2012年 10月 20日

インド人の風貌について考える

 
インド人はみんな哲学者のような風貌をしている

誰かそんなことを言った人がいなかったっけ?

インドにいた時、突然その言葉を思い出した。なぜかというと理由は単純で、
イ課長自身が「インド人の風貌って、なんか独特だなぁ」と思ったからだ。

現地の面談で、インド人と間近に会って話をしてる時はそんな風に思わなかった。
ところが、移動の車窓から外のインド人たちの顔を眺めていたら、冒頭に挙げた言葉を
思い出したんだよ。
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そこにはバイクに乗り、サイクルリクシャーをこぎ、荷車をひき、バスを待ち、ボーッと店番をし、
渋滞の道路を強引に横断し、バイクを修理し、しゃがみ、立ち、歩き、しゃべる etc…
様々な生を生きる膨大な数のインド人がいる。そういう連中の顔を見てたらそう思ったのだ。

外国に行けば、どうしたって膨大な数の「その国の人」の顔を見るわけだけど、どうして
インドでだけ「哲学者のよう」なんてことを思い出したんだろうか?
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車窓から見るインド人たちは道に面したバラックみたいな商店にタムロってたり、重い荷物を
運んでたり、おんぼろリクシャーに乗ってたりする連中が多いわけで、おおむね中流以下、
多くは貧しい人たちと言っていいんだろう。お金持ちはそこらをノコノコ歩いてないのだ。
イ課長が面談で会った、企業のエラい人とか大学教授なんかとは、その暮らしぶりが
相当に違う人々だろうってことは、一目見ればわかる。

イ課長が乗った車が渋滞で停車したとする(そういうことはしょっちゅうある)。
周りには他の車だのバイクだの自転車だのに乗ったインド人たちがうごめいていて、
さらにそれらの間をすり抜けるようにたくさんのインド人たちが歩いている。
そういう彼らがフッとイ課長の車を見る。あるいは車の中のイ課長と目があう。
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彼らから見ればイ課長は「運転手付き&冷房付きの車に乗ってる外国人」なわけで、
「住む世界の違うヒト」に見えるだろう。ハッキリ言ってそこにはすごい貧富の差があるはずだ。
彼らの表情の中にある種の羨望とか、欲みたいなものが読み取れたとしても不思議はない。

ところがだよ。
イ課長の方を見てる貧しいインド人たちの顔にはそういったものが全然感じられないんだよ。
彼らは確かにこっちを見てる。しかし「金持ちの恵まれた外国人」という現実対象を越えて、
何かもっと遠くのものを見ている、もっと深いことを考えてるような、そんな印象をうける。
だから哲学者、なんてことを連想するんだろうな。
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貧しい人たちは世界にたくさんいる。むかし東南アジアでもたくさん見た。
でも「哲学者のよう」なんて感じることはなかったな。お金を持った外国人に向けられる目は
嫉妬や羨望、「オレもああなりてぇ」って欲望、「うらやんでもしょうがねぇ」っていう
あきらめの思い等々が入り混じった、まぁある意味“十分想定されるたぐい”の視線だった。
しかしインドはどうも様子が違う。はるか遠くを眺めているようなインド人の目がミョーに気になる。

あの顔つきはナンなんだろう?車の中でイ課長はなおも考察を続けた。

現実的なヒガミや羨望なんてトウに使い果たして、あきらめの境地…ってことは確かにあるだろう。
でもそれはインドだけの話じゃない。貧しい今の自分に対するあきらめの気持ちなんてどの国の
貧しい人々も多かれ少なかれ持ってるはず・・と、ここまで考えてイ課長はハッと気付いた。


 


         カースト?



ご存知のようにインドは未だにカースト制度が残ってて、生まれついた身分は生涯変わらない。
どんなに努力しても、才能があっても、運が強くても、自分のカーストは変えられないのだ。
結婚も原則として同じカースト内だし、職業選択もカーストと密接に結びついてる。
「トイレ掃除を生業とする家に生まれたから自分もトイレ掃除」って世界がまだ残ってるんだよ。
ヒンズー教徒のインド人が背負った「業」ともいえる。日本人には想像がつかないところだ。

インドの貧しい人々、たぶん下層カースト出身者が多いんだろう。
現実的な貧富の差とかより「もっと遠く」を見ているような彼らの風貌。その「遠く」とは、
どんなに運が良くても、自分が死ぬまで越えられないカーストという壁の向こう側・・なのか?
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それこそ日本人には想像もできない「遠さ」だ。
普通の意味でのあきらめっていうより、もっと暗い深淵がそこにあるのかもしれない。
彼らはその深淵を見ながら日々生きている・・・それが哲学者みたいな風貌につながるのか?


