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2014年 08月 24日

サイゴンの夜

サイゴンって大都会だけど、パリやニューヨークみたいにナイトクラブだオペラだ観劇だ、というほどには
夜の娯楽があるわけじゃない。でも、だからってみんな早寝して夜の町は静かかというと、そんなことも
全然ないわけで、イ課長が泊まったベンタイン市場周辺は夜遅くまで活気にあふれてた。
少なくともフランクフルトの夜と較べれば1万倍は賑やだかと思う(笑)。
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サイゴン二日目の夜、同時にそれは「サイゴンで過ごす最後の夜」でもあったわけだが、この夜のメシは
またもやフォーを食った。昼メシはフォーガー(鶏肉フォー)を食ったから、夜はフォーボー(牛肉フォー)。
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一応普通のレストランだから、昼間の店よりは高いだろうなと思ってたけど、やっぱり高くて、フォー代5万ドンに
加えてもう少しとられた。「もう少し」っていうのは、ドンブリの向こうに移ってる長い揚げパンみたいなヤツの分で、
黙って出してきたから、日本のおしんこと同じようなサービスかと思って食うと金をとられる。要注意なのである。

メシを食い終わってもホテルに戻るのが何となくもったいなくて、賑わいの耐えない市場周辺をブラブラ。
前にも書いたけど、この辺りにはマレーシアから来てた観光客が多かったねぇ。女性のスカーフでわかる。
ハノイやホイアンじゃマレーシア人って全然見なかったけど、この一角だけはやたらに多かった。なぜだ?
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テント食堂もにぎわってるよ。さっきのフォー屋より、こっちで何か食った方がよかったかも。
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大通りを歩いてベンタイン市場前のロータリーの中央、いわば“中州”部分に行ってみよう。
夜になっても相変わらずサイゴンの道路を横断するのは相当の交通量の中を決然と渡る必要がある。
バイクや車や自転車がグチャグチャに行きかう道路を、ガイジン観光客たちが決然と横断。
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ロータリーの中洲も何だか人がワラワラといっぱいいたねぇ。
おそらくサイゴンもまだ一般家庭へのエアコン普及はそれほどじゃないはずで、夜も家ン中は暑い。
寝るには早いし、外の方が涼しいし、まぁ外にいようかっていう雰囲気の人たちが多かったと思う。
特にナニをするわけでもない夜の屋外滞在。「目的性の低い活気」とでも表現すべきか。

典型的なのがバイクだろうな、やっぱ。
どこに行くわけでもなく「ちょっとそこら辺を走ろうか」っていう感じでダラダラとバイクをころがしてる。
もしかするとベンタイン市場前のロータリーをぐるぐる回ってるだけっていう人もいるんじゃないかな?

で、ちょいとバイクを止めてボケー。どこかに行こうっていう目的はなさそうなんだよ。
そこらを走って、時々バイク止めてボケーッとして、遅くなったら帰る、みたいな夜のドライブデートが
サイゴンのカップルの間ではわりと日常的なんじゃないかな?
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こっちはカップルじゃなくギャル二人がボケー。
もしかするとこれが有名な「ホンダガール(バイクに乗って援助交際相手をみつける女子)」なのだろうか。
こんな感じでボケーッとするために駐車したバイクで中州の周囲は取り囲まれている。
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けっこう夜遅いのに、子供を遊ばせたり、おしゃべりしたり、何か食ったり、ただボーッと座り続けたり・・
昼間に較べればやや涼しい、生ぬるいサイゴンの夜風に吹かれながら「目的性の低い屋外活動」で
夜を過ごす地元民をぼんやりと眺めるのは楽しかった。イ課長自身ベトナムでは具体的観光計画を
何も持たず、目的性の低い旅行だったんだけど、それがうまくシンクロしたのかもしれない。
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「なんか ベトナム いいよなぁ・・」と、、滞在二日目の夜にしてすでにそんな気分になり始めていた。
この気分はこの後、ホイアン、ハノイとまわるにつれてますます強くなるわけだが。

サイゴンのベンタイン市場前。何をするでもなく、どこに行くでもなく、しかし何となくイイ気分で
ベトナム人に混じってぼんやりし続けたサイゴンの夜だったのでありました。


 
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by tohoiwanya | 2014-08-24 00:14 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(2)
2014年 05月 28日

サイゴン マジェスティック・ホテル

サイゴンのホテルシリーズ第二弾。
本日の記事はちょいと文学青年っぽくなりそうだが、ご容赦いただきたい。

サイゴンのマジェスティック・ホテルにはぜひ行きたかった。
それは二人のノンフィクション作家の本を読んだからだ。この二人がマジェスティック・ホテルからの
眺めについて書いた文章がどちらも非常に印象深いんだよね。

一つは近藤紘一が書いた「サイゴンのいちばん長い日」。
近藤さんはサンケイ新聞のサイゴン特派員で、サイゴン陥落の日も国外に出ず取材を続けた。
彼がその後書いた「サイゴンから来た妻と娘」は何かの賞もとったはずで、ご存知の方もいるはず。

近藤さんはサイゴン駐在中に知り合ったベトナム人女性と再婚するんだけど、最初の奥さんは日本人で、
夫婦二人でフランスに留学することになった。その途中でサイゴンに立ち寄り、マジェスティック・ホテルの
テラスレストランで食事をするんだけど、その時のことを回想する彼の文章は美しい。

