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2011年 07月 08日

だめだめハイリゲンシュタット観光 -その2-

カーレンベルグの展望台から再び38Aのバスで麓に向かった我々。
今度は降りるべきバス停を慎重に研究し、正しいバス停で降り、遺書の家を発見できた。
ミスの多かった観光活動も復調してきた…ように思えた。

「遺書の家」の入口はこんな感じ。中に入るとすぐに中庭があり、その奥がベートーヴェンの
住居跡(なんだと思う)。現在は小さなミュージアムになっている。
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大きな家ではない。各部屋も狭くて、天井も低い。質素な家だ。
家が小さいから展示物も少ないんだけど、その中で「うわっ」と思うのは…

やっぱこれだ。ベートーヴェンのデスマスク。
実はイ課長はこれを見たとき「これ、本当にベートーヴェンのデスマスクぅ?」って
ちょっと疑ったんだよね。死んだ直後だから痩せて頬がコケ、顔もシボんで見えるのは
ある意味当然なんだろうけど、それにしてもシボみすぎでは?顔が小さすぎるだろ。
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この疑問は、この記事を書くためにネットを調べて解明された。
アレは確かにベートーヴェンのデスマスクみたいで、何であんなに顔が小さいかというと
ベートーヴェンが死んだとき、両耳部分の骨を取っちゃった(?!)からなんだと。

彼は自分の難聴の原因究明のため、死後、自分を解剖するように依頼してたらしいんだな。
で、1827年3月26日、彼が死んだ日に早くも解剖は実施され、頭蓋骨の両耳の部分を骨ごと
取っちゃったらしい。だから、このデスマスクも顔の両側が切れてるような感じで、
やけに小さく見えるわけだ。

そんな話全然知らなかったから驚いた。
ベートーヴェンにとって自分の難聴というのは文字通り「宿痾(しゅくあ)」であり、
自分の死後であっても、何とかやっつけてしまいたい“呪い”みたいなものだったんだろう。
カンシャク持ちの彼だから、「オレが死んだらこんなクソ耳、トットと分解しちまえ!」って
思いもあったのかも。だとすれば、自分を終生苦しめ続けた自分の耳に対する一種の復讐だ。

うーむ…このデスマスクには深い情念が内包されておるのだなぁ…。

遺書の家には、こんなものもある。これ、ベートーヴェンの遺髪だよね、たぶん。
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彼の死にまつわる陰気な話ばかりで申し訳ないけど、この遺髪にもいろんな秘密がある。
ベートーヴェンの遺髪を近年の最新医学で分析すると、かなり顕著な「鉛中毒」の症状が
認められるんだって。

当時、ワインに甘みを加える添加物が鉛の鍋で作られ、結果的に「鉛化合物」みたいな
状態になった甘味料がけっこうじゃんじゃんワインに加えられたらしい。
ベートーヴェンもワインが好きだったようで、鉛中毒はその甘味料が原因ではないか…
…とまぁ、そんな学説もあるんだってさ。いろいろ勉強になるのう。

まぁ人類史上でもマレにみる音楽的天才・ベートーヴェンだからね。
死してなお、いろんな噂や研究は後を絶たないということなんだろうな。
遺書の家の裏庭じゃ、こんな黒猫が日光浴してて、のんびりしたもんだったが。
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遺書の家を出た我々は「エロイカ通り」を通ってベートーヴェンガッセに向かった。
彼が「田園」の曲想を練りながら歩いた小川沿いの道っていう、例のアレだ。

小川っつうても、ほんとにチョロチョロレベルのごく小さな川の脇に、上り坂になった
細い道が続いているというもの。道はアスファルト舗装されて車とか停まってるし、
「大自然あふれる田園の小道」的な牧歌的風景を想像してると、ちょっとガッカリかも。

この時、イ課長とトホ妻はとにかく歩き疲れてた。ハイリゲンシュタットに来る前に
すでに約1万歩。この段階では1.4万歩くらいは歩いてたはずで…うう…はぁはぁ。

遺書の家から田園の小道を通り、ベートーヴェン・ルーエ(胸像のある広場)なんかを通って
グリンツィングまで。おそらく距離にして数km、のんびり歩いても1時間程度のはずで、
普通の状態だったらちょうどいいハイキングコースかもしれない。
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しかしキョーレツな日差しの中、すでに十分歩き疲れた足にこの道はキツかった。
すれ違う人もほとんどいない田園の小道。「脚が疲れたからタクシー乗ろう」なんて思っても、
そんなものはない。生きて帰りたければグリンツィングの街までとにかく歩くしかないのだ。

やっと目指すグリンツィングにたどり着いた頃にはイ課長もトホ妻もやけに無口だった。
体はクタクタ、脚はジンジン、ノドはカラカラ。しゃべる元気もあまり残ってない(笑)、。
昔、真夏の奈良を二人でひたすら歩き、甘樫丘で二人そろって脱水症状になった時も
やっぱり二人そろって無口になったっけなぁ…。進歩しねぇ夫婦だなぁ…。

まぁそんなことはいい。とにかくグリンツィングまでは戻ってきたのだ。
まだ明るいけど時間はもう6時過ぎてたはず。結局今日は2万歩くらい歩いたわけだ。

この一帯って実はワインの産地で、自家製ワインを飲ませる醸造所兼レストランの
ホイリゲと呼ばれる店がたくさんある。さぁホイリゲだ!晩飯だ!疲れたぞイ課長わ!




by tohoiwanya | 2011-07-08 12:37 | 2011.06 ウィーン旅行 | Comments(2)
Commented by Bきゅう at 2011-07-08 20:00 x
遺書の家にいるのが三毛とか茶トラではなく黒猫とは、、びみょーに合ってますね。
Commented by tohoiwanya at 2011-07-09 13:57
>黒猫とは、、びみょーに合ってますね。

Bきゅうさん:
遺書やデスマスクや遺髪が展示されてるから、展示室(というか、ベートーヴェンの家)の中は
「死の香り」みたいな雰囲気が漂ってて、長くいると息がつまる。

外に出て、ネコを見たときはちょっとホッとしましたね。たとえ色が全身黒でも(笑)。
イキモノ万歳。僕らはみんな生きている。生きているからブログ書く。
 


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