2018年 03月 07日

ポッパ山からの帰路で見たもの

もう一つポッパ山の話を書こう。

2時間与えられてたから、ポッパ山頂ではけっこうゆっくりできた。
眺めはいいし、風も涼しくて気持ちが良かった。しかしそろそろ下山しないとな。

登山は登りより下りの方が危ないっていうけど、階段はやっぱ下りの方がラクだ(笑)。
参拝にきた地元のミャンマー人たち一緒にタラタラと階段を降りる。
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はーい。お疲れ様でした。地面です。
この金ピカの屋根が階段のスタート地点で、奥に山頂が見える。さっきまであそこに
いたんだなぁ・・。
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さてバガンに帰りましょう。
今度はどこにも寄り道せず、まっすぐ帰ったからバガンまでは1時間ちょっとくらいだった。
しかしその帰路でイ課長はちょっと考えさせられたことがあったのだ。
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途中の村で沿道に人が座って(あるいは立って)、車に向かって手を振ってるんだよね。
実はこの光景、行きの車中からも見えた。

ミャンマーの人は外国人フレンドリーだから、観光客に手ぇ振ってるのか・・行きはそう思った。
しかし帰りの車でも同じ光景を見ているうちに、どうもヘンな感じがしてきたんだよ。

彼らは通りがかりの村人?しかしたまたま車に気付いて手を振ってるって感じには見えない。
道端に立ったりしゃがんだりしてるってことは、明らかに「そこにいる」わけだ。

ひょっとして、車が通るのを待ってるのか?
だとすると・・・・あまり素敵ではない想像が頭をよぎる。

前を走る車の窓から何かが捨てられた。すると沿道にいた子供がパタパタ走って
それを拾いに行くのが見えた。それを見た時、素敵ではない想像は確信に変わった。
あれは手を振ってるんじゃない。車に向かって「何かくれ」って言ってるんだ・・・。

うーーーーーむ・・・ミャンマー、オマエもか・・・と思ったよ。
貧しい国の貧しい人たちにとって、車に乗ってる外国人はその存在だけで「何かくれ」の対象。
90年代のマニラ出張の時、タクシーが渋滞や赤信号で止まると、子供たちが寄ってきて、
タクシーの窓に手の平ベッタリくっつけて物乞いしてきた。ちょっとアレを思い出した。

しかしこんな田舎の道じゃ赤信号なんてないし、渋滞もない。車はただビューンと走るだけ。
停まりっこないよ。それなのに彼らはああやって沿道で車が通るのを待ち、いざ通ると
「何かちょうだい」って手ぇ振って合図してるの?しかし何度も言うが車は停まりっこない。
まだしも渋滞のタクシーにしがみつくマニラの子供の方が稼げるはずだ。

せいぜい、さっきみたいに車の窓から捨てられたモノを拾うくらいだろうなぁ(アレが何だったか
よくわからない。ペットボトルかな?)。そのくらい期待の持てない、極めて高い確率で徒労に
終わるであろう“仕事”を日々繰り返してるの・・?うーーーーむ・・・。確かに彼らの表情には
何の期待も感じられない。ただいつもの動作を繰り返しているという感じ・・・。

前にも書いたように、ミャンマーはカンボジア、ラオスと並んで東南アジアの後発開発途上国。
貧しい国であることは確かだ。しかしこうやって「停まる可能性がほぼゼロ」の車に何かくれって
いう姿は前出の2か国では見なかったなぁ。
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ミャンマー滞在中、こういう光景を見たのはこの時だけ。
ヤンゴンは大都会だし、マンダレーもミャンマー第二の都市。稼ごうと思えばいろいろと
方法はあるんだろう。それに比べるとバガンは圧倒的に田舎で、その郊外となれば超ド田舎。
たぶん働き口もないんだろう。でもポッパ山のせいで外国人観光客がよく車で通る・・。

となると、こういう「産業」が自然発生するということか。この「産業」に従事するのは
圧倒的に女(オバさん、おバアさん)子供が多かったということから考えると、男たちは
農作業に出てて、おカミさんと子供たちが「せめてもの稼ぎのために」ってことかな?

そのうち「何かくれ」と手を振る人たちは見えなくなった。村を抜けたんだろう。
何となく気分的には少しホッとしたが・・・。

ミャンマー一人旅は全体的にはもうホントに楽しくて楽しくてしょうがないって感じ
だったけど、この時ばかりは見てはいけないものを見てしまったような気分で、ちょいと
気分がふさぐイ課長なのでありました。

 

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by tohoiwanya | 2018-03-07 00:06 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)


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