さえぎるものもない窓の向こうの広がりは、今と同じように光とのどかな色彩にあふれている。
(中略)あの夏の朝、私は幸福だった。かたわらには前の妻がおり、そして私たちの目の前には、
二年間の外国での自由な時間があった。


だがフランスに着いてしばらくすると近藤さんの奥さんは病気になり、やがて亡くなる。

妻の死後一年余りして、風の吹き回しで再びこのサイゴンに戻った時、妻と共に川向こうの風景を眺めたあの
夏の朝は、やはり、自分とこの土地との将来の結びつきを予告する宿命的なひとときであったのか、と思った。


近藤さんは再婚したベトナム人の奥さん(と、その連れ子の娘さん)とやがて日本で暮らすんだけど
不幸にも若くしてガンで亡くなった。彼の死を悼む人は未だに多い。

彼の死後だいぶ経ってサイゴンを訪れた沢木耕太郎は、今は亡き近藤さんのことを思いながら
同じようにマジェスティック・ホテルに泊まる。なぜなら・・・

私は、近藤さんがそのようにまで言う、マジェスティックからの風景をどうしても見てみたかった。
そこで、ホーチミンに行くと決めたとき、まずマジェスティックに予約を入れたのだ。



私はそのミス・サイゴンを呑みながらサイゴン河に映るネオンのゆらめきに見入っていた。(中略)
暗い夜の中に、わずかな華やぎを見せているこのマジェスティックからの風景には、見ている者の心に
静かに深く沁み入ってくるものがあった。


沢木耕太郎にならってイ課長の気持を表現するとこうなる。

近藤紘一と沢木耕太郎という二人の作家がそのようにまで言う、マジェスティックからの風景を
イ課長はどうしても見てみたかった。そこで、サイゴンに行くと決めたとき、マジェスティックホテルの
テラスバーに必ず行こうと思ったのだ。

マジェスティック・ホテルは前回書いたコンチネンタル・ホテルから歩いて行ける。
中に入ると・・・うおお、さすがは由緒ある高級ホテル、内装はすごく豪華だ。
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しかしイ課長の関心はホテルロビーの豪華さにあるのではない。テラスバーだ。
エレベーターに乗って5階だか6階だかの「ブリーズ・スカイ・バー」を目指す。



           ・・・・・おおッ・・
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このテラスからの眺望は確かに素晴らしかった。
「何かものすごいモノが眺められる」というわけでは全然ないんだけど、視界の広がりがすごい。

このホテル、ちょうどサイゴン川が大きく蛇行している、その“アウト側”の川べりに建っている。
だから「こっちにグーッと近づいてきた川が、また向こうにグーッと遠ざかっていく」という眺望になる。
あの感じはとても普通の写真じゃ伝わらないから、ムリヤリ二つの写真をパノラマ風にくっつけてみた。
これで多少は感じをつかんでいただけるだろうか。
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イ課長は沢木耕太郎のようにミス・サイゴンではなく、ビールを注文した。
さっきの雨でまだイスが少し濡れてたけど構うこっちゃない。一番川寄りの席に座ってビールを飲んだ。

川の向こうはまだほとんど開発されてなくて、立て看板がいくつかある以外は南国の緑が広がる。
その前に川があり、船が通る。ただそれだけの風景なんだけど、その広々した感じには誰もが
「うわぁ」と声を上げたくなるはずだ。近藤さんみたいに生まれて初めての外国渡航でこの眺望を見たら
宿命的と思いたくもなるかもなぁ。

「あの夏の朝、私は幸福だった」と彼は書いた。
2013年6月の初夏の夕暮れ、イ課長もマジェスティック・ホテルのテラスで・・まぁ「幸福」とまでは
言えないにせよ、しみじみと一人旅の旅情をかみしめたよ。
昨日の夜遅くサイゴンに到着したばかりで、この日は実質的にはベトナムの旅の初日みたいなもの。
サイゴン川を往来する船を見ながら、自分はいまベトナムの空気を吸ってるんだなぁ・・と思った。

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ゆーーっくりと大型船がサイゴン川を航行していく。
夕立後の空もゆーーーっくり薄暗くなって、サイゴンは今まさに夕方から夜に変わろうとしている。
そんなスローな変化をいつまでもこのテラスから眺めていたかった。
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近藤紘一の著書「サイゴンのいちばん長い日」と「サイゴンから来た妻と娘」、そして
沢木耕太郎の「一号線を北上せよ」の計3冊はイ課長のベトナムの旅に少なからぬ影響を与えた。
しかしこのマジェスティック・ホテルでのひとときは「少なからぬ影響」どころこじゃないな。
モロ、100%影響そのもの(笑)。

ちなみに、マジェスティック・ホテルのテラスバーで飲んだビール。1杯が16.5万ドン=830円くらい。
沢木耕太郎も同じこと書いてるけど、このマジェスティック・ホテルで飲んだビールはイ課長にとって
サイゴンに来て以来最も高額な支払いだったのである。
 



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by tohoiwanya | 2014-05-28 00:35 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(4)
2014年 05月 26日

サイゴン コンチネンタル・ホテル

今日はホーチミンのことを書くわけだが、この際だからイ課長はこのブログにおいては今後
地名のホーチミンのことはすべて「サイゴン」と表記すると宣言させていただく。

イ課長の少年時代、あの街の地名はサイゴンであり、ホーチミンは北ベトナム最高指導者の人名。
戦争に負けた方の首都が勝った方の一番偉い人の名前に変わるのはしょうがないとしてもだよ、
そうなることで地名と人名が一緒というまぎらわしい事態が生じる。

