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2009年 01月 16日

メメント・モリ

ラテン語のメメント・モリ(Memento mori)。

日本語では「死はそこにある」とか「死を忘れるな」とか訳される。
ヨーロッパでは古くからある思想で、「ホラどうせお前もいずれ死ぬんだよ」っていう
まぁ一種のイマシメみたいな言葉だな。

ヨーロッパの古くて有名な教会には当時の有力者のお墓がたくさん置かれてる。
イ課長はゴシック教会建築を見て「おお、すんげぇ」とか感心してるけど、教会って
ある意味「死の空気に満ちた場所」でもあるわけで、「メメント・モリ」的な思想が
いろんな意匠に込められている。たとえばリューベックの教会にあったコレ。
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日本人が見るとちょっと「うひゃー」って思っちゃうよな。
何しろガイコツの背中から天使の翼(なのか?)が生えてるんだからグロテスクだ。
調べてみたら、翼を持った骸骨ってピューリタンのお墓によくある意匠らしい。

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こっちじゃ同様に翼のあるガイコツ様が肖像画を掲げてる。おそらくここの墓に
埋葬されたヒトの肖像なんだろう。このヒト相当太ってるから、コレステロール過多に
よる循環器系の疾患が死因だったのかな…なんて想像しちまう。

かと思うとこんなのもある。これはプラハの観光名所でもある有名な天文時計。
ちょうど仕掛けが動き出すところで、観光客がいっぱい待ち構えてる。
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この時計の丸い文字盤の右のところにもなぜか骸骨様がいる。
ズームアップするとこんな感じ。

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これも調べてみたら、要するに時計っていうのは「少しずつ死に向かう時の流れを
刻むもの」っつうわけで、まさにメメント・モリの象徴と見なされてたらしい。
ふーむ…勉強になるのう。

アナタの知識と教養を高めるイ課長ブログ。
本日はメメント・モリについてのお勉強でした。

いやー、何て高尚なブログなんだろうここは(笑)。
  
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by tohoiwanya | 2009-01-16 09:39 | 出張・旅行あれこれ | Comments(0)
2009年 01月 09日

どくとるマンボウの教え

北杜夫が書いた「どくとるマンボウ航海記」っていう本がある。

その中で、北杜夫がシンガポールで歩き回り、くたびれ果てて船の自室で寝てたら
他の船員が「あれ?ドクター、上陸しないんですか?」と聞いてくる場面がある。
へたばった…って答えると、その船員が北杜夫を叱咤するんだよね。

「だめだよドクター、港に着いたらシャニムニ飛び回らなくちゃ。いいですか?
 陸の上にいられるのはホンのちょっとで、海に出りゃいくらでも寝られるんだから」

北杜夫はこれに対して「これは実にありがたい忠告で、寄港中は追い込みにかかった
ペナントレースみたいなものだから足がケイレンしたなどと言ってられないのだ」
みたいなことを書いてた(記憶で書いてるから正確な引用ではない)。

「どくとるマンボウ航海記」を中学生の時に読み、この本から甚大すぎる影響を受けた
イ課長にとって、この船員の言葉は海外を旅する上で極めて重要な指針になった。

そうだ。せっかく外国にいながら疲れたなんて言ってられん。異国を訪問するチャンスは
人生でそうたくさんあるわけじゃない。寝るのは日本に戻ってからいくらでも寝られる。
貴重な海外滞在中は寸暇を惜しんで街を歩け!アレコレ見ろ!…というわけだ。


さて、前置きが長くなったが…(笑)。

2007年10月18日木曜日の夜。プラハに着いた時のイ課長も疲れていた。

この日の朝はドイツのケルンの会社を訪問し、午後鉄道でフランクフルトに移動し
夕方の飛行機に乗ってプラハへ。右も左もわからない初めてのプラハでやっとこさ
ホテルにたどり着いたところで、もうくたくた。しかも明日は午前中からアポがある。
外は寒いし、ホテルでじっとしてたいなぁ…という思いが頭をよぎる。

だがここで「どくとるマンボウの教え」がイ課長を励ます。
オマエは今、生まれて初めての東欧圏・プラハにいるんだぞ?貴重な経験だぞ。
ホテルで寝てる場合か?というわけで、疲れた身体にムチ打って、カメラを持った
イ課長は夜のプラハの街を散歩してみたわけだ。8時頃だったかなぁ?

