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2013年 08月 02日

アウシュビッツ強制収容所 その1

散々書いて、やっと今日から「その1」が始まるのかよ・・・。先が思いやられるぜ(笑)。

とにかく書こう。
クラクフからアウシュビッツまではバスで1時間ちょっとかかる。けっこう遠いのだ。

アウシュビッツのある場所って、すごく不便で、湿気のたまりやすい低地だって書かれたのを
むかし読んだ記憶があったから、どんなに陰惨なところかと思ってたけど、実際は別にそんなに
異常な場所でもなく、バスはごく普通の草原や町を抜け、ごく普通の駐車場にとまった。

しかし、同じ駐車場にズラリと並んだバスを見てイ課長は驚いたね。
すごいバスの数、すごい見学者の数。ポーランド旅行を通じてこんなにガイジン旅行者がワンサカ
集まった場所は他になかったよ。「アウシュビッツって、いまやポーランド最大の集客施設なのか・・」と
考えないわけにはいかない。たまげたね。
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最初にまずエントランス棟みたいなものがあって、見学ツアー客はそこでしばらく待つ。
20分くらい待ったかなぁ?しかし、自分たちが何のためにここで待ってるのかはさっぱりわからない(笑)。
周囲は他のツアーのシールを貼った見学者たちがいっぱいで、ここではぐれたら一巻の終わりだから
自分と同じシールを貼った人から離れないようにしてたさ。

戦争当時、貨車やトラックでここに送られてきた収容者たちは、着くとまず“選別”されたといわれる。
健康か病気か、若いか年寄りかetc・・・の選別チェックを最初にうけ、労働力として役に立ちそうなら
収容所送り、役に立ちそうもなかったら到着早々ガス室直行という人も多かったと聞く。

着いていきなり「オマエはアッチ」「キサマはコッチ」って感じで分けられるわけだから、これは恐怖だ。
「どっちって言われるのがいいんだろうか?」「アッチに行くと殺されるのかな?」と思ったに違いない。

アウシュビッツに来た見学者たちも、ややそれに似た状況を入口で味わうことになる。
ここでいつまで待つの?このあとどうなるの?誰についていけばいいの?全然わからない。
不安を抱えたまま、ひしめきあう見学者たちの中でオタオタすることになる。
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やがて、同じシールを貼った人たちが何やら動き出したようだから、とにかくついていく。
すると、まずこんなものが配られる。ほほ~、これはおそらくガイドの説明を聞くための機械だな。
ガイドが持つマイクと無線でつながったレシーバーってことだろう。やけに近代的じゃん。
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やがて黒い革ジャンを粋に着こなしたオバサンのガイドがやってくる。我々のツアーを担当する人だな。
「受信機のチャンネルを何番に合わせろ」って言われるから、ダイヤルで合わせてイヤホンをかぶると
彼女が言ってることが耳元で聞こえてくる。同じバスで来た見学者は20人くらいで、ほとんど欧米人。
東アジア系は3人だけで、うち二人はたぶん中国系のカップル。日本人はイ課長一人だった。

ガイドさんについて、その20人強の見学者たちはぞろぞろとエントランス棟をぬけ、庭に出る。
いよいよアウシュビッツ強制収容所に入っていくわけだ。

うっわーーーー見えてきた見えてきた。
ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になる)のアーチ文字。これはすごく有名で、
アウシュビッツっつうと必ずここの写真が使われる。
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実際には、「どんなに働いたって、オレたちは自由の身になってここを出ることなんてできない」という
運命を薄々感じながら、収容者たちはこのアーチの下をくぐり、この文字を眺め、収容されたに違いない。
そう考えるとイヤな標語だよね~。

有名な話だけど、このアーチ文字、左から三つ目のBの文字がサカサマになっている。
これは作り間違いじゃなく、アーチ作成を命じられた収容者たちの精一杯の抵抗の印だという説もある。
いやぁ・・・写真では何度も見たこのアーチの実物を、ついにこの場所で見ることができるとはなぁ。
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見学者もぞろぞろと「働けば自由になる」のアーチをくぐり、収容所の中に入っていく。
中にはけっこう大きなレンガ造りの建物がいくつもある。祖末なバラック小屋みたいなのを想像してると
ちょっと意外な感じがする。だいたい2階・3階建てで、大きくて堅牢な造りだ。
もちろん、こういう建物が収容者たちの居住棟っていうケースもあったんだろうけど、中にはドイツ軍側の
管理用施設みたいなものも多かったんだと思う。
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ガイドは我々をそういうレンガ造りの建物の一つに誘導する。
アウシュビッツ強制収容所見学ツアー、まず収容所内に作られた博物館に入り、そこで見る者の心を
限りなくダークにさせるいろんなパネルや写真、展示物等を見ることになる。


それらは次回、ご紹介しよう。


 

by tohoiwanya | 2013-08-02 00:11 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(2)
Commented by Bきゅう at 2013-08-04 22:54 x
おお、ついに出ましたな。興味深いです。
わしは〜、ポーランドというと、ポーリッシュダンプリング(と称して、冷凍餃子がうちの近くでは売っていた)と、、、、やはり連帯。
Commented by tohoiwanya at 2013-08-05 00:41
>ポーリッシュダンプリング(と称して、冷凍餃子がうちの近くでは売っていた)と、、、、やはり連帯

Bきゅうさん:
ポーランド餃子、ピエロギ。ホテルの朝食で食いました。
あれは焼餃子じゃなくて、茹で餃子なんでしょうな、たぶん。おいしかったですよ。

連帯といえばワレサ委員長ですよねー。
時間があれば、連帯の運動が始まった北の港町・グダニスクにも行きたかったけど、
まぁ優先度という点ではやっぱりアウシュビッツになるわけで・・・
 


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