「ワシントン知ってる?」
「ジョージ・ワシントンのこと?それともワシントンDCのこと?」というわけだ。
ANAも行き先をわざわざ Ho Chi Minh City って、Cityの文字をつけて人名と区別してるけど
そんな面倒なことするより、イ課長は断然「サイゴン」表記でいくぞ。サイゴンサイゴン。

さて、そのサイゴンの街で、イ課長はぜひ行ってみたいホテルが二つあった。
「泊まりたい」という意味ではなく、見てみたい&行ってみたい場所だったのだ。
一つはコンチネンタル・ホテル、もう一つはマジェスティック・ホテルだ。
どちらもサイゴンを代表する有名高級ホテルで、イ課長には敷居が高い。

まずはコンチネンタル・ホテルの方から行ってみることにした。
このホテルはサイゴンの中心、フランス統治時代に作られたオペラハウス(現在の市民劇場)の脇、
ドンコイ通りに面して建ってる。ここはサイゴンのまさに中心で、ホテル・コンチネンタルは
常にサイゴンの激動の歴史の背景として存在し続けていたといえる。

トホ妻が2001年発行のCREAっていう雑誌のベトナム特集を保存してるんだけど、その本の中に
素晴らしい写真がある。同じ画像をネットで探したけどないので、雑誌を撮った写真を載せる。
(文芸春秋社発行CREA H13.3.25「ベトナムの誘惑」)
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サイゴン陥落、解放軍の戦車がサイゴンに入ってきて、それを市民が迎えてる写真だ。
戦車の後ろにあるのがコンチネンタル・ホテル。戦車自体はいままさに(写真にはうつってないけど)
オペラハウスの前を通ってることになる。この写真は東京でいうなら「とうとう銀座通りに敵の戦車が
入ってきた」という状況に近い。戦車そのものもそうだけど、その場所が重要な意味を持つ。

亡くなった近藤紘一さんの著書「サイゴンのいちばん長い日」でもサイゴン陥落の日が描かれている。
解放軍の戦車に乗る北ベトナム兵がポロリともらす言葉が印象的なんだよね。
「サイゴンに初めて来た・・・美しい街だ・・」(下の写真は陥落直前のコンチネンタル・ホテル)
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最初に載せたCREAの写真だと、解放軍を迎えるサイゴン市民は手を振って歓迎してるように見える。
しかしそこはしたたかなベトナム人。本心でそうしてるかどうかはわからない。
何しろこの直前までサイゴン市民は米軍のヘリコプターに群がって脱出しようとしてたんだから。
「とりあえず歓迎してるフリでもしなきゃ後で何されっかわかんねぇぜ」ってことかも。

このCREAの掲載写真にはけっこう感動したから、サイゴンではぜひこの場所に行ってみたかった。
行くのは難しくない。ホテルから歩いて行ける。

おお、ここ、ここ。
今やホテルの奥に青い超高層ビルなんか建っちゃって、様子もだいぶ変わってるけど、
あのCREAの写真はまさにこのあたりから撮られているね。
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もう少し広角で同じあたりを撮るとこんな感じ。
コンチネンタル・ホテルと市民劇場の位置関係はこうなってるわけだ。
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このコンチネンタル・ホテル、フランス統治時代のコロニアル様式の建物ってことらしくて、
建てられた当初はこんな感じ(これはホテルのWebサイトにあった写真を拝借した)。
フランス領だった頃のベトナムの雰囲気を伝える、文字通りの歴史的建造物だよね。
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この時はちょうど午後のスコールがあがったところで、地面はまだぬれている。
しかし雨上がりとはいえやはり蒸し暑くて、イ課長は汗びっしょりだったんだけど、
コンチネンタル・ホテルを見ただけで満足はしていられない。
次なる目標マジェスティック・ホテルに向け、再びサイゴンを歩き始めるイ課長なのであった。
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次回、そのマジェスティック・ホテルをご紹介する。
あの時はイ課長もちょいとばかり感傷的な気分になったから、そんなムードの記事になるかも。


 

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by tohoiwanya | 2014-05-26 00:02 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(2)
2014年 04月 30日

ブリュッセルと小便について

ひどい標題でブリュッセルに対しては申し訳ないと思う。
しかし他に思いつかなかったのだ。スマヌ。

インドネタもだいたい書いたし、昨年2月の欧州出張ネタ消化に(今頃ソレかよ)注力しないと
いけないんだけど、何せ忙しくて腰を落ち着けてブログを書けない。せっかくの休日なのに
イ課長は今日も休日出勤してきたのだバカヤロウ。

こういう時は小ネタでいくか。小ネタだから小便というわけでもないのだが。

新宿に「しょんべん横丁」っていう場所があった。
いや、今でもあるのかもしれないけど、今じゃさすがにこういう呼び方はしてないはずで、
その場所がどこなのか、正確にはイ課長も知らない(西口の狭い通りのことかな?)

ブリュッセルにも小便横丁とでもいうしかない場所がある。
もちろん、ブリュッセルだけあって、小便小僧の近くにある。
なにが小便横丁かっていうと、とにかく「巨大小便小僧のチョコだらけ」だからだ。

ちょうど小便小僧の像からグラン・プラスの方に向かう細い道で、ここは道の両側に
観光客向けの土産物屋やチョコ屋がびっしりと並んでいる。そこを歩くと・・だよ?