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寒かったけど、夜のプラハは本当に素晴らしかった。
ライトアップで輝く宮殿と聖ヴィータ聖堂がブルタヴァ河の川面に映る。
堂々たる国民劇場の威容、石畳の道、赤と白の市電…
日本人が思い描く「ヨーロッパ」そのものっていう風情がそこらじゅうに満ちている街だったな。
人気のない暗い路地も散々歩いたけど、ぶっそうな感じも全くない。
この夜の散歩だけですっかりプラハの美しさに魅了されてしまったんだよ、イ課長は。
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外国滞在中は疲れたなんて言ってないで、寸暇を惜しんで歩き回れ。
「どくとるマンボウの教え」は正しいのである。

 

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by tohoiwanya | 2009-01-09 11:58 | 2007.10ドイツ・チェコ出張 | Comments(0)
2008年 10月 16日

ドイツの秋

今いる街について書きたいとこだけど、それじゃミクシの方のクイズが
意味を失うから、まぁ今日の午後までいたドイツについて書こう。

ドイツはどの街も緑が多い。
それが秋になると黄色や茶色や紅に色が変わって美しいねぇ。

今日はフランクフルトから電車で10分くらいのほんとに近郊の駅に行って、
そこから目的地の会社まで乗ったタクシー乗った。
その会社で用事が済んで別の駅までまたタクシーに乗った。
そのタクシーの助手席から見る車窓風景たるやもう…

道の両側は紅葉(というより黄色・茶色が多いが)まっさかりで
まるで紅葉ドライブしてるみたいで実に美しかった。
写真撮りたいから停車しろとは言えない(常識的にも、言語的にも)から
写真がないのが申し訳ないけど、実にキレイだった。

まぁ多少なりとも秋っぽい木々が写ってる写真がないかと探した。
これはフランクフルトのシラー像。周りの木はあんまり紅葉してないけどね。
 
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by tohoiwanya | 2008-10-16 05:37 | 2008.10欧州出張 | Comments(0)
2008年 10月 02日

ハンブルクという街

ハンブルク。

メンデルスゾーンやブラームスの出身地、ハンブルク。

イ課長は「ハンブルグ」って書いてたけど、ドイツ語的には最後の「ク」は
ニゴらないのが正しいらしい、ハンブルク。

地図で見るとわかるけど、ハンブルクって町は実は海ベリにはない。
実際は「河川港」なのだ。ただ、面してるエルベ川がスサマジく川幅が広いから、
内陸なのに世界でも有数の巨大港町になっちまった、ハンブルク。

これらのコトを今回初めて知ったイ課長。もちろん生まれて初めて行く。
欧州情緒タップリって感じの街で、なかなか気に入ったよイ課長は。

この街の中心には大小二つの人造湖があって、噴水がある。
噴水にかかる虹がイ課長を歓迎してくれたのである。
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これは街の中心の市庁舎。この周辺がハンブルクでも一番にぎやかなエリアだな。
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港の方にはレンガ造りの倉庫街がある。ここがまた風情あるんだよなー。
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歓楽街レーパーバーンは港に近い。昼間はこんな感じの清楚?なたたずまい。
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でもよく見るとこういうおヒンのない商品が陳列されているのである(笑)。
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このレーパーバーン。
夜ともなるとそこらじゅうに夜の姫君やポン引きや麻薬の売人がうごめき
酒場では荒くれ船乗りたちのケンカが日常茶飯事…てなことは(たぶん)なくて
歓楽街の一角にはオペレッタ劇場もあって、それなりにフォーマルなお姿の
紳士・淑女たちも集まる。実はイ課長も金曜の夜にはその劇場に足を運んだのだ。

昼間は飾り窓を見学し、夜は観劇。
イ課長がハンブルク滞在中に一番よく行ったところは結局
「世界で最も罪深い1マイル」、大歓楽街レーパーバーンだったのである(笑)。
 
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by tohoiwanya | 2008-10-02 03:23 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(0)
2008年 09月 30日

ベルリンという街-その2-

イ課長は昨年の海外出張がキッカケで西洋建築史にちょいとハマッた。

そういう、建築的視点でベルリンを見ると、あることに気付く。
この街にはある様式の建築ばかりがやったら目につくということに。
特に街の中心部。主要な公共建築物はほとんど「あの様式」ばっかじゃないか。

「あの様式」って、いわゆるネオ・クラシック=新古典様式だ。
要するにギリシャ神殿みたいな建築様式を模して作ったタテモノ。
その基本は円柱で支えられた水平梁構造なのである。

