2018年 05月 21日

小豆島に行ってみよう

東南アジアから再び四国ネタ。めちゃくちゃな展開(笑)。

四国旅行についてはこれまで「行った順」に書いてる。1日目の主要イベントは
①夜行バス ②こんぴら歌舞伎 ③金毘羅参拝 ・・と、ここまで書いたわけだ。
その夜はビールを鯨飲し、疲れ果てて豚のように寝た(笑)。

で、翌朝は早くお目覚め。まだ5時台だったかなぁ?前夜は10時頃に寝たからねぇ。
シャワーを浴び、7時前にはホテルを出て高松港まで歩く。高松市最大の繁華街である
丸亀町商店街もまだ人影まばら。ここって日本一長いアーケード街らしい。
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この日は小豆島に行こうというプランだったのである。しかし朝メシ抜きのまま着いた
高松フェリーターミナルにメシを食えそうなところはない。7:40の高速艇があるから
とりあえずそれに乗っちまおう。小豆島まで朝メシはおあずけ。
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高速艇ってこれね。普通のフェリーだと1時間のところを35分っつうから、確かに高速。
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しかし残念なのは、普通の船みたいにデッキに出ることができないみたいで、
瀬戸内の風景は窓ごしに見るしかない。ま、窓越しでも十分キレイだからいいけどさ。
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小豆島観光は当初、全然予定してなかった。しかし「せっかく四国に行くなら
瀬戸内の島に行きたい」と出発直前にトホ妻が言い出したので、行くことになった。
従って観光情報収集は不十分で、地図も持ってない。完全な行きあたりバッタリ。
ま、地図や路線バス案内なんかは島に行きゃ手に入る。

と言ってるうちに船は土庄の港に着いた。
実はイ課長、この地名はてっきり「どしょう」って読むんだと思い込んでたんだが、
「とのしょう」と読むことを東京に戻ってから知りました(笑)。すんません。
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この段階で早くもイ課長たちの見込みは大きくハズレた。
現地に着けば地図やバスの時刻表等々の観光情報はいくらでもあるだろうとタカを
くくってたんだけど、フェリー発着所に全然ないの。パンフレット用のラックは
カラッポ。どうなってんだこりゃ。

どうもねぇ、小豆島に来る観光客って「自家用車で来る」か「団体でバスで周る」人が
多いようで、我々みたいに「個人で、公共交通機関を使って」なんて人は少ないっぽい。
当然、そういう人向けの観光手段もまた少ないっぽい。フェリー乗り場で聞くと、
コースの決まった遊覧バスがあるからそれに乗ってはどうか、みたいなことを言われた。
要するに「バスの団体」に加わるのがいちばん手っ取り早そうなんだよね。

しかしその遊覧バスが何時に、どこから出るのかもわからん。パンフレットなし。
うーむ・・・日本国内の旅行なのに、ミャンマー並みにわかんないことだらけ。

行き当たりばったり小豆島観光、早くもカベにぶち当たる貧乏性夫婦。
しかしいつまでも港で呆然としているわけにもいかん。そこで、とりあえず
「徒歩で行けそうな見どころ」を目指して歩き始める我々なのであった。(つづく)

 

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# by tohoiwanya | 2018-05-21 00:10 | 国内出張・旅行 | Comments(0)
2018年 05月 18日

国王逝去から10ヶ月後のバンコク

本日は数少ないバンコクネタ。

タイのプミポン国王が亡くなったのが一昨年、2016年10月13日。
公務員や公共機関は死後1年間喪に服することになった。だからイ課長がミャンマーから
タイに移動した2017年8月12日、タイはまだ服喪期間だったわけだ。ちなみに8月12日って、
今や未亡人となったシリキット王妃の誕生日で、タイでは「母の日」とされるらしい。
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とにかく国王逝去から10ヶ月だ。率直に言って興味あったよ。どんな感じなのか。
あれだけ敬愛されてた国王だからねぇ。逝去から10ヶ月経ってもバンコクは
しんみりムードが漂ってるのか?それとも「いつものバンコク」に戻ってるのか?