はいこちらにチョコ製の巨大小便小僧。
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はいこっちにもありますチョコ製巨大小便小僧。
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こっちのチョコ製小便小僧は放尿しながらワッフル食ってやがる。なんて行儀の悪い。
オシッコしながらモノ食うな!
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ぐわー、こっちじゃドはでな色に塗られた小便小僧大集団。
もうとにかくこの通りを歩いてるとこんな調子で小便小僧ばっかり目につく。
イ課長が「小便横丁」と名付けたくなる気持ちもわかるでしょ?
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小便小僧が世界的に有名だから、というわけじゃないだろうけど、ブリュッセルにいると
小便についていろいろ考えさせられる。

前にブリュッセルで撮った「立ち小便専用トイレ」の写真を載せたことがある。
アレを使えば、確かに「トイレでオシッコしている」ことになるんだろうけど、背中がガラあきで
心理的には立ち小便してるのと全く変わらない。こういうの、他の国じゃ見たことないんだよなぁ。

今回の出張でもブリュッセルではあの「立ち小便専用トイレ」(言葉として矛盾してるが)を見かけた。
これは2009年に見たものと形状的に同じに見える。これが普及型なのかもしれない。
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しかし、こういうのだけじゃない。下の写真みたいなのもある。
この時は利用者がいたのだが、失礼して撮らせていただいた。こういう感じだ。
これは上のタイプに比べればまわりに多少の囲いがあって、まだしも「人目にさらされてる」という
プレッシャーは軽減されるけど、何せ人通りの多い広場の一角。イ課長としては使いたくないなぁ。
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ブリュッセルという街はいろいろ小便について考えさせられる街のようだ。
何せ小便小僧にあやかって、小便少女の像まである街だし(笑)。


 

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by tohoiwanya | 2014-04-30 01:04 | 2013.02 欧州出張 | Comments(8)
2014年 03月 23日

ベーカー街221Bを歩く

インドの話が続いたから、例によってちょっと別の話を。

唐突だが、あなたはシャーロック・ホームズの生年月日をご存知だろうか?
実在しない架空の人物の生年月日を質問するというのもヘンな話なのだが。

彼の誕生日は1854年1月6日という説が一般に(というよりシャーロッキアンの間で?)認められてるそうで、
今年は彼の生誕160年ということになる・・・らしいんだよ。
CATV(主にミステリーチャンネルとか)で、シャーロック・ホームズ特集の予告編をやけに見たから
今年はコナン・ドイル生誕ホニャ年or没後ホニャ年とかなのか?と思ってたんだが、そういうことだったんだな。

イ課長は少年の頃にホームズものを夢中になって読んだなんて経験なくて、大人になってから短編を
多少読んだ程度。だからシャーロック・マニア(俗にいうシャーロッキアン)では全然ない。それでも
「世界で最も有名な住所」といわれるベーカー街221Bのことは知っていた。
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  ベーカー街 221B    221B Baker Street


世界中のホームズ・ファンにとって、この住所はまさに侵すべからざる神聖なものなんだろう、たぶん。
ロンドンの、ベーカー街に面した、ハドソン夫人の居宅の2階にある名探偵の住所。
特にファンってわけじゃないイ課長でも知ってるくらいなんだから、本当に有名なんだよ。

Baker Streetはロンドンに実在する通りで、同名の地下鉄駅もある。
イ課長はこれまで2度、出張でロンドンに行ってて、2度ともパディントン駅近くにホテルをとった。
パディントンとベーカー街ってわりと近いから、地下鉄に乗るとBaker Street駅を通ったり
そこで乗り換えたりすることが何度もあった。でもこの駅で降りたことはなかったのだ。

2013年出張の時、ちょっと時間があったから初めて降りてみた。
せっかくロンドンに来たんだし、ベーカー街っていうのがどういうトコか見てみようと思ったわけだ。

通り自体は特にスゴいものではない。
古くからある、ロンドンの典型的な街並み、都心に近いけど中心街ほど賑やかではなくて、ちょっと
下町風テイストもある。東京でいえば・・そうだなぁ・・・大塚・巣鴨・駒込あたりの感じになるかなぁ?

各建物ごとに住所表記があるから、順々にたどっていってみる。
お?ここにベーカー街220と222が並んでる。こっち側は偶数ばっかり並んでるってことやな。
ってことは221Bは道の反対側にあるはず・・・
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・・・といっても、十分予想された通り、現在221Bという建物は存在していない。
このビルがそのあたりになるはずなんだけど、221番ではないのだ。
昔は本当に221番があったのかもしれないけど、再開発か何かで複数番号にわたるスペースを
このビルが占めちゃったんじゃないかな?
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このビル自体はベーカー街219ということになるらしい。でもこのビルの隣が221かっていうと、
そうもなってなくて、223だか225だかに飛んでた。何度も言うがベーカー街221は現在残っていない。
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たぶん小説では「ベーカー街221」が家主ハドソン夫人の住所で、その2階の「221B」に
ホームズたちが住むという設定なんだよな?建物の感じとしてはこの新しいビルより、むしろさっき見た
「偶数列」のたたずまいの方が「ホームズがいた頃のベーカー街」の雰囲気を残してる感じがする。
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ちなみに、このすぐ先にはシャーロック・ホームズ博物館というのがあるそうで、確かに鳥打帽をかぶった
呼び込み?のオッサンらしき人が立ってたけど、イ課長はそっちには行かなかった。
住所が極めて近いことをウリに博物館にしたんだろうけど、実在しなかった人物に関して一体ナニを展示するのさ?
「シャーロック・ホームズが使ったパイプ」とか陳列してるんじゃねぇだろうな?(笑)

