2014年 09月 08日

チャールズ・ディケンズの家

ホイアンの話に戻るかと思いきや、突然ヨーロッパネタ。
昨年の欧州出張におけるロンドン小ネタを急に書きたくなった。

海外出張中って行動にかなり時間的余裕をもたせるから、時間が余ることも多い。
通訳さんと一緒だと話をしてるうちに過ぎちゃうんだけど、単独行動してて時間をつぶすとなると
どこかでボーッとするか、そこらを歩き回るしかない。
 
昨年の欧州出張が後半に入った木曜の朝、イ課長は地下鉄でロンドン最初の訪問先に向かったんだけど
なにせロンドン地下鉄は油断ならんし、初めて訪問する場所で迷う可能性もあるからかなり早めに行った。

降りた駅はチャンスリー・レインというところで、まぁビジネス街といっていいんだろう。
幸い訪問先の場所はすぐわかったから、アポの時間までけっこう余った。近所で時間をつぶさなきゃ。
近所には何があるんだろうかと思って地図を見てみた。
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そこで見つけたのがチャールズ・ディケンズの家だったというわけ。すぐ歩いていける距離だったんだよ。

英国の大作家で、英語圏の人なら彼の作品は必読の書というか、シェイクスピアなんかと同様に
一種の教養として「ある程度知ってて当然」っていう存在なんだと思う。
日本でも読まれてるのかな?ちなみにイ課長は「クリスマス・キャロル」しか読んでないし、彼のことも知らない。

この記事を書こうとしてWikipediaでディケンズについて調べたんだけど、いやぁいろいろ勉強になるねぇ。
全然知らなかったけど、ディケンズって実は子供の頃は相当貧乏で苦労したようで、今で言うところの
児童労働の辛酸もイヤってほど味わったらしい。そういう経験が著作にも投影されてるんだろうな。

彼は新聞記者だった24歳の時にある女性と結婚した。子供は10人もうけた。めでたい話だ。
オトナになってからは幸せな家庭生活に恵まれた・・と言いたいところだけど、これも内実はかなりスゴくて、
ディケンズと奥さんは性格不一致で夫婦仲は基本的に悪かったらしい。

しかも驚くのは、もともと彼が本当に愛してたのは奥さんの妹の方だったっつうんだな。
ところが相手が若すぎて(たぶん16歳)結婚できないから、なぜかその姉の方と結婚。
でもやっぱり妹が好きで、しかもその妹は姉夫婦つまりディケンズ家に同居。その妹が翌年17歳で死ぬと
ディケンズは悲嘆とショックのあまり一時筆を折る・・・って、スゴい展開。

仲の悪かった奥さんは後に精神的な病気で入院したりしたらしいけど、ディケンズとの間で毎年のように
子供は作り続けた。一方でディケンズは若い女優と不倫・・・って、おいディケンズ、いいかげんにしろ。

ちょっとトルストイを思い出した。
トルストイも妻と折り合いが悪かったことで有名だけど、やはり子供だけは毎年のように作ってトータル13人。
でも妻と衝突した挙げ句に家出し、放浪先の小さな駅舎で死ぬ。あーあ。
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ポーのことも思い出した。エドガー・アラン・ポーが26歳で結婚したとき、妻のヴァージニアは13歳(!)。
その奥さんは14年後、つまり27歳の若さで寒さと極貧の中でネコで暖をとりながら死ぬ。あーあ。
まぁ19世紀の欧米じゃ日本の江戸時代の如き早婚も珍しくなかったみたいだから(でもポーは極端(笑))、
ディケンズもホントに好きだった16歳の妹の方と結婚すりゃ良かったのになぁ。

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すんません。ちょっと「19世紀の有名作家とその奥さん」という方向に話がそれてしまいました(笑)。
本題に戻る。ディケンズの家だよね。はい着きました。これがそう。
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ふーん・・・ごく普通の、レンガ造りのアパートというのかフラットというのか・・・。
文豪の家だから一軒家のお屋敷かと思ったけど、そんなに豪勢というわけでもない。けっこう意外。
ただし場所はすごくいい。ロンドン中心街から歩いてすぐの静かな住宅街だもん。おそらく19世紀当時は
この辺は馬車が優雅に行きかう高級住宅街だったんだろう。
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しかしディケンズの子供の頃ってこんな美少年だったの?こっちの方がさらに意外。
この絵だととても靴墨工場の児童労働で苦労した貧しい少年には見えん。貴族の御曹司みたい。
美化されてる疑い濃厚だな(笑)。
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ディケンズの顔なんて知らなかったけど、大作家となったディケンズがどんな顔してたかっていうと、こういう顔。
まぁいかにも19世紀的な文豪の顔って感じだよね(作家の画像はすべてWikipediaから拝借)。
ヘアスタイルだけは少年時代の面影が残ってる(笑)。というか、ディケンズが高名な大作家になった後に
実物(つまり下の顔)を元に少年時代の“想像図”を描いたんだろうな、たぶん。
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ディケンズの家に着いたのは9時40分頃だったかな(アポは10時だった)。博物館自体もまだ開館してないようだ。
どっちみち博物館の中を見るほどの時間はないし、建物の外観だけザッと眺めてから訪問予定先に向かった。

というわけで、出張中の空いた時間にロンドンでちょいと見に行ってみたディケンズの家というお話でした。
何の気なしに調べてみた彼の私生活がけっこうスゴかったんで、ついこんな記事を書いてしまった(笑)。




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by tohoiwanya | 2014-09-08 00:22 | 2013.02 欧州出張 | Comments(2)
Commented by 加代子 at 2014-09-08 15:16 x
本の虫だった中・高校時代に
ディケンズは沢山読んだし 作品の映画化は
昔からよく見ていたし ロンドンにも良く行くのに
ディケンズの家は行った事がないです・・・・
当時の作家の奥さんにだけは なりたくないですねぇ。
Commented by tohoiwanya at 2014-09-08 23:02
>当時の作家の奥さんにだけは なりたくないですねぇ

加代子さん:
私としては当時の作家本人にもあまりなりたくないです・・(笑)。
王侯貴族の政略結婚なら年の離れたオッサンと少女が結婚するとか、
全然気の合わない者同士が結婚するなんてことがあっても不思議はないけど、
ディケンズにしてもトルストイにしてもポーにしても、たぶん恋愛結婚だったはずで、
何でまたそんな気の合わない相手とか、異様に年の離れた相手と結婚したんだろう?

実は私、クリスマスキャロル意外に一つだけディケンズの短編を読んだことがある。
「信号手」っていう短編で、これは世界怪談全集なんかにも収載されるくらいの、
コワい話なんですが、細部は忘れたけどかなりコワかった覚えがある。



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