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2019年 06月 26日

東南アジアのパン食文化を検証する その1

こないだ、東南アジアの食文化に関する本を図書館で借りて読んだ。
対象はベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーの4カ国で、全部イ課長が
行ったことある国だ。その本の中にこういう主旨の記述があった。

東南アジアの中でも旧フランス植民地だったベトナム・カンボジア・ラオスの3国は
フランス仕込みのパン文化が根付いてる。一方、旧英国植民地だったミャンマーは
パンといえば英国風のトーストである。


・・む? 
言われてみれば確かにその通りという気がするが、実際にイ課長が行った時の
ホテル朝食のパンはどうだったっけ?ベトナムとラオスのホテルはフランスパン
だったような記憶があるが・・だがこれは過去写真で確かめることが可能だ。

さらにもう一つ疑問が。
旧フランス植民地3国が「フランスパン文化圏」で、ミャンマーが「英国風
トースト文化圏」とするとだよ?どこの植民地でもなかったタイのパンは?
スコータイのホテルの朝食パンはトーストだったけど、他はどうだったっけ?
これも過去写真で確かめることはできる。

ひとつ検証してみるか。
ここからイ課長の「東南アジアホテル朝食パン確認」の大作業が始まった。
東南アジア植民地の歴史とパン食文化の関連性を自らの体験だけで検証。
なんて有意義な調査だ(笑)。

まずフランスパン文化圏からいってみよう。ベトナム・ラオス・カンボジア。
確かにこれらの国でトースト食った記憶ってあんまりないよなぁ。しかしここは
記憶に頼らず、写真に基づいて検証してみよう。

まず2013年サイゴンのホテルだ。およ?何だか丸っこいごまパンみたいなヤツだ。
ビュッフェ形式の朝食だったはずだが、ごまパンとは微妙・・でもフランスパンとは
いえないよな、これは。
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次に行ったホイアンのホテル。おお、これはいかにも美味しそうなフランスパン。
それにベトナムコーヒーのセットだった。これはよく覚えてるよ。
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ホイアンの次に行ったハノイのホテル。これも外がカリカリのフランスパンっぽい。
こういうパン食うと、パンくずの排出量も増えるんだけどね(笑)。
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2014年に泊ったサイゴンのホテルは?というと、これもフランスパンだよな。
最初のごまパンという怪しい事例はあるが、全体としてみればベトナムは明らかに
フランスパン文化圏で、予想通りと言っていい。
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ラオスはどうだ?これは2015年に泊ったヴィエンチャンのホテル朝食。
ベトナムのパンほど「皮がパリパリ」って感じじゃないけど、形はフランス風。
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ルアンパバーンで食ったホテル朝食はこんな感じ。
切ってあるけど、やはりフランスパン風のパンだ。
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ラオスもまたフランスパン文化が根強いことが顕著に表れておる。
やっぱ、植民地時代の宗主国の影響って大きいんだねぇ。

さてカンボジアは?2014年に泊ったプノンペンのホテルはというと・・・
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・・ありゃ?・・トーストだ。
しかし「トーストのみ」だったのか、複数あるパンの中からこの時たまたまイ課長が
トーストを選んだのかはさすがに覚えてない。他のパンがあればトーストは選ばない
ような気もするが・・焼くの面倒だし。

このあと泊ったシェムリアップの写真を確認すると、3日ぜんぶお粥食ってやがる(笑)。
ってことはカンボジアの朝食ではフランスパン食わなかったわけか。う〜む。

しかしこれだけの材料で「カンボジアはフランスパン文化が希薄」と言うのは危険。
ビュッフェ形式の朝食で、何の気なしにトーストやお粥を食うということだって
考えられるもんな。うーん・・。

まぁいい。カンボジアはやや疑問が残るものの、ベトナム・ラオスに関しちゃ
ホテル朝食はいかにもフランスパン文化を継承したものであることが確認された。
これは冒頭に書いた本の記述通りで、これはさほど驚くにはあたらない結果だろう。
そんな記憶があったのを、実際に確認したってだけの話。