地下鉄に乗ってホテルに戻ることにした。ベイカーストリートからパディントンまでは複数の路線があって、
イ課長がよく使ったのはベイカールー線(Bakerloo Line)なのである。

うお!駅にこんなものがある。
来たときは気がつかなかったが、壁一面ホームズ柄のタイルときやがった。うーむ、ロンドン交通局としても、
やはりベイカーストリート駅のセールスポイントはホームズであるということをよくわかってるようだ。
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シャーロッキアンを自称できるくらいのマニアがベーカー街を歩こうモンなら、たちまち
いくらでも書きたいことが湧いてくるんだろうけど、なにせこの方面に関しては
「少し読んだ」程度のイ課長だ。ベーカー街訪問記事もサラリと1回で終るのでした(笑)。
 

 

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by tohoiwanya | 2014-03-23 01:44 | 2013.02 欧州出張 | Comments(15)
2013年 10月 09日

ワルシャワという街

クラクフから乗った列車は真っ平らな田園地帯の中をひた走る。
そもそもポーランドっていう国の名前が「平原の国」っていうくらいで、山地が少ない国なんだよ。
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何もない平原ばかりだったのが、線路沿いに倉庫みたいな建物が目に入りだす。
少しずつ都市の外縁部に入ってきたな、っていう気がするね。
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だんだん集合住宅なんかも見え始める。もう都市近郊といえる風景になってきた。
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お、ワルシャワナントカって駅に停まった。
ってことはもうワルシャワ中央駅までもうあとひと駅か、せいぜいふた駅だろう。
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というわけで、2012年6月6日水曜日、イ課長はクラクフから懐かしいワルシャワに戻ってきた。
到着して最初の1泊しただけの街だけど、懐かしい。どうも外国ではちょっとでも滞在経験のある
街に戻ってきたり、再訪したりするとやけに懐かしがるのがイ課長の特徴みたいで、初の海外旅行で
行ったN.Y.からフィラデルフィア日帰り観光に行った時も、帰りの電車の窓から再びN.Y.を見て
異様に懐かしく感じたもんだった。その数日前に生まれて初めてN.Y.に来たくせに(笑)。

前にも書いたように、ワルシャワって街は第二次大戦でカンペキに破壊されつくしちゃったから、
クラクフみたいな「古都」という風情はない。社会主義時代の雰囲気を色濃く残すガッチリした建物と、
その後の経済発展による新しいピカピカの建物とが混じり合った大都市って感じかな。
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イ課長としては、どうしても「ピカピカ系」より昔の建物の方に興味をひかれる。
社会主義時代の建物だなっていうのは、すぐわかる。建物外観に柔らかさみたいな要素が皆無で、
ガチッとして重厚で、せいぜい6〜7階建てくらいの低層の建物が多い。
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これもそう。ソ連支配当時は何かの官庁があった重要な建物だったらしいけど、今はオフィスビルか?
四角形が強調された重厚なデザインで、面白みはないけど、イ課長としてはキライじゃない。
ヘンな言い方だけど、建物としての「キャラが立ってる」という感じで、これはこれで立派だと思うんだよ。
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イ課長がこれまで行ったことがある東欧の街っていうと、プラハとブダペストだ。
どちらも(特にプラハは)昔の建物がけっこう保存されてて、中世から続く東欧の街っていう歴史の香りが
濃厚に感じられるけど、戦争でペチャンコにされたワルシャワにはそういうのはない。

しかも、古い建物の壁面にこんな巨大落書きがあったりするからね。
ハンマーと鎌のマークがあるから、社会主義体制を風刺した絵なんだろうな。
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こんな落書きもあった。
JEWISH PRIDE(ユダヤ人の誇り)なんて文字を見ると、かつて市内の中心に巨大ゲットーがあった
ワルシャワに来たんだなぁと実感したもんだった。
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新しい建物はモダンではあるけど「東欧ならでは」とか「ワルシャワらしさ」なんてものが皆無だから
キレイでも面白くはない。これはワルシャワ中央駅そばにあるショッピングモール。ここはなんといっても
入口のグネグネした曲面が目立つ。
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中はこんな感じ。実はこの写真を撮った直後、写真右下に写ってる警備員がイ課長のところに来て
「写真はあかんで」と言ったので、「さよか」と言って素直にカメラをしまった。
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ワルシャワに戻ってきた水曜日は、それでもまだ旧ゲシュタポ本部とかのダークスポットを
見学したんだけど、幸いなことにそれらはもう書き終わってるので(笑)、次回は
「ワルシャワといやぁ、やっぱコレだろ」という建築物について書こうと思う。


  
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by tohoiwanya | 2013-10-09 00:06 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(8)
2013年 09月 28日

北欧効果に酔いしれる

クラクフのダークな話が続いたので、本日は時間的関係を無視して、
いきなりヘルシンキで撮った写真をどーーーんとご覧にいれよう。




どどーーーーーん

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見てよ、空のフタをパカッとあけたようなこの快晴、青空、海、そしてカモメさん。
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去年の旅行では、イ課長はポーランドを回ったあと、最後にヘルシンキに2泊した。
土曜夜から木曜夕方までがポーランド、木曜夜から土曜午後までがヘルシンキだったってことになる。

