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2020年 05月 01日

新ブログ開設のお知らせ

5月1日より下記の新ブログで更新を続けます。

     「いわんや(=引退したイ課長)ブログ」


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# by tohoiwanya | 2020-05-01 00:21 | 日本での私生活 | Comments(1)
2020年 04月 29日

コラートは面白い町だった その5

うーむ・・5月から新ブログに引き継ぐとすると、イ課長ブログとしてはこれが最後の記事に
なるかもしれぬ。最後がまた黒歴史っていうのは(あるんだよ、まだ)ナンだから、ここは
やっぱりイ課長ブログらしくタイネタでいくか。前回の献血記事でちょうどイーサーンの
マラリアリスクについて書いたところだし(笑)。

汲めども尽きぬコラート小ネタ集またいっちゃおう。バンコクやチェンマイみたいな
有名観光都市はもちろん見どころ多くて楽しいけど、イーサーンの旅はまた格別の楽しさが
あったなぁとしみじみ思うよ。小ネタ10まで書いたから11からだな。

⑪プレーン・コラート
さてプレーン・コラートとは何か?
イ課長もキチンと説明する自信ないが、プレーンって一種の伝統民謡みたいなモンで、
タイのあちこちにあるみたい。コラートにも昔から根付いたプレーンがあるから
プレーン・コラート。日本語にするなら「コラート節」とでも訳すのがいいのかな?
コラートは面白い町だった その5_f0189467_13042443.jpg
 
要するに地元に根付いた伝統芸能。普通そういうのってディナーショウなんかで
高いカネとるところが多いけど、コラートではこれが簡単に、しかもタダで見られる。
例のタオ・スラナリー像に、たとえば「大学受かりますように」と祈願したとして、
願いが成就すると、お礼参りとしてこのプレーン・コラートを奉納するんだね。
タオ・スラナリー像の周りにはソレ用の小舞台がいくつもある。

バンコクのエラワン廟ではやっぱり奉納のタイ舞踊がタダで見られたけど
あれと同じだ。スラナリー像のある公園を歩いてると高い確率で目にできる。
コラートは面白い町だった その5_f0189467_13042418.jpg
  
民族衣装を着た人が踊り・・というか、独特のポーズをとりながら何か歌ってる。
歌の内容は不明。ポーズの意味も不明だけど、こういうのは見てて面白い。
コラートは面白い町だった その5_f0189467_13042469.jpg
 
こういう珍しい民俗伝統芸能が観光客用のショーとしてではなく、地元に根付いた
文化として今でもチャンと残っているのはイイことだ。がんばれプレーン・コラート。

⑫ガイジンってだけで人気者
ミャンマーのヤンゴンでも感じたことだけど、コラートでも外人は注目される。
外国人観光客少ないからね、イーサーンは。
コラートは面白い町だった その5_f0189467_13032743.jpg
 
コラート滞在も終わり、タノンチラ駅でケンコーイへの列車を待っていた時のこと。
ベレー帽をかぶった制服の2人組が歩いてきた。明らかに鉄道関係者ではない。
ベレー帽っつうからには軍人サンか?しかも制服着てるってことは公務中だ。

その公務中の軍人がだよ?イ課長を見るとすかさず写真を撮る(笑)。いきなり
写真モデルですよ。「駅で見かけたガイジン」ってことか。しかしこの軍人さん二人、
写真撮るだけじゃ満足しないようで、イ課長に英語で話しかけてきた。もちろん
尋問なんかでは全然なく、親しみを込めたニコニコ顔で、だ。

「オマエはこれからどこに行くのだ?」
ケンコーイである
「おお、ケンコーイ・・・ケンコーイで何をするのだ?」

うーん答えづらいな。ちょっとマニアックというか、オタクっぽい目的なんだよ。

あー・・チョンラシットダムの湖の上の鉄道橋を見たいのである
「何だって?」
チョン ラシット ダム
だが何度言ってもチョンラシットダムという単語は通じない(笑)。

彼は「まぁいい。とにかく気をつけて良い旅を」とか何とか言ってくれた。
その彼とはこの人なのである。
コラートは面白い町だった その5_f0189467_13032801.jpg
 
