2014年 08月 06日

アユタヤ遺跡めぐり-非廃墟編-

アユタヤって地名であると同時に昔の王朝の名前でもある。
かつてアユタヤ王朝があった場所が現在のアユタヤ。要するにアユタヤって昔のタイの首都だったわけ。
バンコクがタイの首都になったのはその後なのだ。京都と東京の関係にやや近い。
ただ、京都と決定的に違うのはアユタヤが隣国のビルマ軍によって破壊され、放棄された首都だということだ。

アユタヤ復興をあきらめたタイ王は首都をバンコクに移し、これはチャクリー王朝となって現在も続く。
ミュージカル映画「王様と私」に出てきたユル・ブリンナーはチャクリー王朝のラーマ4世なんだけど
そういやあの映画でもタイ王家の子供たちがビルマをバカにする場面があったなぁ。
(ちなみに、タイでは「王様と私」ってずっと上映禁止なんだってね。初めて知った)

だからアユタヤの遺跡はビルマの侵略によって破壊された傷跡がすごい。ある意味、それで有名だともいえる。
しかしすべてが廃墟ってわけでもなくて、現在も使われてる(あるいはその後建てられた)ものもある。
イ課長が参加した半日ツアーはおおまかに「非廃墟」2カ所、「廃墟」2カ所を見学したんだけど
とりあえず今日は「非廃墟」の方をご紹介する(本日の標題はそういうことだったのだ)。

最初に行ったのは(はい音読しましょう)ワット・ヤイチャンモンコンというお寺なのである。
同じ仏教文化っつうても、日本じゃまず見られない真っ白い寝釈迦に巨大な仏塔。うーむ、東南アジアだ。
17年前に出張でバンコクに来たとき観光なんて全然できなかったから、こういう「タイ的仏教風景」を
ナマで見るのは生まれて初めてだよ。ああイ課長はいま遠くタイにこそ来にけれ(←係り結びの法則)。
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「車のところに○分後に集合」だったから、イ課長を含めて3人いた日本人客はバラバラ散って見学する。
とりあえず真ん中にある一番デカい仏塔に近づいてみよう。仏塔の周囲にはズラーーーッと
黄色い袈裟を着た石仏群が並んでいる。黄色ってタイ仏教的に高貴な色なんだろうな。
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こっちにもズラーーッ。
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犬はダラーーーッ。
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仏塔の上の方に登ってみると視界はこんな感じ。南国の緑が美しい。
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非廃墟といっても、よく見るとこのお寺にも破壊の後が見える。おそらく一度ビルマ軍に破壊されたけど
新しく仏像群もセットしなおして、部分的に建て直したんだろうな。
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本堂みたいなところには新しい祭壇とか陳列物もあって、現在も使われてることは明らかだ。
こうしてタイの人が実際にお参りしてるし。
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これはガイドのダメーさん(仮名)が「ぜひ見てほしい」とご推奨だった高僧の蝋人形(だと思う)。
ものすごくリアルに作られてて、いまにもムクッと起き上がりそう。
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こんなものもある。金の大仏・・なのかなぁ?イ課長には金の布袋さまにしか見えんが。しかもケース両脇の
二匹のブタさんはナニ?意味不明である。
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こんなのもあった。なぜここにドラえもんが大量にお供えされているのか、やはり意味不明である。
日本で水子地蔵に子供用のオモチャとかお供えすることあるけど、そういうことなのか??
イ課長の頭から巨大なハテナマークが一つ、二つと浮かんではアユタヤの空に消えていく・・・。
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うう、非廃墟を一つの記事でまとめようと思ったが、(音読しましょう)ワット・ヤイチャンモンコンだけで
けっこう長くなってしまったし、写真もかなり多くなった。
もう一つの非廃墟は次回にまわす。すまぬ。


 

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by tohoiwanya | 2014-08-06 00:02 | 2013.06 ベトナム・タイ旅行 | Comments(2)
Commented by Bきゅう at 2014-08-06 21:11 x
犬ダラーがかわいいですう。Bきゅう、太古の昔に、タイ観光したとき、アユタヤは洪水で行かれなかったのですう。アユタヤといへば、山田長政。元日本人街みたいのはあるのですか(昔すぎるかなー)。
Commented by tohoiwanya at 2014-08-07 10:09
>太古の昔に、タイ観光したとき、アユタヤは洪水で行かれなかったのですう

Bきゅうさん:
え?洪水って、こないだの洪水?だとしたら3年前だけど、あの辺は3年前に限らず、
雨季になると洪水になることがあるんでしょうなぁ。

アユタヤには確かに大昔に日本人街があったらしいんだけど、いまや
ほとんど何も残ってなくて、「ここに日本人街がございました」っていう石碑くらいかないみたい。

しかし山田長政って・・・相変わらず時代モノにはお詳しいでござるな、貴殿。


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