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2018年 04月 13日

ミャンマーの仏教観を考えてみる

イ課長はミャンマー滞在中、すごくたくさんの宗教施設に行った。
大体は仏教寺院だが、ポッパ山みたいにナッ信仰の総本山なんかもあるわけで、これらは
実際のところはゴッチャ。仏教施設にナッ神がいるし、ポッパ山にホトケ様もいる。

世界的に見れば日本も一応「仏教国」ってことになるんだろうと思うけど、
こういう仏教施設に接すると「同じ仏教でも日本とずいぶん違うぜ」と思うよね。
これはミャンマーに限らず、東南アジア全体にかなり共通するが。

日本が大乗仏教なのに対し、東南アジアは上座部仏教(小乗仏教)といった教義の違いは
もちろんあるけど、そういう難しい話じゃなく、単純に目に見える部分での違いが大きい。
たとえば金ピカ仏像なんかはその代表例と言っていいだろう。

日本の仏像の、あの古びたワビサビ感と比べてなんという違い。要するに仏像という
「目に見える信仰対象」に期待するものが東南アジアと日本とじゃ全然違うってことだよね。
ミャンマーの仏教施設ではそういう「全然違うな」っていうのを感じる機会が多くて、
そういうのを見てるうちにある仮説が浮かんだのだ。どういうものを見たかというと・・

【美白ツルツル】
タイやラオスで金ピカ仏にはある程度慣れが出来ていたイ課長だったが、ミャンマーの
「美白仏」はやっぱインパクトあったねー。特にチャウッタージーの妖艶美白仏は。
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金色の人間なんていないから、金ピカ仏を見てもリアルな人体という感じはない。
ある意味象徴化された姿と言っていい。それに対し、真っ白い仏様って目やマユゲは黒く、
唇は赤いっつうんだからリアルだよ。金ピカ仏にはない「人間っぽさ」ないし「マネキン感」
みたいなのが漂う。それが異様だ。こういうのはタイやラオスでも見なかったよなぁ。

【電飾キラキラ】
ミャンマーの人はホトケ様の後ろの光背というか後光を電飾でキラキラ飾るのが好きみたい。
以前、カンボジアでチラリと見たことあったけど、ミャンマーじゃあちこちでよく見た。
これまで行った東南アジア仏教国の中ではミャンマーは屈指の「電飾好き」と思われる。
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しかしこれ・・率直に言って日本人としては激しい違和感あるよねぇ。ホトケ様の後ろに
このキラキラってどうなのよ?大当たりのパチンコ台じゃないんだからさーー・・。
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だがミャンマー人はとにかく好きみたいなんだよ。光背のキラキラ。
金ピカ仏の後ろがハデなキラキラって、ワビサビ仏を見慣れた日本人にはメマイがしそうだ。

【お金ザクザク】
以前に載せたナッ神の写真、紙幣が突っ込んであったのに気付いた人がいるかもしれない。
ミャンマーの仏像やナッ神像は時としてお金まみれなの。宗教施設で寄進やお賽銭という習慣は
珍しくないが、仏像そのものにお金をくっつけるっていう例はあまり見ない。
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たとえば十字架上のキリストに紙幣がベタベタ貼りついてたり、奈良の大仏が紙幣に埋もれた
姿というのはちょっと想像し難いが、ミャンマーじゃお金ザクザクの仏様がいるのだ。
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これ、お賽銭じゃないんだよ。お賽銭はまた別の箱がちゃんとあるの。
仏像やナッ神像が紙幣まみれっていうのは、賽銭とは別に、金運をカミさまに願うために
紙幣をくっつけてるように見えるんだが・・。

・・と、ミャンマー仏教の(東南アジア全体にもある程度共通するんだろうが)こういう
様々な意匠やスタイルを見てるうちに、ある種の仮説が浮かんだわけですよイ課長の脳に。
それは何か?ズバリ、ミャンマー仏教においては「参拝者の現世の願いをかなえる」という
ニーズが強い。従って「願いをかなえてくれそうな、現役バリバリ、若くてピチピチした
エネルギーのありそうな仏様が有難がられる」のではないかという仮説だ。

日本でも天神様(試験受かりますように)とか銭洗弁天(お金増えますように)みたいに
世俗的なご利益を願う信仰はある。しかし法隆寺の仏像に合格祈願する人はいないだろう。
金だ商売だ学業だっていう、生活に密着したご利益はホトケ様じゃなく、ソレ用の所で願う。
古びた仏像はそういうこと期待しないで、むしろ古美術鑑賞に近いスタンスって感じがする。

でもミャンマーはきっとそうじゃないんだよ。仏様もナッ神も「お金増えますように」的な
生活感あふれる願いごとを祈願する対象なんじゃないかって思えるんだよね。

そういう願い事するなら、どういう仏像にしたいだろうか。
日本の古~い仏像じゃ「願い事かなえパワー」も枯れ果ててそうな感じしちゃうじゃん?
お肌ツルツル、後光キラキラの「若くてキレイな」仏様が有難がられる・・・んじゃないか?
そう考えると、ミャンマーの仏像は年齢的にも若そうに見えるよねぇ。
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日本人は枯淡の境地にあるような古い仏像に悠久の美を感じる。ミャンマー人は
キラキラ・ピカピカの仏像を見て「この仏様なら願いごとかなえてくれそう」と感じて
現世の幸福を願う・・のではなかろうか。

・・というのが、ミャンマーの(ある程度東南アジアに共通の)仏教観に関する
イ課長の仮説なわけ。ま、思いつきだからアテにはならないけど、でもミャンマーで
仏教施設めぐりしてると、単に「仏教美術様式の違い」以上の、もう少し深いモノを
感じたわけですよ、イ課長は。

 


by tohoiwanya | 2018-04-13 00:13 | 2017.08 ミャンマー・タイ旅行 | Comments(0)


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