もし彼がタイ軍のグリーンベレーなら、軍の中でもかなりのエリートのはずだ。
そんなエリート軍人がガイジン見つけると写真を撮り、話しかけ、ツーショット写真に
喜んで応じてくれる。世界どこでも田舎の人はフレンドリーなんだねぇ。

コラートはタイ国鉄の東北線がウボン方面行きとノンカイ方面行きに分かれる分岐点。
ある本で「上越線と信越線でいえばコラートは高崎に相当する」って書かれてた。
イーサーン最大の町で交通の要衝。しかし有名観光地はピマーイ遺跡くらい。

でもこれまで書いたように、いろんな小さな驚き、小ネタがあって、タイ田舎旅情を
感じさせてくれる町だったよ、コラート。居心地よかった。観光なんてしなくていいから
もう2~3日コラートでウダウダしていたかったなぁ・・。

というわけで、イ課長は明日が最終出社日。5月からは同じエキサイトブログの2つめに
移動するけど、異動先URL等はこちらにもご案内を書いておきます。
 
 


# by tohoiwanya | 2020-04-29 16:26 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2020年 04月 27日

旅と献血の危険な関係

久しぶりに海外旅行に関係ある話をしたい。つい先日イ課長がハネられた献血の話を書くと
どうしてもそっち方向に話が進まざるを得ないからだ。少し長い話になるがご容赦いただきたい。

海外渡航がらみで献血できない理由としては「狂牛病の頃の英国」っていう除外条件が有名で、
これに引っかかる人は多い。でもこの除外条件はよく知られてるから、該当する人はわざわざ
電車乗って献血ルームに行くムダは犯さない。だがイ課長は結局ムダ足を踏んだ。どうしてか?
まぁ順を追って話そう。
旅と献血の危険な関係_f0189467_14090981.jpg
 
行ったのは新宿東口の献血ルーム。外出自粛のせいで血が足りないってニュースで見て
「久しぶりに献血するか」という気になったのだ。イ課長、若い頃はバカスカ献血した人間で
カラダでしか社会のお役に立てないことを自覚してるの(笑)。

最初にお決まりのチェックをうける。「朝メシ何時に食ったか」とか「最近薬飲んだか」とか、
この辺は昔からあるヤツだ。これが「ふるい①」で、ここで早くも海外渡航歴について聞かれる。

中南米に行ったことは?」 「いいえ」 「最近1年間で海外に行かれましたか?」 
最近1年っつうたら昨年2月の欧州出張は範囲外だから・・・「ラオスとタイ、ですね」
行ったのはいつ?」「去年の8月です」「どのくらい?」「えーと・・2週間くらいかな」
お仕事で?ああ、観光ですか」 てな感じで「ふるい①」でかなり詳しく聞かれる。

これが済むと血圧を測り、待ってると番号を呼ばれて第二のチェック。これが「ふるい②」。
オデコで熱を測られ、手を肩に置くポーズを30秒保てるか調べられ(今やこんなのがあるんだ!)
さらにペンタブレットでたくさんある質問に回答しなければならない。

ここでも海外渡航に関する質問を聞かれる。「中南米行ったか」とかドコソコに行ったかとか
「ふるい①」との重複質問も含めて質問数が多いから答えるのに時間がかかる。当然ここでも
「ラオスとタイ」って入力するわけだけど、入力方法がわかりづらくてマゴついちまったぜ。
献血ルームに来てからすでにけっこうな時間が経過してる。
旅と献血の危険な関係_f0189467_21233188.jpg
 
ようやく入力し終えて「ではこちらに」と案内されたから、やっと採血かと思うとさらに
「ふるい③」。また問診かよ~・・。今度は女性の先生からまたまた最近1年の海外渡航に
関して聞かれる。もう何度も同じこと答えてるのに。「去年8月、ラオスとタイ行きました」と
3回めの回答。しかしこの先生はさらに突っ込んで聞いてきた。

タイのどこへ行きました?
「・・??町の名前を言うんですか?えー・・ウボンラチャタニとか、スリンとか・・」
バンコクにも行きましたか?
「ええ、最後はバンコクから帰国しましたから」

すると彼女は何やら本をめくり、タイのページを開く。
タイの地図の黄色くなってるところはマラリアの報告があります。バンコクも含まれます。
 この黄色い地域に1年以内に行かれた方には献血をご遠慮いただいております

     えええええええええ?!!

