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2020年 01月 20日

ムアン・タム遺跡というところ

駐車場で待機してたじっちゃんライダーの後部座席に再びまたがって、ムアン・タムへ。

パノム・ルンとムアン・タム両遺跡の位置関係ってこの時はよくわかってなかったんだけど
あとで確認するとこういうことらしい。バーン・タコからだとムアン・タムの方が遠いわけだ。
パノム・ルンだけ見てムアン・タムは省略っていう観光客もいるみたいだけど、イ課長は
この二つは「セットで見るもんだ」と決めてかかってた。
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_01471553.jpg
 
パノム・ルンからムアン・タムまではじっちゃんバイクで10分くらいだったかなぁ?
広ーい公園があるだけで、ここでも遺跡がどこかわからない。またじっちゃんに
「あっち?」って聞いてから歩き始めるワタス。

ああ、あった。地元の生徒がいっぱい見学に来てたパノム・ルンと違って誰もいないよ。
パノム・ルンみたいな巨大祠堂もなくて、タテモノ的には地味。パノム・ルンほどの
集客力がないことはすぐわかった。
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14544183.jpg
 
でもここは「水のある遺跡」という、これまでにないムードがある遺跡なんだよね。
堀に水をたたえた、誰もいない遺跡を歩き回ってると、見学者の多いパノム・ルンとは
別世界のように静かだ。イ課長と遺跡だけの静かな対話・・・。
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14544132.jpg
 
ここもやはり楣石(まぐさ石)の彫刻が見ごたえある。
パノム・ルンでもそうだったけど楣石のレリーフの中央下部には日本の鬼瓦みたいな顔が
配置されることが多いんだね。
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14555028.jpg
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14555052.jpg
 
しかしまぁ正直言うと、この時のイ課長は「レリーフもう散々見たよ」っていう気分で
それよりも水のある遺跡の静けさ、自分しかいないという気分良さ、「見たいと思ってた
二つの遺跡をついに見たぜ・・・」という達成感に浸っていたかった。
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14563688.jpg
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14563615.jpg
 
アナタに「すごいクメール遺跡を見る」という目的があるなら、パノム・ルン遺跡を見れば
目的の大半は達成できる。ムアン・タム遺跡には「パノム・ルンほどじゃない」という評価が
どうしてもついてくると思うんだよね。遺跡の規模や建物のスゴさという点じゃその評価は
確かにその通りだとイ課長も思う。  
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_15005147.jpg
  
でもね、誰もいないムアン・タム遺跡で、「二つの遺跡、ついに見たなぁ・・」っていう
達成感に浸った、あの静かなひと時が忘れられないよイ課長は。先の旅程を心配するばかりじゃ
さすがに疲れる。ああいうポワーッとしてる時間も時には必要なのだ。
  ムアン・タム遺跡というところ_f0189467_14570531.jpg
 
いつまでも一人で静けさに浸ってんじゃねぇと言わんばかりに、他の観光客が来た。
さて、じゃそろそろ切り上げて帰るか・・・。

スリンまで戻らなきゃ。目的を達成するまでは夢中だけど、イザそれを達成すると
帰路が心配になる。旅の全日程を終えてホッとすると帰りの飛行機がちゃんと飛ぶか
気になりだすのと同じやな。

まずはバーン・タコまでじっちゃんバイクに乗って帰るわけだ。転倒しないでくれよ。
そのあとはいつ来るかわからないバスを待ってスリンまで2時間・・ふう~。

長い帰路に向け、再びじっちゃんの待つ駐車場に向かうイ課長なのであった。

 


# by tohoiwanya | 2020-01-20 00:49 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2020年 01月 18日

パノム・ルン遺跡というところ

実物を見るのは到底ムリと思っていたパノム・ルン遺跡。
あー・・今来てるんだワシは・・。

ワット・プーが自然に溶け込んだ遺跡って感じだったのに対し、パノム・ルンは中空に
高くそびえる祠堂がいかにもクメール遺跡らしい建築美を感じさせる。こりゃーもう
すごく立派な遺跡建造物だよ。発見当時は崩れてたけど17年かけて復旧したらしい。
パノム・ルン遺跡というところ_f0189467_16443478.jpg
 
