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2011年 07月 04日

ベートーヴェンだらけ

ウィーンといえば、必ずくっつく枕詞は「音楽の都」。

だからウィーンには「あの大作曲家にゆかりのある家」がものすごくたくさんある。
生まれた家、住んでた家、死んだ家、○○を作曲した家…等々。
作曲家の名前や作品名を冠した地名(主に通りの名前)なんかも星の数ほどある。
たとえばこんな感じ。「ベートーヴェン小径」に「エロイカ通り」というわけだ。
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この二つの道はともに、ベートーヴェンが耳が悪くなって温泉療養したウィーン郊外の
ハイリゲンシュタットっていうところにあったもので、ベートーヴェンはここに滞在中、
有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いた。だからベートーヴェンにまつわる場所が
たくさんあるのはわかる気もするが…。

しかし、ちょっと多すぎないか?と言いたくもなるんだよ(笑)。
だって、郊外のハイリゲンシュタットはもちろん、ウィーンの中心部である旧市街にも
ベートヴェンにゆかりのある建物っていうのが、もうメッタヤタラにあるんだもん。
他の作曲家と比べてもやけに多いと感じる。

特に「ベートーヴェンがかつて住んでた家」の多さときたら異常なほどだ。
ウィーンには「ベートーヴェンが住んだ家」が一体何軒あるのさ?というくらい多い。
下はその中のホンの1軒。ハイリゲンシュタットにあるベートーヴェンの家ね。
正確には、ハイリゲンシュタットにもたくさんある「彼が住んだ家」のうちの一つだ。
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こういう異常な状況を招いた原因は明らかで、ベートーヴェンが「引越し魔」だったからだ。
大人になってからの引越し回数が72回とか79回とか諸説ある。ウィーン在住約30年の間だけで
60回以上引越したとも言われてるけど、正確なところは誰もわかんないんだろうなぁ。
とにかく年がら年中引越してた人みたいなんだよ。楽聖ベートーヴェンさんは。

メッタやたら引っ越した結果、「ベートーヴェンが住んだ家」もウィーンじゅうに散らばった。
「ベートーヴェンが住んだ家」の前を一軒も通らずにウィーン旧市街を歩くのは不可能に近い。
そのくらい多いのだ。

実はイ課長&トホ妻が泊まったホテルの真ん前も、星の数ほどある「かつてベートーヴェンが
住んだことのある場所」の一つだった。その名もアン・デア・ウィーン劇場。

ベートーヴェンが劇場に住んだ?どういうこと?と思うけど、調べてみたところ、要するに
この劇場には関係者用の職員住宅みたいな住居が(少なくとも昔は)併設されてて、
ベートーヴェンはそこに住んだことがあるらしい。ベートーヴェン唯一のオペラとして知られる
「フィデリオ」の初演がこの劇場だったっつうから、もしかすると劇場が作曲家先生を
“カンヅメ”にして、早く作品を仕上げさせるって側面もあったのかもしれない。

何せベートーヴェンは名うての引っ越し魔。劇場の職員用住宅に移り住むことくらいは
どうってことなかったんだろうな。

アン・デア・ウィーン劇場の裏、イ課長たちが泊まったホテルの真ん前にはこうやって
ベートーヴェンがここに住んだってことに関するプレートが貼られている。

1803年から1804年にかけてここに住んだと。
ここに住んでる時に交響曲第3番「英雄」とか「クロイツェル・ソナタ」なんぞという
名曲を作ったということらしい。
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このアン・デア・ウィーン劇場、元々はシカネーダーっていう人が18世紀末に作った劇場で、
言うなれば浅利慶太が劇団四季のために作った「私設劇場」みたいなもんだけど、
シカネーダーという名前に反応した人はクラシック音楽に詳しいはずだ。

このシカネーダー、当時ウィーンの大衆向け歌芝居(ジングシュピール)の劇団座長として
大変な人気を誇った人で、彼こそがモーツァルトに「魔笛」の作曲を依頼した人であり、
魔笛上演に際してもシカネーダー自身が劇中で鳥刺し・パパゲーノの役を演じ、歌った。
自分自身で歌って踊る浅利慶太みたいなヒトだったわけだ(笑)。

18世紀末に出来たアン・デア・ウィーン劇場のほとんどはその後の戦争で破壊されて、
ミュージカル劇場として生まれ変わった現在は建設当時の面影はほとんど残ってない。

しかし、イ課長たちが泊まったホテルの真ん前、劇場の裏のところには建設当時の一角が
残っていて、そこにはシカネーダーが演じたパパゲーノを記念したモニュメントが残っている。
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ここは通称「パパゲーノ門」と言われ、この前の道も「パパゲーノ小路」という名前。
イ課長たちはホテルに行き来するのに毎日、このパパゲーノ小路を通った。
ホテルの部屋からもこんな風に、パパゲーノ門がよく見えたよ。
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…ベートーヴェンの話を書き始めたのに、最後はモーツァルトの「魔笛」の話になってしまった(笑)。
今回の旅行ではハイリゲンシュタットの方にも足を伸ばしたから、ベートーヴェン・ネタは
どうせ続くことになるのである。





by tohoiwanya | 2011-07-04 00:05 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(0)


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