その地図を見ると、バンコク、さらにラオス・カンボジア国境に面した県はぜんぶ黄色。
ラオスから国境越えて入ったイ課長は確実にウボンで、おそらくスリンでも引っかかるはずだ。
コラートあたりは「白」だった気もするけど、最後のバンコクが黄色じゃどうしようもない。
(下は単なる参考用白地図。マラリアとは無関係ですから)
旅と献血の危険な関係_f0189467_17260865.jpg
 
さらに聞かれる。「ラオスはどこに行かれました?
「えー・・ヴィエンチャンと、あとパクセー・・」またまた彼女はその本のラオスの箇所を開く。
げげげ。見るとラオスは全土がほとんど真っ黄色ではないか。

ラオスはヴィエンチャン以外全部マラリアの報告がありますので、1年以内に行かれた方は
 やはり献血はご遠慮いただいております

     ええええええええ??!!(下の地図も同様に、単なる参考ですから)
旅と献血の危険な関係_f0189467_17294390.jpg
 
ゴネてもしょうがないことはすぐわかった。しかしすんなり納得し難いのも事実だ。
大体「一度行ったが最後、1年間は献血ダメ」って、それ、長過ぎないか?

「行ったのは去年の8月、今は4月。それでもダメなんですか?」
ええ、非常に潜伏期間の長いマラリアの例が報告されてますので
・・ということらしい。イ課長は今もマラリア潜伏期間中の可能性ありってことですよ。

しかしさらに納得いかないのは「ふるい」のかけ方だよな。
イ課長は「ラオスとタイに去年の8月に行った」って「ふるい①」でも「ふるい②」でも答えた。
でもそこはなぜかパスし、「ふるい③」で初めてハネられたことになる。これってどうなのさ?

一番いいのはこういう問診をネット形式で、事前にセルフチェックでやってもらうことだろう。
「行った国=タイ」って回答した人にだけ限定質問で「バンコクに滞在しましたか?」と聞けば
すぐ結果判明。該当する人がわざわざ献血ルームまでムダ足踏まずに済む。

仮に世界中の国の献血可否条件をデータ化し、質問として設定するのが難しいとしてもだよ?
最初の「ふるい①」でハネることは出来たはずだ。そうすればイ課長は「ふるい②」以降の
手間と時間をかけずに済んだし、献血センター職員だってその分ムダな作業が減った。

安全な血液を確保したい、少しでもリスクのある人は除外したいのは当然のことだ。しかしだよ?
献血できるかできないか、細かい条件がたくさんあるからとりあえず献血ルームまで来て下さい、
そこで何度も同じ質問に答え、3回目でようやくダメと判明したらムダ足で帰って下さいって・・
それが善意の献血希望者に対する適切なシステムだと思いますか?日本赤十字さん。

まぁね、あるいは日赤にとっては献血ルームに来た上で、すべての献血条件をクリアした
人たちだけが「善意の献血希望者」であり、途中でハネられる人間のことなんていちいち
考慮していられないのかもしれないが・・・
旅と献血の危険な関係_f0189467_21233139.jpg
 
とりあえずイ課長としてはこのことは書いておく必要がある。
①最近1年間にタイのバンコク、およびラオス・カンボジアと国境を接したイーサーンを訪問した人
(正確にナニ県とナニ県がダメだったかはチラッと地図を見ただけなのでわからない。イーサーン
 以外にも黄色い県はタイのあちこちにあって、白かったのはバンコクを除く中央部あたり)
②最近1年間にヴィエンチャン以外のラオスを訪問した人
(ほぼ全土真っ黄色だったから、世界遺産のルアンパバーンもたぶんダメなはず)

このどちらかの条件に合致する人は献血でハネられます。理由はマラリアのリスクがあるから。
ミャンマーやカンボジア、ベトナム等、他の近隣国については地図を見てないのでわかりません。

なんだかなー・・外出自粛の中、新宿まで行ったのに・・大ガッカリもいいところだ。

とりあえずイ課長は今年8月までは献血できない。その頃までコロナ騒ぎが続けば、8月にまた
献血ルームに足を運ぶつもりではいる。しかしその間「輸血用の血が足りない」という報道を
目にしたり、町で「献血にご協力くださーい!血が足りませーん!」と呼びかけてる人を
見るたびにいささかイヤな気分になるのは、残念ながら止めようがないのである。