カンボジア以外の国に残るクメール遺跡は多い。ラオス、タイ、ベトナムにもある。
タイでは以前にロッブリーで見たし、ラオスじゃワット・プーを見たばかり。しかし
神殿建築の壮大さに関して言えばココと、2日後に行く予定にしてるピマーイ遺跡が
「カンボジア以外」じゃやっぱ抜きんでてるような気がする。
パノム・ルン遺跡というところ_f0189467_16440660.jpg
 
ワット・プーもそうだったけど、パノム・ルンも入口上の楣石(まぐさいし)の
レリーフが見事なことで知られる。腕がたくさんあるコレは・・・シヴァ神?お腹の部分が
破損してるけど、逆にいうとこのレリーフは建設当時のオリジナルなのかもしれない。
パノム・ルン遺跡というところ_f0189467_16453340.jpg
 
あ、これ有名。「水上で眠るナーラーイ神」っていうらしいんだけど、盗難に遭い、
なぜかシカゴ博物館で発見された。タイが返還を求めたけどなかなか返してくれず、
しまいにはタイの人気バンドの「返還ソング」がヒットするなんていう国民運動にまで
発展し、ようやく返還されたんだと。よかったねぇ。
パノム・ルン遺跡というところ_f0189467_16453395.jpg
 
これは誰だ?かなり精巧で保存状態もいいから近年修復されたものかもしれない。
パノム・ルン遺跡というところ_f0189467_16454137.jpg
 
こっちは大きく破損してるけど、サルらしき動物と、盾を持った兵隊が彫られてる。
ってことはアンコール・ワットにもあったラーマーヤナの「ランカー島の戦い」かも。
パノム・ルン遺跡というところ_f0189467_16453381.jpg
 
苦労の末に来られたこともあって、興奮して写真撮りまくっちゃったぜ。
パノム・ルンは建造物としてはワット・プーより数段スゴい。それなのにアッチは
世界遺産でコッチはそうじゃないっていうのはなぜなのか?単にタイ政府が申請
してないだけ?それともやっぱ修復のしかたの問題かなぁ?

中にも入ってみよう。おお、暗い遺跡内部に差し込む光・・イ課長の好きなアングル。
あちこちの遺跡や廃墟で同じような写真撮ってる気がする。中にはたいへんご立派な
リンガが1本置かれてたはずだ。
パノム・ルン遺跡というところ_f0189467_16495002.jpg
  
     うーむ・・・
パノム・ルン遺跡というところ_f0189467_00115460.jpg
 
うーむ・・・いやぁ堪能させていただきました。パノム・ルン遺跡。
ご本家アンコール・ワットと比較しちゃうとさすがに小規模感は否めないけど、
それは比べる方が悪い。これはもうたいへんな遺跡だと思うよ。
パノム・ルン遺跡というところ_f0189467_16511977.jpg
パノム・ルン遺跡というところ_f0189467_16514931.jpg
  
しかしいつまでも感心しておれぬ。そろそろバイクタクシーに乗って次なる遺跡に
向かわねば。何しろここはスリンから約3時間の深部ド田舎なんだから。
じっちゃんライダーが待ってる駐車場に戻るとするか・・・。

 


# by tohoiwanya | 2020-01-18 00:10 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2020年 01月 16日

パノム・ルン遺跡に来たのだ

パノム・ルンはタイに残るクメール遺跡の中でも大規模なものとして知られる。
この2日後に行くピマーイ遺跡と双璧と言っていいんじゃないかと思う。
(ただしどちらも世界遺産には登録されてない。修復方法に問題があったのか?)

行ってみたいなぁ・・と前から思ってたけど、何せ場所がド不便。
とても無理だよなぁと思ってただけに、今ここを歩いていることが何となく
信じられないような気分だ。ド不便とはいえ、地元の中学生か高校生くらいの
集団が見学に来てたからそれなりに観光地っぽい。

まずはチケット購入。この後行くムアン・タム遺跡とのセット券ってのがあるから
それ買っちまおう。150バーツ。500円ちょい。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16185012.jpg
 
土産物屋には見向きもせず足早に階段を登っていく。ご存知のようにイ課長は
こういう時すごくセッカチなのである。早く見たい・・パノム・ルン・・早くハヤク。
こんな階段、ガツガツのぼっちゃうもんね。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16185002.jpg
 
