2015年 08月 28日

トゥール・スレン虐殺博物館 その2

「気分が暗くなる度合い」の少ないものから書いていってるトゥール・スレン虐殺博物館。
展示内容のダーク度はだんだん高くなる。覚悟して読み続けてほしい。

④ハリと瓶
建物の上から“校庭”を見渡すとこんなものがあった。
あー、こういうのはアウシュビッツでも見たよ。吊るし首用のハリだろう?
地面にある水瓶は何だかわかんないけど、これはただ水をためておくものだろうと思った。
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だが実態はちょっと違ったようだ。これは「後ろ手吊るし」と「水責め」の拷問設備だったんだな。
それは下の絵を見るとわかる。
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後ろ手吊るしって昔からよく使われる拷問で、自分の体重で肩がはずれることが多いとされる。
そもそもこの高いハリも、高校の体操の吊り輪練習用にあったものらしいのだ。学校にあった設備が
こういう用途に“有効利用”されてたわけ。


⑤お墓
旧校庭、いまは博物館の中庭にはこんな感じの白いお墓がいくつも並んでいる。
ここで殺された人のお墓・・・にしては数が少なすぎないか?
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1979年にベトナム軍(+反ポル・ポトのカンボジア勢力)がプノンペンに進軍した時、
ポル・ポト派はロクな抵抗もせず、西のタイ国境山岳地帯に敗走した。ベトナム軍は市街戦を
することなくプノンペンを、いわばまぁ「無血解放」できたことになる。

で、このトゥール・スレンに来てみたベトナム軍はキモを潰した(んじゃないかと思う)。
ポル・ポト派はこの施設も「そのまま」の状態で逃げちゃったわけで、そこには無惨に放置された
死体も残っていた。

そういう放置死体を埋めたのがこの白い墓ということらしい。遺体は14人くらいあったとか。
下の写真は79年1月に解放された時に生き残っていた子供、と書かれているね。
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⑥拷問グッズ
反革命分子を尋問し、強制自白させ、殺すことが目的の施設だったわけだから、尋問に際しての拷問は
当然のように行われた。この辺はワルシャワの旧ゲシュタポ本部と同じで、こういう施設はいつの時代の
どこの国でも同じようなものになるんだろう。
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当時の拷問の様子が絵で(生き残りの収容者が描いたと思われる)展示されてる。絵の破損が激しくて
イマイチよくわからないが、拷問にはいろんな方法があったようだ。
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・・と思ってたら、上の写真の一番下の絵で使われてた拷問グッズの実物もある。
一種の水責めみたいなもので、人ひとり沈めるわけだから実物はけっこうデカい。
うううーー・・だんだん気分が重苦しくなってきたぞ。
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⑦独房
トゥール・スレンには収容者をブチ込んだ独房もそのまま残っている。前に見た大部屋が一般収容者用とすれば
こっちは何らかの理由でもっと苦しめる必要がある「要処罰収容者用」だったんだと思われる。

これがさー・・レンガ造りなんだけど、とにかくやたら雑に作ってあるんだよね。
見た目なんて悪くていいからとにかく急ごしらえで作ったってのが明らかだ。そういう独房が
学校らしいキレイなタイル貼りの床の上にあるわけで、その「マッチしてなさ」が気持ち悪い。
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独房は恐ろしく狭い。このクサリは足かせだったと思われる。ベッドもイスもテーブルもなくて
寝たければ床にゴロ寝。ちなみに、トイレもこの中でシたそうで、ソレ用の小さな箱一つを
渡されただけでブチ込まれたらしい。
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木製の独房もある。これはイ課長の想像だけど、最初はレンガで作ってたんだけど、コストと時間が
かかるから木にしたんじゃないかなぁ?東南アジアなら木の方が材料費も安いはずだ。
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自国民を殺すにあたってクメール・ルージュがものすごくケチだったっていうのは有名な話で、
銃殺なんてしない(タマ代がもったいない)。棍棒とか刃物とか、赤ん坊は木に叩き付けるとか、
コストのかからない殺し方をしたと言われている。相手は空腹と拷問で半死半生の状態だから
棍棒でも“効率よく”殺せたらしい。木造の独房っていうのも低コスト化のためじゃないのかなぁ?


かなり気分が暗くなってきた?しかしこんなもんじゃないのだ、トゥール・スレンは。
次回はさらに暗くなるけど、イ課長は書くのである。

 
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by tohoiwanya | 2015-08-28 00:06 | 2014.09 東南アジア旅行 | Comments(2)
Commented by Bきゅう at 2015-08-29 21:55 x
毛布かぶってよむので、次お願いします。
そのうち、○Sの拠点にも、こういう博物館ができるのかな。
(一度投稿してから、某箇所を伏せ字に変更。)
Commented by tohoiwanya at 2015-08-30 00:25
>毛布かぶってよむので、次お願いします

Bきゅうさん:
別に怪談を書いてるわけじゃないんだから・・(笑)。
まぁ確かにフィクションの幽霊話なんかより、ポル・ポト体制下に
カンボジアであったことは、それが現実だからよけいコワいですが・・。

I○の支配地域にもこういうの、将来できるんですかねぇ?
ある意味、こういうのが作られるくらい「過去の話」に
早くなってほしいけど・・


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