2015年 08月 09日

トゥクトゥク野郎・ルイ その1

何となく「気分はカンボジア」だから、順序を無視してプノンペンに到着したところから書こう。
となれば、まず最初に書くべきはルイ(仮名)のことだ。

国境越えバスでプノンペンに到着するまでのことはすでに書いた。
あの続き記事の最後で「自分がプノンペンのどこにいるのかもわからず、途方に暮れた」ということも
すでに書いた。その、途方に暮れたところからルイとイ課長の物語は始まるのである(笑)。
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自分のいる場所がわからないんだから、タクシーか何かでホテルまで連れてってもらうしかない。
プノンペンの町じゃ四輪タクシーってまずないんだよね。全部トゥクトゥク。

トゥクトゥク探さないとなぁ・・だりぃなぁ・・そう思ってたイ課長に「ヘイ、トゥクトゥク?」と
声をかけてきたのがルイ(仮名)で、ルイはプノンペンのトゥクトゥクドライバーなのである。

行きたいホテルはここだって紙を見せたら「アイノウ、アイノウ(オレ、知ってるよ)」と請け合う。
いくらだって聞いたら5ドル。現在地がわからない以上、距離的に遠いのか近いのかもわからないわけで
価格交渉のしようもない。しょうがねぇ、とりあえずホテルまではコイツの言い値で行くしかあんめぇ。

ルイ(当時はまだ名前を知らなかったが)の背中越しに見るプノンペンの街。
いやぁ~・・とうとう来てしまったぜカンボジア・プノンペン。
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ベトナム戦争が終わったのが1975年。当時イ課長は高校生かな。カンボジア内戦が終わるのは
そこからさらに18年後の1993年までかかるわけで、93年つうたら、イ課長はもう結婚してたよ。
例の明石さんが代表を勤めた国連のカンボジア暫定統治機構の元で選挙が行われ、ようやくマトモな
カンボジア政府ができたのがその年。それまではカンボジアなんてもう完全に激ヤバ危険国で、
観光客としてこの国を訪問することなんて到底考えられなかった。いやぁ~感慨深いのう・・。
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トゥクトゥク乗車地点の位置がわからなかったわけだから、その後通った道がどこなのかも
サッパリわからないけど、ルイのトゥクトゥクはほどなく正しいホテルまでイ課長を届けてくれた。
5ドル払ってホテルに入ろうとすると、すかさずルイの営業がはじまる。

「お前はこの後どこに行くんだ?トゥール・スレン?キリング・フィールド?」
「あー・・・私はトゥール・スレンに行きたいと考えています」
「トゥール・スレン?おっしゃ、オレが連れてったる。何時に迎えに来りゃいい?1時?1時半?」

なかなか積極的な営業攻勢。一度つかんだ客をずっと乗せ続ければ効率がいいってわけだな。
イ課長にしても、トゥール・スレン往復にはどうせトゥクトゥクを探さないといけないわけだから
コイツを本日の専属ドライバーにしちまうっていうのも確かに一つの手だ。

「トゥール・スレンまで何ドルですか?」
「往復で8ドルだな。お前が見学してる間待っててやるよ」

この際「専属トゥクトゥク」ってのを経験してみるかという気になった。
行きと帰りでトゥクトゥクを探す手間が二度省けるってメリットもあるしな。

「オーケー。往復8ドル。2時にここに迎えに来てください」
「イエーイ♩ オウケーイ」

ホテルまで運んでもらうだけのつもりだったトゥクトゥクドライバー、ルイとの付き合いはこうして
“延長”されることになったわけだけど、彼との付き合いの続きは次回更新で。

 
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by tohoiwanya | 2015-08-09 00:22 | 2014.09 ベト・カン・タイ旅行 | Comments(2)
Commented by eriricom at 2015-08-09 09:50
カンボジアもバイクが多いんですねえ。

それはそうと、トゥクトゥクという名前がユニークです。
都市伝説「テケテケ」を思い出してしまいました。
Commented by tohoiwanya at 2015-08-09 12:03
>それはそうと、トゥクトゥクという名前がユニークです

eriricomさん:
そういえばサイゴンやハノイじゃ四輪タクシーとシクロ(自転車タクシー)、あと
バイクタクシーもいっぱい見たけど、トゥクトゥクって見なかったですねぇ。
インドじゃ三輪タクシーをリクシャーって呼ぶんだけど、タイやカンボジアでは
なぜかトゥクトゥク。たぶんエンジンの音が語源なんでしょうな。


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