う・・また別の階段か。片っ端から登ってやる。江戸っ子は気が短ぇんだ。
お揃いの赤いシャツ着た若者たちは地元タイの学校の遠足かな?
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16185015.jpg
 
おーーー!!見えたぞパノム・ルン遺跡の祠堂。形状はアンコールワットなんかに
似てるよね。もちろんアレほどの巨大遺跡じゃないけど風格ある祠堂だ。だがしかし、
あそこに近づくにはこの階段を降り、さらにまた登らなければならぬのか。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16200317.jpg
 
いったん下に降りると階段まではワット・プーで見たのと同じ、長~いリンガ参道。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16200362.jpg
 
アンコールワットの西参道にはリンガはなかったけど、ラオスのワット・プーや
タイのパノム・ルンにはあるんだねぇ。この寺院が出来た当時はラオスもタイもなく、
この辺は全部クメール帝国の支配下地域だったわけだけど、建設時期としては
アンコールワットよりパノム・ルンの方が古いらしい。

おっと、こっちにもワット・プーと同じ「ナーガのテラス(イ課長命名)」があるやん。
ワット・プーとパノム・ルン、建築レイアウトやその構成要素は部分的に非常に似てる。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16200395.jpg
 
そして最後の長い階段だくぬやろう。この階段があるから祠堂は全く見えない。
登りきったところでどーんと視界にはいってくる効果を計算してやがるな?
だがな、こっちは階段勝負じゃヒケをとったことのねぇお兄ぃさんだ。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16232275.jpg
 
実際、この時のイ課長は「階段なんて屁でもねぇ」って感じでウキウキしてた。
昨日クレオパトラから「車は手配でけん」と言われた時はどうやって計画を修正するか
すぐ決められなかったけど、早起きしてバスとバイクタクシーを乗り継いで、とうとう
来たのだ。嬉しい。きゃっきゃっ。こんな階段屁でもねぇぜ。

さぁ登った。わしゃ今パノム・ルン遺跡の祠堂と同じ地平に立ったのだ。ざまぁみろ。
赤いTシャツのタイ・ステューデンツがここにも。地元にこんなクメール遺跡があるなんて
羨ましい。頑張って見学しろ。ジャパニーズオールドガイのイ課長も頑張って見学するぞ。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16232344.jpg
 
とりあえずここまでたどり着いて達成感あったから、おなじみ「黄金の左腕」でセルフィー。
パノム・ルン遺跡に来たのだ_f0189467_16324156.jpg
 
さて、ではパノム・ルン遺跡の細部を見てみよう。もちろん、次回に続くのである。

 


# by tohoiwanya | 2020-01-16 00:15 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2020年 01月 14日

スリンからパノム・ルンまでの長い道

さーて、それじゃいよいよ本腰入れて遺跡観光のテンマツに着手するか。

スリンから二つのクメール遺跡を見に行って、戻ってくる旅。
当初の計画とは違う「バス+バイクタクシー方式」で、だ。これから同じ方法で
行こうという人のために、少し詳しく書いていこう。

イ課長が本日やるべきことは以下の通り。
①スリンのバスターミナルからバスに乗り、バーン・タコという停留所で降りる。
②バーン・タコのバス停にはカモネギ客を狙うぼったくりバイクタクシー運転手が
 トグロ巻いてるらしいから、値段交渉し、乗せてもらって遺跡を2カ所まわる。
③そのバイクタクシーでバーン・タコのバス停まで戻ってくる。
④バスに乗ってスリンまで戻る。


・・・なんだ、簡単じゃん?と思った者は豚に食われるがよい。何しろこっちは
バーン・タコを通るバスが何時に出るのか、どのくらいの頻度で出るのかも知らない。
バスの所要時間が1.5hくらいってことを前夜に急遽ネットで調べたくらいで、あとは
何もわかってない状態。こういう時はとりあえず早めに行動を起こすしかない。

「朝食は6時半から」とクレオパトラから聞いてたから、6時半きっかりに朝食を
食い始め、「7時にトゥクトゥクを手配すれ」とフロント係に頼んだ(ちなみに、
この時のフロント係はクレオパトラではなかった)ホテルからバスターミナルまで
トゥクトゥクで5~6分くらいだったかな。60バーツ(約200円)。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_13241941.jpg
 