ポーランドで始まるサッカー欧州選手権を避けて(ホテル代がバカ高くなる)移動したわけで、特に
ヘルシンキで見たいものがあったわけじゃない。たまたま使った航空会社がフィン・エアーだった関係で
そうなったというだけの話。

上述のように木曜夜にヘルシンキに到着し、一晩寝て迎えた金曜日。
イ課長は生まれて初めて北欧の街で一日を過ごしたわけなんだけどさ・・・。

いやもう、この日のことは忘れられない。強烈なインパクトがあったよ、北欧。
何がって?とにかくね、もうね、何もかもがね、明るく、さわやかに見えるんだよ。びっくりした。
「空が青い!青すぎる」「お日様カンカン!」「あ、海だ!」「カモメ!カモメが飛んでる!」
全てが明るくサワヤカすぎるもんで、イ課長の反応も3歳児じみてきた(笑)。
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ポーランド滞在中も別に毎日悪天候ってわけじゃなかったけど、「雨のクラクフ」の印象が強いからねぇ。
それにポーランドじゃ行きたいトコ、見たいモノが多かったから、それだけ交通機関とか道順とか、いろいろ
不安要素も多かったし、実際置いてけぼりを食ったりもした。しかも見るものはダークなものばっかり。
そりゃね、覚悟の上で行った旅とはいえ、イ課長の心身に与えた影響も少なくなかったんだよ。

しかしヘルシンキじゃ全くの予定ゼロ。どこに行っても、行かなくてもいいのだ。なんてラクな気分。
そのうえこの快晴だ。初めて来た北欧、初めて来たヘルシンキ、そこが太陽サンサン天気が良くて、
おまけに気分もリラックスしてりゃ、世の中もちったぁ明るくサワヤカに見えてこようってもんだぜ。
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人の気分をこれだけ変えるヘルシンキの“威力”を、イ課長は「北欧効果」と名づけた。
ポーランドでは雨に濡れながら収容所を歩くダーク・ツーリストそのものだったイ課長が、ヘルシンキに
来たらたちまち、遊覧船に乗る明るい観光客だ(笑)。北欧効果の影響で、行動様式がまるっきり別人。
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ま、北欧効果なんて言ってみても、要するに「たまたまものすごく天気が良かった」ってことと、
「前半のダークすぎる旅の反動がでた」ってことに過ぎないんだけどね。しかし「雨のクラクフ」のあとで
「ド快晴のヘルシンキ」を体験すりゃねー、北欧効果も3倍増くらいにに思えるわけヨ。
(実際には雨のクラクフとヘルシンキ初日の間は“中二日”あいているのだが)

ポーランドネタ消化が終ったら、ヘルシンキネタにいずれ移行する。
もっとも、ポーランドネタは実はまだかなり残っているんだけどね。しかし最もダークな“ヤマ”は
越えたはずだから、読者のみなさまも安心してほしい(笑)。


  
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by tohoiwanya | 2013-09-28 00:11 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(4)
2013年 08月 12日

残暑お見舞い&涼感企画

アウシュビッツの暗い記事が続いたから、ちょっと中入り休憩ということにしよう。
暗い記事ばっかりじゃ、読む方も滅入るだろうけど、書く方だって滅入るのだ。
久しぶりに気楽な話題を書かせちくり。

いやしかし、それにしてもお暑うございます。
ここ数日、日本在住者ならどこに住んでいようと、大体この思いを共有できるはずだ。
東京の最高気温37度っていうのもウンザリだが、40度超えた地方もあるっていうんだから
こうなると日本中が生命の危険を感じる暑さだ。涼しい国に住んでる人がねたましい。


      言うまいと 思えど今日の 暑さかな


なんて川柳があるけど、この暑さじゃ言いたくもなるぜ、そりゃ。
陽射しの中を歩いてると溶鉱炉の中のように暑い。汗っかきイ課長は目もあてられん状態だよ。
オーブンの中に入れられた肉というのはこういう気分なのだろうか。

そこで、本日は敢えて正反対の季節感を訴求するネタを書くことにした。
残暑お見舞いを兼ねた“涼感企画”と銘打って、寒〜い風景で涼んでもらおうという趣向なのだ。
暑さに対して悪態を並べたてるよりは建設的?だと思うのである(笑)。

今年2月の欧州出張。最初の夜はブリュッセルに泊まった。
海外に到着した翌日の朝って、緊張と時差ボケの影響で早く目が覚めることが多い。
この時も6時くらいに目が覚めたんじゃなかったかな?まだ外は夜明け前で暗い。
カーテンをめくって、窓の外を見てみた。