・・と、まぁ、そんなことをインドで考えてみたりしたわけですよ。
イ課長もちょっと哲学的になってるでしょ?(笑)

インドは深く、そして濃かった。
そんなインドを車から眺めてるだけでも、いろいろ考えるタネが多くて面白かったよ。
本日はそんな「車中インド考察」の中から、インド人の哲学的風貌という印象について
考えたことを書いてみました。

 

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by tohoiwanya | 2012-10-20 23:47 | 2012.10 インド出張 | Comments(6)
Commented by Mimi at 2012-10-21 00:29 x
ここに挙げられている写真を見るだけでも、「哲学してる」感じがしますねえ。
物乞いが群がってきたりはしないのでしょうか?
東南アジアへ行くとあの「外国人観光客からはぼったくれ!」みたいな
わらわらと群がってくる現地人にウンザリするのですが・・・。

私の知っているインド人はそもそもアメリカまで留学・仕事に来られるレベルの人達なので
富裕層であるしこれまた「富裕のケタ」が日本とは違うという印象です。
そしてそういう人達にインドのカースト制度の事を聞くと異口同音に
「以前はあったけど、今の時代、もうそんなものは全然ないよ」
と言うのですよ。
・・・・多分、低いカーストの人達と接触する機会が全くないだけなんじゃないかと思うのですが。

それにしても不思議な国というか、色々と面白い国ですね。
続きも楽しみです。
Commented by マダムKenwan at 2012-10-21 05:16 x
肌の色が浅黒くて、彫りが深くて
黙っていたら、何か遠くを深くを見つめているようですよね。

カースト制度って、話を聞いただけで
生まれた国が日本で良かったと思います。
Commented by kaz at 2012-10-21 13:04 x
(」゜ロ゜)」(」゜ロ゜)」(」゜ロ゜)」フ、ふ、深い!深いイ話!
世界史好きにはたまらないネタがたくさんありそう。
ね、やっぱり行ってよかったでしょ?(=行く方に祈って正解だったでしょ)←しつこい
Commented by tohoiwanya at 2012-10-22 00:45
>物乞いが群がってきたりはしないのでしょうか?

Mimiさん:
いないことはないんですけどね、何というかこう・・・ちょっと東南アジアとは感じが違う。
たとえばトイレで、こっちが頼みもしないのに「ここをお使い下さい」って案内?したり
手を洗おうとしたら蛇口ひねったり、手を拭くティッシュ出したりする人は
インドにもいた。そういう人は中国にもいた。でも何かねぇ…こう言っちゃナンだけど、
「卑しさ」みたいなものがなく、フワーッとそうしてるっていう感じがした。
おかげで、こっちもフワーッとトイレを出ちゃって、チップ出すの忘れたんだけど…。
 
カーストはねぇ、インドで聞いた話でも、読んだ本の知識でも、まだ根強く
残ってるみたいです。異なるカースト同士での結婚なんて、ホント大変みたい。
 
Commented by tohoiwanya at 2012-10-22 00:55
>黙っていたら、何か遠くを深くを見つめているようですよね

マダムKenwanさん:
ホントにそういう感じがするんですよ。東南アジアや中国なんかの貧しい人たちはもっと
「近く」を見ているって感じで、日本人の感覚としてはそっちの方がわかりやすい。
インド人、不思議な人たちです。

しかしカースト制度は外国からみれば申し訳ないけど「悪習」としか言えません。
ヒンズー教独特のものなんだろうけど、結婚の際の信じたい結納制度なんかも
その一つで、現地で聞いてタマゲた。その話もいずれ書きます。
 
Commented by tohoiwanya at 2012-10-22 01:01
>フ、ふ、深い!深いイ話!

kazさん
深いっしょ?(笑) インドは深いっす。
おそらくカースト制度にしても、スゴすぎる結納制度にしても、その他もろもろ
「うっそでー」と言いたくなるような習慣も、基本的にはヒンズー教という宗教の
影響なんでしょうけどね。日本に戻ってからもいろいろ研究しちゃいましたよ(笑)。
 


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