さて、では旧英国植民地ミャンマーのホテル朝食はどうだったのか?
英国風のトーストか?さらに独立をキープしたタイの場合はどうか?
しかし長くなったから続きは次回だ。

 


# by tohoiwanya | 2019-06-26 00:20 | 出張・旅行あれこれ | Comments(0)
2019年 06月 24日

マンホールのフタからドイツ史を知る

スコータイ関連ネタが終わったところで、ひとつ欧州ネタをはさもう。

2月の出張でデュッセルドルフには1泊した。しかし街をゆっくり見る時間なんて
全然なかったのである。最初に行った2007年は午前中だけの滞在だったけど、
1泊した今回も自由時間の少なさに関しちゃ似たようなモンだったのだ。

なにしろ到着が夜で、その夜はそのまま関係者と会食だからどこも見ずじまい。
翌朝は10時から面談で、12:21発のICEでミュンヘンに移動っていうんだから、
街を見た時間なんて朝の面談の前と後、それぞれ20分くらいのもんだったのヨ。

そんなデュッセルドルフで、フと気が付き、ヘンな図柄だなぁ?と思って
撮った写真がある。これ。
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子供二人が・・・逆立ちしてるのか?何のために?そんな図柄がマンホールのフタとは?
逆立ちする子供とデュッセルドルフって何か関係あんの?帰国してから調べてみた。

これ、逆立ちじゃなくて側転してるんだって。側転する子供。
ラートシュレーガーっていう、やたらドイツ語的語感を持った名称まで与えられてて、
これはデュッセルドルフのシンボルらしいんだよね。だからマンホールのフタ以外に
噴水とかモニュメントとか、街のあちこちにラートシュレーガーがあるんだって。

ヨーロッパの街の紋章とか象徴っていうと鷲とか獅子とか、動物モノが多い。
同じドイツのベルリンは熊が街のシンボル。ことほどさように動物の図柄が多いはずだ。
それがまた何だってデュッセルドルフでは側転する子供なのだ?さらに調べた。
話は何と13世紀にまでさかのぼる。

当時、デュッセルドルフを首都とするベルク公国ってのがあった(らしい)。
その領主アドルフが、この辺一帯を権力下においてたケルン大司教と対立。市民軍を組織し、
ケルン大司教軍と戦い、1288年ヴォーリンゲンの戦いでみごと大司教軍を打ち破った。
その結果デュッセルドルフは都市の自治権を獲得したっていうんだから、大変な勝利だ。

当然、市民は凱旋兵士を大歓迎したわけだが、その時、町の子供たちが大喜びして
側転して兵士を出迎えた故事があるらしい。「側転する子供」って、はるか中世の昔、
デュッセルドルフの輝かしい勝利の歴史を象徴するオメデタい図象だったのである。

なーるほど。マンホールのフタからドイツ中世史にまでつらなっていく知の連鎖。
読者の知的欲求に応えるイ課長ブログ。しかし、この話を読んでイ課長は
もう一つのことを考えた。それは何かというと・・・


デュッセルドルフとケルンって、13世紀から仲悪いのかい!ってことだ。

この両都市、ライバル意識が強いというか、ほとんど犬猿の仲として知られる。
現在は同じ州で場所も近いのに。まぁ近いからこその仲悪さ、とも考えられるが。
その仲の悪さを表すエピソードで有名なのはこの話だ。

ケルンの酒場でアルトビアを(デュッセルの名物ビール)くれとか、逆にデュッセルの酒場で
ケルシュビアを(ケルンの名物ビール)くれなんて決して言ってはナラヌ。ヘタすると店から
つまみだされる(それ以前に、そもそもお互いに相手のビールは扱ってないらしいが)。