【追記】
日赤の献血ページにこういうところがある。
http://www.jrc.or.jp/donation/about/refrain/

その中にマラリアに関するこういうPDFがある。
http://www.jrc.or.jp/donation/pdf/R1_mararia.pdf

イ課長が見た地図というのは間違いなくこのPDFだと思われます。
要するに「献血ルーム行く前にこれでチェックできるようになってるじゃないか」という
ことなんでしょうな。従って、今回はこれでチェックしてから行かなかったイ課長が悪いと、
そういうことになる・・が・・こんな片隅に置かれたって気が付かないって。
太字巨大ポイントで「献血ルームに来る前に必ずご覧下さい」くらい書いて欲しい・・・。

 


# by tohoiwanya | 2020-04-27 00:12 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2020年 04月 24日

東京・小さな旅【新宿・中野編】

ステイ・ホーム、家にいよう。せめて散歩に出かけようシリーズ。
本日は電車に乗って府中市外に出てしまいました。すみません。でも用事があったんです。
行ったのはまず新宿で、何しに行ったかというと・・・

①献血
血が足りないらしい。そこで新宿の献血ルームに行くことにした。重要な用事だ。

しかしイ課長はちょっと機嫌が悪い。なぜなら「献血はご遠慮いただく」対象として
ハネられたからだ。これについては次回以降の更新で詳しく書くっす。今や新宿地下道も
こんなに見通しよくなっちゃってるよ。携帯写真だから画質悪くてごめんね。
東京・小さな旅【新宿・中野編】_f0189467_23465329.jpg
 
次の用事は新宿からガラ空きの電車に乗って中野に移動する必要がある。
何の用事かというと・・・

②メガネフレーム探し
ほとんどの人はご存知ないだろうが、日本には「大きいメガネ研究会」っていうのがあって、
大型サイズのオリジナルフレームを作ってる。ただ、そのフレームを置いてる店は少なくて、
中野にあるこのメガネ屋さんはたくさん置いてる数少ない眼鏡店なのである。

イ課長は背もデカいが頭もデカいからメガネ選びはいつも苦労する。幅も問題だけど、さらに
問題なのがツルの長さで、今かけてるメガネも耳のかかりはキモチ浅い。だからこういうお店を
頼りにすることになる。来るのはもう3回目だけど、コレぞ!というのがなかなか見つからない。
今日も結局決めかねたけど、そろそろ新しいの作らないとなぁ・・。

③テイクアウトで地中海料理
中野におけるもう一つの重要な用事。
それは中野にあるカルタゴ-Carthago-というレストランに寄ることで、ここはイ課長の
友人ご夫妻が30年の長きにわたってやってる、アラブ・トルコ・地中海料理のお店なのだ。
東京・小さな旅【新宿・中野編】_f0189467_23464861.jpg
 
ご夫妻とのつきあいもまた長い。奥様の方とは大学の某サークルで一緒だったわけだから
軽く40年を超えるつきあい。すっかり不良老人の群れと化した当時のサークル仲間たちが
今でもこの店に年に数回は集まるという、我々にとっては「母なる店」に近い存在。

コロナっち騒ぎでこのお店も営業を休まざるを得ず、テイクアウトを始めたということを
ご主人のツイッターで知った。それなら中野に行くついでに買いに行こうではないか。

テイクアウトの営業は15時~20時だそうで、15時直後に行った。相変わらずご夫妻とも
お元気な様子だったのは嬉しい。本日のテイクアウトはギリシャ料理4品で、一つずつ買って
ウチで極めて珍しいギリシャディナー。

  ●トマトとピーマンのピラフ詰め
  ●ほうれん草とフェタチーズのパイ(ハルミチーズおまけ)
  ●ギリシャサラダ
  ●ギリシャムサカ

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これは普通のカメラで撮りました。料理のおいしさを写真で損なわないように、精いっぱい
キレイに盛り付け。サヤエンドウとレモン、赤ワインは飾り(笑)。トマトやピーマンに詰まった
ピラフは東南アジアで食うチャーハンとは全然違う美味しさでございました。
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このテイクアウト、売り切れることもあるそうだけど、ご主人は「たくさん作れないからねー」と
言ってた。今はとにかく飲食店はどこも大変なはずで、中野を歩いてるとあちこちのお店が
お弁当やテイクアウトの店頭販売に声を枯らしてたよ。がんばれ飲食店!

