2013年 09月 09日

プワショフ強制収容所跡地を行く

プワショフ強制収容所はシンドラーの工場からも近い。
下の方にある「ゲートの家」の西側に収容所があったのだ。今は草だらけの丘だが。
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収容所の当時の位置を示すとこうなる(写真はヨソからの借り物)。
この写真を見るとわかるように当時のものは何ひとつ残ってない。あるのは草と木だけ。
ただ、この丘を越えたところにモニュメント像があるはずだから、それを見ようと思った。
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アーモン・ゲートの家の近くから、緩い斜面をのぼる。
といっても、踏みわけ道くらいしかない。地面は雨で濡れた草だらけだから、すでに
十分濡れていた靴はたちまちビショビショで、水がしみて靴下もビショビショ。あああ・・・。
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シンドラーの工場やアーモン・ゲートの家くらいまでなら、それでもまだユダヤ人団体見学者もいた。
しかしこんな、ナニもない草原を、足を濡らしながら歩くヤツは一人もいない。さすがに「いくら何でも、
オレってモノズキすぎるのではないだろうか?」という自責の念が少し湧いてきた(笑)。

うわー、道に植物のトンネルができちゃってるよ。
こんなトコくぐったら、全身ビショビショになっちゃうじゃん。しかし今さら引き返すこともできん。
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うわー、何だろアレ。
プワショフ強制収容所は全部「壊して、丘の下に埋めちゃった」って感じなんだと思うんだけど、
こうやってところどころ、かつての建物の一部が顔を出してるところもあるようだ。
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このあたりから、イ課長の気持ちは急速に暗くなってきた。
何もない草ボウボウの丘といっても、その下にはかつての強制収容所が埋まってるのだ。
そして、そこで殺され、埋められ、そのまま忘れられたユダヤ人の遺体なんかもおそらくたくさん・・・
あああダメだ。ビルケナウで「死体を埋めた穴の跡」を見たときと同じような気分になってきた。

アッチはそれでもまだ「ここにそういうものがあった」と説明され、たくさんの人がそこを見学してる。
たとえて言うなら「参拝者の絶えないお墓」と言えるだろうけど、じゃ、ここプワショフは?

ここにはほかの見学者もいなけりゃ、ガイドさんもいない。誰もいない。
かつて強制収容所のあった場所だよ?この土の下には想像を絶する死と怨念が堆積している。
そんなダークな場所の重苦しさをイ課長ひとりで受け止めるの?


それ無理です。ムリ。ゆるして。


強制収容所跡地を徒歩で単独横断しようなんてプランを立てたことをちょっと後悔した。
アウシュビッツほどはっきりしてなくても、ここプワショフにも「死の匂い」はある。
そういうところをたった一人で歩くってね、そりゃイヤな気分だよ。もしこのまま道に迷って、
ずっとここにいたら気が狂うかも、なんてちょっと思った。とにかく早く丘を越えちまおう。
(2つめの写真でいうと、イ課長が歩いたのは3 Mass Graves:集団墓地のあたり。ひーー)

おおっデンデン虫だ。
「死の匂いの中に自分しかいない」という状況に、かなり挫けそうになってたから、
デンデン虫でも何でもいい、とにかく生き物に会えて少しホッとした(笑)。
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道がだいぶ平坦になってきた。もう丘の頂上あたりじゃないだろうか?
だとすると、モニュメントが見えていいはずだが・・。
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しばらく歩いたら発見した。丘を越えて行ったから、モニュメントの背中側から近づくことになる。
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これがプワショフ強制収容所の慰霊碑というか、記念碑というか、とにかくモニュメントなのである。
当時のものは何一つ残ってなくて、後に設置されたこのモニュメントだけが、この場所の“悪しき記憶”に
つながるものと言っていいだろう。
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真ん中が引き裂かれたようにビリッと割れたモニュメント。
これを見たことで、イ課長の「雨のクラクフ・ダークな旅」計画は一応完遂したことになる。
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プワショフ強制収容所のモニュメントは、反対側の道路からだったら苦労なくのぼっていける。
ただ、この反対側の道路には市電が通ってないし、アーモン・ゲートの家も見たいイ課長としては
ヴェリチカ通り側から「収容所跡地の丘を歩いて越える」という方法をとったわけだ。
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歩く距離自体は大したことはない。晴れた日だったら散歩コースとしてちょうどいいかもしれない。
しかし親切な人が多いポーランドとはいえ、女性の一人歩きは防犯上さすがにお勧めできない。
それに、いくら「何も残ってない丘」っつうたって、かつては強制収容所のあった場所。そこを歩いてれば
いろんなことを考え、いろんなことを感じる。丘の向こう側に着くころには精神的に疲労する。

しかもこの時のイ課長は前日にアウシュビッツ・ビルケナウでたっぷりとダークネスを注入されたばかり。
昨日の暗さがたっぷり残ってるところに、新たな暗さと重さがズシリ。さすがにもうダメ。

プワショフ強制収容所モニュメントから斜面をおりて反対側の大通りに出た。
暗くなった心と空腹を抱え、寒さに震え、雨に濡れながら市電の駅までビッコをひいて歩かねばならぬ。
前に書いたけど、この旅行中に右足の裏の皮がズルムケて痛かったんだよ)。

この時ばかりはね、「ダークな旅も・・・ちょっとツラいな・・」と思ったよ、さすがに(笑)。

 

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by tohoiwanya | 2013-09-09 00:04 | 2012.06 東欧・北欧旅行 | Comments(4)
Commented by はな at 2013-09-09 10:09 x
アーモンゲートの家が、あんな普通の住宅街の一角に
あるなんて思いもよりませんでした!
収容所はもう残ってなくとも、家だけは映画のように小高い場所に
ひっそり残っているのかな?と思ってました~。
あの狙撃シーンは本当に怖かったですね。

私もプワショフ行ってみたいと思ってましたが、イ課長さんの
記事でもう、充分お腹いっぱいになりました。
Commented by tohoiwanya at 2013-09-09 13:30
>家だけは映画のように小高い場所にひっそり残っているのかな?

はなさん:
本当にあのテラスから狙撃したんだとしたら、収容所はテラスより低い位置に
ないとおかしい。その点じゃ映画みたいな位置関係が正しいんだと思うけど、
いま行ってみると、「狙撃テラス」からは丘のコッチ側しか見えない(はず)。
たぶん、ガレキを埋め立てて、盛り土した結果なんだと思いますけど、詳細はよくわからない。

雨中のダーク観光。身体冷えきって、さすがに私も疲れました(笑)。
 
Commented by よし at 2015-08-18 14:43 x
私も2011年に行きました。情報が少ないのでアーモンゲートの家探すの大変だった記憶あります。私の場合ウィーンからレンタカーで行ったので吸血城で有名なスロバキアのチェイテ城、アウシュビッツ、プワショフ収容所跡とダークな旅でした。
Commented by tohoiwanya at 2015-08-18 23:41
>スロバキアのチェイテ城、アウシュビッツ、プワショフ収容所跡とダークな旅でした

よしさん:
おお、レンタカーで回られたんですか。それならあちこち足を伸ばせたでしょうね。
しかしアウシュビッツとプワショフに加えて吸血鬼ゆかりの城まで加えるというのは
すごいですねー。東欧ダークトリップという感じですな(笑)。


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