お互いに「けッ、あいつらごときに・・」って思いあってる仲みたいなんだよね。
2007年の出張ではデュッセルに午前中だけ滞在したあと、ケルンに移動して一泊した。
距離的には電車でせいぜい20分くらいしか離れてない。そのくらい近いのにねぇ・・。
ケルンでは有名な大聖堂も見学した。でもイ課長としてはケルンとデュッセルドルフ
どっちかが特に好きとかキライってことはない。当然だが。(写真は2008年のもの)
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ライバル意識の強い二つの都市っていう例は世界にけっこう多い。
豪州のメルボルンとシドニー、ベトナムのハノイとサイゴンとかね。しかし
ケルンとデュッセルドルフの場合、13世紀から続く歴史的遺恨があったという
ことを今回知って、今さらながらに感じ入ったわけですよ、イ課長は。

ケルンとデュッセルのサッカーの試合なんて、一種の代理戦争でもう大変らしい。
調べてみると、デュッセルドルフは現在ブンデスリーガ18チーム中、10位。
一方ケルンはというと、ブンデスリーガ2部の1位。に、2部ぅ??

まぁいま2部のトップってことは、来年1部にカムバックする可能性は十分ある。
イ課長としてはどっちかの街に肩入れしてるわけじゃないし、来季はブンデス1部で
ヴォーリンゲンの戦い・サッカー版」が復活しねぇかな・・なんて無責任に思っちゃう。

デュッセルドルフが試合に勝つと、やっぱ町の子供は側転するのかな?(笑)

 


# by tohoiwanya | 2019-06-24 00:10 | 2019.02 欧州出張 | Comments(0)
2019年 06月 21日

スコータイ空港のホテル送迎

東京オリンピックのチケットが2つとも落選してガッカリのイ課長です・・。
まぁいい。気を取り直して元気にブログを書きましょう(・・チクショウ)。

これまでたくさん書いたスコータイ遺跡関連記事をお読みになって、
「スコータイ、行ってみタイ・・」という気分になった読者をさらにその気に
させるための具体的お役立ち企画、おなじみ「ホニャララ空港から市街」。
今回はいつもとちょっと違う。交通手段なんてほとんどないからだ。

スコータイ空港は何せチョー田舎のミニ空港。
鉄道がないのは当然として、路線バスなんてご立派なものもない。
客待ちタクシーも、トゥクトゥクも、なーーんにもない。
従って移動手段は ①ホテルに空港送迎を頼む ②空港の有料送迎サービス の
二つにほぼ絞られる。イ課長が採用したのは②。

送迎サービスの受付カウンターっていうのは大体どこの空港にもある。
しかし今回は若干不安があった。なぜなら、スコータイ空港の送迎サービスは
事前に予約が必要という情報があったからだ。うそーー。一方予約なしでも大丈夫
という情報もあり、ハッキリしなかった。でも「着いたその場で頼む」ことが
できねぇってこたぁねぇべ?とタカをくくって予約せずに行った。
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結論から言えば、やっぱり事前予約は必要なかった
小さい空港だから、送迎サービスのカウンターはすぐ見つかる。そこで自分の泊る
ホテルの名称と住所を示せば大丈夫。ちなみに、料金は片道だと300バーツ、往復だと
1割引きになって540バーツ。高い。しかし他に交通手段がないんだからしょうがない。
この際だから割引になる往復を予約しちまえ。

車は普通のセダン。同乗した(たぶん)タイ青年の荷物が大きすぎて、トランクにも
後部座席にも積めず、とうとう搭載を断念するという騒ぎで少し出発が遅れた。
(あとで聞いたら、巨大荷物は折りたたみ自転車だったらしい)
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空港からひたすら田舎道を飛ばす。
例のタイ青年がおそらく新市街のゲストハウスみたいなところで降り、そこからは
イ課長一人で旧市街まで。旧市街ダイレクトより少し遠回りしたわけだけど、それでも
空港からホテルまで1時間くらいだったかなぁ。夕方だからもう街灯がともる時刻。
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この送迎サービスはホテルまで送ってくれるし、帰りもホテルまで迎えに来る。
往復を頼むと、復路のバウチャーみたいな紙っきれをくれるから、帰るまでそれを
なくさないようにしましょう。