さて、最初の難関はバスがわんさかいるこのバスターミナルでバーン・タコまで行く
バスを見つけることだ。路線番号が274番だってことはやはり前夜に急遽調べた。
それを信じて274番のバスを探す。

発見。⑤番の窓口のようだ。この水色シャツのおっさんがドライバーらしくて
「バーン・タコ?」と聞いたらうなずく。7時40分発車なんだと。しかし切符は
ここでは売ってなくて、あとで車内で買えと言われた。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_13224569.jpg
 
バスの発車頻度はよくわからないんだけど、どうも「1時間に1本」っぽい。
つまり次のバスは8時40分。すげー少ない。ちなみに、このとき時刻はまだ
7時10分くらい。少し時間が余ったが、この際そんなことはいい。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_13280709.jpg
 
席は一番前に座った。バーン・タコが何番目の停留所か知らないわけだから
「次はバーン・タコ?」ってドライバーや他の乗客に確認するには前がいい。
ついでに「バーン・タコ着いたら教えて」とドライバーに依頼した。念には念を。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_13224530.jpg
 
相当使いこまれた、古いバスだったねぇ。ドライバーシートには巨大引っかき傷。
まぁいい。バーン・タコまでイ課長を連れてってくれて、間違いなく降ろして
くれるならどんなボロバスでもこの際かまわんよ。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_13204583.jpg
 
7時41分にバスは出発。地図を確認すると、おそらく214号線というのをひたすら南下し、
24号線で右折してひたすら西に向かったんだと思う。切符は車中で車掌から買ったけど、
70バーツだった。240円くらいか。走ってる最中の写真は少ないから省略するけど、
スリンからバーン・タコまでは思った以上に遠かった。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_13204589.jpg
 
大した渋滞もないのに2時間。イ課長は前夜に調べた1時間半って情報しかないから
1時間半過ぎると乗り過ごしが心配で気が気じゃない。バス停着くたびに降りる乗客に
「バーン・タコ?」と聞くんだけど、みんなぷるぷると首を横に振る。
まだ着かないのかい?もう2時間走ったぜ・・。

そしてよう~やく着いたバーン・タコ停留所。しかし写真はない。
広い24号線とロードサイド店があるだけの、味もソッケもない場所だ。
さて、次の難関はバイクタクシー確保だが、どこでつかまえりゃいいんだか・・?

ワケもわからずとぼとぼ歩いてたら、向こうからダイダイ色のベストを着たジイさんが
歩いてきて、イ課長と目が合うとすぐに「パノム・ルン?」と声をかけてきた。
このじっちゃんがタクシーライダーか。さっそく路上で値段交渉が始まった。

「パノム・ルンとムアン・タムに行きたい。いくら?」と英語で聞く。
「二か所?二か所だと・・えーと・・」どの程度ぼったくるか考え始めるジイさん。
両手の平を下に向けて「抑えて、抑えてポーズ」をとるイ課長。早くも神経戦開始(笑)。

ジイさんの初回提示価格は「600バーツ」。
お?これはやや意外。イ課長としては「500は取られるだろう」と思ってたが、
スタートが600なら、それに近いレベルで妥結しそうじゃん。

とりあえず「ハーローイバーツ(ごひゃくばーつ)」とタイ語で哀願してみた。
「だめだめ!」って首をふるから、「ハーローイハーシップ(ごひゃくごじゅう)」と
再びタイ語で言って手を差し出したら「うむ」って感じでじっちゃんも握手を返してきた。
意外にスンナリ交渉成立。高いんだろうけど、この際仕方ない。そもそもこの辺りに
タクシーライダーなんてほかに見当たらないから、このじっちゃんに賭けるしかない。

じっちゃんの後ろに座ってパノム・ルン遺跡まで・・・20分くらい乗ったかなぁ?
途中から山登りのワインディングになって車体をバンク(内側に傾ける)させる。
バイクタクシーに乗るといつも転倒恐怖にさいなまれるイ課長としてはコワい。
当然、バイクタクシーに乗ってる間の写真なんて1枚もない。