結論から言うと、おおむねいつものバンコクだったと思うよ。
お役所なんかだと多少事情が違うのかもしれないけど、普通に町中を歩いている分には
何かが違うと感じることはなかった。黒ずくめの服着た人もいなかったし。
(2ヶ月後、10月終わりの国王火葬の時はまた黒い服を着た人が増えたようだが)
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国王逝去直後は「営業してる店ゼロ」「黒いコスチュームで踊ってる」とか言われた
ソイカウボーイのゴーゴーバー街にも行ってみたけど、中は完全にふだん通り(笑)。
ま、10ヶ月も経ちゃ、そうだよな。
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でもねー、プミポン国王逝去がすっかり過去の話になってるかというと、そうでもない。
町中で見かける「王室関連看板」のほとんどはプミポン国王を追悼するもので(読めんが)、
新しい国王の看板なんて、タクシーから1回見ただけ。
 
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要するに「王様は死んだ、新しい王様ばんざい」っていう感じが全然なかったんだよ。
逝去から10ヶ月たっても前半の「王様は死んだ」の部分だけがずーっと継続してて、
「新しい王様ばんざい」気分は皆無。ま、去年8月時点ではまだ皇太子は正式に王位については
いなかったはずだから、当然といえば当然なのだが。
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まぁね・・前にもチラッと書いたけど、次の国王、皇太子は元々評判があまりよろしくない。
お父さんがあまりに立派な人格者だっただけに、その“落差”が大きすぎて、どうしても
前の王様を慕う気持ちばかりが募る・・という感じじゃないのかなぁ。
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去年の終わり頃だったかな?イ課長が時々行く会社近くのタイマッサージ屋さんで、
なじみの店長さん(タイ人のおばさん)と国王逝去の話になったら、彼女もやはり
プミポン国王の息子には全く期待してなさそう・・というか、もっとハッキリ言うと
皇太子を王様扱いする様子は全くなかった(笑)。ほとんど全てのタイ国民にとって
「私たちの王様はプミポン国王をおいて他にない」ってのが正直なとこじゃないのかなぁ?
 
しかし、今やその皇太子が正式にラーマ10世として王位についている。お札の肖像も
お父ちゃんからセガレに変わったらしい。大多数のタイ国民にとって、初体験となる
「プミポン国王以外の王様がいるタイ」がすでに稼働してるわけだ。

しかしねぇ・・結局、あれだけ国民から広く敬愛されるタイの王様はもう現れない。
新しい王様は、前の王様と“階位”は同じでもコンポン的に別のモノ。

・・・っていう感じじゃないかと思うんだよ。タイ人の心情としては。

 

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# by tohoiwanya | 2018-05-18 00:04 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2018年 05月 16日

ミャンマー仏教施設見学はラクじゃない

前にも書いたようにミャンマー観光で見るものといえば圧倒的に仏教寺院とか仏教遺跡。
そういうのはタイやラオスでもたっぷり見てるし、事情はわかってる・・と言いたいけど、
そこはミャンマーだけあって、やっぱり一筋縄ではいかない。これから行く方々のために、
これは事前に知らせしておかねば、というポイントがいくつかある。

①足腰をきたえておくべし
日本でも神社仏閣が長い石段を登った上にあるってケースは多いが、ミャンマーも同様。
しかしその登りの大変さ加減は日本よりおおむねキツい。
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ポッパ山は777段。マンダレー・ヒルを登るのはもっと大変で(まだ書いてないが)、
ガイドブックには「所要1時間」とある。こうなるともう登山だ。

脳ミソはオカラのように軟化したものの、足腰はまだどうにかなってるイ課長。
それでもマンダレー・ヒル山頂まで往復し終わった頃はさすがに足が疲れた。
「階段は苦手」っていう人はミャンマーでは苦しい。

②足の裏をきたえておくべし
タイやラオスで、お堂の入口で靴脱いでハダシで入るっていうのは何度も経験してる。
トルコのモスクに入る時も観光客はみんな入口で靴を脱いだ。宗教施設に入る時に
ハダシになること自体は珍しいことではない。