うわぁーーーー、雪だ。雪が積もってる。
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まだ夜明け前のブリュッセル、暗くて、静かな雪景色。これは美しかった。
イ課長はこれまで寒い時期の欧州出張ってのを何度もやったけど、積雪に遭遇したのは
初めてだと思う。せいぜい1cmくらいの、微々たる積雪量だっただろうけど、それでもちょっと嬉しい。
白い雪に閉ざされたブリュッセル。いいねーー。個人的にはもう少し積もってほしい(笑)。
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この屋根の向こう、高い塔があるところはもうグラン・プラスだ(広場にすごく近いホテルだったのだ)。
空が暗いと、逆に森閑とした雪の早朝の静けさが強調される。
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ホテルのとなりの建物の屋上は積雪で真っ白、歩道も真っ白で、粉砂糖をふりかけたケーキみたいだ。
この日はちょうど日曜日で、しかも早朝。人通りも少なくて、歩道にも足跡がぜんぜんないよ。
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朝飯を食い、空が明るくなってから外に出てみた。9時頃だったかなぁ?
グラン・プラスもこれまで何度も見たけど、白く雪化粧した姿は初めてだ。
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ヨーロッパの街は雪景色になると、一段と風情が増すよねぇ。
もっとも、この時は雪がドウコウより、とにかく寒いことの方が大変だったんだよ。
何せ出張が始まる前の日曜日。いきなり出だしから風邪をひくわけにはいかないのだ。
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こちらはブリュッセル中央駅。地面は真っ白。
イ課長は当然のことながら、普通のビジネスシューズを履く身だ。雪の路面は滑りやすい。
しかし、それにもめげずイ課長はこのあと中央駅から電車に乗ってゲントという街まで
半日観光に行ってきたのである。
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なにぃ?半日観光だぁ?この雪の中をわざわざ?
「風邪をひくわけにはいかん」とか言った舌の根も乾かねぇうちに、どういう了見だ?
そもそも出張で来たんだろ?観光旅行じゃねぇんだぞバカタレ!(←自己批判)


  ・・・・・・・・・・


う、うるせぇな!いいじゃねぇか!!(誰に向かって言ってるんだ?)


というわけで、暑さで最後はやや取り乱し気味でしたが(笑)、
涼感企画、いかがでしたでしょうか?多少は涼しくなったでしょうか?

この暑さはもうしばらく続くらしい。
どちら様も熱中症に気をつけて、がんばって乗り切りましょう。


 
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by tohoiwanya | 2013-08-12 00:05 | 2013.02 欧州出張 | Comments(6)
2013年 06月 09日

夜のフランクフルト

以前、数少ないフランクフルトネタでこんな話を書いた。
この時「ベストショット」の夜景を見たいがために、翌日の夜、仕事の帰りにわざわざ途中下車して
橋の上から写真を撮ったって話も書いた。
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この写真を撮ったのがおそらく夜の6時半か7時頃だったはず。
冬至はトックに過ぎた3月初めだったけど、まだまだ夜が早くて、気分は完全に真冬だ。

前日の昼間、同じベストショット・ポイントからはトラムに乗って中央駅まで戻った。
今日も同じように帰ろうと思い、同じトラム乗り場に行き、同じように切符を買い、トラムを待った。

なかなか来ない。夜だから本数が少ないんだろう。待つしかない。寒い。


まだ来ない。さらに待った。寒い。


        ・・・・まだ来ない。さらに待った。寒い。

ヲイ、ドイツ人、イ課長はセッカチで気が短けぇって知ってるか?いつまで待たせるんでぃ!

フと気づくと、イ課長以外にトラムを待つ人は誰もいない。反対側の停留所にも人っ子一人いない。
愚かなるイ課長、このあたりからようやく「ひょっとして運行してないのではないか?」と推測し始めた。
事情はよくわからない。単にすごく終電の早い路線ということか、あるいは線路工事か何かの理由で
この日の夜は運行してなかったのかもしれない。

しかし、運行してないトラムなら切符の自動販売機に「運行してないヨ」って紙くらい貼っとけよな。
硬貨投入口に何か貼ってありゃ、ドイツ語の読めないイ課長だって「ナニかあるのか?」と思うけど
すんなり切符が買えたもんで、コッチは信用しちまったじゃねぇか。
(切符自販機ってこんな感じ。下の方に旗ボタンがあって、それで表示言語を選ぶのである)
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今からタクシー乗り場を探すのも面倒だし、しゃぁねぇ、もう歩こう。方向はわかってんだし。
中央駅までだったら歩いても30分はかからないはずだ。さっき買ったトラムの切符は完全なムダ。
金額的には200円程度だけど気分は悪い。

夜のフランクフルトを西に向かって、軽い怒りを胸に(笑)、疾風のように歩き始めるイ課長。
ったくもう、腹減ってるしさぁ、疲れてんのになぁ(ぶつぶつ・・・)。

言うまでもなく、フランクフルトはイ課長の外国都市訪問回数ランキングでぶっちぎりトップの街。
たぶんこの時の訪問が旅行・出張あわせて8回目の訪問だったはずだ。

しかし夜のフランクフルトをこんなに延々と歩いたのって初めてだと思うよ。
見慣れた街だけに、「おお、夜みるとこんな感じなのか」と思う。たとえば大聖堂はこんな感じ。
一応ライトアップされてるけど、何となくジミめというか・・・。
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ああ、この市電の上のアーチも見慣れた場所だけど、夜はこんなに閑散としてるのか。
しかしさぁ、まだ8時前だろ?いくらなんでも人通りが少なすぎないか?フランクフルト。
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あー、これが橋の上からのベストショットでも一番目立ってた、ヘンな形のビルだ。
夜はこんな感じなんだね。
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すごい早足で歩いたから、もう欧州中央銀行前。ここから中央駅はすぐだ。
ユーロ様の青いネオンが光り輝いてるぜ、けっ。
と、こんな感じで夜のフランクフルトを競歩の選手みたいな速度で歩いてきたわけだ。
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しっかしまぁ、この街の、夜の人通りの少なさには改めてびっくりだぜ。イ課長だからいいようなモンの、
女性の一人歩きはもちろん、女性二人歩きでもちょっとコワいかも(治安の悪い街では全然ないが)。
もうちょっと人通りの多い、賑やかな街になろうって了見はねぇのか?!フランクフルトッ!