やがて舗装されてない駐車場にバイクは停車。向こうに土産物屋があるから、
どうやら着いたみたいだ。バイクを降り、さてどっちに行きゃいいのかと思ってたら、
じっちゃんが「こっち」って指差す。あ、ほんとだ。階段があって人が歩いてる。
スリンからパノム・ルンまでの長い道_f0189467_23484193.jpg
 
このとき時刻は10時ちょい過ぎくらいだったはず。
7時のトゥクトゥクでホテルを出発してからすでに3時間経ったわけだが、何とか
パノム・ルンまでは無事着いた・・ぜいぜい。というわけで次回はパノム・ルン遺跡を
ゆっくりご紹介しようではないか。ぜいぜい・・。

  


# by tohoiwanya | 2020-01-14 00:01 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(0)
2020年 01月 12日

ベンチャキティ公園の夜さんぽ

スリンの遺跡観光の話に戻る前に、バンコクでの休養とマッサージの日々の間にあった
穏やかなネタをひとつ挟みましょうかね。そうしないと最後の方が「穏やかネタ」
ばっかりになりそうだし(笑)。

いくら休養とマッサージに明け暮れたといっても、多少は出歩いたわけで、
ある日はベンチャキティ公園に行ってみた。昼間ではなく、夜にだ。

ベンチャキティ公園って渋滞渦巻くスクンビット×アソーク交差点の近くにある公園で、
でーーーっかい池がある。この池は夜になるとバンコクを代表する夜景スポットになる。
ひとつカメラ持って見に行ってみっかと思ったわけ。

イ課長の腕とカメラじゃ及びもつかないけど、ベンチャキティ公園でプロが撮ると
このくらい美麗な夜景写真が撮れるのだ(下はプロが撮ったフリー画像)。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_02183909.jpg

出かけたのはだんだん暗くなる時刻・・6時半頃だったかなぁ?スクンビット通りは
夕方の渋滞真っ盛りタイム。交通機関使わず自分の足で移動するだけって気楽だ。
ベンチャキティ公園はホテルから歩いて行けるのである。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11174202.jpg
 
・・と思ったけど、いざ公園まで歩くとけっこうあった。汗かいちまったぜ。
行ってみると、熱帯の都会の蒸し暑い夜の公園でジョギングする人がいっぱい。

暗いから写真ないけど、大きな池の周りの道は車両通行禁止で、完全にジョギング専用
ロードと化している。こら驚いた。イ課長なんてホテルからここまで歩いただけで暑くて
汗ダクになってうんざりしてるのに、よくジョギングできるなぁ。

池の真ん中辺までずーっと歩いて向こう側を見てみる。ふむ。美麗夜景スポットは
このあたりかな。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11074585.jpg
  
やっぱ普通のデジカメで普通に撮るとこんなモンだよね。美麗写真を撮ろうとすれば
長時間露光が必要なんだろうけど、三脚もないし、あちきの腕じゃ無理でありんす。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11074637.jpg
 
でもこの夜はちょうど月が出てて、夜景がひときわ明るくキレイだった。
いい腕といいカメラを持った人ならビル夜景と月が池に移る美麗写真が撮れただろう。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11100363.jpg
  
しかしこの時はとにかく暑くてさ・・・・。
ジョギングもしてないのにイ課長はバカみたいに汗ダクで、そろそろ池を歩くのが
イヤんなってきた(笑)。戻ってメシ食ってビール飲もう。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11070042.jpg
 
“スクンビット越え”で大渋滞のアソーク通りを渡り、交差点に向かって歩く。
ここまで来たら、メシ食うのは去年も入ったあのレストランがいいかな。

ふぅ~~やっと冷えたビールにありつけた。汗ダクの夜散歩だったな。
ヴィエンチャンやパクセーあたりじゃ東京より涼しく感じたけど、バンコクに来ると
夜でもやっぱ暑い。標高の問題なのか、ヒートアイランドなのか・・・・。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11070065.jpg
 
食ったのはこんなシーフード&野菜の甘辛炒めみたいなやつ。栄養つけんと。
全部で341バーツ(310バーツ+31バーツの消費税かサービス料か何か)。
ベンチャキティ公園の夜さんぽ_f0189467_11070059.jpg
 