例のブランデンブルグ門だって新古典様式の変形といえるはずだ。
スジの入った円柱で支えられた水平の梁構造。決してアーチ型ではないのだ。
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ブランデンブルグ門を越え、森鴎外の「舞姫」でウンテル・デン・リンデンと書かれた
旧東側の目抜き通りを歩いてると、まぁ〜あるある、新古典様式建築物だらけ。

これはノイエ・ヴァッヘっていう建物。何のためにある建物かわかんないけど、
典型的ギリシャ神殿風建築。柱頭部は「ドーリス式」のシンプルな構造だな。
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その向かいにあるベルリン国立歌劇場はコレ。これもモロ新古典様式の建築。
柱頭部は植物模様の「コリント式」になっておる。
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ネフェルティティのあるアルテス・ミュージアムもまたまたコレだ。よく飽きないな。
こちらの柱頭は渦巻きが両側に飛び出した「イオニア式」だな。
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国立絵画館もまたこれか。オマエらは飽きなくてもイ課長は飽きたぞ(笑)。
もうちょっとこう…ルネサンス様式とかさ、バロック様式とかいろいろあるじゃんよー。
そういう、ホカの建築様式を取り入れてみようとは思わんのか?
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こっちはナチスが放火したことで有名な国会議事堂。
ここも同じような「ムカシ志向」の新古典様式。柱頭は国立絵画館なんかと同様、
いわゆる「コンポジット式」っつうヤツやな。植物模様とウズマキの組み合わせ。
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あーもうわかった。もう十分。
キミたちの志向する方向性というのはゲップが出るほどよーくわかったでごわす。

ベルリンという街の「重厚」「男性的」「威厳」といったムードを醸成している要素は
いろいろあるんだろうけど、イ課長にとってはその最大の要素は建築だ。
流麗なアール・ヌーボー建築に見とれた去年のプラハと比べてなんという違い。

とにかくもうギリシャ的・古典的・理想の美を追い求めるのである!!っていう、
そのカタクナな姿勢こそが「ドイツ的」といえるのかもしれないなぁ。
もっとも、こういうところが逆にフランス人とかイタリア人なんかからは
「ドイツゥ?だっせぇ〜」と(特に昔)言われた理由かな、とも思うイ課長であった。
   
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by tohoiwanya | 2008-09-30 04:12 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(0)
2008年 09月 29日

アンペルメンヒェン

バリバリ更新するイ課長ブログ。
9月の出張ネタを早めに“消化”しておかないと、すでに10月には次の海外出張が
待ち構えてるから、また書きたいネタが増えてしまうのである(笑)。

今日はベルリンの「信号クン」について書く。
歩行者用の信号でイ課長が知る限り最もユニークなのは台北の信号で(笑)、
それ以外は大体「赤は静止している人物像」「緑は歩いている人物像」だった。

日本の場合、地域によって違いもあるだろうけど最も普及したスタンダードタイプは
たぶんコレだよな。これを見たことがないという人はたぶんいない。
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さてだ。話はベルリンに移る。

この街では旧東側と西側とで歩行者用信号も違っていた。
東西統合後、基本的には「西側に侵略」されたわけだけど、なぜか歩行者用信号だけは
「旧東側の方がカワイイ!あれを残すべきだ!!」っていう声がわき上がった。

旧東側の歩行者用信号はコドモをモチーフにしてるみたいなんだけど、
その愛らしい姿から「アンペルメンヒェン(直訳すれば信号の男の子だけど、ここは
“信号クン”という名称を与えたいところだ」というあだ名までついてしまった。

で、今でもベルリンにはこの信号クンが残ってる。
それどころじゃない。いまや信号クンの愛らしい姿は旧西独地域を逆侵略してるのだ。
旧西独地域だったハンブルグだかリューベックだかでこの信号クンを見かけたときは
イ課長もたまげたよ。逆侵略はここまで及んでるのか。
いやいや、いっそのこと歩行者用信号だけは旧西独地域をすべて侵略してしまえ!
がんばれ!信号クン!と応援したくなる、

しかしまぁ実際カワイイよ、信号クンは。これが青信号のときの、歩いてる姿。
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これが止まれの時だ。手を広げ通せんぼしてる姿が特にカワイイと思わんか(笑)。
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この信号クン・アンペルメンヒェンは今やベルリンの土産物としても大変な人気で
専門ショップが三つもできるに至っている。
 http://ampelmannshop.com/

このTシャツとか、けっこうオシャレじゃんか。うわー買ってくれば良かったクソ!!
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by tohoiwanya | 2008-09-29 01:55 | 2008.09ドイツ出張 | Comments(0)