しかしミャンマーは境内に入るところからハダシなのだ。つまりだね、①で言及した
ポッパ山777段とか、マンダレー・ヒル1時間登攀の階段も全部ハダシでのぼるわけ。
朝日鑑賞で真っ暗なシュエサンドー・パゴダの階段を登る時もハダシ。ぜんぶハダシ。
(下の写真はマンダレーヒル登山路の障害。ここももちろん、ハダシで通る)
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マンダレー・ヒルやバガンの遺跡だと、地面がザラザラ&デコボコなんて所もある。
さらにカンカン照りの昼間、焼けたタイルの上をハダシで歩いたりしようモンなら
もう大変。無様な「アチチ踊り」を披露することになる(笑)。イ課長がシュエダゴン・
パゴダ見学を夜にした理由の一つもそれ。足の裏が柔弱な人もミャンマーでは苦しい。

③サンダルがいいと思う
ハダシ観光のミャンマー。バガンみたいに寺院をいくつも次々と見学するような場合、
靴下+靴だと大変だよー?靴の脱ぎ履きが面倒すぎてイヤになるはずだ。サンダルが便利。
そもそもミャンマー人で靴履いてる人なんて極めて少ない。ゴム草履やサンダルを
寺院の入口でサッとぬいでハダシになるのがスマート。靴なんて履いてらんないよ、暑いし。
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④スーパーのポリ袋を一つ持参しましょう
ハダシになる以上、ミャンマーの寺院はたいてい入口のところに下駄箱がある。
普通はそこにサンダル置いて中を見学する。でもシュエダゴン・パゴダやマンダレー・ヒルみたいに
登りとは異なるでルート下りるとか、疲れたから帰りは車で、なんて時は(マンダレー・ヒルは
それが可能なのだ)履物が手元にないと困る。そういう時、スーパーのポリ袋を一枚
カバンに入れておき、サンダルを突っ込んで持ち歩くと便利。
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⑤ドレスコードはやっぱりある
スネまであるような長めの半ズボンで観光してる欧米人男性とか、けっこういた。
服装チェックはバンコクのワット・プラケオほど厳しくはない。とはいえ、やっぱり
露出の多い服はミャンマーの仏教施設でもダメ。ヒザより上の短パンはいた欧米人女性が
入場断られてたからね。

ドレスコードの“厳格度”はお堂や仏殿にいる“門番”の判断で差はあるみたいだけど、
とりあえず寺社観光の時は長ズボンやロングスカートが安心です。現地でロンジーを
1枚買って、それ着て参拝すればもはや恐れるものはない。


まぁ③〜⑤は大したことないよな。やっぱ問題は①②、特に②だ。
ミャンマー寺社観光では「ここを全部ハダシで?」っていうような長大階段をハダシで
登ることが多い。ミングォンの、この屋外階段もハダシで登るんだから。
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足の裏に自信がない、でもミャンマーには行きたいという人は、明日から足の裏を
剣山でブッ叩く特訓でもやって「鋼鉄の足裏」を作っておくべきだろう。そうすれば
ポッパ山だろうがマンダレー・ヒルだろうが、ミャンマーでアナタは無敵です。

 
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# by tohoiwanya | 2018-05-16 00:03 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2018年 05月 14日

ミャンマー人の商売っ気ってやつ

今までに行ったアジアの国々の中で、いちばん商魂たくましかった国は?と聞かれたら
イ課長はベトナムと答えるだろう。逆に、あまりの商魂の弱さに拍子抜けした国は?と
聞かれればラオスだ(笑)。地続きの隣国なのに、何であんなに違うのかね?

さて、では昨年行ったミャンマーはどうだったのか?
ミャンマー人の商売っ気って、ちょっと独特の“芸風”があったような気がするんだよね。

強引に売るとか、デカい声で呼び込むとか、真正面から商売っ気をブツケてくることはない。
ベトナムなんかに比べりゃボッタクリ度もかなり低い(と、少なくともイ課長は思う)。
かと言ってラオスみたいに恬淡としているわけでもない。からめ手でくるというか、
寝技というか・・・「そう来やがったかコイツ」って感じなんだよね。
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たとえば観光地で地元のコドモがちょっとした土産物を「立ち売り」してるような場合。
アンコール・ワットでもそういう商売をしてる小学生くらいの子供たちがけっこういた。
彼らの売り方は、これぞと目をつけた客に「お願い、ひたすらお願い、買って」という戦術。
インドなんかもわりと近かった気がする。こっちが「いらない」って言っても粘る。