あのメガネ屋にはいずれまたフレーム捜しに行くから、その時はまたカルタゴに寄ろうっと。
「自宅で地中海料理」なんてこんな機会でもなきゃまずないもんね。

 

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# by tohoiwanya | 2020-04-24 00:12 | 日本での私生活 | Comments(2)
2020年 04月 22日

府中市・小さな旅【府中刑務所編】

ステイ・ホーム、家にいよう。せめて散歩に出かけようシリーズ。
ウチから行ける範囲の府中市散歩。本日はウチからの方向でいうと北西かな。

とりあえずまず北に歩きましょう。
北には東京農工大の広大なキャンパスがあって、広大な農園もあって、この道路際には
広大な馬術部の練習場もある。おウマさんもいます。
府中市・小さな旅【府中刑務所編】_f0189467_01093623.jpg
 
さらに北に行くと農工大の中に入っちゃうので、西に迂回してまた北に・・って感じで
ウチからおおむね北西方向に進んで行くと、トツゼン広くてキレイな道路が現れる。
中央分離帯もある立派な道路だけどやけに距離が短くて向こうは何かで行き止まり。

ヘンな道だな?と思ったけど、入口ンとこに府中刑務所って書かれてる。
ほぉ、ってことはこれは普通の意味の道路じゃなくて、刑務所の敷地内道路?でも両側には
一般住宅が建ってる・・ってことはやっぱり刑務所敷地の外ってことか?よくわからん。
府中刑務所のそばは何度も通ったことあるけどこの道路は知らなかった。
府中市・小さな旅【府中刑務所編】_f0189467_01093768.jpg
 
これが有名な府中刑務所です・・・塀しか見えないけど。
ここでは年に一度刑務所文化祭っていうのがあって、その日は一般開放されて中に入れる。
イ課長も一度見学に来たことがある。独房の中を見られたりして面白いよ。

しかし今日は当然閉まってる。実はここに来たのは散歩を兼ねて刑務所一周ジョギングが
可能かどうか、コースを検証しに来たのだ。
府中市・小さな旅【府中刑務所編】_f0189467_01112093.jpg
 
四角く広大な刑務所の東側はジョギングに適している。人も少なく車も少ない。この日も
高校生が走ってた。
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しかし景色がなー・・(笑)。左回りにせよ右回りにせよ、府中刑務所をグルッと一周すると
視界の半分は常に高い塀で占められる。単調な景色というのは走る疲れを増す。うーん・・
やっぱ府中の森公園のジョギングコースの方がいいな。
府中市・小さな旅【府中刑務所編】_f0189467_01100310.jpg
 
せっかくここまで来たから刑務所北の歩道を少し先に行ってみる。
このあたりが日本犯罪史上に残る、あの三億円事件の犯行現場だったのである。
府中市・小さな旅【府中刑務所編】_f0189467_11162707.jpg
 
事件は1968年12月10日。もうすぐ退職する老人イ課長が9歳の時の話だから、若い人には
「昭和史」だろうけど、ガキだったイ課長はニュースで大騒ぎしてたのをよく覚えてる。
結局、1975年に未解決のまま時効。75年つうたらイ課長は16歳の高校生か。
「もうすぐ時効」って時のマスコミの騒ぎもまた大変だった。

あの事件は当時の警察にも深刻な影響を与えたようで、警察内部では「三億円事件」なんて
いちいち言わず「フチュウ」とか「フチュウのヤマ」っていうのが符丁のように使われたって
話を聞いたことがある。
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何しろ52年前の事件。犯行当時の写真と今を比べると、変わってないのは高い塀くらいだけど
逆に言うと高い塀という特異な、共通する風景が今でも“雰囲気”を残してるよね。
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さて・・それでは帰りましょうか。
本日の散歩はちょいとばかり「実録・昭和史の裏側」っていう感じだったな(笑)。

 


# by tohoiwanya | 2020-04-22 15:18 | 日本での私生活 | Comments(0)