問題はむしろ帰路だ。迎えはちゃんと時間通りに来た。それはいいんだけど、
迎車時刻が3時ってナンボ何でも早すぎないか?
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いくつもホテルを回って、何人もピックアップする前提なのかもしれないけど
この日の客はイ課長一人だけ。ホテルから空港まで、逃げ水が見える南国の道路を
びゅんびゅん飛ばして、35分くらいで着いちゃった。つまり15時35分。
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飛行機の出発は17時50分だぜ?こんな田舎のミニ空港で、あと2時間15分も
何してりゃいいのさ・・。スコータイみたいな田舎じゃ交通渋滞なんてないんだし、
ちっぽけなスコータイ空港でチェックインの行列なんてものもない。こんなことなら
迎えをあと1時間、最低でも30分遅くしたって全然問題ないと思うのだが。

田舎のミニ空港での2時間超のヒマつぶし。ほんと、ヒマだったよ。
やっぱりあの恐竜たちは飛行機を待つ乗客の、退屈しのぎ用だったのかも(笑)。
 
 


# by tohoiwanya | 2019-06-21 00:42 | 2018.08 タイ旅行 | Comments(2)
2019年 06月 19日

イ課長ミシュラン・ホテル評価 51

遺跡観光ネタが終わったからスコータイのホテル評価いくか。
ここはホテルっていうより、ゲストハウスって感じかな。

Old City Boutique House

直訳すれば「旧市街ブティックハウス」。ぶてぃっくはうすって何やろ?
2泊で6,147円だったから、1泊あたりだと3,000円ちょい。

立地・利便性★★★★★
スコータイ中央遺跡群のほぼ真ん中には遺跡見学入口&キップ売り場、新市街行きの
ソンテウ発着場、貸し自転車屋、食堂、コンビニ等々が集積した場所がある。
いわば旧市街の中心、スコータイ銀座(イ課長命名)なわけで、利便性評価は
このスコータイ銀座との距離が近いか遠いかがポイントになる。

この宿はスコータイ銀座にすごく近かった。歩いて1〜2分だから便利だったよ。
夜や明け方の遺跡を散歩しに行くのもラクラク(女性一人ではヤメテネ)。
それに、食堂やコンビニに近いのは何といっても便利だ。例のパッタイを買った
市場からも近いのだ。
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こんな田舎じゃ利便性もヘチマもないというご意見もあるだろうけど、スコータイん中じゃ
利便性の高い立地であることは間違いない。だから★5つ。

部屋・設備★★★★☆
宿は「フロント・食堂棟」と「客室棟」が分かれた構造になってるんだけど、
部屋も良かったと思うよ。ちゃんと部屋ごとにエアコンもトイレもシャワーも
ついてる。普通のホテルに泊まってるのと何も変わらん。
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バスルームは東南アジアで時々あるトイレとシャワー同部屋方式。
バスタブなんてあっても使わないけど、暑いからシャワーは一日2回くらい使う。
この方式で全然不足ありません。
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不満は全くなし。夜は静かだし、快適に過ごせました。
値段とのバランスで考えりゃ、★5つでもいいくらいだ。

朝食★★★★☆
朝メシはこんな感じ。豪華じゃないけど、フルーツもついてるし、
貧弱というわけでもない。必要十分という感じ。
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ただし、トーストはやけに薄いので、目玉焼きを乗せて食おうとすると
目玉焼きの重量に耐えられず、トーストが割れる恐れが高い。口に入れる
寸前にトーストが割れ、パンと目玉焼きが床に落ちたイ課長のショックを
想像してほしい。