ミャンマーの遺跡にも絵葉書なんかを売ってる子供がいた。子供というにはやや大きい、
中学生くらいかな。多少は成長しているせいか「ひたすらお願い」戦術はあまりとらない。
もう少し巧妙なの。まず最初に恩義を売ってくる。
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たとえばイ課長があるお寺の入口に来たとする。
さて下駄箱はどこだ・・って感じでキョロキョロしてると、女の子がスッと寄ってきて
「靴はこっちに置くのよ」って教えてくれる。親切なコだなぁと最初は思う。しかしそこは商売。

サンダルを下駄箱に入れて「ありがとう」っていうと、すかさず「帰りにアタシから絵葉書
買ってね、待ってるから」とニッコリ。ミャンマーの観光地はどこも空いてたから、人込みに
まぎれて逃げるワケにいかないんだよ。帰りにちゃんと下駄箱ンとこで待ち構えてる(笑)。

いくらだか忘れたけど、彼女が売る絵葉書セットは安くないし(値段はドルで言ってた)、
どうせ買っても使わない。買う気ナシ。しかし入る時に下駄箱を教えてもらったという
恩義があるから、ムゲに断りづらい。この辺が巧妙なんだよね。

そこで、イ課長は「絵葉書はいらない。でもアナタは親切です。だから御礼に少し
お金をあげます。ついでに写真撮らせてくれない?」と言って、絵葉書代よりは少額の
お金をあげて、写真を撮らせてもらうという作戦に出た。一種の撮影料か。両者歩み寄れる
妥協ライン。その時のコは美女図鑑にも載せたこのコだ。
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時には遺跡の廊下なんかで土産物売ってるオバさんが「あなた、こっちの奥に階段があって、
上から景色が見えるわよ」なんて親切に教えてくれることもある。だがこれも同じ戦略で、
階段降りて廊下に戻って来ると向こうはちゃんと覚えていてセールスしてくる。もっとも、
イ課長がおりたら、さっきのオバさんがいなかったってこともあったが(笑)。

てな具合に、ミャンマーじゃ買って買ってとひたすらお願いするんじゃなく、まず最初に
観光客のちょっとした便宜に貢献しといて、あとでニッコリ「買って?」っていうのが
多かった。ありそうな方法だけど、他の国じゃこういうの、あまり経験ないんだよね。

イ課長自身は遭遇しなかったけど、小銭ネダりの子供もミャンマーにはいるらしい。
小銭ねだりっていうと、昔マニラで見た「貧しくてかわいそうな僕たちにお金ちょうだい!」的な
極めてシンプルかつストレートな方法が多いはずだ。貧しい身なりの子供がこっちに
手を出してくれば見ただけでわかる。そこにセリフは必要ない。
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それに対し、ミャンマーの子供はガイジンにお金ネダるときのセリフがあるらしいんだよ。

Money for school、money for school

・・・このセリフ、けっこう効き目あるんじゃないかと個人的には思うんだよね。
背後に「勉強したいのに貧しくて学校行けないボク」っていうストーリー性?を
持たせてるところがヤバい。ユニセフやワールドビジョンのCMが頭をよぎる(笑)。

貧しい国の子に学校行かせてあげたくて、1日あたり150円の寄付者であるイ課長としては
弱点をピンポイントで突かれた感じ。こう言われると無視しづらい。ま、幸い?なことに
イ課長自身はミャンマーではそういう子供に遭遇しなかったが。

・・と、こう書いていくと、ミャンマーの人の「商売っ気」はやはりそれなりにある。
ただ、その商売ッ気は大きな売り声とか、ボッタくるといった行為としてではなく、
もう少し巧妙な形で発現してる気がする。

商魂の発露のしかたにも、それぞれお国柄があるということか。
「ベトナム型ボッタクリ」も慣れると面白くなったって昔書いたけど、ミャンマーの
こういう巧妙な商魂もなかなか楽しかったよ。
 