さ、ホテル戻って・・いやその前にマッサージでもしてもらおうかな・・。
ラオスやイーサーンにいた時とは打って変わって、バンコクではこんな感じで
まことに弛緩した日々を送ったイ課長なのでありました。

 


# by tohoiwanya | 2020-01-12 00:05 | 2019.08 ラオス・タイ旅行 | Comments(2)
2020年 01月 08日

アジアの平均寿命を考えてみる

昔記事に書いたことがあるけど、インド出張の時のドライバーとの会話は今でも印象深く
記憶に残っている。自分の老後に話が及んだ時「日本は社会保障が整ってるからいいよな。
インドじゃそんなものないからみんなジャンジャン子供産むのさ」と言ってた。

いま人口が増えている国、インドとかナイジェリアとかパキスタンとか・・どこも例外なく
あまり豊かでない新興国であり、こういう国では子供は「いずれ働き手であり、後には
自分の老後の養い手」という側面がある。働き手や養い手は多いにこしたことはない。
しかしその“老後”って、新興国だとどのくらいあるのか?平均寿命短いよな、きっと。

興味がわいたのでイ課長が行ったアジアの主な国の平均寿命を調べてみた。
アジアだけ?そう。欧米は日本と同等レベルに長いことはわかりきってるからね。
このブログを開設以後に出張か旅行で行ったアジアの8か国を対象に比較するとこうなった。
男女別に、平均寿命の長い順に並べている。
アジアの平均寿命を考えてみる_f0189467_14410897.jpg
 
       ふ~~~~~~~~~~む・・・・・

いろいろ考えさせられる表だ。

予想されたことだが、日本やシンガポール、台湾といった豊かな国は平均寿命が長く、
新興国・開発途上国は短い。前に書いたLDC(後発開発途上国、俗に最貧国とも)である
ラオスやカンボジア、ミャンマーあたりはそろって平均寿命かなり短い。この3か国と
インドの平均寿命は男女とも北朝鮮より短いのだ。

ラオスやミャンマーの男の平均寿命なんて64歳台ときた。定年後に5年雇用延長したら
それが終わる前に昇天。もうすぐ61歳になるイ課長がこのどっちかの国に生まれてたら、
そろそろサヨウナラのお年頃ってことだ。

こうして見ると社会保障が未整備な開発途上国の“老後”について二つの仮説が浮かぶ。
ひとつめは「日本でイメージする“老後”を迎える前に多くの人は死んでしまう」というもの。

別の仮説も考えられる。平均寿命の短い国でも(追記:コメントでも指摘されたように
乳幼児の死亡率の高さも影響してるわけだから)、年寄りはやっぱりいる。そういう国の
年寄りは老け込むスピードも速くて60過ぎのジイサンともなるとすでによぼよぼ。
しかし社会保障がショボいから結局家族の誰かが家で介護してる・・のかもしれない。
ウチみたいに子供のいない夫婦だと、どうしてるんだろうか?

スリンの話の続きが始まるのかと思ったら、楽しくもない話題ですんません。
実は年明け早々叔母が91歳で亡くなりまして。彼女はずっと独身で、兄(イ課長父)と
兄嫁(イ課長母)と同居してたから、イ課長が生まれた時からずっと同居家族メンバー。
彼女が10月に介護施設に入る時は甥であるイ課長が身元引受人になったりして
かなりバタバタしたもんだった。

しかし施設に入居したのも束の間、3か月も経たずに亡くなってしまった・・・。

同居家族とはいえ、実の母とは立場は全く違う。しかし世間一般の(他に世帯を持ち、
たいていはイトコたちの母親であるところの)叔母さんともまた全然違うわけで、
説明の難しいヒトだったのだ(笑)。91歳なら日本の女性としても長生きだったし、
1年くらい前まではわりとピンシャンして、健康寿命的にも立派なもんだったんだが・・。

本日は「説明の難しい叔母」のことを考えて、何となくこんな記事を書いちゃいました。
次回こそスリンの続き・・・なんてことばっかり言ってるとホントにオオカミ少年書き手と
言われるから、とりあえず「次回の内容は未定」ってことで・・・(笑)。

 


# by tohoiwanya | 2020-01-08 22:42 | 日本での私生活 | Comments(2)