サービス★★★★☆
別にサービスってほどのサービスはないけど、チェックアウトの後、荷物を
部屋に置きっぱなしにさせてくれて、観光から戻ってシャワーを使ったり
着替えが出来たのは有難かった。たまたま空いてたせいもあるんだろうけど、
レイトチェックアウトがOKだったのだ。

いつもネコと一緒にいる、このフロントのオッサンはなかなか親切で、
新市街までのソンテウのこととか、送迎サービスはホテルまで迎えに来るとか
こちらの質問には的確に答えてくれた。
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一泊3,000円で朝飯つき。部屋もサービスも何の不満もないっていうんだから、
田舎のミニゲストハウスとしては優秀と言っていいと思う。
 
スコータイ観光する時、旧市街か新市街のどっちに泊るのがいいか?と聞かれたら
断然前者の方を推奨するイ課長だが、では旧市街のどの宿がいい?となったら、
自信をもってOld City Boutique House お勧めしちゃいますですよ、ええ。

 


# by tohoiwanya | 2019-06-19 00:22 | 2018.08 タイ旅行 | Comments(4)
2019年 06月 17日

スコータイ中央遺跡群を再びまわる

さて、いっぱい書いたスコータイ遺跡観光ネタもこれが最後。

南遺跡群を見終わったイ課長はふたたび青い稲妻号をコギコギして、堀に囲まれた
中央遺跡群に戻ってきた。ここは一昨日の夜、昨日の早朝と歩いて散歩してはいるけど、
広大だから見てない遺跡はいっぱいあるのだ。
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このワット・シー・サワイもその一つ。離れてるから散歩じゃここまで足を伸ばせなかった。
とうもろこし型のクメール風の塔があるってことは、時代としてはかなり古いのかも。
もっとも、コレは後世に修復されたっぽい。青シャツの観光客がジャマだ。
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不思議だったのはこの塔の装飾。
ほら、下の方はすごく精密なガルーダとかの彫り物がされてるのに、上に行くに従って
急速に手抜きになっている(笑)。これは元からこうだったのか?たぶんそうなんだろうな。
まさか「全部キチンと修復するのが面倒だったから」ってことはないよな?
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中央遺跡群は歴史公園として整備されてるから、「打ち捨てられた廃墟」的雰囲気は
ないけど、自転車で回ってるとホントに気持ちいい。ふらふらコイでると遺跡があり、
見学し、また次の遺跡を求めてフラフラとコぐって感じ。車は全然走ってない。
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再びワット・マハータートに行ってみる。夜とか明け方、誰もいない時に来たけど、
昼間のこの時間は観光客がワンサカいる。なるべく観光客を入れないようなアングルで
遺跡の写真を撮ろうとするけど、なかなか難しい。
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南遺跡群の「透明人間化した遊行仏」んところで会ったドイツ人家族と、ここでばったり再会。
例のテレ屋の男の子がイ課長を発見するや「お母さん、さっきのオジサンがいるよ!」って
走って知らせに行ったのがかわいかった。

このあたりはホントに、どこを向いても遺跡だらけって感じだ。これが遺跡ではなく
ちゃんと壁や屋根がある仏教寺院だったスコータイ王朝の頃(日本でいうと鎌倉時代頃)は
さぞかしすごい寺院密度の、壮大な都だったんだろうなぁ。
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あ、ラムカムヘーン王だ。
タイの歴史観によれば、このスコータイ王朝が「最初のタイ人の国」とされているようで、
それ以前はタイのタイ半は当時隆盛を誇ったクメール王国に支配される土地だった。
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ラムカムヘーン王はそのクメール人を駆逐して最初のタイの王朝を作った人というわけで、
大変尊敬されてて、チュラロンコン王など共に「タイ三大王」の一人とされる。
大学や通りの名前にもなってるし、タイの紙幣にも同じ銅像が印刷されてる。ほら。
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スコータイから発掘された「ラムカムヘーン大王碑文」っていう遺物があって、
そこにはスコータイ王国の楽園ぶりが「水に魚あり、田に稲あり」と記されている。
この碑文はラーマ4世による捏造説もあって、歴史的にはちょっとハテナマークが
つくんだけど、タイでは国語の教科書にも載るくらい有名。