 

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# by tohoiwanya | 2018-05-14 00:15 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(2)
2018年 05月 11日

アーナンダ寺院⇒ティーローミンロー寺院

話は香川県から再びミャンマーへ。しばらくはミャンマーと四国行ったり来たりの
展開が続くと思われる。

本日は時々現れるバガン寺院見学記事シリーズ。
まずは前回トバした7・8番目だ。いよいよアーナンダ寺院の登場でございますよ。

【7.アーナンダ寺院】
「ああ、なんだ寺院」ではない(笑)。

アーナンダ寺院はどんなバガン観光ツアーでも絶対確実にコースに入ってる。要するに
バガン寺院めぐりにおいて絶対はずせない必見スポット。
世界三大仏教遺跡のひとつ、バガンに寺院は数々あれど、アーナンダ寺院を見ずしては
とても日本にゃ帰れめぇ。

入るといきなりどっかーーんと黄金仏の立像。アーナンダ寺院が誇る黄金四人衆の一人、
問われて名乗るもおこがましいが、六十四州に隠れのねぇ、仏徒の首領、
釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)たぁオレがことよ。
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カドを曲がるとまたどっかーーん。さてその次はミャンマーの、バガン遺跡の稚児あがり、
迦葉仏(かしょうぶつ)たぁオレのこった。お見知りおいておくんなせぇ。
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続いて次に控ぇしは、金のまぶしい拘那含牟尼(くなごんむに)。
ツラぁ見知ってもらいてぇ。
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さてどんじりに控ぇしは、北面を守る拘楼孫仏(くるそんぶつ)。
浜のまさごと五右衛門が、歌に残せし盗人の・・あ、もういいですか、はい。
どうも歌舞伎づいちゃってるもんで。
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バガン広しといえどもこれだけ大きくて立派な黄金四人衆が揃った寺院は
アーナンダ寺院だけ。バガン観光の白眉といわれるのもむべなるかな。

このうち、2番目と4番目はポーズもほぼ同じで顔も似てる。この記事を書くために
誰がダレかを調べてて、イ課長も一瞬「あれ?写真撮り間違えたか?」と思った。
しかしよーく見ていただきい。迦葉仏と拘楼孫仏とでは手の指の位置が微妙に違うのだ。
この拘楼孫仏、誰かに似てるような気がしてしょうがないんだが。
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しかしアーナンダ寺院で見るべきはこの黄金四人衆だけじゃない。
長い廊下を歩いてると、壁に穿たれた穴にこういう小さな仏像が置かれている。
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この穴っていうのが二つや三つじゃない。壁の上の方までずらーーッとある。
アーナンダ寺院内部の“仏密度”はすごく高いのだ。こらぁすごい。
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しかしあまり長く書くと、また二カ所書ききれなくなる。容赦なく次にいくぞ。

【8.ティーローミンロー寺院】
ここは「個性的な顔の仏」と「消えちゃった壁画」で印象的なところだった。
個性的な顔ってどんなのかというと、たとえばこんなの。こんなに目が離れた仏様って
珍しいんじゃなかろうか。
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かと思うと、こんなお顔。とても同じ人物(お釈迦様)をモデルにしたとは思えぬ。
それともこれは異なる仏なのか?
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バガンで見た仏様はみんな顔がバラバラで個性的だったけど、ここは特にそうだった。
日本じゃ仏様の顔、ここまでバラバラじゃないだろ。タイの仏像ももっと同じような顔。
それなのになぜミャンマーの仏像はここまで個性豊かなのか?興味深いところだ。

あと「消えちゃった壁画」ね。たとえばこんなの。あーもったいないなぁ。
保存状態が良ければ敦煌並みの見ものだったと思うんだけどなー。
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こっちもそう。こういうのが至るところにある。
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バガンの仏教遺跡、他もそうなんだけど、躯体は作った当時のまま残っていても
内部の漆喰の損傷が著しい。ここなんかも建設当時は天井画があったんじゃないのかな?
返す返すももったいない。
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いやー今日の記事は写真がテンコ盛りだったな。
バガン仏教遺跡シリーズ、あともう1回。次回で最終回の予定。