ブリュッセルやミラノの話ばっかりでよゥ、フランクフルトネタが少ないのは気の毒だと思ったからよゥ、
こうして夜景写真と一緒に夜のフランクフルトを紹介してやったんじゃねぇか。イ課長だって気を使ってんでぃ。
それがどうよ、書き終わってみりゃ「フランクフルトの夜はトラムも動かねぇワ、人通りも少ねぇワで
しょうもねぇシケた街だぜ
」って話になっちまったよ(笑)。

しかしだな、これはイ課長の責任じゃねぇ!なんとかしろぃ、フランクフルト!


  
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by tohoiwanya | 2013-06-09 00:32 | 2012.03 欧州出張 | Comments(0)
2013年 05月 27日

ミラノという街

再び2012年3月欧州出張ネタに戻る。ミラノの話。

ミラノに行くと決まって、イ課長は考えた。ミラノといえば、ナンだっけ?
とりあえずドゥオモ見学っていうのはすぐに思い浮かぶけど、他には何かあるんだっけか??
そこで、ミラノってどんな観光が可能な街なのか、さっそく調査した(仕事しろって)。

おお!そうか、レオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」はミラノにあったんだ!
ずいぶん長い間修復してたはずだけど、それも終ったんじゃなかったっけ?これは見たいな。
(下の写真はWikipediaから拝借したもの)
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・・・しかしダメ。
あれは「いつでも、誰でも」っていうんじゃなく、見学予約制みたいになってて、事前に申込が必要。
一応、その予約状況ってのも確認してみたんだけど、イ課長滞在日はもう満杯。ダメじゃん。
「最後の晩餐」鑑賞はあきらめるしかない。ちょっと残念だったけど、しょうがない。

もちろん、ミラノならスカラ座でオペラ鑑賞っていうお楽しみがあるから、これは「行くことが決まって」どころか
「行くかもしれない」となった時にすぐ調べた(笑)。ちょうど「アイーダ」か何かの上演があったんだけど、
チケットはトックの昔に売り切れだったんだよ。ダメじゃん。
(下の写真は何年か前のスカラ座来日公演でのアイーダ。チョー絢爛豪華だねぇ)
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他になにかある?これがね、意外とない。
まぁ他にも由緒ある教会とかはあるんだけど、特にイ課長の興味をひくものではないよなぁ。
ご婦人なら、ミラノで靴だバッグだとお買い物のヨロコビがあるんだろうけど、イ課長にミラノで何か
ショッピングしろと言われても困る(笑)。

うーむ・・・ダメじゃん。
せっかく生まれて初めてミラノ行くのに、仕事以外の活動で「これぞ!」というものが見いだせぬ。

しょうがないから、ドゥオモの屋根から下りてきた後は、ブラブラと市中心部を見て歩くことにした。
となれば、ドゥオモ前広場から伸びる豪華な「ビットリオ・エマヌエレⅡ世のガレリア」がまず
真っ先に目に飛び込んでくる。おお、これね。写真で見たことあるよ。中に入ってみよう。
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ふーーむ確かにすごい。要するに「アーケード商店街のバケモノ」ってことになるんだろうけど、
その壮麗さ、巨大さには圧倒される。見た目的には中央駅よりイ課長はずっとこっちの方がいい。
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高~い天井アーケードの、曇りガラスごしに差し込む自然光がガレリア内を柔らかく照らす。
うーむ、ここは確かにキレイだね。
さらにここ、床面のタイル装飾がまた凝ってるんだよ。ちょっと詳細に見てみようか・・・。
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まさに上の写真を撮った次の瞬間、イ課長のデジカメはバッテリー切れで息絶えた(笑)。ダメじゃん。
この出張が初の「長期利用」だった新しいデジカメ。初の充電式。どのくらいでバッテリーが切れるのか
よくわかんなかったんだよね。あーなんてドジなんだろうか。

ここから先はぜんぶ携帯で撮った写真になる。
携帯ヘボカメラじゃ撮影意欲もガタ落ちだよ。それより、ホテルに戻ってカメラを充電しなくちゃ。

ホテルに戻る前に、一応スカラ座の外観くらいは見ておこうと思って行った。これがそう。
スカラ座が外観的にはどうってことのないオペラ劇場であることは知ってたが、実際、パリや
ウィーンに比べると地味だよねー。戦後、急いで(たぶん真っ先に)再建したんだろうな。
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このスカラ座の前にはレオナルド・ダ・ビンチの像がある。こんなん。
彼はフィレンツェやら、ミラノやら、イタリア中を転々と引越し続けたけど、ミラノにはけっこう長く
いたようで、さっき言った「最後の晩餐」以外にもミラノ時代の作品は多いはずだ。よく知らんが。
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ミラノで見たものって、このくらい。デジカメのバッテリー切れが返す返すもドジだった。
まぁミラノの、真ん中辺をチラッと見てきた程度の観光で、まだ見てないところもたくさんあるんだけど、
また行って、さらに深堀り観光したいかと言われると、まぁそれほどでもないっていうのが正直なところか。

まだ行ったことないけど、やっぱイタリアで観光するんだったら、古代遺跡も豊富なローマとか、
サンサンたる陽光、青い海と白い砂が待っている南イタリアとか、だよねぇやっぱ。
いつか行きたいけど、でも、ローマも南イタリアも、盗賊は多そうだよなぁ・・・。


 
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by tohoiwanya | 2013-05-27 00:14 | 2012.03 欧州出張 | Comments(0)