較べりゃ、バンコクは遥かに大都会ではあるが)

生まれて初めて行く外国の街に入れば最初は緊張してて、だんだんリラックスする。それは普通のことだ。
でもハノイに関しては、そのリラックスの仕方が何かこう・・・単に「なじむ」っていうだけじゃなく、
ガキの頃の追体験みたいな感じを帯びてる。これはホイアンでも感じたけど、ハノイでも感じた。

緑濃い、路地の入り組んだハノイ旧市街。
そんな中を歩いてて「チチチチチ・・・」「ピピピ・・・」なんて小鳥のさえずりが頭上から聞こえてくると
ホントに不思議な気分になる。自分がいまベトナムの首都ハノイにいるのではなく、路地を入った拍子に
ガキの頃にタイムスリップしたような・・・。

日陰の涼しさと小鳥のさえずりにしばし時を忘れてたたずんだ。
「何だかハノイ・・すげーいいじゃん・・」という気分になってきたイ課長なのである。

  

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by tohoiwanya | 2014-11-17 00:01 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(4)