 

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# by tohoiwanya | 2018-05-11 00:07 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)
2018年 05月 09日

ビザを取得した

本日の記事、最初は「ビザが来た」という標題にした。すると・・

ビ~ザが来~た ビ~ザが来~た ど~こ~に~来た~~♪

・・という替え歌が自然と頭に湧いてきた。
だが待て。日本語ではビザは「来る」じゃなく「おりる」って言うよな、普通。
ってことは、標題は「ビザがおりた」が正しいと考え直した。すると・・・

ビザがおりた ビザがおりた ビザがおりたぞー♫
ビザがおりた おりたぞー ビザがおりたぞー♫

・・という替え歌が頭に浮かんできた。イ課長の脳はもうダメかもしれん。

ま、何はともあれ、8月に行こうと思ってる国のビザがおりたわけですよ。
ビザ申請用写真撮影のメガネ問題から始まって、ラクではない道のりでした。

特にネット上で英文で作成し、プリントアウトするっていう申請用紙が大変だった。
とにかくまぁ恐ろしいほどワケわかんなくて、先人たちの数少ない情報だけを頼りに、
何とか作った。あの申請書の記入ミスがゼロだったとは思えない。

申請書を作ったら、次はこれをパスポートだの予約確認書だの写真だのと一緒に
大使館に提出せねばならぬ。会社関係者には前日のうちに「明日は私用で少し遅く、
フレックス出社するっス」と告げ、翌日朝イチに「その国大使館」に行った。
とーころがその日、東京は朝から強い雨ときやがった。

もうズボンから靴から靴下までビショビショ。ほとほと情けない。
大使館入口ではびしょびしょに濡れた体を金属探知機で検査され、何とか
中に入れてもらえたのである。ぜいぜい。
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記入事項をコト細かくチェックする様子もないまま、持参した顔写真を申請書の
顔写真の上にノリで貼れと言われた。え?印刷された顔写真の上にまた同じ顔写真貼るの?!
よくわからぬまま、言われたとおりにした。

そして、よくわからぬまま書類は受理され、よくわからぬまま引換証をくれた。
大使館を出て、再びビショビショになって地下鉄に乗って出社したのである。
これでめでたく観光ビザ申請終了だが、あれでいいの?どうもよくわからぬ。

さて、次は引き取りだ。引き取り時間は午後のある1時間だけと定められている。
連休前の5月2日、資料集めのフリをして午後さりげなく(バレバレ)会社を脱走し、
再び例の大使館へ。あっさりとビザの押されたパスポートをくれた。ちなみに、ビザには
やっぱり顔写真ナシ。何のための顔写真だったのだ?(下は顔写真つきインドのビザ)
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うーむ・・ビザの段階からすでに不可解なことだらけ。だがとりあえずこれで8月旅行の
最も重要なハードルはクリアした(はずだ)。ビザ申請前に飛行機やホテルはすでに
予約しちまってるわけだから、だいぶ気は楽になった。

しかし、それにしても・・だよ。
ビショ濡れになってビザ申請に行ったとき、同じように申請しに来てた日本人は
イ課長以外にたった一人。ビザ取りに行った時はイ課長以外、だーれもいなかった。
イ課長のパスポートを取り出す時、引き出しの中身をチラッと見たけど、“預かり中”の
パスポートなんて、数冊くらいしかなかったように見えた。

うーむ・・・外人観光客の少ない国だろうと予想はしていたが、ホントに少なそう。
去年、ミャンマーがオフシーズンだったもんで、イ課長は現地でかなり目立ったけど、
こんど行く国ではもっと珍しがられるのかもしれん。

てやんでい。もうビザはおりたんだ。その国で大地震とか大戦争でも起きない限り
行くからな。覚悟しろよ、その国の野郎ども。イ課長を見てウェルズ型火星人のように
珍しがりたきゃ、珍しがれってんだ。こっちもオメーらの国を散々珍しがってやる。
(↑ビザがおりたのでけっこう強気)。

 

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# by tohoiwanya | 2018-05-09 00:03 | 出張・旅行あれこれ | Comments(2)