イ課長にとってスコータイは「歴史公園に遺跡あり、食堂の天井にヤモリあり」かな(笑)。
ツアーで半日サッと回っただけのアユタヤ遺跡と違って、自分で自転車コイであちこち行き、
カンペーンペッ弾丸往復までやった。「スコータイ遺跡をたっぷり見た」という充実感は
極めて高い。青い稲妻号もご苦労だったな(笑)。
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いやー・・満喫させていただきました、スコータイ。
タイに行って、バンコクだけじゃつまんないから1~2泊どこかに遠出しようかな、と
お考えの方にはもう大お勧めですよ、スコータイ。
 
 


# by tohoiwanya | 2019-06-17 00:23 | 2018.08 タイ旅行 | Comments(0)
2019年 06月 14日

C級タイめし紀行【おかずぶっかけメシ編】

オカズぶっかけメシのことを続けて書きたくなったから書く。

ご存知のように、イ課長の東南アジアにおける食生活は、おおむね屋台とか、せいぜい
食堂とか、大体その程度のレベルの店で済まされることが多い。

そういう店だから、食うのはチャーハンとかパッタイとかヌードル類とか、要するに
「大して凝ってない」食い物が多くなる。一人ならそういう方が気楽だし。

昨年のバンコクでは、「オカズぶっかけメシ」も何度も食った。これも一種の
屋台メシと言っていいだろうな。最初に食ったのは2009年のシンガポール出張ン時
たぶん東南アジアじゃよくあるタイプの、典型的安メシなんだと思う。
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タニヤ通りの一角にオカズぶっかけメシ屋が数件固まったエリアがあって、
メシ時にここを通ると「オカズぶっかけメシ食ってくか」という気になっちまう。
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お皿にドサッとご飯を盛り、あとは客の注文するオカズ数品を載せてオシマイ。
オカズは3品くらい頼むようで、そのくらいがメシ量とオカズ量の適正な
バランスなんだと思われる。こういうオカズん中から選ぶんだよ?迷うよねぇ。
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最初に行った時は何かの炒め煮みたいなの2品と卵焼き。
卵焼きを上にドサッと載せたらメシが見えなくなってしまった。
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これで50バーツ。160~170円ってところか。
メシ20バーツ+オカズ3種×各10バーツって価格構成なのかな?

別の日に同じエリア(同じ店じゃなかったと思う)で食ったのはこんな感じ。
この時は鶏肉野菜炒めと卵焼き・・・写真見るとオカズは2品っぽいねぇ。
しかし重要なタンパク源である卵は食うのである(⇦卵信仰)。
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メモ帳記録を確認すると、この時はメシ代が40バーツだったようだ。
ってことはやっぱメシ20バーツ+オカズ2種×10バーツ=40バーツってことか。
日本円にすれば130円くらい。相変わらず安い。
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タイをうろついてるとオカズぶっかけメシ屋をホントによく見かける。
こういう四角いバットにオカズをいっぱい並べてるからすぐわかる。
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指差し注文で済むからタイ語も英語も不要。気軽で、安くて、美味しくて、
まことに結構なオカズぶっかけメシ。え?衛生面が心配?でもイ課長は過去に
これでお腹壊したことはないんだよ。加熱済みのオカズばっかりだから、かな?

強いて欠点を挙げるとすれば、オカズが温かくないっていうことかなぁ?
おそらく店の方でもその辺はわかってて、「冷めても美味しいオカズ」を
作ってるはず。ちなみに、ゴハンは一応温かい。スープ類を頼むこともできて、
それもコンロで加熱してある。

汁ものはさすがに温かくないとイヤみたいね、タイ人も。

 


# by tohoiwanya | 2019-06-14 00:20 | 2018.08 タイ旅行 | Comments(2)